おじょうさまのお友だち

絵本のような作品を書きました。

 あるお屋敷に、それはかわいらしいおじょうさまが住んでいました。腰までまっすぐ伸びる黒髪に、くりくりした目、筋の通った鼻、ほんのり赤く染まった頬。それはまるでお人形のようです。おじょうさまは賢いお父さまと、品のあるお母さまとなに不自由なく暮らしていました。しかし、おじょうさまにはお友だちがいません。同じ年頃の女の子に話しかけても、大人に引き離されてしまいます。
「遊びましょう」
「いいよ。何して遊ぶ?」
「こら、おじょうさまが怪我をしたらどうするの? こっち来なさい」
 毎日この繰り返しです。おじょうさまはフリルやリボンをふんだんに使ったお召し物を着ていますが、周りにおじょうさまと同じような服を着た人はいません。皆茶色のつぎはぎの服を着ています。
 雲ひとつない、まぶしい晴れの日でも、おじょうさまはお屋敷の中ですごします。今日は唯一のお友だち、お人形のジョアンナとおままごとです。おじょうさまが母親役で、ジョアンナが子ども役です。
「ジョアンナ、朝よ」
『おはようございます、お母さま』
「きれいな髪をすいて、顔を洗いましょうね」
そういうと、おじょうさまは小さなくしでジョアンナの髪をすきます。ジョアンナはおじょうさまとお召し物は似ていますが、髪はふわふわしていて、クリーム色をしています。目の色も茶色のおじょうさまとは違い、空と同じ青色です。
「さあ、できたわよ。朝ごはんにしましょう」
『いただきます』
「今日の紅茶はダージリンにしてみたのよ」
『いい香り。お母さまは本当に紅茶を淹れるの、お上手なのね。私もお母さまみたいになりたいな』
 おじょうさまは抱えていたジョアンナをももの上に置きました。なんだか悲しくなってきてしまいました。そしてこう言いました。
「私も、お友だちとお外で遊びたいな」
 そうしているうちに夜が来て、おじょうさまはベッドの中で静かに眠りました。そのとき、胸に抱いていたジョアンナにひとしずくの涙が落ちました。
 次の日、おじょうさまが目を覚ますと、ジョアンナがいなくなっていました。おじょうさまは飛び起き、あたりをきょろきょろ見渡しました。すると、部屋の中に女の子がいました。その姿はまるでジョアンナみたいでした。
「おはようございます、お母さま」
「ジョアンナ?」
「はい、お母さま」
 おじょうさまは驚いて、開いた口がふさがりません。
「お母さま、早く朝ごはんを食べて遊びましょう」
 ジョアンナはおじょうさまの手をとり、ベッドからおじょうさまを出しました。おじょうさまはまだ目の前にいる女の子がジョアンナだということが、信じられませんでした。昨日までお人形だったのですから。
「いただきます」
 長いテーブルに食べきれないほどたくさんの料理が並べられています。お父さまとお母さまとおじょうさまと、ジョアンナで料理を囲み、食事をとります。三人がナイフとフォークを走らせる中、ジョアンナは食べ物にまったく手をつけません。
「ジョアンナ、遠慮しないでたくさん食べていいのよ」
 おかあさまが心配なさって、ジョアンナに話しかけます。
「ありがとうございます、お母さま。ですが私は今日、おなかがいっぱいでたべられないのです」
「そうなの。でも無理しちゃだめよ」
 ジョアンナは結局何も食べませんでした。それでも食事の時間、ずっと笑っていました。
「お母さま、今日はなにして遊びますか?」
 食事の間から出ると、ジョアンナはおじょうさまに話しかけます。さっきまでずっとおじょうさまとお話ししたくて仕方ない様子でしたので、しっぽを振る子犬のような表情でおじょうさまと接します。
「そうね、せっかくだから、お外で遊びましょう」
 おじょうさまとジョアンナは、自分たちより何十倍も大きい扉を開け、外に出ました。その様子を偶然見かけたお母さまは、
「気をつけるのよ」
とほほえみました。
 おじょうさまのお屋敷の前には、とても広いお庭があります。何百種類の草花が咲き、色とりどりのお花畑をつくっています。毎日庭師のおじさまが手入れをしていて、きれいなお庭を保っています。
「庭師のおじさま、おはようございます」
 はしごに登っているおじさまに話しかけます。
「おや、これはおじょうさま、おはようございます。今日はお友だちとお庭遊びですか」
「ジョアンナっていうの」
「それは気をつけていってらっしゃいませ。今はバラの園が満開できれいですよ」
「ありがとうございます、おじさま。ジョアンナ、行きましょう」
「はい」
 ジョアンナは元気に返事をしました。おじょうさまはジョアンナの手をとり、バラの園のほうへ走っていきます。庭師のおじさまの言うとおり、バラが満開に咲き乱れています。お庭の様子はまるでバラの迷路のようでした。二人は手をつなぎ、ひとつひとつの花を見ながら、お庭を歩いていきます。お庭の近くに、シロツメクサが辺り一面咲いていました。それは雪景色のようでした。
「お母さま、はなかんむりをつくりましょう」
