Kidding room -口裂け女を私は知らない-

(1)

一通りのプログラムを終えた後、すぐに帰る者、部活に行く者、だらだらと教室に残る者、目的の違いによって動きは様々だ。
そんな三者の中では嶺井流華(みねいるか)と灰田小枝(はいださえ)はだらだら派閥に属する者達だった。

「あーだりいー。」

典型的なギャルを主張した金に近いセミロングの髪の端をくるくると指で遊びながら、小枝は気怠い声を漏らした。
イスにもたれかかるように座り、男子高生の興味をこれでもかとばかりに引き付けるように足がはしたなく開かれていた。ただでさえ短く折られたスカートはもはや女子の聖域を守る役割を放棄していた。
流華は校則に従った自分のスカートと彼女を見比べ、せっかく綺麗な顔をしているのに、こういう所がもったいないよなと心だけで思った。

「あんたにとってだるくない日ってあるの?」
「毎日だりいー。」

まったく抑揚のないその声色が的確にだるさを物語っておりそれがなんだかおもしろくて流華はくすっと笑いをこぼした。

「何がおもしろくて毎日毎日よくも分からない教科書眺めなきゃいけないんだか。」
「そう言いながらもちゃんとテストはそれなりにこなすよね。」
「ここの出来が違うのよ。ここの。」

言いながら自分のこめかみを人差し指でとんとんと押しながら自慢気な顔を見せる小枝だが、なぜかこめかみを押す指の形は親指も立っている事でピストルを押し当ててるようにしか見えず、そのままじゃ脳みそが吹き飛ぶわよとこれも心の中だけで思った。
そんななんて事のない会話をしていると気付けば教室はすっかりと気配が薄れ、流華と小枝以外の生徒は姿を消していた。

「よっこらしょい!」

という勢いのある掛け声にそぐわないのろのろとしたスピードで小枝が重い腰をあげた。

「そろそろ行く?」
「ういっす。行こうぜー、るー。」

小枝は流華の事をるーと呼ぶ。傍目から見ればギャルと地味目な二人は不釣り合いに映るかもしれないが、お互い誰よりも気が合う存在だ。
そんなだらだら派閥の中でも群を抜いた二人は、ようやく教室を後にした。
だがまだ学校を出るつもりはない。
二人にはこれから行くべき所があるのだ。

(2)

「ちゃーっす。」

小枝が勢いよく扉を横へスライドさせる。あまりの勢いに滑りきった扉はがんっと終着点で音を立て、ほとんど開ける前と変わらない位置にまでドアが戻り切ってしまう。

「あんたいつもこうだけど、わざと?」
「いや、せっかく滑るからやっぱりね。」
「せっかくもやっぱりもよく分からないけど。」

そう言いながらゆっくりと流華は自分の手で扉を開き中へと進んだ。

「失礼します。」

独特の薬品の匂い。仕切られた白いカーテンとベッド。病室のような空間の奥で机に向かってペンを動かしている人物は二人の存在を確認し、口を綺麗なO字に開いた。

「あら、もうそんな時間?ちょっと待ってね。日誌だけ書かせてちょうだい。」

そんな普通の言葉もどこか鼻にかかったような吐息感の強い口調のおかげで何とも言えない色気と艶美さを振りまく。
アップで上品にまとめられた少し茶色がかった髪は見た目だけでも絹のような繊細さと柔らかさを感じさせ、そこから見えるうなじは思わず見とれる程の美しさだ。
知的な薄めの眼鏡の下に控えるとろんとした目元に泣きぼくろ。すっと通った鼻筋に少し厚みのある口元にはこちらにもダメ押しのほくろ。
白衣の下にはこれが私のフォーマルといわんばかりに豊満な胸元をさらに強調させるがごとくボタンを緩めた白シャツとタイトなミニスカート。
世の男子高生の理想を詰め込んだ学校の女神であり、教育という現場においてある種最も凶悪な香りを振りまく彼女こそこの保健室の守護神、香澄美鈴(かすみみれい)先生だ。

「相変わらずエロイねーかすみん。どうやったらそんな色気が出せるわけさ。」
「あら、さえちゃんだってなかなかのものじゃない。でも私との差があるとした年齢と言う名の経験値ね。」

