1/0(0分の1)第一部
未来において、人類にとっての理想社会とはどのようなものか。理想は人によって違うものだろう。その理想をすべて満たす社会が理想社会ではないだろうか。そのような事が可能であろうか。すべての人が幸福になることが理想ならば、その幸福とはいかなるものであろうか。人が生きる意味や目的とは何なのか。今、人類が向かっている方向性は正しいものなのか。本当に我々、人類は幸福になるために生きているのだろうか。物質社会で本当に人間は幸せになれるだろうか。現在、想像できうる未来社会を描くことで、その答えは見出されないか。読者に判断してもらいたいと思いこの作品を書こうと思います。
シルバー(1)
「昔は労働というものがあったんだよ。」シルバーはレイに言った。
「労働というと、今はシルバーと同じアンドロイドやロボットがやっていることだね。」レイは少し物知り顔でシルバーに聞いた。
「確かに、僕たちアンドロイドやロボットがやっている生産や流通というような作業を、昔は人間がやっていた事実はあったのだけれど、それは今の感覚とは少し違うんだ。例えば、僕の場合は君の友人として行動するようにプログラムされている訳だよね。君が子供の頃から成長するにしたがって言動から姿形まで変えてきたんだけど、それは、あくまでもそうするようにプログラムされているからであって、自分の意志というものがあるわけではなく人間にプログラムされたように行動しているだけなんだ。それは他の作業に携わっているアンドロイドやロボットについても同じことが言えるわけだよ。」シルバーは決してレイの言うことに逆らっているわけではないことを、解かってもらいたいように慎重に言葉を選んだ。
「昔の人は自分の意志で働いていたの。」レイは不思議そうな顔をして聞いた。
「正確に言うと必ずしもそうではないんだ。貨幣制度というものがあって、金というものといろいろなもの、そうだね例えば衣食住のすべてとか楽しみとかを金で買うことができたんだけど、労働することによって金を得ることができたんだよ。つまり逆に言えば、働かなければ金を得ることができないので生きていくことすらできなかったんだ。だから人間は金を得るために労働せざる得なかったんだ。」シルバー少し言い訳をするように言った。
「そうすると、働きたくなかった人も働かなければならなかった事になるね。それは君たちアンドロイドやロボットがプログラムで動いているのとどう違うの」レイは畳み掛けるように質問した。
「さっきも言ったように、僕たちには意志や感情というものがない訳だよね。つまり、それはアンドロイドやロボットには欲望というものがないからなんだよね。でも人間は欲望を満たすために自分の意志や感情と反する行動がとれるんだよ。逆に意志によって欲望をおさえつけることもできるんだよ。働きたくないというのは意志でもあり欲望でもあるんだけど、意志や欲望をコントロールして、働きたくなくても働くことができたんだよね。そこがプログラムに逆らえない僕たちとは違うところなんだよ。」シルバーは少し困ったように言った。
「でもどうしてそうまでして欲望を満たす必要があったのかな。」レイはいぶかしげな顔をした。
シルバー(2)
「必ずしも欲望を満たすために働いていた人ばかりでなくて、金の為だけではなく自分の信念や使命感とか趣味で働いていた人も大勢いたんだよ。今でも医者とか研究者や職人のような人もいるからね。ただ昔は国家とか企業などの組織があって、その中で労働の量や質で格差をつくって、社会的地位によって、個人に順位付けをして社会的地位が高いほど収入が多かったり、社会の中で優遇されたんだ。社会的地位が高いほど自由に行動ができ、その地位が低いものに命令をしたり行動を制限することができたんだよ。まるで今の人間が僕たちアンドロイドやロボットに命令するようにね。だから人間は競争をして相手を蹴落としてでも高い社会的地位に就こうとしたんだよ。」シルバーはレイが納得する様に詳しく説明した。
「それは何となく分かるような気がするけれど、競争しても勝つとは限らなかったんじゃないの。」レイはまだ納得いかないようだった。
「そうだね、もちろん勝つ者がいれば、負ける者もいただろうからね。でも、社会の構造がピラミッド式になって繋がっていたため、人間に格差がつけられて、そのことに不満を持っても、誰もそんなシステムを打ち破ることができなかったので、多分、空しくなった人も大勢いただろうね。でもね、たとえ空しくともそういう生き方をすしかなかったんじゃないかな。それに、そういう風に生きるように、生まれたときから教育されていたんだからね。」
その言葉を聞いたとたんレイは思いついたように言った。
「教育というと、例えばサナトリウムでやっている様なものの事を言うの。」
「今、サナトリウムで行っている教育はあくまでも自傷他害を起こすような人を対象に、精神的な治療を目的として行われているものであって。誰もが教育を受けるというわけではないのだけれども、昔の教育はすべての子供に義務化されたものだったんだ。」
「なぜ、義務化する必要があったの。」
「もちろん、一定の知識を与えることが目的だったんだけど、今なら知りたいことを自由に学ぶことができるし、終生、学問をすることができるしね。でも、昔の教育は、子供の間の一定期間に限って、学びたい知識より学ぶべきことを教え込むものだったんだよ。それは、社会が求める人間を造りだすために都合のいい情報を与えることによって、一定の考え方を持たせたり、思想や主張、もっと極端な言い方をすれば、社会に適合する人格そのものを作り出すことを目的としたものだったんだよ。」シルバーは落ち着いた調子で言った。
シルバー(3)
「なぜそんな恐ろしいことをする必要があったの。」レイは驚いた様子で聞いた。
「社会が秩序を保ちながら安定して成長していくためには、そういった構造的な要因は必要だったんだよ。ピラミッド式に構築された社会に不満を持ったり、疑問をもってそういう社会を破壊しようとする人間が現れないようにする為には、小さいときから教育しておかないと、そういった社会の構造そのものが崩壊してしまう恐れがあった訳だからね。だから教育によって人間がどのように生きるべきかを決定しておく必要があったんだね。つまり、どのような生き方をすれば幸福になれるかを人間自身が知っておくべきだったんだ。だから、人間は幸福になるために競争して少しでも高い社会的地位に就くことやお金を儲ける事をなんの疑いもなしに努力したんだよ。」シルバーはレイを落ち着かすために穏やかな口調で話した。
「でも、競争に負けた人は不満をもたなかったの。」レイは首をひねった。
