ソリッドクラウン

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日本海作戦

2089年12月23日午後6時28分 舞鶴軍港
私は凍えるような寒さとむせ返るような潮風を胸いっぱいに吸う。
内陸の人たちは海は汚染されてるから近づいたら死んじゃうとか言ってるけど、別にそんなことはない。
それに私たちは普通の人より死ににくいから問題はない。
なぜならば、三度目の世界大戦、そして超能力を求めた非合法的な実験の末に生まれた子供たち。
それが私たち――『成功した失敗作』だからだ。
私の母国であった日本において計画、実行された、核による汚染された環境下での活動などを視野に入れられた化け物。
人間の頂点に立つ存在だった。
しかし、度重なる戦闘。つぎつぎに減っていく仲間。実験によって生み出された人にすら成れなかったモノたち。
私たちの体は丈夫なはずなのに、次々と重く圧し掛かる心労は私たちの幼い心を壊していった。
そんなときに彼は現れた。

彼と出会ったのはほんの数週間前だった。
何の変哲もない戦闘。あまりにも一方的過ぎる戦闘を終えた私たちは密林の奥地を歩いていた。
どこの国かもわからず、ただ動くものを撃ち殺していく。
そのとき、私たちは二人しか残っていなっかた。
比較的、死んでいった周りの子達より、その子とは仲が良く、しゃべりながら歩いていた。
静かな森の中を歩いていた。異常なまでに、何も聞こえない森の中を。
鳥や虫たちの声も、人の気配もない。
おかしい、異常だ。余りにも静か過ぎる。
本部に報告するために無線機を取り出そうとしたとき、目の前に人がいた。
それが彼との名出会いだった。
日本人らしい顔、都会では変哲もないスーツ。それはここでは余りにも浮いていた。
小銃を向ける私たちを彼は見つめ、聞いてきた。
「君たちは人を殺したいのかい?」
私は答えた。
「私たちはこの一帯の人たちを殺す。それが任務」
それが当然の答えだ。今回の任務は国外に逃げた反政府派の殲滅。
「本当かい?」
隣の子が肯定と首を縦に振る。
「じゃあ、君たちはいつか用済みとなって殺されるかもね」
だって、と彼は続ける。
「君たちに外の国で殺しをさせる。それも政府に反対する者を。こんな危険なこと、しかも国の最重要機密で。
僕だったらそんなことはさせないよ」
「意味がわからない」
私たちは彼の話の続きが気になった。なぜ彼が私たちのことを知っているのか。
「政府に反対するものならば軍に殺させればいい、最重要機密の実験体なら実戦によってデータを得るにせよ、安全な自国でやった方がいい。
もし君たちのデータが他国に漏れたり、君たちが捕まってしまったら終わりだからね」
僕ならそうするね、と最後に付け加えた。
彼の言うことには一理ある。それに彼はいろいろと知っている。
そして、それ以上に自分たちが殺されるというのが怖かった。
今まで普通に行ってきた殺人。それがとてつもなくおぞましく、怖ろしいものだと思った。
遠くから火薬の炸裂音が聞こえる。
銃声だ。今まではいつも聞いていたそれにビクッと体が反応した。銃を握る手に汗がにじむ。
「ほら、奴らがそこまで迫ってる。君たちを殺しに」
怖い。
単純で原始的な感情が頭の中を支配する。
ガチガチと頭の中に音が響く。震えて止まらない歯がうるさい。
ふと、視線を隣の少女に向けると、彼女の目はとてもおびえていた。
「わ、私たちは殺されるの?」
殺される、その単語自体が恐怖そのものなのか体が大きく震える。
「さぁ、僕にはわからないよ。彼らじゃないんだから」
でもね、と彼は握ったこぶしを前に突き出す。
「君たちには選択肢がある」
彼は人差し指を立て、
「一つ目の選択肢は、ここで大人しく捕まり、本国に送られる」
中指を立て、
「二つ目は死ぬまで逃げる」
どっちを選んでも悲惨だった。
二つ目の選択肢も結局は捕まるだろう。
「私たちはどうせ死んじゃう」
分かりきった答え。二択。
だが、彼は薬指を続けて立てた。
「第三の選択肢だ」
「第三の、・・・・選択肢?」
「あぁ。君たちは知っているかい?本国が、いや世界が今、緊張状態にあることを」
知っている。世界の海洋に現れた化け物。私たちはそれを迂回するようにして、ここに来た。
「異端因子」
パラサイト、寄生虫、シークレット、エトセトラ・・・・
様々な名前を持っているそれは私たちとは違った化け物だ。
それは突然現れ、世界を、人類を追い込み、ついには核を使わせた。
「だが、奴らはまだ世界の外洋にいる」
「えぇ、そうね。でも、何でそんなこと?」
今はそれどころじゃない。そんな私の意図を察したのか、してないのか彼は続ける。
「本国の東京湾。今年の九月に一つの群れを成した異端が軍の防衛線を突破し、経済水域そして、領海を越え、侵攻してきた」
聞いたことがある。確か、軍が新兵器を用いて迎撃したはず。
「これを政府は自軍が迎撃したものとした」
「それぐらい知っている」
「でも、あくまでそれは表向きの話」
「表向き?」
「あぁ。本当は、君たちのお仲間が殲滅したのさ」
「そ、そんな事あり得ないっ!!だって、生き残りは私たちだけ」
「それがね、実は近畿地方の『子供たち』を隔離していた第四拾弐収容所が何者か・・・って言うかこいつら堂々と制圧したんだけど。
数十名の生き残りをとある民間軍事会社が保護してて、そんでそこの特殊部隊と生き残りで異端を殺っちゃった訳」
そんなことが。私たち以外にもいたという事とその子たちが異端を倒したということに驚いていた。
「さすがに私たちでも異端とは戦えない」
私たちは所詮、強化人間。何処まで行っても『人間』兵器。
「違う。君たちは戦っていないだけ。君たちは人間『兵器』なんだから戦わなくてどうする」
そこでズドンッ、と大きな音が遠くのほうから聞こえてきた。
彼はしまったなぁ、しゃべりすぎた、とぶつぶつ言っている。
「まぁ話を戻すけど、結局は君たちもそんな風に戦ってみない?」
戦い。それは今までよりきついだろう。死があるかもしれない。
だけど、
「もし、私たちがそれを選んだら捕まることはない?」
いちばんの疑問。それが私たちの最も知りたいこと。
「そうだねぇ、本国をある程度守っている間は大丈夫だろう。国家機密だし、僕たち対異端因子もやってる民間軍事企業だから」
国軍だけでは倒せない異端を民間軍事企業の一部は相手にするため、各国からはそれなりの待遇を受ける。
「なら、私たちは戦う」
少しでも長く生き残りたい。それは隣の少女も同じだった。
それを聞くと彼は顔をほころばせ、
「契約完了。いい返事を聞かせてもらったよ」
「何をすればいい?」
うーん、と彼は唸って
「じゃあ、まずは自己紹介しよう。僕は・・・そうだねぇ、三木とでも呼んでもらおうかな」
三木、と口の中で小さくつぶやく。そして隣の少女を指して、
「彼女は検体1069。私は1061」
彼女はコクコクと首を縦に振る。
「彼女はしゃべれないのかい?」
「あまりしゃべる子じゃないだけ」
「しかし、名前がなくちゃ困るな。まぁ、それは後で考えるか。とりあえずは、戦略的撤退か」
彼は遠くを眺める。そこにはたくさんの兵が列を組んでいた。

それから私たちは彼の仲間がいるというスイスにある本社に案内され、そこで生活をしていた。
そして、昨日。
私は突然彼に呼ばれた。
「すまないが初任務だ」
「何をすればいい?」
彼は懐から一束の資料を取り出す。乱雑にホッチキスでまとめられたそれは彼が作ったものだろう。
「ごめん。こういうの苦手なんだ」
「別にいい」
彼はむっとした表情でこちらを見る。
「君、愛想ないよね」
「そんなもの今まで必要なかった」
「いままでは、ね。僕たちはビジネスをしているんだ。それに仲間内なんだし、すこし位笑ってよ」
本当にどうでもいい。
「それより説明」
「せっかちだなぁ」
ぼやきつつも彼の表情は真剣なものへと変わる。
「昨日の十時ごろ、日本海近海にて駐留中の日本軍が異端に襲われた。どうやらこれは中国軍が誘発させたものらしい。
そこでこれを迎撃せよとのこと。日本軍は現在、駐留地を放棄し、第二防衛ラインまで撤退。中国軍はまだ残留していて壊滅寸前」
「わかった」
「比較的安全な日本海だからってあまり無理するなよ。それと、リザが同行するから向こうで詳しい話を聞いて」
わかった、ともう一度答え、部屋を後にする。
          
「アル。アル?アールー?」
こうでもない、あれでもない、と簡易的な戦術をまとめていると横から声がかかった。
どうやら、1069らしい。小首をかしげ彼女は聞いてくる。
「どうしたの、アル?調子悪いの?」
ある?何が?、と言いかけそうになったとこで思い出した。アルとは、私の名前だ。
『名前無いと面倒でしょ。いちいち1061、なんて呼べないし』と、三木が名前を私たちにつけた。
ちなみに目の前の1069はリア、と名づけられた。
「ううん、だいじょうぶ」
「そっか。なら、ちょっと来て」と、リアは言い、私を引っ張って行く。
「な、何?リアどうしたの?」
しかしリアは答えず、ずんずん廊下を進んでいく。わたしは為すすべなく連れて行かれる。
しばらく歩くとリアの部屋に着いた。
「ちょっと待ってって」
そういうとリアは奥に引っ込んだ。
「何よ、まったく」
私たちの部屋は二人にひとつずつ用意されているが、わたしたちはよくどちらかの部屋に二人でいることが多い。
しかし、昨日からリアは部屋にこもりっぱなしで、しかも部屋にも入れてくれなかった。
なので、リアに会うのも昨日ぶりだ。
「うぅ」
思わず呻く。
人を待つのは苦手だ。
時々、通る人たちが手を振ってくれるがどうすればいいのか分からず適当に手を振る。
遅い。これから任務があるのに、と時計をのぞくとまだ一分もたっていない。しかも、任務の集合時間もまだだ。
「はぁ、本当に待つのは苦手」
私はここに来て変わったと思う。以前なら人を待つことも、人に手を振られることも振り返すこともなかった。
リアもここに来てから、少しずつだがほかの人とも喋るようになった。
これで本当に良かったんだ。みんなと喋って、楽しく生活している。本当に幸せだ。
「アル、これ」
気づくと目の前にリアがいた。
これ、といって差し出してきたのは可愛らしい手製のカエルのワッペンだった。
「かえる?」
「そうカエル。ミラが言ってた。カエルは帰るだから安全祈願。アルはこれから初任務。無事に帰ってきてほしいから」
ミラ、というのはここでもっとも私たちに世話を焼いてくれる女性のことだ。
たぶん、ミラの手も借りただろうがお守りはすごく丁寧に縫われていた。
「ありがとう」
お礼を言うと、リアがお守りを服に付けてくれた。
「うん。これでよし。すごく似合ってる」
なんだろうか、ものすごく照れくさい。
「じゃあ、アル。いってらっしゃい。お仕事がんばって」
「う、うん。いってきます」
私は集合場所へと歩き出した。

