『でんせつ』


プロローグ

 悲鳴は消えていた。
 あとに聞こえるのはむしゃりむしゃりというアレを食べる音。
 俺は大きな岩のうしろに隠れて、祈った。祈るしかなかった。
 足ががくがく震えて、まともに動けないのだ。このままじゃいけない。
 俺もあの大鬼に食い殺される。やだ、死にたくない。
 ドスッドスッと鬼たちの地面に足がめり込みそうな音が近くに響いてきた。
 鬼たちはまだ人間を探している。
 このままじゃ、見つかる!
 俺はさらに体を小さくして、気配を必死に消した。
 他に隠れる場所はないかと必死に探した。
 でもこの森の入口に隠れる場所なんかないのだ!
 息を必死に押し殺して、鬼たちが遠くへ行くのを待つ。
 ドスッドスッドスッと足音が遠くへ消えていく。
 俺は息を飲み込み、ひたすら待った。
 油断、をさせようとしているかもしれない。
 慎重に慎重に……そう思って立ち上がろうと、
「見つけたぞ」
 その声は、村が襲われてる時に聞こえた大鬼の雄叫びの声と同じだった。
 俺の寄りかかっていた大岩が、軽々と背後の鬼に持ち上げられる。
 大鬼は俺を見てにやりと笑った。
 そいつの背後には、複数の普通の鬼たちが居た。
「見つけたぞ。さあ、連れて帰ろうか。丁重にもてなしてやろう」
「あ……ああ、……ああ」
 叫びたい。
 鬼の鋭い視線に口が閉じて開かない。
 万力のように、俺の頭を鬼の手が引き締める。
 そのまま俺は持ち上げられた。
「……ん? おぬし、子供でもなく大人でもないな」
 ボーっとした頭にそんな声が響いてきた。
 そりゃそうだ。今日が成人の儀だったのだ。それをお前たちが、お前たちが。
「ほほお。これは面白そうだ。おい、そこのお前、籠を持ってこい」
 ?
「面白いもんを見せてやろう」
 ふわっと体が浮きあがったと思うと、地面に叩きつけられていた。
 大鬼が俺を投げたらしい。
 俺は横目に鬼たちの様子を見ていた。
 大鬼の子分と思われる鬼たちが、大きな籠を持ってくるではないか。
「な!?」
 そこには意識が朦朧としている小さな子たちがいた。
「立たせろ」
 俺は鬼たちに抱えられて、立たされた。
 そして、大鬼の眼光にすくみ上る。
 これは殺す目だ。
「子供でない大人でもないお前にチャンスをやろう。もし一歩動けたら一人助けてやろう」
 そう言って大鬼は、籠の隙間から子供の足をひっかく。
 血がたらりと流れていく。
「だが、一歩も動けないならだれも助けられない」
「お、親方あ。せっかくの食糧を~」
「さすけ、なんだ文句あるのか?」
「ひぃ~。すいません」
「……おい坊主、ということだ。さっそく来い」
 なにがなんだか分からない。でも、助かるなら、ということで一歩足を上げようとした。
 その瞬間、世界が反転した。
 どす黒い殺意が俺の体にまとわりつく。
 それは、死を覚悟した瞬間と同じだった。
「!」
 震えが止まらない。
 その時になって、心と体は別だということを知った。
 心は勇ましく立ち向かおうとするが、足は言うことを聞かない。
 もはや助けることよりも、自身の命の方が心配だった。
 自然に足が一歩さがろうとする。
 冷や汗が顎からたらりと落ちたとき、俺は地面に腰を落としていた。
「ガッハッハッハッハ。ほらなさすけ。さあ帰るぞ」
 そう言って、鬼はかなり大きな籠を抱えて、遠くにいこうとする。
「お、親方あ。あいつ、殺さないんですかい?」
「あんな奴、殺したってつまんねーよ。さあ帰るぞ」
「へ、へい。撤収だああ」
 ぞろぞろと子分の鬼たちがあとを追っていく。
 時折俺へ振り返り、一睨みしながら、遠くへ消えていった。
「ああ、ああ」
 安心したからか、小便が股の合間から漏れ出していく。
 生暖かいそれは、よけい自己嫌悪を増やした。
 俺だけ生き残ってしまった。
 助けるチャンスがあったのに、なにも出来なかった。
 項垂れて空を見る。そこには満点の快晴があるだけだった。
 悔しい。
 憎悪が湧きあがる。
 やつらを殺したい。
 力が欲しい。
 願った。
 絶対殺してやる!

 章 

 鬼の被害とは無縁の村だと思っていたが、こうして壊滅してしまった。
 古くからある神社がこの一帯を守っていたはずなのに、それを許してしまったのだ。なにが原因か分からない。でも、神社でなにかあるはずである。
 俺はこの村を去る前に、それだけでも知りたくて、その神社へ向かった。
 ぼろぼろになったからだに鞭打って、俺はひたすら神社へ向かった。
 そしてそこへだんだんと近づくに従い、わかってしまった。
 神社は焼け焦げてしまったと。
 火事のあとの炭の匂いがどんどん充満していく。
 たどり着いたところには、倒壊した神社があるだけだった。
 いや、それ以外にも、人間のかたちをしたものがあった気がする。
 でも、怖くて、目を背けたくて、俺は神社の奥にある洞窟へ早々と向かった。
「おーい、誰かいないかぁ?」
 返事は来ない。
 そりゃそうだ。皆殺しされたのだから。
 それでも一縷の望みで、
「おーい」
 ガサッジャリッ
 洞窟の奥から音が聞こえる。
 耳をそばだてる。
 一応行ってみよう。
 俺はわざと音を立てるように歩くと、
「ひぃー、ごめんなさーい」
 そう言って、女の子が大きな包丁を振り回してきた。
 俺は寸でのところでそれをかわして、その女の子を羽交い絞めした。
 すぐさま女の子はその身長ほどの包丁を取り落した。
「うぇええええええええん」
「うわあああ、泣くな! うるせええええ」
 それでも女の子は泣き続けた。
「俺はお前を取っては食いやしねえよ!」
 俺は彼女の耳元で大きく叫んだ。
 女の子は泣き止んで、小さな声で言った。
「離してください」
「ん、ああ」
 俺は女の子を離した。
 すると、女の子は振り返らずに俺と距離を取った。
「私を殺さないでくださいね」
 殺されそうだったのは俺だったんだが……。
 女の子は振り返った。
 真っ赤な巫女服に、なだらかな胸。
 いや、そんなものよりも、整った顔にある二つの角に驚愕した。
「その角は」
 俺がちょっと警戒すると、女の子は悲しそうにして下を向いた。
 二つの角が真っ赤に輝く。
 正直、美しいと思った。
 先ほどの鬼たちの禍々しい黒さではなく、綺麗な赤で輝いている角だった。
「私は、彼らと同じ元人間、元鬼でもあります」
 元人間であり元鬼でもある? どういうことだ。
「ご、ごめんなさい」
 彼女は泣きそうな顔をして少し後ろに下がった。
 どうやら俺は怖い目でにらんでいたらしい。
 俺はいったん目を閉じて深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「で、どういうことなんだ?」
 この村がこうなったのも、という言葉を飲み込んで、鬼の秘密を優先した。
「は、はい。……鬼は人であらざる者でありますが、人から成る者というのはご存じですよね?」
「もちろん」
「でも、鬼でも人間の部分を残していて、その、子供をなすことが出来るんです」
 鬼は人を食べるしか考えてないと思っていたが、まさか。
「はい。母は鬼たちに……」
「食べること以外にもできる者たちか」
 そのあとは続けさせたくなかった。
 効いたら胸糞悪そうだから。
「お前はどうしてこの村に」
「ええと、その、りこって呼んでください。あなたは?」
「ああ、俺は、百乃助だ」
「ありがとうございます、百乃助さん」
 こんな可愛い女の子に畏まれるとなんだか猛烈に恥ずかしくなった。
 それに、名前で呼び合うなんて、生きていることを実感した。
「私が生まれたとき、かばってくれたのがここの巫女長さまでございます」
 ああ、あの口うるさいばあさんか。あのばあさんも今では……。
「この騒乱、私も出ようとしましたが、……うう」
「分かった。もうそれでいい」
「うう、ありがとうございます」
 りこはひとしきり泣いたあと、
「それで百乃助さんはどうして?」
「ああ、俺は鬼にたまたまからかわれて生き残っただけだ」
 りこはそれを聞いて、目を伏せた。
「ここにはなにか他にあるか?」
 俺が言いたいことを分かったのだろう、りこは首を横に振った。
「この、大きな包丁だけです」
 昔々に鬼と争ったときに手に入れたという鬼専用包丁か。まさか実在したとはな。
「それ、俺が持てるか?」
「いいえ。鬼の血を持つものではないと」
「そうか。……じゃあそれを頼む。持ってくれ。……あと村の皆を埋葬しないとな」
「……はい」
 俺たちはそのあと数日間、埋葬をした。悲観にくれ絶望に覆われながらも、ただ冥福を祈るだけしか出来なかった。
 そして、瞑想が終わり。
 俺たちは粗末な小屋で顔を向い合せていた。
 りこの方も、憔悴しきった顔からはだいぶよくなっていた。
 そろそろここから出なくてはならない。
 いつまでもここにいては危険である。
 今はもう夜だ。明日の朝には出ることにしたい。
 そのことを言うと、りこはただ頷いた。
「なありこ、あとこれを付けてもらうけど、その、いいか?」
「はい」
 それは、狼の顔を模した額当てだ。それにはちょうど穴が開いていて、りこに合わせたように角が出るようになっている。そとから何も知らない者が見れば、狼の牙でしか見えない。
 この額当ては、社務所で見つかった。どうやらばあさんが用意していてくれたらしい。
 りこはそれを付けた。二つの角がすっかり隠れていく。
 これからはりこと一緒に旅をするつもりだが、りこの角はあらぬ誤解を受けかけねない。
 だから、なるべく人前ではつけてもらうことにしていた。
「ありがとう。もう取っていいよ」
「はい」
 りこは額当てを取り外した。
「……ふぅ、やっぱりこの方がすっきりします」
「りこはその、角、痛くないのか?」
「ズキズキするってことですか? 小さい頃は酷かったですね」
「じゃあ小さい頃は痛かったんだ」
「はい、ものすごく痛くて。よく泣いてました」
「頭痛みたいな?」
 りこは頭に手を乗せて笑った。
「目が回る痛さでしたよ」
「……明日からこの村を出て、鬼を退治しようと思ってるんだが、りこは鬼の住む場所を知ってるか?」
「……本気なんですね」
「ああ。途中まで、どこか別の村に送るから」
「いいえ。私も付いていきます。お供させてください」
「でも……」
「私の角、見ましたよね。この角を見て、受け入れてくれた村なんてここしかないんです! どうか一緒に旅をさせてください」
「りこ……分かった」
「ありがとうございます。それで鬼の住む場所ですが」
「ああ、言ってくれ」
 今の自分には倒せる可能性は万に一つもない。でも、鬼がどんな場所に住んでいるかは知っておきたかった。
「鬼が済む場所はここより西にある海辺の村から少し離れた島に住んでおります」
 よし、目的は決まった。
 これから俺たちは鬼退治のためにまず西へ向かう。
 その途中で、鬼を倒す方法を見つけ出そう。
「ありがとうりこ。さ、明日は早い。寝るぞ」
「はい、百乃助さん」
 それから俺たちあ身支度を整えて、すぐさま横になった。
 人がいなくなっても、虫の音は聞こえてきた。
 今夜はじっくりと寝ておこう。
 俺はそのまま目を閉じて、意識を落としていった。