「もちろん、そういった人もいたね。例えば金を持たない人が金を持っている人を殺して金を奪うというようなこともあったんだけど、法律というもので、そういう犯罪は禁止されていたんだよ。もし犯罪を犯すと警察という機関に逮捕されて、刑務所というところに閉じ込められ労働を強制されたり、時には殺されたりしたんだよ。警察は犯罪を防止する為にいつも人を監視していたんだよ。」
それを聞いてレイは思わず言った。
「シルバーが僕を監視しているようにだね。」
「僕はレイを監視しているわけじゃないよ。ただレイに危険が及ばないように見守っているだけなんだよ。」シルバーは言い訳がましく口ごもった。
レイはシルバーの様子を見て笑いながら「わかっているよ。いつも心強く思っているよ。」と言ったあとまじめな顔をして「昔の警察も人に危険が及ばないように、見守っていたんじゃないの。」と聞いた。
「確かに、そういう面もあったんだけど、国家という組織の中で法律を守って、その構造に服従しているものだけが、守られる対象であって、社会に不満を持ったり、社会構造を破壊しようと法律を犯すものは社会から排除されたんだよね。例えば、今なら暴力で人を傷つけてしまうような人はサナトリウムで治療を受けて治れば社会に復帰できるのだけれど、昔は罰を与えてそういう人を社会から排除するために警察があったんだよ。」シルバーは少し顔をしかめた。
「それは、恐ろしいね。」レイは両手を広げる仕草をした。
「レイは現代に生まれて幸せだと思うよ。」シルバーはそっとレイの肩にさわった。
「そうだね」とレイは笑ってシルバーと別れた。
ロン(1)
レイがシルバーと別れてしばらく行くと幼馴染のロンが現れた。ロンはレイの顔を見るなり言った。
「まだ、お前はアンドロイドと付き合っているのか。」
「シルバーはいい奴だし、話も合うんだ。」
「奴が話を適当に合わせているだけだろう。奴らは今の社会に都合のいいことしか言わないで、人間を監視しているんだ。」
「監視している訳じゃなくて、他人に傷つけられたり、自殺を防ぐために見守っているだけだよ。」
「そんなことを口実にして機械は人間を支配しようとしているんだ。」
「シルバーはそんな事を考えないよ。アンドロイドは人間の行動には口出ししないし、人間に従うようにプログラムされたているんだ。」
「そのプログラムが問題なんだ。誰がプログラムを入力しているかだ。」
「全体の意見をアンケートしてコンピュータで集計して、相対的関数で決定されているんだよ。」
「結局、機械が決めているだけじゃないか。」
「違うよ。人間が決めたことをコンピュータが集計しているだけなんだよ。」
「それが機械に支配されているということじゃないか。人間には自殺する自由もないんだぞ。」
「まだ、死にたいのか。」
「ああ、死にたいね。この前も、部屋で首を吊ったのだけれど、アンドロイドに阻止されて蘇生されてしまったよ。奴らはこちらの行動が全部お見通しなんだ。それこそ排便からセックスまで全部みられているんだ。それを、監視といわずなにが監視なんだ。」
「アンドロイドは人間の行動に関して口外はしないから、恥ずかしくはないよ。」
「自由がないんだよ。生きる自由があるのなら、死ぬ自由もあっていいだろう。」
「なぜ、そんなに死にたいんだ。」
「考えてみろ。みんな機械に頼って生きているんだ。機械なしでは生きていけないんだ。こんな世の中に人間が生きる意味があるのか。」
「それなら自然主義者のように、自給自足の生活をすればいいだろう。」
「この時代に、昔に戻ってそんな生活をしてなんのいみがあるというんだ。俺は生きてる意味を知りたいんだ。生きる意味もわからずただ機械のように生きていくことに疲れたんだ。」
「楽しみならいくらでもあるじゃないか。芸術でもスポーツでも好きなことをやって生きていけばいいんだ。」
「楽しみがなんだというんだ、結局、そういったもので生きる本当の目的をあやふやなものにして誤魔化しているだけじゃないか。それなら麻薬をやってラリっているのと同じことだろう。」
ロン(2)
「麻薬をやるのとは違って、芸術や学問は人格や教養を高めて、人間を向上させるものなんだ。」
「生きる意味も目的もわからないのに、どんな教養や人格が高いものかがわかるのか。その目的もわからずに向上させる意味があるのか。」
「命を大切にするということだよ。」
「命と言うなら人は他の生物を殺して食べなければ生きていけないんだ。それで命を大切にするなどとよく言えるな。人間の命だけが大事な理由は何なんだ。」
「最近は光合成食品もあるし、必ずしも生物を殺す必要はなくなっているよ。」
「光合成食品と言っても、微生物の集合体だろう。微生物は生物ではないのか。生きていく目的さえ分からずにそんな風に命を粗末にしている人生が嫌になるんだよ」
「食物連鎖があるから仕様がないことだよ。」
「その食物連鎖の頂点に立つ人間の存在する意味は何なんだ。」
「すべての人の幸福だよ。」
「じゃあ、なぜ俺はこんなに苦しいんだ。自分の生きる意味さえわからず、死ぬことさえ許されないなんて地獄だよ。」
「自分の好きなことをやればいいじゃないか。」
「生きる意味もわからないのに好きなことが見つかる訳はないだろう。お前は、生きる意味が分かっているのか、生きる目的が見つかったのか。だれも、そんなことは分からずにただ生きているに過ぎないのだろう。俺はそんな生き方が我慢ならないんだ。」
「人間は人類のために生きているんだ。人類のためになることをやればいいんだ。」
「人類のためだって。人類のために生きている奴がどこにいるんだ。おまえは人類のためになにをしているんだ。」
「だからと言って、死ぬことはないんじゃないか。生きていれば自分の生き方も見つかるんじゃないか。」
「人類が誕生してから、誰も生きる意味もその目的も分かっていないのに、そんなものが簡単に見つかる訳はないだろう。」
「自分だけの意味を見つければいいんだよ。」
「そんな自己満足に浸るのなら麻薬でもやるほうがましだろう。それが人間らしい生き方なのか。俺は兎に角、この苦しみをなんとかしたいんだ。まあ、仕方もないからサナトリウムでも行ってくるよ。」と言ってロンは去った。
レイは急にエレンに会いたくなって連絡をとった。
エレン(1)
エレンはレイに会うと、微笑みながら「私もちょうどレイに会いたかったの。」と言った。
レイも微笑んで「とりあえず、セックスでもしようよ。」と言った。
二人は部屋で絡み合ったあと一息入れた。
「ねえ、レイ、あなたは宇宙人に興味ない。」エレンはレイを覗き込むように聞いた。
「宇宙人というと地球外知的生命体のことだね。」レイはエレンに話を合わせた。
「そうよ。会ってみたいと思わない。」エレンはレイの興味を引くように聞いた。
「そんなものいやしないよ。」レイは興味なさそうに答えた。
「まだ、見つかってないだけで宇宙のどこかに存在すると思うわ。」エレンは力強く言った。
