イタリアンLife (サッシカイヤ)
「ボンジョルノ! スィニョーレ 宮本」言った中崎も聞いた宮本も笑った。
「いまどこ?。」
「ドーモの傍の公衆電話。フィレンツェの花の聖母教会。今日は雨でさ、これからウフィッツ美術館にボッティチェリのプリマベーラに逢いに行くところ。それからお土産のあれ買いに行くから。」
「『サッシカイア』楽しみに待っとくよ。そろそろ帰ってくるんだろ?」中崎がヨーロッパに発ってからちょうど二週間になる。
「あぁ、明日ローマに移動して上海経由で日本に帰るつもり。」
「これがスーパトスカン『サッシカイヤ』。機内は持ち込み禁止が多くて大変なんだ。まず液体はNGだろ、歯磨きのチューブまでだめなんだから。このワインをフィレンツェのメルカートで買ったときに発泡スチロールを貰ってコンポしてハードケースの旅行鞄まで買ったんだから。それでも預け入れの荷物は乱暴に扱われるし、たまにロストになるみたいだし、福岡空港のターンテーブルで受け取るまで不安だったんだ。」
「ご苦労様でした。トスカーナといえば美味しいワイン、ワインといえば『キャンティ』だけどあまり美味しくないもんなぁ。」宮本は、最近、妻と一緒にワインを飲むことを楽しみしている。最初は中崎がワインのセレクトをしていたが、いまでは自分達のすきな銘柄をいろいろと注文している。宮本は自宅に焼酎部屋を造るほど日本酒や焼酎にはもともと造詣が深かった。量は飲まないが、自他ともに認める酒好きである。
「確かに。旨いキャンティを探す方が難しいね。ただね、キャンティはサンジョベーゼという葡萄の品種なんだけど、これが突然変異を起こしやすくて、ほら、このまえ飲んだ『カサーレベッキオ』、あれはモンテプルチアーノなんだけどサンジョベーゼの亜種なんだ。親戚筋とは思えない旨さだったろ。」
「カサーレベッキオは一つの葡萄の木に二房くらいしか実らせないで、あの濃厚な味に仕上げてるんだろ。しかも口に広がるバニラの香りといい、あれで一七〇〇円は安いよね。」
「フィレンツェのエノティカは何件か回ったけど、トスカーナ州のナンバーワンのワインは『ブルネッロ ディ モンタルチィーノ』って口を揃えるね、あれもサンジョベーゼの亜種だから。」
「一五〇〇〇円くらいするんだろ、モンタルチィーノって。」
「サッシカイヤはそれより高いよ。地元の人も別格の旨さだって言ってな。品種はカベルネソーベニョン。イタリアのトスカーナでフランスのボルドーを目指したんだろうし、実際に上手く出来たんだろう。もっとも、俺もまだ一度も飲んだことないからこれ以上言えないけど。」
「そろそろ始めましょうか。」宮本の妻、彌生の声がダイニングから聞こえた。テーブルの上にはランチョンマットが敷かれワイグラスがセットされている。そして、テーブルの中央にはサッシカイヤ。
中崎がおもむろにサッシカイヤのコルクを抜いた瞬間、「うぅ」思わず声を漏らした。コルクを開けただけで部屋中に広がる香り、その解き放たれた香りがそれぞれのワイングラスへ。
「まだ、飲んでないけど・・・、凄いなぁ」中崎の言葉に三人は目を合わせて頷いた。
そして、乾杯の言葉などなくサッシカイヤに吸い込まれるようにグラスを傾けた。
三人はしばらく言葉を失った。
「美味しいわ。」彌生の言葉が合図のように三人の顔に笑顔が広がった。
「値段が高いだけはあるなぁ。香りだけじゃなくて、渋みも上品・・・。」
「そうだねぇ、確かに別格だ。」
大分県中津市の宮本邸はイタリアになった。
イタリアンLife (サッシカイヤ)