時間を巡る衝突1

一応、分類としては二次創作になるのかも知れません。
元ネタとはかけ離れた内容なので、知らなくても問題ないです。
BLです、苦手な人は逃げてください。

ただ意味もなくぼんやりと空を眺めていたら、何故か心配された。
「だって有り得ないよ。あの、トキがぼーっとするなんてさ。天変地異の前触れと言ってもいいね。」
これは、長年の付き合いとなる友人の言葉。
「そんなことないだろ、俺は昔からこんな風にしてたじゃないか。」
俺が村野と呼ぶその友人は、いつものように穏やかな動作で首を降った。
「確かにね、トキは昔から考え事に熱中することが多かったけどもさ。今のは違うよ。考え事に熱中してるわけじゃない。」
じゃあなんなんだ、と俺は問うた。
「ま、単純に言えば、腑抜けているって感じかな。」
なぜか少しだけ悲しそうにして、村野は笑っていた。

理由なんてものも、明快だった、らしい。らしいというのも、全て村野に指摘されたことだからだ。
「要するに恋煩いだよ。」
と、あいつは言っていた。お年頃だからね、よくあることだよ。と、何の慰めにもなっていない言葉をかけられた。
誰に? と聞いても。
「少なくとも、僕じゃないのは確かだね。」 軽口を叩かれるばかりだ。
「トキの場合は多分無自覚なわけじゃなくて、自覚したくないだけだろうから、そのうちわかるよ。」
そう、無責任に言い放って村野は帰って行った。

村野がいなくなったあと、伽藍洞の教室で俺は一人考える。
恋、ねえ? まさか、自分がそんな風になるとは思わなかった。しかも、男相手に。
相手は解っている。あの人しか、いない。ずっと頭の奥でちらついて離れない、あの人。
昨日はじめて出逢い、会話をした。
それだけなのに。
声が、笑顔が、渦を巻く。頭のなかがそのことで飽和して、苦しい。
もしこれが本当に恋というものなのだとすれば、俺はきっと一目惚れというのをやっているんだろう。
一目惚れ。それに、初恋。
叶うはずがない。…叶わない。あんな出逢い方、それに、あんな別れかた。
だったら自覚しないほうがいいだろう。このまま心の奥底にこの気持ちを閉じ込めて、とっとと忘れてしまえ。
忘れてしまえ、忘れてしまえ、忘れてしまえ。
だけどあともう少しだけ、この気分に浸らせてくれ。

そのあと、家路につこうとしたら、雨が降っていた。
こういう、漫画みたいなことって本当にあるんだな。と、少し頬を緩めながら、少しだけ大きく呼吸をする。
吸って、吐いて、吸って。雨のなかを駆け出した。
先程と同じことをひたすらに頭のなかで唱えながら。
その身を守ることもなく、ただ、頭の中のものが全て洗い流されてしまうことだけを望んでいた。

そのとき俺は、泣きそうになっていた。
帰宅途中、満員電車でのことだ。
俺はもともと中性的な顔立ちであるとよく言われていて、それゆえに男から痴漢行為をされることがままあった。
勘違いされているのか、それともそういう趣味なのか。
それを知る術はなく、また知りたいとも思わなかった。俺はただ堪えることでその場を凌いでいた。
声をあげることができたら、助けを呼ぶことができたら。
おぞましい感覚で全身を苛まれながら俺は頭の片隅で考えていた。
こわい、気持ちわるい、吐き気がする。
そのときのことだった。
「そこのあんた、なにやっているんだ。」
見知らぬ男性が俺のすぐとなりにたっていた。その手には中年と評するに相応しい、油で全身がてかてかしたような、そして、恐らく今の今まで俺に痴漢行為を働いていたであろう男の手が握られていた。
「お前、この子に何してたっていってんだよ!」
見知らぬその人の声に体がすくむ。但し、その声は俺に向けられたものではない。
電車が止まり、扉があいた。
あ、ここ、降りる駅…。
すると、見知らぬ男性が中年親父の手をしっかりと掴んだまま、電車を降りた。
事態を見守ることに終始していた他の乗客がまるでモーセの渡る海のように道を開いていく。
ぼーっとしていた俺は、男性の
「おいで。」
という声にはっとし、慌てて後を追った。