「いたとしても、何万光年むこうの話さ。」レイはエレンの態度に押されながら言い訳をするように言った。
「何万光年離れた場所にいるとしても、人類には宇宙人に会う使命があると思うの。現代で地球上で人間がするべきことは、なくなってきていると思うの。今、人類がやるべきことは他の知的生命体と交流することよ。それが今人類に与えられた使命なんだわ。」エレンは一気にまくし立てた。
「そんなこと機械に任せておけばいいんだよ。現に無数のアンドロイドやロボットの乗った宇宙探査船がいたるところに飛んでるじゃないか。」レイは少し怒った口調で言った。
「人間と機械では違うわ。たとえ他の知的生命体と会えたとしても、機会では情報を伝えることはできても気持ちまでは伝えることはできないわ。私たちが何を思い、何をしたいのかを伝えなければ意味はないと思うの。」エレンは冷静な口調で言った。
「情報だけで十分じゃないか。」レイは言い放った。
エレンは一呼吸おいて言った。「ねえ、レイは愛についてどう思う。」
「愛って人を好きになる気持ちのことだろ。」レイはエレンの突然な質問に少し驚きながら答えた。
「レイは私のことを愛してる。」エレンはレイの目を見て聞いた。
「もちろん愛してるよ。君の事は好きだもの。」レイは突然のエレンの言葉にとまどいながら、答えた。
「じゃあ一緒に、宇宙に行きましょう。」エレンはあっさりと言った。
エレン(2)
「宇宙に行くだって。宇宙に行くと言うのは月や火星に行くってこと。」レイは慌てて聞いた。
「そんなんじゃなくて、宇宙人と会うまで宇宙を旅するという事よ。」
エレンは真面目な顔をして言った。
「宇宙を旅するだって。宇宙船で暮らすと言うことなの。」レイは戸惑いながらエレンの顔を見た。
「そうよ、宇宙船で暮らしながら宇宙人を捜して旅をするのよ。」エレンは少し微笑んだ。
「そんな馬鹿なことをどうしてする必要があるんだ。宇宙に行ったって宇宙人に会える訳がないじゃないか。結局、宇宙人に会えずに宇宙船で死ぬだけだよ。」レイはエレンの提案に困っていた。
「確かに、私たちは宇宙人に会えないかもしれないけど、私たちの子供や子孫が会えるかもしれないじゃない。きっといつか会えると私は信じるわ。」エレンは自分に言い聞かせるように言った。
「そんなことに意味はないよ。宇宙空間を当てもなく漂うなんて、退屈なだけだよ。」レイは哀願するようにエレンを見た。
「レイは私に会えなくなっても平気なの。」エレンはすかさず言った。
「今まで通り、こうして会おうよ。そんな宇宙に行くなんて言わないで、地球に住もうよ。」レイの声には力がなかった。
「私のことを愛してるのなら一緒に宇宙に行けるはずだわ。」エレンは言い張った。
「僕は君を愛してるよ。君は僕の事を愛してないの。愛してるんだったら、そんな宇宙に行くなんて言わない筈だよ。」レイは哀願した。
「レイは地球でするべき事があるの。私は宇宙でいつか宇宙人に会うという目標があるけど。レイには目標があるの。レイが地球で何かをやるという目標があるのなら、私だって考えなくもないわ。」エレンの言葉は力強かった。
「別に何か目標があると言うわけじゃないけど、そんな宇宙に行くことに意味があるとは思えないんだ。」レイの声はいよいよ小さくなっていった。
「レイは私を愛しているんじゃなくて、ただセックスをしたいだけなんだわ。」エレンは怒った口調で言った。
「違うよ、セックスは他の女性ともしてるよ。ただ君といると楽しいし落ち着くんだ。他の女性とは間違いなく違う女性なんだ。僕にとってはエレンは特別な存在なんだ。」レイはエレンをなだめるのにひっしだった。
エレン(3)
「じゃあ、どうして一緒に来てくれないの。私の事を愛しているのなら、同じ価値観を共有できるはずよ。私にとって意味あることなら、あなたも興味を持ってもいいじゃない。頭から私の言う事を否定するなんて、私を愛していない証拠だわ。」エレンは断言した。
「愛してるよ。でも突然の事だし、そんなに簡単には決められないよ。」レイは言い訳がましく言った。
「私は明日旅立つわ。それまでに心を決めて頂戴。」エレンは最後通告のように言った。
「明日だって。とても決められないよ。」レイは泣き声だった。
エレンはレイの言葉を無視して「ところで、レイは避妊手術をしてないの。」と、聞いた。
レイはエレンの突然の質問に戸惑ったが「うん、してないよ。」と小さな声で言った。
「どうして。」エレンは優しい声で聞いた。
「別に意味はないよ。ただ面倒臭いだけだよ。」レイは力なく答えた。
「ふーん。そう。」エレンは意味深に頷いて「じゃあ、明日ね。」と言って、部屋を出て行った。
レイはシルバーを呼んで聞いた「愛ってなんだろう。」
シルバーは少し考えた後「僕らには愛という感情がないから、よく分からないけど、人とか何かを愛すると自分よりも愛する対象が大事なものに思えるみたいだね。つまり自分を犠牲にしてもその対象を守ろうとするんだ。愛は人にとって大事な感情だけど、その大事なものを守るために争い事が起きる場合もあるんだよ。」と言った。
「愛って厄介なものだね」レイはため息をついた。
レイはその夜はよく眠れなかった。
次の日、レイはエレンに会って気まずそうに言った。
「やっぱり、一緒には行けないよ。」エレンはそれを聞いて残念そうに「そう。」と言っただけで、レイと別れて振り返りも4rせずに宇宙船に乗り込んで行った。
エレンを乗せた円盤状の宇宙船は、グルグルと回りながら上昇して、雲の彼方へ消えて行った。レイはその様子を見ながら暫く空の彼方を見上げながらエレンとの事を考えていたが、ふとエレンが「地球でやることがあるのか」と言っていた事が思い出され、それがロンの「生きていく意味がない」と言う言葉が重なった。ロンがサナトリウムに行くと言っていた事を思い出して。レイもサナトリウムに行ってみよう思った。レイはロンに会いにサナトリウムに向かった。
ジョー
レイがサナトリウムに行くと、すぐにロンが現れた。
「エレンと別れたんだってな。結局、エレンも宇宙に行くなんてこんな地球に飽き飽きしたんだろう。俺が死にたいと考えるのと同じことだよ。」
「エレンは目的があって宇宙に行ったんだ。お前が死にたいと言うのとはちがうよ。」
「目的というが、宇宙人に会うという目的が、叶うと思うのか。達成できない目的など、何の意味もないのと同じだろう。」
「お前が死ぬことには意味があるのか。」
「生きることに意味がないのに、死ぬことに意味がある筈がある訳ないだろう。ただ意味もなく生きている事は苦しいけれども、死ねば楽になるというだけだ。」
「死ぬことに意味があれば、生きることにも意味があるのか。」
「死ぬことに意味があるとは思えないが、人を殺すことには意味があるみたいだぜ。」