 そういうと、ジョアンナはしゃがんでシロツメクサを摘みはじめました。おじょうさまはジョアンナの姿を、少し遠くで苦い顔で見ていました。というのも、ここはいつも町の女の子たちの遊び場だったのです。おじょうさまが仲間に入れてもらおうとすると、大人たちが女の子たちを連れて行ってしまうのです。影でこちらの様子を見ている女の子たちを見つけました。いつもここで遊んでいる子たちでした。おじょうさまが、ジョアンナに帰ろうと言おうと口を開きかけるところでした。
「そんなところで見ていないで、一緒に遊びましょう」
 ジョアンナは笑ってかのじょたちに手招きしました。すると、かのじょたちは喜んで、走ってきました。
「お母さまもそこで立ってないで、一緒に遊びましょう」
 ジョアンナだけでなく、女の子たちもおじょうさまに笑顔で手招きします。おじょうさまはあまりの嬉しさに、満面の笑みを浮かべました。花畑にしゃがんで、一緒にシロツメクサを摘みました。はなかんむりや髪飾り、ゆびわなど、たくさんのアクセサリーを作ってはお互いにつけあいました。ジョアンナは不器用なのか知らないのか、うまく作ることができなかったので、みんなで手伝いながら作りました。女の子たちは、たちまちシロツメクサの王女さまに変身しました。自分たちのだけではもの足りず、お母さまの分も作りました。あまりにも夢中になりすぎて、庭師のおじさまに呼ばれるまでずっとお庭で遊んでいました。その頃にはおてんとうさまが低い位置であたりを赤く染めていました。
「また遊びましょう」
「うん、またね」
 町の女の子たちに手を振りながら、おじょうさまとジョアンナはお屋敷に帰りました。お屋敷では食事の用意ができていました。
「いただきます」
 おじょうさまはお父さまとお母さまに、今日遊んだ女の子たちのお話をしました。
「それはよかったな」
「また一緒に遊べるといいわね」
 お父さまとお母さまはほほえみました。
「はい」
 おじょうさまも、溢れんばかりの笑みを浮かべました。ジョアンナも笑っていました。そして夕食も手をつけませんでした。食事が終わり、食事の間から出るときでした。
「お母さま、これ、今日作ったアクセサリーです」
 おじょうさまとジョアンナは、お母さまにネックレスとゆびわをつけました。
「まあ、ありがとう。とてもきれいね」
 お母さまは少女のように笑い、お父さまのところに行って自慢をしていました。その様子を見ておじょうさまは、今度はお父さまにプレゼントをあげようと思いました。
 寝室に戻ると、おじょうさまとジョアンナはひとつのベッドに一緒にはいりました。
「今日は楽しかったですね、お母さま」
「そうね、また明日もいっぱい遊びましょう」
「もちろん」
 ジョアンナはおじょうさまに笑いかけました。
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさい、お母さま」
 おじょうさまは久しぶりにいっぱい遊んで疲れていました。お月さまに見守られながら、ぐっすり眠りました。そのとき、少し寂しげな表情を浮かべたジョアンナがいたような気がしましたが、眠たさが勝ってしまいました。
 朝起きると、ジョアンナはおじょうさまの胸に抱かれていました。
「あれ、ジョアンナ」
 ジョアンナを抱きしめながら、パジャマのまま寝室を飛び出しました。お屋敷中を走って、お母さまを見つけました。
「お母さま、ジョアンナはどこへ行ったの」
「どうしたの。ジョアンナはそこにいるじゃない」
 お母さまは、おじょうさまが抱いているお人形を指差しました。ジョアンナは、人形に戻っていたのです。そして、女の子だったジョアンナの記憶はおじょうさましかありませんでした。
「おじょうさま、お友だちがお呼びですよ」
 メイドがおじょうさまのところに来ました。ジョアンナを抱きながら玄関に向かうと、昨日一緒に遊んだ女の子たちが来ていました。
「一緒に遊びましょう」
 笑いながらおじょうさまに言いました。おじょうさまは一瞬びっくりしましたが、すぐに笑顔になりました。
「ちょっと待ってくださいね。すぐに着替えて、朝ごはんを食べるから」
 おじょうさまは走って寝室に戻り、お召し物に着替え、大慌てで食事をとり、すぐに玄関に行きました。そしてやさしいお父さまとお母さまに見送られながら、女の子たちとジョアンナと一緒に外に遊びに行きました。

終わり

おじょうさまのお友だち

初めてハッピーエンドを書きました。
王道を突き進んだ作品ですが、個人的には好きな展開です。

おじょうさまのお友だち

あるお屋敷にかわいらしいおじょうさまが住んでいました。 なに不自由暮らしていますが、おじょうさまにはお友だちがいません。 ある日目が覚めると、大好きなお人形に異変が起きたのです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-18

Copyrighted
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