七の断罪
あくまでフィクションで登場する人物や団体は一切関係ありません。
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変わる世界
キーンコーンカーンコーン…
学校の予鈴が教室に響いた。これでようやく六限目が終わった。夏休み明けなのにも関わらず西川は怠くなっていた。
期待していた訳ではないが本当に何もない夏休みであった。恋人ができるわけでもなく、友人たち数人と近所をうろついたり勉強したり。ほとんどやっていることは休日と変わらず、夏休みという気がしなかった。好きな人が居ないわけではないが告白する勇気があるわけでもなくただ適当に過ごしていた。そのせいかやたらと夏休み明けから怠く感じていた。
「ようやく終わった~」
西川は帰宅する準備を整え教室を足早にでた。今日は友人とは帰れない。用事があるらしい。よって今日は一人で帰ることになっていた。
西川の通っている東原中は東京の端、足立区にある。自宅からの距離はとても近く…という訳でもなく同じ足立区内にも関わらず30分かけて通っていた。
その日は残暑の残る暑い日であった。
「あっつ…」
西川はなんとなく呟いた。
中学に入ってからもう2年半。今年度で卒業だが、成績は常に平均的だった。これといった評価は多少足が速いくらいであり、武術もいまいちである。いわゆるクラスでよくいるタイプの人間である。
1950年3月。あの日を境に世界は変わった。突然現れた未確認生物に日本は脅かされた。その時の被害はとんでもないものだと聞いた。いくつもの都市が破壊され、死者と難民が溢れたらしい。当時に居たわけではないので分からないが大変なものだったんだろう。その日を境に日本の防衛は大きく変わる。まず、自衛隊は世界相手よりも日本内部の防衛を多くすることになった。しかし、世界も相手である。当然人手が足りるわけではない。そこで政府はある法案を打ち出した。「国民有志未確認生物対抗法」である。内容はいたって簡単で国民一人一人に未確認生物と戦う力をつけ防衛しよう、という法案である。未確認生物に対抗できるというメリットの裏には当然デメリットもある。その法案は同時に希望する人は誰でも武器を持てるということである。かなり恐ろしい法案はなぜか可決され幾度となく議論を交わし現在…2015年に至る。西川の家族も未確認生物に対抗しようとする有志で西川にも武器の使用が認められていた。とは言え
あまりにも平均的な西川は決して強いとはいえなかった。
「家に帰ったらまた剣の練習か…」
1人で呟いた時、ふと目に入った人影があった。ポニーテールで太刀をさげている女子である。名前は確か天野七海だった。西川と同じ中学…どころかクラスメイトである。
天野ん家はこっちだったのか…とか適当に考えていた時だった。突然大きく視界が揺れた。違う、地面かが揺れたのだ。
なんとか起き上がると天野が走っていくのが見えた。西川は天野の後を追った。何か理由があった訳でもなく、ただ追った。
気がつくと大きな穴のあいた場所に出ていた。どうやらさっきの地震は戦闘によるものだったらしい。(穴の規模はおかしいが)
「なんだこれ…」
西川がボーッとしていると金属のぶつかり合う音が付近から聞こえた。
どうやら近くで戦闘しているらしい。
西川は瓦礫の陰に隠れながら戦闘音のしている方へ向かった。
音が大きくなった。どうやらすぐそこらしい。西川は意を決し、建物の隙間から戦闘を覗いた。するとそこには見慣れたクラスメイトの傷だらけの姿と大剣を掲げた男性が見えた。
「な…んで天野が…!?」
西川は驚いた。天野は密かに西川が片想いを寄せていて、剣術に至っては憧れであった。クラスメイトで唯一の女子剣士であり、実力もクラスで、学年でもトップクラスである。その天野が目の前で倒されようとしている。男性が天野に何かを言っている。天野も何か言っているが西川には聞こえなかった。西川は助けにいこうとした。しかし、足が動かない。