「人を殺すだって、誰がそんな馬鹿なことを言ってるんだ。」
「このジョーという奴が俺を殺してくれるというんだ。」
「俺がジョーだ。こいつが殺してくれって頼むから殺してやることにしたんだ。」
「承諾殺人ということか。」
「まあ、そういうことかな。ただ、俺は人を殺したくって堪らないんだ。そこに、こいつが現れて殺して欲しいって言うから、渡りに船ということで殺すことにしたんだよ。」
「人は結局、動物なんだよ。本能的に生物を殺したいと思っているんだよ。殺すことで快楽を得ることができるんだ。食物連鎖の頂点にいる人間を殺すことは最高の快楽というわけだ。」
「そんなことが許される訳はないだろう。」
「じゃあどうして人を殺しちゃいけないんだ。」
「そんな事を許したら社会の秩序が保てなくなるだろ。」
「殺して欲しいという人間を殺すことが社会と関係があるのか。個人の問題だろ。殺したい奴がいて、殺されたい奴がいる。個人の欲求を満たすのが社会の役割なら、承諾殺人は許されて当然だろ。」
「いろいろ御託をならべるのはなしにして、さっそく俺に殺させてくれ。」レイは突然気が遠くなって、その場に倒れこんだ。
シルバーが駆け寄りレイを医者の所へ連れて行った。
精神科医(1)
目覚めたレイはシルバーにロンやジョーの話をした。シルバーは静かにレイの話を聞いていたが、レイに少しの間待って欲しいと言い、一人の男を連れてきた。男は自分を精神科医だと名乗った。
「君のアンドロイドの話を聞くと、どうやら君には妄想があるようだね。ロンもジョーも実際には存在しない人物のようだ。」精神科医は穏やかな口調でレイに言い聞かせるように話した。
「そんな筈はない。確かにロンやジョーと会っていたし話もしたんだ。」レイは精神科医の話を必死に否定した。
「確かに君には実体のあるものとして感じられるだろうけど、現実には存在しない人間なんだ。精神を病んだ君が君の中で作り出した人々なんだよ。」精神科医はレイを説得するような口調で言った。
「精神病ということなの。」レイは諦めたように聞いた。
「そうだね。やはり精神病と判断して良さそうだね。まずは治療をしなければならないんだけど、その前に君に詳しく話を聞かなければならないんだ。よかったらロンやジョーの話を詳しく聞かせてくれないか。」精神科医はレイの承諾を求めた。
レイは精神科医にロンとのやり取りやジョーの事を詳しく話してきかせた。精神科医はところどころで質問をしながらレイの話を聞いた。
「つまり君は今の世の中に不満を抱いて、死にたいと思っているんだね。」精神科医はレイの言うことに理解を示すように言った。
「別に死にたいと思っている訳ではなくて、生きる意味が見出せないだけだよ。」レイは精神科医の言うことを否定した。
「承諾殺人については、肯定的なんだね。」精神科医は話を切り替えた。
「承諾殺人についてどうして許されないのかがわからないな。」レイは精神科医の言葉を補足した。
精神科医は少し考えたのちレイに言った。「とにかく、妄想については薬で抑制することができるよ。
「精神病は治るの。」レイは精神科医の目をじっと見た。
「うーん、それは時間をかけないとわからないな。これだけ医学が進歩した今でも精神病の原因はわかっていないんだ。もちろんストレスから来る物なのだけど、それがどう精神病に結びつくのかがわからないんだ。だいたいから精神そのものがどういう物なのかがわからないんだ。目に見えるものでもなく検査の仕様がないものだから、精神がどのようにしてできているのかがわからないんだ。だから精神病の特効薬とかこれだという治療法がみつからないんだ。つまり僕にも君の精神病がなおるのかどうかはわからないんだ。」精神科医はもどかしそうに話した。
精神科医(2)
「じゃあ、精神病は治らないの。」レイは絶望したように聞いた。
「必ずしも治らないわけではなく時間をかければ治る可能性は高いし、なにか精神にとっていい事があれば突然、治ることもあるんだよ。精神病は脳内物質の変化によって引き起こされるものであることは分かっているのだけれど、脳自体には何の異常も見つからないんだ。結局、精神活動そのものが脳に働きかけて脳内物質の変化をもたらし、不安や恐怖感などをあたえるんだ。だから回りの人間にはなんの理由もなく怒ったり笑ったりするから、それが異常行動に見えるんだ。そういうものが内向すると妄想や幻聴という現象を引き起こすんだね。君は妄想という現象で病気が引き起こされたんだ。」精神科医はレイを安心させるように詳しく話をした。
「どうすれば治るの。」レイは切迫して聞いた。
「妄想自体は薬によって抑えることができるんだけど、やはり精神活動そのものを改善していく必要があるね。例えばね、体のどこかに触ったぐらいでは誰も痛がらないけれど、そこの皮が剥けていたりしたら少し触れただけで激痛が走るよね。それと同じで精神が傷ついた状態が精神病なんだ。その傷がどの辺なのか、どのぐらいの傷なのかはわからないけど、傷を癒す為にはなるべくストレスを精神に与えないようにして楽しいことをして暮らすことが大事なんだ。」精神科医は自分の意見を分かりやすく説明した。
「どのくらい時間がかかるの。」レイは不安そうに聞いた。
「ぼくは、剥き出しの精神と呼んでるんだけどね。今、君の精神は剥き出された状態にあるんだ。その状態がどの様なものなのかが分からないと、何とも言えないんだ。すぐに治る場合もあるし、時間のかかる場合もあるんだ。」精神科医はあいまいに答えた。
「今、ぼくはどうすればいいの。」レイは心細くなって聞いた。
「そうだね。なるべくストレスを感じないように生活をして、なにか自分の欲求をみたすことをやってみることだね。例えば生き甲斐になるようなものを見つける事は重要だね。」精神科医はレイを諭すように言った。
「医者は生き甲斐のあるような仕事なの。」レイは逆に聞いた。
「確かに、僕も生き甲斐を見出すために医師になったんだけど、精神科医になって自分の限界を知ったね。精神というものが何かもわからず、病気の原因もわからないのに精神科医をやり続けるのは、たいへんだよ。最近はだんだん機械的になって薬を処方するだけになってきているから、生き甲斐を感じることはできなよ。」医者はため息をついた。
「じゃあ、どうして精神科医を続けているの。」
「ある意味義務感かな。使命感と言えるほどではないけど自分のやるべきことだと思えるし、僕も精神が何かを知りたいという気持ちもあるからだね。」精神科医は自分の気持ちを伝えた。
「ぼくには何をするべきか、何をしたいのかがわからないんだよ。」レイは途方に暮れてつぶやいた。
