私は黒い本を拓く 第1章~特異点~
特異点。
それはある基準の下にその基準が適用できない、されない点である。
したがってそれは基準というものがあって初めて認識できるものである。
故に、「~に於ける特異点」、「~に関する特異点」。
などと主に数学や物理学にて用いられる。
ではそれが世界規模なら?
そして次元が違うとしたら?
さらに。
その基準そのものがなかったとしたら?
その「特異」とやらは一体、どれほど溢れているのだろうか・・・。
ここに、一冊の黒い本を用意した。
見て分かる通り中身は真っ白だ。
文章も、挿絵も。
これから描かれていく。
だからこそ。
彼らの物語にタイトルは――――
――――まだ、ない。
無人図書館
ある晴れた日の午後。
私はいつものようにあの屋敷の入り口の扉をノックする。
返事はない。
そしていつものように中へ入る。
鍵はかかっていない。
ここは無人だから。
ホールを抜けて、図書室へ入る。
私がここを図書室だと思っているのは本が一杯あるから。
天井も高く、びっしりと本棚があって全て難しそうな本で埋まっている。
「ね。今日も来たよ」
先程無人だと言ったのに私は挨拶をした。
私が声をかけたのは人相手じゃない。
(やぁ。今日も同じ時間に来たね)
今度は返事が返ってくる。
頭に浸透するように響いた声はこの図書室全体を軽く揺るがす。
私はいつも座っている机に近づいて【それ】を見下ろす。
(君も大概変わり者だね。ボクのような者に何度も・・・)
「いいじゃない。私の勝手でしょう?」
そう私の言葉を交わした相手は―――。
(クックッ。まぁいい。ではめくりたまえ)
―――本だ。
本の世界
「ん・・・・・・」
私が目を覚ますとそこは様々な色合いを持つ森だった。
鳥達は合唱し、リスやタヌキのような小動物が元気に走り回っている。
「おや。今回は早かったニャ。さすがに慣れてきたのかニャ?」
「・・・・・・・ああ。今度はその姿なんだ」
私が見上げるとネコの顔をした背の高い男?が立っていた。
取って付けた様な語尾はおそらく彼なりのロールプレイなのだろう。
「ニャ。自分でも何になるのか分からニャいのだが。まぁそこも
面白いと言えば面白いニャ」
何を隠そう、彼は先程の【本】だった。
それが今回の【世界】ではネコ男になっている。
私も立ち上がるとすぐに違和感に気づいた。
「どれ、自分の姿を確認するといいニャ」
彼が手鏡を渡してきたので私は受け取って覗いてみる。
「耳がとがってる・・・。それに長い金髪になってるんだ・・・」
色々と触って見ながら確認する。ここは森のようだし、これは・・・
「おそらく。【エルフ族】じゃニャいかニャ?」
「そうね。私もそう思う」
そう。この【世界】で私は【エルフ】になっていた。
簡単に説明すれば【本】である彼をめくると
【どこかの物語の世界】へと飛ばされる。
そこでは【本】自身である彼と【本を開いた者】である私が
その【世界】の住人となり、別の姿で過ごす事になる。
私は既に何度かこれを体験しており、
そして何度もあの屋敷に足を運んでいる理由が
彼と、この不思議な体験を味わう為だったりするのだ。
何故、こんな事ができるのかは分からないけれど。
でもそんなのは重要な事じゃない。
こんな面白い事が体験できるだけで私は満足なんだ。
ウキウキと周りを見渡していたら彼が声をかけてきた。
「さて、今回はどのくらい滞在できるか分からニャいがそろそろ名前を決めニャいとニャ」
「あ。そうか・・・それじゃぁね」
「ボクはネロと決めてあるニャ」
「それっていつもじゃん」
「君も呼びやすい方がいいニャ?」
「まぁね。じゃぁーリィナでいいわ」
結局。私達は今まで一番多く使ってきた名前に落ち着いた。
変にボロとか出ない方がいいし。
ネロとリィナ。
それが二人の【世界】での名前だった。
「いつまでもこんな森に居ても仕方ないニャ。街がありそうな方向へ」
「そうね。移動しましょう」
「案内頼むニャ」
「わかるはずないでしょ!?」
「ニャッハッハ。冗談だニャ」
「こいつは・・・っ」
来て早々ネロのペースに巻き込まれたみたい。
はぁ、今回も楽しくなりそうだわ。まったく。
小人族
