SS18 夕焼け -北風と太陽、再び-

北風はリベンジを誓い、太陽にちょいとズルい勝負を仕掛けた。

「よう、太陽。待ってたぜ」
「なんだ、北風か……」こちらを向いた太陽は渋い面を隠しもしない。「何か用かい?」
 奴と顔を合わせるのは、通りすがりの男のコートを脱がせようと競ったあの時以来。敗北を経てリベンジを誓った俺は、ずっとその機会を窺っていた。
「見なよ、山火事だ。今度はこいつで勝負といかないか?」
「勝負? もしやあれを消そうっていうのかい?」
「その通り。どうだ? 前回はちょいと調子が悪かったんでね」
「ほう」と声を上げた太陽の目が細くなる。
「負けるのが嫌なら、別に受けなくたっていいんだぜ」俺は挑発するように口元を上げた。
「随分自信があるんだな。何やら秘策もありそうだ」
「さあな。それよりやるのか、やらないのか、どっちなんだ?」
「やるさ」
「よしよし、そうでなきゃ太陽の名がすたるってもんだ」
 どっちが先にやる? 俺は余裕を見せ付けた。
 しかし奴の視線は草木の焼けた咽ぶ臭いと細かな灰が立ち込める灼熱の地上へと向けられた。
 山の中腹辺りではもうもうと立ち上る白煙に向かって、人間が送り出したヘリコプターとやらが盛んに水を落としているが、あまり効果はないようだ。
 なぜなら大きな飛沫が弾けた傍から炎がちらりと顔を出し、新たな獲物を求めて触手を伸ばす、そんな様子が見て取れた。
「それじゃ、先にやらせてもらおうか」
「了解だ。なら、早速どうぞ」
 斯くして勝負は始まった。
 バカな奴だ。俺は心の中でほくそ笑む。
 じりじりと地面を焦がすしか能がないあいつに火事なんか消せるわけがない。どんなに暑くなろうとも山は服を脱がないし、汗だってかきゃしないんだから。 
「どうした? 火の勢いが衰えてるようには見えないが」
 案の定、いくら光を浴びせたところで何の変化も見られない。急激に気温が上がったせいで、陽炎がゆらゆら揺らめくだけだ。
 一方、俺の戦法は冷たい風を吹き下ろして火勢を削ごうというもの。多少延焼区域は広がるかもしれないが、風向きをコントロールすることで封じられると考えた。
 それでもうまくいかない場合に備え、山頂にある火口湖の水を風圧で押し出す最終手段も用意してある。
 山火事は偶然起きたものだから、当然すべては一発勝負。それが唯一不安材料ではあるものの、例えすべてが失敗してもこれなら絶対負けはない。
 俺には早くも勝利が見えた。 
「少し手を貸してやろうか?」あまりに必死な奴の姿をからかって、冗談交じりに口を出す。
「じゃあ、頼もうかな」
「……おいおい」それじゃ勝負にならないじゃねぇか。
 一瞬呆気に取られて怯んだものの、言い出したのが自分だけに拒むのもどうかと考える。
 つまり事実上の白旗か。
 仕方なく俺は冷たいを空気を吹き出した。
 途端に燃え盛る炎がゆらりと揺れて、見えない空気を染めた白煙が炭化した木々の合間を縫って風下へと流れ出す。
 太陽の睨み付けるような視線を感じながら、俺は作戦通りに位置を変え、凍るような冷気を浴びせ続けた。
 それでもなかなか火の勢いは衰えない。消えたかと思うと、またすぐに同じ場所から火の手が上がる、いたちごっこが繰り返された。
「どうした? 君は本当に口ばかりだな」今度は太陽が嘲笑う。
 クソ! こんなはずじゃなかったのに……。
 俺はついに最終手段を試みた。しかしこちらも水面が波立つばかりで溢れ出すには至らない。予想以上に高い壁に阻まれて、水が乗り越えられない為だった。
 すでにアイデアは尽き果てた。俺は焦りを隠せなくなっていた。
「おい、北風。風の向きを変えてみろ。地上じゃなくて、上空に冷たい風を流すんだ」
「何を戯言を……。そんなことしてなんになる?」
「いいから騙されたと思ってやってみろ」
 癪ではあったが、俺は渋々ながら言われた通りに従った。
 するとどうだ? しばらくするともくもくと積乱雲が発生し、三度の稲光の後で雨粒がぽつりと地上に落ちた。
 すぐに数を増やした雨粒たちは、視界不良になるほどの豪雨となって降り注ぐ。
「知ってるかい? 暖かい空気の上に冷たい空気が流れ込むと上昇気流が発生する。温度差が大きければ大きいほど急激に積乱雲が発達するんだよ」
 あれほど燃え盛っていた山肌は雨に打たれてみるみる黒く変色し、炎の赤は消え、細くなった白煙があちらこちらから立ち上る。
「どうやらほとんど鎮火したみたいだね。つまり君の勝ちだということだ」雷雲が途切れて薄日が射すと、太陽の顔がちらりと見えた。
 俺の勝ち? これじゃとても勝ったとはいえない。むしろあいつに勝利を譲られたみたいじゃないか。
 案の定、潔く負けを認めた太陽に悔しさは微塵も見られない。それどころかその顔には安堵の笑みすら浮かんでいた。
 あいつが先手を取ったのは考えあってのことだった。つまり初めからこうなると予想していたわけだ。
 こんな屈辱があるか? 
 俺はあいつの掌の上で踊らされていただけじゃないか。

 しかし冷たい北風が熱くなって上昇し、嫌味のひとつもぶつけようと凄んだ時には、太陽は山陰に沈んで消えていた。

SS18 夕焼け -北風と太陽、再び-

SS18 夕焼け -北風と太陽、再び-

北風はリベンジを誓い、太陽にちょいとズルい勝負を仕掛けた。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-18

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