 俺たちは山を下りて西へ向かった。
 静けさが広がっていて、人の往来もなかった。
 他の村は大丈夫だろうか。
 そして話すことがなくなって、沈黙が訪れてしばらくしたらそれは起こった。
「ぐぅ……」
 突如、一つ後ろを歩いていたりこがうずくまった。
 頭を手で押さえている。
「どうしたりこ!」
「ぐあああああああ」
 叫び。
 持参した巨大な包丁を横なぎした。
 ――カキキキキン!
 クナイがはじけ飛んだ。
 俺をねらったものではない。
 りこはさらに横一線。
 木が一文字に切り倒される。
「キャアアアアアアア」
 女の子の叫び声?
 木が横倒しになって、その横に忍び装束を来た女の子が倒れこむ。
「!」
 俺はすぐさま落ちていつクナイを拾って、そのクノイチの前に立って構えた。
 そこへ、巨大な包丁がぶつかる。
「正気に戻れりこ! りこ!」
 りこの目は真っ赤な炎のような色をしていた。
「りこ!」
「……え?」
 そのままりこは腰を抜かして尻もちをついた。
「りこ! おい! 大丈夫か!」
「はあー。はー。はー。はい! 百乃助さんありがとうございます」
 りこは申し訳なさそうに言った。
 俺はクノイチの少女に振り返る。
「いきなりなんだ。見ず知らずの人にクナイなんて投げるなんて」
「あなたたちこそ、なんなのよ! 鬼の娘を連れて歩いて」
 そう言って彼女は怒った顔をした。
 どうやらりこは鬼娘だとばれているらしい。
「でも、いきなり投げることなんてないだろ!」
「あたしは命をねらってない。ほんのちょっと動けなくしようとしただけ!」
 彼女はさらに続けて、
「ったくなんなのよ! せっかく倒せそうな鬼を見つけたのに」
 と言った。
 ちょっと疑問に思い、
「なありこ! さっきのクナイで本物の鬼を足止めできそうか?」
「いいえ、無理です。傷一つつけられません。それほど頑丈です」
「ありがとうりこ。……さて、お前はなんの忍びだ?」
 俺は半ば脅すように一歩進んで言い放った。
 彼女は俺の眼を見て観念したのかそっぽを向いて言った。
「猿飛一族の猿飛あやめよ。これでいいでしょ」
「猿飛か……大層な一族じゃねーか」
「ふんそうよ。あたしはえらいの。そんであんたたちは?」
「俺は百乃助。であいつはりこだ」
「よろしくお願いします」
「百乃助とりこね」
「猿飛……は、鬼が住んでいるという島を知っているか?」
 そう言うと、猿飛は警戒するような目をした。
「それを知ってどうするつもり?」
「俺たちは、村をむちゃくちゃにされたんだ。鬼を倒したい」
「あんたたち馬鹿あ? 軍でさえ手を焼いているのに、あんたたちだと食べられて骨になるのがオチよ」
 ぐ……反論できない。
 鬼の強さは現時点では圧倒的だ。なにか対抗するものがない限り、手出しなど出来ない。
「それでも、どうにかしたいんだ」
 俺の真剣な目を見たのか、猿飛は呆れながら言った。
「止めても無駄そうね。……そうだわ!」
「ん、どうした?」
 猿飛は俺とりこをじっと見る。「使えそうね」と小声で言ったのを聞き逃さなかった。
「あんたたちみたいな素人には、鬼退治がどんなもんか知ってもらう必要があるわ。いいわ、あんたたちが私の初任務に協力するチャンスをあげる」
 おいおい。
「ここから南西の村にはぐれ鬼たちが現れたらしいの。まあ見事撃退したみたいだけどね。どうしても鬼を退治したいなら、そこで鬼について調べるといいわ」
 つまり、遠回しに鬼退治に協力しろということらしい。
 俺はりこに確認を取る。りこはちょっと微笑んで頷いた。
「猿飛たのむ。ぜひ俺たちにその鬼退治を協力させてほしい」
「ふふん、そうこなくっちゃ」
 こうして騙されるかたちに乗ってあげた。そうしないと連れていってくれそうにない。
 まちょっと……アホの子かもしれない。
「じゃあ行くわよ!」
 消えた! これが忍術?
 ――ドン
 木が揺れて、そのまま猿飛は落ちてきた。
「きゃうううううううう」
 ああ、アホの子だった。
 顔を両手で押さえてごろごろ転がっている。
 俺とりこは慌てて猿飛へ近づいた。
 そのあと、りこに慰められる猿飛が落ち着くまで待ってから、俺たちは南西の村に向かった。

 その村は屈強な村人が守っていた。
 仁王立ちしたそいつに睨まれただけで、縮み上がる思いだった。
 りこは平然としていたのが忘れられない。ちなみに猿飛は小さな悲鳴をあげていた。
「なにやつ?」と片方の門番が俺たちに尋ねる。
「この村は観光で訪れるような場所ではないぞ」ともう片方。
 まるで彼らは仁王像。彼らはそれぞれ槍を持っていた。
 これならはぐれ鬼たちにやられるってことはないんではないかと思った。
「あたしは猿飛のあやめよ。はぐれ鬼たちの件で来たわ」
「ああ、あいつらか」
 右側の方はおかしそうに笑った。
「あんなやつら、簡単におっぱらってやったぜ。はん、元人間のくせに鬼のやつらあ馬鹿だわなあ」
「けつまいて逃げてったぜ」
 俺とりこは目を合わせた。
 こいつらそこまで強いのか。なら、俺たちの出番なんかないんじゃないか。
 俺はそう問う目で猿飛を見ると、彼女はそっぽを向いてしまった。
「はやく通してちょうだい。あたしたちも備えたいの」
「はは、存分に見学してくれよ。俺たちの活躍をよ」
「へへ、腕がなるぜい」
 俺たちは猿飛を先頭に門をくぐろうとした。
「おい待て。その嬢ちゃんはなんだ」
 仁王像のような二人は槍を交差させてりこを足止めする。
「なにをする!」
 慌てて槍をどかそうとするが、ビクともしなかった。
「こいつ、鬼だな! なんでこんな、それが」
 理性的な、と言いたいんだな。
「その子はあたしの仲間よ! 放しなさい!」
「鬼がうちらの村に入れるわけなかろう。それは知ってるはずだ猿飛一族のものなら」
「元鬼よ」
「元鬼、そんなもんがあるか!」
「現にここにいるじゃない」
「通してやってくれ」
 りこは額当てを取る。そこには小さいけれど赤く輝く二つの角が見えた。
「通してください。私はべつに取って食べようというわけじゃありません。それに、私は鬼のことを知っています」
「当たり前だ、おめえは鬼なんだからな」
「りこは鬼じゃねえって!」
「百乃助さん……」
「その子は一緒に来ることになっていたの! さっさと通しなさい!」
「「ちっ」」
 猿飛のその一言が効いたのか、舌打ちしながらも槍の交差を開けた。
 りこは丁寧にお辞儀をして門を超えた。
 俺たちはそのまま村の中心部を目指した。決して振り返らずに。
 りこはすぐに額当てをして。
「猿飛、ありがとうな」
「あやめさん、ありがとうございます」
「なによ……なんでもないわよ」
 俺たちはとりあえず宿を目指した。

「あーまじむかつく」
 猿飛はイライラした様子でぶらつく。
 俺もりこに対する態度にちょっと怒りを抱えた。
「百乃助さん、あやめさん、私は気にしてませんから」
「そーだとしてもー」

 俺たち三人は持っているお金を出し合って、泣く泣く一部屋を借りた。
「今晩はお楽しみですかね?」
 と冗談を言った宿の主にキレそうな猿飛には困った。
 俺とりこはなんとかなだめたが、それがますます誤解を生んだのか、主はおかしそうに「クック」と笑ったのを覚えている。
 そんなこんなで俺たちは泊まっているわけであるが……。
「俺を椅子にするなああああ!」
 俺は四つん這いをやめて払いのける。
「「きゃあああ」いったああ」
 いくらなんでも酷いだろ。みんなでお金を折半するのに、一番少額だったからって。
 しかも、幽閉されていたりこよりも貧乏とは……。
「ふふ」
 あーもう、りこに笑われた。
「ほら、イスになる!」
 猿飛も猿飛で調子に乗ってやがる。
「ん?」
 その時、キラッと猿飛の首飾りが光って見えた。
「あっと」
 すぐに猿飛はそれに気づいてしまった。
「猿飛、それなんだ?」
「別に、金目のものじゃねーよ」
「くれとかいわねーって」
「すごく、綺麗でしたね」
「りこ、そう思うだろ。あたしの一番大切なものなんだ」
 そう言って、猿飛はこちらに威嚇しつつ、取り出してみんなに見せた。
 キラキラと光る水晶玉だった。
「きれーい」
「これはな、先祖代々継がれてきた大切なものなんだ」
「へー」
「猿飛、不用意に見せてはいかんと何度も言っただろう!」
「へ、わわ、師匠!」
 俺は目をパチクリさせて何度も確認した。
 さっきまでベッドの上にはだれもいなかったのに、そこに正座した小さなおじいさんが居たのだ。
「さっさとしまうんじゃ」
「はい、師匠」
 猿飛はその師匠の言う通り首飾りを服の中へ押し込んだ。
 その師匠は俺らをじっとみる。
「おぬしは……そのお嬢さんは……それにあやめか。ふむ、面白い組み合わせじゃの」
 このおじいさんはいったい何を言ってるんだ。
「まったく、情報を入手したので届けに来たら、男女同衾をしよって」
「し、師匠そういうわけではありません! こいつらが勝手に」
「あやめ、黙るんじゃ」
「は、はい~」
 あやめが萎れていく。
「おぬしたちもなにかの縁じゃろ。名前は聞かん。それに、戦う覚悟をできておるんじゃろ?」
「はい」
「もちろんです」
 はぐれ鬼たちの情報か。
「こころして聞くがよい。鬼たちは犬耳族の生き残りを探している」
 犬耳族? それってなんぞ。
「師匠、私はなにをすれば……」
「その前に……ふむ。見たところ、そのお嬢さんは一人でも大丈夫だ。だが、あやめとその少年はちょっと無理よのお」
「し、師匠ひどいですよ。たしかにりこさんにはかないませんが、こいつと一緒なんて。足手まといで怖いです」
 と猿飛が睨んできた。
 俺も睨み返すが、反論できなかった。悔しい。
「ええい、黙るんじゃ。これからおぬしに命ずるが、もし犬耳族を見つけたら、そいつを助けてあげて欲しい。大事な生き残りじゃ」
 まずは犬耳族の生き残りを助ければいいんだな。
 正直、鬼を殺したいところだが、当面の問題はそれだな。
 俺だって、鬼たちを殺したいのに。
 ギリリと歯を擦らせたところでハッとした。
 じいさんが俺を真剣な目で見ている。
「その、師匠さん? 俺は戦いたい、どうしても鬼をやっつけたいんです」
「って、あんた!」
「俺は百乃助だ!」
「足手まといよ!」
 反論するあやめを片手で制する。
「百乃助とやら、体は鍛えておるかの?」
「ああ、武道はやってなかったが、体を鍛えていた」
 じいさんは猿飛を一睨みすると、
「これをやるかの」
 じいさんは刀を投げてきた。
 俺はそれを受け取る。その瞬間、俺は背筋に悪寒が走った。
「いくらなんでも」
 言わなくても分かる。血に飢えた妖刀だった。
「いつかなにかで処分をしようと思っておってのお。ちょうどいいわい」
「俺に押し付ける気か」
「なら、おぬしは宿に残っておるかい?」
「……いいや、これで戦う。ありがとよ、じいさん」
「これで大丈夫じゃな」
 さらに、銭の入った袋をくれた。
「師匠、こいつとはいやです」
「なんとでもいえ。これは命令じゃ。……おぬしたちが生き残るには必要なんじゃ」
 そういわれると断れない。
 俺と猿飛は睨み合った。
「ではわしはまた来る。それまで仲良くするのじゃぞ」
「……はい」
 猿飛は気の抜けた返事をした。
「只者ではないお嬢さん、よろしくお願いしますじゃ」
「あ、え、はい。わかりました」
「では」
 ヒュッと風が吹いたかと思うと、忍者のじいさんは跡形もなく消えてしまった。
「うう、さいてー」
 猿飛はふとんにくるまった。
「どれどれ」
 俺はそれを気にせず、受け取った刀を手に取った。
 鞘からちょこっと出す。
 身は黒みがかかっていて、これが妖刀かと言われると納得してしまいそうだった。
「禍々しいですね」
「ああ、これを扱うとなると……」
 実戦で扱うには確かめないといけないことが多すぎる。
「あの……」
 りこは手伝ってくれようとしているのかもしれない。
 横目でふとんのかたまりを見る。
 でも、じいさんはあんなこと言ってたし。
「わたしに手伝わせてくれませんか」
 りこの好意を無碍にするのも気が引けた。
「ああ、明日、ちょっと見てほしいんだ」
「はい! 任せてください」
「余計なことすんな。あたしも見てやるよ」
 猿飛が布団から顔を覗かせた。
「はい、じゃあ三人でやりましょう」
「さ、猿飛、ありがと」
「……あたしはあやめだ。覚えておけ」
「あ、あやめ、ありがとう」
「ふん!」
 あやめは布団に潜り込んでしまった。
 俺はほっとして、布団に潜り込む。
 りこも潜り込んだようだ。
「おやすみ」

