妖し狐伝 第三話 狐の郷
【登場人物】
藤森朱里(ふじもり・あかり)・・・主人公。16歳の誕生日を迎える高校1年生。母と二人暮らし。
父は小さい頃に亡くなったと聞かされて育った。負けず嫌いのがんばり屋。母想い。
藤森ほのか(ふじもり・ほのか)・・・朱里の母。しっかりもの。焔の素性を知った上で愛し合い、朱里を授かる。
矢神風汰(やかみ・ふうた)・・・朱里の幼馴染。矢神神社の息子。やんちゃな性格。朱里を好き。
焔(ほむら)・・・・・・狐の一族の長である。妻子ある身でありながら、ほのかを愛している。
篝(かがり)・・・・・焔の息子。両親ともに狐の純血であるが、冷たい夫婦仲の間で、次期長となるべく育てられる。
野心が強く、冷静沈着。
疾(はやて)・・・・鴉一族の次期長。手柄を立てたいという野心がある。
環(たまき)5台詞・・・蛇一族の娘。妾の子。
しんと静まり返った静かな田舎道を歩く3人。
あたりをキョロキョロ伺う朱里。
少し苦しそうに、冷や汗を浮かべる風汰。
朱里 「ねぇ・・・狐の郷って 誰もいないの?」
篝 「いや。そこかしこに居るぞ。お前達が余所者だから警戒して気配を消しているんだ」
朱里 「なるほどね・・・。ねぇ さっき言ってた お父さんって 偉い人なの?」
キョロキョロしながら、気になっていることを聞く朱里。
嫌そうな顔をする篝。
篝 「・・・・父は 狐の郷の 長だ。あとは・・・父本人から聞くんだな。ほら あそこが城だ」
風汰 「すげぇ・・・瘴気の渦だな・・・だいじょうぶか?朱里」
苦しそうな風汰。
平気な顔をしている朱里。
朱里 「うん。アタシは何ともないみたい。・・・風汰こそ・・・顔色悪いんじゃない?」
篝 「郷の瘴気にやられてるんだろう。普通の人間ならとっくに倒れてるさ」
無力さを笑うかのように冷ややかな表情の篝。
苦しさの中、負けじと強がる風汰。
風汰 「うるせぇ・・・このぐらい・・・大丈夫だ。さぁ 城にのりこむか」
朱里 「うん・・・。母さん・・・もうすぐだからね」
怖さに息を飲みつつも、ほのかの蘇生を願いながら、母の手を握りしめる朱里。
篝 「入るぞ。こっちだ。遅れずついて参れ、迷うぞ」
城内へと足を緩めず歩いていく篝。遅れまいと追うふたり。
門をくぐると城の者が篝の側に走り寄ってくる。
篝 「父上はどこにおられる?」
郷の者 「はッ!奥の間にてお待ちでございまする」
奥の間に向かって歩く速さを強める篝。息を飲むふたり。
焔の居る奥の間の前。
膝をつき、声をかける篝。
郷の者 「お館様、若がお戻りです」
篝 「父上。」
焔 「戻ったか。入れ」
低く響く焔の声。その声にビクっとする3人。
襖を開け、奥に鎮座する焔の前に行く篝。付き従うふたり。
篝 「父上の命により、向かいましたが・・・すでに遅く、申し訳ありません。」
焔 「よい。それを・・・こちらへ」
篝の言葉に反応することもなく、冷ややかに告げる焔。
篝 「はッ。」
ほのかを焔の前に抱きかかえて連れて行こうとする篝。
不審感たっぷりな場に、篝の腕を掴んで止めようとする朱里。
ほのかを渡そうとしない風汰。
朱里 「ちょっ・・・母さんをどうする気なの?」
焔 「心配ない。そなたの母を助けたいだけだ。安心せよ。
これより【反魂(はんごん)の術】を行う。何人(なんぴと)も近寄るでないぞ」
朱里に言い聞かせるように柔らかく響く低い焔の声。
そして周りの者に強く言い放つ。
風汰 「【反魂の術】って・・・そうか・・・狐の秘術・・・ 朱里!おばさんは助かるぞ」
思い出したかのように喜ぶ風汰。ほのかを篝に引き渡す。
焔の前にほのかを横たえると、無表情のまま朱里と風汰に言い放つ篝。
篝 「術が終わるまで お前達には俺の部屋に居てもらう。こっちだ」
朱里、風汰 「は・・・はいっ。」
ついて行こうとするふたり。焔とほのかを振り返る朱里。
朱里 「あのっ・・・母さんをっ・・・お願いします」
焔 「大丈夫だ。私に任せろ。」
優しく微笑む焔。安心する朱里。
通された部屋。キョロキョロと見回す朱里と風汰。
憮然とした顔をして座る篝。
朱里 「お邪魔・・・します。・・・って案外普通のお部屋なのね」
篝 「・・・普通ですまんな。 して・・・風汰とやら そなた火の中で何か見たと言っていたな」
風汰 「あぁ・・・。火の中で おばさんを見つけて、朱里が叫んだ途端・・・ものすごい爆風が起きたんだ」
朱里 「爆風??」
風汰 「あぁ 爆風が起きて、それまで燃え盛っていた炎が、朱里とおばさんを包み込むというか、守るというか・・・」
朱里 「守る?」
風汰 「とにかく 朱里達の周りには火の空間ができてた。朱里が・・・意識を失うまで」
思い出しつつ興奮して話す風汰。
ひとつひとつに信じられないように聞き返す朱里。
黙って聞いていた篝がおもむろに口を開く。
篝 「朱里。そんなこと今まであったのか?」
朱里 「ないわよ!!どうやったらそんなことができるのよ」
身に覚えのないことに戸惑う朱里。
状況を聞き、考え込む篝。
篝 「ふむ・・・朱里はおそらく・・・危険を前にして、覚醒したのだ」
風汰 「覚醒??」
篝 「あぁ・・・狐の血 すなわち 狐一族としての力が覚醒したのだ」
朱里 「狐の血?なんでアタシに?」
突然の話に声が裏返りそうになる朱里と風汰。
ためらうように真実を話し始める篝。
篝 「朱里。お前には・・・狐の血が流れている。人間である母と狐である父の間に生まれた・・・半妖(はんよう)だ」
風汰 「朱里が・・・半妖・・・狐の一族」
朱里 「まってよ!お父さんは死んだって!・・・何?お父さんが・・・狐?そんな話聞いたことないわ」
驚く風汰。
死んだと聞かされていた父の存在と自分の出生の秘密を告げられ訳の分からない朱里。
淡々と語る篝。
篝 「お前の父親は、先ほどの焔。それは動かしようのない事実だ」
朱里 「さっきの?? あの人が・・・お父さん???」
篝 「郷の瘴気の中にいても平気だろう?
それと・・・火事の中で力を使ったこと・・・それは動かしようのない事実だ。
朱里・・・お前の中には我が狐一族の血が流れている」
朱里 「うそ・・・そんな・・・」
先ほど向けられた焔の優しい声と眼差しが脳裏に蘇りつつ、驚愕する朱里。
ガラッ (障子の開く音)
郷の者「若!お館様が反魂の術を終えられましたぞ。すぐにおいで下さい」
篝 「わかった。 いくぞ 朱里。来い」
朱里 「うん・・・。母さんっ・・」
郷の者についていく皆。
つづく・・・ 第四話 明かされる生い立ち
妖し狐伝 第三話 狐の郷