桜天界下ニテ
この世界は三つに分けられている。
そしてその一つである人間界は『忍妖(にんよう)』の被害に遭っていた。
忍妖に攻撃されれば、たちまち体を蝕まれてしまう。
それを打開するべく立ち上がったのは_________
#1~Tsubasa~
「ねー、昨日のテレビみた?!」
「見た見た…あれでしょ、桜天界がどうとかっていう…」
「この町は桜と関係が深いから、怖いよな…」
がやがやと教室が騒がしい中、俺、宮内翼(くないつばさ)は隣のクラスの彼女、葵久都(きくみやこ)を迎えに行く。普段はあいつが俺を迎えに来るのだが…
“としょしつにてまつ”
このメモがロッカーに挟まれていた。これくらい漢字で書けよ…
まぁ、行かない理由もないから、行ってみよう。
⇒数分後
「だからねー、塾の帰りとかにいるかもしれないんだよ、忍妖!!」
そんな声が図書室の中から聞こえてくる。ガラッとドアを開けるとそこには案の定葵久都(きくみやこ)と、城乃百合(しろのゆり)の姿があった。
俺はすかさず口をはさむ。
「あのな…いるわけないだろ、そんなもん…ってぐほっ!」
言い終わったと同時に都の回し蹴りがクリーンヒットした。
「そんなのわかんないじゃん!翼、昨日のテレビ見なかったの!?」
「そーだよ!!昨日の見なかったとか…って、え?本当に見てないの?…翼くん頭大丈夫…?」
クラスの奴らに限らず、こいつらまで…
いや、待てよ。
「待て待て待て。俺たち昨日塾だったよな?それぞれ個別だったけど…」
そう。俺たちは親同士が(気持ち悪いほど)仲が良くて、学校も塾も小さいころから3人ずっと一緒だ。
ただ、一つ変わったことは…
『録画した!!』
こいつら、声をそろえて言いやがった…!
「後で都ちゃんのおうちで見なよ、翼くん…♡」
「ちょっ…百合何言って…」
「あっ、都ちゃん照れてる~!」
一つ変わったことは、俺が都と恋人関係になったことだ。
「いいなぁ~、私も早く王子様に会いたいなぁ~…はぁ。」なんて百合は溜息をついている。あいつだって一年前には彼氏いたのに…別れたけど。
ていうか、あいつものすごくもてるのに…本当もったいないと思う。
告白されない月がないんじゃないかっていうくらい。
「ん、まぁとりあえずそのなんとかっていうお化けの話でもしながら帰ろうぜ。」
「忍妖だよ忍妖!!翼は怖くないの!?」
おかしいな…都、普段はこういったお化けの類を信じないのに…
「忍妖は元気な人の魂を好むんだって。実際、被害の資料もあったし…」
「そういうことね…あんまこいつを怖がらせんなよ、百合。」
正直に言おう。都はバカだ。
逆に、百合は天才だし秀才だ…というのは言い過ぎか。
しかし、学校で指折りの順位には入っている。
俺?俺は…中の中です。
そういうわけで馬鹿な都でも百合の言うことだけは信じる。
「大丈夫だよ都ちゃん。これは昔の話なんだし…。あ、そうだ!私これから神社によってお父さんのお手伝いをしてから家に帰るけど…二人とも心配ならお参りしていく?」
くすっと笑った百合。さっきからずっと俺にくっついている都に視線を向けたらその理由がわかった。
「そうだなぁ…もう都が小動物にしか見えなくなってるから…」
そうして俺たちは学校を出て神社へと向かった。
#2~Tsubasa~
「あっ、百合おかえり。翼くんと都ちゃんもいらっしゃい!…なんか珍しい面子(めんつ)だなぁおい!!」
「ただいま、お父さん。実は今日ね…ごにょごにょ…」
ここは桜舞町(おうぶちょう)一の広さを誇り、コアな神社ファンの中ではかなり有名である「桜舞神社(おうぶじんじゃ)」。
その神社の神主が、百合の父親である孝文(たかふみ)さんだ。
ここは広い。下手したらどこぞの遊園地よりも広いかもしれない程だ。
俺たちも小さいころは三人でよくここで遊んでいたものだが…何回迷子になったことだろうか。
先ほどの百合の説明が終わると、孝文さんは境内の近くの階段に腰かけ、俺たちも座った。
百合は巫女服に着替えるために境内の隣の建物に走って向かっていった。
「…忍妖の話をしていたんだね。」
唐突に孝文さんが質問してきた。
「あれってやらせですよね。≪桜舞町に忍妖現る!!≫とか…」
俺がその質問をすると、孝文さんは間を開けてこう答えた。
「あながち、嘘ではない。」
#3~Takahumi~
これはお前らが生まれるもっと前の話だ…
もっとも、俺も聞いた話だから全てが本当かはわからないけどな…。
平安時代、ある一つの村があった。その村はこの国で最も幸せな村と言われていたそうだ。
みんな仲良く自給自足。多少貧富の差はあったものの、お互いに支えあって生活していた。
_____そんな平和な村に"忍妖"が現れたんだ。
皆が寝静まった真夜中、急に地震のような揺れが起きた。それもかなりの強さのな。
村人たちは原因が気になって外へ出てしまった。一分もしないうちに喰べられてしまったそうだ。
そして時間がたつにつれ、人々はみな喰べられてしまった。
…そう思われていたが、生きていたそうだ、たった二人だけ。
その二人はある場所に隠れていたから助かった。
________それが此処、『桜舞神社』と言われているんだ。
#4~Tsubasa~
「マジかよ…」
孝文さんの話を聞いた俺と都は、驚きを隠せなかった。
「…ってことは、本当に忍妖はいるってことですよね?」
都が初めて口を開いた。少しは落ち着いてきたか…
すると、孝文さんは
「ああ。だから夜中は外に出られないだろう?冬場なんかは特に。」
それを聞いた俺たちはすぐさま答えが出た。
「夜間外出禁止令!!」
"夜間外出禁止令"
これは桜舞町だけに定められた特別なものだ。内容は、
《夜10時半以降はいかなる理由があったとしても、外出を禁ずる。また、外出可能になる時間は、日が完全に昇ってからとする。≫というものだ。
決して"決まり事"などではない。"特別な法令"なのだ。冬になると日暮れが早くなるため、夜10時から外出禁止となる。
…その理由が今やっとわかった。忍妖に喰べられないためだ。
「お待たせ―!ってどうしたのみんな暗い顔して~…ってお父さんまで!!」
巫女服に着替えた百合が帰ってきた。あれ…心なしか顔が赤くないかあいつ…?
「百合、なんかお前顔赤くない?」
「え、そうかな…言われてみればなんか今日、体が熱いしだるかったんだよ、ね…」
言い終えるか否か、百合は気を失った。孝文さんが倒れそうになった百合を抱きかかえた。
「百合、おい百合!!…すごい熱だ。悪いが翼くんと都ちゃん、今日百合は塾を休むと伝えておいてくれ。」
「わかりました、百合をよろしくお願いします!!」
都はびしっと返事をした。ほんとに都は"おばあちゃんっ子"ならぬ"百合っ子"なんだよな…さっきまでの恐怖はどこへ行ったのやら…
「よし、一旦塾行く前に都の家で休憩だな。…都?」
都は立ち止まっていた。俺の3歩後ろくらいで。
「ねえ翼…百合が熱出すときってさ、決まって何か悪いことおこるよね。」
確かにそうだ。小さいころから百合が熱を出すと悪いこと、というか奇妙なことが必ずと言っていいほどついてきた。
家の近くの公園で都と遊んでいたらどんなに歩いても家に帰れずに何回も公園の前に戻ってしまったり、学校から帰るときなんかは、何度階段を下りても一回につかなかったり…。
正直なところ、俺も少し心に引っかかっていた。
でも…
「きっと気のせいだよ。帰ろうぜ、都。」
自分に言い聞かせるように都の手を引いて帰った。
この後、俺たちにこれまでにない出来事が待っているかも知らずに…
#5
「はぁ~あ、疲れた…。ありおりはべりいまそかり、ありおりはべりいまそかり…」
「ちょっと翼うるさい!!!すいへーりーべーぼくのふね、すい、へー、りー…ああああ忘れちゃったじゃん翼のばか!!」
「バカってなんだよ!おまえの方がバカだろーがバカ都!!」
そんな他愛ない会話をする塾帰り。二人とも、それぞれ暗記テストのやり直しで居残りをさせられていた。
「今夜は月、明るいな…ん?おい都、あれ…。」
俺の視線の先には、妙な灯りが燈(とも)る桜舞神社があった。
俺らは普段塾の帰りにここを通るのだが…
初夏なのに満開の桜、それを燈す提灯…まるで、そこだけが違う世界のように綺麗なのだ。
こんな桜舞神社、見たことない。
「なんか、綺麗だな。ぼやぁ~っとしてて…」
都はその景色に吸い込まれるかのように近づいていく。
手が灯りに届く…そう思った時、
ドォォォォォォォォォン!!!
物凄い轟音(ごうおん)がした。反射的に体は後ろへ下がっていた。
「おい、なんだよ今の…っ!?」
______そこには、見たこともない大きな怪物がいた。いきなり拳を振り上げてくる。
「わっ!」
慌てて攻撃を避ける。間一髪避け切れたようだ。
しかし、都が見当たらない。
「都…?」
名前を呼ぶと、袖を引っ張られた。どうやら俺の後ろへ逃げていたようだ。
「翼…何、これ…!?」
「わかんねぇけど、とりあえず逃げるぞ!!」
俺は都を立たせて神社の奥の森まで走る。
5分ほど経っただろうか。俺たちは、森を抜けてもう一度神社の境内の裏で座って休んでいた。
「はぁ、はぁ…都、大丈夫か?」
「大丈夫…ちょっと疲れたけど。」
もう足音は聞こえない。何とか逃げられたようだ。
そう思ったのもつかの間。
「翼…後ろ!!」
そう言われ後ろを向くと、さっきの怪物の姿があった。
怪物は拳を振り上げる。
立ち上がろうとしたが、駄目だ…もう間に合わない!!!
せめて…せめて都だけは!!
#6
せめて、せめて都だけは…!!
怪物は情もなく上げた拳を思いっきり振り下ろしてきた。
俺は死を覚悟した…
しかし、拳は俺の頭に振っては来なかった。
代わりに…
ドォォォォォォォン!!!
