SS16 金魚救い
定番の展開はいやです。
「お帰りなさい、パパ」
玄関扉を開けた途端、優が居間から飛び出して来た。
勇樹が「ただいま」と返すと、中指に嵌めた”ボンボン”を勢いよく振って見せた。
「さっきね、ママとお祭りに行って来たんだよ」
「ああ、そうだったな。何のお店に行った?」
「うーんとね、綿飴買って、金魚掬いもしたよ」
お祭りなんてどこでも変わらないもんなんだな。勇樹は盆踊りの櫓を囲んで夜店が並ぶ、馴染みの光景を思い浮かべた。
ただ、優にとってはこの町に越してから初めてのお祭りだ。
さぞかし張り切って出掛けたことだろう。
「金魚はいっぱい掬えたか?」
「うん、五匹」と優が片手を開いて見せる。
「すごいじゃないか。それだけ獲れれば立派なもんだ。あとで見せてよ」
「いいよ」
二人並んで居間に入ると、キッチンに立つ妻が「お帰りなさい」と声を掛けた。
「あなた、先にお風呂に入っちゃう? まだご飯できないのよ」
「もう入れるのか?」
「まだだけど、すぐに沸くから……。優、ちょっとお風呂のスイッチ入れて」
先日やり方を教わったばかりの娘は、頼まれるのを待ち構えていた。
「やるやるぅ!」
学校の授業みたいに手を上げてから、キッチンの隅にある端末に掛け寄ると、ボタンをピッピッと押している。
「はい、ありがと」
勇樹がインジケータの点灯を確認してから寝室に向かうと、手を止めた妻が少し遅れてやって来た。
優がテレビを点けたらしく、賑やかな音楽が聞こえてくる。
「日曜なのにご苦労様ね」
「まあ、こういう日もあるさ」脱いだ背広を渡した勇樹はネクタイの結び目に手をやった。「ここの祭りは賑やかだった?」
「そうね。この辺りじゃ一番規模が大きいらしいわよ」
「ふぅん」
普段着に着替えようか迷っていると、廊下から「お風呂が沸きました」と音声が知らせてくれた。
いいタイミングだ。
シャツにパンツの出で立ちのまま、勇樹は渡された新しい下着を持って風呂場に向かった。
***
「ぎゃあああっ!」
その絶叫はアニメに夢中だった優に あることを思い出させた。
「あなた、どうしたの?」
妻に続いて優までが顔を覗かせる。
「お湯が熱いんだよ。一体何度に設定したんだ?」
「ねぇ、パパ。金魚さんは? お風呂の中にいるでしょ?」靴下が濡れるのも構わず浴室に入った優は首を伸ばして湯船の中を覗き込んだ。
「あれ? 元気だ……」
確かにもうもうと湯気を上げる湯船の中で、金魚たちは悠々と泳ぎ回っている。
「今の技術ってすごいわね」
妻が掬った金魚を入れてあった小さなビニール袋をこちらに見せた。
「”本品は劣悪な環境でも元気に育つな特殊加工金魚です”って」
「店のおじさん、こいつらは長生きするよって言ってたもんね」
SS16 金魚救い