三月、ブラック・マジック・チョコレート(パート2)
"生まれつき手クセが悪いからさ おもちゃに困ったことは無いね
ピストル,パチンコ,風船ガム ムービースターはベットベト”
「stupid」The Birthday
わたしはあなたと同じものを読んだ、って言ったらきっと驚くと思う。
「別れましょう」
そう切り出したあの子の、心の小さな日記帳に書き留められていった気持ちを、わたしは読むことができた。
あの時、喫茶店にいたのは決して長い時間ではなかったけれど、ありがたいことにわたしは速読が得意なので、あの時の彼女の心境は今でも頭の中に残ってる。ほとんど全部。
不知火頭突。
わたしは魔法使いだ。人の心ぐらい読める。
先月、ふたりが別れるかどうかをロシアン・ルーレットで決めようと言い出したのは、別に負けたかったからじゃない。むしろ勝ちたかった。でも。
フェアでありたい、と思った。ただ勝ちたいのならトランプを取り出して次に出るスートで、だとか、コインの裏表で勝負すればいい。でもわたしのプライドは、あの場だからこそ、フェアであることを望んでた。
わたしはいつだって人の心を読んできたし、それに倫理的な抵抗を覚えたりもしなかった。それは彼女についても同様のことで、そりゃロマンチックな出来事も起こらなかっただろうと思う。わたしが避けてたからだ。
彼女の気持ちに気付いていながら、知らないふりでサプライズ、だなんて白々しいにも程があるし、それはやっぱりわたしのプライドだったのかもしれなくて、要は彼女のことをなにひとつ考えてあげられていなかったということだ。
別れ話を切り出してからずっと、彼女は疲れたと連呼していた。心の中で。
でもあれは彼女の性格から来るものなんじゃないのとか、誰とでもそうだったんじゃないの、なんて思ったりしてしまうんだけど、その呪縛から解き放ってあげることが出来なかった時点で、自分は敗北していたんだろうな、って。何に対して、なのかはわからないけれど。
わたしは彼女とは全然違う。けれど、似ているところもある。
好きになった理由がわからない、何で好きなのかわからない、そういうところ。そういうのは、わたしぐらい心が読める人間であれば人より優位に立てるものかと思っていたし、実際、人間の内面がいくらでも覗ける、っていうのは優越と背徳の感情でわたしの鼻を高くした。
ここまで言ったので、あなたはきっとこう思ってくれるはずだ。「岸部露伴かよ」って。いや、もしかしたら思わないかもしれないけど、わたしはずっとそう言ってくれるのを待っていたフシがあって、でもこんなことは誰にも話せない。今あなたにだけ、こうして告白する。
告白。告白ね。
わたしと彼女は似たもの同士で、だからこそ告白を受けてくれた、らしいよ。こんなにも違うのに。
わたしは彼女のすべてを知ることができて、彼女はわたしを何も知らないと思っていた。後にそれは逆なんだと気付くのだけど。
結局のところ、わたしは何も知ろうとはしていなかったのだ。その心に浮かぶ上澄みをすくい上げるだけでわかった気になっていただけで。
だから、もしかしたら、彼女の方がわたしのことをすべて知っていた、のかもしれなくて。
所詮わたしは魔法使いなのだ。人の心がわからない。
そもそもわたしは、自分の何を知っているというのだろう。
そういった、多くの人間が一度は、そしてわたしのような人間であれば何度も悩むであろう問題に差し掛かった辺りで、気が付けばひと月も経っていた。明日は、ホワイトデーだ。
もうなんかいっそ、「わたしのチョコ食べたやん」とかなんとか言いながら厚かましくお返しをたかりに行く姿勢で復縁を迫ってみるのはどうか。
厚顔無恥、上等。
本当に、一押ししたら復縁できるんじゃないか、って考えてる。ただ、それはきっと彼女に負担を押しつける行為になるであろうことは容易に想像できて、でもそれを回避するために本気になるべき、もっと努力すべきであって、それさえできれば前みたいなワンサイド・ゲームにはならない、はずなんだ。呆れてる? でもほら、これが普段のわたしだし、それを認めてもらうところから始めないと。
……いや、わかってる。それやったから別れ話を切り出されたんでしょ? って。でもどうにかして、今回こそはちゃんと反省の姿勢を見せて、いや、それもふりしてるだけだろ、とか言われたらそれまでなんだけど、まあとにかく誠実に自分をわかってもらおうっていう、ね。
流石に、普段の自分まで否定されたらどうしようもないし、そんなことは言わないし思わない人間だったから彼女と付き合いたいと思ったのだし。
血迷って、はいないけど不安な思いで人の心がわからないとか言ってはみたけれど、それはそれとして人を見る目、だか能力だか知らないけどそういうものは人よりちゃんとしているつもりだし、普通の人と関わるならそれでいいんだ。
いや、別に彼女が特別だって訳じゃなくて、いや、これは言い方が悪いな、確かに特別なんだけど、それはわたしにとって特別だってことで、彼女だって一般人には違いない。だからそりゃ他の人みたいに扱えば他の人みたいに扱えるんだけど、それがしたくないから恋人やってた訳でしょ? そうなるとまあ、わからなくなるというか、通用しなくなるというか、やっぱ人付き合いにセオリーなんて無いんだなって思うし、その辺は人間界だろうが魔法使い界だろうが一緒ですよと声を大にして言っておきたい。いや、そこまでは思ってない。適当言っちゃった。