恐いから、というのが無いわけではなかった。でもそれ以上に自分が何をできるか。そう考えたとき、何も浮かばなかったのだ。もし、自分がでて倒されてしまったら…。その前に天野が殺されたら…。つまり、西川は恐怖というより、臆病な気持ちが支配していたのだ。常にクラスでは平均的な自分。なにができるんどろう。このままで終わりにして欲しい。西川が再び陰に隠れたとき、男性は大剣を振り上げた。その時に自分は聞いてしまった。天野が初めて見せた弱気を。助けをもとめていた。西川は確かに聞いた。天野の「助けて…」という呟きを。気がつけば走り出していた。間に合う。足の速さなら負けない。西川が男性に近づいたとき、ようやく男性は西川に気がついた。先ほど遠くから見たときよりも気迫のある顔であり、鋭い眼光が西川を射抜く。西川は剣を抜いた。
「抜刀術・居合い切りの構え!!」
西川は今までで出したことのないほどの威力の居合い切りを男性に放った。
いける。そう思ってしまった。それが油断だったのだろう。男性は腕で西川の太刀を防ぎ大剣を振り払った。案の定、一撃で西川の太刀は折れ手元からなくなる。
「西川!?」
恐らく天野だったんだろう。誰かの悲鳴を聞いた。男性の大剣が西川に降り下ろされ―――。
「さらばだ、愚かな愚民よ」
それが西川の聞いた男性の最後の言葉だった。
何もない暗闇にひとり、西川はいた。
何も感じることもできない。孤独が、沈黙が西川を支配する。ここは何処だろう。何も思い出せない。そんなときだった。なんとなく心が温かい気持ちと悲しい気持ちに今気がついた。何かをした達成感。そして何か失敗してしまった悔しさ。西川はなんだったか思い出そうとするが結局思い出せなかった。また孤独と沈黙が支配する。もう疲れた。西川が闇の中で微睡みに入る直前だった。
…
何かが聞こえた気がした。西川はそれとなく耳を傾けた。
…か…!
間違えなく聞こえた。誰かが自分を呼んでいる。
にし…わ…!
その声は大きくなり、視界にも光が差す。その光に手を伸ばすとき、誰かを見た気がした。気がしただけなのかもしれない。光が西川を支配し―――
体がとても怠い。それだけでなくからだ全体が、鉛のように動かない。意識もまだはっきりせず、視界もぼやけている。
そのうちに意識と視界がはっきりしてきた。
白。としか言いようがなかった。病院のようだ。しかし妙に狭い。とても動けない。その時突然影がはいる。
「…動いた…?」
男の声がした。同時に駆け寄る音もする。
「西川…?」
ふと視界に入ったのは涙で目をはらした天野だった。
「あ…まの…?」
思わず声がでた。
突然天野が西川の手を握り涙を流して何度も振る。痛いぐらいに。
なんだよ天野?と聞く前に天野が言葉をかぶせる。
「西川が…西川が死んじゃったかと思った…!」
天野の一言に医者らしき白衣を纏った男性が言う。
「こんな…ことが…ありえない…!」
なにが、と西川が言う前に自分のいる場所がおかしいことに気がついた。
「…さっきね。西川がね、死亡したって言われたんだ。ほら、だからここ霊安室だよ…」
そこまで言った天野は泣き出した。
「俺が…死んだ…?でも俺は今…」
西川にも意味がわからない。そもそもここは?
その時、突然霊安室の扉が開いた。
「翔君!!」
黒髪のロングヘアーの女子高生…それも東都の…が西川に駆け寄ってきた。
「…サリアか…」
彼女は私立東京都防衛学術院の現生徒会長で西川の幼なじみだ。
「こんなとこにいていいのかよ?」
「翔君!本当に心配したんだよ!?無理しないでってあれだけ言ったのに…!!」
そこで天野が一言言った。
「いつまで…その…棺の中にいるの…?
」
天野に言われて棺からでた西川は霊安室からとりあえず出ることにした。そのあとに天野、サリアが続く。
「本当に良かったよ!西川が死なないで…」
天野が呟く。西川は首をひねる。
「…でもおかしくねぇか?死亡判定されたのに復活なんて。俺は何?ゾンビかなんかなのか?」
確かになぜ西川が生き返ったのか謎が残ったままである。
「その事なんだけど…」
その答えのヒントをサリアが横から出してきた。
「なんとなくなんだけど、もしかしたら能力解放かもね」
西川はまさか、と思った。今まで全くの平均的な自分にそんな能力があるはずがない。能力解放(オーバーライド)とは自分の能力を上書きすることだ。主に力の上書き、速さの上書き、思考の上書き等自分の能力の上書きをする能力で、まだまだ謎が解明されていないかなり特殊な能力であり、この能力を持つ人間はかなり数が少ない。このような能力を突然、それもたった数日で能力解放という特殊なものを覚えられるものなのか?