 俺は妖刀を軽く振ってみた。
 なにも起こらない。
 もう一度振ってみる。
 なにもおこらない。
「なにも起こりませんね」
「師匠、驚かせやがって?」
 あっけない。でも、あの時抱いた悪寒が気になった。
「なああやめ。そこへんにある小枝を投げてくれ」
「え? あ、わかったよ」
 飛んできたものを瞬時に切り落とす。
 それはまるで、自分で動かしているとは思えない上手さだった。
 あやめが投げてきた小枝を次々に切り落とした。
「百乃助さん、やりますね」
 りこは大きな背丈ほどある包丁を構えるのをやめてじっとこちらを見ている。
 俺はりこに首を向けて、
「この刀の力かもしれない」
「え、そうなんですか?」
「ああ、まるで」
「百乃助!」
 不意打ちのようにきた小石にすぐに刀で撃ち落した。
 ――ズキッ
「百乃助さん!」
 俺は腕を見てぞっとした。
 さっきまで腕にはなにもなかった。
 だが、今そこにあるのはひっかき傷だった。
「どうしたんだ百乃助……」
 少し離れていたあやめが近づいてきた。
「うわ、なんだそれ」
 俺の腕には一筋の赤い線が引かれていた。
 血は流れてないが、なんだか痛々しい。
「百乃助さん、大丈夫ですか」
「たいした傷ではないが、いったいいつの間に」
「それはたぶん妖刀のせいだろ」
 あやめは俺からその刀を取ると、刀身を確かめるように、じっと見始めた。
 見たところ、刀には血は流れていないが。
「この刀が……」
 この妖刀は、身体能力を高めたりしたようだが、もしかしたらその分……。
「なああやめ、今度は棒を持ってくれ」
「ん? あいよ」
 あやめに返された妖刀を確かめる。
 やっぱりなにもない。
「まず俺から攻めるから」
 俺はゆっくりとした動作であやめの持っている棒に当てた。
 それをなんども繰り返す。
 腕は異常なし。
「なにかわかりましたか?」
「ああ、たぶんな」
「今度はあたしからだな」
 あやめは同じように棒を構えて、俺の刀に当てた。
 ズキリ。
 俺は平静を装い、そのままあやめのゆっくりとした打ち込み受け止める。
 ズキリ。ズキリ。ズキリ。ズキリ。ズキリ。
「あ、あやめさん! 止まって!」
 りこはすでに気づいていたようだ。
「なにかわかったのかよ?」
「はっきりと分かった」
 俺は近づいてきたりことあやめに腕を見せた。
 腕には五本のひっかき傷が現れていた。
「あたしが打ちこんだ数と一緒!?」
「攻撃に特化する分、守りには代償を必要としているってとですね」
「ああ、その通りだ。この刀は防戦に向いていない。もし実力が相反した場合、こちらが不利になる」
「……私が出来るだけ助けに入りますので」
「返せよ。やめた方がいいよ。りこもおかしいよ」
 あやめが手を差し出す。
 俺はそれを無視して腰に据えた。
「ああ、お互いにな」
「…………」
 俺は覚悟を決めて、あやめに向き直った。
「今度はあやめの特訓だ。なにを手伝ったらいい」
「あ、あたしのことより」
「俺は大丈夫だ」
 たぶん、な。
 あやめの方こそ、師匠にさんざん言われたんだ。もし戦闘になったらちゃんとできるのか心配になる。
「……いい」
「ん?」
「あたしのことなんていいの!」
 あやめは背中を向けて走っていく。
「おい、あやめ!」
 俺とりこは顔を見合わせた。
「……わたしが見てきます」
 りこも背中を向けた。
「百乃助さん、私だって本当は心配なんですからね」
「…………」
 俺はそれに応えられず、頭をかいてしばらく待った。
 退屈しのぎに刀身を見る。うっすらと黒みがかかっている。
 正直こんな危ない刀に命を預けたくない。
 でも、目の前で鬼が暴れているのになにもしないのあもっと嫌だ。
 俺が、りこやこの村の人々と一緒に戦うにもさらに強さが必要だ。
 そのためにも、じいさんがチャンスをくれたこの妖刀を使いこなす必要があった。
 俺はすぐにでも、この刀で、鬼を斬って斬って斬りまくりたい。
 だから……。
「ふぅう」
 刀を鞘にしまった。
 りこが近づいてきたのがわかった。
 この妖刀は、気配を鋭敏に感じ取る力もくれるらしい。
 遠くからりこが走ってきた。
「だめです。見つかりません」
 りこは「どこにもいなかった」と首を横に振った。
「あいつ、忍者だしな」
「もー百乃助さん、一緒に探して下さいよ」
 もしあやめが会話を聞いてるなら言ってみるか。
「おーいあやめ、明日こそ一緒に特訓しような~。明日、祭りもあるらしいぜ。一緒に行こう」
 あやめはちゃんと調査してるんだろうか。じいさんの言ったところ、俺とあやめの実力は同じらしいが。一緒に特訓しないで大丈夫だろうか。
 まあいい。たぶん、聞いてると思いたい。
「じゃ、明後日のために、この村の地形を確認しておこうか」
「もう。分かりました。行きましょう」
 それから俺とりこは村を周った。
 たぶん、俺が気配を感じ取れないところで一緒に見て回っていると思いながら。
 この日の夜。とうとうあやめと会わなかったが、深夜あやめのふとんに気配を感じたのを覚えている。
 朝になってたらいなくなってたが。

