君ニウツル世界 2章 -目覚メ-

〈君ニウツル世界〉


2章  目覚メ。


―――いつもここで目が覚める。
この夢、何回見ただろうか。
もういつから見始めたのかさえ、忘れてしまった。
異様に広い空間にひっそりと置かれたベットにいる少女と少年の話。
少年の顔は見えないが、夢が覚める瞬間に見える少女の悲しげな表情にどこか見覚えがあ
った。
あの傷はどうしたんだろう。
気にしても所詮夢の出来事だと割り切って、最悪の目覚めの中、寝起きの気だるい体を起
こし、作業着に着替えて、俺―――桐生湊(きりゅう みなと)は食卓のある部屋のドアを
開けた。
「おはよう、泉」
「おはよう、兄さん」
返したのは俺の2つ下の中学3年生の妹―――桐生泉(きりゅう いずみ)
茶色っ気のあるショートカット、紅い瞳、エプロン姿で台所に立ち朝ごはんを作ってくれ
ている泉は、身内の贔屓目に見ても可愛い部類に入ると思う。
そんな妹がいる台所からは、朝の定番焼き魚の匂いが漂ってきた。
「お、今日は焼き魚か?」
「うん、そうだよー。坂上さんが鮭いっぱいもらったからって譲ってくれたんだー」
「いつももらってばっかりで悪いな、こんど何かお返しするか」
「そうだね、それがいいかも!」
坂上さんは家の隣に住む人だ。なにかと俺たちを気にかけてくれている。
火の車な家計のうちにとってはかなりありがたい。
「そろそろ出来るから机拭いてー」
「おうよ」
使い古した布巾で机を拭く。
「お待たせ、今日の朝ごはんのテーマはTHE和食だよっ」
勢いよく出てきたのは、鮭の焼き魚、豆腐の味噌汁、それと白米。
シンプルだけど、いかにも日本の朝食って感じだ。
2人でいただきますをする。
「今日も泉の飯は美味いな」
「えへへー、ありがと」
そんな他愛もない話がすごく心地よかった。

俺たちの母さんは早くして病気で他界。
オヤジも母さんが亡くなった影響で酒や博打に溺れ始め、ある日突然、幼かった俺ら兄妹
とこの家を置いていなくなった。
だけど親族は探さなかったらしい。
オヤジがいなくなったときは、寂しさや悲しさより「あぁ、やっと出て行った」という
安堵する気持ちのほうが強かった気がする、それくらいオヤジは家庭を壊した。
それから俺たちは親族の家をたらい回しにされた。
何回引越ししただろう、一人の親族と名乗るおじさんが俺たちを引き取りたいと申し出てきた。
おじさんは、あの大人たちと違って、笑顔で俺たちを迎えてくれた。
ある日、俺は「どうして僕たちにやさしくしてくれるの?」と聞いたことがある。
そしたらおじさんは、「俺の馬鹿な弟のやらかしたことだ、兄が面倒見てやらないとな。それに
お前たちは可愛いからな~」なんて優しい笑顔で、俺たちの頭を手でわさわさする。
その手は大きく、俺たちは安心することが出来た。
おじさんと過す日々は、いままで嫌な毎日だった日々が嘘のように楽しかった、感謝してもしき
れないほどの恩がある。
ある日俺たち兄妹は、これ以上おじさんに迷惑かけたくないという理由でこの我が家に戻ってき
た。当然、おじさんは反対したが「まぁ、好きなようにやってみな」としぶしぶ許してくれた。
でも俺たちは子供だ。どんなにがんばろうと大人の支えなしでは生きていけないってのは、よく
わかっていた。
俺はおじさんが一人で経営する家電修理店で働くことした、せめてもの恩返しに。自己満足なの
は言うまでもないと思う……。

そんな俺は家を空けることが多くなったから、家事全般は泉にまかせがちになってしまっている。
俺はその事を気にかけたりするけど「兄さんは気にしないで、私は好きでやってるんだから!」
と楽しそうに言う。
けど泉一人にやらせて俺が何もしないというのは、気が収まらないから俺も空いた時間に洗濯
や掃除をする。だけど料理だけはどうしてもだめだった。

「泉ー、早く食べないと学校おくれるぞ」
俺は泉より早く食べ終わり、洗物をする。
「ごちそうさまでした!」
パンッと手を合して言い、食器を下げに来て、それを俺が洗う。
いつもの光景だ。
「兄さん、行ってきます!鍵忘れないでね」
「おう、いってらっしゃい。気をつけるんだぞ。」
「うん、お母さん行ってきます」
仏壇の上に置いてある母さんが笑顔で写っている写真にも忘れない。
そんな泉を、食器を拭きながら見送った。
「さて……。俺もそろそろ行くか」
洗物も終わり一息ついて腰を上げる。
「母さん、行ってきます。」
鍵を確認して歩いて仕事場に向かった。
いつもと変わらない毎日が続いていた

君ニウツル世界 2章 -目覚メ-

君ニウツル世界 2章 -目覚メ-

目覚める。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-17

Copyrighted
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