森を北の方向へひたすら歩いていると小人が3人歩いてくるのが見えた。
私達に気がつくと周りを走りながら
「おっ。 ネビ族とエルフ族が一緒ー!」
「めずらしーい!仲悪いハズなのにっ!」
「めずらしーい!めずらしーい!」
と騒ぎたて始める。二人の周囲をぐるぐると回っている。
「おやおや。これは【小人族】ですかニャ?」
「「「そのとーり!」」」
胸張って答える3人組。しかしすぐにこちらを不思議そうに見た。
「(どうやら仲の悪い種族が一緒にいる事が相当不思議みたいね)」
「(ニャ。まぁここはボクに任せるんだニャ)」
ネロは一歩前に出る。すると小人達はネロに注目する。
「ボクの名前はネロ。こっちの美しいエルフはリィナというニャ。
実はボク達は駆け落ち中なのニャ!」
「ちょ」
「「「おおおおー!? 種族間の禁断の愛ー!?」」」
「ちょ、ま」
「そうニャ!許されざる愛の逃避行!故に追われてるんだニャ・・・」
クッ、と悔しそうにうつむくネロ。
私はあまりの事に思考がついていかない。
「というわけで安全な所へ案内して欲しいニャ」
「「「らんたったーらったったー♪ ほーいほーい♪」」」
小人族の3人が前を楽しげに歩いている。
ネロの頼みを快諾し、自分達の村へ案内してくれるらしい。
これはうまくやったと言えるのかしら?
「どういうつもりよ?」
「種族間で仲が悪いというのはキミの想像以上に根が深いのニャ。
それも他種族が認知してる程になると戦争でもしたかもしれないニャ」
「・・・そうかもね」
「と、なるとニャ。愛し合うくらいの間柄でないと信憑性がないと思ったんだニャ」
勝手に恋人にされる方の気持ちも考えて欲しいんだけど。
確かに先程から歌いながらもチラチラとこちらを窺っている様子から
本当にこの組み合わせは珍しいのだろう。
いきなり大きな街へ行って目立つよりは、ここでちゃんと
認識できたのはよかったのかもしれない。
そしてネロの推測するような口ぶりからしてやはり、と私は思った。
「やっぱり【本】自身なのに【世界】の中の事は知らないんだ?」
「そうニャ。何度か入った他の【世界】もこの【世界】も。全部知らないニャ」
【本】であるネロは【本の中身】を知らない。前にも同じように
確認したが何も知らなかった。
だからこそ私も楽しく冒険できるのだけれど。
そして。
「お二人さん!着いたよ!」
小人達がジャンプしながら手招きしている。
話し込んでいる間に少し離れてしまったようだった。
「なにしてるー? はやくこいこい」
「アツアツラブラブお二人さん!ここなら安全!」
「ネビ族招くのはじめてー!エルフ族もはじめてー!」
なにやらテンションが上がり過ぎててウザいけど我慢しよう。
私達は村の入り口まで早足でいくのだった。
「とーちゃんに会っていくー!」
「俺らのとーちゃん偉い人!村で一番だぞ!」
「村長!村長!」
どうやらこの3人は兄弟のようだった。
父親はここで一番偉い村長さんで奥の一番大きい建物らしい。
「しかし・・・・」
「ええ、そうねー・・・」
私達はその場から動けないでいた。
それというのも。
「ネビ族とエルフ族が一緒に居るぞ!?」
「なんだなんだ!?」
「やっぱネビ族背がたけー!」
あっという間に村人に囲まれてしまっていた・・・。
「(ちょ、ちょっとちょっと。こんな小さな村でこの騒ぎって・・・!?)」
「(これは・・・想像以上だったかもしれないニャァ・・・)」
さすがのネロもちょっと焦っているように思える。
一緒に居るだけでこんなに騒がれるなんてありえない。
「・・・見間違いではないな。驚いた・・・まさかネビ族とエルフ族が・・・」
人ごみがすっと避けるようにして姿を現したのは髭の長い小人だった。
本当に長くて膝まできている。なんていうかほぼ髭。
「「「とーちゃん!」」」
小人兄弟が駆け寄る。
どうやら彼が村長のようだ。
「つい先日、激しい種族間戦争があったばかりだというに。
あれが決定打になったとばかり思っておったわ」
「・・・実は、ボク達にはちょっとした事情があるのニャ。彼らにはボクが
頼んでここまで案内してもらったのニャ」
やっぱり戦争するほど険悪だったみたい。しかも最近・・・?
