紡ぐ糸 第3章
主人公
渡瀬信二(34歳):大学卒業後、せっかく入社した会社を6年で退社。その後6年間ニート生活が続いたが、ようやく再就職が決まる。
主人公の父
渡瀬誠三(66歳):厳格で堅物だが、子供達の事を信用し、影ながら支えてくれている。現在はリタイヤし地域ボランティア活動をしている。
主人公の母
渡瀬勝代(60歳):主婦業一筋に生きてきた、良妻賢母の鏡。性格は天然。
主人公の妹
渡瀬里奈(23歳):自宅近所の会社のOLをしている。性格は多少母譲りがある。
信二は無事再就職が決まり、信二の家族は我が事のように喜び合う。
「信ちゃん、ほんとに採用されたの?」
お袋の驚きも無理はない。俺だって半信半疑だ。
今までと比べて、あまりに簡単で早すぎる採用決定だから。
「まあまあ、お父さん、何かお祝いしましょうよ!」
「いや、この歳でやっと就職が決まったなんて、恥ずかしいだけだからやらなくていいよ」
「そうだな、どこかで豪華にコース料理でも、って訳にはいかないから、寿司でもとろうか」
毎日険しい表情だった親父も、今日は好々爺のような顔をしている。
「じゃあ、本政さんトコのお寿司にしましょうよ!」
「まて! あそこならホテルのコース料理の方が……」
息子の前で夫婦漫才をやっている。
「お兄ちゃん、やったじゃん。これであたしもスッキリだわ」
「うるせーな。なんでお前がスッキリなんだよ?」
「お兄ちゃんが二ートになってから、友達から同情されまくりだったんだから」
「何で俺がニートだと、お前が同情されなきゃいけないんだよ?」
「20代ならいざ知らず、30代も半ばになろうかという人がニートで、しかもそれがお兄さんだったら妹もさぞかし大変でしょう? って」
「全っ然大変そうには見えなかったけどな」
「うん、全っ然気にしてなかったし」
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「お兄ちゃん、スーツも新調した方が良くない?」
「そうそう、どうせならブランド物を」
「要らないよ。その辺の安物で十分。今のがまだ着られるし、給料もらってから自分で買うよ」
「これから毎日東京駅降りて通勤でしょ? 周りは大企業ばかりだし、安物スーツなんて似合わないわよ」
「なんで東京駅で乗り降りするのに、高いスーツじゃないといけないんだよ?」
「一流企業のOLさん達と、素敵な出会いがあるかもしれないよ?」
「絶対にない。ていうか、なんで『達』なんだ?」
「超絶美女のOLがハンカチ落として、お兄ちゃんが、落としましたよ、なんて」
「お前、確か平成元年生まれだよな?」
「靴もネクタイも鞄もブランド品を揃えないと……」
「やっぱり男も、第一印象が大事だと思うのよ」
「明日その協会を見に行って、帰りに大丸か高島屋に寄らない?」
誰か、この夢見る母娘を何とかしてくれ。
まあ、何にせよ、家族みんなに普通の笑顔が戻ってくれたのはうれしい。
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「ああ!やっぱり本政さんのお寿司、美味しい!」
「この焼き魚は、本政さんの就職祝いだって!」
「鯛の尾頭付きを祝いでくれるなんて、あそこの大将は気前がいいね~」
「これからも祝い事があったらぜひ、って言ってたわよ」
「そりゃもう、本政さんに頼むしかないわね~」
その度にこの辺りのワンルームマンションの家賃1ヶ月分ぐらいの金が飛んでいくことを、お袋と妹は知らない。
「信二、これからだな」
「うん、やっと再出発だ。今度は短気起さない様に気をつけるよ」
「あの頃に比べたら、だいぶマシになった様には見えるけどな」
「そ、そう?」
親父から褒め言葉が出るのは、ほんとうに久しぶりだ。
「ま、今までとは全く畑違いの仕事だ。裸になったつもりで、頑張れ」
それからバイト先全てに就職報告をして、バイトを辞めた。
残念がったりエールを送ってくれたり、寂しい半面嬉しかった。
ニートから正式な社会人になるのにも、色々と面倒な手続きがあった。
滞納していた国民年金も全て支払った。
お袋があまりに言うので、しぶしぶスーツを1着、ブランド物でしつらえた。
ブランド品は嫌いではない。
ただ、自分には似合わないのと、突然の屋外仕事が発生しそうだから嫌だったんだけど、仕方がない。
こうして、採用通知を受け取ってから1週間後、初出勤する事が決まった。
やっと自分の人生、再起動だ。
今度こそ頑張らなくっちゃ。
【Control-Alt-Delete】から先が長かったなあ。
紡ぐ糸 第3章
家族みんなが喜びを分かち合い、信二は心機一転、頑張っていこうと決意しました。
4章に続きます。信二の今後にご期待下さい。