ビューティフル・ダイアリー(9)
四十一 袋をかぶる女 から 四十五 山中さんという女 まで
四十一 袋をかぶる女
女は、今、さっき買ってきたコンビニの袋からカップラーメンを取り出した。お腹が空いている訳ではない。女が欲しかったのは、この袋だ。このビニール袋だ。でも、これだけじゃ足りない。コンビニの前で落ちていたビニール袋もポケットの中から取り出した。駐車場の車止めの場所に落ちていた袋だ。何かを購入した客が、中身だけ取って、袋は捨てたのであろう。
女は、いかにも、善意の美化清掃員、環境指導員のごとく振舞って、ビニール袋を拾うと、コンビニの前のゴミ箱に捨てるふりをして、ポケットにねじ込んだ。
ふと気になって、顔を見上げた。すると、ガラス越しに、店の従業員が頭を下げてくれた。やっぱり、見てたんだ。よかった。ビニール袋を拾ったまま、コンビニを立ち去れば、女はビニール袋を拾う女として、呼ばれることになる。コンビニだけでなく、街中に、女はビニール袋女として有名になり、必要でもないのに関わらず、次々と玄関前にビニール袋が放られる運命となる。そうなれば、大量なビニール袋をどうすればいいんだ。途方に暮れてしまう。
以前、ある作家が、メロンパンが好きだと雑誌で書いたら、全国のファンからそれぞれの地域の様々なメロンパンが送られてきて、嬉しいけれど困った、というコラムを読んだことがある。
女だって、どうせならビニール袋よりも、メロンパンの方がいいし、イチゴのショートケーキの方がよりいいし、茄子のからし付けだっていいし、やっぱり、わずか二十平方センチメートルの面積しかないけれど、世界中を飛び回れるジュ―タンではならぬお札の方がいい。ないものねだりしても仕方がない。女は、従業員に向かって、にこっとあいそ笑いをした。これで、ゴミ袋拾いの女というレッテルを張られないで済む。
女はそそくさとコンビニを後にすると、自宅に戻って来た。戦利品の公開。まずは、カップラーメンの袋。そして、駐車場に落ちていたビニール袋が、ひとつ、ふたつ、あれ、みっつもある。人目を気にしながら拾えるだけ拾ったので、数までは数えていなかったのだ。
全部で四枚。これだけでは足りない。女は、タンスを開けた。その中には、これまで集めてきた戦利品が詰め込まれている。開けた途端、おもちゃのちゃちゃちゃ状態だ。狭い空間に押し込まれていたために、我先にと、飛び出して来る。飛び出す絵本は楽しいけれど、飛び出すビニール袋だなんて、しみったれだ。と、言いながら、それを集めているのは、女自身なのだが。
床に広がったビニール袋。女は、適当な大きさの袋を手に取る。まずは、右足に履かす。次に、左足だ。次に、左手。その次が右手、何だか、両手がドラえもんの手になったみたいだ。最後に、これまでよりは大きなビニール袋を取り出すと頭から被った。これで、女自身が、全て、ビニール袋に覆われたことになる。もちろん、プクッと突き出た丘陵地帯のお腹は別だが。
ビニール袋で覆われた女。なんて、素晴らしい言葉の響きだ。女は息を吸う。ビニール袋が女の顔にへばりつく。少し、強引なキスだ。リードしてくれるのはいいけれど、無理やりは止めて欲しい。それに、これじゃあ、息ができない。両手両足のビニール袋も皮膚呼吸をしているため、白く湯気が立ってきた。
早くしないと。女の目は白目となって来た。
もう少しだ。女は、歩く。一歩、二歩、三歩と。そして、おもむろに、日本の国旗を取り出すと、テーブルの上に建てた。国旗は、風がないため、うなだれているが、ささやかな存在感は示している。