ネロは深くお辞儀しながら村長に事情を説明しだした。
ネビ族とエルフ族
「と、いう事ですニャ」
「駆け落ち・・・なんという思い切った行動に出たものだ。
両種族から追われることになろうぞ」
「そんなものは承知の上ですニャ。しかし、戦争のせいとはいえ
なんとかならないものかと」
小人族の村長はネロの真剣な眼差しに心を打たれたのか
自身の髭を触りながら真剣に相談に乗ってくれている。
全部嘘っぱちと知っているこっちはかなり白けているけども
口を挟むと余計ややこしくなるに違いない。
「リィナー、リィナー」
「ん?ああ、アナタは・・・」
3兄弟のどれか。
どうも被っている帽子の色で見分けられるようなのだが、
どれがどうなのか覚えてない。
「ごめんなさい。名前を・・・」
「俺、トーマ!」
「俺、トーヤ!」
「俺、サトー!」
「最後苗字!?」
赤い帽子の小人はトーマ。
青い帽子の小人はトーヤ。
黄色い帽子の小人は何故かサトーだった。
「「「なんかつまんないから遊んでくれー!!」」」
小さい種族だからわかりにくいけれど、
どうもこの兄弟はまだ子供のようだった。
村長はネロに任せて、私は3兄弟と外に出ることにした。
村長の家の外へ出ると、3兄弟はダッと村の外の方へ走っていく。
「ちょ、ちょっと村の中じゃないの!?」
「お二人さんに会って忘れてたけど 実は遊んでる最中だったのだ!」
「「のだー!!」」
そのまま門をくぐり抜け、本当に行ってしまう。
放っておくわけにもいかないし、私も走って追いかける。
「はー・・・さすがエルフだなー!美人さんだー!」
門番だろうか?こっちを見ながら呆けたように呟くのが聞こえる。
今は別の身体だからそんな事言われても嬉しくないのだけど。
3兄弟達が外へ遊びに出て行くのをさほど気にしてないみたい。
どうやら毎度の事のようだ。
「あっ!リィナ!こっちこっち」
「なんなのよ・・・一体」
3人が少し大きめの茂みの前でしゃがんでいた。
「あれ、アレとって!」
「あれって・・・・?」
トーマが指差した方向には鹿・・・によく似た動物が居た。
「ばしゅーん!って撃って!」
「弓ー!」
「え・・・?えっ・・・!?」
おいおい・・・そんな経験ないって。
そもそも弓を持っていたっけ?