二度目の轟音がした。
咄嗟に都へ駆け寄る。
「都!!大丈夫だったか!?立てる…?」
「うん…よいしょっと…」
だけど、一体何が起きたんだ…?!
「おい、ガキども!!何でこんな夜中にこんな危ないところうろついてんだ!!」
「やめなさい、夢斗…怖がっているじゃないか。」
急に怒声が飛んでくる。誰なんだ?この人達…
頭にははちまき…袴(はかま)を履いている…?
今起きた状況が理解できないでいると、二人組のうちの一人がこっちに駆けてきた。
「君たち…これを口に含んだまま、早く家に帰るんだ。家に着くまで、絶対に飲み込むんじゃないぞ。」
こくんと頷いた後に俺たちの手のひらに乗せられたのは、小さい金平糖のようなものだった。そしてすぐ口に含む。
「よし、いい子達だ。それでは私は失礼するよ。」
そう言って彼は神社の境内の方へ走って行ってしまった。
だけど、今はそれを気にしている場合じゃない。
「おい都、とりあえず帰るぞ!!」
そういって都の腕を引っ張る。
「おっけー…いっ…」
急に都の顔が歪み、その場にしゃがむ。
「おい、大丈夫か?!」
「ごめんごめん、大丈夫。さっ行こ!!」
そうして俺は走って都を家に送り、隣に立つ自分の家に帰った。
#7
『えー、夏休みの学習計画表、出してない人は提出できるまで居残り―・・・』
今日は終業式。長かった一学期も終わりを迎え、待ちに待った夏休みだ。
しかし…
「長―い…おい翼、暑い怠い眠い。」
「んなこと分かってるよ…余計暑くなるんだからいうんじゃねーよ…」
終業式が長い。とにかく長い。もう寝ようかな…そう思った時、隣でぼやいてた友人が、
「翼、来たぞ。この灼熱地獄の中に、たった一人の天使が…!」
「まじか…やっとか!!!」
俺たちが毎回長い長い集会や怠い怠いイベントで、唯一楽しみにしている憩いの時間。
入学してから今日まで、何回これに救われただろうか。
それは…
『生徒会長の話…桜舞会会長、立花さん、お願いします。』
アナウンスが流れると、名前を呼ばれた彼女はステージの中心にあるマイクの上に立った。
…立花凛桜(たちばな りお)。桜舞学園の生徒会、すなわち"桜舞会"の会長である。
桜舞会の役員になるには、倍率15倍という夥(おびただ)しい数の立候補者の中から、桜舞学園全生徒(小・中・高)と全教員から、多くの票数を得なければいけない。
さらに会長ともなると、倍率は25倍以上にも膨れ上がるそうだ。それが本当なら…
凜桜先輩はすごい人だと思う…あ、話が始まった。
「みなさんこんにちは!今日から、待ちに待った夏休みですね。それにしても暑い…。私の話は短くした方がよさそうかな…」
"桜舞学園の天使"それが凜桜先輩のもう一つの通り名だ。顔だちも整っていて、腰のあたりまで伸ばされた黒髪は、高い位置で結ばれている。性格だって優しくて、素直で、淑(しと)やかで・・・。そんな先輩のために生まれたような言葉があると俺は思う。
"大和撫子"だ。さて…ここくらいで俺の回想は終わりにしよう。きりがない。
「今日は、今年度の桜舞会役員と、担当の先生方を紹介したいと思います。15分程度で終わるので、皆…その間だけでも顔をあげてくれると、嬉しいです。」
そういって微笑んだ凜桜先輩の姿は、本当に天使のようだった。
#8
「それでは桜舞会の担当教員、および役職についている生徒はステージに上がってきてください。」
声がかかると、5人の人物がステージに上がり、凜桜先輩を合わせて6人が壇上に並んだ。
「まずは…じゃあ左から…あっ!皆から見て右側から自己紹介をお願いします!」
あたふたした凜桜先輩。レアだ。一番右の生徒が凜桜先輩からマイクを受け取った。
「えー…皆さんこんにちは。」
『こんにちはあー!!!!』
すぐさま黄色い声が飛んだ。その生徒は驚く。
「お、おお…こんにちは。えっと、俺は桜舞会の副会長兼議長の担当になりました、一ノ木悠也(いちのぎ ゆうや)です。よろしくお願いします。」
『きゃあー!!!』
また歓声が上がった。一ノ木先輩は背も高くて顔もいい。"爽やか系イケメン"といったところだろうか。
隣へマイクが渡される。
「はい、僕は桜舞会で会計と書記をやらせてもらうことになった、岸波誠也(きしなみ せいや)です。一生懸命頑張るので…よろしくお願いします!」
『誠也くーん!頑張ってね!!!!』
またもや黄色い声が。この先輩はしっかりしていそうだが…このあざとさは天然なのか?
「ふふっ、ありがとう皆。頑張るね!」
『キャーッ♡』
…なんかやっぱりあざとい。また隣へとマイクが移る。
「俺は桜舞会担当になった佐久間夢斗(さくま ゆめと)だ。よろしく。」
シンプルな挨拶…俺、この人が一番かっこいいと思う。刈り上げかっこいい…。
マイクは宙に浮き、隣がうまくキャッチした。なんと華麗な連携プレー…。
「私も同じく桜舞会担当の菅井曖斗だ。よろしく頼む。」
この人はなんか落ち着いている…。オールバックだ。似合う…。一番年配かな、ダンディー…。
そして隣に渡される。
「はーい!私も桜舞会担当になりました!櫻庭真桜(さくらば まお)です!よろしくね~!!」
元気な人だな…。ささっとマイクが最後の人物の手に渡る。
「そして私が桜舞会の会長を務めさせていただく、立花凜桜(たちばな りお)です。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。」
こうして役員紹介が終わった。確実に分かったことが一つだけある。
…"美男美女しかいない"
#9
桜舞会役員の紹介が終わると、拍手が起きた。そして会長は一言。
「さて、約束した時間を過ぎてしまうかな…。また何か私たちに質問があればいつでも聞いてくださいね。できる限りお答えします。本日は暑い中、私たちの話を聞いてくれて、ありがとうございました!」
凜桜先輩のお辞儀は見る者全てを魅了するような、とても綺麗なものだった。
まるで一瞬だけこの蒸し暑さを忘れられたような…。
「えー、これで終業式を終了します。教室まではしゃべらずに帰るようにー…」
そんなアナウンスが流れている中、俺は都と教室まで戻っていた。
「会長…綺麗だった。」
「そうだな。都も見習えよ…。…都?」
「…ん?あ、ごめん、ぼーっとしてた。」
「まぁ、別にいいけど…」
今日は百合は学校を休んだ。昨日の熱は下がったものの、孝文さんが心配性で、念のため休ませたそうだ。都まで体調を崩したりなんかしたら…幼馴染の俺だってさすがに淋しくなる。
…
都と分かれて教室に戻ると、先ほど暑い怠いとぼやいていた友人の翔太がふと。
「おい…あそこにいるの、凜桜会長じゃね?どうしたんだろう…あ、後ろに菅井先生も?」
担任がまだ来ていない教室のざわめきは、凜桜先輩と菅井先生の登場でピタッと止んだ。
あれ…なんかこっち見てる?ていうか、こっちきてる?!ええ!?しかも俺の前で止まるの!?
「貴方が…宮内翼くんで合っていますか?」
「はっはははははははいっそうでありますっ!」
慌てすぎて噛み噛みだ…恥ずかしい…。思いっきり笑われてるし…。
「ふふっ、そんな緊張しなくて大丈夫。少し来てほしいところがあるのだけれど…今は大丈夫?」
急に真面目な顔になる。…なんだ?
「えっでも俺たちこれから配布物とか終礼とかありませんか?」
「担任には私から連絡をしておこう。とりあえず付いて来なさい。」
「わ、わかりました…」
席を立って連れて行かれた先は…
一般生徒、および一般職員立ち入り禁止で有名な、"桜舞会室"だった…
#10~Miyako~
痛い…。足が痛い。
昨日翼には言わなかったけど、怪物の攻撃が右足のくるぶしのところにあたってしまった。不思議なんだけど、血は出なかったんだ。だけど当たったところが紫色に変わっていた。朝起きたら昨日の三倍くらいの広範囲に侵食していた。気持ち悪い…見たくない。一言だと、えぐい。
「長めの靴下はいていこ…」
くるぶしとひざのちょうど真ん中まで変色してしまっているので、膝までの長さの靴下をはいた。
…
終業式はあっという間に終わり、唯一覚えてるのは、桜舞会長が美人だったことだけ。翼と一緒に教室に帰ってる途中もものすごく右足が痛かった…。一回翼を無視しちゃったし。
教室に戻るころには頭も痛くなってきた。体も熱い。机に突っ伏す。
寝ちゃおうかな…そう思った時、ガラガラッとドアが開いて、
「葵久都さん!いる!?」
私を誰かが呼んでる体を起こして声の主のもとへ歩いていく。
顔を上げるのも辛くなってる。俯きながらなんとか話す。
「どなた…ですか?」
「僕は桜舞会の岸波誠也。ちょっと桜舞会室まで来てもらえるかな?」
「は、はい…」
桜舞会室?あそこって桜舞会の人しか入れないんじゃないの?私そんなに悪いことしちゃったのかな…。
ズキズキと痛む頭で考えていると、ふと岸波さんが、こちらを向いて。
「あともう少ししたら、つくから。」
「はい…」
あれ…?前がぼやけてる。岸波さんの顔も見えない…。
「痛っ…!!」
急に右足を今までで一番の激しい痛みが襲った。咄嗟にしゃがみ込んでしまう。
「葵久さん・・・?!おい葵久さん…!…悠!!ちょっと来てくれ!!!」
岸波さんが誰かを呼んでる、けど、もう無理。立てない…
#11
「あの…なんでしょうか…」
俺は今、桜舞会室の中で、4人の人物に見られている。俺は窓側の椅子に座り、4人はそれぞれいろいろな場所にいる。
その4人は…。
「おい凜桜…早く聞けよ、いちいちとろいんだよ。」
「こら夢斗。この前といい、今といい、なんでそんなにぶっきらぼうなんだ…。」
「凜桜、ゆっくりでいいから…。とりあえず始めようぜ。」
「う、うん、そうだね。佐久間先生、菅井先生、はじめますね。」
『ああ。』
凜桜会長、一ノ木先輩、佐久間先生、菅井先生の4人だった。凜桜会長は机を挟んで向かいに座っており、一ノ木先輩は凜桜先輩の隣、佐久間先生は窓際でたばこを吸いながら、菅井先生はドアの前にそれぞれ立っていた。
「それでは…宮内翼くん。貴方は昨日の10時半、何処で何をしていましたか?」
や、やばい…昨日10時半までに家に帰らなかったのばれてる?!