「能力解放かあ…」
天野が呟く。
この日を境に西川の世界は変わった。
目覚める兆し
それからというもの、西川はほとんど学校生活に変わりはなかった。唯一変わったと言えば天野とよく話すようになったことぐらいである。
「お前らに何があったんだ…?」
「二人の関係ってもしかして…?」
変な噂がたってしまって正直ダルさの極みである。
しかし今日でそれも終わりを迎える。卒業式だからだ。共に歩んできた友達ともお別れをする日。卒業式は生憎の雨だった。西川の担任は「今まで色んなことやらかしてくれた学年だからな。ある意味ではいい日なんじゃないのか。」なんて言っていた。正直ナンセンス極まりない。卒業生にとって晴れ舞台である卒業式が雨とか全然嬉しくない。
とはいえ、卒業とはそういうものだと思う自分が居たことに西川は驚いた。
「卒業証書授与」
聞きなれた司会をつとめる先生の声を半分以上聞き流して授与に入っていった。
中学校最後の学活が終わり、友との別れを惜しんでいる中を西川は校門に向かう。またな。たくさんの友達と別れのあいさつを交わす。西川が校門にたどり着き、出ようとしたときだった。
「西川」
不意に後ろから声をかけられた。この声は…
「なんだ、天野?」
天野は肩で呼吸している。おそらく走って追いかけてきたのだろう。
「別れなら…」
西川が言葉を放つときだった。
「今までありがとう、西川。…あのね。今日このあとって時間あるかな…?」
言葉を被せて天野が話しかけてきた。
「いや特にないけど…?」
いつもより雰囲気の違う天野に思わずしどろもどろになった西川は聞き返した。
「あ、天野。お前たしかクラスの打ち上げあったよな?いいのか?」
すると天野は
「それは夜だから問題ないよ。とりあえず大丈夫なんだね、時間。少し待ってて」
早口で捲し立てると天野は去っていった。
「なんなんだ…?」
その姿を楽しそうに見ている人影がいた。
「七海、焦っちゃて」
独り言を呟きその人影は足早に去っていった。
天野はすぐに戻ってきた。帰る方向は微妙に違うのだが、天野がどうしてもというので一緒に帰ることにした。
「西川ってさ。好きな人とかいる?」
突然の質問…それも苦手なタイプの…がきて西川は驚いた。天野からそんな質問されるとは思っていなかった。しかしこの質問には正直に答えられることがあるはずもなく。
「そんなのいいだろ…別に」
かなーり、素っ気なく答えてしまった。
後々考えたらかなり酷かったと思う。しかし天野は気にしてはいないようだった。
「そっか…。」
しばらく二人は無言のまま歩いた。
突然、天野が止まった。天野の後ろを歩いていた西川は天野にぶつかりそうになった。
「おい…」
西川が天野に抗議するときだった。
「私ね、西川のことが好きです」
しばらく時間が止まったように感じた。
天野が…俺を…なんだって?
