You Reiなんてへっちゃらなのか?

中学一年生の時に出会った本当にいるかもしれない君との出会い。

息が白い。
生きているっていう実感を沸かせるような色。
雪が冷たい。そして、氷はかたくて滑る。
生きているってこんな感じ?
もっと、上手く話すことができたらいいのに。そしたら、みんなと仲良く生活できるのに。
ねえ、私に不幸をくれたのは誰?

なんにも聞こえなかった。とりあえず分かったのは、今が入学式だってこと。そして、なぜか緊張しているっていうこと。
周りは、しっかりと身だしなみが整い、中学生らしさが伝わってくる。知らない人ばっかりだ。
でも、僕はまだ何もできなくて…もう少しで遅刻するところだった。小学生気分は終わりにするんだ!
「これで、第五十九回入学式を終わりにします。」
という、副校長先生の声で僕は心の中で「よっしゃー!」と叫んでいた。そして、右手でガッツポーズを小さくばれないようにすると、隣の女子が、いかにも嫌そうな顔をしてこちらを睨んできた。そんなに睨まなくったって、もう少しにこやかにすれば僕の気持ちのメーターが下がらないのに…今は、ロッキー山脈ほどまであった気持ちも、日本で一番低い山の天保山並みに下がっている。
そんなわけで、僕の中学校生活はこのような形で幕開けのようだ。
僕は、沢村 守。13歳。この間といってもいいくらい、小学校をほんの前に卒業した。まだ、中学校生活にわくわくとドキドキを抱き、新たな生活を切り開くハズ…の人物だ。
ここは、おもちゃの都市にある「おもちゃが丘中学校」。決して、ふざけた名前では無い。
おもちゃの都市は、その名の通りでおもちゃの工業団地が集まっている。僕の家から三分歩けば、有名おもちゃ会社の工場を二つは一周できる。もともと通っていた小学校から、工場は嫌というほど見えた。そんな、町に僕は住んでいるってわけ。
そして、僕は中学校生活を悔いの無いものに終わらせたいのだ。
中学校生活を攻略する…これを略して僕は、JHRPG(ジェイエイチアールピージー)(junior high school RPG)とでも略そうかな。ゲームのように僕は攻略してみせるんだ!
攻略手順を、あらかじめ短く説明しておこう。まずは、自己紹介!はきはきとしっかり話すんだ!そして、テスト!テストの点が悪いと馬鹿扱いされてしまう。最後に、部活!どこに入るかはまだ決まっていないんだ。でも、成績はしっかり残したいな。
これこそ、僕のJHRPGを攻略する手段だ!自分に拍手が送りたくなる。
そして、今日は4月9日。入学式から一日経って、自己紹介の時間に近づいている。
「まずは、先生の自己紹介からですね。私は、高橋(たかはし) 智也(ともや)です。前もって言っておくが、奥さんはいる…訳がないだろ!30代の独身です。よろしく。」
 智也先生か。なかなか評判は良いらしい。先生の自己紹介に誰も反応しないが、一人だけ、反応している人がいた。
 僕の後ろの席の人だ。入学式で、睨んできたヤツ。何て言ったと思う?先生に向かって…
「先生。うけ狙いもいいかと思いますが、たいがいの先生は、そのことがきっかけで学級崩壊を起こすところもあるんです。もう少し、考えていただけますか。人間の脳は、他の生物に比べたら前頭前野が大きいんです。それを有効活用しなければ…」
「分かった!分かった。品川、席につけ。」
「はい。分かってもらえたのなら、これからを期待します。」
 先生にもう文句付けているんだぞ。どんだけ強気なんだろう。まさしく、僕とは格が違いすぎた。
「では、自己紹介は、出席番号順で。」
 智也先生はよっぽど頭に来たのか、声のトーンが少し低かった。不機嫌そうな怪物のような殺気が、教室のはしまで到達する。
しかし、品川という人は、一つも微動だにせずまっすぐ先生の黒い眼に向かって、視線を送り続けていた。その間に挟まれる僕は、入学式を思いだした。
そして、何事もなかったように自己紹介が始まった。僕は、ほぼ聞いていない。名前なんて、仲良くなれば覚えるものだ。
そして、ついに僕の番が来た。緊張して胸はバクバクいう。笑顔で話そうとしても、頬がひきつるだけ。他の人から見たら、気味の悪い人に見えるだろう。
「僕は、沢村 守です。13です。趣味はゲームで、フェアリークエストにハマっています。友達たくさん作って楽しい生活にしたいのでよろしくお願いします。」
 ギリギリ言えた。みんなの視線が僕に集まっている。今にも座って、ほっと一息つきたいよ。
「よし、よろしくな。守。次、品川。」
 次の人の番になった。ぎりぎり、好印象を与えることはできたみたいだ。
「ねえ、早く座ってくれない?すごい邪魔なんだけど。」
「えっ?ごめん。」
 品川という人に、またしても睨みつけられた。このひとはそういう性格なんだな。
 僕がすぐに座ると、品川さんはさっきの顔から一転、はきはきした声でこういった。
「私は品川(しながわ) 凛(りん)です。13歳に昨日なりました。私は、特にゲームとかはやらないんですけれど、編み物などの手芸にピアノをひくなど、文化的なことが好きです。最近は、本を書くことを頑張っています。よろしくね。」
 イメージが違う。そうはっきり感じた。あいつ、品川 凛っていうんだな。まるで自分何でもできますと言っているように聞こえてしょうがなかった。
「品川。よろしくな。」
「ええ。先生が担任であれば心配無いです。」
 しっかりと受け応えをしている。僕からみれば気持ち悪いひとだ。ここまで大人ぶっていると話しかけにくい。
 彼女が席に着いた。今、彼女はどのような目線で僕を見ているのだろう。背中が急に小さくなる感覚がした。まるで、品川さんは僕の心を見透かしたかのようだった。
 結局、自己紹介の時間も終わり、休み時間になってしまった。
「品川さんとまた一緒のクラスになれて嬉しい!」
「品川さん。編み物教えてぇ。」
 多数の女子が品川さんのところにむらがっている。品川さんはとてもはきはきと喋り、どんどん友達の輪が広がっているように感じた。
 それにしても、女って怖いよな。「品川さんと仲良くなっていれば怖くない」とか考えて友達を増やす人もいる。真の友達ってあいつらの中じゃ誰なんだろう。
 でも、一人だけその輪の中に入らない人がいた。隣の席の子だ。ずっと何もない前を見ている。
「木村さん?品川さんと友達にならないの?」
 僕は、一度問いかけてみた。大きなお世話と返ってくるだろうか?それとも、あっさり品川さんと友達になるのだろうか?
 木村さんはこちらを向いた。ショートヘヤ―の木村さんの髪がふわっと揺れた。
「あなたなんて名前だっけ?」
 木村さんの黒い目が僕を見ている。吸い込まれそうな真っ黒の目。どきりとした。
「僕は、沢村 守。みんなからは守(まもる)って呼ばれているよ。」
「そう。私は木村。木村 レイよ。レイでいいわ。」
 そうレイは静かに言うと、前をずっと見ていた。
 今気づいたのだが、僕はまだ、レイの笑顔を見たことも無かった。二コリともしないレイは、昔から居たかのような落ち着きと雰囲気を出していた。
「お前か?守って?」
「おう。」
 いきなり話しかけられた。振り向くと、僕の席の前の人が立っている。
「俺、佐藤(さとう) 亘(わたる)。佐藤って呼んでくれ。フェアリークエスト好きなのか?」
「うん。あと、僕は守でいいよ。」
 声が少し子供っぽい無邪気さにあふれている亘君。少し距離が縮まった気がした。
 フェアリークエストとは?と思った人も多いかもしれない。フェアリークエストとは、パソコンでやるオンラインゲームで、仲間と連携プレイをして魔物を倒すゲームだ。主人公は、フェアリー…すなわち妖精を召喚して戦うんだ。僕は男キャラの精霊をコンプリートするために日々ゲームをしている。
「俺もやっているんだよ。俺は、魔物集め中。倒した魔物を記録しているんだ。」
「そうなんだ。僕は、フェアリー集め。男キャラのね。特に弓使いって手に入らないんだよね。」
「そうか?俺は弓使いいっぱい持っているぞ。でもさ、召喚師が欲しいな。」
 どんどん話が盛り上がっていく。なかなか面白いやつだ。まるで昔から知っていたかのようだった。
「おっと、チャイムなるから席座るわ。」
「おう。」
 そう佐藤が言った時にちょうどチャイムが鳴った。
「おいおい。チャイム前着席ぐらい守れよ!」
「すいません。」
 佐藤は初日から高橋先生に怒られていた。しっかり時計を見て行動する。それが、中学校では求められるらしい。僕も、人のふり見て我がふり直せだよね。
「では。今から学校探検に行きます。」
 高橋先生がそう元気に言うと、さっきの空気はすっかり無くなった。
 そう言って、ぞろぞろと大行列で歩く。回る場所は、主な使う場所だけだ。たとえば、
図書室とか保健室とか…回っていくと、品川さんは、何もしゃべらず「私はルールをし っかり守る正義の者です。」という看板を背負っているように感じた。
「なあ、佐藤。」
「何?」
 佐藤がこっちを振り向いた。佐藤は品川さんと同じ学校だ。何か知っているかもしれない。そんなことを聞いてみた。
 すると…
「品川?ああ…まあ、せいぜい逆らわないようにするんだな。」
「えっ?」
 それ以上、佐藤は語らなかった。確実に何かある。
 逆らわない?どういう意味だろう。僕は品川さんにそんな気持ちをしょってはいない。
 そんなことを考えていたら、学校探検は終わっていた。早いものだ。時間が過ぎるのって。
 中学校生活も、こんな風に早く過ぎていくことを初めて感じてしまった。小学校よりも二分の一過ごす時間が少ないものな。
 