そう思いながら私は腰に無意識に手をやると
何かを掴んだ感触があった。
「え・・・弓・・・?」
そんな馬鹿な。
こんな所にこの大きさの弓があったら
邪魔で走りにくいことこの上ないはず。
しかし、今手にしているのは木製の大弓だった。
―――あの鹿を射る。
そう考えただけでいつの間にか矢筒を背負い、弓を構えた状態になった。
「えっと・・・こう?」
弦を弾き絞ると神経が冴え渡り、どのくらいの力で、
どの角度で放てばどの部位に当たるかまで想像できる。
一見、邪魔そうに見える木々の枝も、
私の為に射線を避けているかのような感覚に襲われる。
―――今なら、楽に仕留められる。
その瞬間、私は矢を放っていた。
「「「おおおおっー!?」」」
3兄弟の歓声が上がり、茂みから出て
鹿の方へ駆け寄っていくのが見えた。
鹿は私が狙った部位に寸分の狂いもなく矢が刺さり、
完全に絶命していた。
今のは一体なんだったんだろう?
仕留めた鹿?を村長の家に持って帰ると、話は一段落ついたらしく
村長とネロはお茶を飲んでいた。
「帰ってきたみたいだニャ。ん?それは?」
「カルゥだ!リィナがとった!」
3兄弟がカルゥと呼ばれたそれを村長に見せる。
「さすがはエルフ族。いい腕をしてらっしゃる。さっそく頂くことにしようぞ」
「ははは・・・」
いや自分でもびっくりです。
微妙な反応にネロは首を傾げていた。
「そうだニャ。リィナ、村長と話を進めた結果、
ここでしばらく両種族の様子を見ることにしたニャ」
「というと?」
「どうもこの村は、というよりも小人族は元々ネビとエルフの両国の北側に
位置する国に住んでるニャ。だからネビとエルフの戦争を
いつも眺めているということになるニャ」
村長にもらったらしい地図を広げながらネロが説明する。
「そーなんだ。こっちにちょっかいをかけてくる事はないの?」
「小人族の国といってもバラバラに住んでいるようなもので
こういう村が点々とあるだけニャ。そして森ばかり。
なんの旨味もない、と考えてるらしいニャ」
旨味がない?自然豊かな国は狙われるようなイメージがあったのだけど。
「不思議そうな顔をしてるニャ?」
「うーん。狙われない事はないんじゃないかなーって。
小人族は戦闘に関しては脅威にならないし、
進軍するルートとしても・・・」
確かに森だと大人数が動くには厳しいかもしれないけど。
「ネビという種族は基本、獣の姿をした亜人なのニャ。
それも広い草原を駆け抜ける類の。
だから森という場所は相手が相手なだけに絶対に通りたくないルートなのニャ」
「相手だけに?」
「エルフ族には【森の加護】があるらしいのニャ。
何かをする時、森が助けてくれるらしいのニャ」
森の加護・・・もしかしてさっきの感覚の事だろうか?
神経が研ぎ澄まされ、弓の腕を上げてくれたあの感覚。
「ネビが来ないのは分かったけど、じゃぁエルフならやってくる可能性があるじゃない。
むしろ有利になるんじゃ」
「ボクも最初はそう思って村長さんに聞いたニャ。でも違うらしいニャ」
そういうとネロは地図を指差した。
ネロ指差した場所は小人族とエルフ族の国境付近だった。
「この少しだけ森の無い所に昔、小人族の賢者が契約した
土の精霊がいるらしいニャ。
そいつのせいでエルフは大人数で通れないようなのニャ」
「なんで通れないの?精霊が襲うから?」
「その契約した精霊は【エルフイーター】と呼ばれるエルフ族の天敵らしいニャ」
「え、エルフイーター!?え、何、食べちゃうの?!」
不吉な名前に思わず大きな声が出てしまう。
私!今エルフじゃん!