「って、まだ誰も来てないじゃない!」
当たり前だった。
まだ時間まですこしある。
仕方ない。装備の確認でもしておこうと、自分の小銃をいじり始める。
「あら。早いわね」
カツカツカツと足音が近づいてくる。
やってきたのはリザと呼ばれている若い女性だった。
長く癖のない天然の金髪。若干吊り目の蒼い双眸。すらっと長い身長。何処からどう見ても外国人さんだった。
年は3、4歳上で、すごく冷静そうだった。
「ここには慣れたかしら?」
「えぇ。皆さんとても良い方ばかりです」
「人間兵器だって聞いたからどんな子か気になったけど、普通の女の子ね」
「そうですかね。もしかしたら戦闘中に貴女の首を刎ねてしまうかもしれません」
軽い挑発にあわせて返すと彼女はフフッと、すこし笑った。
「ごめんなさい。すこしからかってみただけよ」
「そうですか」
首は刎ねないでねと、彼女は言うと姿勢を正し敬礼をしてきた。
「私はソリッドクラウン社第二対異端因子特殊中隊第三分隊リザ班班長リザ・エリオット少尉です」
ソリッドクラウンとは、三木が運営しているこの会社のことで、私とリアも彼と出会った日から所属することとなった。
彼女の挨拶を聞くと、どうやら彼女は私が配属になる班の長らしい。
「挨拶が送れて失礼しました。私は少尉の班に新しく配属されましたアル二等兵です」
すると、彼女は小首をかしげる。その様は年上の彼女に不思議と似合っていた。
しかし、これはまずい。上官である彼女に何か粗相をしてしまったのか。
「な、何か不十分な点がありましたか?」
「いいえ、ただあなたの名前が気になって・・・。そんなに怯えなくて大丈夫よ」
彼女は笑みを浮かべる。
よかった。ここでミスをしてしまったら大変だ。
「この名前は社長が付けてくれました」
社長とは三木のことである。
「へぇー、社長が。でもなんでアルなのかしら?あなた、もしかして男の子なの?それともギャング?」
あぁ、なるほど。彼女がなぜ疑問に思ったのかが分かった。
西洋人にとってアルと言われれば男性の愛称だ。
そして、ギャングで、アルと言われればアル・カポネだ。
だけど、どちらも違う。
「ただ単になんとなくだそうです」
「ふーん。でも社長が中国人なら意味は『二』ね」
「そうですね。では、早く始めましょう」
「せっかちは嫌われるわよ」
もう、とつぶやきつつ、彼女は説明を開始する。意外とお茶目なのかもしれない。
「社長から聞いた思うけど、異端が日本海において活性化、そして日本軍を撤退させ、中国軍を攻撃、日本軍はほとんど損害なしだけど、
中国軍は壊滅寸前。残存兵力は駆逐艦、軽空母ともに一隻となけなしの戦闘機数機のみ。
まともに戦えたものじゃないわ。だけど、異端も無視できない。だから、私たちは複数の民間軍事会社と協力し、日本軍、中国軍の両軍を
援護および、救助。その後、異端を撃破します。
これは国軍からの正式な依頼ではなく、統一軍からの協力要請です」
「具体的にはどのような部隊がどこに当たるのですか?」
「私たちソリッドクラウンからは第二対異端因子特殊中隊から第三、第四分隊そして、統一軍から九月に異端迎撃を行った066部隊が
異端の進行を食い止め、その間にラファール社とコネクト社が日、中の両軍を支援します。
両軍の安全が確保でき次第、全軍はあなたたちを支援しますので、異端を撃破してください。」
統一軍とは最大手の民間軍事企業で異端撃破も行い、子供たちを回収した隊が所属している。
「了解しました」
「ああ、どうやら他の隊員たちも来たようね」
通路の置くから二人の男女が雑談しながらやってくる。
ちなみに集合時間は五分前だ。本当にこんなので大丈夫なのか?
「あ、少尉」
「すみません、遅れました」
少尉に向かって二人は拝むが彼女は額に青筋を浮かべている。
「あら、貴方たち、いい度胸ね。五分の遅刻よ。確かに昨日の作戦で疲れてるかもしれないけど任務は任務よ
本当ならここで何か罰を与えた方がいいんだけど、あいにく時間がないから帰ってきてからね」
しかし、二人は彼女の話などそっちのけで私に近づいてくる。
「君が新入りか。よろしく頼む」
「今回のこと期待してるわ」
はぁ、とリザはため息を漏らす。
「ほら、彼女に挨拶」
すると彼らはピシッと直立し、敬礼する。
「失礼した。自分はリザ班所属アルメオ上等兵だ」
男性のほうが先に、次に女性が名乗る。
「同じく、リリア上等兵です」
私も敬礼する。
「新しく配属されましたアル二等兵です」
リザがパンッと手のひらを叩く。
「さぁ、何処かの誰かさんたちのせいで遅くなったわ。急ぎましょう」

輸送機の中。
「なぜ、中国軍は異端を刺激したのでしょうか?」
さっきから疑問になっていたことを聞いてみる。
「それはな、今ここで日本を切り崩しといて、この地球上から異端が排除された後、日本を効率よく自分たちの領土に変えたいからさ。
異端のせいにすりゃ言い逃れできるしな」
自慢げにアルメオが教えてくれる。
「何で、アンタが自慢げなのよ。まぁ、でも確かに黄海越えて来るだけの価値はあるかもね」
「なぜですか?」
日本がそんなに価値がある国なのか?
「日本をとっておくと太平洋に出やすいからよ。韓国だって日本が海洋封鎖したら壊滅するって、ぐらい重要な国だからね」
と、リリアが教えてくれる。
「教えていただき、ありがとうございました」
すると二人は
「ま、気にすんな。気になったらいつでも何でも聞いてくれ」
「そうよ。私たちはあなたたちの先輩だからいろいろ話しかけてきてよ」
と言ってくれた。
それはとても嬉しかった。
「ありがとうございます」
「ほらほら、絆を深め合うシーンはこれくらいにして。そろそろ着くわ」
出発から数時間たっていた。小さな窓の外には数本の滑走路とさまざまな航空機が見える。
「日本空軍舞鶴基地よ」
日本空軍舞鶴基地は日本海を防衛の主となる日本海軍舞鶴港と隣接している。
今回の任務では統一軍とソリッドクラウンが拠点として使う基地である。

輸送機を降りて背伸びをする。
「うー、疲れた。そういや班長、集合場所は?」
アルメオがバキバキと背骨を鳴らしながらリザに聞く。
「そこには自分が案内しましょう」
答えたのはリザではなく、数人の兵を引き連れた少年だった。
「へ?どちらさまでしょうか?」
アルメオが間抜けな声を出す。
「失礼。自分は統一軍の066部隊隊長の佐久間悠一です」
「さくま?」
どこかで聞いたことがあるよう・・・な?
「えぇ。ところで貴方たちがソリッドクラウンの対異端因子部隊でしょうか?」
「はい。第二対異端因子特殊中隊第三分隊リザ班班長リザ・エリオット少尉です」
「同じくアルメオとリリア。そして、アルです」
佐久間さんの階級章を見るとどうやら彼はリザより上の大佐らしい。
「他の隊の方は?」
「私たちの後に来るそうです」
「そうですか。では、それまではお休みになられてはどうでしょうか?」
所変わって休憩所。
私と佐久間さんとリザ班のメンバーがいる。
「あの、大佐。少しよろしいでしょうか?」
「何ですか」
「統一軍の066部隊には私たちと同じ子供たちがいると聞いたのですが」
「えぇ、いますよ。この子達です」
彼は一枚のカラー写真を見せてくれた。
そこには彼と三人の子供たちが写っていた。
「こっちの長い金髪の子がアリスで、黒髪の子は珠、茶髪の子がフィーネです」
それぞれ指を指し教えてくれる。
「フィーネ?この子の検体番号は分かりますか?」
「はい、もちろんですよ」
小首をかしげながらも教えてくれた。
「彼女の検体番号は1106ですよ」
1106。それは計画の確認されている子供の中のうち57人の特殊能力発現者の中で上位ランクに入る子だ。
能力は重力操作と呼ばれるもので、ピンポイントで重力を操る。
リアや私も能力者だがリアのものは物質の崩壊などを操作する物質干渉で、私は近い未来を視る未来視だ。
どちらも強力だがフィーネには勝てないだろう。
「そっちの二人の番号は?」
「アリスは1064、珠は1051です」
「1064は空間干渉、1051は精神干渉・・・・」
能力の詳細は知らないがどちらも厄介だろう。
「皆さん、作戦を開始します。所定の位置についてください」
伝令の兵士が伝えに来る。
リザが装備を確認し、立ち上がる。
「さて、行きましょうか」