4月9日
今日は、自己紹介と学校探検をしました。品川さんとは仲良くなれそうにないけれど、佐藤とは仲良くなれそうだ。これから学校生活を攻略して見せるぞ!
「よし、これでいい。」
僕は、一つため息をついた。僕は日記を書くことに決めた。少しの文を一日の終わりに書く。これで、何があったかあとで思い出せるのだ。
「明日も頑張らないとな。」
 そう僕は呟いてみた。僕の部屋の空気は依然、冷たいままだ。
 もう寝よう。なんか眠いや。

その頃…
「入れて!お願いだよ!」
「駄目だ。お前はこちらの者と違う。」
「お願い!」
 誰かの叫ぶ声。若い女だろうか。
 誰もいない小さな神社。そこに、制服を着た少女がいた。
「お前が何ものか知らないのかね?」
「知っているよ…」
「じゃあ、見せてみろ。」
 何ものかに指示され、動く指。少女は制服の第一ボタンをはずした。
 すると、青白く不気味な炎に包まれる。人間なら、全身火傷で即死だろう。
 けれども少女は立っていた。さっきと同じ格好で。
「ほら…足元を見ろ。手元を見ろ。自分の首に何が書かれている…」
「…っ!」
 少女の足元を見る。何と…透けていた。手元も透けている。
 そして、首には何か書かれてあった。
「お前は、私たちでもどうにもならん。ここは寺では無い。寺を追い出された幽霊よ!」
 少女は、非科学的なものだった。今の科学じゃ証明されない…存在自体が罪だ。
 少女は、第一ボタンを閉めた。すると、手元も足元も透けていない。人間だ。
 月がちょうど雲に隠れた。真っ暗な神社。少女以外の声は聞こえない。
 そこへ…こちらも非科学的なものが…
 一匹と一羽の動物だ。でもどこか変。
 二足歩行をする動物。少女は見慣れたようにその顔を見た。
「宇佐…猫野…駄目だった…」
「今日もかぁ…大丈夫だよ。また、明日がある。」
「うん。」
 動物は馴れたように日本語をしゃべっている。でも、動物だ。
 分かった…これは…化け猫と化けウサギなのだと…
 なぜ、非科学的なものが現れている?謎は深まるばかりだ。

4月10日 晴れ
 今日から授業が始まる。僕は、学校から家までが近いので歩きで行く。いつもゆっくり登校できるのだ。
 でも、一人で登校するのは寂しい。春でも風は冷たいことも多い。僕だけが取り残されたように感じられる。周りは、温かそうに友達と喋りながら登校しているのだ。
 と、思いつつ…僕は早く学校についた。まだクラスには、人はいないだろう。
 そう思い、クラスに向かうと…4人ほどもう居た。何か喋っているようだ。なんだか気まずい。
 その中には佐藤もいた。品川が、ジェスチャーをしながら話している。はたからみたら奇妙な光景だ。
「だから…あれは幽霊なの!」
 立ち去ろうとした僕に、聞こえた話声。僕の興味がぐっとロッキー山脈ほどまで上がる。
「大きいって…声が…品川さん。」
「あれは、まちがいなく幽霊よ!一年前…」
 品川さんの声は僕にもよく聞こえた。盗み聞きって悪いことだと知っていた。けれども、聞きたかった。僕は、興味を押さえられない性格なのだ。
「一年前…雨森神社に行ったの。真っ暗な夜にね…12時近かったわ。私は、落し物を雨森神社でしちゃって、親に内緒で取りに行ったの…そしたら、出たの!青白い炎に包まれていて、気味悪かったわ。すぐ逃げたしたんだけど。誰にも相談できなかったのよね…親には言えないし…だから、学校で話すことにしたわ。」
「馬鹿だろ!幽霊なんて非科学的なものが居るわけがない。」
 佐藤が、呆れたようにため息を出した。でも、品川さんの顔は変わらず、おびえた表情だ。
「それがね…その幽霊…ある人にそっくりだったの…」
「誰だよ…」
 品川さんの開く口がゆっくり僕には見えた。信じられない。今でも信じられないのだ。
 もしそうだったら…もしも…
「木村…レイよ…レイ…幽霊…」
「はぁ!」
 隣の人が幽霊?そんなわけがない。彼女は身体がしっかりあった。喋れてもいる。
 気づいたら駆けだしていた。その場にいることができなかった。聞かなきゃよかったんだよな。足がガタガタ震えて、呼吸がままならなくなって…もうどうしようもなかった。
 あの時に僕はどんな表情をしていただろう…まあいい。どちらにしても思いだしたくもない。
「はぁはぁはぁはぁ…」
 走った先は、誰もいない中庭…のはずだった。
 出たんだ…幽霊が…
「うわぁ!ゆ…ううっ」
 後ろから何者かによって、意識が途絶えさせられた。重いリュックを背負っていたため、急に身体が軽くなった気がした。幽霊は、以前…僕の前であやしげに揺れていた。


「…くん…まも…くん…守君…」
「うっ…ああっ…」
 うめき声を出して起きると、担任の高橋先生が僕を心配そうに見ていた。そして、僕は背中から鋭い痛みを感じた。
「よかった。意識があって。木村さんが教えてくれたんだよ。」
「はぁ…」
 自力で立ち上がると、ちょうどチャイムが鳴った。今は何時だ?
「いまから朝の会だから。すぐにとは言わないけれど、早めに来なさい。」
「はい。」
 リュックを持って、背中の鋭い痛みに耐えつつ僕は歩いた。
 でも、木村さんに対しての疑いは依然残ったままだった。

朝の時間もおわって、一息ついた。クラスはがちゃがちゃし始めて、中学生らしい若々しさにあふれている。
周りを見渡すと、昔からその場にいたように座る木村さんを見ないふりをしたが、御礼だけはと声をかけてみた。
「あのさ…木村さん…先生呼んでくれてありがとう。」
「…そう…」
 愛想の無い声だった。そして、また黒板の方を向いている。僕は気味悪い少女のため、気持ち悪かった。話していてもつまらない。笑顔さえ見せない。これが今の中学生女子?
「ねえねえ知ってる?あのね…」
「ねえ、知ってるか?なんかさ…」
 周りは噂が飛び交っているらしい。もうクラスには回ったみたいだ。品川さんの所に人が集まっている。
 こういうの一番嫌いだな。みんな集まれば怖くないみたいなやつ。一人で頑張って勇気だせば良いのに…
 という文句を心の中で言っていたら、いつの間にかに僕と木村さん以外、全員品川さんの周りにいた。
「逆らうなよ…」
 佐藤の言葉が頭をよぎった。こういうことか?これ?
「あっれ?沢村君?ちょっとおいでよ。」
「えっ…その…」
 返す言葉に戸惑っている僕。みんなの視線が集まってなかなか言葉が出てこない。品川さんは、舌打ちしながら返事を待っている。僕を試しているのか?
 かといって、木村さんの噂話なのはみても分かる。木村さんをいじめることは僕にはできない。このクラスで不登校者を出したら、僕は一生後悔するだろう。彼女の人生を狂わせてはいけない。
「行ってきなよ…私は一人でいい。心配しているでしょ。」
「えっ?でも…」
 木村さんは、小声で言った。表情は全く変わっていない。
 でも、ほおっておくことはできなかった。
「ごめん。ちょっと塾の宿題を滞納していて…話す余裕がないんだ。ごめん。」
「ふーん。そう。」
 品川さんはこっちに静かに近づいてきた。僕は静かに席に座って塾のワークを出した。
「がんばってね。勉強分からなかったら聞いてね。」
「うん。」
 僕はどんな表情をしていたのかな?おそらく、おびえた表情をしていたはずだ。品川さんに不意をつかれてしまった。
「話に参加すれば良かったのよ。あなた、今…ものすごい力でシャープペンシル握っているよ。」
「あっ…ありがと。」
 気がつくと、シャープペンを握りしめていた。心臓がバクバクいっているのが落ち着いてきて、代わりに木村さんを呼ぶ声がした。
「あっ…木村さん呼ばれているよ。」
「ああ…そうだね…」
 木村さんは席を立った。よく見ると、木村さんの友達(だと思われる)子は、一人は女で、ツリ目の猫みたいやつ。もう一人は男で、耳がふく耳だ。兎みたい。
木村さんは、一言二言会話すると戻ってきた。気持ちが悟られないように、ワークで顔を隠してみた。
木村さんは、変わらない表情でこう言ってきた。
「何?」
「えっ?」
「あの子たちは私の友達。女の子が猫(ねこ)野(の) モモ。男の子が宇佐(うさ) 大輝(たいき)。もともと同じ小学校だったの。」
「ふぅーん。」
 短い言葉で返す。これで、気持ちは分からないはず。でも、彼女は僕が何を考えているのか当てている。顔に書いてあるのかな?
 結局…その原因が分からず、今日という日も終わってしまった。