これは素直に謝るべきかな…
「すいません、俺は昨日塾で居残りさせられていて…その時間は都っていう彼女と家に帰っている途中でした。」
そういうと、凜桜先輩は
「・・・やっぱりそうでしたか…。では昨日、私たちの姿も見られてしまったようですよ…。」
「私たちって…?俺たち、先輩たちなんか見ていませんよ?」
「昨日、誰かに怒られた後、誰かに金平糖のようなものをもらいませんでしたか?」
「なんでそれを…」
"先輩や先生は、一体どこからそれを見ていたのか"それを聞こうとしたら、ドアが開いた。
「凜桜!もう…やばいよ。早くしないと…!!」
そこには岸波先輩に担がれて右半身を紫に染めた、都がいた…。
#12
「凜!これ、ここで治せる?」
「…これは向こうに行かないと…。都ちゃん、ずいぶん我慢してたのね…」
そんな淡々と話している場合なのか?!
「なんでそんな簡単そうにことを進めるんですか?!都のこの染み…どう見ても病気の範疇(はんちゅう)超えてますよ!?このままじゃ…このままじゃ都が…!」
"死んでしまう"そういう前に一ノ木先輩が俺の肩に手を置いた。不思議とだんだん心が落ち着いていく感覚がした。
「死なない。あの怪我だったら、凜が治せる。ただ…」
「ただ…なんですか?」
「"桜天界"でないと、治せない。」
ここで、菅井先生が口を開いた。
「!おい、それ言っていいのか?人間に知られたら厄介なんじゃねえのか。」
「いや、今は時間がない。先程、煌から"宮内翼も桜天界へ連れて行っていい"との連絡がきた。翼くんも、事情は後で説明するから、一旦私たちについてきてくれ。」
佐久間先生から俺に話が向いたから、慌ててしまう。
「えっ?!あっはい!」
「よし…凜は誠と一緒に都さんを。夢は悠が翼君をつれていくのをサポートしてやれ。」
『了解』
俺と佐久間先生以外の人がそう呟いた瞬間、俺は目の前が桜吹雪で覆われる感覚に陥った。
俺、これからどうなるんだろう…・
今はただ、この心地いい感覚に身を任せよう…。
#13
~桜天界ニテ~
「…っ!!すいません、俺、寝てしまったみたいで…ってここ何処・・・?」
咄嗟に寄りかかっていた岸波先輩の肩から離れた。
座っているのは白い砂浜の上。空は暗くなり、月明かりにぼんやりと照らされている。目の前は海。エメラルドのような青緑色。そして何よりすごいのは…
左右に見渡す限りの桜が広がっていることだ。しかも一本一本が10m以上はあるだろう。
それぞれの木には、燈篭(とうろう)が一つずつ灯されていて、とても神秘的な風景だ…。
その中で、一際目立つ桜の木があった。何十mもあるような、大きな大きな桜の木。
「ここは、桜天界。僕らが今座っているのは、桜天界の入り口"桜天門(おうてんもん)"だよ。今からみんなのところに向かうけど…立てるかな?」
「は、はい…ぅわっ!!」
急に立ちくらみがした。咄嗟に岸波先輩が俺を支えてくれる。
「すいません、岸波先輩。もう大丈夫です、歩けます。」
「うん。じゃあ行こうか。あ、あのね…いいよ、下の名前で。それに"先輩"じゃなくていいって二人とも言ってた。夢さんと曖さんは分からないけど…」
"二人"は悠也先輩と凜桜先輩の事だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて、そう呼ばせてもらいますね、誠也さん。」
「よし、よろしくね。」
何十分か…桜に沿って歩いていると、先程見えた大きな桜の木のふもとについた
「この…桜の木、大きいでしょ。これは桜天界の中心に咲く、とても大切な桜なんだ。さ、中に入ろう。」
…中?俺には木の表面しか見えない。ドアすらないよな…。
「…どうやって入るんですか?」
「あっ…説明し忘れていたね。ちょっと待ってね・・・」
そう言うと、誠也さんは気の表面に触れながらこう呟いた。
「誠です…翼くんの具合が良くなったので戻りました。凜ちゃん、いますか?」
そう言い終えると、木の表面に扉が浮き出てきた。そして扉が開いて凜桜さんが出てくる。
「お帰りなさい、せーくん。そして翼くん、ようこそ"夜桜街(よざくらまち)"へ。」
扉の先には見たこともない光景が広がっていた…
#14
扉の先には、人々が着物や袴を着て賑わう光景があった。一本道の両側にはたくさんの店。そのまた奥の両側には先ほどの何倍もの咲き乱れる桜。今俺たちはそこを歩き続けている。
「此処は桜天界の者達の憩いの場である、"夜桜街"です。それでは皆のところへ向かいましょう…。あ、せーくんと翼くん、これをどうぞ。」
凜桜さんは桜色の飴をくれた。それを口に含む。
「美味しい…なんですか?この飴…体の疲れが取れていくような…」
「やっぱり凜ちゃんの作る桜飴はいいなぁ…」
それを聞いて凜桜さんは微笑んで、
「ふふっ…そう言ってくれてうれしいです。ささ、行きましょう。もうご飯も作ってありますから…都ちゃんもお腹を空かせて待っていますよ。」
そうだ…色々と急な事がありすぎて都の事を忘れていた。
「凜桜さん…!都はっ…都は大丈夫なんですか?!」
「ええ、もうすっかり。…寧ろ元気すぎるくらいですよ…」
凜桜さんは苦笑いした。あいつ何やってんだろ…。
そんなことを悶々と考えていると、道の脇からざわめきが聞こえた。
"おい・・・あれは桜天界内外治癒部隊隊長の…!"
"ああ…そして桜天界唯一の大和撫子とも呼ばれる…"
『凜桜さま!!!』
そう言われて急に凜桜さんの周りにぞろぞろと男たちが集まる。そういえばここ、女の人とか、子供が少ないな…
何処にいるんだろう…と思っていたら、店の中から女の人たちが次々と出てきた。
「りおさん、つくったのでこれ、もらってください!」
その中から小さな女の子が凜桜さんにクッキーのようなものを差し出した。そして凛桜さんはそれを食べた後、しゃがみながら女の子の目線に合わせて、
「とても美味しかった。貴女が大きくなったら、きっと素敵なお嫁さんになれるわね!」
「ううん!わたしね、りおさんみたいなおとうさんたちのけがをなおせるひとになりたいの!!」
「わぁ…ありがとう。じゃあいつかは私と一緒に任務をこなすようになるのかしら。楽しみね!」
そう言って進むべき方向に体を向ける。そうするや否や、女の子に続き、男たちも負けじと凜桜さんに物を渡そうとする。
その時、声が聞こえた。
「はーい、茶番は終わりにしてもらえるかー?」
そこに立っていたのは…
#15
「ったくお前ら…いつ場で待たせるつもりなんだ…」
そこには、悠也さんと佐久間先生が立っていた…。
"あれは桜天界下退妖部隊副隊長の夢斗様ではないか…!"
"隣には桜舞班班長の悠也様もいるぞ…!!"
「えー…凜桜に贈り物がある方は、こちらの箱にお入れください。その他…俺たちにも何かあれば隣の箱へ…。」
言い終わった途端、140㎝四方はあるであろう箱には、溢れんばかりの贈り物が入っていた。
「よし、終わったならとっとと行くぞ。悠は箱、誠は翼を。俺は凜を運ぶ。」
『了解』
急に足が地面から離れた。俺は今、信じられない状況にいる。なぜなら、誠也さんにお姫様抱っこされているからだ。
「えっ、ちょっ…えええ!?」
しかも驚いているの俺だけ?!なんかみんな普通にしゃべってる?
「すいませんむーさん…体力使いすぎてしまったのに外へ出歩いてしまって…。」
「全くだ…でも、お疲れ様、とだけは言ってやろう。よく頑張ったな。」
「えへへ…ちょっと照れちゃいますね…。」
ふにゃっと笑った凜桜さんのこの顔を見て、顔を赤く染めない男はいないだろう。
"何だこの子/こいつ…天使?!"