まずはミサイル駆逐艦やイージス艦によるミサイル攻撃で敵を撹乱しつつ、国軍を下げさせるわ。
リザがブリッジで説明する。
今いるのは統一軍所属のミサイル駆逐艦だ。
こうしている間にも搭載された単装砲や短SAMが調整を終える。
「攻撃を開始せよ」
この作戦の最高指揮官である佐久間さんの短い指示とともに多数のミサイルが夜の空を翔る。
現在時刻12月23日午後7時50分。
私たち対異端部隊は8時半からの攻撃を予定している。
もしかしたら見えるかもと、遠洋を見つめるがどれだけ目を凝らしても異端の姿は見あたらない。爆発音すら聞こえない。
そこで佐久間さんが話しかけてきた。
「異端というのは遠くからでは見えません。
今回の獲物は戦艦以上のサイズのものが小型のものを数体率いていますが、サイズが大きくなるにつれ、
力は強大なものと成り、同時に異端が身を隠すテリトリーというものが強固になります。
テリトリーは原理が分かりませんが目視しづらくするものです。音も聞こえません。
よって、強大になったテリトリーを持つ個体は肉眼および、聴覚での確認はできません」
「テリトリー内にいる異端は発見できないのですか?」
「いいえ。レーダーには今のところすべての個体が引っかかっています。それにテリトリー内に入れば普通に目視できますよ」
ですが、と彼は付け足す。
「テリトリーとは、異端の防衛ラインです。どれだけおとなしい個体でもラインを越えると迎撃しようとしてきます。
これを絶対に忘れてはいけませんよ」
なるほど。つまり、おとなしい個体であればテリトリーから離れれば攻撃してこないということか。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。
そこで気づいた。何かが接近している。
カンカンカン、と金属製の地面を蹴る音が近づいてくることに。
もちろんそれはここにつながる廊下から聞こえる。
能力者特有の奇妙な圧迫感。能力者同士が近づくと感じる。
「悠一のアホ!何を勝手に人の荷物漁ってんじゃあ!」
佐久間さんに向かって放たれた罵倒は彼を吹き飛ばした。
いや、違う。速すぎて見えなかったがほんの数コンマ前に視えた未来は誰かが彼を蹴り飛ばしているものだった。
実際、倒れた彼の目の前に一人の少女が立っている。
長い金髪。活発的な服装。右腿に吊るされた45口径ピストル。
彼女はゆっくりと足を上げると大きく息を吸い、足を下へと振り下ろす。
「あほ、死ね死ね。消えろ。ミンチになれ!」
罵倒とともに放たれる蹴りを彼はすぐに起き上がり、全ていなしていく。
「や、やめなさい、アリス、誤解だ」
アリス?どこかで・・・、あぁ、写真の。ということは彼女が空間干渉能力者?
「えやぁぁぁぁ!」
そこで見事なハイキックが決まる。
彼の腕をすり抜けた足は45度の角度であごに突き刺さる。
そしてアリスはゆっくりと腰を落とすとそこから消えた。
正確には彼の後ろへ、能力を使って跳んだのだ。
アリスはふわりと軽い動作で着地する。
すると、よろめく彼の後ろで彼女はゆっくりとした動作でホルスターからピストルを抜く。
彼とアリスの距離は5メートル。
よけることができないキルゾーンに立たれ、まともに動くことができない彼へと銃口を向け、セーフティを外す。
当たれば必殺の45口径。
アリスの得物はどうやらストッピングパワーの高い45.ACP弾を使用するガバメントのようだ。
「死にさらせ、このクズ!」
引き金が引かれ、ハンマーが落ちた。
バンッ
火薬が炸裂し、燃焼ガスに押し出された弾は直進する。
しかし、炸裂音が鳴ったが、彼は死んでいない。
それどころか傷一つ無い。
ピストルの銃口からは白い硝煙がゆらゆらと立っているがその向きは全く関係ない窓の外へ向いていた。
「チッ。はずれか。何だよ、こんなときに。なぁ、珠?」
アリスの視線の先には黒髪の少女が立っていた。
「あら、おかしいわねぇ。誰かが命の恩人である大佐に向かって銃を向けていたのだけれど。アリス、貴女なのかしら?」
「アリス。ここで暴れてはならない」
奥からもう一人の人影が現れた。
しかし、そちらは宇宙服のようなものを身に纏っている。
「能力使用はできるだけ避けなければならない」
そう言い、そいつはヘルメットを取り外す。
現れた顔はこれまた写真の赤味がかった茶髪の少女でフィーネだった。
「そういう割には貴女も使おうとしてたじゃない」
「必要になるかもしれないと思ったからだ」
どうやら、あのスーツは能力補助のためのものらしい。
「ほら、三人とも他のところから来られた隊の人たちに挨拶しなさい」
三者三様に挨拶をする。
「ロクロク隊所属。フィーネ」
ロクロク隊とは066部隊の愛称だ。
「同じく、珠よ。よろしくね」
「アリスだ。はぁ、なんだよ」
軽くアリスが睨んでくる。
リザや他の二人たちが挨拶する。
「アル二等兵です。失礼ですが、階級を教えて頂けるでしょうか?」
「あぁ、この子達は自分の隊には所属していますが、正式な階級は無いのです。
ですが、同い年ぐらいですし、気軽に話しかけてあげてください」
同い年か。リア以外みんないなくなったからな。
三人の顔を覚えるため、ゆっくりと見る。
するとアリスが顔を真っ赤にする。
「な、何だよテメェ。文句あんのか!」
「いえ、べ、別にそんな・・・・。」
「どうせ、あたしにこの名前が似合わないって思ってんだろ」
「違います。あなたたちの顔を覚えようと・・・・」
「はぁ、まったく。ほら、アリス謝りなさい。彼女は君たちとお友達になりたいだけだよ」
佐久間さんが間に入ってくれる。すると、アリスはもじもじとしながら
「何だよ、そんなことなら・・・早く言えよ」と、手を出してきた。
「ふふふ。よかったわね。アルちゃん、もしよければ、わたしたちともお友達になって」
「友好関係。友達になりたい」
二人も同じ意見のようだ。
「はい。もちろんです。よろしくおねが―――」
手を握ろうとしたとたん、突然、艦が大きく揺れた。
そして、押しつぶされそうなほどの重圧を感じる。
アリスやフィーネも苦しそうな表情をうかべるが珠は然程きつそうも無く私たちの背中をさする。
「状況確認、急げ!」
佐久間さんが指示を飛ばすと、はい、了解しましたと威勢のいい返事が返ってくる。
「報告します。日・中両軍の安全を確保しました。ですが、ラファール社の艦がテリトリーに入ってしまいました」
「テリトリーからは大きく距離をとれと言ったはずだが」
兵が渋い顔をする。
「テリトリーが数秒の間に急速拡大しました」
テリトリーの急速拡大?
「テリトリーは広くなるんすか」
アルメオがリザに疑問を投げかける。
「いいえ、本来テリトリーは異端を中心とした円で描かれるわ」
「どうやらそのテリトリーが同心円状に二倍に拡大したようです。大きさは半径約20キロに及びます」
「それって私たちも圏内に入っているんじゃないんですか」
窓の外に意識を向けると遠くには紅い光がぼんやりと浮かんでいる。
そのとき、かすかに今の状況とは違う動きが視えた。
激しい豪雨。揺さぶられる駆逐艦の前方には大きな影。影は駆逐艦を目の前に大きく手を振りかざすと次の瞬間、艦は光に飲み込まれた。
それは私の目が捉えた近い未来だった。
だが、まだその未来は確定していない。私の見る未来は行動によって変えられる。
「佐久間さん、艦をここから離してください。急いで」
「どういうことかな?」
「大佐、彼女は未来を見ることができます。おそらく、この艦が沈む未来を視たのではないでしょうか」
「なるほど。アルさん、それは回避可能な未来だね?」
肯定とうなずく。
「本艦は右に35度回頭。最大船速で離脱。他の艦は所定の位置に急げ」
指示にあわせて艦が大きく進路を変える。
その瞬間、大きな光が海を割った。そして発生した波に艦が大きく揺れる。
「―‐!作戦はこのまま続行。対異端部隊は準備を」
やっと、戦いだ。
敵の戦闘力は未知数だ。故に大型のものを今回私たちが相手する小型のものから引き離す。
「全艦、攻撃再開」
ミサイルや砲弾は全て大型のものに的中する。
さぁ行くわよ、とリザが先頭きって、みんなが格納庫へと走り出す。

「今からこのヘリで人工島に行くわ。そこが私たちの戦闘区域よ」
今私たちは駆逐艦に搭載されていたヘリに乗っている。
目的地は人工島でそこで逸れた小型の異端を二体相手する。
現在、艦隊の猛攻により引き離された異端二体は島に上陸している。
「あれが島ね」
視線の先には整えられた正方形状のコンクリートの島が見えた。
「とっとと、ぶちのめそうぜ」
「油断してはならない、アリス」
「わかってるよ、お前はあたしのかーちゃんか」
「わたしたちは親の顔をろくに知らないでしょ」
そう、私たちは親を知らない。
子供たちは誘拐されるか、クローンかその他の非合法的やり取りによって集められる。
「そろそろ、お喋りは終わりよ」
眼下にはコンクリートの地面と小奇麗な白い建物が建っている。
「さぁ、降下するわよ」
順になってみんな飛び降りていく。
「ふぅ。ここが人工島か」
「なかなか、いいところじゃないんすか」
「そうね、一応国軍の研究施設だし」
「うっひょー、こりゃ血が滾るぜ」
『こらこら、アリスあまり暴れすぎてはいけないよ』
声は無線機から聞こえる。
「佐久間さんですか?」
『えぇ。艦のほうで指揮を取っています』
「大佐、今の状況はどうなっていますか?」
『現在、異端は南西の岸から北上中。そこから、10キロほど行ったところです』
「みんな聞いた?今から私たちは全力であれを追うわ。いいわね、敵は二体。テリトリーは半径50メートルよ」
みんなの声が重なる。
「了解」
ガチャガチャと兵装を揺らして道の真ん中を走り抜ける。
「きれいね、あまりにもきれい過ぎるわ」
「そうっすね」
「何だよ、きれーなのはよくねぇのかよ」
「そうじゃない。仮にも島だ」
「それなのに綺麗過ぎるのよねぇ」
「塵一つ無いですね」
そう、ここには塵一つ無い。
建物も統一されていてあれを思い出してしまう。
「まさに、超能力実験場ね」
「あぁ、お前ら子供たちのか」
思い出した単語をつぶやく。私たちの総称―――
「chldren of trash」
「何なのそれ?」
「成功した失敗作と題された欠陥能力者のことよ」
「欠陥能力者?」
「私たちは失敗作なんです。本来、超能力は成人した人間にも使える筈だったんです」
「でも、実験は失敗したのか、大人には操れなかった。使おうとしたらみんな亡くなってしまいました」
「あら、それはおかしいわねぇ。わたしが聞いた話では一人だけ能力を保持した成人男性がいるって」
「まぁ、あたしたちとアルの施設は違うからな」
情報を集めなければならないようだ。
「敵が近くにいる」
フィーネが立ち止まる。
スーツを着ているが暑くないのだろうか。
「本当?」
「北北東。150メートル先の突き当りを右のあたりに一体いる」
「了解。急ぐわよ」

