いじめ崩し(いじめは私が無くす!心理療法士神尾の挑戦)

イジメは、永久に無くならないとよく言われます。
確かにこの世からイジメが無くなる事は永久に無いのかもしれません。
イジメかどうかの判断も解釈によって180度違ってきたりもします。
しかし解釈の違いではなくイジメと言うより犯罪行為と言った方がいいイジメが存在します。
そして自殺につながるイジメは、そんな犯罪行為でもある理不尽なイジメなのです。
せめてそんな理不尽なイジメだけでも無くせなくても1件でも少なくしたい・・・
そう考えて小説の中の絵空事ではなく本当に社会に一石を投げかけたく思って書いたのがこの作品です。
この作品は永久に未完成と言えます。
この作品を読んでいろいろな意見を聞かせてもらい活用できる意見は随時書き足し作品に反映させていくつもりです。

いじめ崩し(いじめは私が無くす!心理療法士神尾の挑戦)

いじめ崩し(心理療法士神尾の挑戦)

イジメは、いつまで経っても無くならない。

中学生A少年は、同級生の5人にイジメを受け、何度もお金を要求されノートに「もうこんなことはボクだけでやめてくれ・・」という遺言とイジメた5人の名前を残して自宅の勉強部屋で首を吊って自殺した。

女子高校生Bは、4人の同級生から度重なる陰湿なイジメを受けてイジメた同級生の名前とイジメの一部始終を書いたノートを残し学校の屋上から投身自殺を遂げた。
そんなイジメは、起こる度にテレビで取り上げられ教育評論家がもっともらしいコメントを語り、市や県も二度と同じ悲劇が起こらない様に最善の対処をして行きたいというコメントをお題目の様に唱えるがイジメは一向に無くならない。

ある5月の夕方、池袋のカラオケボックスで火災が起こった。しかしその火災はただの火災ではなく日本中を震撼させる事件の始まりだった。その火災がただの火災ではなかったのは部屋にいた焼死した男子高校生5人はその5人の中の一人が撒いたガソリンを全身に浴びせられガソリンを撒いた生徒が自らのライターでつけた炎に焼かれ焼死するという言わば無理心中に近い事件だったからである。

そしてその4日後、静岡県の中学校の屋上で7人の女子中学生が同じくガソリンに引火した炎に焼かれ全員が死亡するという事件が起きた。

そう・・それらは事故ではなく明らかに仕組まれた事件だったのである。

その事件には、事件を起こした子供たちから先生と呼ばれる一人の男が関与していた。
その男とは、横浜に住む神尾まもる43歳、なんと子供たちからイジメの相談を受け自殺などをしないように対処する命の110番的な仕事を生業(なりわい)とする男であった。
神尾は、いくら心を込めて説得しても後を絶たないイジメによる子供たちの自殺に業を煮やしていた。
そして大人たちの無責任とも言える事後処理にも我慢がならなかった。
被害者であるはずの自殺した生徒の人権は踏みにじられ、イジメがあった事すら学校は隠蔽(いんぺい)する。そして自殺に追いやった犯罪者とも言うべき加害者の子供たちは「未来がある少年少女たちだから」と擁護(ようご)される・・・。
「そんな理不尽な事が許されていいのか!」神尾は何度も世間やマスコミに訴えたがうなづく者はいても真剣に行動を起こしてくれる者は皆無に等しかった。

そんな中で、神尾は、いじめられている子供たちに対して「悪魔のささやき」とも言える提案を試みたのだった。

もしこれが20年前であったならば、事件はこんなにも大きくならなかったと想像できるがインターネットやフェイスブックなどが子供たちの手で簡単に扱われる今日、それは津波が広がるように全国に飛び火したのであった。

神尾は、10年前、自分に心を開いてくれていたある男子生徒の自殺を止められなかったという苦い経験を持っていた。親身になって相談に乗り、学校やイジメている生徒の親にも直接に話をもっていったが信じられない対応をされてしまったのである。

学校の言う真剣な対応とは、全校生徒やホームルームで匿名にしてはいるものの「イジメられていると言ってきた人間がいるので絶対にイジメはしてはいけない。もしイジメを目撃したら先生に言う様に」という話をする事であった。さらに、イジメた人間の名前を伝えた事に対しての処置は、イジメた生徒とイジメられた生徒を放課後に一緒に呼んでイジメた生徒に「先生はイジメだとは思わないが、もうイジメと間違われるような言動は慎むように・・」と言って生徒同士で握手させる事であった。そんな処置でイジメが無くなるはずがない。イジメはより巧妙に陰で隠れて行われるようになった。そしてその生徒は、事態をより悪化させた神尾をも恨みながら命を絶ったのである。

それから神尾はその反省を生かし何人もの生徒の命を救ったが全国的には自殺する生徒は後を断たず、イジメ自殺のニュースを聞く度に神尾は自分の無力さを実感せずにはいられなかった。

そしてまた神尾がイジメの相談を受け面倒を見ていた中学2年の女生徒がイジメた人間の名前とやられたイジメを遺書に書き残し自分の住むマンションの屋上から飛び降り命を絶った。

学校は、事件を隠蔽しようとし、実名を書かれた加害者の生徒や親は自殺した生徒がノイローゼで被害妄想から自分たちの名前を書いた・・と事実を認めようとはしなかった。
全く変わらないその成り行きを見て神尾は激怒した。

そして一つの恐ろしい決心をしたのだった。

2014年4月27日、神尾はインターネットで自殺を考える少年少女に檄(げき)を飛ばした。

「自殺を考えている皆さん・・私は常々命は一つだ!死んだらお終いだ!絶対に死んではいけない・・という言葉を繰り返してきました。でも、そんな言葉は追い詰められた人には通用しませんでした。だからもう私は、死んではいけないとは言いません。でもよく考えて下さい。皆さんは悔しくありませんか?皆さんが「生きて行くのは死ぬより辛い」と思わせた人間をそのままにして自分だけ自殺して悔しくはないんですか?よく、自分の死によって自分をイジメた人間が自らのやったいじめを反省して心から悔い改めて欲しいといった内容の遺書を残して自殺する人がいますが、それでその自殺をした人が望むようにイジメた人間が反省した事がありましたか?そいつらは、皆さんの遺書を見ても何の反省もなく「あんな遺書を残して死にやがって頭にくる」といった感想しか持たない人間だと気づきませんか?イジメを感じ取っていながら阻止しようとせず見て見ぬふりをして助けようとしなかった学校や周りの人間が反省して事を公にした事がありますか?見て見ぬふりをした事がバレるのを恐れて隠蔽しようとするのを皆さんは何度も見てきているんじゃありませんか?そんな中で自分だけ死んだとしたらそれは犬死に以外の何ものでもありません。私はこれから皆さんの死が犬死にならない方法を提案したいと思います。それは、どうせ死ぬならば皆さんをイジメて皆さんに死を覚悟させた人間も全員一緒に道連れにして死のうという自分で言って恐ろしくなる悪魔の提案です。しかし、皆さんの死は無駄死ににはなりません。皆さんは犬死をする負け犬ではなくイジメをした人間は自分の命で清算しなければならないリスクを負うのだという事を思い知らせる英雄となるのです。今から皆さんをイジメた人間がたとえ何人でも一緒に道連れにできる方法を教えます。今から皆さんが相手が何人でも命を取れる位に強くなってもらって相手に復讐するなどという事は不可能です。そんな事が出来る位ならばイジメられて死のうなどとは思わないはずです。でも、死を覚悟すれば方法は存在します。その方法を実行する為にまずガソリンをポリタンク一杯ほど用意して下さい。これは10人位の人数を道連れにする時に必要なガソリンの量ですので数人ならば2Lのペットボトルに1~2本のガソリンで大丈夫でしょう。自宅に車がある家は車のガソリン注入口からポンプを使って吸い出して用意できます。ガソリンを浴びせて火をつけて焼き殺すならば何の修練もいりませんよね!イジメの加害者を呼び出すのなんか実に簡単です。手紙で・・今はメールですかね「もうお前たちには我慢の限界だ!大人しくしてればいい気になりやがって!みんなまとめて俺が一人でぶっ殺してやるから雁首そろえて夕方5時に学校の屋上に来やがれ!」みたいな文章を送れば喜んで集まってくるはずですから・・さあ皆さん、イメージしてみて下さい。ガソリンをかけられて恐怖におののきながら命乞いする貴方をイジメた人間を見て皆さんは大笑いしながらゆっくりライターに火をつけて燃え盛る火の中で死ぬ時の快感は、寂しく一人で死んでいく時とは天と地ほどの差があるはずです。でも出来るならば私は皆さんに死んで欲しくはありません。死んで欲しくはないのですが犬死のような自殺をするのならば、今までのイジメられて悔しかった思いの丈を充分に遺書に書き残し皆さんに死を選ばせた人間に天誅を下して欲しいと思います。」

その呼びかけに一体何人の生徒がどんな反応をするのか・・・後は結果を待つだけだった。

池袋のカラオケボックスで事件が起こったのは、その7日後であった。
ゴールデンウイークの5月3日の午後4時半頃、中学3年生の男子5人組が池袋駅前にあるカラオケボックスに現れた。
ニコやかな表情で5人の一人が「いつもの部屋をよろしく」と言って申し込みをした。

伝票をもらい3階の一室に消えていく5人はどこにでもいる普通の中学生の様に見えた。しかし、事件の後、その時の様子を回顧して「一見仲の良い友達グループの様に見えたが5人には明らかに上下関係が存在したように見えた。いつも会計は、一番小柄な生徒が払っていた」と受付の時に対応した店員は答えた。

5人の中で一番小さい少年・・それが今回の事件の犯人である。

5人は、部屋に入ると自由気ままに飲み物と食べ物を注文した。注文されたモノがすべて運ばれて20分ほどした時だった。

ドアの一番近くに座っていた犯人のA少年がその日に持参してきたショルダーバックから水の入ったペットボトルを2本取り出した。
他の四人は、こいつ何で水なんか持参して来たんだ?といった怪訝そうな顔をしながら互いに顔を見合わせた。

A少年は「美味しかった?」と4人に話しかけ答えを待たずに「それがこの世で食べる最後の食事になるんだから・・」と続けた。

「お前一体なに言ってるんだ?」
4人の中のリーダー的存在のBがそう訊き返したがAは今までに見た事のない不敵な薄笑いを浮かべながらポケットティッシュを一枚取り出すと丸めだした。
「シカトしてんじゃねえよ!」
というBの言葉にもAは全く動じずにペットボトルのキャップを外して丸めたティッシュにペットボトルに入っている水を染み込ませてテーブルの上に置くと胸のポケットから出した100円ライターで火をつけた。
全員がギョッとする程の勢いでティッシュは一瞬で燃え尽きた。
火をつけたA自身ですらその勢いには一瞬たじろぐ程の勢いだったが次の瞬間Aの表情は満足感に満ち溢れた表情に変わっていた。