と言いながら浮かべるイタズラな笑顔が無駄にセクシーだ。

「よし、おしまい、と。」

業務に一区切りがついた香澄先生の様子を見て、小枝と流華はベッドの方へと移動した。
どすっと腰かけるベッドの感触がほどよい柔らかさで流華は結構気に入っていた。

「さてさて。」

香澄先生が向かいのベッドに腰掛け足を組む。
全く、女子生徒のスカートやら化粧には注意するのにお色気爆弾な香澄先生の存在は許していて大丈夫なのだろうか。女学校ならまだしもここは共学なのだ。この存在は男子にとってあまりに刺激が強すぎやしないか。そんな抱える必要のない思いを流華は香澄先生と出会った日からずっと抱き続けていたが、黙認されているのか放任されているのか、ともかく香澄先生は香澄先生として君臨し続けている。

「かすみん、今日は何の話する?」

ぱたぱたと無邪気な子供のように小枝が足をバタつかせる。

「そうねえ。」

うーんと口元に人差し指を添えながら少し思案してから、彼女は今回のテーマを発表した。

「じゃあ、今日は口裂け女で行ってみようかしら。」

(3)

「クチサケオンナ?」

ぽかんとだらしなく口を開け空を眺める小枝の顔は芸術的なまでにあほ面だ。

「あらら、これはまた。」
「嘘でしょあんた。さすがにそれはないと思うけど。あんたまさか……。」
「知らなーい。そんな有名なの?その、クチサケオンナって。」

今度は流華の口がぽかんと開く番のようだ。

流華達がわざわざ放課後、保健室に来る理由。
三人を繋いでいるもの、それが都市伝説だった。
きっかけは授業をさぼって保健室に寝に行った小枝と香澄先生が出会った所から始まる。
暇そうに寝転がる小枝の姿を見た香澄先生は特に彼女を咎める事なく、それどころか親しげに話しかけてきたという。
もともとこの学校の保健室には美神がいるという噂は早くからあったし、実際に何度かすれ違った事もあるのでその噂が本物だというのも公然の事実であるが、それでもここまでじっくりと近距離で彼女の姿を見た事のなかった小枝にとって、その存在は改めて圧倒的なものであり、それでいて全てを包容してしまう独特な空気は大人を信用していない小枝の心にあるバリアを一瞬で取り払ってしまったのだ。
さらに小枝を魅力したのが、彼女が唐突に話し始めた都市伝説の話だった。
香澄先生は都市伝説好きで、いろんな人に様々な都市伝説を話すそうなのだが彼女はいつも通りそういった類の話を小枝にも試みた。
ところがここで想定外の出来事が起きた。
彼女の出す話を小枝は一切知らなかったのだ。都市伝説といえば有名なものからマニアックなものまでピンキリであるが、これは知っているだろうと言うもはや常識レベルのものですら小枝は知らない、いわば都市伝説オンチだったのだ。
だがこの事実が香澄先生をがっかりさせる事はなかった。なにせ知らない都市伝説の話に小枝は興味津々で非常に新鮮なリアクションを返してくれたのだ。

そんなこんなですっかりお互いを気に入った二人に小枝と普段から特に仲の良い流華がこの会に混ぜ込まれるのは自然の摂理とも呼べるほど当たり前の流れであった。

(4)

「相変わらず毎度いい反応してくれるわね、あなたって。」

満足気な香澄先生は口裂け女について話始めた。

塾帰りで遅くなった少年は暗い夜道を一人ぽつぽつと歩いていた。
街灯の明かりは気を抜けば夜の闇に飲み込まれそうな程頼りない。
どことなくその雰囲気に不安を感じる少年の目線に、ぽつんと何かが佇んでいるように見えた。
電柱の傍。じっとただ立ち尽くすそれが女性である事は離れた位置からでも確認出来た。
さらに距離が縮まる。
厚手のコートを羽織り、すらっとしたその立ち姿は美人を思わせたが、彼女の顔にはすっぽりと顔面を覆うように白いマスクが着けられていた為、顔はよく確認出来ない。
こんな所で何をしているのだろうか。気にはなったが、その存在はひどく不気味にも思えたので少年は極力目を合わせないように彼女の前を通り過ぎた。

「ねえ。」

少年の体がびくっと震える。
よく通ったその声は明らかに少年へ向けられたものだった。
知らない人と話してはいけない。でも、だからといって簡単に無視するのもよくはない。
そう思い少年は振り返った。
目元しか確認出来ないが、やはりその女性は美人であると確信できた。
そしてその目元も思いの外に柔らかく優しげなものであった。

「なんですか?」

そう尋ねた少年に、彼女は透き通る声でこう問いかけた。

「わたし、きれい?」

まさか唐突にそんな質問を投げかけられるとは思わなかった為、少年には一瞬質問の意味が理解出来なかった。
だが落ち着いて考えればなんてことはない。思った通りに答えればいいだけだ。
少年ははっきりと答えた。