ワニに尾びれや猿の腕はあったのだろうか。
建物の陰に隠れ、異端を目にし、思った。
そこまできつくないが重圧も感じる。
「いや、ないでしょ」
「あれは有機生命体型異端因子よ。様々な動物の因子を含んでる」
「何すか、それ。有機栽培みたいすね」
「そう・・かしら?まぁ、いいわ。各員攻撃開始」
命令にあわせて全員が銃を撃つ。
対異端用に装薬量を上げた弾丸が少しずつ肉を削っていく。
「うぉぉぉ」
私も対物ライフルを構えるとワニのうなじ目掛けて鉄鋼弾を放つ。
「当たれっ!」
銃口から吐き出された50.BMG弾はうなじの肉をえぐるとあさっての方向に飛んでいった。
「重い、この銃」
「しかたねぇだろ。重量級の銃を立射できるの私達ぐらいなんだから、さぁ!」
アリスがミニガンを構え、トリガーを引く。
とたん、猿の腕が吹き飛んだ。
ワニはぎょろりとこちらに目玉を向けると突進してきた。
言葉になっていない咆哮を上げるそれは驚異的な回復力で瞬く間に腕を取り戻した。
「何だよ、あれっ。反則だろ」
「反則もクソもねぇだろ、ありゃ」
驚いた。
回復力が並みの生物の比ではないと知っていたが、ここまでとは。
「異端は核を破壊すれば活動を停止します!」
リリアが叫ぶがそんな事ができる兵器は無い。
何か決定打を与えなければと、全員が銃を撃つ。
そこで後ろからフィーネの声がした。
「支援する」
フィーネが腕を前に突き出す。
「総員、フィーネより後方に下がれ」
フィーネは全員下がったのを確認するとその腕を横に振りかざす。
「重力値変換開始」
すると、目の前の視界がぐにゃりと歪んでいった。
ちょうど、ワニの体を巻き込むようにして。
「つぶれろ」
その一言を引き金に歪んだ巨体は押しつぶされた風船みたいに弾け跳んだ。
破壊される寸前、小さな紅い球が潰れるのが見えた。あれが核なのだろう。
「一体目撃破を確認」
『こちら、佐久間です。二体目の反応が近くにありますが、大丈夫ですか?』
「みんな問題ないわね」
「もちろんだ」「あったりめぇだよ」「まぁ、大丈夫ね」
「問題なさそうです」
『そうですか。では、二体目をお願いします。』
フィーネが割り込んでリザに話しかける。
「少尉殿、異端の反応が消えかかっている」
「計器の異常かしら」
「いや、正確な数値を出している」
「敵は今何処に」
「200メートル後方、ん?300メートル前方?転々としてる」
「バラバラね。総員警戒を怠らないで」
全員が銃を構える。しばらくするとフィーネが報告した。
「捕らえた。前方150。座標位置を確認。誤差なし」
「了解。前方の警戒を密に、本部に連絡。アル、何か視える?」
何か手がかりになるものは無いかと未来を視ようとする。
だが、ピントが合わないかのようにぼやける。
「いえ、何・・・も。」
「どうしたんだ。調子でも悪いか?」
「いえ、ただ・・・、視ようとするとこう、靄がかかったみたいで、はっきりとしないんです」
「能力使用限度の超過かしら」
「能力使用は精神的疲労が伴うからな」
「少し下がってなさい」
ここはこの言葉に甘えよう。
だが、なにか足りない。
「すみません」
少し後方に下がり体力温存に努める。
前方は真っ暗闇。機動力を得るため必要な装備を持っていない。当然、NVもだ。
「目標、なお前進中。距離100」
「見えないわね」
リザが目を凝らす。
ライトで照らされる範囲は狭く、やはり視界は黒一色だった。
風が幅の広い道路を吹き抜ける。
そのとき、人の気配を感じた。
それも一人ではなく、数百を越える数がいる。
そして、その全ては一つの身体に押し込められているように感じた。
その気配はまるでヒルといった吸血動物のように私の身体に直接触れるかのような感触を残す。
ゆっくりとその感触は全身を覆うようにまとわりつく。
見えない視線に囲まれているような気がして、周りを見るがそこにはみんな意外誰もいない。
だんだんと息が苦しくなってきた。
「なにか・・・いる。いや、何、これ?」
「どうした、アル?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
呼吸が細切れになり、意識が朦朧とする。
「おいっ、大丈夫か?」
アルメオが必死に肩を揺さぶる。
「逃げ・・・て、・・・・みん、な」
そこで私は意識を手放した。