Aは、固まって動けない4人にペットボトルの液体を振りまいた。
部屋の中にある場所で嗅いだ事のある匂いが広がった。
4人の少年の顔が歪んだ・・・
「ガッ・・ガソリンだ!」
という誰が発したか分からない声を境に4人の声は悲鳴に変わった。
4人の一人がAに飛びかかろうとしたが、Aの左手に今まさに火をつけようとしているライターを見つけ動きを止めざるを得なかった。
Aは、ショルダーバッグの中からもう一本のペットボトルを出しキャップを開けると自分の頭から半分ほど浴びると残りを部屋の隅に重なって恐怖の表情を浮かべている4人に向かって振りかけた。

「何のつもりだ・・俺たちが一体何をしたっていうんだ?」
「何をした?・・自分の胸に訊いてみろ・・」

4人は、数秒間、次の言葉が出なかったが
「悪かった・・もうやらないから許してくれ・・いえ・・許して下さい」

「ダメ・・今まで僕がいくら言っても許してくれなかったじゃないか!このカラオケ代もいつも通りに僕に払わせるつもりだったんだよね・・・でもカラオケボックスよりもっといい場所に連れて行ってあげるよ・・・どこだと思う?」

「・・・・・・・・・・」

「これから行くのはカラオケボックスじゃなくて棺桶ボックスだよ・・」

固まったままの4人の表情を見ながら
「何だよ・・せっかく僕が人生最後の最高のギャグを考えてやったのに笑ってくれないのかい?」
「・・・・・・・」
「笑えよ!」
「・・・・・・」
「笑え~!」
絶叫するAに促され4人は顔を強張らせながらもかすかに「ははは・・」という声を絞り出した。
その声がAに届いたかどうかのタイミングでAの右手の親指が動きパシュという音が響いた。
次の瞬間、部屋の中に炎が走った。いや炎が走ると言うよりは爆発だった。

その事件があって三日後、マスコミの1社が、特ダネとして「事件の陰に心理療法士の洗脳」というタイトルの記事と神尾の存在を実名で掲載した。
しかし、その記事は、神尾自身が匿名で自分の発言をしたサイトをリークしたからこんなにも早く発覚したのだがこの事実は誰も知らなかった。
その記事を皮切りに日本中は大きく揺れたのだった。
神尾の家には取材陣が殺到した。
しかし神尾は
「今は何も語りません。語るならばテレビ局の生放送で私の編集されない生の声でお話をしたいと思います」
という言葉を発すると家の中に消えて行った。

テレビでは各局が事件の発端となったであろう神尾の発言について論議が重ねられていた。
神尾は家に入るとソファーに腰かけるとリモコンでテレビのスイッチを入れた。
テレビ日本のモーニングショーの司会を務めるキャスターの大倉が眉にシワを寄せて話し出す姿が映し出された。

「おはようございます。大変な事件が起こりました・・本日はコメンテーターに教育評論家の荒川さんと弁護士の杉並先生と精神科医の中野先生の三人においで願っていますので後ほどお話をお聞きしたいと思います」

オープニングの紹介が終わりその後、事件のあらましが報告され自宅の周辺の様子も画面に映し出された。神尾は、表情を変える事無く冷静に画面に見入っていた。

番組が進み大倉が教育評論家の荒川に話を振った。
「荒川さん、この心理療法士の発言をどう思われますか?」

「いやあ・・信じられない発言ですよね・・恐ろしい発想です!いくらイジメられて自殺を考えた子供がいたとしても、その自殺をいかに止めるかというのが我々大人の役目であり心理療法士の仕事でもあると思うのですが、死ぬのならば死の原因となったイジメの加害者の子供たちも道連れにして死ね・・とは、私はその文章を読んでいて身の毛がよだちました・・」
「まったくその通りですよね・・杉並先生・・この発言は法律的には問題ないんですか?」

「問題大ありだと思いますよ!殺人教唆と解釈する事もできると思います。ただ、イジメた人間を殺せと命令している訳ではないので法律的にどういう判断になるかは判断する人間によっていくつもの解釈が出てくるところではあると思いますが・・」

「中野先生・・精神科医としてのご意見は如何でしょう?」

「心理療法士とかいって他人の心のケアをするよりまず自分の心や頭を何とかした方がいいんじゃないですかね・・・こういう人間がいるから心理療法士に関わるとマインドコントロールされるとか洗脳されるとか思われてしまうんですが、真面目に子供たちの心のケアをしている人も沢山いるんですから、こんな人間が一人出たからと言って心理療法士が全員そうだとは絶対に思わないで頂きたい・・」

「本当にその通りですよね・・」

番組は終始神尾の発言を批難する流れで終了した。
神尾の予想通りであった。
そして神尾は、自分に対する批判はこの程度ではなくこれからますます激しさを増して行くだろうという新たな予想をしながら「(この時とばかり集中攻撃をかける精神構造・・・イジメの精神構造は子供だけのモノじゃないな・・)」と心で思うと「ふっ・」と虚しさをたたえた笑みを浮かべた。

神尾の所にテレビ局各社のオファーが来たのは午前9時を少し回った頃だった。
一番にオファーを寄越したのはその時に神尾が見ていたテレビ日本だった。
その後、わずか1時間の間に30を超える番組から出演や取材のオファーが殺到した。
神尾は、最初にオファーしてきたテレビ日本の朝の番組にだけ出演を承諾するとその他のオファーはすべてに2時間以上の枠の特番として徹底的に話をする事が出来る事を条件として出したので必然的に最初の依頼以外は、返事保留となった。

翌日、朝6時にテレビ局で手配したタクシーが神尾の自宅前に到着した。
神尾は緊張の中にも毅然とした態度でタクシーに乗り込んだ。
1時間弱でタクシーがテレビ日本の玄関に到着すると待ち構えていた女性番組スタッフが駆け寄ってきて神尾に話しかけた。
「本日はご苦労様でした。番組ADの目黒です。まず控室の方にご案内いたします」
ADの目黒に案内されて神尾は、神尾様控室という紙が貼られた部屋に通された。
それから、30分ほど番組の進行や今日のゲストコメンテーターが昨日と同じ3人だという情報を聞かされた。代わる代わる番組スタッフが現れ挨拶を繰り返しているうちにいよいよ番組が始まる時間が近づき神尾はスタジオに案内された。

「本日のメインゲストの神尾さん入ります」

というスタッフの声がスタジオに響き拍手の中神尾はまばゆいばかりのスポットライトを浴びる中央の席に案内された。間もなく「本番1分前です」という声がするとスタジオ内の緊張が高まった。「30秒前・・10秒前・・9・・8・・7・・」と4までカウントダウンするとその声の発生者は声を出すのを止めて指を3本上げて2本に減らし1本にするとキューを送った。

モニターに番組のタイトルが音楽と共に流れ画面に司会の大倉が大きく映し出された。

「おはようございます。昨日、池袋で起こった中学生カラオケボックス焼死事件についてお伝えいたしましたが、本日はその事件に大きく関与する発言をした・・というより事件の発端を作ったと言っても過言ではない発言をした心理療法士の神尾さんにお越しいただきましたので今日はその話を中心に神尾さん自らの口でその思いを直接に語って頂きたいと思います。ゲストコメンテーターは昨日と同じく教育評論家の荒川さんと弁護士の杉並先生と精神科医の中野先生の三人においで願っていますのでたっぷりと時間をかけて質問などをして頂けたらと思います。その前にテレビの前の視聴者の皆様にはこれまで報道されている内容をもう一度ご覧になって確認して頂きその内容を元に質問する流れとしたいと思います」

画面が大倉から切り替わり事件があったカラオケボックスやイジメられて犯行を起こした少年Aについて、残されていた遺書、学校側の発言、そして神尾の発言についての映像が数十分に渡り流れると再び大倉が画面に映し出された。

「では早速ですが神尾さんにお尋ねします。報道されている通りの発言を本当に神尾さんはおっしゃったんですか?」

「はい、しました」

「それは、このような大惨事につながるかも知れないと充分に承知して発言したと言う事でよろしいんですか?」

「その様な言い方をされて私がこういう結果にしたいと思って作為的に発言したととらえられると心外なのですが、こういう結果にはなって欲しくなかったしこういう結果にしたくもなかったけれどこういう結果になってしまったというのが真実です」

「神尾さん、それは殺人教唆にはならなくても未必の故意には相当しますよ」

弁護士の杉並が神尾の発言にかぶせるように声を荒立てて発言した。
それに対して大倉が問い返す
「杉並先生、未必(みひつ)の故意(こい)というのはどういう意味ですか?」

「ああ・・失礼しました。未必の故意というのは、そうしようという気持ちが無かったとしても、こういう事をすれば当然そうなるだろうけれどそうなっても構わないという言動をした場合は未必の故意という責任を負わなければならないという事を指して言います。
たとえば、下には多くの人が歩いていると知りつつ高層ビルの上からパチンコ玉を数百個バラ撒いたとします。その結果多くの人が死傷したとか、車のブレーキオイルを抜いてしまってその結果事故で死んでしまったとかの場合、ほんの悪戯で殺す気は無かったと言えば無罪になるというのはありえませんよね!」

「なるほど・・今回の神尾さんの発言はその未必の故意に当たると杉並先生はお考えになるんですね?」

「その通りです。その様な場合と同じに考えるのが妥当だと私は思います。」

「その意見に対して神尾さんはどうお考えですか?」

神尾は軽くうなずいて
「未必の故意ですか・・・私は今日ここに法律論をしに来た訳ではないんです。私は、人権など無視されてイジメられ、この世とこの世に住むすべての人間に絶望して一人寂しく自殺して死んでいく生徒を一人も出したくなかったんです・・」

「それがあの発言ですか?神尾さんアンタは間違ってるよ!他にも方法はいくらでもあるはずだ!」
教育評論家の荒川が口を挟んだ。

「では荒川先生は、どんな方法ならば自殺を食い止められると思っているんですか?」

「それは、イジメられている生徒と心をつなげて、生徒と同じ目線で向き合ってイジメの原因を探って根本的な解決を・・」

「ははは・・話になりませんね!」
神尾が荒川の言葉を遮った。

「なっ・・何だ・・人がしゃべっているのに失礼な!」

「申し訳ありませんが、時間がもったいないので途中で口を挟んでしまいました。荒川先生が言われた事なんかもう何十年も前から言われていますよ!それなのにイジメは一向に無くならないどころか巧妙に陰険になっている・・それが現場の実情です。イジメ論という机上の空論を話されたいのならば、そういう場で発表して下さい。ここではそんな議論は無駄でしかありません」

「なっ・・何だと失礼な!一体何様のつもりだ!」

「まあ、荒川さん落ち着いて下さい」
頭から湯気が出そうになって顔を真っ赤にして怒り狂う荒川を大倉がたしなめながら

「話を元に戻しますが神尾さん・・貴方は、あの発言がイジメ撲滅まではいかなくてもイジメを減らす事につながるという信念があってやったという事までは異論は無いんですね?」