その答えは言葉でなく行動で示された。
天野が西川の唇に自分の唇を重ねた。つまりキスをしたのだ。
「な…っ」
天野の行動におもいっきり不意を疲れた西川はしばらく動けなかった。とはいえやられただけだと悔しい。そう感じた西川は天野にキスを仕返した。
「これでおあいこだな。」
西川はいたずらに笑った。今度は天野が動けない番だった。そこに西川は追い打ちをかけた。
「俺も…俺も天野のことが好きだったんだ。…俺と付き合ってくれるか天野?」
天野はうつむいたまま手をもじもじさせた。しばらくしてぽつりと小声で言った。
「ずるいなぁ…西川の馬鹿…」
「ただいま!」
付き合うことになった二人は天野の家に行くことになったのだが…
「え…マジか…?」
天野の家はサリアともよく来るカフェ「夜空の星」であった。
天野に連れられて半ば強制的に入らされた西川はただ戸惑うばかりだった。
「いらっしゃ…あら?」
天野のお母さんがキッチンから出てきた。西川の姿がそのときに入る。
「その子はどうしたの?」
天野のお母さんは不思議そうに天野に聞いた。
「あのね…」
天野が話始めるときだった。
「七海の彼氏だよ、初めてのね」
突然現れた天野姉が(なんで天野の姉だってわかったんだろう)横槍を入れた。マジかこの人直球すぎる…。
それを聞くと天野のお母さんは驚いた。
「七海!良かったわね!名前は?なに君?」
天野のお母さんは西川にものすごいスピードで質問した。
「え…と…西川翔です」
思わずひいてしまったのは言えない。
「西川君!七海のことよろしくね!」
「あ、お母さん!もー…」
なんかヤバイことになった。西川はそう思った。
その日の夜…
「…で付き合うことになったと。すげぇな…」
西川は結局クラスの打ち上げに来ていた。最初は拒否していたのだが最終的に折れた。(天野がものすごくせがんできて拒否しきれなかった)今会話してのるのは西川の友達の坂本聖也である。あだ名が多数あって覚えてないが知っている範囲で7、8ぐらいあった気がする。(しかも全て食べ物)正直あまりこういうのは得意ではない。西川が坂本に話始めるときだった。会場がおもいっきりざわついた。
「え~~~~!!」
自分たち以外にも多数のお客さんがいるのにも関わらずのこの声はどうかと思う。しかし内容は自分が原因の一端であった。西川のもとに多数の女子生徒が集まってきた。
「七海と付き合ってるんだって!?」
「どっちがコクったの!?」
「西川は七海がタイプだったんだね!」
ヤバい、こういうのが苦手なんだよな~。西川は救いを求めて坂本に視線を送るが坂本は笑っているだけだ。駄目だ、使えない。藁にすがる思いで天野の方を見れば…
「七海~教えてよ~!」
「言わないっ!絶対言わないっ!」
駄目だ、あっちも喰らってる…。
もはやこのあとは質問攻めであり、クラスの打ち上げ(しかも卒業の)だったのにほとんどの記憶が質問攻めのことしかでてこなかった…。
1週間後
「はっ!やあぁぁあ!!」
自宅の道場で西川は特訓をしていた。傍らには幼なじみことサリアがついている。
「ほーら、足止まってるよ?」
西川が反応する前にサリアに足をかけられ盛大にこけた。
「痛っ!!阿呆、頭打つとこだったわ!!」
西川がサリアに抗議するとサリアはバッチリスルーして西川の悪い点の解説を始める。
「大体ね、あんな簡単には相手の攻撃止めらんないわ。翔君は…」
その時だった。
ピーンポーン…
いい感じにチャイムがなる。サリアはため息をついて西川に言った。
「今日はここまで。玄関にいって誰か確認してきなさい。私はこっち片付けるから」
サリアはそう言うと道場を掃除しはじめる。西川は竹刀を置くと玄関に向かう。
「誰だよこんな時間にっ…」
半ばキレ気味で玄関に声をだす。
「どちら様ですか」
かなり自分でも怒ってる感じが出ていた気がする。するとしばらくしてから
「…なんか怒ってる…」
かなり切なそうに彼女の声が聞こえた。
西川は慌ててドアを開ける。
「あ、天野か!来るなら…」
西川は本能的に体をねじった。すぐ目の前には真刀が…
西川は戦慄した。いくらなんでも物騒すぎる。
「あの…天…」
西川が問いかけようとしたとき2発目が飛んできた。後ろから。
ガアン!