ふわりとした気分だ。
こう、宇宙を漂っているというか、水の中にいるかのような気分だ。
ぼんやりとした灯りが私とともに漂っている。
ゆっくりとしていて、時折、気まぐれに揺れ動く光はどこか、人間味を帯びていた。
手を伸ばし触れてみる。優しく壊れ物を扱うように撫でてみる。
温かいが熱いというわけではない。むしろ、落ち着ける。
光はくすぐったそうに動く。
おもしろい、次は握り締めてみよう。
「やめて。握らないで、潰れる」
光の中心から声が聞こえた。
若い男。それこそ少年と呼べる範囲だ。
少し高く、それでいて苦にならない声だ。
「喋れるんだ」
「もちろん、君たちと同じだからね」
「人間なの?」
「いいや、人間とそれ以外の者との間だよ」
「それ以外の者って、何?」
聞いてみると光はぐるりと私の周りを一周した。
「君はまだ知らなくていいんじゃないのかな」
それは少し疎外されている気がする。
でも、昔の私ならそう思わないんだろうな。
「教えてくれない?」
「分かった、いいよ。君たちの力についても教えよう」
特殊能力はいまだ科学的根拠が無い。
故に私たちの能力は欠陥品のままだ。
「でも、あまり長く話してる時間は無いよ」
早く真理を手に入れ戻らなければ。
「時間なら気にしないでいい。ご都合主義っていう奴さ。
この場所の時間の進みをあくまで科学的に遅くしてる」
光はグルグルと私の周りを飛びつつける。
「ところで君は不思議に思わないかい。突如現れた異端因子というものを」
そういえば異端が一体何なのか、今まで疑問に思わなかった。
「異端因子とは簡単に言えば癌なんだよ。
世界という生き物の自然的な防衛本能に異常をきたし、世界を食い尽くすのが異端因子。
奴らは世界の一部であると同時に別の生き物なんだ」
話が全くもって分からない。
「どういう・・・こと?」
世界が生き物で、異端が元は世界の一部で?
「僕が言う世界とは人の集まり、つまり集合体のことを言っているんだ。
人々は複数の人がしていることを無意識に繰り替えしてしまうんだ。
つまり、集合的無意識という奴だね。その集合的無意識が世界と呼ばれる。
故にいくつも数があり、大きさは異なる。そして大きな世界ほど多大な影響を世の中に与える。
だけど、それはあくまで人間が物理的に可能なことだけだ。
たとえば、ロックがブームになったりとか、ドラマが流行ったり。
そして、世界が生き物たる所以だけど。
一番近いものが言葉は生き物、という考えだね。
言葉が生き物といわれる理由は時代によって常に変わっていくから、というものだね。
世界はそれに似た要素を持っているんだ。
人はいつの時代も刻一刻と変化していくもの。だから、人々がつくる世界はいつも変わって見える。
でも、根本的な考えは変わらない。変わっちゃたら、それは別の世界だからね。
そうして、人々は個々人の考えを根本的思想の上に広げすぎちゃうんだ。
よって、世界は混乱を孕む。
本来、世界は自分たちが知り得ないものを拒む。それは一定以上となれば物理的にも干渉するものとなる。
即ち、世界の防衛本能だ。それが混乱によってあるはずの無いものを幻視し、それを排除しようとする。
その勘違いが癌となり異端因子をつくる。癌は一度できると増え続ける。たとえ、宿主が死んでも。
異端因子が様々な因子を含むのはそれが様々な思想の上に立っているからだよ」
話が長くよく分からなかったが、人間の思想が異端を生み出したのか?
「まぁ、それでも一応は合ってるからいいよ」
「でも、それじゃあ何で今まで異端は明るみに出なかった?」
「以前から日本は知っていたさ。知っていたが故に利用した」
利用した?一体何に?
「君たち能力者だよ」
「能力と異端は関係している・・・・」
はぁ、と光はため息を吐く。
「よく考えてみれば分かるでしょ。
未来視や重力操作に精神干渉、そして常人には持ち得ない身体能力。
科学的根拠が分からない代物だ。そして、何より異端因子がこの世の中で確認された日の一年後に能力者実験が始まった。
関係ないとは言い切れないよ。」
「私たちは異端が元なのか」
「いや、あくまでモデルとされたのは能力基礎だよ。
君も感じただろ、異端因子のテリトリーに入ったとき圧迫感を。
そして、同じ感覚を能力者の子供に近づいたとき覚えただろ?
あれは同じものさ。能力者の能力は異端因子由来だからテリトリーを副産物として持っている。
テリトリーは力が及ぶ範囲であり、同時に能力から身を守れる範囲だよ。
だから、近づかれるとテリトリーが反発し合い、身体が相手の能力を拒絶するんだ」
だけど、私はリアと一緒にいても苦にはならなかった。
「そりゃそうだよ。能力やテリトリーにも種類はあるんだから慣れることもあるんだよ。
能力者は基本二つに分けられる。
一つは君たちのような人工的な後天的な者。
もう一つは自然的な先天的な者。
人工的なものは異端因子をベースに、自然的なものは異端因子半分を身体の中に取り込んでいる。」
「異端を身体の中に取り込んでるってことは、その子は半分異端じゃないの?」
「いいや、彼らにとってはそれが普通だから問題ない。
それに、たいていは3割にも届かない数しか身体に馴染まない」
ふむ、なるほど。ならば、
「馴染まないと拒絶反応?」
「しないよ。ただ、一定以上の数値が出たら異端因子となるだろうね。
話を戻すけど、自然なものは純度が高い能力なんだ。
純度が高いってのは何も強いって言うことじゃない。
たとえば君の未来視なら何ができる?」
「私は近い未来を視るだけしかできない」
当たり前だ。だって私は視ることしかできない。
「だが、高純度の未来視は未来そのものに干渉する」
「でも、それじゃあ未来干渉能力になるでしょう」
「そうだよ。そこなんだ、能力の肝は。
高純度の能力は人工的なものとはズレてる。中身が少し違うんだ。
たとえば、静的高温高圧法によって生成された人工ダイヤモンドは天然のものと違い、
その主成分は炭素ではなく水素などの気体から作られてるみたいにね」
「つまり、私たちは偽者?」
光は大げさそうに続ける。
「君たちは本物さ、ただ君たちの能力は模造品ってだけ。
でも、その模造品が原石の形を整え、煌びやかに変える。
それが君たちの能力の本来の用途」
ならば、私たちは本物のために生み出されたのか。
「本来の用途ってことは計画の主軸は本物の能力者なの?」
「そうさ、大正解。
日本は世界各地からオリジナルを掻き集め、洗脳し、実験材料とした。
君たちの軍事利用は二の次で、オリジナルの完全統括が目標なのさ。
政府が軍を、軍がオリジナルを、オリジナルがコピーを。
完全な一本の手綱を国は求めた」
「一本の手綱」
「だが、一本の手綱とはいとも簡単に千切れるのさ。
軍は何度かオリジナルによるコピーの支配下における軍事作戦を実験目的で行ってきた。
しかし、大抵はオリジナル自体のコントロールミスにより、コピーの全滅か、損傷過多でコピー自体の在庫が無くなってしまうと思われた。
故に軍は実験を終了。計画はコピーを主軸に捉えたものとし、オリジナルは各地の実験施設で凍結保存された」
光は喋り疲れたのか、そこで一拍置く。
「だが、今年の八月、統一軍が四拾弐収容所を襲い、子供たちを保護した。
日本は実験が秘密裏に行われていた故、公に軍を出せなかった」
「たしか、一部のPMCと日本政府しか知り得ない」
「そうだね。
統一軍は能力被験体として使われていた子供たちを保護したと思ってるけど、
実は066部隊の佐久間大佐は施設でとあるものを見つけた。特殊な冷凍保存機で眠る者を。
後に同部隊でともに戦う者」
今までの話と何となくの勘を結びつける。
「まさか、」
「そのまさか、さ。
大佐が見つけたのは一人の眠り続けていた子供。
その子は、検体1051、珠と呼ばれる『オリジナル』だよ」
「珠が、そんな・・・うそでしょ、ねぇ、嘘なんでしょ」
彼女がオリジナルということは半分が異端で、コピーたちを指揮し、全滅させた。
「僕は嘘をつかないよ。
それに彼女の隊が全滅したとしてもそれは彼女がわざとやった事じゃないよ。
もしかして君はそれ程度の事で人を差別するのかい?
友人を侮蔑し、遠ざけ、挙句には敵視するかい?」
ちがう、私はそんなつもりは・・・
「まぁ、とにかく、きみも気付いていたんじゃないかな?
彼女が自分たちと少しずれていたのに」
「そういえば――」
駆逐艦内でアリスが佐久間さんを撃とうとした時、アリスは銃口を明後日の方向に向けていた。
後で聞いたのだが、あの拳銃には弱装ゴム弾しか入っておらず、アリスも佐久間さんの身体からはずらした位置を狙っていた。
つまり、アリスは佐久間さんを傷つけることはしないつもりであった。
なので、アリスの言葉から珠が能力を使用し、無理やり狙いをそむけたと考えるのが妥当だ。
ちなみに珠の能力は精神干渉でおそらくはアリスの『気分』を変え、佐久間さんに攻撃させないようにするのが本来の精神干渉能力の限界だ。
しかし、アリスは腕ごと銃身を外に向けさせられた。
精神干渉を明らかに越えた能力だ。
テリトリーが急速拡大したときも平然としていた。
もし、珠と同じ力を持つ同列能力者が力で圧迫感を抑えようとしても、さすがにあれほどのものは消せないはずだ。
つまり、珠は精神干渉能力者でありながら、そこから少し「ずれたこと」を行っていた。
よって、珠はオリジナルである可能性が高い。
「やっぱり心当たりあるんだ。
ま、その後、彼女は大佐の手引きで066部隊に引き取られる。
そして、精密検査の結果、彼女の体内は異端因子に汚染されていて、異端因子化はそう遠くは無い。
このことを知っているのは一部の人間のみだ。
さて、これで君は真理の一部を得た。これで十分だろ。」
私は呆然とするほか何もできなかった。
「君はこれからどうしたい?
戻って、珠を殺すかい?それとも、異端を倒す?」
異端を倒すってそれは珠の可能性が高いじゃない。
「私は・・・だれも失いたくない。だから、みんなが暮らせる方法を知っているなら教えて」
「困ったな」
「できないの?」
「いいや、ただちょっと難しいかな。君は気を失う直前に何か感じただろ」
「えぇ」
全身にまとわりつくあの感触は忘れたくとも忘れられない。
「あれ自体は珠本人の能力だ」
「珠本人のってどういうこと?」
「能力自体は珠のもので、それを行使させたのは別のものと言うことさ」
「つまり、裏に誰かがいると」
「あぁ、そうだろうね。
予想では彼女と同じく精神系能力者の可能性が高いじゃないのかな。
しかも、オリジナルだろう。おそらく、凍結装置から逃げてきたんじゃないのかな」
オリジナルとなれば想像を超える・・・いや、ずれている実力を持っているだろう。
「裏にいる子はおそらく彼女の異端因子化を狙っている」
「目的は?」
「対異端因子部隊の殲滅だろ。
今、島には異端因子に真正面から向かっていける戦力が集まってるんだ。
そして、自分が異端因子になってしまったとき、彼らは手を差し伸べてくれるだろうか?
いや、きっと自分を殺しに来るに違いない、とでも思ったんだろう」
「今ならみんなは珠が操られてることに気づいていない」
「そう。だから、今のうちに全て叩き潰そうとするはずさ」
それは少し非効率じゃないか
「自分の能力を使えば全員を始末できるんじゃないの?」
「いや、そっちのほうが非効率的さ。
言ってなかったが、オリジナルというのは無限の可能性を秘めている。
彼らの能力カテゴリーは本来無いものだ。そこから、比較的発生度の高い能力を選び、カテゴリーとしてる。
だから、カテゴリーから外れた能力を突発的に発現してしまう可能性が少なからずあるんだ」
「暴発ということか」
「そういうこと。だけど、それはあくまで自分が使い慣れない能力を使おうとするときだけ。
故にオリジナルは自分のカテゴリー能力を使い続ける傾向がある」
「そして、他の能力の練度が落ちるから、他の能力がもっと使いづらくなる」
「そう。だから、裏の子は精神系能力の精密度を上げるため、一人だけを狙って使った。
さて、裏の子は珠の異端因子化を狙っているが、人、いや、能力者が異端因子化する原因は精神的外傷、または精神的汚染と精神的疲労の三つだ」
光は私の顔の目の前にぴたりと止まる。
「ここで問題。この中で一番楽なやり方は?」
「精神的外傷、よね」
「正解。裏の子は、珠に仲間を殺させればいい。そしたら、勝手に彼女は精神的な傷を負うだろうからね」
確かに。しかし、あのことも気になる。
「一つ質問いい?」
「いいよ」
「あのね、二体目の異端を探してたとき、探査機にはいくつか反応がばらばらに映った。これは何なの?」
「あぁ。それね、多分、あれじゃないかな。
オリジナルはコピーたちと違って天然ものだから無闇に手を出せないんだ。
よって、軍事利用が困難な被検体は外付けのハードが追加される。
それは日本軍によって開発された旧世代感応兵器」
「小型偵察ポッドのこと?」
それは今でも一部の部隊で使われている兵器で、脳内に埋め込まれたチップによって本体である兵士と複数のポッドを連動させる兵器だ。
偵察機とは名ばかりで実際にはポッド内に小型重火器や飛行制御装置を埋め込んだ空飛ぶ第二の身体だ。
「でも、あれには欠陥があったはず。たしか、操作時には本体が動けない」
「それはただの常人の話。君たち能力者が能力を使えるのは無意識下において瞬間的に膨大な計算をしているからだよ。
それを表層意識の中でやれるようにして、最大十二機のポッドと身体を同時に使えるようにしてる。ま、その間は能力は使えないけどさ」
「で、そのポッドが?」
「そのポッドが異端因子発現時に発生する放射線やら電波やらを飛ばしながら飛び回ってるんだろう。
数減らせば、能力も使えるし」
「なるほど。あと、異端化を止める方法は?」
「止める方法は無いけど、遅らせることは出来るよ。それこそ、数十年はね。」
「教えて!」
「僕は知らないよ。たしか、統一軍の研究施設にデータがあるはずだよ」
「ありがと。これだけ知れればいい」
「ふむ。では、あちらに戻って、がんばりなさい」
光は満足そうにくるくる回ると次の瞬間、私は意識を失った。