この美しくて、汚いわたしの部屋。
女は人類として、初めて、無酸素状態で、自分の部屋に立った。女の一歩は小さい、また、他人にとっては、無意味な一歩であった。
四十二 体中を伸ばす女
あたしはベランダを見ていた。そこには朝顔が植えられていた。朝顔は蔓を棒に巻き付け、伸びていた。先端は、新たな探索地点を探しているのか、今だ、停止中
そうだ。あたしは、指で一本髪を掴むと上に伸ばす。マンガのキャラクタ―じゃないけれど、髪が一本だけ立つ。手を離す。ほんのわずか、ストップウォッチで計っても一秒未満、髪の毛が直立不動になった。だが、気合不足なのか、体幹がしっかりとしていないのか、すぐに倒れてしまう。そう、倒れてもいいんだ。
あたしは、髪を立たせることはあきらめて、今度は下に伸ばすことにした。髪の毛を一本引っ張る。伸びろ、伸びろ。あたしが念ずる。しかし、髪の毛は伸びない。もう少しだ。皮膚が盛り上がってくる。
プツン。一瞬の痛み。そして、人差し指と親指には一本の髪の毛がある。
抜けちゃった。あたしは抜けた髪の毛をじっと見つめる。このまま、吹いて飛ばせば、もうひとりのあたしが現れるんじゃないかと淡い期待をするが、それは物語のお話。抜けた髪の毛はあたしの髪の毛だが、もう、あたしには戻れない。また、別の存在だ。そして、お払い箱行きとなる。
短かったお別れね。あたしは抜けた髪の毛を部屋の片隅にあるゴミ箱に放り込んだ。
じゃあ、これだ。あたしは、今度は手を上げる。指の先まで伸ばす。指の先の爪には朝顔の花を描いた。どんどん伸びろ。あたしの体よ、どんどん伸びろ。
立ち上がったあたし。つま先立ちになるあたし。もうすぐだ。もうすぐ天井に届け。
あたしは精一杯背を伸ばす。だが、ここまで。アキレス腱が悲鳴をあげ、ふくらはぎがプルプルと震えている。このままじゃあ、倒れてしまう。あたしは、元の位置に座った。
物理的に伸ばせないのならば・・・。
あたしはベッドに横たわった。そして、目を瞑った。あたしの頭の中には、あたしの体が大の字に横たわっている。それを見つめるあたし。
ほら。あたしを見つめるあたしが声を掛けた。横たわったあたしの髪の毛が伸びていく。横へ横へと伸びていく。髪の毛だけじゃない。右手も、左手も、右足も、左足も指ごとに朝顔の蔓のように伸びていく。頭の中にあたしの蔓が伸び、髪の毛や右手の指が伸びて、絡まり合う。
蔓は頭の中だけでは物足りないのか、満足できないのか、あたしの空想の中では収まりきれずに、想像の壁を突き破り、大脳新皮質、大脳古皮質、大脳旧皮質、脳幹、視床下部まで食い込む。
あたしの蔓は、脳を突破し、本体であるあたしの目や鼻や耳など外部器官だけでなく、心臓や胃、腸など内臓にまで、触手を伸ばす。体全身を蔓で覆われたあたし。
これで、満足。満足なの?自問自答を繰り返す。蔓は葉をつけ、つぼみを付け、花が満開となり、種をつけた。その頃になると、蔓は全て枯れ、種だけが残った。
あたしは、自分自身の種を集めるとブルーベリージャムの空きビンに入れた。
あたしの種。あたしだけの種。大事に、大事に育てよう。
四十三 着ぐるみの女
暑い、熱い、厚い。
いずれの言葉も、今のエンゼルにとっては当てはまる言葉だった。額から汗。その汗が折角描いた切れ長の眉毛を消し、頬紅に一筋の川の流れを描き、鼻からぐるりと曲線を描き、上塗りで朱を全面に押しだした唇のがさついた本性を露わにした。
だから、いやだったんだ。
今さら後悔しても仕方がない。でも、一日一万円のアルバイト料に魅かれたのは事実だ。
本当に、大丈夫?