「はい、異論はありません。
確かに5人の尊い命が失われました。
その原因になったのは恐らく私の発言ではないかとも思っています。
だから私の発言が無ければたぶん今回の事件は起こらなかったと思います。
しかしA少年は、こんな事件を起こす位に追い詰められていました。
だから今回の事件を起こさなかったら自分だけが自殺したと思っています。
そうなったらこの番組もゴールデンウイーク中に起こった中学生いじめ事件として取り上げて、いつも通りに学校や同級生などの取材・・学校の隠蔽・・・評論家のコメント・・そんな流れになったんでしょうね!
今回確かに5人死にました。
でも私に言わせればその5人は一人がイジメの被害者のA少年で残りの4人は加害者だった・・・・
つまりA少年の行為は4人からのイジメから逃れるための正当防衛だったと思います」
「正当防衛の訳が無かろう!ねえ杉並先生・・」
正当防衛という言葉に荒川がまるで鬼の首を取ったように叫んだ。

「正当防衛はあり得ませんね!また過剰防衛というのにも度を越している。まあガソリンをかけて脅かしてイジメを止めさせたなら温情をかけてギリギリ正当防衛と言えなくはない様な気がしますがね・・」

その意見を聞いて大倉は
「私もその意見には賛成ですね。何も本当に火をつけて殺さなくても脅すだけで充分だったんじゃないかと思うんですが・・」

「大倉さん、A少年は4人にイジメられて死まで覚悟させられた状況なんですよ!
これがもし道を歩いていていきなり知らない4人組から難癖をつけられて暴行を受けそうになり持っていたのがたまたまガソリンで、それを浴びせて「これ以上やるつもりならばガソリンに火をつけるぞ」と言って身を守った・・というのならばその場さえ逃げ切ればもう二度とその4人組には合わないかも知れないし、その4人組には自分の名前も住所も知られてないのですからその話通り正当防衛でいいと思います。
しかし、その4人は同級生です。
A少年は行くところまで行かないで途中で止めたら、今までの何倍ものイジメを受けるのではないか・・と考えると恐ろしくてしょうがなかったはずです。
だから本来ならばこれ以上やったら「また同じことをやって道連れにするぞ」と脅かすような正当防衛と言えるやり方では止められず言わば過剰防衛になってしまったのだと考えています。
人間にはイメージ能力があります。
イジメはたとえ一回でもその人間がショックに感じてリアルに100回思い出すと100回イジメ続けられた負荷が心と体に傷をつけるんです。
その辺は精神科医の中野先生はよくご存知ですよね。
だから今までですら死ぬほど辛かったのにここで中途半端に止めたら、もう2度と道連れのチャンスはないだろうし、A少年がガソリンで自分達を殺そうとしたと言って自分だけ警察に捕まってしまうだろうという発想もあったと思います。
私は途中で止めて欲しかったですが、加害者の少年たちのこれまでの行いがそれをさせなかったのだと思います。
そしてそこまで追い詰められていたからこそA少年は自分も一緒に死を選んだんです。
A少年には4人だけ焼き殺す選択肢もあったんですから・・」

「言われている事は、私個人の意見では一理も二理もあるように思えるのですが、実際に5人の少年が亡くなっているんですから・・」

この大倉のコメントに対して神尾が
「では、私から一つ質問をさせてもらっていいですか?皆さんは、A少年が自分だけ死ねば良かったのに、いくらイジメられているからと言っても加害者を道連れにするとはけしからん・・というご意見ですか?」

と問いかけると答えに困った大倉が荒川に振った。
「う~ん・・荒川さんいかがですか?」

「話を究極な選択のようなものにしては飛躍し過ぎです。
どちらも助ける方法を考えるのが我々大人や心理療法士の貴方の役目じゃないですか?」

「評論家はお気楽でいいですね!我々は命の現場にいるんです。
ならばその両方とも助けて平和な毎日がA少年に訪れる方法があるのに私たちが無能な故に助ける事が出来なかったと言うのならばその方法というモノを是非ご教授下さい。」

「それは、いろいろなケースによって違ってくるし・・一概には・・」

「そんな事を言っているうちに今日も悩んで死を決意して死んでいく生徒がいるんです。それを止める方法は何ですか?今ここで教えて下さい」

「そんなムキになっちゃいかんよ君~!」

「?はあ?批判ばかりを並べて、ならば代案を示してくれと言えばそれは無いという・・
今日のこの場面を生放送で流してもらっていて良かったと思います。
日本の評論家なんてこんなものだとよく認識しておいてください。
私のやった事が正しいとは少しも思っていません。
一人も死んで欲しくはなかったです。
でも、A君は、自分の命を守る術がなかったんです。
でも4人の生徒は、自分たちの命を守る事なんかいくらでもできましたよね。
イジメを自ら止めてA君に謝罪してこれまでの穴埋めにA君の為にいろいろ尽くす事もできたんです。
巻き上げたお金に利子を付けて返して自分たちの理不尽な言動を詫びる事だってできたんです。
でもA君には彼らのイジメから逃れようとしても逃がしてくれず、真綿で首を絞められる様などと言う生やさしいモノじゃなかったはずです。
何匹もの大蛇がA君の体や心に巻き付くがごとく苦しめられ助かる為のその選択肢すらなかった・・。
そこをA君の立場になってよく考えてみて下さい。
イジメで自殺する事件が起こると必ず「2度とこの様な事が繰り返されないようにしたい」などともっともらしい言葉が語られます。
でもそんな標語のような言葉は現場では何の役にも立っていません。
でも今回の事件で一つの事が明らかになったと思っています。
コメンテーターの皆さんそれはなんだか分かりますか?」

神尾は、そう言葉を投げかけ一人一人の顔を見回したが誰からも答えは返って来なかった。

「それは何なんですか?」

大倉が問いかけると
「今イジメている人間は、自分は安全な所に身を置いて遊び半分でイジメて喜んでいたはずです。間違っても自分に命のレベルで危害が加わる可能性があるとは思っていなかったはずです。もし、歯向かってきても自分たちの方が力も強いし人数も多いと高をくくっていたはずです。しかし、これからは、何人いても一緒に殺される危険性があると認識したはずです。だとすれば机上の空論をいう評論家の意見の何百倍も抑止力になると思っています」

神尾の迫力にスタジオに静けさが走った。
それはとても長く感じたがたぶん数秒の事だったはずである。
何故ならば何の変化もなく沈黙の時間が分単位で起こったら放送事故だからである。
しかしその時間はとほうもなく長く感じられた。
神尾が冷静さを取り戻してさらに話だした。
「せっかくテレビでお話しさせていただける事になったんですから、今回の事件とは関係ありませんが、私がなぜあのような発言をしたかという事につながる話をさせて下さい。
皆さんは太平洋戦争の時に日本軍が行った神風特攻隊というのをご存知だと思います。
特攻とは飛行機に片道だけの燃料で爆弾を抱えて敵の戦艦に体当たりをして自分の体もろとも敵の戦艦を沈めるという自爆テロに等しい作戦です。
その成果はほとんど無かったと言われています。敵の集中砲火を浴びて大半の飛行機が若い命と共に海の藻屑と消えて行ったと言うのが真実です。
では彼らの死は無駄死にだったのでしょうか?実は現在の日本は彼らの尊い犠牲によって成り立っているという動かしがたい事実があるのをご存知ですか?
一見無駄死にに見えた彼らの死は、アメリカ人にとって恐怖の極致でした。
人間は分からないという事に底知れない恐怖を持つ生き物だという人がいますが、私もその通りだと思います。
人間が死を恐れるのは死んだらどうなるか分からないからだと言われています。
よって何かの宗教を信じて「敵を一人でも多く道連れにして死ねばお前はあの世では英雄だ!」という言葉をも信じれば人間は恐怖が無くなり爆弾を抱いて笑いながら死んで行けます。
今世界中で起こる自爆テロはそうして起こり我々は恐怖を感じるはずです。
それと同じように日本人の武士道、ハラキリ、特攻・・・それらをアメリカ人は理解できず心の底から恐れました。そんなに怖いモノならばこの世から消し去ってしまえばいい・・という発想もあったと思います。
しかし、終戦時、生き残っていた数千万人以上の日本人を一人残らずこの世から抹殺するなどという事は不可能でした。
そこでアメリカが考えたのが怖くないモノに変えてしまえばいい・・という懐柔策でした。日本人をサムライ魂など持ち合わせない腑抜けにして愛国心など持たない様に洗脳しようとしました。
その洗脳ために作られたのが日本国憲法の第9条です。過去の世界中の戦争の歴史では、敗戦国の国民は奴隷的扱いをされ、新たなる戦争が起こった時は、自分の国の兵隊の弾よけとして最前線に送られるのが常識でした。しかし、日本だけが全く違う戦争後の扱いを受けています。アメリカは勝った国です。しかし勝ったアメリカの兵隊は、その後起こった朝鮮戦争やベトナム戦争・・最近では湾岸戦争などに徴兵されて行きたくないのに強制的に参加させられて大勢の人が命を落としました。
その時に日本は何の不安もなくイジメや引きこもりなどを繰り返していたんです。
でも、それはある意味幸せな事とも言えます。
戦争に行くよりずっと幸せだと思います。
でも皮肉なことにそれはアメリカが終戦後に狙った通りになりましたよね。
コンビニの前で地面に座り込んで夜ふかししたり引きこもったり・・そんなふぬけの若者がアメリカが恐れるような恐ろしい存在である訳がありませんから・・・。
いろいろ話して焦点がだいぶボケましたが、私が一番言いたいことは、特攻隊の兵隊は無駄死にじゃなかった・・という事です。
特攻隊が無かったら今の日本は絶対にないと私は思っています。
だからA君の死も無駄死ににするかしないかは私たち次第だと思います。
自分は何をされてイジメられるのか?という恐怖が今度はイジメる側のこれをやったら俺たちはこいつにどんな復讐をされるのか?と考えずにはいられない状況が作れた時にイジメ問題に必ず変化が起こると思っています。
私は絶対にA君の死を無駄死ににしたくないと思っています」
大倉が沈黙を破って重い表情で話し出した。
「精神科医の中野先生・・何か言いたいことはありますか?」

精神科医の女医の中野がせきを切った様に話し出した。
「失礼かも知れませんが、この方狂っているとしか思えませんね!特攻隊員と今回の事件を結び付けて考えるなんて聞いていて身の毛がよだちました。こんな方はすぐに今の仕事をお止めになるべきだと思います」

「黙って聞いていたら時代に逆行するのも甚だしい!呆れ返ってものも言えない」

中野の言葉にかぶせる様に荒川がいきり立ちさらに杉並も
「日本は法治国家なんだ!法律をもっと尊重しなければいかんじゃないか!」

コメンテーターの声がかぶさり何を言っているのかが聞き取れない・・その時

「本日、今回の池袋カラオケボックス中学生焼死事件の重要発言をしたとして話題に上っていた神尾さんのスタジオの来て頂いてお話を聞かせていただきました。まだまだ話したいことはたくさんあるのですが時間が無くなってきました。このお話に対するご意見などありましたら番組までお寄せください」

神尾にもっと罵声を浴びせたかったコメンテーターは憮然とした態度であったが大倉の言葉を最後にエンディングが流れた。

その瞬間、思い出したかのように神尾が叫んだ。
「イジメで自殺を考えている皆さん、君たちはもう死ななくていいんです。今からは水が入ってるペットボトルを見せただけでイジメた相手はガソリンだと思って恐怖におののくはず・・」