4月10日
今日は、不思議な噂を聞いた。木村さんが幽霊だというのだ。品川さんが話していたが、これがきっかけでいじめが起きるのは許せないな。その場合、どうにかして止めてみよう。あと、今日は僕も幽霊を見た。青白い炎に包まれて怖かった。でも、背後から誰かに襲われたから分からなかった。もしかしたら幻影かも?
木村さんがどんな人であれ、クラスの一員として見守りたいな。

 ポケットを探ると、携帯がバイブレーションを繰り返している。電話だ…見たこともない番号だったがでてみた。
「もしもし。守?でるの遅いよぉ~俺の睡眠時間を削らないでくれ。」
「ああ…ごめん!佐藤!で?何?」
 そういえば、佐藤に電話番号教えていたっけ?聞きなれた声でほっとした。
「守ぅ~星見たか?宿題だよ。」
「えっ…見てない…」
「怒られるぞぉ。成績落ちちゃうよ。理科で、小学校の復習だって言っていたじゃん。」
「分かった!今すぐ見る!」
「守は絶対忘れているなと思ってさ。かけてよかったわ。」
「ありがと。じゃ」
「うん。」
 そして、静かにボタンを押して電話を切った。
 なんだか、胸がぽかぽかして初めて青春を感じた。
 と、浸ってないでさっさと観察に行かないと…
「行ってきまーす。」
 小さい声でそういい、ノートとシャープペンシルを持って僕は走って行った。空は、ここが工業団地だからか星は見えにくかった。
 でも、一か所だけ見えやすい場所がある。よく、地域のイベントで「星を見よう」なんてイベントがあると毎回使われる場所だ。
「おもちゃ神社…絶対見えるぞ!」
 一言呟いて、僕の足はスピードを増した。誰の声もしない真っ暗な夜道をかけていく足音が、妙に懐かしく感じられた。

おもちゃ神社に到着。こんな時間じゃ誰もいない。
はずだった。
「私は…昔は生きていたんですよ…」
「ふーん…」
 狛犬の影にそっと隠れてみると、僕の学校の制服を着た少女が目に見えない何ものかと話している。
 星の観察に来たわけではないな…じゃあ…何のために?
「そなたの名を聞いていなかったな…」
「私は…木村レイ。この身体の持ち主の名は…木村ミオ。私は…幽霊だよ…」
 レイ…霊!隣の人が…幽霊だ…
 足が震えていた。シャープペンシルを落としてしまった。手も気づかないうちに震えている。
 声をかけるべきか?いや…秘密を知ってしまったら殺されるかもしれない。相手は、非科学的なものだぞ。
 中庭で見たのも現実なんだ。実際、僕は襲われている。
いつの間にか、僕は狛犬の影に隠れてはいなかった。気づいてはいないようだけど、次はノートを落としてしまった。
 レイさんは、静かに振りかえった。その時間が不意に長く感じた。
「守…君…聞いていたの…?」
「うん…幽霊なの?」
「ええ。気味悪かったら結構。」
 僕はゆっくりレイさんに近づく。レイさんはきょとんとしている。
「何で…何で…この世にいるの?」
 僕とレイさんの距離はわずかしかない。何でだろう。不思議と怖さを感じていなかった。
「私は…訳もなく追い出された。住んでいたところを…」
 レイさんは、静かに口を開いた。表情もいつもと変わらずポーカーフェイス。心臓の動きも穏やかになった。
「私は…ここ…雨森神社の神様に、住んでいたところに戻してほしかったの。でも、人間じゃないやつは駄目だって…だけど、毎日ここに来て願っている。」
「そうか…」
 それしか言葉が出なかった。というか、ここって雨森神社っていうんだ。どうでもいいことが頭を飛び回る。すっかり頭がおかしくなっているようだ。
「本体さんのミオはこの世にいない。空っぽの体だった。彼女が死んだわけじゃない。彼女自身の心が死んだ。何も感じられない、生きることを忘れたからっぽの人間だった。いつ自殺してもおかしくなかった。そんな身体に私は入れられた。」
「心が…死ぬ?」
「うん。いじめ。それが原因って、元住んでいたところで事前説明の時に教えられた。私は元住んでいたところに戻りたい。」
 レイは、制服の第一ボタンをはずした。
 すると、レイは青白く不気味な炎に包まれた。
 10秒ほどで炎は収まり、手足が透けているレイがいた。首に何か書かれている。
「ほら…私は幽霊。その力だけはこの身体につけてくれた。ある意味邪魔だけどね。一日に何度か力をこうやって解放しないと力が暴走する。この首に書かれていることは、私の力をここに封じている証。あぁ…こんな力が無ければな…」
「あっていいな…」
 僕は、真面目な顔をしていった。レイのポーカーフェイスは崩れた。レイの顔は見る見るうちに泣きそうな表情になる。
「だってそうじゃないか!普通の人間じゃできない非科学的なことができる!人間でもあるし!ねえ!これって特技ってやつじゃない!こんな力が無かったら?いいや!あって嬉しいよ。ねえ、もっとこの世界を楽しんでから元の住んでいたところに戻ろうよ!体育祭だってある!授業だって、友達だって!毎日が刺激的で楽しいよ!ねえ、一年間過ごしてみよう!ミオさんだってそう思っているはず!君が!その子のために生きるのもいいかもしれない!」
「何言っているの?めちゃくちゃね…」
 レイさんは少し涙を流していた。涙は、幽霊でも出るらしい。涙は透けていた。人間でもそうか…
「分かった。過ごしてみる。元の住んでいた場所に戻る方法はゆっくり考えるよ。」
「うん。」
 レイさんは、第一ボタンを閉めた。手も足も透けてはいない。人間だ。
「僕は、君の友達だよ!」
「うん。私だって、あなたの友達。」
 レイさんは、涙を拭いて元の表情に戻った。でも、さっきとは違って人間らしい顔つきだ。(なんとなくだけど…)
 レイさんは、先に帰ってしまった。何もその後話さずに。
 でも、僕は一つ感じたことがある。
 これが青春なんだって。
 さっさと星のスケッチ終わらそう!もう遅い時間だ!
これが、僕のどたばた騒動記の始まりになろうとは…レイさんも僕も知らなかっただろう。

レイ…上手くやっているのね…
「ミオ…君の本体は上手く起動しているようですね。」
「ええ。あなたのおかげです。」
 私は死んだ。心が…いつしか何も面白いとも感じなくて、いつしかひきこもっていて…人を見ると、にんまりと塗りつぶされたような顔に見える。だからこんな場所にいる。
上手くやってね…私の分まで…
そして、守君…あなたに逢いたかった…


4月11日 曇り
 さっそく、一時間目は理科。星の観察ノートを出す日だ。
「はい。出して。」
 先生が高橋先生なのはものすごく気持ちが楽。難しい理科も簡単に感じられるのだ。
 全員、出せている。さすがに今忘れ物はできない。
「待って…私のノートが…無い!」
 確か…山井さんだったけか?えらく大騒ぎしている。
「山井。ノート無いのか?」
「ええ。朝、机の上に出しておきました。品川さんが証人です!」
 話はだんだん大きくなっている。レイさんは、退屈そうに教科書を読み始めた。
 僕は…何をしよう…この話をひとまず聞いていようかな?
「私は見ました。朝、一時間目前までありました。本当です。」
「でも、幽霊でなきゃそんなこと出来ないぞ…」
 幽霊という先生がいった話で、みんながレイさんの方を向いた。僕は、窓の方向をあえて見ている。でも、視線が放つ力は僕をぞっとさせた。
「なんだ?とりあえず山井。落ち着け。あとで探そう。」
 先生が話を丸めたからよかったけれども…これで収まる品川さんでは無いことは分かっていた。佐藤が、なんだか気まずそうな顔をしていた。品川さんアレルギーか?
 休み時間
「木村さん。ちょっといい?机の中拝見させてもらってよろしいでしょうか?」
「ええ。私、犯人じゃ無いもの。」
 レイさんは、席を立った。僕は横目でその様子をうかがっている。品川さんは、正義を盾に机の中の物を出し始めた。まるで、警察官みたい。
「これは…山井さんのノートじゃない!木村さん!あなたが犯人ね!」
「えっ?」
 品川さんの芝居がかった言い方。なんかいらいらした。ここは二時間ドラマの撮影所じゃないんですけど…
 レイさんも驚きを隠せないらしく、眉毛がぴくぴくしている。
「おいおい。いくらなんでもそれは無いだろ。誰かに入れられて犯人に仕立て上げるために、されたかもしれない。」
 僕は勇気を振り絞って、品川をしっかりと見て言った。品川さんは、相変わらずこっちを睨んでくる。そんなに僕のことが気に入らないんだろう。
「何?あんた、レイちゃんとなんか関係あるの?」
「無いって!品川。お前は先生じゃないんだぞ。少しは…」
 言いかけたとたん、品川さんは僕を背負い投げした。心の準備が整っていなくて、床に打ちつけられた時、心臓がやけに早く動いた。
「おい!いきなりは無いだろ!お前…」
 さすがにここでは暴力をふるえない。品川さんは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。他の女子は、品川さんにどんどんしがみつくように近づく。
「なに?私、あんたみたいなの嫌いなの。一応言っておくけど、あんたが最初に暴力振るってきたでしょ。ねっ?みんな?」
「そうよ!品川さんは悪くない!」
「品川さんは、クラスに必要な人。クラスに必要無い人は守だ。」
 みんなが口ぐちに言う。証拠隠滅…もう品川教でも出来ているのか?
「いいわ。山井さんごめん。」
 レイは頭を下げていた。レイの顔は相変わらずのポーカーフェイスで感情そのものが伝わってこない。山井さんは不機嫌そうに地面をけった。
「まぁ!レイさんが犯人だったとは!」
 品川さんは芝居がかったことを言い、レイさんの顔を覗き込んだ。そして、小声で何かを呟いたようだ。
 僕は悔しかった。僕がやったわけでもない。でも、レイさんは何も言わずに謝っていた。なにも理由も言わずに…
「くそっ…」
 廊下に出る。喋り声が、妙に僕を笑っているような感じがしていらいらした。水道で自分の顔を鏡で見ると、情けない冴えない顔に見えてしまいその場をすぐ立ち去った。
「守君。」
「あっ、日村。」
 日村さんが僕に優しく声をかけてくれた。
 日村さんは、同じ学校の幼馴染だ。僕からみると優しい子。でも、中学校に入ってからあまり話していなかったっけ?
「レイさん呼んでいたよ。」
「OK」
 日村さんは伝言をいいにきたのか…レイさんが違う人に声をかけるって珍しいな。ってあんまりレイさんについて知らないのにそんなこといってもしょうがない。
 日村さんは迷うことなく品川さんの所へ行く。スカートが寂しく揺れている。僕って置いていかれているんだな。攻略できていないじゃん。くそっ…
「守君。あのさ…気にしなくていいからね。私がたとえそんな人でも…」
「ああ。」
 レイさんは僕の所まできていた。頬が熱くなるのを感じ、顔をそっぽに向けてしまった。
 確かに。レイさんが幽霊だとしても同じように接してあげないと。僕は何を考えているんだ?幽霊と人間は別なのか?そんなわけないだろ!
 大きな過ちを犯していたことを僕は感じた。
 僕が普通に接してあげないとレイさん自身が辛い。みんなはまだ知らないのだから…
 ふと、横目をずらすと佐藤が見えた。なんだかこちらをじろじろ見ているが気にしない。
表情がやけに強張っていて、見たことも無かった佐藤を見てしまった気がしてそれも喉に引っかかる。
「守君?」
 レイさんのその一言がふと耳に入ったと思ったら、椅子から僕の体は転げ落ちた。痛かったけれど、妙に頭がガンガンして瞼が重い。
 目を閉じると何も聞こえなくなった。もういいや…