商店街のおじさんが心配してくれた。
チラシ配り仕事もあるんだけど・・・。
チラシ配りになると半額の五千円。着ぐるみに寄って来た子どもや子どもを追い掛けてきた母親や父親に商店街の販売チラシを配る仕事だ。着ぐるみとチラシ配りは一対の仕事だ。どうせ、同じ時間帯で仕事をするのならば、お金が高い方がいい。
やります。大丈夫です。体力だけは自信があるんです。
エンゼルはこう言い切ったものの、本当は、体力はなかった。昔、中学生の頃は、陸上部の選手だったが、それからな、本格的なスポーツは十数年間やっていない。中学生の頃の体力が今も残っているはずがない。それに、人は、六十兆個の細胞でできているが、毎日三億個の細胞が死に、新しく生まれているらしい。計算すれば、二十日で、全く別人に生まれ変わることになる。
エンゼルはもはや中学生ではない。その計算からすれば、中学生の頃に、陸上の部活をやって一か月もたたないうちに、陸上選手ではなくなってしまっていたことになる。
筋力の細胞は消えてしまったが、記憶の細胞だけは、まだ、頭の中に残っていたのだろうか。その記憶細胞が、エンゼルに、大丈夫です。体力だけは自信があるんです。と、言わしめたのだ。
無責任な発言をした記憶細胞に責任を取ってもらおうにも、その記憶細胞すら、新しく細胞が生まれ変わり、記憶にございません、と返事が返ってきそうだ。冗談にもならない。
「たまときちゃん!」
だれかがエンゼルの着ぐるみにぶつかって来た。多分子どもだろう。エンゼルのお腹辺りで感触を得た。エンゼルの着ていた着ぐるみは商店街のマスコットキャラクターだ。最近、にわかにブームになっている、ゆるキャラのひとつだ。卵をモチーフにしている。
エンゼルの体型も卵型であり、エンゼルとしては親しみを感じるものの、他人から同じ雰囲気ですね、と若干、婉曲的な言い回しで、真実を突かれると、顔がむっとして、心が乱れるのは何故だろうか。
自分の事は自分が一番よく知っているからこそ、敢えて、指摘されたくないのだ、その癖、肌がきめ細やかですね、なんて、自分が気づいていないような事を誉めてもらうと、意外にそうなんだと納得してしまうのは、何故だろう。
そんなことよりも、今は、体当たりを食らわしてきた子どもだ。子どもは、こちらが受け身のままでいると、図に乗って、やりたい放題の状態になる。
「たまときちゃん!」
別の物体が背中の方にぶつかってきた。本人にすれば、抱きしめにきたのだろうが、中に入っているエンゼルにしてみれば、悪意ある攻撃にしか思えない。だが、これもバイト料のうちに含まれる。我慢しなければ。
エンゼルは、体を後ろに向け、サービス精神を発揮して、ぶつかってきた子どもを抱きしめようとした。
「こわい」
子どもが泣きだした。母親がすぐに寄って来て、泣いている子どもを抱くと、「ごめんなさいね」と謝りながら、立ち去っていく。
「いえ、いえ、どういたしまして」と応えたいが、着ぐるみがしゃべるわけにはいかない。それに、「こわい」と言われて、どういたしましてと返事するのも可笑しな話だ。喜んで抱きついてきたくせに、こちらが好意に応えようとしたら、悪意を持って背かれる。
だけど、エンゼルは本当の事を言えば、着ぐるみを着ることは嬉しいのだ。先ほどの話があったように、エンゼルの体型は卵型だ。現在の、異性からのいわゆるもてる、人気があるのは、胸が膨らみ、ウエストが引っ込み、お尻が小さい体型である。
一昔、それが、どのくらいの昔なのかはわからないが、全体的に、体型がふっくらとしていた方がもてていた。もてると言うよりも、それだけ栄養が満ちていると言うことは、経済的に裕福であることを象徴していたのだ。もてるが、金銭を、土地を、食糧を持っているということだったのだ。
だが、時代は変わった。この国では、食べ物が満ち溢れ、過剰とまで言える社会だ。体型への好みに、エンゼルが遅れたのか、時代がエンゼルに断りもなく勝手に先に進んだのかはわからない。
ただ、言えることは、エンゼルはふっくらとした卵体型に不満であり、これまでも痩身になるために、運動や食事療法、健康食品、はてまた、エステなどに挑戦したが、ことごとく失敗に終わった。失敗と言うよりも、エンゼル自身が、心の底から痩身を願っていたかどうかさえも疑わしい。
それ以来、自宅に籠ること、いわゆる出不精、別名、でぶ症に拍車がかかった。だが、でぶを維持するためにも、この国では金が必要だ。やせっぽちになるにも、金が必要だ。矛盾のようで、金筋が通ったこの社会。