「君は承諾殺人に興味があるようだから政治運動でもして承諾殺人を社会に認めさせたらいいんじゃないかな。もしそれができたなら病気が治る可能性があると思うよ。今日はとにかく薬を注入しておくから、様子を見て一ヵ月後にまた診察に来てくれないか。」精神科医はレイを元気付けるように言った。
レイは薬をうって、病室を出た。暫く呆然としていたが、精神科医の言うとおり、承諾殺人を社会に認めさせるために、政治活動をするべく、政治運動家の所へ行ってみようかと思った。シルバーを呼んで政治運動家の紹介を頼んだ。
政治運動家
レイはシルバーから紹介を受けた政治運動家の所へ行った。
「君が僕のアンドロイドが君のアンドロイドから紹介のあったレイだね。」政治運動家は忙しそうだった。
「そうだよ。僕がレイだ。」レイは即答した。
「話は聞いてるよ。承諾殺人を認めさせたいんだね。」政治運動家は早口で言った。
「僕には承諾殺人が悪いことにはおもえないんだ。」レイはなおも説明しようとした。政治運動家はレイの言葉をさえぎって「それじゃ、理由を詳しく書いてパソコンでで送ってくれよ。賛同者を募っておくから。」と言った
「それだけで、いいの。」レイは拍子抜けしたように言った。
「今はそれどころじゃないんだ。みんなこの世の中に満足してしまって、世の中を変えようという意欲があまりなくってね、アンケートに答えてプログラムを変えようという人間が少なくなっているんだ。それでアンケートの投票を呼びかけるのに忙しくて、アンケートの内容まで手が回らない状態なんだよ。承諾殺人の賛同者が一定数集まったら連絡するよ。」政治運動家は面倒臭そうに言った。
「僕にやれることはないの。」レイはなおも食い下がった。
「そうだね、自分でパソコンを使って賛同者を集めるぐらいかな。まあ、とにかく政治はやってみることだよ」と言って去って行った。
レイはあまりの期待はずれに幻滅しながらも、パソコンを使って賛同者を募った。しかし返ってくる答えは否定的なものばかりだった。主に殺人そのものを否定する意見や自殺を助長するという意見が多く寄せられた。そういった反応は予想していたことだが、レイを落胆させた。
「言わんこっちゃない。結局は誰も解ってはくれないのさ。」ロンがレイに耳打ちした。
レイがそんなことをしながら一ヶ月が過ぎ、またサナトリウムに薬を打ちに行く日が来た。レイは気が進まなかったがサナトリウムにいくことにした。
ジニー(1)
レイがサナトリウムの待合室で順番を待っていると、隣に暗い顔をした若い女が座った。レイはその表情に興味を持って女に話しかけた。
「君はどうしてここに来てるの。」レイの声に女は少し驚いた様子をみせたが、すぐに気を取り直して「死にたくなるからよ。」と言った。
「僕は妄想が見えるからなんだけど、薬を打つと妄想はあまりでなくなるけど、なんか自分が自分でなくなるような気がするんだ。」レイは正直に話した。
「そうなのよね。私もそんな気がするのよ。たしかに死にたいという気持ちは消えるけど、それは自分の本当の気持ちではないと思えるの。だからあまり薬は打ちたくないけど仕方ないものね。」女は諦めたように言った。
「だったら診察をやめてどこかへいかないかい。」レイは思い切って切り出した
「それもいいわね」女はレイの言葉に同意した。
二人はサナトリウムを出てお茶をした。
「僕はレイと言うんだけど君の名前はなんていうの。」レイは明るく名前を聞いた
「私はジニーよ。」女は簡単に名前だけを名乗った。
レイはジニーに今までの経緯を話した。
「私も承諾殺人がどうして悪いのかわからないわ。」ジニーもレイの話に乗ってきた。
「そういう訳で、承諾殺人の賛同者を募っているんだけど、あまり芳しくないんだ。」レイは打ちひしがれたように言った。
「それなら、こういうのはどう。私が死にたくなったら、あなたに殺してくれって頼むの。あなたが私を殺せば承諾殺人になるでしょう。」ジニーはこともなげに言った。
「いいの。僕に気を使っているならそんな必要はないからね。」レイは確認する意味で聞いた。
「別にあなたの為じゃないわ。今は薬が効いていて切実に死にたいと思わないけど、また死にたくなったらあなたに殺して欲しいのよ。私は死ぬ手間も省けるし、あなたは望みが叶うわけだから、こんなにいい事はないわよ。」ジニーはうれしそうに笑った。
「君がそれでいいのなら力になるよ。君が本当に殺して欲しくなったらいつでも言ってくれよ。楽に殺してあげるよ。これはあくまで承諾殺人だからね。」レイもなにか希望が見えて来たような気になってきていた。
ジニー(2)
「でもロンの言うように生きていくにはその意味は必要だと思うわ。」ジニーはレイが話した事について触れた。
「君にとって死ぬことには意味があるのかい。」レイはジニーを見つめた。
「死ぬこと自体に意味を求めているわけじゃないの。ただ私は生きている実感がほしいの。死ぬことによって生きてる実感が得られると思うの。」ジニーは息を荒げた。
「生きている実感なら他の方法でも得られるような気がするんだけどな。」レイは疑問を呈した。
「そんな方法はないわよ。私は死にたいと思っているときに生きてる実感を感じることができるの。だからなかなか死ねないのよ。それであなたにいっそのこと殺して欲しいの。」ジニーの声は切実だった。
「死にたいと思っているとき生きてる実感があるのなら、ずっと死にたいと思って生きていけばいいんじゃないの。」レイはなおも聞いた。
「それはとても苦しい事なの。死にたいのに死ねないのは地獄だわ。」ジニーは顔を歪めた。
「そうなのか。だから僕に殺して欲しいんだね。わかったよ、必ず君の望みどおりするよ。」レイはジニーの言葉に納得した。
「でもあなたの言う通り、他に生きてる実感を感じれる方法があればいいわね。」ジニーはレイに話を合わせた。
「精神病になって精神について興味を持つようになったよ。生きてる実感も精神的なものだし、精神そのものがどのようなものかを知ることが僕たちの悩みを解消させる方法なんだと思うよ。」レイは思っていた事を口にした。
「そうね。確かに精神については私も考えるようになったわ。精神を以前よりも感じることができるようになったわ。」ジニーもレイに同意した。
「僕には精神が肉体と分離して存在するように感じられるんだ。もちろん精神と肉体は繋がっているものなんろうけど、病気になってそれが別々に存在しているように感じられることが多いんだ。」レイはわが意を得たとばかり話した。
「私も、精神が自分自身とは別にあるような気がする。」ジニーも頷いた。
「それが、病気のせいと言えばそれまでだろうけど、実は精神と肉体は別々に存在するんじゃないのかな。」レイはジニーと話が合うのが楽しくなって来た。
「私もそう思うわ。私という存在が精神とは別に存在して、精神にコントロールされているように感じるわ。」ジニーも楽しそうだった。
ジニー(3)