「はい、きれいだと思います。」

少年は自信に満ちていた。誰だってそう言うはずだ。
女性の目元が先程より嬉しそうに緩んでいるように少年には見えた。

「じゃあ。」

女性は右手を自分の右耳へと掲げた。
そして耳にかけられたマスクの輪をゆっくりと引き剥がしていく。
やがて現れたその正体に少年は絶句した。

「これでも、キレイ?」

女性の口元は耳元まで大きく裂けていた。
少年には先程と同じ答えを紡ぐ事が出来ず、代わりに出たのは恐怖から自然と吐き出た大きな悲鳴だった。

次の日、新聞には少年が何者かに殺されたという記事が載せられていた。
死んだ少年の口元は鋭利な刃物で大きく切り裂かれていた。

(5)

「うげー、何それ。超後味悪い話じゃん。最悪だわー。」

と小枝は向け所のない口裂け女への軽蔑を香澄先生へと投げつけた。

「確かに改めてちゃんと聞くといろいろとひどい話だよね。」
「そうね。恐ろしい話を考えつくものだわ。」
「え、考え付く?じゃあ実際はいなかったって事なの、そのクチサケオンナ。」
「そりゃそうでしょ。っていうか都市伝説なんてたいがいそういうもんでしょ。」
「なーんだそうなんだ。それにしたってじゃあなんでこんな話が出回ったのさ?」
「そうね、いろいろと諸説はあるようだけど。この話の主人公が一つのポイントね。」
「主人公?」
「そう、この話は一種の教訓話として語られたのではないかと言われているわ。」

ぽんと小枝が手を叩く。何やら閃いたようだ。

「分かった!」
「はい、さえちゃんどうぞ。」
「この話の主人公は男の子、そして謎の美人。でもその正体は恐ろしいクチサケオンナ。つまり、美しい花には棘がある!美人だからってほいほい声をかけるような女好きはいずれ痛い目をみるぞーっていうそういう教訓だな!うん、間違いない!」

自信に満ち溢れた小枝の様子を見て、香澄先生は困り笑顔で流華の方を見て肩をすくめた。
いやそんな目を私に向けられてもと流華は静かに首を振った。

「まあ、そういう教訓と捉えてもいいかもしれないわね。それに当たらずも遠からずな答えよさえちゃん。」
「えー正解じゃないのー。絶対そうだと思ったのにー。」
「小学生にそんな教訓教えても仕方ないじゃん。」
「え?これ小学生向けの話なの?性質悪すぎじゃない?だってこんなんトラウマになっちゃう子も下手したら出るよ?」
「確かにそうかもしれないけど、だからこそ教訓になるって事じゃない?」
「汚い大人の事情か。」
「そんな言い方しなくても。」
「大人代表として謝った方がいいかしら。」

香澄先生がまゆ毛を下げて本当に申し訳なさそうな表情を見せる。

「いやいや、香澄先生が謝る事じゃないです!」
「そうだよ、かすみん。かすみんは汚くなんかないよ。」

小枝の言葉に今度は心底安心した表情を見せる。情緒の忙しい人だなと流華は苦笑した。

「で、かすみん。結局どういう教訓なのさ。」
「あ、そうね。これは主人公が少年という所と夜という時間帯がキーワードなの。」
「ほうほう。」
「あなた達も小さな時にご両親から言われなかった?日が暮れるまでにちゃんと帰ってきなさいって。」

記憶を掘り起こせば流華すぐにその場面を思い出せた。外に遊びに出た時は17時までには絶対に帰ってきなさいと親には厳しく言われていた。そして1分でも過ぎれば反省しなさいとしばらく家に入る事を許されなかった。
早く帰ってきなさいといいながら、その罰が家の中へ入れないというのは今にして思えばひどく矛盾を感じるが、当時はそんな親が怖くてちゃんと言いつけを守っていた。