エンゼルは何かを維持するために仕事を探した。見つけた仕事が着ぐるみのバイトだった。意外にも、着ぐるみは、時代に逆行してか、それとも更に一歩進んでいるのか、ふっくらとした体型が多い。着ぐるみは、中に人が入るのだから、人間よりも大きいのはわかるが、アニメの登場人物たちは、先ほど、今の時代を反映してか、顔が小さく、胸が大きく、ウェストは細く、ヒップも小さい。よく見ると、体型的には、アンバランスなどだが、このアンバランスさが魅力なのか。
それに比べて、エンゼルの身に付ける着ぐるみは、胸は大きく、お腹は出て、お尻も大きい。いわゆる釣鐘型だ。昔、お寺には多くの参拝客があったというから、この商店街にも多くのお客さんを訪れてもらうためには、同様に、釣鐘型が望ましいのかもしれない。着ぐるみひとつで、様々な文化が語れるのは、脳が刺激される。その刺激がより一層強くなった。
「たまときちゃん!」
エンゼルは数人の子どもたちに取り囲まれた。この着ぐるみには、頭に網掛け状の部分があり、正面は見ることができるが、灯台下暗しで、足元は全く見えない。いわば、遥か未来は見えても、目の前の現実が見えない仕組みとなっている。今のエンゼルと同じだ。
「あそぼ!」「あそぼ!」
エンゼルの周りをこどもたちが押し合いへしあいする。前からも後ろからも横からも圧力がかかる。波状攻撃だ。エンゼルは前へも後ろへも横へも一歩も動けない。こう着状態だ。
待って。待って。
エンゼルは心の中で叫ぶが、こどもたちはエンゼルの心など知らない。己の欲望のためにただ突き進むだけだ。
あああああああ。
着ぐるみのバランスが崩れた。エンゼルの後ろにいた子どもが急に持ち場を離れたからだ。もちろん、こどもと約束なんかはしていない。これまで、こどもたちの四方から押す力の微妙なバランスで、現在位置に留まっていた着ぐるみだが、パワーバランスが崩れたことで、後ろにのけぞったのだ。一旦、崩れた体勢には、着ぐるみと本人の体重が加わり、立て直されることなく、着ぐるみは地面に倒れた。その時、着ぐるみの頭の部分がはずれ、エンゼルの頭が、顔が世間にさらされた。
「何だ、人間か」「いこ、いこ」
さっきまで着ぐるみを取り囲んでいたこどもたちは、一斉に、倒れたままのエンゼルをほっといたまま、その場から立ち去った。
「大丈夫かい」
商店街の理事長が慌てて駆け寄って、ひとりでは立ち上がれないエンゼルとその着ぐるみを起こしてくれた。
「すいません」
エンゼルはやっと立ち上がると、「あれ、頭は?」と着ぐるみの頭を探した。
「本当に、最近の子どもは、無茶をやりたい放題だ。親も黙って見ているだけで、誰一人として止めようともしない」
理事長がぶつぶつと怒っている。
エンゼルは、頭をもう一度被り直した。
着ぐるみを被っているのも私。被っていないのも私。両方とも私なのだ。
エンゼルは、当分の間、この着ぐるみを被るアルバイトを続けようと思った。
四十四 ちょこちょこトンネルの女
まただ。
女の目の前に突然、トンネルが現れた。もう何回目になるのだろう。ゴーという音がして、目の前が真っ暗になると、女はトンネルの中にいるのだ。何も見えない。聞えるのは女が通る音だけ。女は車に乗っているのだろうか。電車に乗っているのだろうか。それとも、自転車か。ひょっとしたら、女が動いているのではなく、トンネルが動いているのかもしれない。トンネルが通過しているのだ。
ゴーという音がする以外に何も聞こえない。いや、音はしているのかも知れないが、ゴーという轟音が大きすぎて、他の音が聞こえないのだ。その暗闇の中で、女は立ち止っている。何の前ぶれなのか、わからない。ただ、しばらくすると、暗闇の目が慣れてくるのか、ぼんやりとだがトンネルの先が明るく見えてくる。このトンネルは長いのか、短いのかもわからない。
女は、突然、椅子に座っている時や歩いている時、食事している時、友人とおしゃべりしている時に、トンネルの中に入る。いや、女がトンネルの中に入ると言うよりも、トンネルの方が、向こうからやってくると言った方がいい。いや。訂正する。トンネルがやってくるのではなく、トンネルが突然上からか横からか、下からか、どこかからかはわからないが現れ、女を、女の体全体を覆ってしまうのだ。気が付けば、女はトンネルの中にいた。