「肉体ばかりでなく思考も精神にコントロールされていると思うんだ。」レイはジニーの言うことを補足した。
「思考も感情さえも精神にコントロールされているんだわ。だから薬によって自分自身が変えられるように感じるのよ。」ジニーは思いついたように話した。
「そうだね、薬は精神に働きかけるものだから、薬で自分自身が変わってしまうように感じるんだろうね。でもこのまま薬に頼らずに生きていけるだろうか。」レイは独り言を言うように聞いた。
「自分が精神にコントロールされているとするなら、精神を自分がコントロールする必要があると思うの。」ジニーはレイに言い聞かせるように答えた。
「マインドコントロールの事だね。その精神をコントロールする自分って何なんだろう。」レイはなおも疑問を呈した。
「それが生きる意味ということなんだわ。生きる意味そのものが自分自身と言えるんじゃないかな。」ジニーは自分に言い聞かせるように言った。
「そうだね結局生きる意味とか目的持たずに生きていくことは精神にコントロールされて生きるという事なんだね。機械に頼って機械にコントロールされて生きている現代人と同じと言えるね。」レイは納得がした。
「やっぱり生きている意味を探さなければ、精神病も治らないということよね。」ジニーは話を戻した。
「自己満足や思い込みで、生きてる意味を感じてる人は多くいるけど、そういう人もある意味精神に支配されているとも言えるね。本当の意味で、生きる目標を持ってる人はいないんじゃないのかな。」レイは自分の意見を言った。
「自己満足で生き甲斐を感じれる人は幸せなのよ。でも私はそういうことができないから、不幸なんだわ。たとえ思い込みでもいいから生きている実感を感じたいわ。」ジニーはため息をついた。
「僕はそうは思えないな。やっぱり本当の意味で生きる目的を見つけたいよ。」レイは自信なげに言った。
「承諾殺人で私を殺す事は生きる目的にならないの。」ジニーはレイを正面から見た。
「承諾殺人を実践する事には意味はあると思うけどそれが僕の本当の生きる意味とは思えないな。」レイは気まずそうに答えた。
「それじゃ哲学者のところへいってみない。彼らはいつもそういう事を考えているんでしょ。なにかヒントが見つかるかも知れないわ。」ジニーはレイに提案した。
「あまり気は進まないけど君がそういうのなら行ってみようか。」レイはジニーに促されるように承諾した。
哲学者(1)
二人はジニーのアンドロイドに連絡を頼んで哲学者のサークルに行く事にした。約束の日に二人が訪ねると、数人の男女が出迎えた。
「君たちか、人生に悩んでいるというのは。」一人の男が寝そべりながら声をかけた。
「人生に悩んでいると言うより。生きる意味を考えているんだ。」レイの言葉にその男が応えた。
「生きる意味なんて考えても仕方のないことだ。結局、人生なんていうものはゲームに過ぎないんだよ。それは個人的な問題ではなく、我々が経験できる在りと在らゆる出来事とか、自然現象や人類の歴史のすべてが限りなく交錯して織り成している世界と言うものが、体系的な規則性を持ち、各人がそれぞれプレーヤーとして存在しているゲームの中に組み込まれているものでしかないのではないかな。」
別の女が口を挟んだ。「それは個人を無意味なものとして考えられる結論よね。個人の思考や意志をゲームの中に取り込んで、人生そのものの要素と成りえる存在そのものを否定する考え方だわ。人間は人類の理想のために生きているんだわ。人類の理想とはすべての人の幸福が実現される社会の成立なんだわ。」
「きみの言う理想社会の実現のため人生と言うものも、個人の意志や思考を無視するものだろう。理想社会を求めないと言うのも意志なのだから、現に今の社会に満足して今の社会を理想として考えている者も大勢いるんだ。」別の男が反論した。
「結局、ゼロという数字の意味をどう考えるかによって結論が導き出される問題だね。つまり、ゼロを無として存在しないものといて考えるかその存在を認めるかで意味が大きく違ってくるからな。例えば立体というものは点の集合体だけど。点はゼロな訳だからあらゆる立体はゼロの集合体となる。それと同じように社会を構成する個人を点と考えれば、個人はゼロということになる。個人の存在を認めるかどうかはゼロの存在を認めるかどうかに係っている。」隅で今まで黙っていた男が言った。
「それは個人の死をゼロと考えるかどうかだわ。死というものがゼロにあたるなら、その死を存在しないもの、その死が無というものとして考えていくのか、その存在を認め死を無とは考えないかでは、人生そのものの意味も大きく違ってくると言う事よ。」別の女が言った。
哲学者(2)
「死に意味をもたせるという事は危険な考えだな。死に意味があるなら自ら死を選ぶ人間が増えるだろう。そうなれば社会が不安定になる恐れがある。」男が言った。
そこにレイが口を出した「死に意味がなければ、生にも意味がなくなってしまうんじゃないか。」ジニーもレイの後に続いて言った「なぜ、自殺がいけないの。」
「生きる事に意味があるというなら自殺する必要はないじゃないか。結局、社会の中で自分の存在価値が見出せないから自殺するんだろう。生きる意味イコール自分の存在価値なんだよ。」さっきの男が吐き捨てるように言った。
「自分の存在価値というけど、そういうものを持っている人はいるの。」レイは冷静に聞いた。
「そんなものは自分で見つけるんだよ。」男は面倒臭そうに言った。
「それが見つからないからあなたたちの意見を聞きに来たのよ。」ジニーが少し怒ったように言った。すると十字架を持った女が言った。
「人間は神のご加護の許に生きているのです。神の御意志のままに考え行動するのです。死ねば神の御許にいくことができます。私たちのすべきことは、少しでも神に近づけるように努力する事です。」女が話し終えたと同時にそこにいた人々が話し出した。
「人生はゲームだ。」「人類の理想を実現するのよ。」「ゼロの意味を知る事だ」「社会における存在価値を見つける事だ」「神の御意志に従いなさい。」それぞれが勝手な事を言い出した。
「結局、あなた方はいい加減な事を言っているに過ぎないんだ。」レイは怒鳴ってジニーの手を引き外に出た。
「やっぱり、無駄だったね。」レイはジニーを慰めるように言った。
「だれも本当の答えはわからなよね。」ジニーは少し落胆した様子を見せた。レイは気をとりなさせるようにジニーを誘った。
「自然主義者のところへ行ってみない。」レイは笑顔を見せた。
「自然主義者って昔のような生活をしている人たちよね。」ジニーはいぶかしげに言った。
「そうだよ、少し興味があるんだ。」レイは身を乗り出した。
「私はぜんぜん興味はないわ。」ジニーはやる気なさそうに言った。
「今回は君に付き合ったんだから今度は僕に付き合ってよ。」