神尾の声は最後まで放送されず途切れてしまいコマーシャルが流れた。


放送後の神尾の発言に対する意見は、賛否両論の意見が殺到したが神尾を支持する意見の方が6対4で多かった。
しかし、その放送があった日の夕方、静岡県の中学校の屋上で7人の女子中学生が同じくガソリンの炎に焼かれ全員が死亡するといういたましい事件が起こってしまったのである。その犯人となってしまったイジメられていた少女も屋上に呼び出されて焼死した少女達も神尾の放送を観ていなかったのである。

神尾は、その知らせを聞いてなぜ、学校関係者や父兄全員に最後の言葉が届く様に配慮しなかったのか・・と悔いて涙を流した。

神尾がテレビで伝えたかった言葉は、ニュースや新聞で大々的に告知された。

それからしばらく神尾は一切マスコミとのコンタクトは意識的に取らなかった。
それにも関わらず一部の人間のイタズラであたかも神尾がコメントしたかの如く神尾発言というモノが飛び交い、そのニセコメントを元に番組で議論が展開されるという現象が起こった。とにかく神尾の話題で番組を作れば視聴率を稼げるという状況下で各局が競って番組を作った結果がこのような状況を呼び起こしてしまったのである。


次に神尾が登場したのは、夜中の1時から朝5時まで放送される「オールナイト生討論」だった。
メインキャスターの小田原総太郎が司会をして各界のパネリストが討論を繰り広げる人気老舗番組である。この「オールナイト生討論」はパネリストだけでなく100人の一般の視聴者もスタジオで討論に耳を傾け意見を述べたりするため神尾が一番出演を希望していた番組であった。

「みなさんこんばんは、メインキャスターの小田原です。本日は今話題になっているいじめ問題について徹底討論を行いたいと思っています。今日も各業界から選りすぐった方々にお越し願っています。まずは、今回の渦の中心にいらっしゃると言って過言ではない神尾まもるさん・・・今回の事件についてまず何か言いたいことがあればお聴きしたい!」
番組はいつもの様に始まった。

小田原の横に座っていた神尾が話し始めた。
「今回の事件を語る時に私が過去に体験した私のクライアントの自殺事件を語らなければなりません。私は10年前に自分に心を開いてくれていたある男子生徒の自殺を止められなかったという苦い経験を持っていたます。私は出来る限り親身になって相談に乗り、学校やイジメている生徒の親にも直接に話をもっていったりしましたが、良かれと思ってやったその処置が原因で学校や親から信じられない対応をされてしまったのです。親はいかのも物分かりが良い親のような対応で「うちの息子に限ってその様な事は無いと信じていますが、もし誤解されるような何かがあるのならそれも息子の落ち度だと私は思いますので、誤解を受ける様な事ですら無いようにしなさいと教えますし、もし他の誰かがイジメているところを見かけたら助けられないまでも何らかの処置をするようにも教えます」と言っていましたが結局息子に対して「こんな事を言ってきたカウンセラーとかがいたから気をつけなさい・・学校に悪く思われたら内申に響きますよ」という注意を与えただだと後から聞きました。また学校の言う真剣な対応とは、全校生徒やホームルームで匿名にしてはいるものの「イジメられていると言ってきた人間がいるので絶対にイジメはしてはいけない。もしイジメを目撃したら先生に言う様に」という話をする事でした。さらに、イジメた人間の名前を伝えた事に対しての処置は、イジメた生徒とイジメられた生徒を放課後に一緒に呼んでイジメた生徒に「先生はイジメだとは思わないが、もうイジメと間違われるような言動は慎むように・・」と言って生徒同士で握手させる事でした。そんな処置でイジメが無くなるはずありません。イジメはより巧妙に陰で隠れて行われるようになりました。そしてその生徒は、事態をより悪化させた私をも恨みながら命を絶ったのです。
小説の中の絵空事ではなく罪のない一人の尊い命が失われたのです。しかし、学校はその少年が自殺した後「イジメがあるという報告はありました。しかしそれは学校側が万全の処置をして撲滅したので今回の自殺は絶対にイジメが原因ではありません。家庭に原因があったのではないかと思っていますし、自殺した生徒もノイローゼ気味だったと言う報告を担任からも受けています」というコメントを校長が発表しました。親に至っては「イジメられていると因縁をつけて来たから、本当は文句を言ってやりたかったのに譲歩して丁寧な大人の対応をして息子にもちゃんと注意をしてあげたのに当てつけにその生徒が自殺なんかしたからうちの子供は一生消えない傷を心に負ったじゃないか!訴えてやりたいくらいだ!」と逆切れとも言えるコメントを発しました。」

コメンテーター達と会場の観覧者たちは神尾の話を神妙な顔で聞き入った。
今回の会場の観覧者には、多くの自殺で子供を亡くした両親が含まれていた。
その親なのであろうか?スタジオには神尾の話を聞きすすり泣く声もあちこちから聞こえた。

神尾はさらに続けた。
「今回の討論にいらっしゃった方にお願いしたい事があります。私は、覚悟を決めてあの発言をして今日も覚悟を決めて出席させてもらっています。よって今日ここで発言される方はスタンドプレー的な世間に聞こえのいい意見は言わないで頂きたいと思います。役に立たないキレイ事の話を聞いていても時間の無駄だと思いますので是非お願いいたします」

その言葉にコメンテーターの一人、大学教授の板橋が指名を待たずに話し出した。
この番組の討論は、発言中に他の人間が横槍を入れる事が少なくない。

「それは横暴だ!何でも自由に発言できるというのが言論の自由でありこの番組の一番守らなければならない事だと思うんだが如何なもんだろう?」

その言葉に神尾も間髪入れずに反論する。
「では板橋先生は、今まで何度も言われ続けていながら自殺やイジメを止める事が出来なかった愚策とも言うべき意見や提案を貴重な時間をつかってまたここで討論しろというのですか?」

「そうは言っていない!しかし、それが無意味な意見かどうかは誰がどうやって判断するんだ?・・神尾さん・・もし貴方が気に入る気に入らないでそれを勝手に判断しようとしているならば横暴極まりないと言わざるを得ない!」

その板橋の意見を聞いてコメンテーターの全員がもっともらしくうなずいた。
神尾はそれを見ながら司会の小田原に目くばせし、その目くばせに促されて小田原が話し出す。
「神尾さんの要望する事ももっともだと思うし、板橋さんの言う判断基準と言う話ももっともだと思う。そこで今回神尾さんの提案で一つの試みをやる事に決まったのでそれをここで発表したい。今回、このスタジオにおいで願った100人の観覧者にスイッチを渡しました。そのスイッチで「この人のこの意見は聞くだけ時間の無駄だ!」と判断したらコメンテーターの発言中にいつでも押してもらいます。数字は最初100を示していますが一人「聞く意味がない」と判断してスイッチを押すと99人に減ります。数字が50人を超えて49になったら強制的に発言は中断させてもらう・・という事で進めていきたいと思います」

コメンテーター全員が一斉に反応した。
「それは横暴だ!意見は最後まで聞かなければ分からないじゃないか!」

「それこそ、観覧者に気に入られるような耳触りがいい意見しか言えなくなってしまう事にならないかを私は懸念する!」

「そんな事ならば私はこの場で退席させてもらう」

「発言内容に規制を加える討論会などもはや討論とは言えない!」

誰が言った意見だか分からない程に声が重なり合って飛び交うのを抑える様に小田原が激しい口調で
「何が横暴だ!これほど民主的な事はないじゃないか!100人の人が今この場で聞くに値しない意見だと判断したので発言を止めてもらう事のどこが横暴なんだ!むしろコメンテーターだからって貴重な時間を長々と使って無意味な意見を最後まで強制的に聞かせる方がどれだけ横暴か考えてみろ!出ていきたい人がいるならば出て行って結構!」
と怒鳴り声とも言える発言をしたのでスタジオは再び静まり返った。

声を穏やかにして小田原が神尾に目くばせをして

「神尾さん、さらに言いたいことがあれば・・」

と促し神尾は軽くうなづき話し出した。

「私は今日ここに裁かれる為に来ました。でもそれは、今回の発言についてだけではありません。イジメや自殺を止められなかった全セラピストの代表として裁かれる為にここにいると言って過言ではありません。今日ここにもその関係の仕事をされている方が何人もいらっしゃっています。その方たちにも是非、私と一緒に、その人たちが今まで何をしてきたか・・そして、何をしなかったかも裁いて欲しいと思っています。私の様に何かをすれば批難を受けたり裁かれたりする事にも繋がります。しかし、やれるのにやらなかった人間には罪はないのでしょうか?これは例えですが、川で溺れそうになって助けを求めている子供がいたとします。それを知っていながら泳げるし、そういう子供を助ける仕事をしている人間が見て見ぬふりをして「今から救助を頼みに行ってくるから頑張れ!」と言ってその場を去ったら私は犯罪だと思っています。法律的には裁くのは難しいと思います。しかし、そんな人間は裁かれるべきだし、そんな人間にはこの仕事を辞めて頂きたいと思っています。今日ここにいらっしゃっている方は、出来る事をすべてやって、その上で意見を言っていますか?自分では何もしないで「こうやったらいいんじゃないの?」とかの机上の空論だけを言う人間の意見は、たとえ正しくてもこの場では言って欲しくありません。もし発言をして今までの反省や批判を行う場合は必ずその批判に責任を持って「この方がいいじゃないか!何でこの方法を使わないんだ?」という代案を提示して下さい。他人の批判はするけれど代案は持たない人間の意見は何の役にも立たないどころか足を引っ張る害毒以外の何ものでもないと思っています。私は、やはりこの10年間に出来る事をすべてやったとは言えません。だからやらなかった事の罪を償うつもりでここにいます。」

神尾の発言中、100を示していた数値は、1つも下がらなかった。

神尾の発言が一括り付いた事を確認して小田原が話し出した。

「神尾さんの言っている事は実にもっともだと思う。今の話からすると、これまで私たちはいかに頭でっかちの現実性のない他人の批判ばかりしているような議論ばかりを繰り返してきたのかと挑戦状を突きつけられた気がして身が引き締まる思いなんだけれど・・今日ここにいる人間にはそんな者は一人もいなかったぞ・・と番組終了の時に胸を張って言えるような討論をしたいと思うので皆さん宜しくお願いします。」

そう言い終わるとまず目が合った児童評論家の目黒たかし(58歳)に
「目黒さん、まず皮切りに今回の事件について思う所があったら何か話してください」

小田原に促されて目黒が話し出す。
「今回の神尾さんの発言によって何人もの子供たちが命を落とす結果につながった事はどう譲歩しても許されない事だと思います。こんな過激な方法を取らなくてもいくらでも方法はあったはずです・・」

「具体的にどんな方法でしょうか?」

神尾が間髪を入れず訊き返すと、目黒はギクリとして神尾の方を向いて
「いや・・具体的にと言われると・・」

「たくさんあるんですよね?」

「たとえば、命の相談室のような所に電話して話を聞いてもらうと心が少しは安定して余裕が出てくるので自殺のような最悪な事からは救ってあげられる・・そしてまず命の灯を消さないように配慮して、いじめの問題を根本から解決するように担任や親を交えて話合って・・」