「くそっ、何であいつが」
アルメオが叫ぶ。
「わかんねぇって、とにかくあいつに向かって実弾ばら撒くな!」
そうしている間にも弾丸が飛んでくる。
「起きろ、アル!おい、起きろ」
「まだ、アルは起きないの?」
「子守なんてやったことねぇんですよ。だからわかんねぇっす」
リリアとアルメオがアルを壁のそばまで引きずる。
「なんで、珠が撃ってくるのかしら?」
リザがフィーネに詰め寄る。
「少尉殿、それは私たちも分からない」
お手上げといったように首を横に振る。
「いずれにしろ精神系能力者は厄介だわ。もしこれ以上、何かあったら彼女の射殺も視野に入れます」
「何・・・言ってんだ、テメェ!アンタは仲間、見殺しにすんのかよ!」
「あれが仲間?貴方たちの仲間は私たちに攻撃してくるのだけれど」
「ぐっ、そ、そんなの関係ねぇだろ」
「あら、異端狩りを邪魔するなら世界の敵ではないのかしら?それとも、貴方も世界を敵に回す?」
挑発の言葉に怒ったアリスの前にフィーネが立つ。
「すまない。少尉殿、そこら辺にしてくれないだろうか。アリスも落ち着け」
言葉そのものは謝罪だが、フィーネはリザのことを睨んでいた。
たしかに、作戦を邪魔してきたのは事実だが、それでもともに歩んできた仲間なのだ。
「彼女が異端である可能性は?異端は人間にも寄生するのでしょう?」
「無いとは言い切れないですけど・・・・」
「実際、邪魔してきてるから、考えられるんすけど」
アリスがその言葉を聞き、掴みかかろうとするのをフィーネが必死に押しとどめる。
「テメェら、まだそんなこと言ってんのかよ」
「アリス、少しは頭を冷やせ」
「何で、お前は仲間が殺されそうなのにそんな平然としてられんだよ!」
「これが平然としてられると思うか!私だって出来ることなら止めたい」
「なら、」
「そんなに簡単に済む話ではないのだ!私たちは明日のためにあの化け物を殺さなければならない。
邪魔者は全て排除しなければならないのだ。私たちの行く手に立つものも含めて。
その目の前に立ちふさがる者がたとえ、仲間だとしてもだ・・・・」
その言葉にアリスはうつむく。
「だって、あいつは苦しんでんだよ。誰も分かってやれねぇなんて酷いだろ・・・
それなら、あたし一人だけでもあいつを止めてやる」
「やめろ!アリス、一人じゃ無理だ」
「うるっせぇ」
アリスは能力で道路の真ん中に躍り出る。
「まて、アリス」
フィーネもアリスを止めようと道路に出る。
「二人とも、戻りなさい!」
リザが呼び止めようとするが、二人にその声は届かない。
「くそっ、何で大人の言うこと利けないのかしら」
「クソとか言わないでください。汚いですよ、言葉」
「子供ってのは聞き訳が無いんですよ、俺も昔そうでしたよ」
「聞き分けの無い子は嫌いよ」
そういうと三人は飛び出した。

「くっ」
頭が痛い。
何分経っているだろうか。
「みんな?」
辺りを見回すが誰もいない。
どうやらここは大きな道路の脇の小道のようだ。
大方、アルメオ辺りが引っ張ってきてくれたのだろう。
それよりも早くオリジナルを見つけなければ。
「何か、武器は、・・・・あった」
それは一挺の小銃だった。
戦力は自分のみ、武器は小銃一挺、敵はオリジナル。
「圧倒的に不利な状況ね」
でも、ここでやらなければ隊は全滅、いずれ人類は追い込まれる。
私はそんな世界はいやだ。たとえ、異端が元は人であったとしても私はそれを倒す。
「みんなと生きる未来のために」
私は地図を頭の中で思い浮かべると全速力で走り出した。
ポッドが中間無線基地を通さずに操れるのは約200メートル。
くわえて、この島一体は建物が乱立しており、金属製の物もあるため、電波がそこまで遠くに飛ばない。
本来の稼動範囲からいろんなものを差し引いて出された距離は
「約50メートル」
まずは珠を捜さなければ、オリジナルは見つからない。
広いどころか東京ドーム数個分ある島の中から一人の子供を見つけなければならない。
だが、幸い、激しい戦闘音が近くから聞こえる。
この島で戦闘を行っているのは私たちだけだ。
なら、珠やオリジナルがいる可能性が極めて高い。
「待ってて、今すぐ行くから」

「弾幕を張れ、的を撹乱し、ミサイルで仕留めろ。絶対に近づきすぎるな」
「大佐、報告します」
「あぁ。」
「黄海付近より敵多数接近。敵は小型のものばかりですが、上空を飛行しており、海上に対しての攻撃能力が認められます」
海上に対しての攻撃能力ということは爆撃に似たことが出来るのだろう。
「一番近い航空基地と航空部隊は何処だ?」
「ロシアのウラジオストクに空港があり、そこに第38航空隊がいます。
主要編成はF‐18とF‐22、B‐2です」
「ありったけの戦闘機で上空の敵を殲滅、爆撃機はこちらに回せ」
「了解しました」
前方には巨大イカを模した異端、後方には空飛ぶ奇形。
「さて、どうしたものか」
支援艦隊到着は40分後、航空隊は早くとも30分以上。
「ズムウォルト、その他、EML搭載艦は第一シークエンスに移行せよ。
その他の艦は前途の艦を護衛せよ」
EMLとは電磁飛翔体加速装置の略で特殊金属の塊を音速でぶつける兵器だ。
「一発でも当たればいいんだが」
雨が降りしきる窓の外を見てつぶやいた。

「なぁ、珠。落ち着けよ、な」
「いや、近寄らない・・・で」
アリスがゆっくりと珠に歩み寄る。
すると珠は詰められた距離分下がる。まるで、一定以上、自分には近づいてはならないように。
「アリス、あまりあせるな」
フィーネがアリスの腕を掴む。
「あぁ、分かってるよ。・・・・なぁ、珠。みんなで戻ろうぜ」
「私は戻れない。戻れないのよ!」
「そんなこと・・・あるわけねぇだろ。あたしたち、ダチだろ。くだらねぇことでけんかしたり」
「どうでもいいことで泣いたこともあったな。あの時は傑作だった」
「おい、お前何話そうとしてんだ、おい」
遠い目をしているフィーネにアリスが詰め寄り、胸倉を掴み上げる。
「さぁな、アリスがしたあんな失敗やこんな失態なんて知らないな」
「貴方たち何してんのよ・・・・」
アリスがそのままフィーネを持ち上げ、睨んでいる。
その鋭い眼光はまるで野性に目覚めた肉食獣のようだ。
「あぁ?なんだよ、また邪魔しにきたのか?」
その視線を走ってきた三人に向ける。
「ひぃ!そ、そんな目で睨まないでぇ」
「止めてあげたらどうだ」
「馬鹿らしいわね」
三者三様の反応だった。
「何しにきたって聞いてるんだよ」
「あら、異端退治に来たに決まってるでしょ」
「そうかよ。なら、力で奪ってみろよ!」
「へぇ、戦いを選ぶのね。分かったわ、総員戦闘配備よ」
二人の目は互いの敵しか映していなかった。
「まったく、面倒だな」
「しょうがないわよ。適当に隠れてましょう」
アルメオとリリアの二人はそう言うと建物の陰に隠れた。
目的は二つ。
一つは安全を確保すること、もう一つは珠を監視すること。
仮に珠が異端だった場合、奇襲を掛けやすいよう身を隠す必要があるためだ。
そんな二人に気づくはずも無くリザとアリスは互いに銃を放ち続ける。
「やめてください!」
そこで一つ叫び声が間に入った。
それはとても聞き覚えのある声で、その声の主はリザの部下であり、アリスの友人であるものだった。
「アル!無事なの?」
「お前、大丈夫だったのか?」

はぁはぁはぁと規則正しく息を吐き出し、そして吸い、足を動かす。
目的地はすぐそこだ。
近づくにつれて、銃声や爆発音が聞こえる。
「みんな、早まっちゃだめ」
滑り込むように入った先は広い空間だった。
透明なシートに天をふさがれ、光が綺麗に届いておらず、空気も所々、こもっている。
サッカーコートぐらいの大きさだ。その地面のいたるところには傷があり、誰かが戦っているのが分かる。
視線を前に向けると見えたのは互いに撃ち合うリザとアリスの姿だった。
「やめてください!」
銃声に負けないようにおおきく叫ぶ。
すると、声が聞こえたのか二人が戦闘を中止し、駆け寄ってくる。
「アル!無事なの?」
「お前、大丈夫だったのか?」
「もちろん大丈夫です。それより珠は?」
「こいつが殺すとか言ってんだよ」
「あら、異端はこの世から消さなければならないんじゃないの?」
再び、二人は睨み合う。そこにアルメオとリリアが入ってきた。
「二人とも喧嘩しない」
「銃をしまいなさい」
二人はしぶしぶ従う。
珠の姿は見えない。
「無事でよかった、アル」
「あ、あの伝えなければならないことがあるんです」
私はみんなに事のあらましを一部省いて教えた。

「そういうこと、だった・・・のね」
「はい」
みんな俯く。
「つまり珠が距離を保つのは」
「テリトリーに入れないためでしょう。入ってしまえば、攻撃してしまう」
「攻撃してしまえば帰れない」
「えぇ」
「そのウラで珠を操ってるやつは何処にいるんだ?」
「すぐ近くだと思います。異端反応で割り出せるはずです」
「やってみよう」
フィーネが作業に取り掛かる。
「とりあえず、二人とも仲直りしてくださいよぉ」
リリアが嘆く。
「ふん。誰がこんな奴と」
「あら、奇遇ね。私もよ」
こうなったら、奥の手しかあるまい。
「私が作戦指揮を取ります」
「賛成」と声を合わせるのはアルメオとリリア、フィーネの三人で、可決された。
「は、反対よ。貴方にはまだ早いわ!」
「そ、そうだよな。少し早いだろ」
「喚くな」
フィーネが二人に一言入れ、報告してきた。
「隊長、反応数は十。20メートル以内に入ってる。これは迎撃するのを推奨する」
「分かりました。総員戦闘配備。敵を迎え撃ちます」