「仕方ないわよね。あなたにはいざとなったら殺してもらわなきゃいけないんだから。」ジニーは諦めたように言った。
自然主義者(1)
レイはシルバーに頼んで自然主義者とアポイントをとってもらった。
ジニーも渋々付いてきた。二人が自然主義者の家を訪ねると。初老の男が出迎えた。
「こういう生活に興味があるのかね。」その男は笑顔を見せた。
「特に興味あるというわけじゃないけれど、こういう生活で文明社会にない良さとかはなんなのか知りたいんだ。」レイは男に自分たちが来た訳を言った。
「やっぱり、自然と向き合って生きていくことだな。農業や畜産をやっていると自然の偉大さがわかるし、自分が自然の一部だと言う事が実感できるんだ。」男は広がる農園を見渡しながら言った。
「それは園芸や動物を飼育する事を趣味にしている人とどう違うの。」レイは聞いた。
「わしらは家族でそれをしているんだ。」男はきっぱりと言った。
「家族と言うと結婚というものをして子供を産み育てているの。」レイは尚も聞いた。
「そうだ。わしらは家族を作って、家族で生活をしているんだ。」男は当然の事の様に答えた。
「そんな生活は煩わしいだけだわ。」突然ジニーが口を挟んだ。レイは少し驚いた。
「何も煩わしい事はない。お互いがお互いを尊重しあえば、プライバシーは守られるし、自由に生活できるものだ。それよりもみんなで生活する事の方がメリットはたくさんある。たとえば孤独を感じずに済むし、お互いが助けあってなごやかな生活を営むことができる。」男はジニーに言い聞かせるように言った。
「じゃあ、なぜみんな15歳くらいで独立して文明社会で生活するのよ。」なおもジニーは食ってかかった。
「それは育て方を間違えたからだ。子供を育てるのは大変な事だが、やりがいのあることでもある。自分の子供を育ててると子供が生き甲斐になるんだ。たとえ子供が家を出ても、自分の育てた子供がどこかで生きていると思うと心がなごむんだ。それに文明社会に飽きたらまた戻ってくるよ。」男は頑なに言い張った。
「あなたには、子供がどんな思いで家を出るのか分かっていないわ。子供がこういう生活の中でどんなに傷つけられるかを。」ジニーは思いつめたように言った。
「愛して育ててやれば子供も感謝するし、正しい人格形成のためには親の愛は大事なんだ。」男は悠然とした態度をとった。
自然主義者(2)
「親の愛と言うけど、そんなものは身勝手なものだわ。結局、自分が楽しみたいから子供を育てるなんて、子供にとっては、いい迷惑だわ。」
ジニーは怒って言った。
「人間も他の自然動物と同じ動物なんだ。動物が子供を育てるように人間も自分の子供を育てることが自然なのだ。」男はジニーの怒りに動ぜず落ち着いた口調で言った。
「私の親は自然主義者だったのよ。私がどんな思いで子供時代を過ごしたか、あなたには分からないでしょう。いつも親の監視の中で、親の顔色を伺って過ごしたのよ。あんな惨めな思いはしたくないわ。」ジニーは自分の過去を告白した。
「君の親がどういう親だったかは知らないが、機械に育てられるよりはいいだろう。人の愛も感じないで育つよりは、親の愛の元で育つ方が人間らしいだろう。」レイはその言葉に反論した。
「機械に育てられると言うけど、専門の保育士もいるし、人間の愛は感じる事はできるんだよ。」レイの口元は怒りで震えていた。
「保育士といったって、他人じゃないか。親の愛とは比べ物にならないよ。」男は平然と言った。
「親の愛と言うけど、結局は親のエゴにすぎないのよ。親によって育て方が違ったり、子供に悪影響を与える育て方をするよりも、専門家が育てる方がいいに決まってるわ。」ジニーは怒って言った。
「君たちは今の機械文明社会が永遠に続くと思っているんじゃないか。こんな社会はいつか崩壊するんだ。その時、わし達のような生活が正しいと思えるんだ。」男は毅然とした態度で言った。
「どうして今の社会が崩壊するなんていえるんだ。」レイは男に食ってかかった。
「こんな社会は自然の摂理に反しているから、いつか崩壊するんだよ。それが自然な現象というものなんだ。今の機械文明が崩壊すれば人間は機械に頼る事ができなくなって、自活する事を余儀なくされるんだ。そうなれば、わし達の生活と同じ事をしなければ生きていけなくなるんだ。そのためにも家族制度は必要なんだ。」男はレイを威圧するように言った。
「機械文明が崩壊したとしても家族制度が必要だというのは意味がわからないんだけど、なぜそうまで家族制度にこだわるの。」レイは尚も食い下がった。
「家族は社会の最小単位なんだ。家族制度があってこその社会なんだ。家族制度がしっかりと守られていないと社会の根幹にかかわるんだ。愛があってこその家族だし、家族あってこその社会なんだ。」男は言い張った。
「社会の最小単位は個人じゃないか。個人によって社会はつくられているんだろう。」レイも反論した。
「それは、あまりにさびしい考え方だ。今は機械にいろいろやらせているから独りでもなにも問題がないかもしれないが、機械文明が崩壊して人間がいろいろやらなければならなくなったら、みんなで協力する必要があるだろう。その時家族が必要になってくるんだ。」男は言いたいことを言った。
「機械文明が崩壊する事自体あり得ない話しだし、あんたの言うことも話にならないね。」レイは突き放した言い方をした。
「まあ、いつかわしの言っていることが分かる日が来るさ。こういう生き方をする人間も必要だと言う事がね。」男はさびしそうに言った。
レイとジニーはその場を離れた。
社会(1)
自然主義者と別れたあと二人はお茶をした。
「君が自然主義者の子供だったなんて知らなかったよ。悪い思いをさせてしまってごめんよ。」レイはジニーにすまなさそうにあやまった。
「ううんいいの、私も言いたいことを言えたし、あなたも自然主義者がどんなものか分かったでしょ。」ジニーは気が晴れたようにさばさばと言った。
「自然主義者の言っている事は滅茶苦茶だよ。機械文明が崩壊するなんてありえないよ。」レイはジニーに同意するかのように言った。
「機械文明は崩壊するかもしれないわ。だからといって家族制度を復活させるなんて許せないわ。」ジニーは怒りの表情を示した。
「確かに、家族制度は無理があるみたいだね。親によって子供の幸せが決まるなんて不公平だよね。」レイもジニーに合わせた。
「でも昔はそれが当たり前のようになっていたのよね。そうしないと社会が成立しなかったのよ。そのために親の犠牲になる子供が増えたために、社会が子供を育てることになったのよ。それを昔に戻そうという考えが許せないわ。」ジニーは尚も怒っていた。
「家族制度がないと社会が成立しないというのは理解しがたい状況だけど、人間も動物みたいな生活をしていたんだね。」レイは首をかしげた。