その瞬間スタジオにブーッというブザーの音が流れた。さっきまで100を示していた電光掲示板の数字が43を表示していた。小田原が

「目黒さん、そんな今まで何度も言われ続けて何の役にも立たなかったモノの話はみんな聞きたくないらしい・・・じゃあイジメSOSの大田いく子さん一言・・」
大田(52歳)が話し出す。

「私は、神尾さんの発言に対して肯定もしなければ否定もしません。でも、神尾さんと同じくこの世からイジメを無くしたいし、自殺は一人もさせたくありません。すぐに具体的な方法を言わないと発言がストップされてしまうのはとても不満です。ですから、5分・・いえ3分でいいですから私の話を聞いて下さい。それが最後でこの番組中は二度と発言の機会がこなくても結構ですので是非聞いて下さい。私がこれからお話しする内容は、私の意見ではなく、うちのイジメSOSで話し合った時に出てきたモノの報告です。だから、今日の討論の中でイジメ問題の最前線でどんな事が語られているのかを是非知ってもらってから討論して欲しいと思います。いいでしょうか?」

大田の提案を聞き小田原がうなづいて
「分かりました。では会場の皆さんが太田さんの発言の評価をするのは5分経過した後という事で・・」

その言葉を聞いて嬉しそうに太田が手元の資料を見ながら話し出す。

「イジメる子もイジメられる子も、親に問題があるのは間違いないと思うんです。
イジメられてもなかなか親には言えないので最悪な結果になるのだと思う。
ですが、イジメられてる事を隠しても、まともに愛情を持って子供を見ている親ならば子供の変化に気づけると思います。
子供が親に打ち明けないで隠したら、子供がイジメられてる事に気づかない親は問題あると思うのですがいかがなものでしょうか。
きつい言葉で言えば親がそんな事だから、子供がいイジメれるんだ・・という意見もありました。
子供が親はどんな時も自分の味方になってくれると思えたら、死ぬ前に何かしらのサインを親に送ると思います。
それをしないで死んでしまう原因として私たちに考えられるのは
・親を信用していない
・イジメられるような弱いダメな子はいない方がいい、死んだほうがいいと思っている
・いい子じゃないと親は愛してくれないと思っているから、イジメられていると打ち明けられない
・プライドが傷つくからイジメられている事を隠したい(自分の命よりプライドを優先するのは不健全、異常な心理だと思う)
・イジメられている事を親に知られたくない(自分がイジメられていると親が知ったら親が悲しむから)
・親に言うと親が先生に相談したりイジメた子を責めて、イジメがエスカレートすると思っている。つまり親に言っても解決しないと思っている。

よって私たちの結論ですが、イジメられても自殺しないで済むようにするには教育が必要であり、教育は時間がかかって遠回りにみえるけど、それしかイジメが原因の自殺を減らす方法はないという結論に達しました。
イジメによる自殺を減らすにはまず、イジメられてるからといって死ななくてもいい方法があることを伝えることだと思います。
まずイジメられている子に、自殺意外にイジメから逃れられる方法があるという事がわかってもらえたら、自殺は防げると思う。
・学校に行かなくても生きて行ける。
・あなたはダメな子じゃないし、生きる価値がある
・あなたもいじめられない子になれる
・あなたがいじめられるのは、あなたのせいではない
・あなたには良いところがたくさんある
そういうことを知っていたら、イジメられたからといって自殺しないで済むと思うのです。皆さんのお知恵を拝借して考えれば他にもいろいろあると思いますのでここで一緒に考えて頂けないでしょうか?」

大田の話が終わったのは4分ほど経過したところだったので100人の数字は維持されたままであった。小田原が話し出す。
「太田さん・・今の太田さんの話に私からのコメントを言わせてもらうと、今までそんな議論ばかりを繰り返してきたので一向にイジメもイジメによる自殺も無くならなかったんだ・・という気持ちで一杯なんですが・・」

「私たちの言っている事が間違いだとおっしゃるんですか?」

「いや、間違いとは思っていません。いやむしろ正論なんだと思う。でも今の世の中からイジメを無くすには力が足りな過ぎるきがしてならないのは私だけだろうか?」

「いやあ・・私は太田さんの発言に賛成だな!」

指名を待たずに産共党の葛飾ひろし参議院議員が発言した。それを聞いて対抗するように民自党の江戸川あきのぶ衆議院議員が

「いや、小田原さんの言う通りだと私は思う。いくら聞こえが良くても結果が出ない案など愚案以外の何ものでもない!」
「私は違うな・・」
「我々評論家が理想を追わなくてどうするんだ!」
「理想じゃ何も起こせないんだよ・・」
スタジオは、秩序ない声が飛び交い収拾が付かない状態になった。

「分かった!じゃあ会場の皆さんに訊いてみよう!」
小田原のその声でスタジオが静まり返った。

「では会場の皆さんにお訊きします。太田さんの言う様な内容でコメンテーターが名案だと思う意見を交わすのを聞きたいですか?それとも神尾さんの今回の発言について、一つ間違えれば恐ろしい意味を持つ議論になるかも知れないけれどトコトンまで話を突き詰めようとするのを聞きたいかアンケートを取りたいと思います。今日の掲示板はスイッチを押すと減っていく様にセットされているんだから・・・どうしたらいいんだ?・・だったらまず、太田さんの提案の議論を聞きたくないという人スイッチを押してください。」
小田原の声と共に電光掲示板の数字が一気に23まで下がった。

「一度掲示板を100に戻して・・・じゃあ不公平にならないように神尾さんを中心に話を聞きたくない人はスイッチを押してください・」
数字が100から98に変わった。

「ご覧の通りだ!みんな神尾さんの話を聞くために来たと言って過言ではない様なのでその方向で進行させてもらうけれど太田さんの話を完全に無視する事も横暴なので・・・そこで神尾さん、太田さんの話を聞いて一言何かあれば・・」

丁寧にお辞儀をして神尾が話し出す。
「太田さんのご意見は私ももっともだと思っています。確かにそういう教育が行き届き、家庭に愛が満ち溢れて親が子供の一挙手一投足に目を届かせることが出来ればイジメもイジメによる自殺も無くせるのかも知れません。でもその意見通りに実際に行動に起こしても事が成就するまでに一体何人の子供がイジメで死んでいくのでしょうか?それを私はじっと見ていられませんでした。まずは即効性のある方法を取って自殺する子供を一人でも少なくしたいという思いでイッパイだったのです。ちょっと話がズレますが、アメリカの銃を規制しろという話をどう思われるでしょうか?銃が自由に手に入るから学校で銃を乱射して大勢の人間が死ぬような事件が起こるんだ・・銃を規制すればそんな事は起こらないと言う人がいますが、果たしてそうでしょうか?確かにアメリカの国民全部が同意して1,2の3で全員が銃を放棄したならばそうなるでしょう。でも多分そうはなりませんよね!銃を放棄するのは、たとえ銃を保持していても何の問題もない善良な市民たちだけで銃を取り上げなければならない人間は法律を無視して銃を持ち続けると思いませんか?そうなれば善良な市民は悪人が自分の平和な生活を迫害しようとした時に何の抵抗も出来ずに命を落とす事になるのが現実なんです。」

「神尾さん・・その話は、一体何の関係が?・・」

小田原が問う・・
「ああ、失礼しました。つまり平和な生活を守る為にアメリカでは銃が必要だった様にイジメられて命の危機まで追い詰められた生徒には、自分の命を守る為に相手の命も脅かす威力を持った武器が必要だと思ったのです。ならば、武道でも習って強くなればいい・・といった意見が出てきます。確かにイジメられっ子だった生徒がボクシングの世界チャンピョンになったという現実もあるのですから有効な方法に思えますが、現実はそんなに甘くありません。生半可な技を覚えて向かって行っても最初の1発は当たってもそれによって余計に相手の怒りを買って何倍にも利子がついて返り討ちに会うのが落ちなのです。相手が複数ならば刃物を使っても無理でしょう。ならばピストルだと考えても日本では簡単に手に入りません。爆弾ならばなおさら入手困難です。そこで私が考えた方法がガソリンだったのです。しかし本当にガソリンを使えば大勢を一緒に焼き殺すことが出来るという事を知って欲しかったのはイジメられていた生徒ではなくイジメていた生徒の方だったのです。いい気になってイジメていると自分の命を落とす可能性があるんだと知って欲しかったのです。でも、簡単には伝わりませんよね!伝わっても「やれるもんならやってみろ・・」程度にしか考えなかったでしょう。だから、イジメられている生徒に伝えたのです。今、イジメをしていた生徒は、いつ自分もガソリンを浴びせられて焼き殺されるかも知れないと考えて恐怖におののいているのではないでしょうか?」

「しかしねえ神尾さん・・・実際に大勢の子供が死んでいるんだから・・」
児童評論家の目黒が問いかける。

「では目黒先生は、イジメを無策で放置してその何百倍もの数の生徒が死ぬのは構わないと言われる訳ですか?」

「それは飛躍のし過ぎだ!私はそんな事は一言も言っていないじゃないか!」

神尾は目黒の言葉を聞いて呆れ返った表情で首を左右に振りながらフーッと大きく息を吐いた。それを見ながら小田原が話し出す。

「僕は、神尾さんの話はよく解るな!日本の自衛隊も同じじゃないかな。相手を殺すことを目的にはしていないけれど何かがあったら命掛けで抵抗するぞという目的で武装するから抑止力になる。これが丸腰で正論を言っていても意味をなさないと分かっているから防衛力を養うんだと僕は思っている。大人の世界でも国際世界でもそうなのに子供の世界では武装無しに理不尽な迫害から身を守れとか戦えとか言うから問題が解決を見ないのかもしれない・・と思い始めた・・」

「皆さん、一度、イジメられて死を覚悟した生徒の目線でモノを考えてみて下さい。これから自分の命を絶ち短い人生が終わるんだ・・・この世は生き地獄だ・・生きていたくない・・そう考えて死ぬ時に絶対に無念だと思います。イジメた人間が憎たらしく殺してやりたい気持ちで一杯だと思います。でも自分は弱いから怖くてできない。だから一人寂しく死んでいく・・・自分の子供がそんな死に方をして、死んだ後に加害者や学校から「自殺なんかしやがって迷惑な・・」みたいな扱いを受けたら私だったら関係者をまとめて殺してやりたい気持ちになると思います。それと比べて考えてみて下さい。イジメた人間が恐怖におののいて命乞いをするのを見て笑いながら死んでいく方が、親だったとしたらどれだけ心が慰められるか!でも本当に私は、一人の子供も私の発言で死んで欲しくはありませんでしたがこんな結果になりました。それは残念でなりませんし私が一生背負っていかなければならない十字架だと思っています。しかし今彼らの死を無駄にしない為に彼らの死はこの国からイジメを無くすために人柱になった英雄として讃えてあげたい気持ちです。人間は賢いようで愚かな生き物です。いくら口で言ってもまさかそんな事は起こらないだろうと思っています。でも彼らが本当に行動に起こしたのでなめていたら本当に殺される事になるんだ・・という現実をイジメをしている人間は、心の底から実感したはずです。」