 今日の特訓もとうとうこなかった。
 俺はひりひりする腕をさすりながら、あやめが現れるのを待っている。
 祭囃子が遠くから聞こえてくる。すでに祭りは始まっているらしい。
 もちろん、村のほかの人達はすでに戦闘態勢に入ってるが、遊びも忘れないでいた。
 ガハハハと大笑いも聞こえてきた。
「おーいあやめ、そろそろ行くぞ~」
「行きますよ」
「ま、待ってー!」
 ――ズドン
 頭から着地したあやめが目の前で突っ伏していた。
「あやめ、その登場の仕方はないだろ」
 りこもおかしくて笑った。
「う、うるさい! あんたこそ、あたしと一緒に祭りを歩けることに感謝しなさいよね!」
 額を真っ赤にしたあやめが俺を睨んだ。
「あーはいはい分かった分かった」
「ムキー」
「猿みたいだな」
「なんですとー」
 あやめがクナイを持って向かってきたので、俺は鞘のままの妖刀で受け止める。
「おふたりさん!」
「「ひぃ!」」
 いつの間にか俺たちの首のすぐ近くに、包丁が迫っていた。
 怖い。りこって怖い。
「「ごめんなさい」」
「たこやきが食べたいのです。いいですね」
「「はい」」
 俺たちはすぐに武器をしまって、祭りのある神社へ向かった。
「あ、それと、やっとわかったのよ。犬耳族が、見世物小屋にいるっての」
 だからその犬耳族とはなんだ。
 だいぶ聞きそびれていて気になっていた。
 良い匂いがそこらへんを漂っている。
 いつもとは打って変わって積極的なりこに引っ張られてたこ焼き屋へ向かった。
 俺たちはたこやきを買って分け合った。
 お金が少ないんだから仕方ない。
 りこの不機嫌そうな空気には参った。
 りこにはたこやきにこだわりがあるらしい。
 でも仕方ない。俺たちは今後も旅をするんだから……。
 一つ、大きな建物があった。
 あれはあやめの言う見世物小屋かな。
 そういえば、俺の村にも何回か来たっけ。入ったことは一度もなかったけど。
 料金表がびっしり並んでいる。値段は……う、厳しすぎる。
「あそこよ! あそこにいるのよ!」
 躊躇を踏む料金だった。俺たちは顔を見合わせた。
「どうしましょう……」
「それよりも、あやめ、犬耳族ってなんだよ」
「百乃助さん、犬耳族を知らないんですか? 滅んだとお話を聞いたんですが。師匠が言うには生き残りがいるみたいですね」
「あ、ああ。世間に疎くてな」
 村から一歩も出たことなかったんだから仕方がない。
「犬耳族? ワンワンさんですか?」
 りこ、それはないだろ。
「……犬耳族はですね、怒ったときに、犬耳を生やして莫大な力を行使する一族。それが数年前、とてつもない大きな鬼一匹に集落をつぶされたと聞いたんですが」
「とてつもない大きな鬼!?」
 もしかして、それはあいつじゃ。
「あの、どうかしたんですか百乃助さん。怖い顔ですよ」
「あ? いや、別になんでもない」
 ちょっと興味が出てきた。
 もしかしたらあの大鬼を知っているかもしれない。
 見世物小屋に入りたい。その子に会う必要がある。
 ――ドガーンガシャーン
 檻のようなものになにかがぶつかるような音が響いた。
 その子は今抵抗している。
「俺、ちょっと見てくる」
「待ってください百乃助さん。その子が気になるんですか」
「百乃助、そいつがどうかしたのか?」
 あやめは困惑している。
 俺がその部族に興味を持っているのがすごく珍しいのだろう。
「あたしも行くよ。あたしも出す」
「わたくしもどんな子か興味が出てきました」
 俺たち三人は向かい合い、泣く泣く料金を払って、見世物小屋に入った。
 見世物小屋はとあるひとつの大きな檻の周りに人だかりができていた。
 俺たちは他の見世物には目もくれず、村人をかき分けて檻の目の前にたどり着いた。
 ――ガシャーン
「グルルルルルルルルルルル」
 その子は目を赤く血ばらせ、犬耳を立てていた。
 本気で怒っている。今は正気じゃない。
 この子は女の子とも思えないほど、俊敏に動いて檻に体当たりしていた。
 体当たりするたびに、痛々しくて目を背けたくなる。
 俺はすぐ近くに腕を組んで立っている見世物小屋の主人っぽい人に言った。
「おいおっさん。この子、犬耳族じゃないか」
「あんちゃん、犬耳族が分かるのか? ハハッ、こいつは良いぜ。可愛い上に力が強くて凶暴。見世物として最高だ。なんとか苦労してうまくだまくらかして捕まえたんだぜ」
「捕まえたんですか?」
 りこが普段より低い声を出して言った。
「おおっと、そんな目で見るな。俺あ、血だらけで倒れていたところを助けただけだ。それを捕まえたと言ったんだぜ。こいつ、相当腹を減らしていたみたいで、たらふく食ったぜ。で、こいつは今そのお礼に働いてもらっている」
「そうですか。生き残っていたのですね」
 なんとも言えない表情でりこは頷いた。
「こいつの怒っている姿、なんとも言えないだろ。今、見世物としてこいつに怒ってもらっているんだ」
 主人の自信満々な表情に俺はピキッときた。
「どうすんですか」
 小声であやめが訪ねてくる。
 周りの人も俺たちに興味津々だ。
「なあおっさん、こいつが戦えば戦力になるだろ。解放してやれよ」
「なんだって? んなことあるか。これは俺の商品だ。ただじゃ渡してやらん」
 その時、
――ぐおおおおおおおおおぉん
俺たちは息を呑んだ。
これは、鬼の笛だ。近くに、いるのだろうか。
俺たち三人とおっさんたち以外の村人たちは活気づいていた
「まあた洞窟にいるのかな」「いい加減排除しないとな」「とーちゃんいい加減ぶったおしちまおうぜ」
「くそ」
 どうしたらいい。なんとなく助けたいってだけでは彼女を救えない。
「どうします百乃助さん」
「あたしもどうにか助けたい」
 このおっさんの容赦のない料金に買えるわけなかった。
「なんだおまえら、そんなにこいつが欲しいのか?」
 檻はもう静かになっていて、少女は体を丸めている。
「まあ俺もいつまでもこいつを置いておくわけにはいかないしなあ。他の見世物がこいつを嫌うんだよ」
「それは、どういう」
「こいつ以外のほかのやつは自分から望んできたんだ。でも、こいつだけは強制だ。そんなやつが、見世物を独占してるんじゃ不満が出る。それに、昔のお礼も十分貰ったとは思ってるしよお」
「もしかして、くれるのか」
 物は試しと聞いてよかったかもしれない。
「まあ、タダじゃないがな。おまえら見たところ、武芸者だろ。こいつの強さを惚れ込んできたのもわかる」
「じゃ、じゃあ」
「だが、弱いやつに渡すわけにはいかない。そこでだ、交換条件に鬼の首を三つほど持ってきてほしい。洞窟には複数いるらしいんだろ。頼むぜ」
 鬼の首? 鬼の首をどうするんだ?
「鬼の首の剥製を作りたいんだ。そのためにも三つほどいる。な、簡単だろ」
 村人は鬼の首の剥製と聞いて、すこし引いていた。
「出来なきゃ、他のやつに売るだけだ。良いだろ、な」
「わかった」
「「百乃助」さん!」
「お、面白いことやってるな」「賭けだ賭けだ。この坊主にかけるぜ」「じゃ、俺は主人だ」
 ワイワイガヤガヤと見世物小屋が活気づいていく。
「百乃助さん。私でも頑張って二体ですよ。三体なんて」
「俺とあやめで倒す」
「え、ええ」
 あやめは口をぱくぱくさせた。
「さあ決まった決まった。お前ら、楽しみに待ってるぜ」
「んもう」
「あううう」
 りこは不満気味に、あやめは震えた様子で。
 りこ、あやめ、巻き込んですまない。
 俺は焦点のぼやけた目をしている少女に頷いて見世物小屋を出て行った。
 かならず助けるからな。

 俺たちは宿で一夜を過ごして、すぐさま洞窟へ向かった。
 村をちょっと出たところの山の中腹にあるというそれは、入口がかなり大きかった。
 この大きさなら鬼たちがいるのも納得できそうだ。
 俺は刀をぎゅっと握りしめた。
 昔の俺とは違う。この妖刀がある。
 この妖刀さえあれば勝てる。
 そういえばこの妖刀の名前を聞いてなかったな。
 あのおじいさん、なにも言わなかったし。
 名前、付けた方がいいだろうか。
「洞窟にいるの、鬼たちなのか?」
「村人が言うにはそうらしいけれどね」
 屈強な村人たちもそれに気づいてどよめいた。
 昨日のうちに撃退したはぐれ鬼たちの情報を聞いてまわったんだが、こんな情報なかったぞ。
「気を引き締めなければなりません」
 りこの顔が一転して真剣な顔になった。
 俺とあやめもそれを見て、互いに顔を引き締めた。
 洞窟は真っ暗で、でもなにかの気配を感じられて。
 俺たち三人は松明を持って進んだ。
「じゃあ俺が先頭を」
「あたしは一番うしろ」
「私は真ん中ですね」
 俺たちは村の右側の門を目指して行った。
 洞窟は反響しやすく、一歩入っただけですでに遠くから鬼の唸り声が聞こえ始めていた。
「あ、あたしの足を引っ張らないでよ」
「あやめこそな」
「なんですって! ふ、ふん。余計なお世話よ。あたしだってやればできるんだから……」
 あやめはクナイを両手に持って、キッと洞窟の奥を睨む。
 俺も妖刀を鞘から取り出して、洞窟の先を睨んだ。
 この先にやつらがいる。
 出来れば不意打ちで行きたい。
 ――がああああああああああああ
 鬼たちの咆哮が聞こえてくる。
 俺たちは岩影に隠れながら進むと、鬼の叫ぶ声のほかにもう一つ声が聞こえてきた。
「……であるからして」
 あやめは目を開いて驚いた。
 りこの方は動揺している。
「な、なんで鬼が喋ってるのよ」
 あやめは声を潜めて言った。
 俺とりこも声を潜めた。
「俺の村を襲ったやつはこんな奴だったけど。……違うのか?」
「わたしと同じか、別なのかもしれません」
「全然違うわよ。こんな話、聞いたことないわ」
 あやめは首を振った。
 俺はあのときの鬼を思い出していた。
 あやめの様子を見る限り、あいつはやばい。
「……さまと協力してほしい」
 なんか聞き覚えがある声だな。
「あやめさん、それは周知の事実なんですか?」
「そうなの。ま、あたしのような下っ端たちだけ知ってない可能性があるかもしれないけどね」
「もう少し近づいてみよう」
 俺はそう言って、岩と岩を縫って行った。もちろん気配を殺して。
 りことあやめもそれに続いた。
 岩壁に、小さな影と大きな影が五つあった。
 だいぶ近づいたからか、血なまぐさい匂いがぷんと匂ってきていた。
「どうしてもいけませんかねえ」
 そして、そいつの一言以後、静寂が訪れた。
 まさか、気づかれたか?
 どうする? 先手必勝で行くか?
「ここで逃がすわけにはいかない」
 もっともそれは、俺たちの方が強い前提じゃないといけないが。
 俺たちは頷き、正面へ出た。
 そして喋っていた鬼と思われる鬼を見た瞬間、血が沸騰した。
「あのときさすけって言っていたやつか、てめえ」
 俺がさらに前へ進み出ると、後ろから引っ張らた。
 鬼たちはさすけを守るように前に立ちはだかった。
「お、あんときの坊主じゃねえか。はは、奇遇だなあ」
「ここで会ったが百年目、ぶっころす」
「嬉しいことを言いよるなあ」
 さすけはニヤニヤ笑った。
「こんのぉ」
「あ、あんた落ち着きなさいよ」
 俺はりこだけじゃなく、あやめにも背を引っ張られた。
「百乃助さん、落ち着いてください。あのさすけって方、かなり強いですよ」
「分かっちゃいますか、お嬢ちゃん。いやあ、嬉しいなあ」
 くそが。手を下せるならここで手をくだしたい。
 でも、りことあやめがさせてくれねえ。
 ああ、一応分かってるさ。こうやって、対峙した時、あのさすけという野郎が別格なのをさ。でも、どうしてもここで決着をつけられるならつけたいんだ。
「あの人は危険です。百乃助さん!」
「百乃助!」
 俺は仕方なく肩の力を緩めた。
 気持ちを落ち着ける。
 こんな、目の前にいるのに……。
「ああ、惜しいなあ。このままこちらに来れば殺したんだがなぁ」
 りことあやめも警戒した表情。
「さて、あっしは忙しいんでなあ。あとはよろしく」
「あ、待て!」
 さすけは奥に消えて行った。
 四体の鬼たちが、目の前に立ちふさがった。
 二体はこん棒を抱えていた。
 そして鬼たちが構えを持とうとしたとき、
「ぐぎゃあああああああ」
 一体の鬼が袈裟切りで半分になっていた。りこがいつのまにかあちら側に居て、大きな包丁をこん棒持った二体に向けている。
「わたしがこの二体を倒します。百乃助さん、あやめさん、あとはお願いします」
「りこ! あたしは」
 あやめがりこになにか言おうとする前に、りこは洞窟の奥へ消えて行った。
 りこを追うようにこん棒を持った鬼二体は洞窟の奥へ入っていく。
「あやめ、くるぞ」
 最後の一体は、俺たちに向けて右腕を振り回した。
 あやめは飛び上がって、後ろに回避する。
 俺は刀の性質上防御が出来ないので、腕にめがけて刀を振りかえす。
 ――ガキン!
 固い!
 そこへ、
「てやあ!」
 鬼めがけてクナイが飛んでいく。
 が、それも弾き飛ばされた。
 なんていう硬さ。
 りこにはいくら鬼の力があるからって、袈裟切りで切り落とすなんてすご過ぎだろ。
 すかさず鬼がもう一度右腕を振り下ろした。
 俺とあやめは退避してやり過ごす。
「どーすんのよ、硬いわよこいつ!」
「んなもん分かってるよ。でも、俺たちだけで倒さないと!」
「ぐあああああああああ」
 鬼が雄叫びをあげた。
 俺たち二人は少しビビってさらに後退する。
 どうする、どうやってこいつを倒せばいい?
「百乃助!」
「くっ」
 一歩遅れた。
 妖刀を使って防御行動をとった。
 衝撃が刀を伝わらず、跳ね返す。
 そして、
 ――ズキン
「ぐっ」
 右腕の付け根が少し裂けて、血が流れた。
「えい!」
 あやめの手裏剣は、鬼の体に突き刺さらず、跳ね返って落ちた。
「どーしてよ! どーしてよ! 百乃助、無理よ! あたしたちだけじゃかなわないわよ!」
 泣き出しそうなあやめの肩に手を置いてなだめる。
 あやめは怯えていてた。
「すまん、巻き込んでな。本来なら俺一人でやるはずなのにな」
「な、なに言ってんのよ。こんなやつ相手にまだ戦おうと言うの? 正気じゃないわよ」
 俺たちはじりじりと出口へ後退しながら、
「俺は、鬼たちにむちゃくちゃにされた。今度はお前をむちゃくちゃにされるかもしれない。だから、逃げられるうちに逃げてほしい」
「百乃助……」
 鬼が少しずつ迫っている。
 この後退行動もこれ以上もちそうにない。
 なら、一発ここで仕掛けるしかない。
 例え相打ちにできなくても、りことあやめが生きることが出来たなら本望だ。
 いくぞ! 絶対ころす!
「百乃助」
「……なんだよ?」
「あたしが鬼退治に自信を持っていたのには理由があるの」
 機会を逃し、俺たちは壁際に寄せられ始めていた。
「それはね。あんとき見られたこの丸い水晶なんだ」
「それが」
「誰にも見られたくなかった」
 あやめはそう言うと、水晶を握りしめた。
 水晶は自ら光を放ち始める。
「えい!」
 クナイが鬼の足へ飛んでいく。
 鬼は回避行動すらとらない。
 でも、それが鬼にとって致命傷になった。
 ――グシャ
「ぎゃああああああああ」
 鬼の足が、洞窟の床に縫い付けられる。
 クナイが刺さっていた。
「吉備の水晶って言うらしいんだ。あたし、百乃助となら上手くやれそうな気がする。……お願い! 百乃助に力を分けてやって!」
 あやめがそれに祈りをささげると、吉備の水晶は半分ほど小さくなり、横に同じくらいの小さな玉が浮きあがっていた。
 小さな玉は俺の周りをぐるぐると周り。
「傷が治っていく……」
 腕の傷が治ってしまった。
 妖刀は光り輝いていく。
 それが柄に組み込まれた。
 頭に言葉が浮かんだ。
「暗光(あんこう)」
 妖刀・暗光か。
 刀身は薄く黒色を帯びているが、柄からは禍々しさがなくなって行った。
「あやめ! 俺はお前を守る!」
 うおおおおおおお。
 俺は動けなくなって両腕で暴れている鬼に近づき、首に一線を引いた。
「が」
 俺は着地と同時に振り替える。
 ――ドスン
 鬼の首が地面に転がっている。
「や……やったあああああ」
 俺は暗光をすぐに仕舞って、あやめに抱き着いた。
 もう嬉しくて仕方ない。
 初めて倒せた。
 これはみんなのおかげだ。そして、あやめのおかげだ。
「ちょ、ちょっと。や。こら!」
 あやめには顔を手で押しのけられる。
 勢いに乗りすぎたかな。
 慌てて、俺はあやめから離れた。
「ふ、ふん。あたしだけのおかげじゃないんだからね」
「あ、ああ。そうだな」
 なんとも気まずかった。
「こほん。……あたしね。百乃助とならうまくやっていけそうな気がするの」
 あやめは少し下を見ながら言ってきた。
「なんだよ」
「ねえ」
「んむ!?」
 唇と唇がぶつかり合った。
 俺はついあやめと目を合わせる。
 あやめの顔は、今までみたこともない、おだやかで柔和な笑顔だった。
「あたし、覚悟が足りてなかった。だから、鬼と戦えなかったのかもしれない」
 あやめは後ろ飛びで出口へ離れると、
「あたし、もっと強くなってくる。もう少し師匠の元で修行してくる」
「え、おい!」
 俺はつい引き止めたくなって。
「あたしの接吻の意味は忘れないだよ。りこさんによろしくね! ……すぐに追いつくから。だから、行ってきます!」
 俺は迷わず、
「いってらっしゃい!」
 と叫んでいた。
 あやめはもういない。気配は跡形もなく消えていた。
 俺は暗光を見る。
 暗光を手に入れたのは、確実にあやめのおかげだ。
 接吻の意味は……。
 その時、洞窟の奥からなにかを引きずる音が聞こえてきた。
 りこかもしれない。
 さすけだったら、禍々しい気ですぐに気が付く。さすけは逃げ去ったあとらしい。
「りこ!」
「百乃助さん! ……あれ? あやめさんは」
 接吻の意味は……。
 ええいままよ!
「あいつは……修行して強くなってくるって」
「そうですか……ちょっとさびしいですね」
「確かにな」
「あれ、その刀は」
「ああ、この刀はあやめのおかげなんだ。妖刀・暗光って呼ぶことになった」
「その刀から強い力を感じますね。名前も納得できそうです」
 りこの手元を見ると、髪の毛の束をたくさん引いていた。
 それには、鬼の首が三つほど引っ付いている。
 ちょっと怖い光景だ。
「百乃助さんも、しっかりと倒せたんですね」
 りこは安心したように笑った。
 心配はかけなかったかな。
 りこの服はところどころぼろぼろになりながらも、傷という傷はない。
 たぶん、鬼の攻撃よりも、激しい動きで傷ついたんだろうか。
「りこも大丈夫だな、良かった」
「わたしもです」
「さ、とっとと見世物小屋へ行って、あいつを助けてやろうぜ」
「そうですね。あの子、元気にしてるでしょうか」
 俺とりこは並んで歩いて、そのまま洞窟の出口を目指して進んで行った。
 村にたどり着いたときは、大騒ぎだった。
 すごい歓迎された。
 俺とりこはそれを適度に通り抜けて、松明の明かりで揺らめいている見世物小屋へ一直線に向かった。
 犬耳族のあの子、ちゃんと無事だろうか。またなにか酷いことされてないだろうか。
 俺に出来ることなら、役立ちたい。