どうやら犯人はサリアらしかった。なんとか起き上がるとサリアが腰に両手をあてて西川を見ていた。ヤバい、あれはまずい。
「翔君…」
「ちょ…待てサリ…」
問答無用!とばかりに西川にまわし蹴りが飛んできた。西川はおもいっきり体を反らした。目の前をサリアの蹴りが通過する。危ねえ…。その光景にサリアと天野は目を丸くした。
「え…」
「この近距離でかわした…!」
しばらく硬直する三人であった。
天野を自宅に招き入れ昼食を食べ始めた。テーブルには野菜や魚を始め多数の料理が並んでいる。西川とサリアで作った料理である。
「すごい…美味しそう!」
天野は目を輝かした。
「いただきます!」
三人でいただきますをすると早速料理を食べ始める。
「それにしてもすごいよね…」
天野がぽつりと言った。
「そんなに俺とサリアの作った料理が美味しいか?」
西川が不思議そうに聞く。サリアはため息をついた。
「そうじゃなくてあの近距離でよくかわしたよね、ということの話よ」
先程とはサリアの近距離のまわし蹴りをかわした時だ。
「いやなんかわかんねぇけど体が勝手に動いたんだよ。でもおかしいよな…」
西川も常日頃特訓はしているがあの東都防衛の生徒会長(サリア)の蹴りを回避することができるのだろうか?
「なんか体が加速した気がするんだよな…気のせいかもだけどな…」
その言葉にサリアはまさか、と派手なリアクションをした。
「どうしたんですか?」
天野がサリアに問いをかけた。
「能力解放(オーバーライド)かもしれない…!」
その言葉に西川と天野は驚いた。
「お…オーバーライド!?」
サリアは首を傾け私にもわからないとばかりの反応をした。
「とはいえわからないわ。かもしれない、というだけの話よ。」
サリアはこの話はこれで終わりと手を叩いた。確証のないものの話をしても仕方がないということだろう。
「そういえば七海ちゃんは高校どこいくの?」
突然サリアが天野に聞いた。
「う…」
天野は目を反らした。
「おーい。質問されてんだろー?」
西川が突っ込んでみるが答えようとしない。やがて…
「う…受かるかわかんないけど…実技で東都にいこうかな…とか…」
そうつぶやいた。サリアと西川は驚いた。
「え!?天野は私立行くんじゃなかったのか??」
「ごめん…あれは…その…」
天野がまたしても目を反らしてうつむいた。
「その?」
サリアが先を促す。天野はかなりためらった後に言った。
「全部西川のせいだ…」
思わず西川が叫ぶ。
どうやら高校生活は大変なことになりそうだった…。
小さな一歩、大きく変わる世界
数日後
東都防衛学院…
「…うー…緊張する…」
天野が控え室の片隅でうなっていた。
「緊張し過ぎだろ…」
流石に西川も緊張はしているがあまりにも普段と違う天野に多少の動揺はしていた。東都防衛学院の入試選抜は学力試験、実技試験、面接試験の3つを行う。
東都防衛学院は主に実技を中心にとるが学力や協調性も調べる為に複数の試験を行っている。毎年怪我人や棄権する人がでる東都の試験は全国的に集まるのでかなり熾烈な争いになる。そのなかで合格をとれるのは極少数なので天野の緊張もわからなくはない。
「や…やっぱり自信ないよ…」
天野が涙目になっている。かなり不安らしい。同じ控え室を見れば確かに強そうなのが多数いる。同じ歳なのに筋肉がおかしい奴、腕の数に比べて帯刀している刀の数がおかしい奴、仮面をつけて顔がわからない奴…
「もう試験じゃなくて文化祭じゃねえか…」
それが西川の感想だった。その発言に天野が少し笑った。だがすぐに顔を引き締めた。
「もう…。そんなこと言ってないで少しは本番に心持っていきなよ…」
「ああ…分かってるけど…」
その時だった。
「控え室Dにいる受験生の方は会場に集合してください」
アナウンスがながれた。控え室Dは西川と天野がいるところだ。つまり本番である。
「行こうぜ」
西川の声で動き出した訳ではないがアナウンスの終わりごろには控え室のメンバーは動き出していた。
「諸君。ようこそ東都防衛学院へ。ただいまよりDグループの実技試験を始める。私は今日の試験の担当の鳴沢だ。ふむ…では早速試験に移るぞ。出番までは控え室で待機しろ」
鳴沢と名乗った男性はそういうと西川をチラリと見た。
「君があの…」