神尾の話を聞き、腕組みをしてうなづく者もいれば、首を振りながら紙に何かを書き込んでいるコメンテーターもいる。

小田原が首を振っていた産共党の葛飾ひろし参議院議員に「葛飾さん何かありますか?」と問いかけ葛飾が話し始める。

「神尾さんの言っている事は私にはやはり詭弁にしか聞こえないですね!日本は法治国家なのですから「目には目を歯には歯を」のような復讐は許されないと思いますよ」

その問いに対して神尾が間髪入れず
「いいえ!私は、イジメられた者がイジメた者に対して復讐をする話なんか一つもしていませんよ!人権を無視されて理不尽に死に追いやられようとしている人間が尊厳を守るために戦う方法の一つがこれではないか?という自分ながらの意見を言っているんです」

「しかし、今回の少年はいきなりガソリンをかけて4人もの人間を焼き殺したんですからね!いくら自分がイジメられていて自殺まで考えていたからって言って道連れに一緒に殺すと言うのはどうしても納得できないですよ・・いや納得してはいけないと思います!
ガソリンを見せて『これ以上イジメるならばこれをかけて一緒に自殺の道連れにするぞ!』と脅かすだけで充分に効果があって両方とも死ななくても良かったとは神尾さんは思わないんですか?」

その言葉を聞いて神尾は呆れ返ったように
「葛飾先生・・よ~くイメージしてみて下さい。
イジメられていた少年は自殺するくらいに追い詰められていたんです。
しかも追い詰めていた相手は4人です。その相手にガソリンの入ったペットボトルを見せて『僕をこれ以上イジメたらこのガソリンをかけて火をつけて一緒に焼き殺すぞ!』と言ったら相手の4人がそれを恐れて『ご免なさい!もうこれ以上イジメたりしないから許して下さい!』といってその後は仲良くなりました・・などという流れになると本当に思って言っていますか?
もしそうならば大甘です!
あまりにも現実を知らな過ぎる!
もしその少年がガソリンの入ったペットボトルを見せて脅かして身の安全を図ろうとしたらどうなると思いますか?
相手は4人です。
『てめえ!ふざけた事を言ってんじゃねえぞ!やれるものならばやってみろ!』
と言われて飛びかかって来られたらガソリンを相手に浴びせる前に取り押さえられてしまいます。だから不意打ちだから可能な方法なんです。
さらに相手は冷酷非情なイジメっ子です。
もし失敗したら自分が持ってきたガソリンを取り上げられて自分にかけられて自分だけが焼き殺されて『僕たちは自殺を止めようとしたんですが止められませんでした』みたいな事になるのではないか?という発想もその少年にあったかもしれませんし、事実そうなった可能性も高いと思います。
万が一そこまで行かなくてもイジメっ子の4人がその後で口を揃えて『僕たちはあいつにガソリンをかけられて殺されそうになりました」と言われたら自分は今よりもっと苦しい立場に置かれるという発想もあったはずです。葛飾先生もっと現実をとらえて発言して下さい!政治家がそんな発想しかないからイジメも自殺も無くならないんです!」

次の瞬間、会場のあちこちから神尾の発言に対してまばらではあるが拍手が起こった。

画面に顔を引きつらせる葛飾の顔が映し出される。

モニターに映し出される自分の顔を見て自分がカメラで抜かれている事に気が付いた葛飾は慌てて話し始めた。

「しかし私たちも法律を変え警察の対応も変えさせてイジメ撲滅に尽力しているんだからそこは評価してもらいたいですな・・!」

「もちろんそれは評価しています。またもっともっと努力を重ねて改革してイジメを撲滅してもらいたいと思います。しかしこう言っては何ですが現在進行形でイジメられている子供たちにとっては、そんな実を結んでいない努力や改革など全く役に立たないモノでしかないという事も認識して下さい。先ほどアメリカの銃規制の話をしましたが、暴漢が家に押し込んできて自分たちの命をも脅かされる危機に遭遇した時に間に合うならば警察に連絡して安全を確保してもらい犯人も逮捕してもらえればそれに越した事はありません。しかし、丸腰でそれをやれば上手く警察に連絡できたとしても銃を持つ暴漢に何の抵抗も出来ないままに撃ち殺されて警察がかけつけた時には射殺体が転がっている・・・それが現実なんです。だからイジメ問題も国や学校や警察にも頑張ってもらって安心して勉強できる本当の意味で平和な学校にしていってもらいたいと心の底から思ってはいますが、いつになるか一向に分からないそんなモノを期待していたら何千人何万人の子供たちが心を痛め死んでいくか分からないというのが今の日本の現実なんです。」

「でも10年前より随分と改正されてきたというのも現実です。是非、その辺は理解して評価してもらわないと一生懸命やっている私どもは残念でなりません」

「私は10年前に関わっていた生徒を助けられずに死なせてしまいました・・そして10年たった現在もやはり変わらずに助けられなかった・・・有効な程度には何も変わっていませんよ。前が酷過ぎて、現在が普通に近くなった・・そんな程度の変化だと思います。」

「・・・・・・・」
無言の葛飾議員を見た小田原は、その隣にいて発言したそうな顔をしていた二人の女性のうちまずは前回、他局(テレビ日本)で神尾と対談した精神科医の中野を指名した。

「精神科医の立場から少し話をさせて下さい。私はイジメをする人間もされる人間も病んでいると思っています。彼らは全員病気なんです。そして私たちの住んでいるこの社会も病んでいます。イジメをされる側の人間も可哀想ですが、実はイジメる側の人間も病んでいて可哀想なのだという事を理解して頂ければと思います。
『お前なんか死んじゃえ』と言われて本当に死んでしまう子は心が不健康だと思います。
相手が死んでしまうまで暴行やイジメをしてしまう人も病気だと思います。
病気なんですから、それなりの扱いをしてしかるべきだと思うんです」

「話の途中で申し訳ありませんが中野先生の言っている意味が分かりません!イジメる人間も病んでいるんだからイジメられて死ぬ人間がいてもイジメた人間を恨むより病気を恨んでイジメた人間は憐れんでやれ!またイジメられても健全な人間ならば決して自殺などしないものだから自殺したのはイジメた人間のせいではなくイジメられた生徒が病んでいたのが原因だからイジメた生徒を恨むのは筋違いだ・・というご意見ですか?」
神尾の剣幕に中野は少し戸惑いながら
「そんなふうな意味で言ったつもりは無いんですが・・私は、イジメをした生徒も病んでいるのですから普通の人間とは区別して考えないとならないという事を言ったまでです。法律的に言っても精神病だった時には責任能力なしと見なされれば無罪になりますよね!また、病気まで行かなくてもストレスが溜まって心神喪失状態に近い時などは減刑されるじゃないですか・・覚せい剤など法律で禁止されている薬物を使って心神喪失状態だった時にも無罪になったりするんですから、法律違反をしたわけじゃなくストレスが溜まった状態でストレス解消をしようとついイジメをしてしまった生徒だけを厳しく罰しよう・・ましてその罰がガソリンをかけられて焼き殺される事というのはおかしいに決まっているじゃありませんか!」

「はあ?本気で言っていらっしゃるんですか?では中野先生は、イジメている生徒は、病気なんだからイジメをしてもしょうがない!それよりそんな病んでいるイジメっ子にイジメられても自殺しない健全な精神を持ち卒業するまで耐え続けろという意見なんですね?」

「何でそういう角が立つような言い方になるんでしょうか?私たち医師も医師なりの最善の努力をちゃんとしていますからあまり揚げ足を取る様な言い方ばかりしないで下さい!」

「ほう!そうなんですか・・では参考までに聞かせて下さい。一体どんな努力をしているんですか?」

「医師ができる・・というより医師しか出来ない事をやっています。医師しか出来ない事と言えば薬を処方する事です。最近はとても良い薬ができてきたので心のケアもかなり効果を上げています。」

「最善の努力とは、薬を出す事ですか?イジメも自殺も無くならない訳ですね!イジメられても薬を飲んで自殺まで行かないように頑張れ…という事が医師として最善の方法なんですね?まあ確かに医者に行くとしたらイジメられて悩んで心が病んだ生徒だけで、イジメている人間が自分からイジメをした行いを深く悔いて『イジメをしてしまって悩んでいます。どうかイジメをしなくなる薬を下さい』なんて相談しに来る訳がありませんから実際に全然問題解決にはつながっていませんよね!」

「・・・・」

「今、覚醒剤の話が出ましたが、法治国家である日本の法律はザル法過ぎます。百歩譲って覚醒剤を使用して精神喪失状態で殺人を起こしたならば無罪でもしょうがないとしても、その人間は一生無人島がなんかで一般社会から隔離して欲しいと思います。それがしばらく入院したら何の問題もない一般人と同じ扱いで社会生活を始め、その周りの人間には、そいつがいつまた同じ事件を繰り返す可能性があるかすら教えてもらえないんです。ブライバシーがあるとか個人情報の守秘とか必要以上の権利を与えすぎると思いませんか?覚醒剤を使おうがストレスが溜まってだろうが他人の権利を迫害して傷つけたり命を奪った人間には権利を与え過ぎてはいけないと私は思います。日本人は自由の意味を履き違えています。だからイジメる事すら『俺たちの自由だろ!』みたいな寝とぼけた事を堂々と言う子供が現れるんです。私は日本人にはもっと自由の意味を考えて欲しいと思います。日本人は、こんなに優秀な民族なのに何でこんなに自由の解釈がおかしいんだろう?と考えた事があるんですが、私がたどり着いた答えは、今の日本人の自由は、諸外国と違って血を流して勝ち取った自由ではないからだという答えでした。フランス人はフランス革命、アメリカは独立戦争や南北戦争など民衆が自由を勝ち取る為に多くの血を流して勝ち取りました。しかし日本人は太平洋戦争に負けて戦勝国であるアメリカからある日突然に与えられた自由なので自由の本当の意味が分からなくなっている気がしてならないのです」

「神尾さん!神尾さんが提起する事は面白くて奥が深い事が実に多い!それを一つずつ討論の議題にしたい事ばかりだけど話を少しもどそう。」

中野の話に一区切りつけ小田原が中野の隣のNPO法人「愛がイジメを無くす」代表の江田すみ子を指名した。江田が待ってましたとばかりに話し出した。

「私が考えるのは、イジメを無くし自殺を無くすのはやはり何と言っても「愛」しかないと思っています。命の尊さをよく理解させて貴方たちは人を憎んだりイジメたりする為に生まれて来たんじゃなくて愛されたり愛したりする為に生まれて来たんだ・・という事を自覚させるようにしなければ決してイジメは無くならないけれど、それを理解させたら絶対にイジメは無くなると思っています。・・テレビドラマなどに出てくる不良少年の話が一番わかりやすいですが、その人がどんなにやさぐれていようが、どんなに極悪非道なことをしていようが、その一番奥にあるのは『本当は愛して欲しかった」という気持ちです。
「愛してほしい」というのは何も恋愛や親子の愛情のことだけではありません。
人は自分が期待していた通りにならない時、ガッカリして自分は天から愛されていないと思います。
そして、この『自分は愛されていない』という思いこそが、全てのボタンの掛け違いの始まりなのです。ついつい他人に辛く当たってしまったり、逆に他人から辛く当たられたりするのもその奥には、愛情に飢えている苦しさと、「助けて!」という声が存在しています。
まずは、自分の中の「助けて!」の声を見つけて、よ~く耳を傾けてあげるところから始めましょう。そうするとだんだん心も落ち着いてきます・・・・その様に「愛」という心は・・・」

