滴る
滴る
「あ、」
買い足したばかりの酒壺が落ちてカランと乾いた音をたてたあと、どろりと白い酒があふれ出した。
もったいない。わざわざ取り寄せた高い酒なのに。
いそいで酒壺を立てる。しかし中身は残念ながらほとんど残っていなかった。
眉間に皺をよせ、無意識に息を吐く。
残念だ。 あの子が帰ってきたら出してやるつもりだったのだけど。これでは二人分もないだろう。
しょうがない、もったいないから飲み干してしまおう。
ごそごそと酒杯を出してそそぐ。
若いころは下女にやってもらっていたが、歳をとった今はあまり人の世話になることを好まない。
少しずつ、少しずつ自分のできることが減っていくような気がする。
だからできることはなるべく自分でするようにしていた。
役立たずだと陰で言われるのはもうおなかいっぱいだ。
楽しみにしていた好みの酒だが、独りでちびちびと呑んでいても不思議とあまりおいしくない。
こくこくこくこく。
小さく喉を鳴らして一気に飲み干す。
「、はぁ」
かたんと酒杯を置いて空になった酒壺を厨に持っていった。
「ええと、なにか代わりになるものはあったかな」
きっとあの子のことだ。
酒の肴になるように気を遣って何か買ってくるだろう。
一緒に晩酌するはずだったのに、何もなしではかわいそうだ。
使いを出してもういちど買ってきてもらおうかな。
そう考えて腰をあげた。
そのとき、ガヤガヤと邸の門が騒がしくなるのが聴こえた。
なんだろう。
下男の仰天した叫び声や女の悲鳴や鳴き声もする。
「?」
不審に思って急いで外に出た。
そこには一つの肉の壺があった。
まだ血がゆっくりと流れている。
もったいない。
ああ、しょうがない、もったいないなぁ。
(ええと、)
不思議と意識は冷静だった。
なのになぜか自分のまわりだけ世界が切り離されたように周りの声が何も入ってこない。
「――――――!!!」
「~~~~――――・・・・・・!」
どろどろと赤い。
滴っている。
(ええと、ええと。)
(なにか代わりになるものはあったかな)
ぼんやりと頭の隅でそんなことを考えたが、そんなものあるはずがないのは最初から分かっていた。
滴る