駅員さんを呼んだり、事務手続きをしたりは、全て男性がやってくれた。俺は、たまに調書を取るための個人情報を述べるだけであとはなにもしなかった。
中年親父はこれから警察に送られるらしい。
男が男に痴漢するというのは妙なことだと思うのに誰もそのことを気にせずに接してくれたのはありがたかった。
駅員さんから帰っていいとの言葉があり、俺とその人は帰宅することにした。
「悪かったね、大事にしてしまって。」
「そんな。助けていただいて、本当に感謝しています。ありがとうございました。」
「お礼を言われるようなことはしていないよ。そうだ、まだ俺は自己紹介をしていなかったね。上河内 真知、会社員だ。」
名刺を差し出されたので受けとると、そこには誰もが一度は聞いたことのある大企業の名前が記されていた。
「あ、俺。常盤 悠、です。高校生で…。」
「うん、さっきも聞いた。」
上河内さんが笑いながらいう。そうだ、さっき俺はあらかた個人情報を言い尽くしたんだった。
「あ、そうで、した。えっと、それで…。」 それでってなんだ。
これ以上何の話を続けるんだ?
あ、そうだ。お礼…は、さっきいった。ああ、もう。なにやってるんだ。この人だって親切でこういうことやってくれてるだけで、一刻もはやく帰りたいに違いないのに。しっかりしろ、俺。
だけどやっぱり、続く言葉はみつからない。
「こういうことって、よくあるの?」
考えていると、上河内さんのほうから言葉をかけてきた。
「え、えーと。あ、その…。」
よりによって、という感じの質問ではあるが、確かにこんなことに巻き込まれれば気になることかもしれない。それでも、俺は言い淀むしかなかった。
その空気を感じてくれたらしい。上河内さんが慌てていう。
「あ、ごめん。答えにくいよね、こんなこと。無神経だった。悪いな。今日はもう帰るといいよ、引き留めちゃって、ごめんな。」
二度も謝られてしまった。こちらこそ、と申し訳ない気分に浸る。
「あ、そうだ。送るよ。物騒だしね。家、どこら辺?」
「そんな、大丈夫ですよ。大した距離でもありませんから、ご心配頂きありがとうございます。」
すると、上河内さんはきつく眉をよせてこういった。
「大丈夫じゃないでしょ。実際危険な目に遭ってるんだから、心配くらいいくらでもするよ。ほら、家、どこ?」
気圧されて。俺は素直に住所を告げる。
何故だろう、不思議なことにこの人は信用できる、とそう思い込んでしまっていた。疑うという選択肢なんてものが端から存在しない。
「じゃあ、行こうか。」
いっそ純真とすら呼べそうな、そんな真っ直ぐな笑顔を向けられる。
なんなんだ、この人。社会人なんだろう? なのになんでこんな、子供みたいにくるくると表情を変えて…。
道中、会話は続いた。
「君の高校ってさ、俺の母校なんだよねー。」
「じゃあ、先輩なんですか。へえ、すごい偶然ですね。何期生なんですか?」
「あははー、それはシークレット。年齢、バレちゃうから。」
お茶目っぽいポーズをして、上河内さんは笑った。
「なんですか、それ。」
笑い混じりに俺は答える。
「上河内さん、まだ若いでしょ。隠すこと、ないじゃないですか。」
「若いって言ってもね、君よりかおじいさんだもん。それに、最近上司がきつくてさー、絶対八つ当たりなんだけど。そのせいで老化がはやまってる気がして。」
おじいさんって。明らかに二十代前半の上河内さんは言う。
「そんなことないです、かっこいいですよ。」
素直な感想だ。実際、上河内さんはかっこいい。
優しそうな顔をして笑っているけれど、わりと知的な顔立ちで、何て言うかそれなのに子供っぽいとか、つかみどころのない人だ。背も高くて、この人はさぞモテることだろう。
「そうかなあ? 俺にはトキくんのほうがかっこよくみえるけど?」
さっきの俺の発言に照れたらしく、顔を赤くした上河内さんが言う。
「そんなことないですよ。…トキくん?」
「うん。今度からそう呼ぼうと思うんだけど、嫌かな?」
いやじゃない。そんなわけがない。
首をふってその意思を伝えると、上河内さんは優しく微笑んでくれた。
「かわいいね、トキくんは。」
そうして上河内さんは、俺の髪を撫でた。その感触は、上河内さんの笑みと同じでとても優しかったのだが、
「いっ……やだっ。」
俺の体を駆け巡ったのは、昔の記憶。
あの、おぞましい感覚。知らない男に全身を撫で回される、悪夢のような時間。
きもちわるいきもちわるいきもちわるい。
「え、どうしたの。大丈夫?」
俺を気遣う声が聞こえる。だけどそれも、俺の記憶を甦らせる引き金にしかならなかった。
--トキくん。トキくんは可愛いね。
げびた笑い声が頭のなかで反響する。
「落ち着いてトキくん、ねえ。」
頭ではそうしたいと願っているのに体は言うことを聞かない。
ついに俺は、その場から逃げ出した。
後ろから上河内さんの声が聞こえたが、返事もなにもせず、ただひたすらに現実から目を背けた。

時間を巡る衝突1

読んでくださってありがとうございました。
まだ、続きます。
そのときまた、あなたに会うことができれば、私にとっては望外のしあわせ、でしょうか。

時間を巡る衝突1

一応BLです。 苦手な方は、逃げて。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-01

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