江田がそこまで話した時、スタジオに大きなブザーの音が鳴り響いた。見ると電光掲示板の数字が32を示し見ている間にさらに24まで下がった。よって江田の話は強制的に打ち切られた。

「ブザーが鳴ってしまったんですが、何で一般の視聴者が江田さんの話を聞くに値しないと判断したんだろうか?僕は、みんなイジメを無くしたいという気持ちの根っこは同じだけれど理想論という枝と現実論のという枝の違いがあり今は現実論を討論するのを聞きたいという事ではないかと考えているんだけれど間違っているだろうか?確かに理想にはこだわらなければならないと思う・・思うけれど、この場では聞くに値しないと視聴者が判断したのは理想論に固執し過ぎると本当に役に立たない机上の空論になってしまうという事を今までの議論で分かってきたからではないだろうか?
また冒頭から議論の中心になっている「イジメ」という言葉は、ちょっとしたイタズラの度が過ぎたモノ・・みたいなニュアンスに聞こえるふしがあるんだけれど、今行われているイジメはそんな生易しいモノじゃない気がする。
僕はそれをイジメと呼ぶのを止めたほうがいいと思う。
カツアゲは恐喝
暴力は暴行障害
ネットでの誹謗中傷も今は犯罪になる。
全て今の行き過ぎたイジメ行為は犯罪以外の何物でもない。
イジメを無くすのではなくて、学校から犯罪行為を無くそうと考えるべきじゃないかと思うんだが・・如何なもんだろう?」

その問いに民自党の江戸川衆議院議員がこの時とばかり指名を待たずに話し出す。

「全く小田原さんの言われる通りだと思いますね!イジメという言葉には何か「子供の悪ふざけ」的なニュアンスが漂っていてたくさんの自殺者を出すような深刻な問題ではあるけれど犯罪ではない・・という扱いをされるケースが少なくない気がするんですが、それは大きな間違いでイジメは犯罪そのものでだと思います。学校という聖域とでも言うべき治外法権的な領域で起こりやすいものなので、どうしても対処が遅れるんですね・・・そしてその結果自殺と言う悲劇が起こると親は学校や担任の責任だと言い、学校はイジメは無かったと隠蔽を図る・・そしてとうとうイジメの存在が隠蔽できなくなると原因は家庭にあったと開き直る・・・人が一人死んでいるんですから警察もすぐに捜査しなければならないはずなのに学校にはなかなか思い切った捜査が出来ないのが現状です。」

「だったらどうしたらいい?」

「学校聖域伝説は間違いだと認識して警察介入に対してもっとハードルを下げるべきだと思います。いやそれより学校と警察がもっと連絡を密にとり連携する位の改革が必要だと思います」

「それは暴言だ!教育の場に警察権力を導入するなんて言語道断だ!」
江戸川議員の発言に葛飾議員が噛みついた。

「私もそう思う・・いくらなんでも○×○×・・」
「私は警察介入論を支持する・・それ位の思い切った改革を○×○×・・」
「そんな時代を逆行するような提案は○×○×・・」
神尾が最初に提案した「代案を提示できないのに発言するな」という括りには引っ掛かりそうもない話題だと思った為かここぞとばかりあちこちから指名無しの発言が飛び交った。
小田原は少しの間放置したが収拾が付きそうもない事を見定めて声を発した。

「神尾さんはこの話をどう考える?」

小田原の声にもスタジオの騒音に近い無秩序な発言は収まらない。その時スタジオ内にブザーの音が響き渡り一瞬静けさがよみがえった。掲示板の数字がいつの間にか35になっている。

「どうやら会場の人たちは何を言っているのか分からないこんな状態は容認したくないらしい・・じゃあ神尾さん・・一言・・」

「小田原さん!あんた司会者なのに神尾さんばかりに贔屓(ひいき)が過ぎるんじゃないか?」
小田原に自分たちの発言が止められ神尾を指名した事に不満を持った葛飾議員が食って掛かった。

小田原の表情が変わり葛飾を睨みつけながら
「何が贔屓だ!だいたい今日の討論は何が中心になって行われるべきなのか?答えは簡単だ!ここにいる観覧者もテレビの前の視聴者もみんな神尾さんの話を聞きたいと思っているのは間違いないはずだ。贔屓とは内容が全く同じなのに一方だけを優遇する事であって今日に限っては最初から神尾さんとその他のコメンテーターとは重みが違う。ハッキリ言えば他のコメンテーターは、誰が欠けても問題はないが神尾さんが欠けたら番組自体が成り立たない!それくらい分からないのか!何ならば私の言った事を視聴者が支持するか葛飾さんが言う事を支持するか掲示板で聞いてみようか?」

「不愉快だ!そんな事はしなくてもいい!私はこれで帰らせてもらう!」
「結構!ご自由にお引き取り下さい!」
「皆さんも出ていきましょう!」
葛飾が他の人間にも一緒に退席する事を持ち掛けたが誰一人として葛飾に従う者がいなかったので、葛飾は苦虫を潰したような顔で一人スタジオを出て行った。

「さあ、じゃあ神尾さん・・あらためて一言・・」

「まず一つ今回の話とは関係ないけれどいつもこの番組を観ていて感じた事を言ってもいいですか?さっき私もうっかり指名を受ける前に発言をしてしまいましたが発言にかぶせる様には発言はしませんでした。皆さんはプロと言っても過言ではないコメンテーターなのに何でさっきの様に無秩序に怒鳴りあう様な状況になるんでしょうか?この番組だけじゃなく国会ですら発言中に野次を飛ばすのが当たり前の事として横行する。小学校の学級会ですら人の意見を聞くときには静かに聞いて、それに対して意見があれば手を上げて指名されてから発言しましょう・・と教えているのに恥ずかしくないのか?といつも思っていました。よって今日だけは人の発言中に横槍を入れるのは止めませんか?」

「僕は神尾さんの提案を支持します。観覧者のみなさんはどうですか?」
小田原の言葉に場内に拍手がわき起こった。拍手が鳴り止むのを待って神尾が再度話し出す。

「イジメと犯罪を分けて考えるという意見には大賛成です。殴って脳挫傷かなんかで直接に手を下して殺したり、目の前で首を吊る様に命令して首を吊らせたり、ビルの屋上から突き飛ばして落として殺したりした様な場合は犯罪以外の何物でもないと考えます。山形のマットに押し込められて窒息させられて殺されたような事件がそれに当たると思います。ところで以前から私がいろいろな所で言い続けてきた話があるんですが聞いて下さい。
それは、今話した犯罪行為で殺された生徒と違ってイジメで自殺する生徒の場合、彼らを最後にイジメて自殺に踏み切らせたのは一体誰なのか?という話です。
当然、イジメ続けた生徒も罪は重いと思います。でも最後に止めを刺すようにイジメた張本人はそのイジメ続けた生徒たちではなく自分自身なんです。大抵の場合イジメで自殺する生徒は、周りにイジメっ子など一人もいないのにイジメられたイメージを自分の頭で増幅させて繰り返し繰り返し思い出し『もう生きていたくない・・生き地獄だ」と自分自身をイジメ抜いて死んでいくのですから、一番のイジメっ子は誰でもなく自分自身だと思っています。また江田先生の言う事は理想です。理想は決して捨ててはいけないと思います。でもそれはそれとして、私は死んでいく子供たちを助けたくて我慢が出来ずとうとう行動に起こしました・・」

その神尾の言葉にうなづきながら小田原が話す。
「一番のイジメっ子は自分自身か・・・そうかも知れないなあ・・ではここで一旦CMに入ります」

テレビにはCMが流れ3分後CMが明け再び小田原が映し出される。

「ここで今日はイジメで子供を亡くしたお父さんお母さんにたくさん来て頂いているのでその中からどなたかにこれまでの話を聞いての感想や意見などを聞いてみたいと思う・・玉木アナウンサーよろしく!」

モニターの映像が小田原から局アナの玉木に切り替わり玉木が観覧席の横で話し出す。

「玉木です。今日は、観覧席にはイジメで息子さんや娘さんを亡くされたお父様やお母様にたくさん来て頂いていました。CM中にその中から選ばせて頂いておりますのでご意見や感想などを頂戴したく思います。どうぞ・・・」

一人の観覧者が指名を受け立ち上がり玉木からハンドマイクを受け取ると話し出した。

「私は三年前に中学生の息子をイジメによる自殺で亡くしました。今から発言させて頂く話は少々長くなりますが是非伝えたいと熱望して止みません。でも甘えはいけないと思いますので他のコメンテーター同様に私の話が聞くに値しないと思ったらスイッチを押していつでも打ち切って下さい。」