「うっ…」
 目が覚めた…ここは?
「守君…」
 レイさんが僕の顔をまじまじと見ている。身体が重くて返事もできない。
「守ぅ…大丈夫か?品川もやりすぎだぞ…」
 佐藤が僕に駆け寄ってくる足音と声が聞こえた。
 ものすごく時間が過ぎたと思った。でも、ほんのこ1秒くらいしか時間がたっていない。感覚がマヒしているのか分からないが、違和感と体のだるさに呻く。
「木村さん…これって?」
「黙ってて…」
 レイさんは口元に手をやった。ほほぉ…何か隠しているんだな?
「保健室に行った方がよさそうね。私が先生には言っておくから、木村さんが連れて行ってあげて。」
「あっ…はい。」
 品川さんは僕を高いところから見ていた(僕が倒れているのもそうなんだけど…)レイさんは僕に手を貸している。
 僕はレイさんと共に保健室に行った。その時のクラスの状況が僕にはちっとも分らなかった。

放課後
「私のせいです…」
「えっ?」
 レイは、帰り際にこんな告白をし始めた。僕の体調も良い調子なのにそんなことを言われたらまいる。
「人間に幽霊の存在が分かると、人体に一時的に負荷がかかるんです。その症状が出たんですね…」
「いいよ!別に…他の人じゃ体験できないでしょ?」
 僕は笑顔で返したが、レイさんの顔はポーカーフェイスのままで声色だけ変えて話しているようなものだ。
「私に出来るのは…これくらいしかないんです…」
 そういって、レイさんはあるものを取り出した。
「これは…おもチャッキーのキーホルダーに特殊な加工をした御守りです。」
「おもチャッキー!大好きだよ!」
 レイが取りだしたのは、黄色い猿みたいなキャラクターのおもチャッキーのキーホルダーだった。
 おもチャッキーとは?と思う人も多いだろうが、おもチャッキーというのはこの町のゆるキャラだ。ブログはアクセス数ナンバーワンをとり、今話題のゆるキャラなのだ。
 黄色い猿みたいで、ふわふわのしっぽ(お掃除ができそう)に大きい耳(みんなの夢をよく聞くためだそうだ)があり、重さはみんなの夢の重さぐらいらしい。ちなみに、一家に一個はグッズがある。
 僕はおもチャッキーの大ファンで、家にグッズが大量にある。よくモノレールの駅でおもチャッキーを見ると写真撮影では収まらない。
「これを見につけておいて。」
 レイさんは僕の鞄につけている。一体…なんの効果があるのだろう?聞いてみた。
「特殊加工は秘密です。大丈夫です。呪い人形じゃないので。」
 ジョークなのかな?ちょっと笑ってみた。こんな一日があってもいい気がする。
「じゃ。また明日。」
「うん。バイバイ。」
 僕たちは手を振って別れた。その場に立っていると、レイさんは振り向きもせず猫野さんと宇佐さんの所へ走って行った。なんかさびしかった。
 僕はおもチャッキーを強く握りしめた。そして小声でつぶやいた。
「レイさんを笑顔に出来ますように。」
と…
 4月11日 曇り
 今日は、山井さんのノートが無くなった。犯人はレイさんに決まってしまったが違うと思う。そして、僕は幽霊と普通に接することにした。特別に接するなんておかしいだろ?おもチャッキーに込めた願いが届きますように。
 少し頬が熱い。自分で書いた文に自分で照れている僕が面白かった。おもチャッキーは僕らに味方してくれるはずだ。だって、おもチャッキーは未来を見ているのだから…そうだろ?無限に広がる僕らの世界を大きい耳で聞いてみているはずだから…

「ミケ。」
「みゃぁ」
 相変わらず可愛い猫だ。三毛猫のミケは。
「今日はキャットフードだぞ。」
「みゃあ!」
 俺の脚をすりすりしてくるミケは心のよりどころだった。
 今日は罪を犯した。黒幕には逆らえない。僕が犯人だ。
「ミケ…」
 俺は、ミケを抱っこすると首を乱暴につかんだ。
「みゃぁ!みゃぁ!みゃぁ!」
「あっ…」
 俺は何をしているんだ?こんなに愛しているミケを殺そうとするなんて…どうかしている。
 ミケは俺から距離を取ってキャットフードを食べている。俺は今日はもうミケの所にいることをやめた。
 さっきみたいに簡単にできるんだ…
 簡単に…
 品川さんを…
 俺の手から本が落ちた。フェアリークエストの攻略本だ。表紙がすこし土埃でかすんだ。
 いつのまにか俺はまたミケの所に戻っていた。
 いや…違う。
 違う猫の所だ。
「品川さんいますか?」
「私だけど?」
 本人はいた。インターホン越しから聞こえるいらいらする声。
 本人が出てくるまでに数十秒かかった。その間に手袋をはめる。そして、舌なめずりをした。
 猫をどう遊ぼうか?そのこらえきれぬ欲望で俺の心は満たされていく。

4月12日~5月20日…までは特になんの変化も無かった。みんながみんなお互いのことを知って、分かち合って…友達を作っていくだけだ。
 しかし…体育祭という大きな壁が僕たちを待ちうけている。
 レイさんからもらったオモチャッキーが、風で揺れていた。
5月21日 晴れ
「今日から体育祭の練習始めるぞ!」
 高橋先生が黒板に種目を書きながら言う。
 正直言って、あまり乗り気ではない。むしろ早く終われ―という感じだ。
 もともと、僕は運動が得意なわけでもない。勉強の方がむしろ得意で、運動を頑張ろうと思ったこともない。
 レイさんをふと見てみると、特に何も変わらず黒板を見ているだけだった。
「個人種目は三つ。パン食い競争と二人三脚、そして徒競争だ。クラスで協力する競技は、全員リレーと綱引き。選抜メンバーはリレーに出てもらう。」
 先生は笑顔で話すが、誰も乗り気でないのは空気でわかる。前の佐藤は本を読んでいる。
「先生。あの…学級委員長の私の方で出る人を決めてもよろしいでしょうか?」
「ああ…まあやってみるか?はじめての試みだがな。」
 品川さんが決める?なんなんだ…この胸騒ぎ。ふと、品川さんを見ると勝ち誇った表情を浮かべている。
 普通、自分が出たい種目を言ったり、先生が決めるんじゃないのか?
「何?守さんは不満があるの?レイさんと一緒に出たいならそう言ってちょうだい。」
 僕の心を見透かされた気がした。なんで僕とレイさんは二人でワンセットなんだ?勘違いしている。
「だったら…僕は佐藤と一緒が良いな…出来ればだけど。」
「そう。でも残念。佐藤君はこちらのグループ所属だから。」
 僕を見降ろすような目線。反論しようと思ったけれど、レイさんが僕に冷たい視線を送っていることに気づきやめた。
 佐藤をふと見ると、僕から顔をそむけた。まるで僕を毛嫌いするように。
 日村さんを見ると、僕を見た瞬間!視線を品川さんに向けた。もう小学校じゃないんだよね。