魔法使いなんて大したこと無いんだよ、本当に。
あなたは幻滅するかもしれない。したかもしれない。でもやっぱり、魔法使いだってただの人間だし、って言いそうになったけどそもそも『ただの人間』ってなんだろうね? 人の心が読めない人? 魔法が使えない人? そんなの些細なことだけどな。別に魔法が使えるからといって、いきなりサーカスの人気者になれる訳じゃない。それは包丁みたいな、って言うと剣呑だな。包丁だけど。じゃあライターとかそういうものであって、そもそも煙草を吸わない人間にライターは必要ない、ってことは無いかもしれないけど限りなく使わないものなのは確かでしょ。それが他の人の役に立つかっていうとそれも微妙だ。喫煙者どうしでなら火の貸し借り、なんてできるのかもしれないけど、吸わない人にとっては別に携帯されてたからどうってことはなくて、まあサバイバル時とかなったら必要かもしれないけど、その時はもっと便利なものがあるわけでさ。
そういや、魔法で火って起こせるのかな。試したこと無いや。
そんなもんだよ、実際。何も無いところから火なんて起こそうと思う時点で危険人物っぽくない? 別にわたし喫煙者でもないし、料理はキッチンでするからね。そもそも、それこそライターでいいじゃん? っていう。
もう魔法にしか出来ないことなんて、無いんだと思う。そしてきっと、魔法なら出来ることも、無いんだと思う。誰も彼もが魔法の一つや二つ持っててさ、わたしにとって特別なことっていうのは、他の誰かにとっては普通のことでさ。
たとえばあなたはわたしの言葉を読むことが出来る。わたしはあなたがどう思っているのかを知らない。けれどあなたにこの言葉を伝えることが出来る。語りかけることが出来る。している。
わたしは彼女と別れた。うまく付き合うことが出来なかった。それはたとえばわたしがあなたに話しかけるような、ひどく一方的な親近感だったにもかかわらず、彼女はわたしを受け入れてくれたし、やっぱりそれってすごくない? と思わずにはいられない訳で。
未練ってさ、終わったことを引きずるから未練な訳で、もう一度始めてしまえばそれは未練じゃない、よね? そういうことを、考えてたんだよ。ここひと月ほど、ずっと。
だからもうシミュレーションは完璧っていうか、いや完璧なんてないんだけど、もう思い付く限りのリアクションを想定してるし、どんな言葉でも返せる、筈。でも。
考えれば考えるほど自信っていうのは揺らいでいって、『じしん』だけにとかそういうのは本当にどうでもよくって、ああ、そうね、こういう時にしょうもない冗談を入れたがるのは悪い癖かもしれないな。確かに、彼女はわたしのそういうところを苦手に思っていたフシはあるし、気を付けた方が良いのかもしれない。
自分が自分であること、をあるがまま受け入れるのってやっぱわがままな訳じゃない。それでもさ、どうしようもない部分っていうのと、どうにか改善できるかもしれないところ、っていうのはあって、でもきっとそれらは完全に分離してる訳じゃなくて、そうなるとやっぱりいつまでも自分の中の自分はねじ曲がったまんま、たとえばそれが部品なんだとしたらその配列が変わるだけで、別にパーツそのものが突然変異を繰り返す訳じゃないと思うんだよね。
なんか訳訳言ってたら訳が分からなくなってきたな。
とにかくわたしは、彼女と仲直りがしたい。そもそも仲が良かったの? と訊かれれば不安にもなるけど。
お互いがお互いを嫌っていない、ってだけで、好き合ってるってことにはならなくて、じゃあどうやってそれを証明するの? ってやっぱみんなが考えることだと思うし、だから恋人達はあらゆる手段で愛を確かめ合うんだよね、きっと。
だけどさ、そんな簡単にそんなことが出来たらさ、こんな苦労はしてない、んだよね。だからやっぱりそれは魔法でさ、それが出来る人達っていうのは、恋人達っていうのは魔法使いなんだ、と思うんだよ。人の心が覗けなくてもさ、人の心がわかる訳じゃん。わかろう、とする訳じゃん。それはすごいことだよ。
世の中には魔法使いが沢山いてさ、っていうか魔法使いじゃない人間なんていなくてさ、むしろ何て言うの? 魔法って生活そのものなのかもしれなくて、やっぱり何が言いたいのかわからなくなって。
こうやって、こうやって、いくつも言葉だけを重ねてきて、わたしはわたしになった。わたしはわたしとして、ここにいる。
だから、やっぱり認めてもらわないと。
彼女の魔法でさ。
さあ、明日は何て言ってやろうかな。
何て返ってくるかな。
うん、やっぱ、あなたに話しかけて良かったな。
聞いてくれてありがとう。
おやすみ。
三月、ブラック・マジック・チョコレート(パート2)
カレンダーガール
三月、ブラック・マジック・チョコレート(パート2)
著:黒岡衛星(Twitter ID:@chrorograph, MAIL: crouka10566@gmail.com)
表紙絵:いなもと(Twitter ID:@livebong)
初出:クロノグラフになれなくて( http://satellitecrouka.tumblr.com/ ) 2014/03/25