「言われました。確かに親ってそういうの厳しいですよね。」
「言うよねー。あたしん家の場合は父ちゃんの鉄拳制裁だったよ。痛いのなんの。まあそれでも楽しくてついつい時間過ぎちゃうんだよねー。」
「小枝らしいね、なんかそういう所。」
「そんな小枝ちゃんみたいな子を戒める為にこの話があるのよ。」
「え、あたしの為だけに?」
「みたいなって言ったでしょ。あんた一人の為の話が日本中に轟くってどんなよ。」
「つまりは、寄り道せずに早く帰ってきなさいよ。そうじゃないと危ない目にあっちゃうかもしれないわよ。そういう話として広く流れたんじゃないかって。」
「ふーん。そんなんで効果あるもんかね。」
「でも、世の子供達をそれなりに恐怖させた話ではあるわよ。」
「確かに当時怖かったです。もし会ったらちゃんと撃退出来るようにってちゃんと呪文を覚えたりしましたよ。」
「呪文?何それ、口裂け女って魔物なの?」
「そういうわけじゃないけど、ポマードって三回唱えれば助かるとか撃退方法がちゃんとあるんだよ。」
「何それめんどくさい。走ってにげればいいじゃん。」
「無駄よ。口裂け女は100Mを7秒台で走る俊足の持ち主だもの。」
「ワールドレコードじゃん!なんでそんな強靭な足腰を持ち合わしてんの!?」
「しかも凶器の七つ道具を持ってて、逃げた相手を確実に捉えるなんてのもあったりするわね。」
「忍びなの!?もしくは、くの一!?俊足に七つ道具って忍のスキルじゃん!」
「オリジナルにいろんな情報がくっついていくのもまた都市伝説の面白い所ね。」
「いやマジ強すぎ。ポテンシャル高すぎだわこの女。そら死ぬわ少年も。」
「どう、面白い話だったでしょ。」
「そだね。ありがとかすみん。勉強なったわ。」
「どこのテストにも出ないけどね。」

忘れ去っていたあの頃の確かな恐怖と懐かしさにしみじみと想いを寄せる流華であったが、小枝は何やら腕を組んでうんうんと唸っている。どうやらまだ何か気になる事があるようだ。

「ねえ、かすみん。」
「どうしたのさえちゃん。」
「この話ってすんごい有名なんだよね?」
「ええ。社会現象にまで発展したぐらいだから、日本中といってもいいくらいに広く知れ渡った話よ。」
「ふーん。そっか。じゃあやっぱりそうかな。」

小枝の表情がきりっと変わる。
あ、始まるなと思った流華は少し態勢を整えた。

「あたし、本当にいたんじゃないかって思う。口裂け女。」

(6)

「ちょっとちょっと。急に何言い出すのさ小枝。口裂け女が実際にいたっていうの?」

流華は口でそう言いながらも小枝の次の言葉を楽しみにしていた。
無駄な所で回転する小枝の脳みそは今本領を発揮しようとしている。

「うん。だってさ、広まりすぎじゃない?本当に全くこの世にいない、誰も目にしてないものがそんなレベルで広がるなんておかしくね?」
「ただの噂だからこそ、逆にそうなるもんじゃないの。明確な形がないから余計に広まるとか。」
「本当に狭い空間だったらまだ分からなくもないけど、日本中だよ?信じてたり見た人間がいなきゃ割に合わないって。」

そう言われればそうな気もする。
誰も見た事のないものが話だけでここまで流布するものだろうか。
どこを起源として始まったかも分からないただの噂話レベルがそこまで広く浸透するか。
それは確かに難しい事だろう。

「るー、あんたUFOって信じる?」

口裂け女は知らないのにUFOは分かるのかと思いながら、流華は素直に答えた。

「UFO?ううん、私は信じてない。」
「あたしも信じてない。でもその存在は知ってるじゃん。それって本物かどうかは別として、実際に見たって言うやつがいるからでしょ。実際にそれを見たってやつがとる行動って何かね。」
「UFOを見たって言う?」
「そ。自分は見たぞーって。そっからどんどん広まって結果、あたしらのいらない知識に蓄積されていくはめになんのよ。口裂け女もそうなんじゃないかって思う訳よ。本当に見た奴がいるって。」
「うーん……。」
「でもそうなると、また納得出来ない所があんだよねー。」

大きくのけぞったかと思うと小枝はそのままベッドに寝転がってしまう。

「どうしたの小枝ちゃん。そう言いながらも頭の中で答えはまとまってそうね。」
「あくまで、あたしの中でだけどね。」
「口裂け女はいる、ってのがあんたの答えじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃないって感じ。」
「何それ。よく分かんない。」
「一応確認だけど、かすみん。口裂け女の口が裂けた理由って何なのさ?」
「整形手術の失敗だったかしらね。」
「ふーん、なるへそね。まあこの際理由なんてあれなんだけど、それ聞いてますますって感じだわ。じゃあとりあえずさ、るー。あんたが口裂け女になったつもりでリアルに考えてみてほしいんだけどさ。」
「うん。」
「話聞いてる限りじゃ、口裂け女って口が裂けてる事を除けばまあまあいけてる感じだよね。しかも自分からきれいなんて聞いちゃうぐらいだからそこそこ自分のルックスに自信ありだね。」
「うんうん。」
「でもそんな彼女は何が不満か整形をしちゃうわけだ。そして待ってるのは残酷な結果。口が裂けるっていうね。」
「うん。」
「そんな女性がさ、不運で出来た最大のコンプレックスをわざわざ人前に出て他人に見せつけるもんかね。」