そんな声が聞こえたような気もした。
「お、そろそろ着きますね…って皆どうしたんですか?!お顔が真っ赤っ赤です…」
"お前のせいだ"とは誰も言わなかった。
2分ほどして地に足をつけて辺りを見回した時、俺は目を見張った。
なんでかって?だって…
東京タワーやスカイツリーを抜いてしまう高さの城が、俺の目の前にそびえたっているんだから…
「さあ、中へ入りましょうか!」
凜桜さんたちは淡々とその城へ歩いていく。俺は黙ってそれについていくことしかできなかった…。
#16
大きな門の前には、『桜天界本部』と札がかけられており、門番が10人ほど立っていた。
「桜天界下退妖部隊、凜、誠、悠、夢。只今戻りました。」
凜桜さんの挨拶があると、門番はびっくりしたように敬礼し、
「あなたがあの有名な凛桜さまでいらっしゃいますか!自分は本日付で桜天界本部、正門警備班に配属されました、雅(みやび)と申します!!」
「あら、道理で見ない顔だと思ったら…これからよろしくね、雅くん。」
また凛桜さんの微笑みに、一人虜になってしまったようだ。そんな中佐久間先生が歩き出し、
「おい凜桜。いつまでもくっちゃべってんな、行くぞ。」
「はっはい…待ってくださいむーちゃぁぁああん!」
凜桜さんも走ろうとする…ところを誠也さんと悠也さんが止める。
「凜桜…大和撫子はこんな時でも余裕を見せるもんじゃないのか?」
「うっ・・・そうです。」
「そうだよ…凜桜ちゃん。今まで走った時に転ばなかったことは?」
「な、ない…」
「だったら歩け。」
「は~い…」
二人によって制止された凛桜さんは目に涙を浮かべて立ち止まっている。ふと先にいた2人が振り返る。
「どうした、凜桜?」
「…もん。」
「?聞こえないよ、凜桜ちゃん。もう一回言って…」
「私だって転びたくて転んでるわけじゃないもん!私は、ゆーくんとかせーくんとかと違って、何もできないし、ドジだけど…なりたくてなったわけじゃない!!!」
「なっ…おい凜桜!!」
咄嗟に悠也さんが凜桜さんの腕をつかんだ。凜桜さんはそれすらも振り払って、
「離してっ…!ゆーくんもせーくんも意地悪!!二人なんか嫌いだもん!!」
凜桜さんは迷路のようなこの城の中を走って行った。
「凜桜さ…「やめておこう」
誠也さんが俺の言葉を遮った。
「とりあえず先を急ごうぜ。腹も減ったし。凜桜ならすぐ戻ってくんだろ…」
そう言われて俺は仕方なく、二人の後に続いた。
#17~Rio~
「はぁ…やだなぁもう…。」
私、凜桜はゆーくんとせーくんと喧嘩をして、1階から7階まで来てしまった。
一気に階段を駆け上がったから、息が切れてる…。ふと隣にある椅子に腰かけ、目の前で作一本の大きな夜桜を眺める。
橙色の燈篭が優しく桜を照らしている景色…私が一番大好きな場所。一部の人しかやってこないから静かだし、そうだとしても、年に数回の話だから、ほとんど私しか来ないといってもいいだろう。
『にゃぁ~…』
「あ、夜黒…」
夜黒(やこく)はこの夜桜庭園に住み着いている猫だ。今では私とこの子は友達のようなもの。
「ねえ夜黒…私またゆーくんとせーくんに我儘言っちゃったよ…」
涙がぽろぽろと出てくる。
「ゆーくんもっ…せーくんだってっ…私のことを思って言って…くれたのに…っく…ごめんね、夜黒には言ってもわからないよね…」
夜黒は私の膝の上で喉を鳴らして気持ちよさそうにしている。
心地いい風が吹いた時、、私はふと耳元に違和感を感じた。
「あ、桜紋がない…どこかで落としちゃったのかな、どうしよう。あれがないと…」
辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
「フゥー!!!」
夜黒はいきなり私の膝から降り、私の方に向かって威嚇し始めた。
「…?夜黒、どうしたのいきなり…」
相変わらず逆毛を立てたままだ。
「…私に向けているのではないの…?」
『それはきっと僕に向けてだ…ふふ…』
「…っ?!」
後ろを振り向いた時にはすでに遅く、布で口をおおわれてしまった。
何だろう、急に眠気が…
#18
「はぁ、はぁ…」
「何こんくらいでへこたれてんだよ。男なのに情けねーぞ。」
「す、すいません…。普段から先輩たちは鍛えてるんですね…部活とかで。俺もちゃんと…」
「あ、着いたよ。」
俺たちは長い長い廊下を何十分と歩いたうえ、一階から十階まで“階段で”上がってきた。
なのに、悠也さんは息を切らすどころか、誠也さんは笑顔を崩すことなくここまで歩いてきていた。
誠也さんは目の前のドアをノックする。ドアが開くと同時に、二人の子どもが出てきて、男の子は悠也さんに、女の子は誠也さんに抱きついた。
「悠さんっ!お帰りなさい!!」
「あー、ただいまな、蓮。」
「誠おにいちゃん、お帰りなさい!…蘭ね、ちゃんとおるすばんできたよ!たいちょーさんとむーたいちょさんのいうこときいてた…!」
「そうか…偉かったね、蘭。よしよし…それにしても、むーたいちょじゃなくて、“ふくたいちょう”だよ、蘭。」
蓮と蘭と呼ばれたその子たちは、小学校1年生くらいの小ささだった。二人ともとても素直なんだなぁと思った。
そこに、部屋の奥でお茶を飲んでいたらしい佐久間先生と菅井先生がきた。
「やあ、お帰り、三人とも。遅かったね…。さあ、中へ入りなさい。」
「早くしろ。」
そう促されて、部屋に入り、襖(ふすま)を閉めた途端、佐久間先生がぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、襖に囲まれた畳の部屋が、一変した。
襖は開いてその外には咲き乱れる夜桜。それを照らすのは、いくつもの燈籠と月明かり。心地よい風に吹かれる部屋となった。俺たちは畳の上に座り、胡坐(あぐら)をかく。
「さて…都もそろそろ出て来い…。食いすぎだ。」
「はっはい!いやー、このお蕎麦、美味しすぎて何杯でもいけますねー!…あっ翼!」
桜の木々の間から、都がひょこっと出てくる。俺は立ち上がりぎゅっと抱きしめる。
「馬鹿っ…馬鹿都っ…心配、したんだぞ…っ!」
「うん…ごめんね。もう大丈夫だから…座ろう?」
俺らは改めて座る。ふと、佐久間先生は辺りを見回して、眉間に皺を寄せながら、口を開いた。
「おい、悠と誠。…凜はまだ来ねぇのか。」
#19
「凜はどうしたと聞いているんだ。」
「えっ?凜ちゃん、まだ帰ってきてないんですか?」
「また庭園じゃないんですか?」
「いや、彼女はどこに向かうにも必ず私たちに断わってから行くはずだ。」
どうやらまだ凛桜さんは帰ってきていないようだ。
「くそっ…おい、悠。桜紋は反応しないのか。」
俺と都は誠也さんに桜紋とは何かと尋ねる。
「桜紋っていうのはね、君たちの世界でいう“通信機”だね。基本、離れていてもすぐ話すことができるように僕たちは耳に付けているんだ。こんな風にね。」
誠也さんは髪を耳にかけた。耳たぶには、桜の形をしたイヤーカフの様なものがついている。
その真ん中には、“誠”と彫られている。
「だから学校では皆さん髪を耳にかけようとしないんですね…」
ピーッピーッピーッ…
急にモールス信号のような音が空間に響いた。
「おかしいな…俺、凜の桜紋にかけてんだぜ?なんでここで鳴ってんだよ。」
「ねぇ悠…その音、悠の隊服の裾から聞こえない?」
誠也さんにそう言われた悠也さんが着物の裾を振ると、カラン…と桜の形をしたものが落ちてきた。真ん中には・・・“凛”の文字。はぁ、と佐久間先生がため息をつく。
「お前らは揃いも揃って何をやっているんだ!あいつがああ見えて中身が幼いのはお前らが一番知っていることだろう?!」
「すいませんでした。…すぐに探しに行ってき…「待て。」
悠也さんが外に出ようとすると、佐久間先生は指をもう一度鳴らして先ほどの会議室の状況に戻し、凜桜さんの桜紋を悠也さんに投げる。
「これをあいつに渡してやれ…。どこ行ったんだ全く…」
「では僕も翼くんを連れて行きますね。都ちゃんも…行くかな?」
「行く…行きます。私を助けてくれた人だから…探してお礼を言わないと…」
「わかった。…でも僕だけでは二人を連れて行くのはとてもじゃないけど…」
「私が翼くんを連れて行こう。」
菅井先生が俺を連れて行ってくれるようだ。…行こうとした瞬間襖が開き、袴姿の男が二人、入ってきた。
「曖隊長、夢副隊長、大変です!!」
「?どうしたんだ。」
「…凜治癒隊長が…誘拐されました。」
#20
「凜が誘拐!?」
「はい…先程外壁に矢文が刺さっているのを隊員が発見して…」
「それにはなんと?」
そのあとの言葉を聞いて俺たちは愕然とした。
“凜桜は頂いた。返してほしくば桜天門の上にて待つ。
早くしないと…喰べてしまうよ?“
「桜天門って俺が起きた時に誠也さんといたところですよね…」
「うん、そう。」
誠也さんは我を無くしたかのように曖昧な返事をする。佐久間先生は慌てたように呼びかける。
「誠、悠、蓮、蘭。直ちに準備をしろ。桜刀、忘れるなよ。」
『了解』
そういった矢先、俺と都以外の全員がこう呟いた。
『桜刀!!』
その瞬間、全員の手には武器が握られた。悠也さんの両手には日本刀、誠也さんは弓矢、菅井先生は鎌、佐久間先生は短刀、というように。蓮くんと蘭ちゃんはまだ小さいからか、それぞれ、刀と救急箱のようなものを持っていた。そして全員、鉢巻を額に巻いた。
「よし、行くぞ。」
菅井先生がそう言うと、全員地から足を離して、窓から外へ出る。もちろん俺は菅井先生、都は佐久間先生に抱っこされているが。
先程誠也さんと凜桜さんと歩いていた、夜桜街の上を飛ぶ。俺たちの姿は街にいる人たちには見えないようだ。
数分ほど飛んでいると、桜天門が見えてきた。鳥居の上へ降りると、そこの幅は案外広かった。学校の廊下くらいだろうか…そんなことを考えていたら目の前に一匹の猫が現れた。
事もあろうか、その猫はしゃべりだした。
「ふふふ・・・君たちは慌てん坊さんだねぇ…。ちゃんと裏まで手紙を読まなかったのかい?」
その時、ピーっと全員の桜紋が鳴り響いた
#21
「隊長、大変です!!手紙の裏にまだ続きがあって…“表の言葉は虚言に過ぎない。旧本部内夜桜庭園の”大桜(おおざくら)“。そこに僕と凜桜はいる。”だそうです。」
「くっ…フェイクか。夢、このままでは時間がない。翼くんと都さんに“下駄”を履かせてあげなさい。」
「ああ。おい、お前ら。この下駄を履いて俺たちに付いてこい。」