その時、女が話をしていた友人はどこに行ってしまったのだろうか。食べかけたとんかつの半切れは、まだ山盛りだったキャベツと一緒に、どこに消えてしまったのだろうか。飲食店の従業員は、きちんとラップをして、女が再び、トンネルを抜け出した時に、残りを出してくれるのだろうか。
そんな心配をしている間に、トンネルは消えて、女は、公園にひとりで佇んでいる。椅子に座り、ひなたぼっこしている。足元にはハトがいた。ポケットをまさぐる。何故だか、ポップコーンがあった。ポップコーンを二、三個指で掴むと、アンダースローで、ふわりとハトにむかって投げた。
ポップコーンは空を飛ぶのがいやなのか、空中に留まらずに、すぐに地面に落ち、転がった。オリンピックの体操選手のような、十点満点の完全着地はできなかった。もちろん、完全着地をポップコーンが望んでいるかどうかはわからないけれど。
ハトは首をクイと横に向け、ポップコーンの位置を確かめると、千鳥足ならぬハト足ですたすたすたと近づき、ついばんだ。その間も、ハト目がどこに焦点をあてているのか、女にはわからない。ポップコーンを食べ終えたハトは、女の足下に近づいてくるが、餌をねだろうという素振りはない。あるから食べただけで、なければそれでいいというような態度だ。決して、頭を下げたり、羽を羽ばたかせたり、尾を振ったりはしない。
相変わらず、全方位外交のように、どこを見ているのかわからない目を最大限に生かして、首を右や左にくいくいと動かしている。
もっと餌をやろう。女がポケットに手を突っ込んだところで、再び、目の前がトンネル状態になった。ハトさん、ごめんね。女はハトに謝り、別れの言葉を告げたが、ハトには気づいてもらえないだろう。
何回も、何回も、女の前にトンネルが現れては消え、暗闇が明るくなると、女は、また別の場所にいた。非連続の人生。全てがその瞬間だけで存在する人生。女は、最近、これもまたいいのかな、と期待するようになった。
四十五 山中さんという女
「山中さん。診察の時間ですよ」
あたしの座っている後ろから、女性の看護師が声を掛けてきた。あたし鏡越しに笑顔で答えた。
「はい」そして、あたしは鏡の前から立ち上がった。看護師の後ろにから着いていく。ドアの前には、男性の看護師が立っていた。見張り番なのか。知っているようで、知らない顔だ。男の看護師が鍵を取り出し、鉄の扉を開けた。あたしは、看護師に引きつられて出ていく。
「あなたは、誰ですか。そして、何か、自分のことで、何か感じることはありますか?」
「あたしは、山中節子。六十五歳です。何も感じません」
白衣の医師が目の前に座った。あたしに、目を見開かせたり、口を大きく開けたせたり、心音を聞いたり、脈を測ったり、ひととおりの問診をした。
「もう、大丈夫ですよ」
医師は、椅子を回し、自分の机に向かうと、カルテに、問診結果を記し、俯きながら答えた。
「もう、退院しても、いいですよ」
「はい。ありがとうございます」
あたしは、にっこりと答えた。
あたしは二十歳で、病院に入院してから、何十人もの人間を演じ、六十五歳になっていた。(何年間前だが、一年間ほど、一時的に退院し、家族の元で日常生活を過ごしたこともあったが、病気が再発し、入院生活に戻った。いや、あたしは正常だったが、家族があたしはまだ病気だと宣言し。病院に戻したのだった。)、ちょうど今日が、六十五歳の誕生日。世間では、定年退職の歳だ。病院の入院患者にも、定年退院というものがあるかどうかは知らないが、とにかく、あたしは六十五歳を迎え、病院を退院することになった。だけど、もう、家族は誰一人もいない。だから、帰る場所はない。それでもいい。
女が退院した後、病院の清掃員が女の部屋の掃除にかかろうとした。一見、全てがきれいに片付いていた。
「何、これ」
清掃員はベッドの下に、こなごなに砕け散った鏡を見つけた。
あたしは病院の門を出た。何年ぶりのことだろう。でも、精神は毎日、自由に病院の内外を行き来していた。
「あーあ、すっきりした」
あたしは、空を掴まんばかりに両手を上げ、アキレス腱を伸ばし、つま先立ちになって、そっと呟いた。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン。すべてが、あたしでありますように」
あたしは、化粧直し用のコンパクトの鏡を見つめていた。
ビューティフル・ダイアリー(9)