 休み時間
 もちろん、僕がやることは決まっている。
「佐藤。お前…」
「悪ぃな。俺は品川の組織に入ることにしたよ。じゃないと、見放されるんだ。レイと仲良くして幽霊にでもなれば?」
「佐藤…お前…レイさんを幽霊扱いするな。人間だぞ。」
 僕は手をあげるところだった。佐藤は品川さんと共にいて強がっているんだ。
「じゃあ…品川さんの言っていることが嘘って言いたいのか?」
 うん。そうだ。なんて言えるわけがない。周りは、女子がそれぞれ好きなように話しているが、耳をこちらに向けているのは視線でわかる。
 さて…どうする。
「みゃおみゃお…みゃぁ…」
「ミケ?」
 佐藤は廊下に走って行った。なんで猫がいるんだ?
 僕は佐藤を追った。話の続きがしたくて。

「ミケ。ここは学校だぞ。パン屋に戻った方が良いよ。」
「みゃぁ…みぁ…」
「ミケ…」
 ミケは中庭にいた。佐藤はミケと呼ばれる三毛猫を抱いていた。ミケは佐藤といるのが好きみたいだ。
「ミケ…」
 佐藤がミケの首筋に手を伸ばす。その手には、いつの間にかにつけられた黒い革手袋…
「ふぎゃぁみゃぁみゃ…ぁ」
「おい佐藤!やめろぉ!
 猫の首を絞めている佐藤。その顔は笑っているようで悲しそうで…目がぽっかり空いているような感じがして…
 僕は佐藤に力づくで突き飛ばし、猫を抱いた。
 もう遅かった。猫は…死んでいた。ただの生物の死体。そこに暖かみもない。
「ふふふっ…タノシイ…」
 佐藤は流暢に革手袋を取った。革手袋には猫の毛が大量についている。黒もあれば白もある。
「佐藤…猫をいままで何匹殺した?」
「15匹。今ので16匹目。」
 僕は睨んだ。やり場の無い怒りがこみ上げてくる。
「その子はミケじゃない。僕が本当に欲しいのはミケ。パンでかパン屋のミケ。4月に殺そうとしたら見つかって…会えなくなっちゃった。」
「お前…猫も命があるんだぞ。そん」
「じゃあ、幽霊には命があるの?」
 言葉が出なかった。まだ、佐藤はレイさんが幽霊だってことを知らない。幽霊は命があるのだろうか?
「そもそも、野良ネコはみんな毛嫌いするじゃないか。僕は駆除しているんだ。町のヒーローだろ?でも、野良ネコを作り出したのは人間だよ?君も人間だ。同じなんだよ?だから僕は善良じゃないか?命を大切にしないなら僕が消せばいい。」
 言い返す言葉が無い。僕は猫の死体に中庭の花を一本折ってのせた。これくらいしか、佐藤と違う人間だと表せるものが無かった。
「なぁ…品川がなんでああいう性格か知っているか?」
「知るわけがないじゃないか。違う学校なのに…」
 僕は手を合わせ、佐藤を睨みつつ低い声で言った。
「品川だって好きでああなったわけじゃない。品川自身の心が死んだ。それが一番の良い答えかな?」
 心が死んだ?だったらレイさんだって気づいているはず。心が死ぬって身近なことなのかもしれない。
「品川は、いじめにあっていたんだよ。小3のときにね。でさ…二年間続いて先生も信頼できる大人も誰も気づかなくて、僕らの陰湿ないじめだった。それが彼女を変えた。小3の時までは大人しい子で特に怒りを買う子でも無かった。でも、小5になって…一週間学校に来ないなあと思ったら飛び降り自殺をして意識不明だった。僕らの行動が少女を壊したんだ。」
 佐藤は革手袋についた毛をハンカチで拭いている。僕はその行動に嘔気がした。
「彼女が目を覚ました時…二週間くらいそれから経ってからかな?彼女は記憶を…三年生と四年生の自分の記憶をなくしていた。僕はそれが良かったと思う。あの時の彼女の笑顔はかわいらしくて…で、みんなあの時の思い出を変えた。彼女はみんなのリーダー格で完璧少女だったと…そしたら…ああなった。」
「そうか…」
 その時チャイムが鳴った。先生に怒られることは確定。でももう少し話が聞きたくなった。猫の死体は日光がそこだけに差して、まるで天に召されていくかのよう感じた。
「そうそう、ちなみに俺はこの町のモノレールに一生乗れない。騒ぎを起こしたからな…」
「騒ぎ?」
 僕がそう聞くと、佐藤は黙り込んでしまった。何がこの裏で隠されているのだろう。この学校という小さな社会の中で、僕たちは一体何が得られて何ができるの?
 佐藤は教室に戻って行ってしまった。僕は、佐藤が行ったあと5分後に教室に戻り、高橋先生に二人仲良く怒られた。これもいい思い出。

5月21日  晴れ
今日は体育祭の個人種目を決めた。でも、品川さんが全てを決定する。僕は…正直、あまり気持ちは進まないな。佐藤が猫を殺した。僕が知っている佐藤では無いくらい怖かった。でも、僕には言い返す言葉の知恵も勇気もない。そして、品川さんの過去も知った。心が死んでも記憶をなくしたりすれば元に戻るみたいだ。レイさんは知っているのかな?
 僕に出来ることはまだ少ない。でも、自分で考えることは今からでもできる。
 おもチャッキーを鞄から外し、少し強く握ってみる。
 これが殺すって感覚なのかな?こんなことを考えている自分が恐ろしくなって目を閉じた。

 相変わらず神社に足を運んだ。もちろん誰もいない。
「神様…私は元の世界に帰る前にこの世界を楽しみたいと思います。」
 私がそう願い事を心の中で唱えると、通常の人間では見えない神様という存在が現れる。光り輝き、その姿は私が思わず地面にねじ伏せられてしまうほどだ。
「神様…」
 私はそっと近づくと、神様は手で制した。
「それでよかろう。その身をもって知れ。この世がどれだけ醜いか…それを感じずにはいられまい。近くに体育祭があるようだが…お前のその考えは消えるだろう。」
「やってみないと分かりません!決めつけないでください!」
 私は強い口調で言った。今は守君に守られているけど、私だって役に立ちたい。幽霊だってやっていけるはず!
「去れ!口のきき方が悪いやつじゃ。お前のために私がどれだけ力を使ったことか…お 前は一生苦しむがよいぞ!」
 神様は、強烈な衝撃波を私に当てた。神社の外にはじかれる私。その体を宇佐がキャッチする。
 これからの学校生活に不安が残る一日だった。

5月22日 曇り
 品川の目線が冷たい。いまから運動会の種目メンバー発表がされる。心臓が不思議なほどバクバクいう。
 この時間は朝の会。先生が時間を設け、発表することになったのだ。
 クラスの雰囲気はどこか重い。曇り空なのもある。一匹、蝶がクラスに入り込んだが誰も気にしない。蝶は残念そうにクラスの窓から空へと返って行った。
 品川さんの口が開いた。その動きはスローモーションに見えて、超常現象でも起きたのかな?と自分の目を疑ったほどだ。
「パン食い競争は、佐藤、日村――」
 全部、モールス符号のように感じられる。流れるように名前は呼ばれ、自分の名前を聞きとるために他の名前は聞こえない。
「二人三脚。佐藤、沢村――」
 やっと呼ばれた。僕の顔は自然と前の席の佐藤に向く。その時の佐藤の顔は、恐れているような表情で品川さんを見ていた。
 品川さんは一瞬だけ、佐藤の方を向いた。その顔はまるで佐藤が猫を殺している時のようなあどけない顔だった。
「徒競争は…木村――」
 木村さんの名前も聞こえた。僕とは違う競技だが頑張ってほしい。そう強く願った。
 でも、彼女の表情は違った。焦っているように感じられ、その視線は高橋先生の方を向いている。何故?
 その高橋先生の表情は、おっとりとした笑顔だが…その裏に隠されている黒い目のどす黒い光。小さいころ、大人の人に冷やかに向けられた視線に似ている。
 おそらく…高橋先生は何かを知っている。そう考えるしかなかった。
「選抜リレー、木村――」
 選抜リレーにも木村さんの名前は呼ばれる。木村さんは僕の方を見て言った。
「ハメラレタ」
 と。

休み時間
 木村さんは、真っ先に教室を出て理科室に向かっていく。僕はその後を小走りで追っかけた。木村さんは走ることをまずしない。するとしても小走りだ。
「きむらさ…木村さん!」
 僕が理科室のドアを開けると、高橋先生と木村さんがそれぞれの隠し持っていた力を解放していた。
「逃げて!守くん。先生は妖精だった。」
「えっ?」
 すっ飛んだ話だな…いやいや!先生の背中には緑色の羽が4枚付いている。
「この姿を見られるとはな…まあよい。私が消してやる!」
 高橋先生は何かの粉を宙にまいた。黄色くて発光している。
「うっ…」
 僕の身体が支えきれないほど重くなる。瞼も重くなって目が閉じる。
 ゆっくり呼吸をすることしかできない。呼吸するたびに感覚が無くなる。
 そして僕は夢に落ちた。