 見世物小屋では拍手とともに迎えられた。
 この感動、一緒に味わいたかったなと、あやめのことを思う。
 主人もさっそく鬼の首を確かめてすごく嬉しそうに笑っていた。
 周囲はドン引きだったけど。
「見事だ。まさかぁ、本気で倒して帰ってくるとわよ」
 主人は俺らを見回す。
「あれ、くのいちの嬢ちゃんは?」
「あ、えーと」
 なんて言ったら良いか。でも、逃げ出したとは主人に言わせたくない。
「急用ができました。倒したあと急いで帰りました」
「それはもったいないことしたな」
 主人は鍵をじゃらじゃらさせると、少女は檻の奥へ引っ込んだ。震えている。
「あ、俺が開けるよ」
「大丈夫か?」
 危険ってことだろうか。
「問題ない」
 俺は鍵を受け取って、檻の扉を開けた。
 ギギギという音とともに、扉が開く。
 りこは扉の前に立った。
 俺はそーっと近づいて、檻の隅で体育座りして震えている少女の肩を叩く。
 頭には耳は無かった。
「もう大丈夫だ。俺たちはお前に悪いことはしねえよ」
 少女は顔を上げずに言った。
「サクラをどうするのですか? サクラは煮ても焼いても食べられないです」
 サクラっていうのか。
「サクラ、俺とりこは悪いようにはしない。なんなら檻から出たら姿を消したって良い。俺とりこはお前をどうこうしようとしてないよ」
 サクラは顔を上げた。
「じゃあ、何が望みですか?」
 サクラの顔は涙の後と疲れ切った顔でぼろぼろだった。
「なあ、虐殺のこと聞いていいか?」
 その言葉を聞いた瞬間、サクラの眼は赤く染まり、犬耳が生えていた。
「な、なにを聞くんですか?」
「俺はお前の一族を襲った、大きな鬼のことを知りたい。そして殺したいんだ。頼む、その大きな鬼のことを知りたい」
「あれを、殺したいんですか」
「ああ、もちろんだ」
 俺は真っ直ぐな瞳で見てくるサクラにを、真っ直ぐに見て頷いた。
 サクラは興奮状態を解く。犬耳も赤い目も消えてしまった。
「サクラだって、詳しく知っているわけじゃないです。それでもですか?」
「ああ、どんな情報でも欲しい」
 サクラは立ち上がった。
「ここでは話せません。どこか別の場所で」
「なんなら宿がある。一緒に行こう。サクラ」
「はい。えーと」
「百乃助だ。よろしくな」
「百乃助さん、よろしくお願いします」
 俺とサクラは一緒に出た。
 主人は目を丸くしている。
「いろいろ言いたいけれど、感謝してます。それでは」
 俺とりことサクラは、それ以上相手に何も言わさないように、すぐに見世物小屋を出た。
 出たころには見世物小屋が喧騒に包まれたのが聞こえた。
 俺とりこは急いで宿を目指した。
「私はりこって言います。よろしくお願いします」
「サクラって言うの。りこさんよろしくね」
「さ、急ごうか。もう時間は夜だしな」
「ええ」
 急いで俺たちは宿の自分たちの部屋へ戻った。

 一通り終えたので、俺たちは三人で輪になって話をした。
 自己紹介もさっさと終えて、さっそく核心に迫る。
 俺が聞きたいのはあの大鬼のことだ。
 そんなに期待しているわけではないが、なにか知っているかもしれない。些細な情報でも俺は知りたかった。
「それでサクラ。やつはなにか気になることを言ってなかったか? なんでもいいから頼む」
「そうですねえ。私の村が襲われた理由もさっぱり……あ」
「なにか分かりましたのですか?」
「村が襲われたのは……」
 サクラは顔を沈ませた。
「いいえ、なんでもありません。それで……あ」
 村のことはまだ聞かない方がいいのかもしれない。
「思い出しました。そういえば、大きな声で「姫」と言っていたのを覚えています」
 姫?
「ついでに探すような感じでした。なんの姫なのかわかりませんでしたが。……その時は必至になって気配を殺して震えていましたから」
 姫か。
 俺はりこは見た。
 りこはなにか考え込んでいるようだった。
 鬼は元人間だ。りこは元人間で元鬼である。
 あの大鬼も依然は人間だった。その時の記憶か? そして姫とは。
 調べてみる必要があるのかもしれない。
「! それって」
 サクラが指を指した先には、妖刀・暗光があった。
「この刀がどうかしたのか?」
「その、白い玉のことです。それを一体どこで!」
 鬼気迫る表情でサクラが接近したので、俺はあわててうしろに体をたおした。
 体を洗ったあとの、さわやかな匂いが周りを漂う。
「これは、その」
 言えない。手に入れた経緯を言うのはすんごく恥ずかしい。
 りこも興味津々で俺を見たいた。
「これは……俺ともう一人の女の子が助かりたい一心でいろいろやってたら、玉が二つになって一つはこの刀についたんだ」
 そういえばあやめはこの水晶について教えてくれなかったな。それとも知らなかったのかもしれない。
「この水晶にそんな使い方が……」
「サクラさん、いったいどういうことですか?」
「この水晶は、沖にある小島の城が鬼に襲われる前にあった城主が、私たち一族を逃がすために渡してくれた秘宝らしいのです。吉備の水晶と。ですが、使い方がよくわからなく、……時代とともに紛失て……それで。まさかそのうちの一つが猿飛の一族に渡っていたなんて」
 サクラは言葉を失ったようだった。
「ということは犬耳族の吉備の水晶も今?」
 サクラは首を振った。
「鬼はそれを手に入れようと私の村を襲って、その時隠しましたが。もしかしたら今も鬼たちは私の村で探し回ってるかもしれません」
 俺とりこは顔を見合わせた。
 この吉備の水晶とやらは、鬼に対抗する力になる。
 もしそれが鬼に渡ってしまったら、今後鬼には対抗できないかもしれない。
 これはぜひとも手に入れるべきだ。
「サクラ、その村へ案内してくれないか」
 サクラはそれを聞いて目を輝かせた。
「私と一緒に探してくれるのですか?」
「ああ、それにサクラの力も欲しい」
 サクラは強い。もし仲間になってくれたら、鬼退治が簡単になるかもしれない。
「鬼たちに吉備の水晶が渡ったらまずいですね。ぜひとも私たちで見つけたいです」
「この暗光であの大鬼を殺したい。サクラ、力を貸してくれ、たのむ」
「百乃助さん、りこさん、よろしくお願いします」
 これで戦える。強力な仲間が増えた。
 そして新情報。姫のことを頭の片隅に置いて、まずは吉備の水晶を探すことにしよう。