その父親はそう言って一礼するとさらに続けた。

「今日、番組の前半に神尾先生がおっしゃった話を聞き神尾先生はうちの話をどこかで聞き付けて自分の体験談として話したのではないか?という錯覚を起こしました。
私の息子は7人の同級生から陰湿なイジメを受け悩んでいたようでした。
うちの息子は大人しく自分の思った事もハッキリ言えない性格の上、口も達者ではなかったと思います。
先生や他の生徒の前では仲のよい友達を装い、陰では言葉の暴力を皮切りに殴る蹴る…水を頭から浴びせる…ドブ川に突き落とす、あちこち連れ回され遊んだお金を全員の分を払わされる。お金が足りないと自分達が払うんですが、そのお金は息子が払った友達に借りた事にされ次の日から「いつ返すんだ」と矢の催促。遅れると一日に一割の利息がついて借金が膨らむという地獄の毎日だったようです。
先ほど話に出たようにこれはイジメなどという生易しいものじゃなく犯罪以外の何物でもないと今でも思っています。
だいたい十日で一割というヤミ金ですら悪質極まりないと言われるのに一日一割とは呆れ返るばかりです。息子は小学校一年生の時からお年玉やお小遣いを使わずにずっと貯めていました。
いつか欲しい高いモノが出てきたらその貯金で買おうと思って貯めていた様ですが8年がかりのその望みはイジメた7人によって踏みにじられました。
息子の貯金通帳が残っています。
頻繁に引き出されて20万円ほどあった貯金は数ヶ月でゼロになりました。
私や家内に心配させまいとして息子は、家ではわざと明るく振舞い「学校は楽しい」といつも言っていました。
先ほど、愛情がある親ならば子供の変化に気付くはずだ…と言われた方がいますが、子供の真実を見抜けなかった私はきっとダメ親なんでしょう…。
息子はお金が通帳から無くなるまでの間に担任の先生に相談しました。
先生は、話を聞いてこれは一大事と思ったとの事でした。
それで何とかしようと校長と学年主任と生活指導の先生に相談してその7人を呼び出して詰問しました。
しかし、うちの息子とは違って口が達者な狡猾な7人が口裏を合わせてうちの息子がおごってくれるって言うからおごってもらっただけで、自分達からおごってくれなんて一度も言った事はない…でもそんな誤解を受けないように今度息子からおごると言われても断る事にする…と言って教師達も納得したそうです。
せめてその事を親に連絡して頂けたら良かったのですが、息子が親には言わないで欲しい…と言ったからという理由で伝わりませんでした。
そして、隣の部屋で待たされていた息子を呼んでこれからも仲良くするようにと7人と握手をさせられそれで終わったそうです。
相談室を出て学校の門を出た辺りからイジメが復活しました。「てめえよくもチクリやがったな!」と言ってお腹に代わるがわるパンチを入れられたそうです。
息子は7人に「お前が一人で何を言っても俺たちは7人なんだからみんな俺たちの言った事を信じるんだ!今日の事でよく分かっただろ!」と言われて怖くて誰にも言えなくなったそうです。
その時の絶望感を息子はノートに何ページにも渡って書き連ねてありました。
イジメはさらに陰湿化して水面下に潜りました。
じきに息子の貯金かゼロになり、その後二ヶ月弱で100万を越える借金を背負わされ借用書まで書かされました。
また命令されて借金の穴埋めにデパートなどで万引きをさせられた事も一回や二回では無かったようです。
そして息子はとうとう自分の部屋で首を吊って命を断ちました。
私は学校やイジメた7人やその親に真相を明らかにして謝罪と償いを求めました。
しかし学校はイジメは無かった。イジメに発展しそうな局面は確かにあったが学校は万全な対処をして解決をした。
息子が自殺したのは家庭に問題があったからだ!
親に連絡をしなかったのは息子から「絶対に親には内緒にしてくれ」と言われていたからであり、もし問題がある家庭の親に連絡したら状況はさらに悪化するだろうと考えたからである。
また、生徒との約束を破って親に連絡したら学校と息子のせっかく良好な信頼関係が崩れてしまうからである。
親は学校から連絡が来ていたら自殺を阻止出来たように言っているが、それは言いがかりでしかなく、もし連絡していたら阻止するどころかかえって自殺の時期を早めた可能性がある・・とまで言い切りました。
イジメた7人は、口々に「ただちょっとふざけたりからかったりしただけだ!」と言い張り7人の親も口々に「全く友達がいない暗い子供だからうちの子供たちが一緒に遊んで活気がある子にしてあげようとしたのが事の始まりで、それでもあまりにも変わらないからついイライラして小突いた時もあったみたいですが、そんな時は誰かが止めていたみたいですよ!今回の自殺は死んだ子が被害者みたいに言われていますが、むしろ被害者はうちの子達7人です。自殺した子の為に一生消えない心のキズを負わされたんですからこちらが損害賠償や慰謝料を払って欲しいと思っている位です。でも私達は常識がありますから言いがかりをつける親と違ってそんな要求はしませんがね…」という言葉を浴びせらるました。
そのイジメをした7人の生徒達は今も何の反省や謝罪の言葉もなく高校生活を送っています。
聞く話では懲りもせずに7人全員がいまだにイジメやタカリをやっているそうです。
今回の神尾先生のどうせ死ぬならば自分だけ寂しく死なないでイジメた人間をガソリンをかけて道連れにして死ねという言葉を聞き、それを実際に実行した生徒がいた…実に悼ましい事ですが…私は・・・」

感極まってその父親の声は怒りに震えて涙声に変わっていた。父親は一息ついてさらに続けた。

「今、私は一つの思いで頭がイッパイになっています。こんな事を言ったらあいつはとんでもない人間だと罵られるかも知れません。でも…これが私の心の底から沸き上がる思いです。」

そう前置きするとその父親は声のトーンは低く抑えながらも力強い声で続けた。会場は百数十人もの人間がいるのに針を落としても聞こえる程の静寂に包まれ全員の耳がその父親の言葉に注がれた。

「私の息子がもしまだ生きていて、どうしても自殺を止められなかったならば、絶望して一人寂しく死ぬより、イジメた人間にガソリンをかけて道連れにして死んで欲しかったと思っています」

スタジオがどよめいた。
この父親と同じように子供をイジメで亡くした親であろうか?・・あちこちから鳴き声が聞こえた。

「私はこの3年間・・息子の事を考えて、うちの息子は一体何の為に生まれて来たのだろうかといつもむなしい思いにさいなまれていました。優しいけれど気が弱いところがある何の取り柄もないと言ってもいい程に平凡な子供でした。何の悪い事もしていないのにあんな辛い思いをさせられて、悩んで悩んで親に言えず先生に相談して絶望させられ一人寂しくこの世を去って行った・・・・それならばせめてイジメをした全員を道連れにして死んで、その死によってこれから自分のような悲しい人生を送り寂しく死んでいく人間を減らす礎(いしずえ)になって死んで行ってくれた方がどんなに慰めになるか分かりません。
私は、何でもっと早く神尾先生が私の息子がまだ生きている時にその話を伝えてくれなかったのか・・位な気持ちで一杯です・・ご清聴ありがとうございました・・」

掲示板の数字は100からピクリとも動かなかった。
というよりスタジオの全員が父親の心の底からの言葉に引き付けられて掲示板の事などは、全く頭に無かったと言うのが正解であろう。
まばらではあるが、スタジオの客席のあちこちからすすり泣く声と共に拍手が起こった。

拍手が鳴り止むか鳴り止まないかのタイミングで再び玉木アナウンサーの声が響いた。
「こちらに今の話を踏まえてどうしても発言したいという方がいらっしゃるので・・」

玉木アナからマイクを渡され先ほどの父親と同じくらいの年齢の男性が立ち上がった。
「静岡県から参りました鎌倉と申します。私も先ほどの方と同じく中学生の娘をイジメで亡くしました。神尾先生の話がまるで自分の事のようだという点も同じですし、うちの娘もどうせ死ぬならばイジメた生徒も道連れにして一緒に死んで欲しかったという気持ちも
全く同じです。ただ一つ違うのは、神尾先生に対する気持ちです。私は今、神尾先生に謝りたい気持ちで一杯です・・・」

鎌倉の意外な発言に反応した神尾が鎌倉の方を振り返る。
「こんな方法があるならば、本来、私を始めイジメで子供を亡くした親の誰かが考え出し実行しなければならなかったのではないか?・・そう思いました。私は事件の後、加害者を恨み社会を恨み抜け殻のような毎日を送って来ました。それが池袋のガソリン事件があって、その発端となったのが神尾先生の発言だと知り頭をハンマーで殴られたような気持ちでした。私は神尾という人間に興味を持ち知る事が出来る限り調べました。最初は「この人の目的は何だろう?」「何がメリットなんだ?」そんな穿った見方しかしていませんでした。しかし神尾先生にはこれだけのリスクを負ってまで得る利益など何もない・・これが私の結論でした。私は、イジメで子供を亡くした経験もない神尾先生だけが重い十字架を一人で背負わされてこうして矢面に立っていらっしゃる事が申し訳なくてたまりません。最初この番組を観ていて私は「コメンテーターは口先ばかり一丁前の事を言って何の実行力もないいい加減な人間ばかりだ・・」と感じていましたが、そういう私も全く同じだと思いました。・・神尾先生・・」

鎌倉が見つめる神尾の間が潤む・・
「神尾先生・・本当に申し訳ない・・・私は、政治家の警察も学校も人間すべてが信じられなくなっていました・・でも神尾先生によって人間をまた信じてみようという気持ちになりました・・・心から感謝いたします。有難うございました!」

鎌倉はそう言いながら深々と頭を下げた。
神尾も席から立ち上がり鎌倉に向かって深々と頭を下げて返した。
会場のあちこちから嗚咽ににた声が聞こえ再び拍手が沸き上がった。

小田原が重い口を開く
「今日は、神尾さんが発言して起こった事件に対してその当事者である神尾さんの話を聞き、質問どころか詰問してやろうという意気込みで出席してきたコメンテーターがほとんどだと思う。
しかし、私を含めて今まで何の役にも立たない事を責任なく発言し、他人の意見の揚げ足を取るコメントを言ってメシの種にしてていた・・まあ極端かも知れないが今回の事についてはそう言われてもしょうがない気がする・・・そんな自分たちの襟を正しこれからコメンテーターとしてメシを食うならどうしなければならないかという宿題も出されたと思わなければいけないと思う・・。その宿題が出来ないコメンテーターは、私は廃業すべきだとも思う・・」

「いや・・ちょっと待ってください!・・小田原さんいいんですか?・・こんな神尾さんの発言が肯定されるような流れで・・おかしいでしょう!」

江戸川議員が小田原の発言に待ったをかける。
その時「そうだ!そうだ!君たちおかしいぞ!」という声がスタジオにこだまして一度退室した葛飾が戻ってきた。

「葛飾さん・・帰られたんじゃないんですか?」

「そんな仕事を放棄するようないい加減な事は私はしないよ!・・冷静な討論が出来る様に一時頭を冷やしに行っただけだよ!」

「そうなんですか?」

会場は、しらけた空気が流れたが人々の白い目も葛飾にはカエルの顔にションベンだった。

葛飾が戻ってきて討論は再開されたが、その中身のない発言に何度もブザーが鳴り響いた。
そうしているうちに放送時間も残りわずかになり小田原がシメに入る。

「本日は各界から優秀なコメンテーターに集まって頂いたんだが、どうやら今回だけは観覧者として集まってもらった人の方がもっと優秀なコメンテーターだったような感想を持ったのは私だけだろうか・・・とにかく今回の事件の法律としての善悪、常識としての善悪、その他いろいろな視点から見て答えが出るものとは思っていなかったが、予想通りと言っていい結果だったとおもいます。テレビに皆さんもいろいろな視点で是非考えてみて下さい・・では今日はこの辺で・・」

深夜の番組でありながら平均視聴率は38%という驚異的な数字を叩き出した。
神尾の発言が良かったのか悪かったのかは永久に答えが出ないであろう。

しかし、神尾の発言のあと日本中から過去に類を見ないほどイジメは減少していた。

                             ( 1部 完 )

いじめ崩し(いじめは私が無くす!心理療法士神尾の挑戦)

第2部は現在構想中です。

その前に「まえがき」で書いたように皆さんのご意見を拝聴して作品に反映させていきたいと思っています。

ご感想、ご意見をよろしくお願いいたします。

またできましたらこの作品をできるだけ多くの方に読んでもらってイジメの抑制やイジメ自殺撲滅に役立てば
という気持ちでいっぱいです。

この「いじめ崩し」を紹介、推薦して頂けたら幸いです。

いじめ崩し(いじめは私が無くす!心理療法士神尾の挑戦)

イジメ問題に取り組む心理療法士神尾は、無くならないイジメ自殺に業を煮やし悪魔の発言 とも取れる呼びかけをイジメで悩む少年少女に行った。 その発言とは、どうせ死ぬならばイジメた人間にガソリンを浴びせて火をつけて道連れにして 死ね…という発言だった。 その発言が元で中学生の少年がカラオケボックスで自分をイジメた4人の同級生を道連れに ガソリンで自殺を遂げた。 神尾の発言がマスコミの知れる所となり神尾はテレビの生放送に臨む。 評論家達との対話の中で神尾の本当に伝えたかった心からの叫びが日本中に響く

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-05

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著作権法内での利用のみを許可します。

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