「ぐっ…はぁ…はぁ…」
 ゆっくり目を開けると、そこは倉庫の中だった。今は使われていないのか、錆びついているパイプなどが散乱している。
 背中があったかい。そう思って裏を見ると木村さんが居た。
 自分の置かれている状況をおそるおそる見ると…鎖で縛られていた。木村さんと背中合わせにきつく縛られている。
「やっとお気づきかい?やれやれ…」
 聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。高橋先生だ。
「レイはまだ起きないと思うよ。きつい薬をかけたから。」
 ひょうひょうとした声に無性に腹が立った。一発ケリを入れようと脚を動かすと、その脚を踏まれた。
「抵抗かぁ…まあいいか。無事に返す予定はないし。全治一カ月ぐらいの怪我なら大丈夫だよね。」
「うっ…」
 先生の目はレイを向いている。憎悪に満ちた黒い目から教師のプライドは見えない。
 なんとかしてこの場を逃げ切らなければ…レイさんも僕も危ない。
 でも、相手は妖精の類だ。どんな力を持っているかを知らない。レイさんの力で脱出したくても、レイさんは起きる気配はない。
「守君。君はなぜ幽霊の味方なんだ?木村を庇うメリットなんて無い!お前は人間として生きるべきだ。」
 先生の、低く脅すような声が僕の顔をこわばらせる。これが大人のやり方なんだと改めて感じる。自分の目的のためなら何だってする…それが大人のイメージだ。
後ろからうめき声がした。レイさんが起きたらしい。
「うっ…ああっ…」
「レイさん!平気?気分はどう?」
 レイさんの顔はこちらから確認できないが、背中が微妙に震えている。ゆっくり息をするレイさんを背中から感じられた。
「気分は最悪ね。ごめん。巻き込んで…」
 レイさんは必死で鎖を解こうとするが、その様子を高橋先生は面白そうに見ていた。
 違うよ。レイさんが悪いんじゃない。レイさんはいい人で、幽霊だけど高橋先生とは違う存在なんだ。
「君の能力発動は、第一ボタン。縛られているんだったら出来ないよね?さてと、我が生徒のためにいらない幽霊といらない騎士(ナイト)には消えてもらおう。」
 先生はゆっくりと僕の首筋に刃物を当てる。汗がタラリと首筋を流れて、目は先生の顔
を睨んでいる。時間が止まったように感じられた。
「守君を傷つけないで!彼は関係ない!」
「関係あるだろ?こいつが傷つけば、君は僕たちに跪く。こいつは十分な条件を満たした人質だ。それとも、僕たちに白旗を上げろ。お前がなんのために送られたかなんて俺達にはまる見えなんだよ」
 僕は脚を引っ張っているんだ。レイさん…僕、まだ死にたくない。だって、まだ学校生活をエンジョイしてないんだ。だから…だから…
 先生が当てている刃物が曲線を薄く描き、喉仏の所で止まった。あえて悲鳴やうめき声は出さない。本当は痛いが、我慢して睨み続ける。
「血が綺麗に出てるよ。レイ。こっち側にこい。」
 先生は面白おかしく笑った。妖精って意外と怖い生物なのかもしれない。
「私は知らない。幽霊と妖精の間に何があったのかも。私がこの世界に送り込まれたときに記憶していたことは、自分の名前とこの身体の持ち主と能力解放術、そして元いた世界に帰らないといけないということだけよ。君たちのことは知らない。だから、やめろ。」
 レイさんは、あえて低い声を出して威嚇している。
「嘘をつくな!ならば、部外者に聞こえないような場所で話さないか?」
「えっ?もしかして…僕!?」
 高橋先生はニヤッと笑った。そして、注射器を取り出す。中身は紫色で、いかにも猛毒そうだ。
「守君のためなら仕方が無いか…いいわ。」
 レイさんまで言い始めた。そんなに隠して言いたいことって何だよ!
「大人しくして。怖くない。大丈夫。君が次起きた時には、全て忘れているよ。」
 そう、先生に言われると心が落ち着いた。こんなことはなるべく思い出したくないからだ。良かった。
 右腕に、ゆっくりと注射針が刺さる。まだ効果は無い。
 かすかに視界が揺らいで、首が重くなる。誰かに操られるようにして、僕は夢に落ちた。


5月23日

「ん?朝か…」
 ゆっくりと身体を起こす。日記帳が机の上で開いてあって、中身をみる。
5月22日  曇り
 今日は、パンでかパン屋に行って美味しいパンを食べました。店長は何時もサービスしてくれて美味しいパンはよい笑顔を運んでくれるな。
 そういえばそうだったっけ?身体はよい調子だ。でも、心に違和感がある。
 それに夢を見ていた。恐ろしかったのを覚えている。妙に喉が渇いている。
 制服に腕を通しながら僕の独り言は止まらない。
「日記って…書いたっけ?」
 思考に入ろうかと思ったが、僕は時計をふと見ると、8時を指している。いくら家が近くてもOUTな時間になる。
 前日に用意しておいた今日の用意を持って、自分の部屋を出た。
 ドアを出る直前、何かに足を引っ掛けて豪快に転ぶ。さすが僕らしい。
「痛ったい。なんだよ。」
 何かを拾う。めったに散らかっていないこの部屋。こんなところに物が落ちていることは無い。
「これは…」
 拾ったもの。それは言いたくない。
 それを机の上に素早く置くと、元気に家を出て言った。

 相変わらず、クラスの雰囲気は悪い。息が吸いにくいほど品川さんの圧力はかかる。
「高橋先生は今日おやすみだそうよ。代わりの先生が来るらしいわ。」
 お前はどんな立場にいるんだって話だ。本当に情報はどこからはいるのか見てみたい。
 というか、代わりの先生っていったい誰だろう。男か?女か?品川さんの圧力にどの先生も負けるだろう。
「どうも。」
 案外、先生は早く来た。裏にはレイさんもいる。
 先生に手で促され、レイさんは座った。顔色が悪いが聞いたって答えてくれなさそうだ。
「私は、新垣(にいがき) 創(つくる)だ。高橋先生の代わりだ。品川。あとで来い。」
「はい。」
 品川さんの態度が一変する。品川さん自体が新垣先生の圧力に押されている。としか言いようがない。
 新垣先生は、35くらいに見える。いや、もっと若く見えるか。ラフな格好で、ループタイをし、教科は英語だった気がする。髪の毛はファッションには似合わない刈り上げだが、その風貌は何十年も生きてきた人のように感じ、目に宿る黒い光は不良も黙りそうな位だ。
 新垣先生は馴れたように健康観察簿を読み、朝の連絡を終えた。ベテランとしか言いようがない。
「各自で積極的に体育祭の練習を行ってください。以上。」
 各自で…やる気が起きない。でも協力しないと品川さんが怒る。
 気づけば朝の会も終わり、休み時間になっていた。
「なあ…守。ちょっと聞いてくれないか…」
「えっ?」
 急に佐藤が話しかけてきた。顔はものすごくやつれている。十分に寝ていないのだろうか?
 佐藤に制服の裾をつかまれ廊下に出される。その姿を、品川は気味悪そうに観察していた。
「俺…品川の駒だった。そしたら、フェアリークエストの攻略本返してもらえたんだ…でも、帰ってこなくて…で、昨日放課後に呼び出されたら…告白された。」
「嘘ぉ!」
 佐藤は頭を抱え、その場にうずくまる。
「まさかな…でもOKしないとこ…殺される…」
「そんな告白あるか!」
 佐藤は肩を震わせていた。品川を好きでもないのに…
「俺な…好きな人がいるんだ。」
「誰だよ?」
 佐藤は立ち上がって僕の目をまっすぐに見た。その目は見たこと無いほど殺気が伴っている。
 僕はふと教室を見た。品川さんはじっとこちらを見ている。耳にはイヤホンが片方だけつけられたいるのは目に見えていた。盗聴されている。装置はどこに隠れているんだ?
「佐藤。ここで喋るといけない。盗聴されている!」
「えっ?」
 佐藤が品川の方を見る。品川さんは面白くなさそうにイヤホンを取った。図星だったらしい。品川さんはこちらに近寄ってきた。足音はしないが、その動きに誰もが振りかえった。
「一時間目。さぼらない?ちょっと話があってね。」
「えっ?」
 優等生の品川が言う言葉では無かった。顔に驚きの表情が出る。
 品川に誘われるがままに、僕らは人生で初めての“さぼり”をした。

