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百十六





 帽子にかけた条件が変わってしまったので,収納には不便になった。ひっくり返して被ろうとすれば収めた日付と時間の順番にしたがって瓶とか卵とか落ちてくる。幸い,チョッキに袖を通した兎と土汚れも描かれた人参の刺繍が施された新しいクッションの上でそれを試したから,どちらも割れずに済んだのだけれど,これにはとても困った。何も住んでいない玄関なしの鳥かごに予め指示された頁の端を破いた辞典が三冊(うち古い文字の二冊は縦にも横にも幅がある),尻尾ありのゴム製のトカゲのおもちゃと,空洞にすることが上手くいかない木彫りの蝸牛は失敗しても大丈夫なようにそれぞれ最低五個ずつ用意しなければならなくて,真っ白のランチョンマットは広げて建物を覆えるぐらいにしている途中だから厚く畳んでいる状態なのである。箒はそれほど役に立たない。手荷物にしていると間に合わなくなる。街へと向かう馬車の見送りはさっき済ませてしまったから,二台続いてその姿を見かけるのは水を汲みに桶を連れてオレンジの樹の近くで手を振る道の半ばになってしまうし,沢に写り込む秘密の近道は使えない。座り込む鏡台を前にして,壁に凭れた時刻は反対に向かっていく。むず痒そうに身をふるわせる卵は兎に角帽子に仕舞って,ソファーは瓶の様子を気にした。他にも台の上にある。兎が人参を齧ってる。小さいタペストリーが一階の窓から入る朝の空気に触れて,掃除したての床の上に鈴が鳴った。そのまま入り口に向かっていく。早めに立ち上がって開けておく。そのまま廊下を駆けて,五つとなりの部屋へと急ぐ。ノックノック。胸に抱いて,どうにか間に合うために口にする。
 台所から声がした。準備が出来たと言っている。それからドアノブは回った。時間を合わせているように動く,使い込まれた真鍮ということを一昨日聞いた。引いて開くのはどこの部屋だって共通,でも一番背の高い姿が廊下の壁にぶつかってまた伸びる。挨拶はいつも手短だ。
「どうしたの?」
 魔法,なんて言葉は使えない。お願いごとは尋ねて見つめて帽子を差し出し,ひっくり返して手のひらに卵をころんと乗せた。その帽子をすらっと長い腕の先に渡し,ローブの一部を握りしめる。頭をゆっくりと撫でられた。長い長い針仕事は,昨晩からしている最中だったという。それから部屋の中へと招き入れられた。床の上の鈴がステップを踏んだように不規則に聞こえて,広いベッドが柔らかく見えた。閉じるドア。
 持って行くものを確かめて。箒を持って駆け上がる。広い空,晴れた気持ちが大きくなる。ノックノック。お菓子も貰って,間に合うといいな。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-24

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