「そうね、人間が他の動物と同じ生活をしていたなごりが家族制度なのよね。でも動物は子供が育てば子離れして自力で生きていけるようにするけど、人間は制度で死ぬまで家族関係を続けたのよ。そのため子供の自由や自立の妨げになったのよ。子供の自由や自立を認める事は親にとって苦痛な事だったのよ。だから親は子供を育てる事をやめて社会が子供を育てるようになったのよ。」ジニーは少し落ち着いて話した。
「社会が子供を育てるのは当たり前だけど、何の為に社会が子供を育てるかだね。やっぱり社会に役立つ人間を生み出すことを目的にしているんだろうね。結局、個人のために社会があるのではなく社会のために個人が存在するんだよ。」レイはジニーの様子を見ながら言った。
「つまり社会のために生きる事が個人の目的なのよね。でも、どんな社会のために生きるのかは個人の自由だと思うの。」ジニーはレイの言葉に反応した。
「だいたいから今の時代に社会のために生きる事が難しいよ。今の社会で自分の存在意義を見出すことはできないと思うよ。」レイはジニーの興味を引くように言った。
「そうね。全部機械がやってしまうから、人間のやることがなくなってしまうのよね。」ジニーは少し落胆したように言った。
「僕たちに精神があるように社会にも精神が存在すると思うんだ。個々の精神が集約されてそれが社会の精神になって、その社会の精神に合致する精神の持ち主は幸福になって、その精神に合致しない人間は不幸になるんじゃないかな。」レイは話を切り替えた。
社会(2)
「つまり社会が個人の精神も支配しているということなのね。結局、個人は自分の意志では生きられない仕組みになっているということね。」ジニーはため息まじりにつぶやいた。
「うん。そういうことになるね。僕たちが精神病になったのも社会の意志ということなんだよ。社会によって精神病になることを決定づけられたんだ。だから僕たちが精神病を治すには社会の助けが必要なんだ。」レイがそう言うとジニーが口を挟んだ。
「社会に助けてもらうのではなく、社会自体を変えて自分の思うとおりに生きていけばいいんじゃない。」ジニーはそう言うとレイを見つめた。
「社会を変えるなんて不可能なことだよ。大部分の人間が満足している社会を一人で変えるなんて無理だよ。」レイは慌てて言い返した。
「だから私は死ぬことを選んだのよ。あなたは私を殺してくれればいいのよ。でも私を殺した後、どうやって生きていくの。また殺してくれっていう人を捜すの。」ジニーは冷静な語り口で言った。
「君を殺した後に何かが変わる気がするんだよ。殺すといっても承諾殺人だからね、僕には罪の意識はないし君を殺す事で自分の中で何かが変わると思えるんだ。」レイは苦し紛れに言い訳をした。
「つまり私を殺す事で自分自身を変えて社会に合わせるように作り変えたいのよね。今のあなたは社会に不満を持っているから精神病になったと思ってるんでしょう。私を殺す事で社会に対する不満を解消しているんだわ。」ジニーはレイを責めるような口調で言った。
「そうかもしれないね。確かに社会に対する鬱憤をはらそうという気持ちはあるけど、それが社会に合わせるとかじゃなくて、こういうことをする事によって社会に働きかけたいという気持ちもあるんだよ。」レイはジニーに納得してもらえるように言った。
「そうね。承諾殺人をすることがあなたのためになるのなら、喜んで殺されてあげるわ。」ジニーはさばさばと言った。
「これは僕自身のためではなく、君のためでもあるんだ。君は死にたいんだろ。だから僕に承諾殺人を頼むんだろ。だから僕のやる事は社会のためではなく僕と君の問題なんだ。」レイはジニーを見つめながら言った。
「いいわ。理由が何にせよあなたは私が死にたくなったら殺してくれれば私の望みは叶うわけだから。私はこんな社会からオサラバしたいだけだから、あなたの為であろうとも、社会のためだろうと関係ないのよ。」ジニーは投げやりに口をすぼめた。
「君の望みは必ず叶えてみせるよ。まかしといてくれ。」レイはジニーと約束して別れた。
愛
レイは考えがあって暫くジニーと連絡をとらなかった。するとジニーの方から連絡が来た。
「死にたくなったの早く来て。」ジニーの声は切迫していた。
「わかったすぐにいくよ。」レイはジニーのところへ向かった。
ジニーはレイに会うとしがみついて懇願した。
「早く殺して。」ジニーの顔は蒼褪めていた。
「どんな風に殺して欲しいの。」レイは冷静な口調で言った。
「方法なんてどんな風でもいいわよ。首を絞めるのが一番簡単でしょ。」ジニーはイラつきながらレイの体を揺さぶった。レイはゆくっりとジニーの首をつかんだ。
「やっぱり殺せないよ。」レイはため息をついた。
「それじゃ約束が違うじゃない。」ジニーは叫んだ。
「君の事を愛してしまったんだ。」レイはジニーの首をつかんだまま告白した。
「いまさら何を言っているの。本当に愛してると言うなら殺してよ。私の願いを聞いてくれるのが愛でしょ。」ジニーは少し慌てたように言った。
「僕は君なしじゃ生きられないんだよ。だから君を殺せないだよ。」レイは尚もジニーの首をつかんだまま言った。
「そんなのあなたの我がままじゃない。私の願いを聞いてよ。」ジニーはレイの腕をつかんで叫んだ。
その時レイはジニーの顔を引き寄せて無理やりジニー唇にキスをした。二人はキスをしたままその場に倒れこんだ。レイはジニーの服を脱がしてまさぐった。ジニーは少し抵抗したが結局それに応えた。二人はお互いの体をむさぼりあった。
事が終わった時、ジニーが言った。
「愛なんて結局そんなに続かないわ。」ジニーはため息をついた。
「続かなくても今、愛し合っていればいいじゃないか。」レイはジニーを見つめて言った。
「私はあなたのことを愛しているかわからないわ。」ジニーもレイを見つめて言った。
「愛していなくとも僕と一緒にいることは不愉快じゃないだろ。」レイは呟くように言った。
「そうね。あなたといると少し安心できるわ。」ジニーはレイを励ますように言った。
「じゃあ、一緒にいようよ。君が僕を愛していなくても、僕はかまわないよ。」レイは少し嬉しそうに言った。
「あなたがそう言うなら、わたしも一緒にいてもいいわ。」ジニーは少し投げやりな調子で言った。
「じゃあそうしようよ。」レイは安心したように言った。
ジニーは黙って頷いた。二人は黙ったままそこにたたずんでいた。
1/0(0分の1)第一部
第一部を書き終え一段落ついたところで思う事は、まだまだ書き足りないことが多いということだ。はじめてこういう形で小説を書き、勝手がわからず大部、手こずったが一応書き終えたことにほっとしている。ひとまずここで公開して様子をみながら、続きを書いていくつもりだ。第二部も大体のストーリーはできあがっているが、第一部で書けなかったことが第二部で書けるのか不安だ。