「村長さんも昔の話だからよくわからないと言っていたニャ。
なんにせよそのおかげでエルフ族が侵入してきた事はないようだニャ」
小さくて陽気な小人族のイメージが崩れていくような気がした。
賢者さん何してんの?怖すぎるわ。
「そういうわけで、ネビとエルフは自分達のエリアで
小競り合いをしながら機を窺っているわけだニャァ」
「私、ここでしばらく過ごすのに不安だわ・・・」
「エルフイーターは国境付近に行かなければ大丈夫だニャ」
そうは言っても食べられるとか嫌だっての。
私がげんなりしているとネロは地図を畳んでキッチンの方へと
歩いていった。
「それに、エルフ族は自分から外へは殆ど出ないのが普通。
戦争が起きているのだって気性の荒いネビ族が見目麗しいエルフを
好きにしたいが為。碌なものじゃないニャ」
「それはまた・・・酷い話ね」
こちらをちらっと見ながらそう言い残したネロに、私はぼんやりと受け答えをした。
そして気づく。
「それってエルフはただの被害者じゃない!? もがっ」
キッチンに乱入した私はネロにお肉を口に放り込まれた。
うん、おいしい。
「そーいうわけで。ボク達のように仲の良い二人組は
本来有り得ない事なんだニャァ」
「・・・もぐもぐ(そーですね)」
私達のやりとりに3兄弟が笑い転げていた。
「・・・エルフはもっとこう、クールなイメージがありましたなぁ・・・」
そりゃ悪かったですね。中身が違うんですよ村長さん。
まぁこれは言えないんだけどさ。
「いい仕上がりになりましたニャ。カルゥの肉は柔らかいんですニャァ」
「我々もたまに罠を仕掛けて捕まえるんですがの。
いやぁリィナさんが居れば楽になりますなぁ」
また置いてけぼりな雰囲気でネロと村長は意気投合していた。
不穏
小人族というのは好奇心が旺盛で自由な種族だ。
私達の事も3日で慣れてしまったのか周囲に集まったり
遠目からジロジロ見ることも無くなった。
ただ3兄弟だけは私達に、というより私に懐いてしまったらしく
森へ何回か付き添って遊びに行く事が多かった。
ネロは村長から本を借りて大体読書を楽しんでいた。
「おー!百発百中ー!」
「俺にも貸して貸して!」
「ずるいっ!俺にも!」
3兄弟が用意した的に矢を全て的中させると、
弓矢を貸してと強請っては挑戦する。
ここの所それが日課となっている。
「大きさが合わないから上手くならないと思うわ」
「「「えー!?そんなー!」」」
「ちょっと、待っててね」
私はそう言って良さそうな木の枝を捜して振ってみる。
しなり具合も丁度いいし、これにしよう。
ナイフを取り出して少し削り、それと丈夫な革紐を巻きつけて
簡単な弓を作った。
これもエルフの知識なのだろうか・・・
私は慣れた手付きで小さめの弓をトーマに渡した。
「わぁぁ・・・くれるのー?」
「まずはこれでね? 後の二人もちゃんとあげるから」
持ち手に赤い布を巻いたのがトーマ用。
青い布がトーヤ。黄色い布がサトー、と全部作ってあげた。
飛距離はそんなに無いものの、ちゃんと射れば獣だって倒せる。
「すっげー!リィナすげー!」
「宝物にする!すげー!」
「ありがとう!ありがとう!」
3兄弟は大はしゃぎで的に練習用の矢を使って射始める。
全然当たってなかったが満足そうだ。
私は自分の手を見ながら考えに耽っていた。
この身体になってから本来の自分じゃできない事ができるようになった。
考えてみれば。
【人間】以外の人物になるのは初めてだった。
「ふむふむなるほど。弓を作ってあげたのかニャ?器用なもんだニャ」
ふと顔をあげると、書物を手にしたネロがこちらに歩いてきていた。
「ネロ・・・? 読書は終わったの?」
「ま、大体はニャ」
ネロは目を細めて顎に手をやると、私の方をじっと見つめてきた。
「何?」
「君もその身体に慣れてきたかニャ? おそらくそろそろ」
空を見上げて言い放つ。
「ネビ族側から動きがありそうだニャ」
ネロ、リィナ達の居る小人族の国より南西。