 俺たち三人は夜が明けてすぐに村から出発した。
 犬耳族は人目を避けるために、標高が高い山で住んでいたらしい。
 俺たちは険しい山を登ってようやく村の入口に付いた。
 サクラいわく、神社が入口らしい。
 しかし、
「そんな……」
「しー」
 呆気にとられたサクラを木の影に引っ張り込んだ。
 神社の鳥居は壊されていて、狛犬は粉々だった。
 そして、鬼が一匹見張っていた。
「必死に逃げていたので、まさかこうなっていたなんて知らなかったです」
 サクラは意気消沈した様子で顔を下に向けた。
「サクラ、村に入るにはこの入口しかないのか?」
「私が小さいときに使ってた抜け道があります。そちらへ行くことにします」
 サクラと俺たちはその場を慎重に離れて、少し遠回りする感じで村へ入って行った。
 村は焼け焦げた家がたくさん立ち並び、一件も家と呼べるような代物は無かった。
 そして、なにかを見つけ出そうと徘徊する鬼たちがいた。
「これはひどいな」
「私たちの家が……」
「サクラさん……」
 りこはサクラの手をぎゅっと握った。
「はい、はい。だいじょうぶ、です」
 サクラは空を睨んだ。
「祠自体、封印されているので、鬼には見つけることが出来ません」
 サクラに手を引かれて俺たちは、隙間を縫ってなにも無い岸壁にたどり着いた。
 なんにも、ないんだが。
「ここです」
 村からは程よい距離を離れていて、ちょうど死角になっていた。
「入ります」
 サクラは俺とりこの手をぎゅっと握った。
 そして大きく深呼吸をする。
 俺たちは壁にぶつかる寸前――なにもぶつからずに岩穴の奥へと入って行った。
 そこは薄い光に包まれていて、歩行困難なほどではなかった。
 サクラと俺とりこはそのままズンズンと進む。
 すると、さまざまな儀式用の道具に囲まれた中心の台座に、見覚えのある水晶があった。
「吉備の水晶……」
「はい、こちらがそれです。よかった……鬼は見つけることが出来なかったみたい」
 サクラはそれを手に取り、愛おしそうになでる。
 これであとは残りの一つになる。それはいったいどこにあるんだろうか。
 サクラはそれから、いろいろな儀式の道具を愛おしそうに撫でると、俺とりこに向き直った。
「ありがとうございます。これで、鬼の野望は阻止できました」
「これで鬼を追いつめることが出来るな」
「はい」
 サクラは吉備の水晶を持って、刀に近づけた。
 突如光に溢れてそれが分裂する。
 二つになった一つは暗光に吸収された。
 波紋が薄い光に包まれた。
「サクラさんはこれからどうするの?」
「私は……百乃助さん! これからご主人様と呼ばさせてください」
 え、ご主人様?
「ご主人様のおかげで私はこうして生きていられ、大切な秘宝を取り戻すことが出来ました」
「…………」
 りこが固唾をのんで見守っている。
「このご恩は一生忘れません。ご主人様のそばで一生控えていたのです。どうかよろしくお願いします」
「サクラ、そんなにまで思わなくても……」
「むー」
「こ、これはご主人様への忠誠の証しです。で、では」
 あれよあれよという間にサクラに抱き着かれると、
 唇に唇がぶつかっていた。
「いや、あの」
 サクラは俺の話を全然聞いてねぇ。
 腕がぎゅっと掴まれたので振り替えると、りこはそっぽを向いたまま言った。
「はやく応えてあげてください。サクラさんは覚悟をもって言ってくれたんですよ」
 なぜいまなのか。どうしてこんなことを。
 サクラが儀式道具を愛おしそうに撫でていたことを思い出した。
 俺はそれに応えなくてはならない。
「分かったサクラ。俺たち……俺と一緒についてきてほしい。そして一緒に鬼を倒してほしい」
「はい、喜んで」
 サクラは片足を下して、頭を垂れた。
「さ、二人とも行きますよ。いつまでもここに居るわけにはいきません」
 俺はりこに腕を引っ張られながら、キラキラした目で俺を見つめるサクラと一緒に洞窟を出た。
 俺たちは回り道をして、山を下りていく。
 あとは最後の吉備の水晶の行方、だけになった。
 それさえ見つければ、鬼を懲らしめることが出来る。
 でも、肝心の行方は分からない。
 サクラさえもわかってないらしい。
 とりあえず俺たち三人は、鬼の島が薄らと見える海辺の村へ向かうことにした。

 その海辺の村は、村というほど小さくはなく、大きな町になっていた。
 何度も海の向こうにいる鬼が襲ってきては撃退を繰り返して、それで発展していったらしい。
 町の中央には大金持ちの一家が住んでいて、その人たちのおかげで平和を保てているらしい。
 俺たちは町へ一歩入ると驚いた。
 堅牢な壁で出来た家がたくさん並んでいて、中央には大きな商店街があった。
 町の人々の顔には笑顔が浮かんでいた。
「でっかいですね」
 りこは物珍しそうにキョロキョロしている。
「ご主人様、さっそくどこへ行きますか」
 サクラも気になっている様子で少し上の空で言った。
 俺もやっぱり町の様子に圧巻していて、
「まずは商店街だな。それから宿を探そう」
 お金は……たくさん持ってきた儀式の道具を売れたお金でなんとかなるだろう。
 サクラは重要な物は残して選んでくれた。
 たぶん高く売れるに違いない。
 俺たちはさっそく商店街に向かった。
 商店街では人がたくさんいて、りこが持っている大きな包丁はかなり目立っていた。
 さっそく質に入れたら高く売れたので、今回の宿は別々に出来そうだった。
 しかし、俺と一緒の部屋を主張したサクラと、男女別を強調するりこで対立し、しかたなく全員一緒の部屋になってしまった。
 そんな一悶着があったのに、二人は買い物に出かけてしまった。
 なんとも奇妙な二人である。
 俺も今のところやることないので、町へ出ることにした。
 といっても観光名所があるわけではない。
 だから散歩がてら町をうろうろするしかなかったが、
「これは」
 興味深い張り紙を見つけた。
 それは強い人間を求めていて、もし勝ったら娘を婿にやるという話だった。
 張り紙に書かれているメモには、30連勝突破と書いてある。
 張り紙には可愛い女の子のイラストが描かれていて、その子が30連勝を超えたらしい。
「武器は……弓矢か」
 遠距離を攻撃出来る仲間は欲しいと思ってたが。
 鬼の住む島へ行けるくらいの船が必要だ。
 この張り紙には興味ないが、この町を牛耳るこの一家には会っておく必要がありそうだ。
 船だけでも貸してくれるなら嬉しいけど。
「おい、気になるのかその嬢ちゃんが」
「いいや、別に。ただ、腕が立ちそうだなと」
「ほほうそうかいそうかい。で、お前さんたちはなぜこの町に」
 体格ががっしりとした男が立っていた。
 どうやら町の治安を守ってる人間らしい。
「鬼を退治したくて船を探している」
「お前さんは……あの島をどうこうしようというのか?」
 冗談だろ、と言外の言葉が伝わってくる。
 でも、冗談じゃなかった。俺たちは本気なのである。
「いいや、本気だ」
 そしてあの大鬼を殺したい。そう思ってる。
「鬼を倒しにここまで来た」
 俺は妖刀・暗光を見せる。
「……ま、冗談はよせよ。それじゃあな」
 埒が明かないと見たか、おっさんは呆れた様子で去って行った。
 もちろん俺は本気で言っていた。
 吉備の水晶の行方も気になるが、今この身でも島へ行きたいと思っている。
「名前は……海藤たきじ。たきじという名前か」
 あのおっさんも海藤家の人間なのだろうか。
 俺はそれを頭の片隅に追いやって、ひとまず宿へ戻ることにした。

 りことサクラは上機嫌な様子だった。
 今まで我慢していた買い物欲を十分発散出来たらしい。
 グダグダと会話を繰り広げていた。
「ただいま」
 俺が座ろうとしたところに、
 ――ズサ
 クナイが突き刺さる。
「ただいま戻りましたあやめだよ!」
「うおわああ」
 いきなり抱き付かれてよろめくがなんとか踏みとどまる。
「百乃助~待った? 待った? あたし強くなってきたよ!」
「ご主人様! 女、離れなさい! そこはわたしの場所ですよ!」
 あやめはサクラに振り替えった。
「べー、ここはあたしの場所です! あんたこそなによ! あたしが居ない間にずいぶん親しくなっちゃって。しかもご主人様って」
「なにおー! ご主人様はご主人様です! さあ離れるです」
 あやめとサクラがとっくみあいを始める。
「お前ら、他のお客さんの迷惑だろ」
「「この女が悪い」です」
「なにお~」
「あたしの場所よ!」
 ――チャキ
「私の場所でもございます」
「「「ひぃ」」」
 りこが大きな包丁を掴んで持った瞬間、肝が冷えた。
 怖い。怖いけど、なんだその発言は?
「おほん。……あやめさん、お帰りなさいませ」
「りこー。さびしかったよ~」
 あやめはりこに抱き着いてすりすりした。
 りこも嬉しそうに頭を撫でている。
「ご主人様~」
「サクラ、あやめは助けてくれたんだぞ」
「む~、そういうことじゃなくて。……この間は助けてくれてありがとうございます」
 あやめはりこにすりすりしながら。
「分かればよろしいにゃあ」
「ご主人様、あやめがむかつく」
「まあまあ」
 あやめが合流したことで、島へ行く準備は出来た。
 あとは、船だな。やっぱり明日、海藤の家へ行ってみるか。
「百乃助。良い情報も持ってきたよ。残りの水晶は、海藤たきじって子が持ってるらしいよ」
「それは本当か?」
「うん、きっちり調べたから」
 なんとかして手に入れられないだろうか。
「そういえば、町中の張り紙でたきじって子が居ましたね」
 とサクラが言った。
「まだ会ったことはありませんが、相当強いようですね」
「その強さは、吉備の水晶の力かもよ!」
「でもご主人様、もし勝ったら結婚しないといけないの?」
「そんなわけあるか。明日、船のことを聞くついでに聞いてみるよ」
「あたし、そんな成り行きでは許さないからね」
 何を許さないんだ。
 まずは船の確保が先だ。
 吉備の水晶は後々の考えてみよう。
 吉備の水晶を三つ集める必要があるなんて思えないしな。
 鬼を倒すのに、そんな力は必要ないはずだ。
「じゃあ明日、みんなで海藤家へ行こうか」
「そうしましょう」
 それから俺たちは夜が深くなるまで会話して、
 夜明けが来た。