「私って…記憶を失っていたんだ…で、佐藤たちに偽りの記憶を植えつけられたと…」
 品川はこの前のことも聞いていたらしい。僕たちは下を見た。
 ここは第二音楽室。誰もここの教室は使わない。理由は分からないが…
「いいんだよ…今の生活が楽しいし…不満も無い。だからかな?」
「えっ?」
 怒られる、と思っていた僕たちには疑問だった。楽しいといったのだ。
 僕だったら…どうしただろう…品川さんのように言えただろうか?
「幸せを常に求める。少し苦しいことがあったら人に任せる。」
 品川さんは一つの小さなポリ袋を取り出した。白い粉が入っている。
「毒薬…って言えば分かる?この粉を少し入れるだけで死ぬよ。」
 彼女の顔は苦しそうで…儚くて…笑顔が寂しそうになっていく。
 毒薬…その粉を品川さんはゴミ箱に捨てた。使う気が失せたらしい。自分で手を汚さない、それが彼女のポリシーだ。
「私…木村さんと仲良くなりたい!」
 品川さんは決意のこもった眼で僕を見る。その目に嘘は無い。
 いまさら…って思った。ひどいことを仕掛けて嘲笑っていたくせに…彼女だって思うだろう。
 でも、それは僕が決めることでも話すことでもない。それを決めるのは彼女自身だから。
「本人に伝えた方がいいよ。それだけ?話って。」
「ううん。」
 品川さんは少し笑顔を取り戻した。そういえば、笑顔ってあんまり品川さんを見ていてあまり見ていなかった気がする。
 レイさんだって…笑っていない。頬が引きつることもない。笑顔っていう存在がどんだけ大切なものなのだろう…
「佐藤くん。返事を頂戴。待ってるから。猫を殺していることも知っている。でも…」
「………」
 佐藤は無言で制服のポケットに入っていた革手袋を出した。猫の毛は多少ついている。
 その手袋を、ごみ箱に捨てた。何とも言えない気持ちに僕は襲われた。
 猫は死にたくて死んだわけじゃない。佐藤が興味本位や精神的に追い詰められたときに玩具として扱った。動物愛護法に触れるかもしれない。
 その手袋を簡単に捨てる佐藤に無性に腹が立った。同じ目にあわせてやりたいと、自分の手が動きそうになる。猫は僕も好きじゃない。でも、おかしいだろ!こんな犯行の終わりは!
「見えない鎖だよね。心が空っぽになった時に、あの声を聞くと殺したくなった。興味本位にやったら、本当に死んだ。そのときに俺は地中に埋めて埋葬した。でも、一度やったら元には戻れない。あの感覚を覚えると、貪り食うような感情が生えて俺の手を進める。で、殺した後に気づくんだ。俺はただの一般市民なのにって。だんだん埋葬なんてものはしなくなった。殺すことに生きがいを感じる。殺すってことは俺にまとわりついたんだよ!俺は…精神的におかしくなって、猫殺しに依存したんだよ!そんな俺を…どうして思い続けるんだ!」
 佐藤は品川を見て、首に向かって手を伸ばす。品川さんは驚いたように僕を見た。
「やめろ…佐藤。これは猫じゃない!人間だ!」
「人間だって猫と一緒さ!生物だ。止まらないんだよ。」
 佐藤は品川さんの首を締め付ける。品川さんは、必死で佐藤の手を放そうとするが無理だ。今は授業中だし、大声を上げることもできない。
 僕は佐藤に体当たりした。少し手の力が緩み、品川さんは佐藤から距離を取る。
 品川さんは変な目で見なかった。動物を見るような眼でもなく、温かく佐藤を見ていた。
 その光景が僕には理解できなかった。佐藤は、立ち上がると自分の手を見つめた。
「俺には品川は殺せないや。」
 佐藤は僕を見た。ぞっとした。今度は僕が殺される…目線は僕を逃してはくれない。
「守。フェアリークエスト。あとで一緒にやろうぜ。」
「お…おう!」
 少しだけ距離が縮まった気がして頬が熱くなる。意外と攻略できている自分に驚きが隠せない。
 きっと、こんなことは普通の生活をしていたら送れなかっただろう。僕の未来への道は無数にあったはず。そのなかのこの道。後悔なんかするものか。
 ふと、おもチャッキーが頭に浮かんだ。レイさんはお守りに何をお願いしたのだろう。

―あなたは私の指示通りに動いてよ。私の身体を粗末に扱わないで!―
『これは、元の世界に居た時にもらったもの…らしい。だから、今の所有権は私よ。』
―知っているでしょ?あなたはもう少しで消えることぐらい。長くても、体育祭までは持たない。明日消えるかもしれないのよ―
『だったら、みんなと仲良く過ごしたい。あなたに縛られたくない!』
―私の守君への思いは変わらない。こっちだってその気になれば動く。レイ。もうそろそろ人間にお別れでも伝えておいたら?―
『私は…この世界で見つけたいの。違うことをして気づきたい。だから…』

5月23日
 今日はレイさんとはあまり喋りませんでした。話すことが無かったのかな?
でも、今日は佐藤と品川さんと和解できました。僕は幸せ者です。沢山の体験ができてうれしいです。
 高橋先生は、なぜかきませんでした。代わりの先生は怖い先生で、授業をさぼったらかなり怒られました。以後気をつけます。

「これでよし。」
 僕は机の上にまた日記帳を置く。その隣には思い出したくも無い“あれ”が…
「過去に向き合わなくちゃ…」
 僕はゆっくりとあれを取り出す。
 鈍い色で光り輝いているが、錆びついたように赤くなっている部分が刃を染めている。
 取っての木の部分は、赤く塗られ完全に乾いている。木目が赤く浮かび上がっているのを見ると怖くなった。
 これは、包丁。タオルに巻いてずっと隠していたもの。
「ううっ…」
 切れ味はずいぶん落ちていて、指も切れない。刃物としての使い道には向いていないだろう。
 捨てられなかった。でも、封じていた記憶があふれだす。
 僕は、レイさんを知っていたんだ。昔の…ミオちゃんを。
 いじめで心が死んだわけじゃない。僕が…

二年前
おもちゃが丘小学校―5年2組 出席番号14 沢村 守
「元気でね。“ミオちゃん”。」
「うん。守君もね。」
 トラックに乗っている女の子。黒髪でショートヘアー、黒い目でよく笑う明るい子だった。
 彼女は、木村ミオ。僕の幼馴染で、今日、おもちゃの都市を去る。
 僕はまた会えると信じていた。引っ越す先は、モノレールに乗れば終着駅の「つみきの城」に引っ越す。ちょっと遠いが一人でも行ける距離だ。
「手紙、書くね。」
「約束だよ。ミオのこと忘れないでね!」
 トラックは走って行った。夕焼けが異常なほど綺麗で、僕は太陽が揺らいでいるなと思った。
「男は泣いちゃだめでしょ。」
 日村にそう言われたのを覚えている。それくらい仲が良かった友達だ。

それから一年
おもちゃが丘小学校―6年2組 出席番号14番 沢村 守
つみきの城第二小学校―6年3組 出席番号12番 木村 ミオ
 今日はミオちゃんに会いに行く。久しぶりだ。あれから一年経ってしまった。
 手紙でのおしゃべりは12通ほど。お互い忙しくて、一か月に一回くらいしか出せなかった。でも、あっちの学校でも上手くやっているらしい。
 モノレールに乗ってミオちゃん家(ち)をめざす。窓の外の世界は、工業団地だらけで殺風景だったけれども、今日は「おもちゃフェスティバル」の日なのでいつもより人は多い。
 モノレールを終着駅でしっかりと下りる。行ったことの無い「つみきの城」は、城のような駅が有名だ。お菓子が有名な地域で、お菓子の「城の月」や「つみきの城に行ってきました」はお土産としては良いだろう。お母さんにあとで買っていく予定だ。
「守君!」
 ふと、振りかえるとミオちゃんのお母さんがいた。
「ミオちゃんは?」
「今日は、小学校のバスケットボールのクラブチームに入っているから、家で待っていよう!」
「うん。」
僕は、新しいミオちゃん家に胸を弾ませていた。

 家の近くにミオの学校はある。僕の学校より新しい校舎だ。
「ちょっと待っててね。ミオの部屋にオレンジジュース持っていくから。」
 無理やりミオの部屋に連れていかれて部屋で待っていろと…
 ちょっと殺風景な部屋。女の子らしくなくて、白い壁にはカレンダーが貼ってあるだけ。勉強にはもってこいかもしれないが、元の家とイメージが全然ちがった。
 机の上にはノートが広げてあって、算数の計算式が事細かに書かれている。
「ん?」
 よく見ると、使い古したページが5ページほどある。そこだけが折れ曲がり、変色していた。
 そのページをおそるおそる開く。
 そこには…暴言だらけが書かれていた。言葉にするのも嫌になるほどびっしり書かれている。
その字はミオの字では無い(断言できるぞ!)
きっと…上手くいってないんだ…学校生活が…手紙では本音が書いてなかったんだ。
なんで気づかないんだよ!僕は…ミオの親友のハズ!
「守…くん?」
 振りかえると、ミオちゃんがいた。かなり疲れているようだが、笑顔を絶やさない。
 でも、引きつっているような笑顔で…見たことが無いほど怖くなった。親友じゃないの?
 そこには、僕の知っているミオはいないんだ。
「それ…みたの?」
「うん。…ごめん。」
 ノートを閉じて机の上に置く。そして、置いてあったオレンジジュースを飲んだ。
 やけに…体育館から聞こえる子供の声が心地よく聞こえた。
「いいよ。だから…やってほしいことがあるの。」
「えっ…?」
 ミオちゃんは、僕に細長い緑色のタオルにくるまれた物を渡す。
 それは…包丁だった。家庭用のまだ真新しい包丁だ。
「河川敷に行こう。」
「う…ん。」
 ミオちゃんに連れられるがまま家を出た。その間、手に握られたタオルの中に隠れている包丁は、僕の心を深く突き刺していくような感覚に襲われた。

河川敷
「さっそくだけど…殺してほしいの!」
 ミオちゃんはいきなりそう言った。
 確かにここは人が少ない。橋の下となると人はやはりいない。
「私…死にたくなっちゃって。もう…どうでもよくなっちゃった。だから…あなたになら幸せに逝けるかなって。」
「それで…包丁を?」
 握られた包丁。刺す気もしない。目の前にいるのは友達。そんな友達を目の前で失えるはずがない。
「出来るわけ無いだろ!友達なんだぞ!」
 僕は包丁を地面に打ちつけた。鈍い音が響く。
 ミオちゃんは包丁を拾った。そして、ゆっくりと笑った。懐かしいミオちゃんの笑顔だ。
「いうと思った。だから…見ていてほしかったの。凛乃とかも友達って最初は言ってくれたのに…」
「えっ?」
 その瞬間。ミオちゃんは自分のお腹に包丁を刺した。
 頭が真っ白になって分からない。どうすればいいの?
 河川敷を見渡すと、バードウォッチングをしている大人が4、5人いた。その大人に助けを求める。
 すぐに救急車が来た。僕はミオちゃんを助けられたのだろうか?
 ミオちゃんは、最期の力で僕に包丁を渡した。そのことに誰も気づいていない。当然…後で処分する予定だった。
 その後…ミオちゃんは…植物状態になって、ミオちゃんの両親は他の町に引っ越してしまった。
 その後…包丁が棄てられなくて…ミオちゃんを捨てているようで…隠していた。
 そして、記憶も思い出さないようにしていた。

