走、いや、爽

 いつからであろうか。ちいさな雨粒が顔をかすめる。チッチッとちいさく音を立てて。いつからであろうか。風が押し返してくる。ゴーゴーと耳すらも襲う。いつからであろうか。心臓が痛い。ドドッドドッと痛めつける。いつからであろうか。追い抜かれていったのは。トットットと後ろから前へ。いつからであろうか。俺が走っているのは。わからない。わかりたくもない。

 子供のころから流れる風をきるのが大好きだった。なにもかも思い通りになるような気がしていた。自然すら自分が操っているような感覚におぼれていた。当然部活は陸上部に入った。思い通りにいかないことがたくさんある世界の中で陸上だけが、いや、走ることだけが味方だった。毎日ただひたすら走った。

 子供のころから病弱で走ることを許されなかった。なにもかもが思い通りにならなかった。世界に俺は操られているような感覚におぼれていた。当然陸上部に入ることは反対された。思い通りにいかなかった人生の中で陸上だけは、いや走ることだけはゆずれなかった。無断でただひたすら走った。

 いつからであろうか。俺の必至な姿に誰もが応援してくれるようになった。パチパチと拍手までして。いつからであろうか。風をきりながらいろんなことを考えるようになったのは。ヒュンヒュンと走馬灯が駆ける。いつからであろうか。いつからであろうか。

 いつからであろうか。雨粒が拍手する。チッチッと小さな音で。いつからであろうか。風をきって走っているのは。ゴーゴーと風をきる。いつからであろうか。心臓が応援している。ドドッドドッと太鼓をたたく。いつからであろうか。背中を見据えているのは。トットットと近づく。いつからであろうか。俺が走っているのは。わからない。

 「爽快」である。わかることはただ唯一だ。

走、いや、爽

走、いや、爽

風をきった少年の物語の断片

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-15

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