ネビ族の前線基地の一つである砦にて動きがあった。
「ルガル隊長。いらっしゃいますか」
「開いている。さっさと入れ」
「はっ」
犬の頭をした兵士がドアを開けると、そこには褐色色の狼男が居た。
「エルフ共に何か動きがあったか?」
「いえ、ですが北の森に妙な動きがあったと」
「あぁ? 北っつったらチビ共の領域だろうが。なんか関係あんのか」
「渡り鳥によると黒い猫のネビ族の姿があったらしいです」
「黒だと・・・? 間違いねぇのか」
怪訝な表情でルガルが聞くと、兵士は頷いた。
「報告に来た渡り鳥はシルバー将軍の・・・」
「ああもういい。わかったわかった。なら正確だろうよ。この事は本国に裏ァ取れ」
「はっ! 了解しました!失礼します」
兵士が急いで出て行くと、地図を見ながらルガルはため息をついた。
「黒い毛皮の【最下級市民】は国から出れないはずなんだがな・・・」
「順位制?あの犬とかが飼い主につけるような?」
「そうだニャ。ネビ族国内では市民を順位制で分けてるのニャ」
私達の上空を飛び回っている鳥を見上げながら
ネロは私にネビ族の事を教えてくれた。
「といっても、動物の種類や家柄で決めてるわけではなく、
単純に産まれた時の【毛色】で分けてるニャ」
「毛の色? ネロみたいな黒い毛とか?」
「そうニャ。例え兄弟や親子であっても、色で優劣が決まるワケだニャ」
という事は強そうな熊の人も階級の高い色の
鼠の人の言う事を聞かなきゃならないのかな?
私が首を捻っているとネロは一冊の本を懐から取り出した。
「ネビ族の国には色んな獣の種がごちゃごちゃになって暮らしてるニャ。
故に弱肉強食や各々のルールがまかりとおり、国としての機能が
なかなか成り立たなかった歴史があるニャ。そこで、唯一のルールとして
【毛色の順位性】が生まれたのニャ」
パラパラとページを捲りながらすらすらと説明する。
そして目的のページを私に見せてくれる。
「まず【金】。これは王の毛色ニャ。当然、なかなか産まれない。
50年間隔で今のところ産まれてくるようだニャ」
「次に【銀】。国の要職に就いてる者達だニャ。この辺りから下級の家でも
産まれてくる事があるようだニャ」
「それは家の人にとってラッキーかもね。
・・・赤ん坊に頭下げたりしてるのかもねー」
「次に【赤系】。軍の上層や街の長を任せられるようだニャ。
普通の家よりいい暮らしは出来るだろうニャ。
そして【褐色系・その他】。よく見られる色で沢山居るニャ。
これが普通の市民という位置づけになるニャ」
「それじゃ。普通じゃない位の市民が居るのね?」
「その通り」
ネロは本を閉じて懐にしまう。
「産まれた時から最下級市民としての烙印を押されるニャ。
子供であってもずっと働かされ、産まれた街から出ることも叶わない。
教育もされず、ただ国の為に動かされる人形と化す。
結婚も国から割り当てられた者同士で行い、
かなりの確率でまたその色の子が産まれてくるニャ」
ネロは静かに目を閉じて私に背を向けて歩いて行こうとする。
さっきの説明になかった色の背中がそこにある。
「・・・・・・その色ってもしかして」
ネロはよくできましたと言わんばかりの笑顔で振り向き、言い放った。
「そう。【黒】、ニャ。ボクの今回の立ち位置はそういう事らしいニャ」
そう言って、ネロは楽しそうに空を見上げるのだった。
獣達の国
小人族の国の南西、ネビ族の前線基地よりもさらに南。
険しい山を背にネビ族の国はあった。
ネビ族の国【ゴルディアス】
その中央に位置する城【ゴルドキャッスル】に
金色のたてがみを靡かせた獅子の男が城下を見下ろしていた。
エルフ族に戦争を仕掛けた張本人でもあるその男は
ネビ族の頂点に立つ王だった。
「・・・・・・嫌な風が吹いてやがんなぁ? オイ」
まるでチンピラのような口調で傍に控えている男に向かって言い放った。
控えている男は頭を下げたまま微動だにしない。
「俺はよぉ。美味そうなエルフを連れて来いって言っただけだよなぁ?