「大佐、航空隊が当海域に到達、攻撃を開始できます」
「開始せよ」
これでしばらくの間、何とかなるだろう。
しかし、上陸部隊との連絡が途絶えて数時間経つ。これ以上は危険か。
「高高度偵察機を島に回せ」
「映像入ります」
程なくして、映された映像には珠以外の全員が集まっていた。
「やはり、彼女は・・・・」
一番の心配。
それは珠のことだった。
彼女がオリジナルと呼ばれる能力者の一人で異端になりうる可能性を秘めていることは知っていた。
だから、今回の作戦は彼女は隊から外してほしいと申し立てた。
しかし、会議では多数決により可決され、珠は従軍活動を続行することとなった。
出来ることなら今すぐ島に行きたい。だが、そんなことは許されない。
彼も軍人であるが故に分かっていた。今は彼らに賭けるしかないことを。
「大佐、2つ報告があります」
「何だ?」
「一つはソリッドクラウン社より、複数の上等兵を中心とした対異端部隊が島の戦闘区域に向かっています」
「戦力は?」
「陸上兵器を主体とした一個中隊です」
「もう一つは?」
兵の表情が暗いものへと変わる。
「数時間後にアメリカが戦術核兵器を用いようとしています」
「何?それは本当か?」
「はい。アメリカが正式発表しました」
「くそっ」
核など使ったらどうなるか分かっているだろうに。
「EML搭載艦の4割を核迎撃に回せ、アメリカに回線を繋げろ」

「クソ野郎っ。量多すぎんだよ!」
「うるせぇ、黙ってろ」
隊の全員がコンクリートで出来た壁を盾に時折、腕だけ出し、銃を撃っていた。
「フィーネ、残存数確認!」
「残り十」
「ぜんぜん減ってねぇ!」
嘆くのも当たり前だ。
話している途中に攻撃され、隠れたのはいいものの、敵のポッドは数が多く、その上戦闘力が高く反撃もままならない状態だ。
「くそ、マガジンオーバー!」
「こっちも弾切れよ」
「これ使ってください」
全員の弾薬を等分する。
「フィーネは攻撃できねぇのか?」
「探査に能力を割かなければならない」
「万事休すじゃねぇか」
「隊長、何か視えないだろうか?」
「ちょっと待ってて」
集中し、未来を視る。
何度も繰り返してきたこの動作は100%といってもいいほどの正確な未来を見てきた。
そして、私が視たのは倒れる仲間たち、崩れたポッド、そして――
「皆、伏せて!」
唐突なリリアの叫びに身体が無意識に反応し、地面に伏せる。
次の瞬間、激しい轟音とともに十機のポッドが崩れていった。
まるで、砂で作られた城が風にゆっくりと削られるのを早送りで見るかのように。
「アル、支援必要?」
短い言葉。それは長年、共に歩いてきた仲間の声であり、救いであった。
検体番号1069。その姿は私と共に三木に救われ、私を見送ってくれたリアで間違いなかった。
「リア、リアぁ、」
思わず涙が出てしまう。
「もう大丈夫」
リアが優しく頭を撫でてくれる。
「リア、貴方が何でここに?」
「リザ少尉、それは私たちが応援に行こうとしていたら彼女がロビーでずっと帰りを待っていたので、連れてきました。
勝手な判断をしてしまい申し訳ありません」
隊の中から一人の男性が前に出て、説明した。
「やってしまった事は仕方ないわ。それに今、この隊を指揮しているのはこの子よ」
リザが私の背中に手を優しく添える。
「支援感謝します」
「いえ、当然ですよ。これぐらい」
軽く握手を交わす。
「さて、これくらいにして、奴を早く見つけましょう――」
そのとき、ビクッと身体が無意識に動いた。
「大気内の酸素、急上昇」
フィーネが急いで報告する。
「一体なんだよ」
「ぐはっ、うぁ」
「げほっ、げほっ」
すぐに口を閉じ、呼吸を止める。
「何これ、マジで、やば・・・い」
皆がばたばたと倒れていく。
倒れたものは顔が青く、泡を吹いている。
酸素中毒だ。おそらく死んではいない。
「ぷはっ」
息が苦しくなり、たまらず空気を吸う。
だが、幾ら吸っても苦しくはならない。
「そりゃそうよ。自分が呼吸できない環境下にずっとしておく必要は無いもの」
声が一帯に響く。
「ねぇ、貴方たちはなぜ、あたしを殺そうとするの」
その姿は幼く、私よりも二、三歳下であることが分かった。
周りには、彼女を守るように数十機を越える数のポッドが取り囲んでいる。
「違う、私たちは貴方を助けようと」
「違わなくなんか無い!私知ってるもの。貴方たち、ここの人なんでしょ」
「私たちは民間軍事企業よ」
「そんなの一緒よ、パラミリタリーもPMCも国軍だって。皆、皆、人殺し。
そうやって、私たちに近づいて捕まえちゃうんだ」
「私はただ貴方が連れて行こうとした女の子を助けなきゃならないの」
「あぁ、あの子はかわいそうだったわ。私でも知ってることを秘密にされてて、なんにも知ない。
だから、私が全部、教えてあげたの。あなたを味方する人は誰もいないって」
「そ、そんなこと」
「一度も無いって言い切れるの?あの子を怖がった事が」
「それは・・・」
すると、彼女は指を指して笑う。
「あ、なんだ。やっぱり貴方もそういう人なんだ」
「そんなことは無い」
「馬鹿みたい。正義正義って言う割には人のこと疎外するんだ。
それで自分が指摘されると怒り出す。
ほんと、馬鹿みたい」
「貴様ぁ!」
「あぁ、怖い怖い。まあ、貴方もあの子もことが済んだら一緒にあの世に送ってあげる。
だから今は、ここで眠りなさい!」
いけっ、という彼女の命令でポッドが飛んでくる。
「この!」
小さな動作で全てかわしていく。
「へぇ、視えるんだ、何処に来るか。なら、避けられないようにして上げる!」
パチパチといった放電音がポッド内から聞こえる。
「食らいなさい!」
約数百ボルトを越えるであろう電撃が放たれるであろう。
避けることは困難と思えたので、ポッドに向けて銃弾を放つ。
いくつかのポッドが爆発し、隣に誘爆する。
「ちっ、次よ」
失ったポッドの分、何処からか沸いて出てくる。
「ほら、行きなさい」
「遅いね」
命令が出る前に至近距離まで接近する。
オリジナルとコピーの違い。それは軍事目的しか視野に入れていないコピーのほうが運動性能が高いこと。
「この、くらえぇぇぇ」
ポッドが反転し、突っ込んでくる。
激情がポッドにも伝わっているのか軌道が直線になっている。
「そんなのじゃ当たらないよ」
ポッドをかわし、隙がある本体に攻撃を加える。
少し腰をひねり、突きを繰り出す。
そこから相手の腕と腰を掴み、ひねりの勢いで投げ飛ばす。
壁に叩きつけられた彼女はこちらを見て笑った。
「貴方には負けない」
その呟きが意味することが分からなかった。
「一体、何を」
そして、彼女は私を見つめていなかった。ただ、私の後ろを見つめていた。
まるで、私の後ろにある何か、の動作を確かめるように。
「死になさい!」
私は勘にしたがって、屈伸の要領で下にかがむ。
その上を槍のようにポッドが貫く。
ポッドが次第に彼女の周りに集まっていく。数は5個。それは彼女の能力が使用可能なことを示していた。
「さぁ、続けましょう」
キーンと耳を劈く音が発せられる。
身体から力が抜けて、膝をついてしまう。
「あら、私に膝間づいて何かしら?命乞い?」
彼女は無理やり私の髪の毛を引っ張ると腹部に蹴りを入れた。
「ぐぁぁ、」
「どう?痛い?」
立て、立て、と何度も足に集中するが立てない。
「貴方には分からないでしょうね、私達がどれほどの苦痛に耐えていたかなんて」
「分からない?何・・・言ってんの、私たちだって被検体だった」
「うるさいなぁ、だから何よ」
そのまま、彼女は首を締めてくる。
「う、だ、だから貴方の痛みだって・・・・分かる」
「ハ、嘘もつき続けると意味無いわよ」
彼女の目付きが鋭いものへと変わっていく。
首を絞める腕に力が籠められていく。
次第に頭から血の気が無くなっていき、間近に迫った死を感じる。

