なまめかしい太陽

なまめかしい太陽

この世界は狂っている。今この世界で気がついている人間がどのくらいいるのだろうか。家族も知人も、近所の人達もみんな狂ってしまった。まともな思考を保持できているのは、俺を含めネット上に集まった同志たちだけだろう。同志たちの話を聞くと全世界規模でこの異常事態が蔓延しているらしい。何も映らないテレビや、更新されないニュースサイトを見る限り、信じたくはないが事実のようだ。なぜこんなことになってしまったのか。


俺が異常の発端に気づいたのは去年の一段と暑い日だったように思う。いつものようにニュースサイトを巡回していたら、『一体何が? 夏のビーチで全裸になる人続出』という胡散臭い見出しを見つけた。内容は海水浴をしていた人たちが急に身に着けているものを放り投げ踊り出したというものだった。このとき俺はどこかの団体のアピールか若者が羽目をはずしすぎたか、とにかくネタ以上のものではないだろうと思っていた。世間様も概ねそのようなまともな反応であったように思う。
しかし事態は予想以上に深刻になっていった。似たようなニュースは日に日に頻度をまし、数を増やしていった。しかもどうやら外国でも同じようなことが起きているようなのだ。みんなようやくなにかおかしなことが起こっていると気づきだした。なにせ街中は日中全裸で踊る気違いどもであふれるようになっていたのだ。世界中がこの異常事態に騒ぎ出した。しかしその時にはもう手遅れだったように思う。あっという間に世界は全裸野郎どもで埋め尽くされた。社会機能は停止し、いまや俺や同志のように服を着て家の中にいる者の方が圧倒的少数なのである。

どうして世界が狂ってしまったのか。その原因はどうやら太陽にあるようだった。まだ社会が正常であったころ、この現象の原因究明のためにいくども調査が行われた。狂ってしまった人を調べたところ、彼らに正常な意志はなく、ただひたすらに太陽を渇望していることが判明した。彼らから得られた言い分は、「あんなに魅力的な太陽を見てじっとしてはいられない。あんなに扇情的で色っぽくて情欲的な太陽を見てしまったらもうなにもかもどうでもよくなるんだ」ということだった。それは熱狂的な太陽の虜とでも言える有様だった。
そして原因が太陽であるということは判明したものの、狂ってしまった人たちに施す治療法などは見つからず、そのまま今の状態に落ち着いた。太陽光線はさながら媚薬のように人々を捉えて離さなかった。神様は突然になんという厄介な能力を太陽に与えてくれたのだろうか。実際日頃太陽をあびているような健康な奴らから次々に服を脱ぎ踊り出していった。
原因が判明してから太陽の当たらない生活をしようとしたものは大勢いたが、その時にはもう狂いだすのに充分な量の日光を浴びてしまっていたようだ。引きこもっていてもいつのまにか誘われるように安全な屋内から出て行き、帰っては来なかった。
全裸で踊る連中はみんな常に太陽に熱狂的な視線をおくっている。その様子はさながら気色悪いひまわりのようだ。日が沈むときには狂おしい目でそれを見送り、夜の間は気の抜けた顔でへたり込む人々。つかの間正気を取り戻すものもいたようだが、朝になり太陽が顔を出すとまた我を忘れ踊り狂う。もはや連中を人と呼ぶのもはばかられた。

今この世界に残っている人間は俺のように太陽が異常をきたす前から常日頃太陽に当たることを忌避して引きこもってきた者だけである。これまでに幾度と無く現状をなんとかしようとして太陽に向かっていった勇者はいたものの、一度太陽に捕まったら誰も逃げることはできないようだ。夜の間正気に戻って報告してくる者もいたが、しばらくすると完全に正気を奪われたのか現れなくなる。世界の異常に耐えられなくなり自ら外に飛び出した奴もいた。
そんな中頑なに外に出ることを拒み続ける俺たちは、太陽の魔の手が届かない部屋の中のパソコンの画面で、日夜打開策はないものかと話し合っている。しかし宇宙に浮かぶお天道様をどうにかする方法など思いつくはずもなく、現状無為な日々を過ごすだけだ。俺達はすでに半ば諦めてしまっている。太陽に当たらず引きこもっていれば無事なのだ。正常な人間などほとんど消えたこの世界で、わざわざ太陽にたてつく義理もない。
しかし数少ない生き残りとして、なんとかしたいという思いも少なくはないのである。俺たちにできるなら、かつての平穏な世界を取り戻したい、あの『なまめかしい太陽』から。

「うわっ、なんだよこれ。」
「どうした?」
「この前ボーナスゲームで『なまめかしい太陽』とかいう恒星アイテムもらったから、さっそく恒星に設定したんだけど、今見たら俺の星の奴ら全裸で踊ってんの。」
「それ知ってる、確か地雷アイテムだよ。とんでもないネタアイテムだって噂になってるけど、実物見るの初めてだわ。」
「マジかよ。うっわ、民度レベル一桁まで下がってるし。もうすぐで八十のるところだったのに。」
「知らないアイテムだったら設定する前に調べろって。ま、星が大爆発しなかっただけマシじゃん。」
「そうだけどさぁ、ここまで民度レベル下がったらデータ消して作りなおすのとそう変わんねぇじゃん。つかみんな裸で踊っててすげぇきもい。」
「見せて見せて。うわぁ、これはきもい、引くわ。」
「また民度上げ直しかよ、めんどくせぇ。もういいや、この『なまめかしい太陽』ごとデータ消して、星作りなおすか。うぜぇ、勉強代にしても高すぎるだろ。」
「どんまい。」
小学生らしき子どもたちが、ゲーム機を覗き込みながら話している。
それは自分だけの星を作って管理できると最近人気のゲームだった。

なまめかしい太陽

なまめかしい太陽

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-07

Copyrighted
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