君と僕の冬の想い出
冬の恋物語。
※Boy meets boy。激しい性描写などは一切含みませんが、苦手な方はご遠慮ください。
冬になると思い出すんだ、君のこと。
冷たい風が優しく僕の頬を撫でた。
「あ……」
あぁ、そうか。今年もこの季節がやってきたんだ。
大きく息を吸って、肺を冷たい空気でいっぱいにする。
それはとても乾燥していて、ひんやりとしていた。なんだか懐かしいような、悲しいような。
この季節になると、いつも思い出すんだ、君のことを。君と過ごした、あの冬を。粉雪のようにきらきらと輝いていた日々。そして、すぐに溶けてなくなってしまった、あの切ない日々を。
君に出逢ったのは、10年前の冬。12月……いや、1月頃だっただろうか。
不思議だね。君との思い出は確かにここにあるはずなのに、いつの間にか、記憶までも雪のように溶けてしまっているんだね。
あのとき、僕たち2人の間には、ちゃんと愛はあっただろうか。
君は覚えているかな。僕たちが初めて出逢った日のことを。そして、君と僕の時間を……。
*****
「初めまして。僕はハル。名前は?」
初対面なのに、なぜだか惹かれるものがあった君に僕が話しかける。恥ずかしがり屋な君は少し照れたように笑い、こう答える。
「俺はコウスケ。よろしく。」
どんな話をしたかあまり覚えていないけれど、大抵の人が初対面のときに話すようなことを話していたと思う。
僕がありきたりな話題を振って、コウスケが答えて、一瞬の沈黙。その繰り返し。最初の会話は、あまりにも単調なものだった。僕は彼と色々話をしたいと思っていたけれど、反応の薄い彼に最初はうざがられているのではないかと思い、そこまで話をすることができなかった。
人見知りをする君と、その正反対の僕。
あまり笑わない君と、その正反対の僕。
シャイなくせにいつも自然体な君と、明るく接しながら、いつの間にか周りに壁を作ってしまう僕。
端から見たら、僕はただの「ウザイ」やつだった。そんな僕に、彼が初めて笑顔を見せてくれたとき、どんなに嬉しかったか彼はきっと知らない。その笑顔をもっと見たいと、そう思った。
いつだか、必死に自分を作ろうとする僕にあるとき、「そんな無理しないでいいんじゃない」と、彼は言ってくれた。
「そのままのハルを見せてよ」
その言葉に、僕はどれだけ救われただろうか。
住む場所が違う彼との連絡手段は、たった1つの携帯電話だった。
初めてメールを送ったとき、僕はとても落ち着かなかった。返事は来るだろうか。来なかったらどうしよう。好きな人からのメールを待つ時間はとても長いということを、僕は初めて知った。
好きな人……か。あのときはまだ、そんな風に思っていなかったはずなんだけど。
彼に気持ちを伝えたときも、無意識のうちに自分の思いの丈をぶつけていたんだ。僕自身も驚いていたけど、きっと、僕より彼の方がびっくりしていたと思う。彼はちょっとだけ鈍いところがあったから。
「俺も、ハルのことが好きだよ」
気持ちが通じ合った瞬間だった。ただ単純に嬉しかった。
コウスケに逢えるのは、多くても月に3回。しかも、冬の間だけ。僕らが顔を会わすときには決まって、彼の友達も僕の友達も一緒だったから、2人の時間を取ることはなかなか難しいことだった。そんな中で、僕たちはそっとみんなの輪から抜け出して、他愛もない話をしながら、いつも散歩をしていた。
「ねぇ、コウスケ」
「ん?」
「やっぱり、何でもない……」
「なに、言って」
「……手をつなぎたいな。って思っただけ」
「……そっか」
すっと差し出された左手。僕がその大きな手を握ると、彼はそっと指を絡めてきた。その手の平はとても温かく、それに反して指先は、とても冷たかった。
「なぁ、ハル」
「何、コウスケ?」
「キスしてよ」
「え……」
「約束したじゃん。今度逢ったら、してくれるって」
そうだ、すっかり忘れてしまっていた。いや、忘れたふりをしていた。
自分から言い出したことなのに、そのときになったらとてつもなく恥ずかしくなってしまって。
コウスケが僕を抱きしめる。僕は少し背伸びをする。そしてゆっくりと、彼の頬に唇を当てた。
「口、じゃないの?」
「いやでも、さ……」
出会った当初は、僕がいつも彼をリードしていたのに。
「キスって、口でするんじゃないの?」
「……っ」
「ほら、早く」