「あらぁ、わたしに嘘をついたのは誰だったかしらぁ?」

私が通ってきた通路の奥に黒髪の少女、珠が立っていた。
彼女が驚き手を放した隙に距離をとる。
「珠!帰ろうよ」
「ごめんなさいね、アルちゃん。私、気づいたのよ。
わたしと貴方たちは住む場所が違いすぎるの」
「そんなこと、無いよ」
必死に頭を振る。珠は申し訳なさそうにする。
「ごめんなさいね」
「何で、アンタは逃げたんじゃないの?怖くなって」
珠はまぶたを閉じる。
「えぇ、わたしは逃げたわ。でもね、一つだけ忘れ物があったの」
「何かしら?大切なもの?気になるわね」
「あら、そんな大したものじゃないわ」
珠は片目を開け、腕を振りかざす。
「貴方の首よ」
「安くは無いよ」
「今の時代、市場には人間の臓器ぐらい数万円で売ってるわ」
「ごみ屑みたいなただの人間の、でしょう」
「なら、貴方はごみ屑ね」
「私をごみ屑なんかと一緒にしないで!」
彼女はポッドを全速力で飛ばした。
ポッドはピピピピピ、と電子音と共に小さなランプを点滅させ、珠に向かう。
「特攻ほど馬鹿な戦術は無いわ」
「でも、高威力よ」
「違うわ。私が言いたいのは貴方は単調なのよ」
珠は笑みを顔に湛え、突っ立ている。
自慢げな顔を浮かべた珠にポッドが群がり、一斉にボンッと音を立てて爆発した。
「ふふふ、何が単調よ。木端微塵になったのに」
彼女は勝ち誇った表情を浮かべる。
彼女は珠が死んだと思っている。なぜなら、オリジナルである珠が精神干渉以外を行う可能性が低いと踏んだからだ。
実際、それは妥当な判断だ。
しかし、私は視ている。珠が彼女に勝利するのを
「だから、単調だって言ってるのよ。マニュアル通りに戦いすぎてる。
少しは柔軟な思考を持ちなさい」
「な、何で」
「空間移動能力よ。私もオリジナルなんだもの。他の能力も使えるわ」
「暴発してないなんて」
珠はシニカルな笑みを顔一面に浮かべる。
「だって、私も一応、軍人なんだからどんな時にでも対処できるよう訓練はサボったこと無いわよ」
「こんのぉ!」
彼女はポッドを動かそうとする。程なくして、現れた追加のポッドをまるで動物を愛でるかのように撫でる。
「この子達は良いわ。何でも言うこと聞いてくれる。だからね、貴方を殺してくれるの」
「殺人は犯罪よ」
「貴方たちは犯罪者じゃないの」
「兵よ」
「どっちも同じよ。ほら、行きなさい」
彼女はポッドを軽く押し出す。
ポッドはゆっくりと従うように前へ進む。
前へ前へ。そして、珠の周りを周回し始めた。
「殺しなさい」
彼女はいつも通り指示した。
そして、ポッドは問題なく、珠を瞬時に死体へと変えれる。
しかし、
「あらぁ、どうしたの?」
珠が嬉しそうにニタニタ笑う。
ポッドからの反応が無い。ポッドが命令を受け付けない。
「動け、動け!」
「ちょっと遅めの反抗期かしらぁ?」
それどころか周回をやめ、地面に落ちていく。
「何で・・・・よ・・」
彼女は立ち尽くし、呆然とする。
「それもラジコンと同じで電波によって制御するんだから、それの妨害策は幾らでもあるわぁ」
たとえば、高圧電流とかね、と珠が後ろ出に隠した手の平のうちを見せた。
そこには一本の金属製の短い棒が握られていた。
それはバチバチと放電音と紫電を辺りに散らしている。
「ふふふ、貴方はぁ、もう終わりよ」
ぺたんと、座り込んだ彼女を見下ろしながら、珠は近づく。
「いや、死にたくない。いやぁ、いやだよ。来ないで・・・近づかないで!」
彼女は涙を流しながら叫んだ。
そのとき、彼女を中心に大きな円がコンクリートの地面に焼き付けられた。
その円を囲むように一繋ぎの炎が私たちと彼女の間をさえぎる。
そして、地面が割れ、裂ける。
「何なの、これ」
炎はまるで自我を持って、彼女を守ろうとするかのように人を遠ざける。
「能力の暴発・・・・ね」
珠がつぶやく。
自身と同じオリジナルである故か、珠の瞳には悔しさが見える。
オリジナルにとって暴発は最も避けることが優先される。
「もう、貴方は終わりね」
「殺してやる、お前たちだけでも」
炎の向こうで彼女は光の無い目で睨みつける。
「手段と目的が変わってるんじゃないの」
まさに火の穂とでもいえるものが辺りに火の粉を巻き上げ、激しく揺らめく。
「貴方には誰も殺せない。今までも、此れからも」
私は不思議な光との会話を思い出していた。
『いいかい、オリジナルは数多の能力使用の権利を持つが、それだけに彼らが負った代償は大きなものなんだ』
『大きな代償って何なの?』
『君たち能力者は能力を使用するたび、精神的疲労を抱え込む。
コピーは力が一つしか使えない変わりに、その疲労がオリジナルに比べ、著しく少ないんだ。
それが彼らオリジナルの弱点でもある。
莫大な精神疲労を抱える彼らは、暴発を極端に恐れる』
なぜなら、暴発は予期せぬ、ストレスを与え、そのストレスを切欠に異端因子化を進める恐れがあるから。
「異端因子化が進んだら辿る道は二つ。
一つは異端になる。
もう一つはそのまま、死にいく」
彼女は異端に成るだろう。私はそれが視えていたし、そうなれば勝てる見込みなど無い。
だから、その芽は確実に早く摘まなければならない。
徐々に大きくなる亀裂と炎の向こうの彼女は生気を失い、ただ虚空を見つめ、呪詛をつぶやく。
異端化が進み、精神が侵食されている証拠らしい。
珠は出来るだけ近づき、ホルスターから拳銃二挺を引き抜き、一挺を彼女へと、一挺を自らのこめかみに向ける。
「ごめんなさい、貴方に気づいてあげられなくて。だから、せめて人間のまま死なせてあげる。
大丈夫、わたしも一緒だから怖くないわ」
そっと引き金に指を掛ける。
「何してるのよ、珠、ねぇ、逝っちゃだめ!」
「元は私がズルをしたのよ。
この子は一人で今まで苦しみながら生きてきた。でも、わたしはのうのうと生きてきた」
「そんなこと」
「わたし達にとっては大切よ。仮初でも平和は」
「私が貴方たちのこと守るから、お願い居なくならないで」
珠は首を横に振ると彼女の方を向いた。
「ごめんなさい」
その言葉は私に投げかけられたのか、それとも彼女への物だったのか分からなかった。
だけど、私にも分かったことが一つだけあった。
「な・・・に?」
珠が引き金を引いたはずの銃からは鉛弾も硝煙も出ておらず、それどころかサラサラと崩れていく。
「ただじゃ死なせない」
言葉は倒れて、折り重なり、死体の山にすら見える人の塊から聞こえた。
「重いんだよ、お前。どけよ」
「重くない」
「ほら、喧嘩すんな、チビ共」
「ホント、何なのかしら」
「少尉殿、無事か?」
「全員ケガなしです」
「何が何なんでしょう?」
リアやアリス、フィーネ、アルメオ、リリア、それ以外の気を失っていた面子が起き上がる。
「さっきからどったんばったん五月蝿いんだよ」
「あたしも混ぜろや」
アリスが鼻息を荒げ、拳をぽきぽきと鳴らす。
「もっと、私たちを頼るべきだ。私たちは平和のために銃を握り、背を預けあう仲間なんだ」
珠が振り返る。その目には沢山の涙を浮かべている。
「わたしは、貴方たちとは・・・・違うのよ」
「だから、どうした?関係あるか?私達は今まで通り親友だ」
フィーネが当然といった表情で答える。アリスが大きく頭を振る。
「ばかぁぁ・・・」
ついに珠は泣いてしまった。
「馬鹿ってなんだよ。で、何ぶっ飛ばすんだ?」
アリスが腕をぶんぶん回す。
だけど、その必要は無い。
「大丈夫だよ、彼女はもう敵じゃない」
視線を珠達から彼女へと移す。
彼女は化け物へ成り果てることも無く、死ぬことも無く瞳を閉じている。
「精神的疲労が異端化を促すのは覚醒時のみ」
彼女は酸素欠乏に近い状態で倒れている。
天をふさがれ、四方は壁、人も多い。
そして、その中で大規模な炎を発生させるとなれば酸素が少なくなるのは当然だ。
しかし、僅かながら空気の流れがあったため死に至ることは無かった。
よって、彼女は短い眠りを強制された。
「ストレスは人がつくり、人を蝕む」
それは現代社会の一つの病といっても過言ではない。
だが、
「それを和らげることが出来るのも人間だ」
彼女のことは此れからゆっくり考えればいい。
私達は共に手を取り合い、立ち上がった。

「目標の沈黙を確認。目標は死滅した。繰り返す、目標は死滅した」
巨大イカとICBMの両方を相手しながらの戦闘は厳しいものだったが何とか勝利をもぎ取った。
「上陸部隊も作戦を終了しました」
「30分後に高速艇をだせ」
上陸部隊も無事、戦闘を終了させた。
さて、みんなにはご褒美を用意しないと絶対怒るだろうな。特にアリス辺りが。

「ここって海が綺麗なんですって」
リリアの一言が気になって、全員で海辺まで重い装備を引きずりながら歩く。
「しかし、なかなか良い結果でしたね」
「まぁ、異端を撃破し、オリジナルを保護。文句なしだわ」
「あと、それと海が綺麗だと満点だな」
「人から聞いた話なんであまり期待されても困ります」
リリアがハハハ、と苦笑いを浮かべる。
「別に期待などしていない」
「フィーネ、貴方が意外と綺麗なものとか、可愛らしいものが好きなのは知ってるわよ」
「な、なにを」
「そういえば、この前、貴方の部屋でペンギンのぬいぐ――「そこら辺で黙ってもらおうか」――つれないわね」
「今後について少し話そうか?」
珠とフィーネの間でばちばちと火花が散る。
そのまま、上り坂を歩く。
「なぁー、未だなのか?」
アリスが疲れた、うだー、と文句を垂れながらもついて来る。
「もうすぐですよ。この坂を上った先の・・・・・・あっ、あれですよ」
あれです、あれとリリアがピョンピョン跳ねる。
坂を上りきり、開けた視界には昇り始めた朝日の光を受け、水面をキラキラと輝かせる海が見えた。
「すげぇー」
アリスが分かりやすい感想を述べる。
「すごいわねぇ。キラキラしてて宝石とかみたいね」
「こんなにも素晴らしいものが」
「いろんな人に見せたいな」
「私たちでこの景色守って生きたいわね」
「そっすね」
「折角ですし、近くまで行ってみましょう!」
24日の午前5時丁度の日の出と輝く海はとても良い景色で一生モノの思い出になるかもしれない。
この世界にはまだ沢山謎があるけれどそんなことは後回しにしたいな。
そんなことを思いながら、私達は海の方へと駆け出した。



作戦開始2089年12月23日午後7時50分
作戦終了2089年12月24日午前4時28分

              



            


                                                                                      《 了 》

ソリッドクラウン

お読みいただきありがとうございました。             
次回作は未定であります。

ソリッドクラウン

オリジナル作品 世界は異端因子の恐怖におびえていた。 そして、日本海でとある異端因子が動き出す。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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