西川は彼の呟きを聞いた。
「なんですか?」
鳴沢は首をふりなんでもない、といわんばかりに指示をだす。
「1番と5番。まずはお前たちからだ」
ついに東都防衛の実技試験が始まった。
試験は次々と進む。泣いて帰ってくる者、怪我して帰ってくる者、さらには搬送されるものまでいる結果である。
「次は7番と18番だ」
どうやら先に天野が挑戦するらしい。
「う…呼ばれちゃった…。緊張するよ…」
「大丈夫だって。頑張って」
西川はそう言って天野を送り出した。
天野が控え室から出て姿を消したときだった。
「はっ…。こんなときまでイチャイチャとして…。ここはそんな場所じゃねーんだよ」
不意に西川に投げかけられた言葉は静かな控え室に響きそして消えた。
「ったく…。言わせて置けばクソ野郎丸出しかよ…。」
西川はそう言って先程吹っ掛けてきた男を見た。こいつは確か初狩とかっていう名前だった気がする。とても筋肉質で双剣使い&大剣使いだ。見た感じパワータイプだがスピードもかなりあるとみえる。何しろあの体だ。体力もキモイぐらいあるだろう。
「うぜえな…てめえぶっ殺すぞ…」
初狩は立ち上がると西川の方へ歩いてきた。そして拳を振り上げ…
不意に控え室のドアがあいた。
「次は14番と20番だ。この決着は試験でぶつけろ20番。ここでやるのは失格対象だ…」
そういうと試験官は去っていった。
「ちっ…。てめえ…覚悟しとけよ」
そういうと初狩は先に試験会場に行ってしまった。
「おいおいやべえだろ…」
「あの初狩って奴、横浜でかなりやばかった不良だろ」
「死んだな、あの14番…」
「怖えぇな…」
控え室の中は完全に初狩に対する恐怖で支配されていた。
「ふぅ…。行くか」
西川はそう言うと控え室を後にした。
西川が試験会場に入ると壁側には複数の人影がある。そこでは東都の生徒かなにかを受験生にしている。恐らくはあそこが合格者たちだろう。天野は…いたいた。東都の生徒と…ってあれサリアだろっ。なにしてんの!?
内心で叫んでみたが届く訳がない。
「早くしろや。早くぶっ潰してえんだよ…」
初狩は西川を睨み武器を肩に提げている。
「…とんだクソ野郎だわ…」
西川が戦闘態勢に入ると、試験官が言った。
「ただいまより実技試験を始める。試験は相手がギブアップするか戦闘不能になるかまで行う。あまりに過度なものはこちらが全力で制止にはいるからそこは気を付けろ。では…始め!!」
試験官の合図で初狩が突っ込んでくる。
「死ねよクソガキっ!!」
大剣が西川に振りかざされる。西川はサイドステップを踏みそれをかわす。
「あめぇんだよ!」
追撃が返ってくる。西川はバックステップでさらに回避する。
「やっぱりただの筋肉バカかよっ」
西川の言葉に初狩の青筋がビキッといい音をさせた。
「んだとごらああああ!!!」
雄叫びをあげてさらに追撃してくる。初狩の雄叫びで会場にいた人はほとんどが背筋を伸ばしただろう。
更なる追撃が西川に襲いかかる。
「さて…こっちだってお前に負ける訳にはいかねぇんだよ」
「黙れぇぇ!!」
大剣が西川に触れる寸前だった。西川の姿がぶれた。
「!?」
紙一重で回避した西川がカウンターを、とった。
「くらえっ」
西川の回し蹴りは初狩のみぞおちにはいり初狩は後ろに吹っ飛んだ。
「ん…だと!?」
今のカウンターで会場が沸いた。
「おい…マジかよ!今のカウンターすげーな!」
「あれ回避できたの…?」
「なんだなんだあれは…!」
どれも感嘆の声のようだ。
「凄い…西川」
隣にいたサリアが呟く。
「やっぱりあれは能力解放ね…」
「ふうん…。なるほどね…」
急に後ろから声がかかり天野とサリアは驚いて振り返った。するとそこには眼鏡をかけた男性が立っていた。隣には長髪の女性もいる。
「伊集院先輩!彩夏先輩!」
サリアはびしっと背筋を伸ばして敬礼した。
「おいおい…。今は俺たちじゃなく彼の試験を見るべきだろう」
その言葉に全員で納得し、試合を見ることにした。
戦闘はまだ続いていた。初狩は大剣からすでに双剣に変え西川に襲いかかる。一方で西川は刀一本でそれに応戦し回避しては追撃を繰り返す。
「喰らえ!炎激総乱舞!」
炎を宿した双剣が西川をとらえる。
「っ!」
西川は炎に巻かれ吹き飛んだ。
おおっ…!
