知らんぷりの海
「お姉ちゃん、背比べしよう」
「いいけど、私に勝つなんて百万年早いよ」
二人は笑いながら海を見つめている。毎年家族四人で訪れていたこの海を。
「お姉ちゃん、本当にお父さんの所に行くの?私、お姉ちゃんとずっと一緒にいたい。お母さんと私とお姉ちゃんの三人がいい」
「私がお母さんの所に行ったらお父さん一人になるじゃない。どうしようもない頼りないお父さんだけど、一人は可哀想じゃない?」
「だけど…」
二人は黙り込んだ。もうこの海に家族四人で訪れる事は出来ない…小さな心が押しつぶされそうになっているのに、海は知らんぷりで穏やかな波のメロディを奏でるだけ。
「私には使命があるからね」
「使命って何?」
「お母さんとお父さんを繋げる事。私がお父さんについて行ったら、お母さんとお父さんをまた会わせる事が出来るかもしれないじゃない?二人がまた仲良くなれるかもしれない」
「本当に?」
「うん、私頑張るからあんたも頑張るのよ。私がいなくても朝ちゃんと起きて、ニンジンも残さず食べるんだよ。宿題もちゃんとやって、泣いてお母さんを困らせたらダメだよ」
「…頑張ってみる…」
「よーし、お母さんの所まで競争!」
「お姉ちゃん、待ってよ!」
涙を見せたくなくて二人は思い切り駆け出した。二人の涙の雫がキラキラと波打ち際に零れ落ちても海は知らんぷりで優しい波のメロディを奏でながら、二人の涙を優しくそっと海に帰すだけ。
またね、きっとまた。
知らんぷりの海