それがなんだ? ここんとこ一人も俺の所に来てねぇんだけどよ?」
「・・・申し訳御座いません。先月の大規模な戦以降、国境の警備が
より一層厳しくなっておりまして、生け捕りは難しいかと思われ・・・」
「へっ。使えない奴らだよ。軍も、テメェも」
吐き捨てるように言うと王は玉座に向かって荒々しく歩き出す。
未だ頭を下げ続けている男―銀色の狐―はそのまま報告を続ける。
「それとシルバー様が御呼びです。 中庭でお待ちしてらっしゃいます」
「あ? 兄貴が? ちっ、仕方が無ェな・・・」
いかにも面倒臭そうな顔をしながらUターンし、テラスから中庭へと
直接飛び降りる。
「ああっ!? またそうやって!」
「うっせーんだよ! こっちのが早いだろがっ!」
そう、降り立った中庭から怒鳴るのであった。
「相変わらずだね。ゴルドは」
王に向かって、普通に言葉で話しかける声が後ろから聞こえてきた。
「んあ? よう、兄貴。相変わらずなのはそっちもだろうがよ。
今度は一体何の用だ? 小言なら聞き飽きたぜ」
そう言ってゴルドは面倒くさそうな顔を隠しもせず、
兄である銀色の獅子、シルバーに体を向けた。
「・・・やっぱり、やめないのかい? 戦争を」
「たりめぇだバカが。 欲しい物を手に入れる力が今の俺にはあんだ。
【生え変わり】でまさか金色になれるとは今でも信じられねぇが
これは選ばれた証。 好きにやって何が悪い?」
【生え変わり】
ネビ族には毛の生え変わる時が存在する。
それは一生に一度に個々のタイミングで起き、
それによって成人したと判断される場合もある。
ゴルドのように王の色である金へと変わった事は
今までに一度も無かった。
そもそも途中で色が変わることさえ確認されてなかった事だ。
「・・・僕の、せいか?」
「ああ?」
「ボクがエルフの娘に恋をしなければ・・・」
「ハッハッハッハッハッハッ! 笑わせんなよ!」
ゴルドはシルバーを笑い飛ばした。
俯いたままのシルバーに対して言い放つ。
「自惚れんな。 テメェ如きが理由で戦争なんざ起こすかよ。
ま、感謝はしてるぜ? 俺はエルフがあんなに美人揃いとは
知らなかったからよ。 クク、ハッハッハッ!」
ゴルドは笑いながら話は終わったとばかりに中庭から去る。
王と成った弟が去っていくのを見ながらシルバーは一人空を見上げた。
「やっぱり・・・。 僕のせいじゃないか・・・」
「本当の行ってしまうのですな」
小人族の村長が私達の見送りに来て心配するように言った。
ネロは頭を下げてから村長と握手する。
「短い間でしたけども有難うございましたニャ、村長。
渡り鳥に見つけられてはしょうがない事だニャ。」
「うむ・・・エルフ、そして最下級市民の毛色である君の事が
知られてしまったなら、この村にも何かしらの接触があろうな」
「ですニャ。その前にここを離れますニャ。村長もお元気で」
もう一度固い握手を交わす。
私も村長と握手をしようと近づいた。
「リィナさん。息子達が大変お世話になりました。
今は遊び疲れて眠っていますが・・・」
「かえって良かったかもしれないです。きっと大騒ぎするでしょうし・・・」
「・・・ですな。それで、どちらへ行くつもりですかな?」
笑みを浮かべて村長が訪ねるとネロは空を確認し、小さい声で行った。
「ボク達は、エルフの国へ行こうと思ってますニャ」
―第1章完―
私は黒い本を拓く 第1章~特異点~
作者より
「ここまで読んで下さり誠に有難う御座います。これにて第一章は終わりです。
これからものんびりと更新していくので宜しくお願いします」