 俺たちはさっそく海藤家を目指した。
 面会の約束は取ってないから、会うことまでは期待してない。が、俺たちの趣旨ぐらいは説明した方が良いだろうということで行ってみた。
 海藤家のお屋敷はすさまじく大きく、立派な邸宅だった。
 こんな所に住んでるお嬢さんが30連勝とは思いもよらないな。
「「すっごーい」」
 あやめとサクラが声を重ねた。
 ただりこに至っては、
「おっきいですね」
 の一言のみ。りこは元人間であると言っていたし、これより大きな屋敷に住んでいたのかもしれない。
 俺たちはさっそく警備の人に話をしようと近づくと、見覚えあるおっさんが近づいてきた。
 あの張り紙の時に話しかけてきたおっさんだった。
「ああ、お前たちか。そろそろ来ると思っていた。こっちに付いて来い」
「「?」」
 あやめとサクラが同時に首を傾げた。
「昨日会ったおっさんだ。悪いようにはしないと思う。ついていこう」
「なかなかの手練れですね」
 りこもそんなことを言う。
 俺たちは昨日のおっさんに屋敷を案内されて客間についた。
「まさか今日も会うとはな」
「ええ、今日は船の件で」
「ご主人様、それよりも吉備の水晶を」
「船? ふむ。吉備の水晶は初耳だが」
「え、いやその」
 妖刀・暗光を見せる。
「それは!?」
「俺が鬼を退治する途中で二人から力を貰ったのです」
 あやめとサクラは吉備の水晶を見せた。
 おっさんは驚いた顔で言った。
「まさかお嬢ちゃんたちが」
 おっさんは顎に手を添えて考え込んだ。
「それで、船を貸してほしいのですが」
 おっさんはしばらく考えて、
「船を貸すのはもちろん良いが、その前に、おぬしの実力を知りたい」
「どういうことですか?」
「おぬしたちならすでに知っているだろう。うちのお嬢様が吉備の水晶を持っていることを」
 否定できないので、俺たちは頷いた。
「わしらとて、海の向こうにある城には困っていた。それで、近いうちに攻め込もうと思っていたが……」
 りこが察しついたように言った。
「大鬼の存在ですね」
 りこは頷く。
「大鬼はお嬢様をしのぐ存在だ。吉備の水晶一つの力を持ってしてもかなわん。そこでだ、あのような張り紙をしておったのだが」
 そこで吉備の水晶を持った俺たちが現れたのか。
「して、おぬしは吉備の水晶を集めておるのだろう」
 否定できないので、頷く。
「おぬしに挑んでもらいたい。お嬢様を倒して、吉備の水晶を手に入れてほしい。そのあと、決行ということになる」
 鬼の島へ行ったことを考えてみる。
 もし、吉備の水晶2つで叶わず、それで死んだら?
 手に入れる機会があったのに、それを逃したら?
 死ぬ前に後悔まどしたくない。
 だから俺は、
「……たきじさんと戦わせてください」
「それでいい。もちろん、どちらも贔屓はしないからな」
 おっさんはそういうと、部屋を出て行った。
「ご主人さま」「百乃助」「百乃助さん」
「一対一の勝負だからな。大丈夫、勝ってみせるよ」
「それは心配ないんだけど」とあやめ。
「ご主人様は、結婚も本気なんですか!」とサクラ。
「あくまで大鬼退治が主役なんですからね」とりこ。
 お前らなあ、そろいもそろって。
「来たぞ。どいつじゃ! おぬしか!」
 三人の不満げな視線を受けて辟易しているとき、ドアが開いて張り紙で見たお嬢様が入ってきた。
 緑色の髪がしっぽのように途中で紐でまとめられている。
「おぬしが吉備の水晶を二つ持っているやつか! ……それと、おなごどもも」
「おちついてくださいたきじお嬢様」
「うるさい! これはわしの人生がかかっているのじゃ。ふむ、おぬし」
 俺を上から下まで見て言った。
「おぬし、水晶の数の多さが強さの差を生むとは思ってないな?」
 俺もたきじさんをじっと見た。
「ああ、もちろん」
「もしおぬしが負けたらその二つはいただく、それでよいか?」
「ご主人様」「百乃助!」
 俺はそれを手で制した。
「もし俺が勝ったら、その水晶の力を貸していただく。あと船もだ」
「結婚もじゃ。わしとて覚悟しておる。これで勝負は成立じゃな」
「明日結構しよう」
 おっさんは一同を睨んで言った。
「明日正午に広場で集合じゃ。おぬし、わしを舐めるではないぞ」
 なめてなんかいない。会った瞬間から強さが伝わってきた。
 全力で立ち向かわなくてはならない。
「では」
 そう言って、たきじさんは部屋を出て行った。
 俺たちも、おっさんに付いて行って屋敷を出た。
 あれよあれよと決まってしまって拍子抜けしてしまう。
「りこ、あやめ、サクラ。明日は見守ってくれ。絶対勝つから」
「当然でしょ。結婚はなんかむかつくけど」
「ご主人様、やっちゃっていいですからね」
 案に殺して良いと言ってないかそれ。
「大鬼やさすけを倒すのが私たちの役目になりますね」
 りこはちょっと思いつめている。
「どうしたりこ? お前だって、かなり強いから大丈夫だって」
「そうでは……いえ」
 りこはそう言って一人で歩きだしてしまった。
 あやめとサクラもそれに付いて行く。
 もし、負けたら……どうなるんだろう。
 それでも俺は鬼たちに挑むかもしれない。
 でも、死ぬだろうな。
 りこ、あやめ、サクラ。三人の顔が浮かぶ。
 仲間が居ないときだったら、俺はそれも良いかもと思ったかもしれない。
 でも、三人の顔が浮かぶとなんだか負けたくなくなった。
 三人を置いていけない。
 俺は暗光を握りしめて、三人を追いかけた。

「待ってたのじゃ。もしやのもしや、逃げてたと思ってたが、ちゃんと来たのお」
 たきじさんは舞台となる円形の台に真ん中に立って腕組みをしていた。
「あんたなんか、あたしの百乃助がぶちのめすんだから!」
「はっはっは。おぬしもべた惚れじゃのお」
「ロリババア」ボソとサクラが言った。
「なんじゃとおお。聞こえてるでえ」
 ギリリリと弓を引きしぼる。
「あやめさん。サクラさん。集中の邪魔してはいけません」
「はーい」
 俺は三人に見送られて舞台に上がった。
「たきじさん、こんな狭い舞台でその武器は良いのか?」
「それは何度も言われたわい。でも、それを乗り越えて30連勝じゃ」
 つまり、なんも問題ないと。
 俺は鞘から暗光を取り出して構えた。
「必ず認めてもらう」
「殺すって言わないのがつまらんのお。最初の数人はわしを恨んでいてやつがそう言っていたわい」
「俺が殺すのは鬼だけだ」
「いい根性じゃ」
 たきじさんは弓を引き絞った。
「では決闘の開始を知らせる」
 おっさんが遠くで叫ぶ。
「はじめ!」
 刀を下に下して、矢を打ち取る。
 俺はそのまま刀を上へ突き上げた。
 しかし、
「さすがじゃ」
 すぐさま低い体勢になる。その後を矢が素通りしていった。
「たああ」
 回し蹴りを回避されて。
 すぐさま暗光を壁にする。
 矢ははじけとんだ。
 腕に激痛が走る。
 俺はそこから横一線。
 たきじさんは上に飛び上がって、俺を飛び越えて後ろに立った。
 背中を蹴られて、俺はすぐさま後ろを振り向く。
 しかし、すでに居ない!
 俺は全力で暗光に力を込めて刀を横にした。
 後ろに居た、たきじさんが横に吹っ飛ぶ。
「なんじゃ、やるのお」
 睨み合い。
 俺は構えなおした。
「行くぞ」
「こいじゃ!」
 放たれた矢が分身!
 いや、幻覚だろ!
 俺は強引に暗光で横一線。
 そのまま第二矢を左拳で受け止めて、刀を一線する。
 右に振った刀をそのまま彼女の体にすべり込ませて首へくっつけた。
「はーはー、勝ちだ」
 左拳がジンジンする。猛烈に痛い。
「ふー。おぬしの勝ちじゃな。わしを今後ともよろしくじゃ」
 彼女は開いた左手で懐を探ると水晶を取り出した。
 水晶はすでに二つに分かれていて……。
「よろしくじゃ……ん」
 彼女の唇が口に当たったところで、暗光が光り始めた。
「ふふ、たきじとこれからは呼ぶのじゃぞ」
「あの女あああ」
「ご主人様ああ」
「うう」
「勝負あり。勝者百乃助殿!」
 りことあやめとサクラがこっちにくる。
「さっさとご主人から離れてください!」
「なんじゃおぬし、わしらの祝福をしてくれんのか?」
「ぽっとでの存在でえええ」
「まあまあ」
 りこが二人をなだめている。
 たきじも引き離されて、ようやく腕が解放された。
 それで、暗光を確認。
 以前は暗光に薄らと影があったのに、すでに消えていた。
「これなら、あの大鬼を倒せそうだ」
「いつ決行するんです?」
 りこはたきじを取り押さえながら言った。
「そうじゃのお。準備もあるし、五日後ぐらいじゃの」
「それまでは海藤の家で世話をする」
 おっさんが言った。
「百乃助、わしの部屋へこい」
「全員一緒にです、いいですね、たきじさん」
「う、うむ」
 すごい。たきじを従わせた。
 りこの迫力がすごかった。
 いつの間にか蚊帳の外で騒いでいるあやめとサクラを落ち着かせてさっそく俺たちはたきじの家へ向かった。

「あやめは今までどうしてたんだ?」
 たきじも気になるが、あやめの方を先に聞くことにした。
「あたし? あのあと師匠の厳しい指導……うう、思い出したくない」
「たきじさん、あのおじさんはどこですか?」
「あいつか。あいつがどうしたんじゃ?」
「いえ。ちょっと鬼のことで調べたいことがありまして」
「ああ、そうだのお」
「とにかくすっごい苦しかった。百乃助が居なかったら、絶対耐えられなかったと思う」
 りこが部屋を出て行った。
 鬼についてなにか気になることがあるのだろうか。
「なんじゃいおぬし、ダメ忍者だったのかの」
 たきじはふんぞり返って壁に寄り掛かった。
「元ダメ忍者よ。あんたこそ、吉備の水晶がなけりゃ」
「はじめの10連勝は吉備の水晶の使い方を分からなかったの」
 というと、もともと強いのか。
「つ、つよいわね」
 そこで言いよどむなよ。
「この町は昔からこうだったのか?」
「違うらしいのじゃ。一回滅んだらしいの」
 たきじは腕を組んで、
「元は城下町だったらしいのじゃが。城でなんか騒動があったらしいのでの。それから城から来る鬼たちにしこたまやられたんじゃ」
「うんしょ」
 サクラが俺の膝の上に座る。
「こら駄犬!」
「じゃあ、あのお城は元は普通の人間の城だったんですね」
「うむ、うむ? まあそうじゃ。だが今は朽ち果てた部分が残るのみじゃがの。ええいそこに座るな駄犬!」
「駄犬いうな! 駄雉に駄猿!」
「なんじゃとおおおおおお」
「なんですってー」
「お前ら俺の上で喧嘩するなああ」
 俺は三人を正座させた。
「まったく」
 りこが帰ってこないな。
 三人はちょっとしょんぼりしている。
 言い過ぎたような気はしないが……仕方ない。
 俺は三人の頭をぽんぽんぽんと叩いた。
「俺もちょっと鬼の事を調べてくる。仲良くしてろよ」
 返事を聞かずに、俺は部屋を出た。
「わたしが一番!」
「わ、わしは三番じゃと!」
「あたしは二番なんてやああ」
 あ~あ。
 三人の喧騒が響いてくる。
 どうやら治まってくれないらしい。
 俺はそれを振り切って、りこを探した。
 おっさんに会って、場所を聞き、書庫を訪れる。
 書庫では机に頭を突っ伏したりこがいた。
「おいりこ。なんかわかったのか?」
「……百乃助さん?」
「そうだが?」
 りこは振り返らない。
 いつもと違うりこに戸惑いを覚えつつ、俺は近づいた。
「りこ、どうしたんだ?」
 りこは振り返ると泣いていた。
「りこ!」
「思い出しました。私がいけないのです」
 そういえばりこは鬼になった過去はさっぱりだったな。
「ん? いったいなんなんだよ!?」
「臣下が父を殺そうとしたとき、私が怒って、それから私は鬼に……」
 りこいわく、臣下の暴走を止めるために、鬼になって、それから他の臣下たちも鬼になった。だが鬼になった以上、正気はなくて、結果、城そのものが崩壊した。
「でもそれがなんで俺に関係あるんだ? りこはりこだろ!」
「あの大鬼は、わたしの弟でした」
「…………」
「決戦前にごめんなさい。頭冷やしてきます」
 りこはそう言って、書庫を出ていった。
 俺は腰にある刀を正面に置いて考え込む。
 あの大鬼を打ち取ることに躊躇はない。
 しかし……りこになんて言えばいいのか。
 今までのようにああいえばいいのだろうか。
 それとも……他に言葉はあるだろうか。
 見方によっては、あの大鬼は俺を生かしたようにも見える。
「姫、か」
 そのつぶやきに、誰も答えてくれるはずもなく。
 あっという間に決行日になっていた。

