イタリアンLife

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中崎 勇、五〇才いまだ独身。
「なんで結婚しないの?」四〇才までは挨拶代わりよく聞かれたが言葉だが、最近はどうやらその言葉の存在感はなくなったようだ。別に独身主義を貫いたわけでもなく、強いて答えるなら結婚する理由を見つける事ができなかった。ただ、四〇才以降は「なんで会社やめたの?」という言葉に変わりはしたが。

中崎はキッチンの傍に二坪ほどの畑で数種類のハーブを栽培している。今年もクレソンはカブラハバチの幼虫に食い荒らされてしまった。目の細かいネットを被せてハチが卵を産みつけさせないようにすればいいが、なぜか中崎はこのハチがそんなに嫌いにはなれないでいる。すぐ隣にイタリアンパセリやバジルがいい香りを漂わせているのにクレソンのみに、まるで執着しているように、食い荒らす。まさに蓼食う虫も好き好き。バジルの葉を摘もうとしたとき中崎の携帯が鳴った。
「いま暇?」宮本の甲高い声が響いた。住宅の営業をしている宮本は水曜日が定休であった。妻と大学生の娘が二人いる。同級生の中崎と宮本は妙に子供の頃から馬があった。
宮本は続けて「昼飯いい?」
「今日はアンティパスト(前菜)がカプレーゼでメインがスパッゲティボロネーゼ、それからワインはピエモンテ産、でよければ。」それから程なくして宮本は中崎のキッチンに腰を下ろした。
カプレーゼはトマト、バジル、そしてモッツァレラチーズにオリーブオイルとすりたての黒胡椒と少々の塩。簡単な料理だが、意外に食べると病み付きなる。
「モッツァレラ、旨いなぁ。」
「これはスーパーに売ってるやつだけど本場物はまたひと味もふた味も違う。この前、行橋市行事のピッツアの店(PIZZERIA DA GIORGIO)に行ったんだけど。そこもめちゃめちゃイタリアに拘ってて、モッツァレラを直接ナポリから空輸で週四回取り寄せているんだって。モッツァレラチーズは成熟行程がないから四日くらいしか保たないらしく、ちょうど着たばかりのモッツァレラを食べる事ができたんだ。」
「でぇ?」
「美味しいっていう表現ではなくて、いま食べてるスーパーのものがモッツァレラみたいな味になったっていう感じかな。また、そこのピッツァが旨いんだ。ナポリで修行した三〇代の店主がピッツァは生地を食べるものですって自信をもって言うくらい、本当にトッピングなんていらないくらいの美味しさだった。」
宮本はボロネーゼも何度もうなずきながら完食した。
「本当におまえのパスタは旨いなぁ。こんなに拘りだしたのフィレンツェに行ってからだよな」
「確かにパスタ麺、トマト、塩までもがイタリア産。拘ってる訳じゃないけど、あのフィレンツェのリストランテの味を再現したかったんだ。」
「仕事が入ってないときはこれが毎日だろ。優雅な生活だよな・・・。」宮本は声を出して笑った。
「でも金なんてかけてないよ。」
「金の問題じゃなくて精神的にさぁ。値段の高いレストランに行っても必ずしも満足するとは限らんだろ・・・。値段の割に旨いとかそうでもないとか。普通の人はいつのまにか金が基準というか、金に生活のすべてが縛られてしまう。」
「ごめんね、俺は普通じゃなくて。でも俺なりに自分の人生は楽しんでるつもりだけど。その一つがマンジャーレ(食べる)。」二人とも声を出して笑った。
宮本が独り言のように「結局、他人の人生を生きてもしかたないか・・・。」

宮本はディロンギで入れたエスプレッソを飲みながら温泉に行く事を提案した。二人の住む大分県は別府温泉に代表される温泉の県である。町の名前の数ほど温泉があると行っても過言ではない。そして、イタリアも日本と同様に温泉を愛する国である。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-13

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