そう言って佐久間先生はまた指を鳴らし、俺たちの足元に下駄を出した。すぐにそれを履くと全員鳥居から飛んで離れていく。俺と都はそれを追いかける。しかし、違和感を覚えた。
「まって…何で俺たち空の上に立ってんの?!えっなんで?!」
「本当だ…ええええ?!てか待ってください皆さん!!!」
空の上に立っている理由を考える暇もなく、必死に皆を追いかける。どこを踏んでも歩ける。
必死に追いかけること一〇分ほど。森の中を通り、本部に劣らない大きさの城の前に立っている。
「此処(ここ)に凛がいるんだな…」
「よし、また一気に最上階まで上がるぞ」
そして思いっきり地面を蹴る。やっとコツを掴めたようだ。
トン、と最上階に足をつく。と同時に、俺たちの目の前に黒い袴を着た男性が現れた。
「やぁ、いらっしゃい、皆さん。」
「よくも凜を攫(さら)ってくれたね、妖狐(ようこ)さん?」
妖狐…。耳は頭の上にあって、尻尾が生えた“人”にしか見えない…狐の擬人化の様な。
「これはこれは、桜舞班の副班長さん…確か、“誠”だったかな?」
「僕の名前なんてどうでもいい。凜ちゃんを…凜を返せ!!」
誠也さんが弓矢を構える。弓を放とうとした、その時…
「うっ…?!」
誠也さんの足に蔦が巻き付いた。そして同時に狐の目が紫に光る。
その瞬間、目の前が闇に包まれ始めた。
「悪いけど、君たちには少し遠くへ飛んでもらうね…ふふふ…。」
そして俺たちは目の前が完全に闇に包まれた…。
#22~Rio~
~旧本部内夜桜庭園~
「ん…。」
目を開けると、目の前には、夜桜が咲き乱れていた。だけど…本部とは何かが違う。
「…旧本部?」
「そうだよ。お目覚めかな?我が麗しき姫…」
「あなたが私を連れ去ったのね…妖狐。」
「ああ…。とても美しい…貴女はどうしてこうも可憐で美しいのだ…。」
そう言って私の頬に手を当てる。ひっぱたきたい。蹴り飛ばしたい。でもできない。
なぜなら私は縛られている。腕も、足も。腕は木の上の方に括り付けられているから、私は両手を上げて爪先立ちで立たされたままなのだ。なんてふしだらな恰好だろう。
「君はあんなところ…桜天界にいるべきではない…僕たちのところへおいで…。」
「嫌です。私は桜天界が好きなんです。この景色も、ここにいる人たちも。皆まとめて好きなんですっ…!」
そう自分の意見を言うと、妖狐は妖しげに笑い、私の袴をはぎ取り、着物の帯を解き始めた。
「なっ、何をするの?!」
「何って…今から君と僕は“交わる”んだよ。そうしたら君はどうなる?」
「…!!!!やめてっ…やめてぇっ!」
桜天界の決まりごとの一つ。“忍妖と交わってしまったものは記憶を消去して、人間界で暮らす”
つまり、桜天界での今の役職も、皆との思い出もすべて、消されてしまう。
「ふふっ…怖がる君はもっと可愛いねぇ…。さて、頂こうかな…」
「いっ…やだ…っく…いやだよぉぉ…」
頬に口づけをされる。もう、私駄目なのかな…。目を閉じて二人を思い浮かべる。
「だーいじょうぶ、僕は優しいんだ。さぁ、すべてを僕にゆだねて…。」
「っく…ぐすっ…ゆーくん、せーくん…」
そう呟いた時、ドォォォォォォォォォォンと周りの桜の木が倒れた。閉じていた眼を開けようとすると急に妖狐に目を隠される。何も見えない中、何度も大きな音が轟く。
今、ここには誰が…そして何が起こっているの?そう思っていると、急に眼を抑えていた手が外されて目の前の妖狐の目の色が紫に変わった。私を縛る“モノ”がさらに強く締まる。
「ふふっ…少し、“仕掛け”させてもらったよ。」
#23~Yuya~
~旧本部内会議室~
「ん…?あれ、俺今何して…」
目が覚めると俺は見覚えのある部屋に横たわっていた。周りには翼、都、夢さん、曖さん、蓮、蘭がいた。曖さんはこちらを向いて、
「やっと起きたか、悠。ここがどこかわかるか?ここは、旧本部内、会議室だ。今から凛と誠を取り返すにあたっての作戦を説明する。
作戦というのは、あらかじめ蘭が誠を縛っている蔦を枯らしておいて、夢さんと曖さんが誠を救出し、俺と蓮と曖さんと夢さんと誠で凜を救出するというものだった。
「じゃあ、俺はそれを誠に桜紋から伝えますね。」
「あぁ、頼んだ。」
俺は今の内容をそのまま誠に伝えた。誠は緊急時の了解の合図である“咳を二回”した。
「悠也お兄ちゃん…」
普段は俺に近づかない蘭が珍しく話しかけてきた。俺はしゃがんで目線を合わせる。
「どうした、蘭?」
「あのね、私はまだ見習いだから…誠也お兄ちゃんの蔦しか枯らせなくてっ…凜桜お姉ちゃんの方まではできないから…お願いだから、誠也お兄ちゃんと凜桜お姉ちゃんを助けて…!」
蘭は泣きそうな顔で俺にそう言ってくる。そんな蘭の頭を撫で、
「わかった、約束する…でもな、蘭。今は“職務中”だぞ。呼び方はちゃんとしろ、な?」
「ご、ごめんなさい・・・じゃあ、“悠”お兄ちゃん、“誠”お兄ちゃんと“凛”お姉ちゃんを助けてくださいっ…」
「おう、わかった。」
そう言って都と翼と蘭を安全な所へ移動させる。そして外へ出て地上へ降りる。
少し走ると、木に蔦で縛られた誠がいた。緑色だった蔦は今は蘭が枯らしてくれたおかげで使い物になっていない。夢さんと蓮がすかさずその蔦を切っていく。
「ありがとう、皆…でも早く、早く凜を助けないと…時間がない!!」
「なんでだよ…?」
「凜の鳴き声が聞こえたんだ、少しね。だから連、お前は凜をすぐに旧本部に連れて行って本部と連絡を取って応援を呼んでくれ。」
「わ、わかりました。」
「おい、急ぐぞ!」
誠はもう一度「桜刀」と唱え、弓矢を背中に担いだ。
そして俺たちは、凜のいる“大桜”まで急いだ…。
#24~Yuya~
「そこまでだ、妖狐!!」
「や~っと騎士様のおでましか…遅いよ…。」
周りを見渡すが、凜の姿は見えない。
「凜はどこだ…」
「彼女にはこの木の後ろで待ってもらっているよ。」
「お前…いい加減にしろっ…“刀気”!!!」
刀気は俺の武器である“刀”が持つスキルのようなもので、空気の刀を作り出す、一種の“カマイタチ”のようなものだ。しかし、俺が刀気を出したと同時にかわされてしまう。遥か上空へと上がった妖狐に俺と誠は何度も攻撃をする。先程の攻撃で木に切り傷ができ、そのあとの攻撃で木の先が少し折れる。その時、変な声がした。
「痛っ…痛い…っ!!」
「!?凜桜!!」
木の後ろには両手をギリギリと縛られた凛桜がいた。後ろから曖さんの声がした。
「悠!その木には何があっても攻撃をするな!!このままじゃ凜の手足が…!」
「おお~よく気付いたね~。…そう、この凜桜ちゃんを縛っている蔦は桜の木と繋がっていてね、木に傷がつけばつくほど、凜桜ちゃんの手足がどんどん締められていくようになってるよ…。」
「は?!おまえふざけてんのかよ?どうやって…」
「助ける方法は一つ。僕の意識を絶つ事だ。この木の意識は僕の意識とリンクしているからね…
まあせいぜい凜桜ちゃんの手が飛ばないように頑張っ…ぐはっ!」
急にうめき声が聞こえた直後、妖狐が倒れた。何が起きたんだ…?
「佐久間先生!凜桜さんの手足の蔦を切って!菅井先生はその木を根こそぎ斬って!!悠也さんと誠也さん…!早くそいつを何使ってもいいから縛って目隠しをして縛って!!詳しいことは後で話します!!」
いつの間にか俺たちの後ろには旧本部にいたはずの翼と都、蘭がいた。
とりあえず翼に従おう。妖狐をさっき切った蔦で縛り、目にも紡いだ蔦をまいた。その時、妖狐の体が光った。
だんだんと人間の姿に変わっていく。こいつは…。
「こいつ、あの新米門番じゃねえか。帰ったらとことん問い詰めてやろう…」
夢さんが殺気を漂わせてそういった。俺はこいつを夢さんと誠に任せて凜の方へ向かう。
「大丈夫だ。気を失っているようだから、目が覚めるまで一緒にいてあげなさい。」
曖さんから凜を受け取る。こいつの耳に桜紋をつけて地から足を離す。
今度は“全員で”本部へと戻った…
#25~Miyako~
~桜天界本部内一〇階 会議室~
私たちは無事に凜桜さんを救出し、本部に戻ってきた。男子は凜桜さんの付き添いでいない悠也さん以外見事に全員畳に寝転がっている。ふと佐久間先生がこちらへ寝返り私と私の隣にいる翼を交互に見る。
「お前ら、あの時どうやって妖狐を気絶させた?」
「あれは…。」
そう。あのときは旧本部で蘭ちゃんが「都お姉ちゃん、妖狐を気絶させないと凜お姉ちゃんが死んじゃう!!」と必死に言われてたから庭園に降りた。私と翼と蘭ちゃんで。すると、庭園の隅にある“モノ”が転がっていた。
…“蹴鞠(けまり)”だ。これをぶつければ気絶するかもしれない。今も履いているこの下駄は足の力を増幅させるものだと蘭ちゃんに教えてもらった。翼は野球部のピッチャー。私はサッカー部のエースストライカー。翼が投げた蹴鞠を私が蹴って当てたらかなりの威力になるだろうと思った。
それを翼に伝えたら、快く引き受けてくれた。その時に、蘭ちゃんが、飴玉をくれた。それをなめたら急に目標…すなわち妖狐にしか意識がいかなくなった。それでうまくあてることができた。
…ということを佐久間先生に伝えると、先生は笑みをこぼして、
「お前らしい考え方だったな…あと、苗字じゃなくていい。俺たちの事も“夢”や“曖”と呼べばいい…」
「はっはい・・・!」
そんな話をしていると救護室から凛桜さんと悠也さんが帰ってきた。蘭ちゃんは凜桜さんに抱きつき、
「凜お姉ちゃん…!!もう大丈夫なの?」
「うん…ありがとう、蘭。あなたももう一人前の治癒隊員だね。」
「zzz…」
「あら、疲れて寝ちゃったのかしら…蓮、蘭に毛布を掛けてあげてくれる?」
「はい。」
そっけなく返事をした蓮くんは凜桜さんに抱きついたままの蘭ちゃんを抱っこして畳の上にそっと寝かせて毛布をかける。その時、誠也さんと悠也さんが凜桜さんを抱きしめた。
それを見ていた私と翼は不覚にもドキッとしてしまう。美男美女だから。
「凜ちゃん、怖かったよね。…助けるのが遅くなって、ごめんね。」
「これからは俺と誠がお前の事守るから…何に代えても、絶対。」
一旦、凜桜さんはびっくりしたような顔をしたが、そのあとすぐに微笑んでこう言った。
「私こそ勝手にいなくなってごめんね…。本当にごめんなさい。」
#26~Miyako~
「おい、悠也に誠也。凜を守るのはお前らだけじゃない、俺もだ。」
「勿論、私もだ。怖い思いをさせてしまったね、凜。もう“三度と”このようなことはさせない。」
曖斗さんが凜桜さんの頭を撫でる。するとしばらくの沈黙が訪れた後、凜桜さんが口を開いた。
「…っく…怖かった。怖かったあ…!うわぁーん…怖かったよぉぉ…」
あまりにも突然だったので、悠也さんたちも驚きを隠せなかったようだ。
「うぉっ、凜桜?!」
「凜桜ちゃん?!大丈夫だよ!!」
「おいおいおい、泣くんじゃねえよ…」
「こら夢斗、口が悪いぞ。凜桜、もう大丈夫だ。怖かったね、いくらでも泣きなさい。」
「うん…うんっ…ごめんなさい・・・。」
私はこの時確信した。曖斗さんのような人物を“紳士”というのだと。
…
数分たったら凜桜さんも落ち着いてきて、「お茶とお菓子を持ってくる」と言って、蘭ちゃんと蓮くんを連れて球界の厨房に向かったようだ。
そこで私は曖斗さんにあることを尋ねた。
「曖斗さん、さっき凜桜さんに“三度と同じことはさせない”みたいなこと言ってましたよね。この前にも、何かあったんですか?」
曖斗さんも、夢斗さんもみんな一瞬口を閉じた。…聞いちゃいけなかったかな。
「凜桜は小さいころにも一度…誘拐されているんだ。彼女はなぜか妖…忍妖に狙われやすい体質でね…。だから戦いの前線に立つ退妖部隊と兼ねて治癒部隊…」
「ちょちょちょちょっと待ってください。さっきから言ってる“妖”とか“忍妖”とか“治癒”とか…本当に忍妖っているんですか?!そもそもここって何かのアトラクションじゃないんですか?!」
「…は?お前、何も知らないでここに来たわけ?!」
悠也さんが目を見開いて聞いてくる。
「えっだってみんな桜舞学園の人だし翼と私と蓮くんと蘭ちゃん以外は桜舞会の人とか担当の先生ばっかりだし…桜祭も近いから、何かの催し物のリハだと思ってた…。」
そういうか否か、凜桜さんたちが戻ってきた。
「皆さん、お茶が入りましたよ。お菓子も一緒に…ってあら??みんななんでそんなにぐったりして…」
「凜桜、蓮、蘭。ここに座れ。翼、都。今からお前らに、“本当の俺たち”を教えてやる。」
どうやら、長ーい話が始まりそう…。
#27~Yumeto~
「翼、都、よく聞け。これから話すことはすべて本当の事だ。これを聞いたら、普通の生活はできなくなるかもしれないが…まあ、なんとかなるだろう。
まず、“ここがどこなのか。”ここは人間界の上に位置する“桜天界”だ。通常なら人間はこの世界に入ることは不可能。しかし、毎日のように神社にお参りするようなお前らは別だ。信仰の強さが驚くほどお前らにはあった。だから入ることができた。
次に、“俺たちは何者なのか”。まず、桜天界では、役職が三つに分かれている。一つ目は“退妖部隊”。これは主にお前らの住む“人間界”や、俺たちが今いる桜天界に現れる忍妖を倒して処理や取り調べをするのが仕事だ。俺と曖、悠、誠、蓮、凜はここに属している。
二つ目は、“治癒部隊”。これは忍妖と戦って怪我をした退妖部隊員や何かしらの理由があって忍妖に攻撃されてしまった人間を治療する奴らの事だ。蘭、凜はここに属している。
凜は先ほども話したが、あいつは退妖部隊と治癒部隊を兼ねている。まあでも、あいつは主に治癒部隊の方にいることが多いな。
そして最後の役職は、“創者(そうじゃ)”だ。創者は俺たちが桜天界で生活するうえで必要な物資…武器や食料、家具などを作ったり、売ったりするやつらだ。こいつらは一番人数が多いが、それとともに一番大事な役職だ。こいつらがいないと、俺たちは忍妖と戦えないからな。
因みに、曖は退妖部隊の隊長、俺は副隊長。悠は桜天界か…すなわち人間界の中でも特に忍妖が出没しやすい地域…桜舞町なわけだが。そこを重点的に動く班“桜舞班”の班長。誠は副班長だ。凜は治癒部隊の隊長。蓮と蘭はそれぞれ退妖部隊と治癒部隊の見習いだが、将来が有望ということで、桜舞班に配属されている。
…っていう感じなんだが。」
一気に説明したが、二人とも口を開けている。
それはそうだ。自分たちが住んでいる場所と別に世界があって、今そこに自分たちがいるなどとすぐに自覚できる奴なんかそうそういないだろう。
少しの沈黙は、襖が勢いよく開いたことによって打ち切られた。
「ごきげんよう~!!どう?みんな元気してる~?」
「舞桜、少しは淑やかにしろ。凜を見習え。」
「え~・・・煌うるさいな~…」
「上司には職務中だけでいいから敬語を使え…」
「はーいはい、わかりましたよ~っと…」
突然の来客に俺と曖以外の人物は驚きを隠せなかったようだ。
それはそうだ、俺と曖以外はこいつらを普通の“人間”だと思っていただろうからな…
#28~Tsubasa~
夢さんの話が、締めに入った直後、ガラッと襖が開いたと思えば、二人の人物が入ってきた。
それは俺たちもよく知っている、あの二人だった。
「はっ葉月せんせい?!…それに、まーちゃん?!」
「あぁ、翼に都、久しぶりだな。蓮と蘭はそうでもないが…」
「二人とも高等部でち
ゃんとやってる~?」
葉月煌太(はづきこうた)先生と、櫻庭舞桜(さくらばまお)先生。
この学校は小中高大と一貫校なのだが、小等部から上がってくるものは少なく、中高大のいずれかから入ってくる人がほとんどだ。それ故、小等部は一クラスしか存在しない。俺や都、百合は小等部の時からこの桜舞学園にかよっているため、小等部の教員であるこの二人とは面識がある。それにしても…
「なんでここにこーちゃんがいるの?れーくん。」
「いや、おれもわかんね―…まーちゃんもいるし。」
俺が聞こうとしたことを蓮くんと蘭ちゃんが口に出してくれた。曖さんが先生たちの隣に立って、
「まだ夢以外には誰にも言っていなかったか…。翼くんと都さんも落ち着いて聞いてくれ。この二人は桜天界の上、天界で働く人たちなんだ。」
…。
『えええええええ?!』
7人は声をそろえる。それもそのはず。自分が六年間お世話になった二人が普通の“人間”じゃないんだから。蓮くんと蘭ちゃんは六年間じゃないけど。
「じゃあ、煌ちゃんも、まーちゃんも、天使なの?!」
「ん~…“天使”っていうのはいないんだけど、下の世界である桜天界と人間界を観察する、“天界下保護観察官(てんかいかほごかんさつかん)”の役職を煌はやっているの。私はそのお手伝いの“助天者部隊”の一員。」
都の質問に淡々と答えるまーちゃん。みんな驚きを隠しきれていない。
そこで夢斗さんが口を開いた。
「で?今日は何をしに来たんだ、煌。」
「お前まで俺に敬語を使わないのか、夢…」
「今日はね、私の愛する子どもの様子を見に来たのよ…!」
「まなむすめ…まーちゃん、こどもいるんだ!!」
蘭ちゃんがうきうきした顔でまーちゃんを見る。その時、後ろから声がした。
「もう…“愛する”とかいわないでくださいよ、“お姉さま”…」
蘭ちゃんが言った後に誰かが何か言った気がしたけど、耳に入ってこなかった。
#29~Tsubasa~
子ども…まーちゃんに子ども?!誰?誰なんだ?!
「もう…やめてください、“お姉さま”」
「あら~?つれないなぁ…凜・桜・ちゃん♡
…え?
『えええええええええええええええええええええええええええ?!』
「なんで!?なんで!!お前まーちゃんの子どもなのかよ?!そんなの絶対認めねー!」と、キレ始めた悠也さん。
「凜桜ちゃん!あんな人の子どもだったの?!どこも似てないよね?!ねえ嘘だと言って!!」と、必死な誠也さん。
「凜桜お姉ちゃん…まーちゃんの子どもだったの?…やだぁ…っく…」と、泣き始める蘭ちゃん。
「っておい蘭泣くんじゃねーよ!!凜桜さん嘘ですよね!あんな人の子どもなんて!!」と、蘭ちゃんを慰める蓮くん。
「凜桜さん!まーちゃんの子どもだったんですね!同じ学校だなんてすごい偶然ですね!」と、都。こいつはバカすぎる。
「お前ら、一旦落ち着け。今は職務中だ。言葉に気をつけろ。凜桜がこんなズボラで大雑把な奴の子どものわけがないだろうが。」
『あ、そうか。』
「えっちょっと待って?!何満場一致みたいな雰囲気で私のイメージ植えつけて…」
「皆、よく聞いて。私、凜桜は、舞桜さんと姉妹でもなければ、親子でもありません。お姉さんと呼んでいるのは、舞桜さんのお願いだから、それだけです。」
よかった…凜桜さん自身が否定してくれた。曖さんが口を挟む。
「それで?本題はなんでしょうか、煌さん。」
「あ?ああ。実は天界会議で“翼と都を桜舞班に入れてはどうか”という話が出ていてな。」
・・・What?もう一回聞いてみよう。空耳かもしれない。
「煌ちゃん、今なんと?」
「だからお前ら二人に退妖部隊に入らないか?って言っているんだ。」
…。
…。
「いいんですか?!」
突然都が目を輝かせる。曖斗さんが口を開く。
「…詳しく聞かせてもらおうかな。」
「ああ…。」
また、長い話が…。
#30~Tsubasa~
「俺たちもなれるんですか?退妖部隊に…」
今、俺と都は天界で働いている煌ちゃんにスカウトのようなものをされている。
「上層部との会議はお前らの話でもちきりだったぞ…あの”下駄”をすぐに使いこなせるのは人間界の者たちがそう易々とできるものではない。…どうだ?お前たちが良ければ、こちらとしてはすぐにでも入ってほしいのだが…。」
そんなの、答えは決まっている。
「入ります。都をもうあんなひどい目に遭わせたくありませんから。」
「ありがとう、翼…。煌ちゃん、私も入る。翼一人で大変な思いはさせない。」
「じゃあ…決まりだな。凜、悠、誠…この二人に“本部”を案内してあげてくれ。」
「わかりました…。じゃあ都ちゃん、行こうか!!」
凜桜さんが都の手を引くなり、悠也さんと誠也さんが、
『いいなー・・・』
「え、二人とももしかして凜桜さんのこと…」
「ちっ違うよ?!ただああいう中いい場面が羨ましいなあって…ねぇ悠!!」
「あっああそうだな!!俺らには入り込めない雰囲気が・・・な!」
なんか必死すぎて怖い…。
「そうなんですか…でも凜桜さんってモテますよね。“桜舞学園の天使”って名前まであるし…」
『ええっ?!』
「まっまあとりあえず行こうぜ翼!!」
「はいっ!!」
「そんな緊張しなくていいよ。これから毎日一緒に暮らすんだから!!」
「あ、そうなんですか・・・ってええ?!」
さらっと言ったこの人…
これからどんな生活が始まるんだろう…不安だけど、楽しみの方が大きい。
まずは、この建物を熟知しないとだよな…
この、広い広い本部を…
#31~Miyako~
「ここが会議室…っていうのはもう知っているよね。よし、ここは一〇階だから一気に下まで降りちゃおうか。一階からの方が何かと都合もいいから。」
「はっはい…!」
凜桜さんと二人で話してるとか…ていうか一緒に歩いてるとか!!やばい、ものすごく緊張する…!
「ふふっ・・・そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、都ちゃん。ここには私たち以外同年代の女の子いないし…仲良くしてほしいんだ。」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだよ。わたしとゆーくんとせーくんは、退妖部隊の中で見習いの蓮を抜いたら最年少。普通なら人間界でいう二十歳で退妖部隊に入るからね。そもそも、退妖部隊に女性ってほとんどいないから…」
…ほとんど、いない。凜桜さんは一瞬淋しそうな顔を見せた後、すぐに笑顔になって、
「だから、翼くんと都ちゃんが退妖部隊に入るって言ってくれて、ゆーくんもせーくんも、すごく喜んでくれていると思うの。」
そうなんだ…。凜桜さんたちも大変なんだな…でも、
「好きな事とか、やらないんですか?」
「もちろん!やってるよ!いずれそれが何かは都ちゃんも翼くんもわかると思うな…」
凜桜さんはそういうと苦笑いした。やっと十階の出口にたどり着く。この外へ出る出口は“飛門(ひもん)”というらしい。
扉が開くと、床を思いっきり蹴って空に飛び出す。一気に下の地面まで落ちる。凜桜さんは上品にゆっくりと降りてくる。この下駄…スピード加減できるんだ…。
「速さの加減は、使っていくうちに慣れると思うよ。じゃあ一階から…まずは“隊服”を選びにいかないと…。楽しいよ~隊服選び!!」
「そうなんですか?!たのしみですね!!」
そんなことを話しながら一階を歩く。一階は床が土だった。…周りには暖簾(のれん)がかかった部屋ばかり。少しのぞいてみると、いろいろな着物や髪飾りがたくさん置いてあった。和風なショッピングモールのようなものだろうか。
急に凜桜さんが立ち止まる。目の前の部屋の上には“夜桜呉服店”と看板が掛けられていた。暖簾をくぐるとそこにはさっきのぞいた時に見たものとは比べ物にならないほど、綺麗なデザインの着物がたくさんあった。
「き、綺麗…凜桜さんこれって…」
「そう。隊服は“着物と袴”なの。ゆーくんもせーくんも、私も、学校から移動してきてからいろいろ忙しくて今は制服だけどね。」
「なるほど…袴姿の凜桜さん…さぞ綺麗でしょうね。」
「ええっ?!いきなり何を言うの都ちゃん!!」
そうしてお店の中で談笑していると、お店の奥から一人の男性が出てきた。
「お、凜桜ではないか。今度はどのような隊服を?」
この人…誰だろう。
#32~Miyako~
「あ、しーさん!!今日は後輩ができたから…この子、都ちゃんに合う隊服、ありませんか?」
「こらこら・・・また、“しーさん”なのか?…君が都か。凜桜を助けてくれたこと、礼を言う。君の瞳には、たくさんの“闘い”が映っている。…サッカーか。それでは、お前に似合いそうなものをいくつか持って来よう。」
“しーさん”と呼ばれた人物は私の目をまじまじとのぞいた後、店の奥へと入って行った。
「都ちゃん、この階はね、桜天界で生活していく上で必要なものを売っている場所なの。“小さいデパート”のようなものだと考えてもらえればいいかな。このお店は私が桜天界に生まれたときからずっとお世話になっているお店なの。
あ、でもね、ここのお店はひと月に一度しか売りに来ないから…ここからだと少し時間がかかるけど、“夜桜街”に行ってね。文房具とか、そういう小さなものは九階に売ってるから。」
「わかりました。」
今日がその“月に一度”の日だったんだ…私ってタイミングいいのかな。
十五分ほど凜桜さんとそんな話をしていると、しーさんが出てきて、目の前の大きな机に三着の着物を持ってきた。
一着目は朱色の布地に紅い曼珠沙華の模様。二着目は水色の布地の背中の部分に小さく三つの向日葵が描かれたもの。そして三着目は、深い紺色の布地に…咲き乱れる夜桜。向日葵・・・綺麗だな。
「そうか…お前はこの“向日葵”が気に入ったか…」
「はい…私の苗字が“葵久”で向日葵の“葵”が入っているので…ってなんでわかったんですか?!」
「都ちゃん、しーさんはね、人の目に映っているものがわかるんだよ!すごいよね!!」
確かに…ちょっとうらやましいな。
「す、すごくはないが…時に凛、この向日葵の着物。少し値が張るのだが…お前が今から少しだけ大人しくしていたら…割引してやらんこともない。」
「?わかりまし・・・うわっ!」
急にしーさんが凜桜さんを抱きしめた。…と思ったらすぐに体を離して、
「よし、これでまたひと月商売をがんばれそうだ。では凜、八十銭いただくぞ。」
「はっはちじゅっ…!?はい、どうぞ。」
凜桜さんがびっくりした顔をして大量の銀のコインのようなものを渡すと、私にさっき選んだ服がきれいに畳まれて飛んでくる。そして凛桜さんは出口に向かい、こういった。
「さて、次は二階。とりあえず、着替えないと…ねっ!」
#33~Tsubasa~
「ここ、飛び降りるんですよね。よっ…と。」
そっと地面に着地しようとするも、失敗してしまい、転びそうになる。そこを誠也さんが支えてくれる。
「大丈夫?ちょっと時間が押してるな…じゃあまずは隊服を買いに行こう。悠もそれでいい?」
「ん?ああ、いいぜー。じゃ、行くか。」
そう言って歩く事一〇分ほど。目の前には“夜桜呉服店”と看板が掛けられた店のようなものが佇んでいる。暖簾をくぐってはいると、悠也さんが声をかける。
「失礼しまーす、慎さんいますか?」
「ああ…どうした、悠。お前も後輩の隊服を買いに来たのか?」
「お前“も”って・・・前に誰か来たんですか?」
「凜と、都という強そうな娘がきたぞ。あれは将来が有望だな。凜が、“このあとゆーくんたちがくる”と言っていたから、隊服、準備しておいたぞ。この中から気に入ったものを選ぶといい。」
目の前には三着の着物。一つ目は赤い布地に紅い曼珠沙華。それに金粉がまぶされている。二つ目は黒い布地に赤と黄色が映える椿の花。三着目は、水色から青緑色のグラデーションに、ひらひらと舞う桜の花びらだ。どれもきれいで、正直迷う。
「今は一着しか持てないとしても、自分で給与をためてほかの隊服を買うことだってできる。と言っても、ここら一帯の店は月に一度しか開かないがな。もしそれまで待てないというなら…その時は夜桜街に降りてくれば良い。」
なるほど…
「じゃあ俺は…この水色の着物がいいです。」
「そうか…では悠、百銭頂くぞ。」
「は?!百銭?!経費で落ちるっつっても手持ちが八十銭しかねえよ!!」
銭(せん)…一銭でこっちの世界だといくらなんだろう…。誠也さんが口を開く。
「落ち着いて、悠。僕も手持ちは八十銭だ。互いに五十銭出せばとりあえず三十銭残るだろう?」
「そ、そうだな。じゃあこれでいいか?慎さん。」
「ああ、確かにいただいた。翼、また来てくれ。この二着は残しておこう。」
慎さんは着物を俺に渡し、そういった。」
「ありがとうございます!!絶対来ます!」
「よし、じゃあさっそく着替えようか、翼くん。僕たちも着替えないと…」
#34~Miyako~
「あら~!!似合ってる!!都ちゃん。可愛い以上に、格好いい…♡」
「そっそんなことないです!!可愛くなんか…!!」
「かわいい!自信持って!ほらいくよっ!!」
今私は二階の大きな大きな更衣室で、制服から先ほどもらった着物と袴に着替えていた。二階はすべて更衣室だそうだ。そして凛桜さんは私に教科書くらいの大きさをした青緑色のポーチを渡した。
「これは私からの入隊祝い。この中には足袋(たび)、簪(かんざし)、ヘアゴム、白手袋、襷(たすき)、鉢巻が入っているの。ヘアゴムは桜天界では使えないから…学校で使ってくれるとうれしいな。桜天界では簪を使ってね。襷は暑いときに使うかな…袖が邪魔なときとかね。鉢巻は武器を使うときは必須。戦闘能力を上げるものだから。常時必ず身につける物は、足袋と手袋かな。都ちゃんや私は髪が長いから、簪もだね。」
「結構大事なものばかりはいっていますね…」
凜桜さんからもらったポーチ…大切にしよう。
「じゃあ…ここから上は結構いろいろとすごいから…足袋に履き替えて手袋付けようか。」
「…?分かりました。よいしょ…っと。はい、付けました。」
隣にある大きな鏡を見ると、私は別人のような格好になっている。この服で、これから仕事していくのか…。
ちょっとわくわくしてきた。でもそれ以上に、凜桜さんの隊服が、可愛い。
凜桜さんの隊服は、桜色の着物に紺色の袴。私は水色の布地に向日葵が描かれた着物に深い緑色の袴。
凜桜さんをじっと見ていると、いつの間にか私たちの周りには人だかりが出来ていた。
「あら、新人さん?可愛いわねぇ。」 「初々しいわ~!」 「どこの配属になったのかしら?」 「凜さんとは別の美しさをお持ちね。」
「えっあっあの…」
突然の出来事に困惑する。すると凜桜さんは私の手を引いて、出口へと歩いていく。
「すいません、お姉さま達…彼女は後程紹介いたしますので!!!」
外へなんとかして出ると、少し息を切らせた凜桜さんは言う。
「さ、上へ行こう…三階は…少しカットして四・五・六階は一気に回ろうか…大丈夫?」
「だ、大丈夫です…」
「ふふっ・・・さすがはサッカー部のエースね。本当に頼もしいわ。」
「凜桜さん…私のこと知っていたんですか?!」
びっくりだ。まさか凜桜さんが私の事を知っていたなんて…恐れ多すぎる。
「あたりまえじゃない!!私を誰だと思っているの?都ちゃん。私は…桜舞会会長よ?生徒の事すら把握できないなんて、そんなこと…有り得ないわ。」
「そ、そうですよね…それにしてもすごいです、凜桜さん。」
微笑みながら一体凜桜さんは自信に充ち溢れすぎていて怖かった…。
#35~Tsubasa~
「お~っ!格好良くなったじゃん翼!!都ちゃんも喜ぶんじゃない?」
「そっ、そんなことないですよ…都だってそういうこと言ってくれる奴じゃないし…」
今俺は更衣室を出て、外で待ってくれていた誠也さんと悠也さんと合流して、廊下を歩いている。
さっき、水色のポーチと着物、袴をもらった。ポーチには、手袋、足袋、襷、鉢巻が入っていた。
着物はさっき夜桜呉服店で買ってもらった着物。袴は本部からの支給品だそうだ。紺色の織り目がついた、綺麗な袴。ふと城の外、テラスのようなところに出る。
「よし、三階すっ飛ばして四・五・六階一気に行くぞー。つか、飛ぶぞー。」
「はーい・・・よっと!」
あっ…二人とも今度は外へ出て上に飛んでしまった…。急いで追いかけないと!!