 りことはすれ違ったまま、決行日が来てしまった。
 作戦は簡単に言うと、たきじの部下たちが陽動してる間に俺たちは潜入し、大鬼を叩くこと。
 全力を持ってひきつけてるので、絶対に倒してくれ。
 ということで、俺たちは途中から、用意されていた小舟で島を目指していた。
 明かりをつけず、漕ぐのはあやめとサクラ。
 監視は遠目が聞くたきじがやっていた。
 俺とりこに何があったのか知ったか知らずか、沈黙が船の中を覆っていた。
 りこは話してないなら、俺は離さない方が良いだろうか。
 りこはじっと目を閉じている。
「りこ」
「……みなさんすいません。ずっと言わないといけないと思ってたのに言えませんでした」
 それは平静を装おう声で、
「大鬼は私の兄でございます」
「「な」」
「ふむ」
 たきじだけ反応が違う。
「どういうことよ?」
「りこさん?」
「あのあとわしも気になって調べたのじゃ。……おぬしは城での騒動での生き残りじゃの?」
「はい。私は兄を助けることも出来ず、逃げ出したのです」
 辛い記憶を思い出すことが出来たのか。
「ですから、私に兄を討たせてほしいのです」
「りこ……俺は手伝うよ」
 俺は決めていた。りこがそう言うなら、討つ役目は譲っても良いと。
「ご主人様、それでいいのですか?」
「りこなら心配はしないけど、ちょっと不安よ」
「わしも構わん。あの大鬼を倒せるのはおぬしたち二人だけだからの」
 すでに仲間たちも決めていたらしい。
 それなら早いな。
「あやめ、サクラ、たきじ。さすけという奴を頼めるか。他には雑魚も」
「ご主人様、任せてください!」
「あたしたちの方は大丈夫だけど、あんたたち負けたら承知しないからね」
「どんなやつか楽しみじゃの」
 三人はやる気満々みたいだ。
 これで安心だな。
 俺は後ろを振り返る。
 すでに城の正面の上陸地点では戦闘が始まっていた。
 爆発音や悲鳴、鬼の絶叫が聞こえてくる。
 すまん、頼むぜみんな。
 俺たちは島を裏から回って、着岸した。
 すぐさま城への階段を駆け上る。
「邪魔じゃ」
 俺たちに気付いた鬼たちを、たきじはすぐに射抜いた。
 横から現れる鬼たちはあやめとサクラが切り裂いていく。
 地を蹴り、上から飛んできた鬼は俺とりこが切って、そのまま突っ込む。
「みんなとまれ」
 分かれ道の中心に、あのさすけが居た。
 さすけは槍を持って構えている。その周りも同じように槍を構えていた。
「あいつ、まだ生きてたのね。あのときの借りは返すわ」
「なかなか出来そうなやつじゃのお」
「ご主人様、任せてください!」
 三人はいっせいに立ち向かった。
 空を見上げれば、幕が張ってあるのが分かる。
 あそこにあいつが居る!
 てっぺんに通じる道は左。
 だから、左から行く!
「あ、まちやがれ!」
「たあ! あんたたちの敵はあたしたちよ!」
「ぐぎゃあああああああ」
「ふん、雑魚は先に消えてもらうかの」
「遅いです!」
 俺たちは三人を信じて任せて、幕へ飛び込んだ。

 大鬼は目をつぶってじっと座っていた、
「兄上、決着に来ました」
「あのときの坊主は俺だ。その時の借りをここで返す」
「……姫にあの坊主か。いや、妹か」
 大鬼は目を立ち上がった。
 それは俺たちより背は高く。
 りこの大きな包丁を超える大きさで、。
「兄上、これで終わりですね」
 りこは完全に大鬼のふところに入りこんで包丁を首筋に当てていた。
 りこの目元には、水滴が張り付いていて。
「兄上、さよ」
「わしゃ、どうして鬼になってしまったんだろう」
 りこはあと一息、というところで刃を止めてしまった。
「…………」
「もしあの時、姫を止められれば」
「おいりこ!」
「そんなこと……」
 りこはいやいやをするように頭を振る。
「りこおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なーんてな」
 大鬼がそう言っ瞬間、
 ――バキン!
 大鬼は首の力でだけでそれを折ってしまった。
 りこは羽交い絞めされて、首に牙をあてられた。
「さああああああ、坊主ううううう。はじめようかあああああああ!」
 りこは目をつぶっていやいやをする。
「目を開けろ姫。俺はついぞ後悔なぞしておらん。こうして強くなれたんだからな!」
「りこを離せ!」
 俺は暗光を構えたまま叫ぶ。
 りこは目を開けて空を睨んだ。
「そうだそれでいい。さあ坊主、二度目だ」
「なにおう?」
 俺は暗光を構えたまま近づく。
 しかし、大鬼は微動だにしなかった。
「姫ごと俺を切れ。そうすれば、俺は殺される。だが、姫も死ぬ」
「離せ!」
 こうやって、時間を稼げば。
「だが、なにもしなければ……」
「……!」
 りこの首に、徐々に大鬼の牙が食い込んで……。
 血がしたたり落ちていく。
「さあ選べ!」
「くっ!」
「あう……百乃助さん、私ごと、お願い申し上げます。いた!」
「りこ!」
「さあ坊主、急げ急げ」
「百乃助さん、どうか!」
 俺は暗光を見て、
 走った。
「うおおおおおおお」
 暗光、聞けえええええええ。
 俺はなんでもいいから払う。
 だから、りこを斬らずに鬼だけを斬ってみせろ!
 やれるならやってみせろおおおおお!
 三つの水晶に力を込めて。
 鬼を斬ることだけに集中し、
 りこを諦め、りこを頭の中から追い出して。
 ただ、斬る。
 それは期待と不安、りこへの謝罪が混ざり合って、

 頭に浮かぶ。
 それは――紅蓮

 ――プシャアアアアアアア
 服が裂け、皮膚が裂け、肉が裂けて。
 俺は真っ赤になりながら、ただ鬼のことだけに集中していた。
「ガ」
 それが大鬼の最初に発した一言だった。
 りこを奪い取り、そのまま、後ろに跳ぶ。
「がああああああああああああああああ。坊主うううう! お前と会えてうれしかったぞおおおおおヴぉ……」
 大鬼は真っ二つになって、そまま床に倒れこんだ。
 大鬼に意識はない。俺は大鬼を殺した。
 りこを見る。
 りこは生きている。
 これでよし!
「百乃助! 百乃助!」
 ふらふらな俺を、りこは抱きしめた。
「百乃助! 百乃助!」
 それからりこからの口づけ。
 そういえば、りこから鬼の気配がしないな。
 りこは鬼からの呪縛を逃れたのかな。
「りこ、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないですよ! 全身血だらけじゃないですか!」
「いてええ」
「そりゃそうですよ!」
 痛いけど、ぎゅっと抱きしめられるのは気持ちよかった。
「百乃助、ありがとうございます。これで私は普通に生きられる気がします」
「心配すんな」
 ドタバタと駆ける音が聞こえてくる。
「百乃助!」
「ご主人様!」
「百乃助! 無事かの!」
「きゃあああ、ご主人様ああああ」
 うお、勢いでひっつくな! 痛いんだよおお。
「百乃助、死なないでよ! あんたが死んだらあたしさっそく未亡人じゃない!」
 と、あやめの寄り添う感触。てか、なに言ってんだおまえ。
「わしを倒し折ったおぬしが、先に死ぬんじゃないぞ」
 と、たきじが自身の衣服を破る音と、それで傷口を縛る音。
「はは……いて!」
 乾いた笑いしか出来なかった。
 暗光にお礼を言うのを忘れてたな。
 暗光、りこをありがとうよ。
「百乃助、私たちの勝利です」
 耳を澄ませば、すでに戦の音は消えていて。
 ドタドタした音。
 これはたぶん、たきじの部下たちのものだ。
「ご主人様、さすけってやつをとっちめてやりました!」
「あたしのおかげですけどね!」
「わしのおかげじゃぞ!」
 三人はきっちりさすけを討ち取ったらしい。
 これで、悔いないなああ。
 俺はそのまま目を閉じた。
「百乃助!」
 意識がまどろんで、四人が遠くになっていく。
 その時言ったのは、誰だったのだろう。
「大好き」

 数日が過ぎて、俺はというと。
 俺の出身地に、いろいろな木材が運び込まれていく。
 俺は、四人に介抱されていた。
「ご主人様!」
「あ、あたしが!」
「おぬしらじゃ……」
「私がやります」
「「「どうぞどうぞ」」」
 ……俺の介抱、本気でやってるよな?
 あの日以降、あれよあれよという間に、既成事実化されて四人が嫁いで、半ば公認で、村の復興まで始まっていて、怪我人なのに休む日がまるでなかった。
 俺は最初に作られた簡易な小屋で介抱されていた。
 大鬼を倒してからは鬼の数がめっきり減っていた。
 あやめいわく、忽然と消えたらしい。
 だから俺たちはこの村に居を構えることが出来るようになっていって。
 平和な日々を過ごせるようになっていった。
「百乃助、これからどうするんです?」
 りこがそれを聞いてくる。
 四人が四人を支えあう、そんな関係を目指していて、俺がなにもしないまま終わるのは情けないことだった。
 だから、すでになにをするのか決めていた。
「俺は」
 四人と幸せになるのは確定に違いない。          END

『でんせつ』

やっと完成。
思ったより時間がかかりました。が、その分壁に突き当たって、個人的には成長できたと思います。
まあ、それは読んでくれた人が楽しめたかは別問題ですが。
ですが、楽しんでくれたらすごい嬉しいです。
約4万字の作品です。

で、この作品は桃太郎の筋を参考にしてなぞっております。ハーレムは仕様です。

次の作品は、バトルなしの予定です。ではでは。

『でんせつ』

鬼に襲われた百乃助(もものすけ)。 頼りになる仲間とともに、 鬼への復讐を果たそうとする。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-26

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY