practice(112)



百十二




 長いチョークぐらい,だと思った炭を指で挟んで座ったまま見渡せる中で平らな面の岩肌に向かった絵描きは,がりがりとさせながら手足を描いた。伸ばすところを硬くぎこちなく折り返して手の平の親指のあるところ,そして履いている靴の爪先の向きから左と右の区別が付いていく。何か持たせようか?と,描きながら話し合ってはみたけれどシャレが効いたものを思い浮かべる前に完成したから,それでいいやとした。太いとか,線が歪んで片方は手袋でもしていると思わせる,そういうぎこちない印象も野暮ったくていい。広大で地面で砂っぽいベッドに置かれて,すやすやと寝袋の簡単なスペースに入り込む前にしては十分である。絵描き本人は持っていた炭を腰掛けている岩と岩との間に落として,こすった指に息を吹きかけている。となると最後は本体を当て込むだけ,ランプは絵描きも持っている。
「完成前に,灯りを入れ直すとしよう。」
 そう言って立ち上がる絵描きは,かちゃかちゃと鳴っているように見えた。
 岩の裂け目に宵の輝き。
「そう言えば娘の話はしたかな?」
「いや,してないね。」
 絵描きはタネをランプに入れながら言う。
「今度,娘がイラスト集を出版するんだ。広告とかに使ったやつ。結構ゴテゴテなものもあって出来上がりはカラフルだった。」
「そうかい。今度,是非とも手に取らせてよ。」
「勿論。だから話してるんだ。」
 絵描きのランプの灯りはそうして新しくなって,絵描きは手足のところに近づいた。見渡せる中でも平らな岩肌とともに浮かんでくる。ぎこちなく,野暮ったい印象がいい。しかし近付き過ぎてランプの灯りがそれを見えなくする。だから絵描きに指示して,少し下がらせた。少し,いやもう少しと,宵が深くなるのに合わせながら絵描きの影も大きくなっている。動いて動いて,そうしてランプは立ち止まった。
 白いクラッカーの欠片を摘まんで,オッケーサインは送った。急いで取って付けたような手足には表情ぐらい,あとは付け足すべきところが見当たらなかった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-16

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