会場が沸いた。更に追撃を初狩は仕掛ける。
「雑魚がっ!これでとどめだ!」
初狩の双剣が左右から西川に襲いかかる。この近距離からの攻撃は回避できない。よって勝敗は決まったはずだった。
「な…に!?」
西川の姿が消えた。違う。視界から消えただけ。
「まさか…!」
「吹っ飛べ!」
上空からの西川の攻撃は初狩をしっかりととらえた。攻撃の威力に増して西川の体重が初狩に降りかかる。
「ぐあっ…!!」
初狩が今度は吹き飛んだ。会場が再び沸いた。
「カウンターか…」
伊集院が呟く。
「能力解放…。スピードタイプかしら?
」
彩夏が興味深そうに西川を見る。サリアと七海も同意する。
「貴様っ…!」
初狩の怒声が響く。
「ぶっ殺してやる…!」
初狩が一歩踏み出した時だった。
西川かいない。
「な…!」
初狩は完全に我を忘れて周囲を探す。時間がたつにつれ初狩の焦りは増していく。会場でも疑念が沸き始める。
その時だった。初狩の背中を一閃の光が閃いた。
「後ろくらい守ってみろよ?」
「嘘…だろ…」
勝敗が決まった。会場がおおいに沸いた。
「じゃあ君はこの部屋で待っていなさい」
試験官が部屋を出ていくと部屋に一人西川は残された。
「…」
試験官は待っていろと言ったがなにもすることがない。つまり暇ということである。合否もわからないまま連れてこられてこの状態である。不安しか出てこない。とはいえなにもすることがないのでどうやって暇を潰そうか考えていた時だった。不意にドアが開いた。
ガチャ…
西川はドアの方を見るとそこにはある男性が立っていた。
「あなたは…佐藤俊夫さん…!」
西川は思わず立ち上がった。男性は微笑むと西川の前まで歩いてきた。
「君が西川君か。能力解放の。話はサリア君からよく聞いている。ふむ…いい面構えだ。よく私の名前を知っていたね」
男性…佐藤俊夫は微笑んだ。佐藤俊夫はこの東都防衛学院の校長を務めている。
この男性のもと、東都防衛学院は関東を中心に都市の安全を守っている。生徒からの圧倒的な支持、国民からの信頼がとても高い素晴らしい人間である。
「まあそんなに固くなるな、西川君。君の合否は言うまでもなく合格だ。今、この部屋に来てもらったのは君の体を検査したいからだ。天野君と言ったかな?彼女はサリア君とロビーで待っているはずだ。少しかかってしまうがすぐに会える。それまで我慢してくれよ?」
佐藤校長は笑った。それに対し西川はむっと唇を尖らせ
「別にそんなにお互いベタベタしてませんから」
と言った。佐藤校長は笑って西川を案内した。
そして、検査が始まった…
一方…
「まだかな…」
ロビーで完全に飽きつつある天野は既に何杯目かという飲み物を飲んでいた。サリアも既にコーヒーを何度もおかわりしていた。
「予想以上に長いわね…。彼、かなり特殊だから仕方ないかもしれないけど…」
サリアが言う長いにも限度がある。既に検査が始まってから四時間たっている。
東都の高度な検査機関でこの時間はあまりにも遅すぎる。
「もー…。西川…」
はぁ…とため息をついて天野がテーブルに突っ伏す。サリアもどうしたものかと考え始めたときだった。
「おーい、天野ー!サリアー!」
待ちに待った西川の声が聞こえてきた。
その声に天野はがばっと起き上がりすぐに西川に駆けていく。
「遅いよー…。っていうかどんな検査してたの?」
サリアも同じく聞いた。
「東都の高度な検査機関でこんな時間あり得ないわ、普通は。一体なにしてたのかしら、翔君?」
サリアと天野が少し怒っているので少し引きぎみに西川は話した。
「い…や…。なんか体の検査してからカウンセリングを受けて…それから校内のあちこちに連れてかれて…。こっちもくたくたなんだよ…」
七の断罪