急かされて、心臓の動きがさっきよりも速くなる。冷たい空気のせいか、緊張のせいか。僕の唇はいつもより乾いていた。震える足でもう1度、背伸びをした。彼との距離がまたぐっと近くなる。かすめるように、僕たちは初めて唇を重ねた。1秒にも満たなかった。恥ずかしい。だけど、幸せな気持ちが込み上げてきた。
コウスケが、小さく笑った。
彼と出逢って2度目の冬。お互い前より少し背が高くなっていた。だけど、彼はやっぱり僕より少し大きかった。
いつものように、僕たちは手を取り合ってそこら中を歩き回った。ゆっくりとした歩調で。久しぶりの再会で、2人とも少し照れているようだった。
そんな時間が、ただただ幸せに感じた。
「夏休みの合宿どうだった?」
「暑かった。ハルは?夏休み、何してた?」
「僕は、コウスケとメールしたり電話したり」
「ははっ、確かにそうだったね」
実際、毎日というわけではなかったけど、連絡を取り合っていたのでそこまで話をすることはなく。
「いつか一緒に夏祭りとか行きたいね」
「うん」
「学校とか、一緒に通ったりしてみたい」
「うん。いつか、できるかな」
こうやって、「いつか」の話を何度もした。叶わないこととは、彼も僕も心のどこかでは分かっていたけれど、その「いつか」が来ることをいつも願っていた。
「コウスケ……」
「どうした?」
「ぎゅって、してくれないの?」
急に視界が変わった。一瞬の出来事。
「あまり、可愛いこと言うな……」
照れたように、彼は僕の耳元で囁いた。
久しぶりに感じるコウスケの体温。コウスケの香り。力強く僕を抱きしめる、その腕。彼はそっと体を離し、僕の目を見た。少し体を屈めて、僕との距離を縮める。優しいキス。
「好きだよ」
「僕も大好き」
2人で、顔を見合わせて笑った。彼の笑顔が大好きだった。
彼との時間は、いつも瞬く間に過ぎていった。そして何度目かの冬が訪れ、それも過ぎ。。。
雪解けと共に、冬は僕たちに別れのときをもたらした。
「最後に、声が聞きたい」
コウスケが僕にメールを送ってきた。最後……。僕は明日、この国からいなくなる。きっともう、逢えない。
「もしもし……」
「あ、僕……。ハルだけど……」
「うん……」
長い沈黙。携帯電話の向こうからは、彼の息が微かに聞こえるだけ。
「あの」
「あのさ」
お互い同時に話し始めて、そして同時に黙り込んでしまった。
「いいよ、ハルから話して」
「う、うん……」
一呼吸置いて、僕は話し始める。
「あの……わかれ」
「別れないよ」
僕の言葉を遮るコウスケの言葉。やめて。僕の心を乱さないで。
「もう逢えないかもしれない。だから、別れよう」
「俺は待ってる。ハルが帰って来るまで」
「でも、ダメだよ。本当にもう逢えないかもしれない」
ここに帰って来れる保証なんてどこにもないんだ。
だから、僕の決意をそんな簡単に崩さないで。揺るがさないで。
目に涙が溜まって、思わずこぼしそうになってしまうのを、僕はぐっと堪えた。
「ずっと待ってるから、別れるとか言うな」
「ごめん……」
「ごめんって、何?」
声が震えてしまわぬよう、ぎゅっとこぶしを握った。
「別れよう……」
*****
「ふう……」
ゆっくりとため息をつくと、それは白い水蒸気へと変わり、宙へと舞っていつしか消えてしまう。その行方を目で追いながら、あの日のことを思い出していた。
あのあと、コウスケは僕になんと言ったんだっけ。僕はコウスケに、何を伝えたんだっけ。もう、忘れてしまった。
苦しい程に胸が痛んだこと。声を上げて泣き、涙を枯らしたこと。枯れたと思ったのに、やっぱり涙が溢れてきたこと。それらのことはしっかりと覚えているのに。なのに彼の声、彼の体温、彼の香りは全て忘れてしまった。雪と一緒に溶けて、どこかへ流れてしまったのかな。
もう1度、深呼吸をする。口から出た吐息はすぐ、冷たい冬の風にかき消されてしまった。とても、切ない気持ちになった。
最後に君と唇を重ねたとき、君は言った。心から、僕を愛していると。そして、僕も……。
コウスケ、君は覚えているかな。あっという間だった、僕たちの時間を。
幸せだと、君も感じてくれていたなら…。
僕にはそれだけで、充分だよ。
この国の冬は、僕たちが出逢ったあの日のものと、とても良く似ています。
君と僕の冬の想い出
実は2〜3年前から温めてた小説です。
処女作なので、文章はちゃめちゃ設定ぐだぐだ。もう最悪。
二人の未来の話を、ひっそり執筆中です。
ご意見・ご感想、お待ちしております。