「レイ…」
 そのとき、なんだか恐ろしくなった。僕を呪っているのか?レイという存在を使って…
 包丁を床に打ちつける。怖くなってベッドにもぐる。
「何が…裏で行われているんだ?」
 胎児のようにまるくなり、自分を見つめる。みじめで何も出来なくて、守られてばかり。文句は言うくせに行動はしない。
「本当に…駄目なやつ。」
 僕は思い返した。ミオちゃんと過ごした日々を…笑顔があふれていて、喧嘩なんてめったになくて…
「今の僕に…何ができる?」
 ふと、考え込む。
 今…僕に出来ること…
 一つしかなかった。
でも、あえて言わないでおく。なぜかって?そのうち分かるよ…きっと。

5月24日  晴れ
DJ・sleepy:みなさん!おまちかね!みんなのお悩み相談コーナーです。DJ・スリーピィーがあらゆる問題の解決を行います。さて?今日のお悩み相談は?
      電話がつながっています。ラジオネームReiさーん!
Rei:おはようございます。お願いします。
DJ・sleepy:はーい。では、お悩みとは?
Rei:わたしは、幽霊なんです。
DJ・sleepy:嘘ついているんですか?まあいいや。続けてください。
Rei:私は、あと数日でこの世界から消えます。これは確実で変えられないものなんです
  なので、最後に思い出に残るようなことができたらなって…
DJ・sleepy:それって、自殺するってことですか?駄目です自殺なんて!いじめですか?教えてください。
Rei:いいや。違いますよ。そろそろ化けの皮を剥いでくださいよ。品川さん?
DJ・sleepy:…はい?私はそんな人物知りませんよ?
Rei:じゃあ、こういった方がいいですか?品川 凛…いや…品ノ川(しなのかわ) 凛乃(りんの)
 一瞬、空気が揺らいだ。私は電話を切る。
 真っ暗闇の中、姿をそちらからあらわすことなんて一つもない。
 さっきまで、誰もいない空間で響いていたラジオが砂嵐の音を立てる。電波環境がい
きなり悪くなるなんてありえない。
「目上の人には様でもつけたらどうです?レイ。」
「あなたでしょ。仕掛けたの。今回の事件の黒幕。および、木村ミオ殺害は。」
 暗闇の中で見えるのは、見慣れた品川の姿。でも、殺人マニアだ。アイツは。
 品川に握られているのは、ナイフ。黒い革手袋は、錆びたような色をした血が付着して
いる。
「佐藤君に猫殺しを教えたのはお前だ。頭に刷り込ませたのだろう。」
「おみごとな推理で。佐藤の頭は単純。理性なんて、すぐに壊せる。」
 品川は舌なめずりをする。その動作は人間ではないことを意味している。
 恐怖が頭の先から足先まで駆け巡る。今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。私は人
間ではないが…非力だ。いつも誰かに助けられてばかりの駄目な生き物だ。
 口の中がカラカラに乾き、深夜なので恐怖の叫びもできない。品川を睨み、おびえてい
る様子を出さない。というか意地でも出さない。それが、プライドってやつだ。
「木村レイは、お前が人間として学校に通っていた時だな。その時に沢村のことを知った。」
「だいせーかい。ほめちゃうな。沢村は面白い。こちら側の世界に来るべきだ。」
 品川は、ナイフをしならせる。その銀色の鈍い色が月に照らされ…ない。錆び切ったそ
の刃物は、光さえも反射させない闇の色だ。
 私は第一ボタンに手を伸ばす。幽霊になればあいつを止められる。
「高橋から情報を売られたんだろ。それに、自分で調査した。まるで探偵ごっこ。面白い
ね。」
「沢村君を狙う理由は何?」
 私はボタンをはずした。一瞬で青白い炎に包まれる。苦痛も何も感じない。
 だって、人間じゃないから。
「教えてあげるよ。君がうまく動いてくれればよかったのに…」
 影無き私たちの長い夜が始まった。


今日も朝が始まる。
「行ってきまーす。」
 一言、誰もいない家に呟くとほっとした。お母さんもお父さんも長期出張のため居ない。寂しいが、慣れっこのような気がする。
「よっ。守。早くね?今日。」
「そう?」
 佐藤が家の前で立っていた。待っていてくれたらしい。心がほっこり温かくなる。
 学校の門を通り、いつものように授業が始まる…
と思っていた。
「レイさん!しっかりしなさい!レイさん!」
 救急車の音が遠くから聞こえるのと同時に、目の前でレイさんが倒れていた。
 血は出ていないが、妙に白いその体がさらに透き通って見える。高橋先生が必死で呼び掛けるが、返事は無い。
「守。これは…やばいぞ。」
 確かに見たことの無い症状だ。レイさんはいつもだるそうで、目も重たそうだったが明らかにおかしい。
「高橋先生。昨日、レイさんは保健室で体調不良を訴えています。そのことと関係があるのかもしれません。」
「新垣先生。本当ですか?」
 高橋先生は祈るように目をつぶる。僕も、祈るようにおもチャッキーを握った。
「先生!救急車です!」
 遠くから聞こえていたサイレンが大きくなる。僕はほっとした。久しぶりだ、こんなに緊張したのは。
 肩を落とすと、背後から肩を思いっきり捕まれた。
 おそるおそる振りかえると、そこには高橋先生がいた。
「守。お前も来い。」
「えっ?」
 先生は、僕と目を合わせた。何時もかけている眼鏡が外れている。
 不思議なものを見ているような感じがしてきた。身体がふらふらするのと同時に、意識が先生の方へ引きずり込まれるような感覚。
 封じられた記憶があふれだす。そうだ…先生は妖精だったっけ。
 そこまで思い出すと、先生の腕の中に倒れた。


眩しい。明るい光が目に飛び込む。
気がつけば、僕は病院のベッドの上に眠らされていた。元気だった僕が何故?
大げさな点滴を取ろうか悩んでいると、高橋先生が病室に来た。
「おお、気がついたか。どうした?」
「どうしたじゃないですよ。先生の仕業ですよね。」
 僕は、身体を起こしながら先生をしっかりと見る。先生は銀縁の眼鏡をかけていて、目には何の力もない。
「あっ、思い出しちゃったか。この眼鏡は特注品でね。力を押さえているんだ。」
 力…さっきの目を合わせると気を失う能力か。妖精って何でもありだと感じる。
 窓の外は、もう日が暮れそうで卵の黄身のような形をした太陽が沈みかかっている。
 そう言えば、とてつもなくお腹がすいている。もうすぐ夕食のお時間かな?
「レイ…木村レイの命はもう無い。」
「えっ?」
 先生の口からポロリとこぼれた言葉。その言葉は重みを増す。
「幽霊の力が弱まっているんだ。この世に木村レイとしての身体を保つ力はもうすぐなくなる。もしかしたら…木村レイ自体、幽霊に戻れなくなるかもしれない。」
「嘘ですよね…先生」
「俺は妖精だ。時々、妖精界に戻って休んでいる。でも、レイには元の世界に戻ることが不可能…レイはきっと…元の世界で死刑判決でも受けたのと一緒なんだ。」
 命ってどれくらい尊いんだろう。誰かがその人のことを思い、大切に思うからこそ価値があると思う。誰だって、誰かに大切に思われている。
 レイさんは、僕にとって大事な友達だ。友達が死んじゃうと同じなんて…嫌だ!
 僕の命も尊いから、たとえ全部あげられるとしてもあげることはできない。でも…僕のせめて寿命の半分を彼女に渡したい!
「先生…どれくらい…レイさんは僕たちと一緒に過ごせるんですか?」
「最悪…3日。長くて…5日。体育祭まではもたない…」
 レイさんは…僕たちと最高の思い出が作れないまま消えてしまう。
 なんで、ギュッと胸が締め付けられるような感じがするんだろう。寂しい…?そんな感情じゃない。苦しいのだ。
 思い出って、一瞬…一瞬を大切に思うから思い出と呼ぶとおもう。レイさんは、学校に来てから品川たちにいじめられて、幽霊の力のせいで苦しい思いをして何を思う?僕だったら苦しくて、とっくの昔に現実逃避旅行をしていただろう。
 レイはこの少ない時間で何を得られたんだろう。何を思い出に出来たんだろう。
「守。レイは…なんのために送られてきたんだろうか?」
「えっ?」
「普通にこの世に送られたのなら、幸せに生きられるように環境をコントロールするはずだ。でも、過酷過ぎるんだよ。俺だって、任務を果たすためにいる。人間界の仕組みについてだ。報酬も環境も素晴らしい。なぁ…レイは何のために送られてきたんだ?本人は知らないみたいなのだが…?」
「簡単よ。沢村守を壊すためよ。」

You Reiなんてへっちゃらなのか?

You Reiなんてへっちゃらなのか?

幽霊っていると思いますか?いるとしたら隣の席の人も…?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-25

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