「待ってください―!!…結構これ疲れる。」
三階を飛ばして四階まで上がったせいか、少し息が切れてしまった…。二人はそんな俺を見て少し笑いながら目の前の襖を開ける。
…そこには、いろいろな人たちが休んでいた。15畳ほどの部屋がずらーっと並んでいる。
それぞれの部屋の襖には、『左京班』や『右京班』、『斑鳩(いかるが)班』と書かれた札が並んでいる。
それを通り過ぎるとその裏にはもっと広い、和風なフードコートのようなものがあった。
「翼くん、ここで何か好きなもの、一つだけ選んでいいよ。お腹すいているだろうし…でも、凜ちゃんが多分晩御飯を作ってくれるから、一つだけ、ね。」
「!!凜桜さんの、ごはん…!」
「美味しいぞ…凜の作る飯。この世…桜天界一だな。腹空かしとけよ、翼!!」
「じゃあ…今はやめておきます!!」
「わかった。じゃあ五階と六階は武道場だから、行ってみようか。」
「はい!!」
そう言って五階と六階へは今度は階段で向かった。どうやら屋外の飲食所が混んでいたからだそうだ。
五階は剣術と武術を磨き、六階は弓道の腕を磨く武道場だった。俺はしばらく悠也さんと夢斗さんに剣術を教わることになるそうだ。
色々な人が色々な武器を使って練習している。俺も、ここで頑張らないと…。
「よし、じゃあ七階行くか!!」
「七階は…静かに、ね。」
#36~Miyako~
凜桜さんが自信に充ち溢れた微笑みを見せてから数分後、私たちは五・六階にある武道場を回って、今は七階に上がってきたところだった。ここは…。
「ここは学場(がくば)。戦うためには作戦が必要だし、治癒だって薬品を調合するには計算とかができないといけない。創者達も、もじをっけなければいけない。計算はもちろんの事ね。だから、本部にはこういった学習の場も設けられているの。一つの部屋には大体15人程度がすっぽり収まるくらいかな。」
その15人が収まるくらいの部屋が見渡す限りでは20はあるだろう。なんでここ、こんなに広いの…?」
「私たちが勉強するような…数学とか科学とかもやるんですか?」
「そうだね。寧ろここでやることの方が難しいかな…。因みに都ちゃん、この前の期末テスト…10教科、千点満点で難点だった?」
うっ…聞かれたくないこと第一位…。"テストの結果"
「…364点です。」
凜桜さんはそれを聞いて微笑んだまま何も言わなかった。少しの間が開いて、自分の耳に手を当て、何かを言っている。
「…うん…だから…お願い…」
すべては聞こえなかったが、桜紋で何かのやり取りをしているようだった。耳から手を離すとこちらを向いて、
「…都ちゃん。この夏休み、覚悟しておいた方がいかも。」
「…といいますと?」
急に静寂が訪れる。この階はもともと静かだったが、それとは別の静けさ。
「ここでは、作戦や計算、文字、調合などの勉強をするって言ったよね?その勉強は、実は学校…人間界での"応用"と呼ばれる難易度がこちらの世界の"標準"になっているの。」
「…それって、結構私やばくないですか?」
私、標準解くので精いっぱいなのに…
「そうね…今のままだとかなり危ないわ。とりあえずそれについては十階に戻ったら話そうか。」
「はい…。」
「そんなに落ち込まないで!!絶対、大丈夫だから。」
そう言ってくれる凜桜さん…もう本当に…
「女神…」
「もう、何言ってるの都ちゃんっ!!私はどこにでもいるような女の子だよ…ほめすぎ。と、とりあえず八階行こう!」
照れて慌てふためいてる凜桜さん…かわいすぎるっ!!
#37~Miyako~
「ここ、都ちゃんに一番見せたかったんだ。私の仕事場。」
「は、はぁ…」
ここ・・・今までで一番不思議な感じがする。だって…
「なんで・・・こんなに引き出しがあるんですか?」
この階の広さは七階より少し狭い…といっても普通の城の七倍はあると思うけど。
そこの壁には、五メートル弱の大きな棚があるのだ。その棚は、二十センチ四方の引き出しが数えきれないほど収納されている。
「ここでは薬や栄養剤、まれに調味料を調合したり、研究したりするのよ。都ちゃん、ここに来た時におそばを食べたでしょう?あれは蘭に手伝ってもらって私が作ったものなんだけど…実はあの中にも都ちゃんの回復を早くする素材が入っていたの。」
「へー…ってまさか、一人一人のカルテみたいなものがあって、それに合わせて薬を調合したりとかしてないですよね?!」
「桜天界の人に治療をするときは資料を見て調合するよ!都ちゃんは資料がなかったから傷の種類と程度で見分けさせてもらったけどね。」
す、すごい…凜桜さんは驚異の記憶力を持っているに違いない。
「凜お姉ちゃぁぁぁぁぁん!!」
急に凜桜さんに抱きつく小さい女の子…蘭ちゃんだ!
「あらあら…急に抱き着くなんて、どうしたの?蘭。それより宿題は終わったの?」
「うん!夢さんがまる付けしてくれて、『おわり』って!蓮くんはまだ…」
「そうなんだ…蘭、頑張ったね。もしよかったら一緒に本部を回らない?」
凜桜さんがそう提案すると蘭ちゃんは目をキラキラと輝かせた。
「いいの?!都お姉ちゃん、私もいいですか…?」
か、可愛い…思わず私は蘭ちゃんを肩車する。
「勿論!!一緒に案内してね、蘭ちゃん!!」
「うん!これ、たかーい!!」
ピーッピーッピーッ…桜紋の音が聞こえた。凜桜さんと蘭ちゃんは耳に注意を傾ける。
そして、凜桜さんが一言。
「都ちゃん、桜紋ができたから会議室に来いだって!!いこうか!」
「はい!!」
#38~Tsubasa~
「最後は飛べてよかった…」
俺は今十階にいて、悠也さんと誠也さんと一緒に会議室の前まで来ていた。
ノックをして三人で入ると、そこには既に夢斗さんと曖斗さん、隊服に着替えた都と凜桜さん、蘭ちゃんと蓮くんがいた。
「よし、全員そろったな。話を始める。そこに座れ。」
夢斗さんから指示が出される。先ほどの畳の部屋の奥を指さしている。奥へと進むと、そこだけテラスのようになっていて、窓も壁もないその場所からは、そよ風に揺らされた夜桜が花びらをひらひらと飛ばしていた。
そこにある椅子に全員腰かけ、前にあるホワイトボードに目線を向けた。左側の椅子にはボード側から都、凜桜さん、蘭ちゃん、蓮くん。ボードを挟んで右側は、ボード側から俺、曖斗さん、悠也さん、誠也さんが座っている。ボードには『桜天界での規則について』ときれいな文字で縦書きされている。俺と都には一冊の冊子が配られた。
「さて、説明するぞ。曖以外の奴らも再確認しておけ。」
「こっこれ・・・まさかぜんぶおぼえるんですか?!」
「あたりまえだ。蘭や連にだって覚えられたんだ。お前らも早く覚えないと、後々苦しいぞ。」
そこにはたくさんの項目があった。生活習慣の規則について、これから桜天界で受ける授業の時間割について。
そして、基本事項について…ん?
"桜天界での二十四時間は、人間界での一時間となる"
…学校から桜天界に向かったのが十二時半くらい。こっちに来た時もお昼の十二時くらいだった。それから四時間ほど立ったってことは一日の六分の一が過ぎたってこと。つまり向こうでは一時間の六分の一しかたっていないということになる。
「…ってことは今人間界では十二時四十分くらいってことなのか…?」
「目の付け所がいいな、翼。そう、桜天界で今から七日間泊まったとしても、向こうでは終業式の日の夜七時過ぎってところだ。こっちで二十四分たつと、向こうで一分たつような感覚だ。それ故こっちの世界は一か月が二十四日で構成されている。」
曖斗さんがほめてくれた。ふと夢斗さんが懐から小さな箱を二つだし、それぞれ俺と都に渡す。開くと中には桜紋が入っていた。真ん中には"宮"の文字。夢さんは言う。
「翼は"宮(みや)"、都は"葵(あおい)"という文字が彫られているだろう。冊子にも書かれているが、袴を着用している間…すなわち"職務中"はお互いを桜紋に彫られている名前で呼ぶのが規則だ。俺は夢。そして、曖、悠、誠、凜、蘭、蓮だ。」
「わ、わかりました…頑張りますっ!」
都がそういうと、夢さんは微笑んで、
「よし、そうと決まれば…風呂だ。お前ら、今日は"十二日"…急げ。各自一旦部屋に戻り、五時半に"第四浴場"に集合しろ。」
桜天界下ニテ