確かにそうかもしれない。自分の美貌を崩された彼女がわざわざそれを見せつける理由。
そんな事をする魂胆に視点を当てても、流華はそこに納得のいく答えを見つけ出そうにはなかった。

「普通に考えたらわざわざ自分から見せないっしょ。どうしてそんな事を自ら進んでやんのかってのが全くわたしにゃー理解出来ないね。ってかまず人に会うの嫌になると思うんだ。そんで人間関係とかも自然と遮断していって外の世界とも交わらなくなっていって。だからこの話に出てくる口裂け女は、本物じゃないと思うんだよね。」
「え、待って待って。どういう事?急に意味が分かんなくなっちゃったけど。」
「どういう事なの、さえちゃん。」
「この話自体に出てくる口裂け女ってのはコピーの方だよ。本物じゃなくて。」
「コピー?」
「口裂け女にはオリジナルとコピーがいるってのがあたしの答え。本当に口が裂けてしまったオリジナルの口裂け女。でも彼女自身はそんな事してないのよ。っていうか出来ないのよあたしの考えじゃ。じゃあ誰か。そんな話を知った誰かさんが口裂け女を演じたのよ。」
「何の為に?」
「さあーなんだろねー。彼女の美貌を妬んだ誰かさんのひん曲がったあてつけ行為か。はたまた整形失敗というこんな悲劇を沈めちゃいけないっていう謎の使命感でこの事実を拡散させようとしたのか。ただいずれにしても、そうなれば彼女を良く知った人物、はたまたその手術を行った事実を知っている病院の職員なんか怪しいわね。」
「それがそもそもの起源?」
「かなーって。んで、噂が拡散した結果、そこから更に噂を伝えるだけに留まらず自分も口裂け女になっちゃえなんてコピーキャットも出てきてますます増殖するわけさ。」
「え、コピーは一体じゃないの!?」
「だって社会現象レベルでしょ。日本各地に一体いるぐらいの感じじゃなきゃそんな広まり方しねーって。人一人の影響力なんてたかが知れてるわよ。スターだってそのスターの良さを伝えるファンがいるから広がるもんでしょ。」
「うーん、口裂け女が日本各地に……。」

大量に並んだ口裂け女が「わたし、きれい?」と問いかける絵を想像して流華は震える自分の両肩を思わず抱き込んだ。

「口裂け女はいるっちゃいるけど、誰かが見たそれが本物かどうかは分かんない。だからいるっちゃいるけど、いないっちゃいないみたいなもんなんだよ。ほとんどがオリジナルを見てないんだから。」
「あーなんかややこしい話になっちゃったなー……。」
「思ってもない方向に話が進んだわね。」
「はい、あたしの仮説はおしまい!」
「なんでこんな時だけそんな無駄な頭が回るのよ、あんたは。」
「えへへー。ここの出来が違うもので。」
「別にほめてるわけじゃないんだけど。」
「え、そうなの?残念無念。」

ぽりぽりと頭をかきながら小枝は自分の見解を喋り終えて一段落したのか、ぼーっとどこでもなく視線を泳がせていた。
そんな小枝を優しい笑顔で見守る香澄先生は今日も満足そうに見えた。

都市伝説オンチな小枝。都市伝説好きな香澄先生にとっては未知な存在で、それ故小枝は想像もしない答えを提供してくれる。人はどこかで自分にない何かを求めて枯渇している。だから目の前にあるそれを見つけたら、決して離さず自分のそばに留めておく。
それは小枝にとっても同じかもしれない。自分の知らない世界の話をしてくれる香澄先生。
たかが都市伝説、されど都市伝説。

「さーてと、そろそろおいとましますかねー。」
「あらあら、もうそんな時間。相変わらず時間は容赦ないわね。」
「失礼しましたー。さようならー。」
「はーい、さようなら。またねるかちゃん。」
「じゃあね、かすみん。また次の話の準備よろしくねー。」
「たんまりストックはあるからいつでもどうぞ。」

こうして三人の放課後は終わっていく。
そしてまた明日がくる。
明日には明日の都市伝説が待ってる。
流華は静かに保健室のドアを閉じ部屋を後にした。

Kidding room -口裂け女を私は知らない-

Kidding room -口裂け女を私は知らない-

ギャルな小枝、地味な流華、お色気な香澄先生。 三人を繋ぐのは無名有名な都市伝説達。 保健室で繰り広げられる様々な都市伝説に、都市伝説オンチな小枝は無駄に頭を回転させてしまうのであった。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-31

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