夏色~其々の色~
夏と色をテ-マにいくつか……拙いものですが読んででいただたなら幸いです。
私の好きな色~1~私の好きな色~クロ~
「悔しいなあ」
「ん……?」
隣りを歩いていた彼が怪訝そうな顔をした。
「悔しい……なあ……」
私は空を見上げて、もう一度呟いた。
まだ夏なんだと思う。夏のはずだ……なのに……
私の……彼の夏は今日、終わってしまった。
「まあ、そう言うなよ」
まるで何事も無かったかのように彼が言う。
「なんでそんなにアッサリ言えるのよ……悔しいとか……無いの?!」
ちょっと上目遣いで睨みつけてやる。
真っ黒に日焼けした顔。
砂と土で黒く汚れたユニホーム。
それは全部、彼が頑張ってきた証拠。
ずっとずっと頑張ってきた証拠……
今日だって一生懸命打って走って……それなのに……
悔しさがこみ上げてくる。
「なんで……負けちゃったのかな……」
判ってる。こんな事を言っても仕方が無い事なんだって事は……だけど……
「なんでって言われてもなぁ……」
彼が困ったように頭を掻きながら言う。
「多分、俺たちより相手の方が頑張ってたからじゃないか?」
「そんな理由?!」
「まあ、もう一回チャンスはあるんだ。次は、もっと頑張るだけさ」
悪びれもせずに彼はそう言って、私に微笑みかける。
真っ黒な顔に、白い歯が少し覗く……私が大好きな彼の笑顔……
「約束してよね!次は必ず……」
不意に私の体がひっぱられた。背中に彼の左手が回される。
「ちょっ……」
抱き締められた。そう気がついた時にはもう彼の胸の中だった。
「ありがとな」
頭を彼の右手が撫でる。
「ありがとうな……」
そっと囁くような優しい声。
「来年は必ず勝ってみせる……約束する」
「うん……うんっ!」
私の夏は黒。
日焼けした彼の顔と、汚れたユニホ-ムが私の夏。
ずっと一緒に居たい……私が大好きな夏の色。
夏色~2~私の好きな色~ソライロ~
この時期、俺の朝の日課は玄関先に置いた植木鉢に水をやる事。
「今日も咲いてるなぁ」
植木鉢には、アサガオの花が咲いている。
最初に植えたのは小学生の頃だったか……あの時は一鉢だけだったけど今は七鉢。
それは年月と同じ数……
毎年咲いてくれるアサガオ。
色は全部ソラの色。
俺の好きな色。
「おはよう。今日も朝顔、綺麗だね」
その声に緩みそうになる頬を必死に押さえる。
「おぅ。今日も朝練か?」
「そうだよ。今が一番練習できる時期だからね」
彼女が笑う。
きっと彼女は知らない。
「やっぱり朝顔は青いのが良いよね。夏って感じだし」
朝顔じゃなくてアサガオだって事……
「違うぞ。これはソライロアサガオってな……西洋朝顔なんだ。日本の朝顔とは少し違う」
俺は、チョンと花を揺らせて見せる。
「へ~詳しいんだね」
「伊達に毎年植えてないからな」
彼女は、やっぱり知らない
俺がソライロアサガオを植えてる意味を。
「時間良いのか?そろそろ走るハメになるぞ」
「あ!本当だ!それじゃ行って来るね!」
彼女は満足そうに笑い、大きく手を振って走りだした。。
「おう!気をつけてな」
俺は少しだけ手を振って彼女を見送った。
「さて……と」
なぁ……知ってるか?
朝顔の花言葉は「はかない恋」っていうんだぜ。
綺麗だけど、ちょっと悲しいよな?
だけど……ソライロアサガオのは少し違うんだ。
なんせ西洋朝顔。日本のじゃないからな……
いつかお前に伝えたいし判って欲しいんだ。
このソライロの意味と俺の気持ちを。
夏色~其々の色~シロイクモ~
「ふぁ……」
欠伸をしながら学校へと向う。
いつもと同じ変わらない朝の風景。夏特有の大きな雲と空。
通いなれた道…俺と同じ制服を着た人間が何人も歩いている……代わり映えのない見慣れた景色…
(学校、いきたくねえなぁ……)
休みたい理由なんか『ダルイ』か『カッタルイ』しか無いんだが、それでも休めるものなら休みたい……
『頑張ろう』ってのが無いのがダメだとは判ってるんだけどさ……
校舎へと向かう道。ざわめきというか喧騒……くだらない会話を聞きながら学校へと向かう… …
タッタッ……
背中から、軽やかな足音が聞こえてくる。
(朝から元気なヤツもいるもんだな)
ぼんやりとそんなことを思いつつ、ノタノタ歩いていく。
「おはようっ!」
元気な声……
追い抜きざまに、ポンと肩を叩かれる。
「お……おう?!」
俺がそんなギコチナイ声を出した時、もう彼女の背中が見えていた。
勢い良く走っていく彼女には、タイミングをはずした挨拶。
(……おはよう)
小さくなっていく彼女に、そう胸の中で挨拶をする。面と向ってだと多分言えない挨拶…
聞こえないはずの挨拶…
だけど……
彼女は、まるで俺の声が聞こえたかのように、クルっと振り返り…
「藤谷君!!今日も頑張ろうね!!」
そう大きな声で言いながら手を振った。
ドキッとしたけど……俺もつられて、少しだけ手を振った。
「お……おう……」
彼女は満足そうに笑い、もう一度大きく手を振って…そして、走っていった。
(………)
俺は振っていた右手を、じっと見た。
「ったく……」
そう小さく呟いて、俺も学校へと歩いていく。
校舎の上には白い雲……
(やれやれ……なんだろうけど……)
もくもくと大きくなる雲……同じように膨らむ俺の気持ち……
「頑張る……っかな……」
どこにでもある、ほんの些細な事。
だけど……
『頑張ろう』が増えた。
見上げれば青い空に白い雲。
(やれやれだ……)
そんな気持ちもあるけれど、それ以上に俺には……
だから……
俺の足はさっきより、ずっと軽くなっていた。
夏色~其々の色~
夏に思いついた物をいくつか連作に……いかがでしたでしょうか?