牙狼~失なわれた黄金~

牙狼~失なわれた黄金~

序章 プロローグ

「光あるところに闇あり、古より人々は闇を恐れた。
だが暗黒を断ち切る騎士の剣により、人類は希望の光を得た...
俺様の名はザルバ、魔導輪だ。
これから始まるのは魔戒騎士の伝説上最も間抜けで、最も不可思議な
歴史上に残る事のない
ある、男の戦いだ...決して目を逸らすな...。」



 とても、現実とは思えない事だ。
つい最近までは冴えない地味な高校生だったはずが、今じゃ得体の知れない怪物といつ死んでも
おかしくもない死闘を繰り広げている。
 それはありふれたファンタジー物の小説みたいなものでも、悪と正義のヒーローとの戦いでも
ない。一瞬でも気を抜こうものなら、俺の魂はあの怪物に喰われてしまうだろう。
 怖くないはずがない。それでも恐怖等感じてはならない。奴らは人間のそういう心の隙間を
狙い、取り憑くからだ。
 全ての感情を押し殺して、俺は人ではなくなった者を見る。
 これらはその心のスキを付かれたがために、人を喰らう怪物となってしまったのだ。
 同情してる暇なんかない。捕らわれた陰我は二度と人には戻れない。
 誰かが断たなければならない。
 それが魔戒騎士の使命ならば。
 月明かりに照らされ、俺は覚悟を決める。白鞘に収まる魔戒剣を抜いて、空中を円形に切り裂く。空中に円形の光が造られ、俺の体が黄金に包まれた。



                                       つづく

第1話 玩具

 ある夜の事、とあるアパートの一室で一人の男が熱心にモデルガンを磨いていた。
 男は30代後半だが、仕事に就いている訳ではなく、両親が年金の中から出している仕送りで
生活を送る、駄目を絵に書いたような男だ。薄暗い部屋の中で趣味でコレクションしているモデルガンをしっかりと磨いている。
 
「よし...これでいい...」

 男はそれをショーケースにしまい、本棚に飾る。

「ああ...本物を撃ちたい...」

 男はモデルガンを見つめ、そう漏らした。すると、突如として男の頭の中に声が響いた。

「銃を撃ちたいのか...」
「な、誰だ!?」 

 男は思わず声を上げ、辺りを見渡す。だが、当然この部屋には自分しかいない。
 
「お前の願いを叶えてやろう...」

 男はカタカタと何かが揺れているのを感じ、思わず振り返った。すると、本棚の上でショーケース内のモデルガンが震えているのが目に入った。
 恐る恐る近づくとその動きは更に大きくなり、そしてショーケースから黒い煙が吹き出して男の体を包み込んだ。

「うわあああぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 男の絶叫が辺りに響き渡り、そして不気味な静寂が訪れた。


 それからしばらくして男は深夜の公園に足を運んでいた。公園の中央では、4人程の不良達が
輪を造ってタバコに火を付けている。と、その中の一人が男に気づき、向かってきた。

「何見てんだよテメェ」

 男の周囲を不良達が囲む。
 男の正面に立っていた不良が男の胸ぐらを掴み、自分の方へ引き寄せる。
 と、男は不意に怪しげな笑顔を見せた。
 バンっ、と乾いた音が響き、不良が崩れ落ちる。握られていた胸ぐらが自由になり、男は残る
3人の方に振り返った。その手には、煙が立ち上るあのモデルガン握られていた。
 3人は悲鳴を上げながら、男に背を向けて走りだした。男は笑顔のまま、その背中に向けて
容赦のない発砲する。血飛沫を上げて倒れる3人を見下ろして、魔獣ホラーに憑依された男は不良達の死体を喰らうのだった。


 高校生、今野カイトは今日も一人教室で本を読んでいた。
 友人の居ないカイトにとって、休み時間程気が億劫になるものは無かった。
 決して一人好きな訳じゃない。当然、誰かと話している方がよっぽどいい。実際、中学時代は
友達も多かったし、今より明るかった。それが今失われているのは、カイトにとってはそれが
他の人間の為になると思っているからだ。
 カイトには秘密がある。とても大きな秘密が。それは言い変えれば呪いとも言えるかもしれない。カイトにかけられたその呪いが、カイトという人間を変えていた。
 カイトはその秘密を誰かに知られる訳にはいかなかった。知られれば、その人間に危険が及ぶ。それが、彼が他人との接触を避ける理由だった。誰かと深く関われば、その人間に尻尾を出しかねない。人とのコミュニケーションがもともと不得意なカイトは、結局話しかけられても
無視をする、適当に返事をする、といったことでしか他人と深く関わらないということはできなかった。
 他にやり方はあったはずなのに。 
 だが気がつけば、カイトの周りに人はいなかった。カイトが今まで築き上げてきた人間関係はいとも簡単に崩れ去ったのだった。
 後悔はしていない。
 それが、結果として皆を守る事に繋がっているならば。
 
「カイト。」

 カイトの左手の中指につけられたドクロの指輪、魔導輪のザルバが意思を持ってカイトを呼んだ。他の人間には聞こえないギリギリの声でザルバは続ける。

「仕事だぞ。」

カイトは読みかけだった本を閉じた。

「今夜か。行くぞザルバ。」

 カイトは椅子に掛けてあった学生服を掴んで席を立つと、教室を後にした。



 「ここで間違いないかザルバ。」

 職員室に早退届を出すが早いか、カイトはホラーの襲撃があったらしい近所の公園に来ていた。公園には遊具類は一切無く、ベンチと街灯、川と橋があるだけ。
 白いロングコートを着込んだカイトは、ザルバをかざして公園を探索する。

「ああ。間違いない、ここで喰われたようだぜ」

 カイトはザルバをかざしながら、道に沿って公園を進んでいく。
 
「待てカイト」

 街灯の立つ広場に出たところでザルバがカイトを呼び止める。

「ここだ、ここで三人喰われてる。」
「三人?今回のホラーは随分と大食いだな。」
「いや、しかし妙だ。」

 ザルバは少し考える素振りを見せ、黙り込む。 

「何が妙なんだ?」
「捕食の仕方がだ。」

 カイトは地面に膝をつけ、辺りを見回す。
 地面が赤褐色のレンガでできているため分かりにくいが、レンガの隙間から生える草や、変色しているレンガをよく見ると、ある事に気付くことができる。

「血液がこびりついているな。ホラーのモノじゃない、人間のだ。この量は喰われた時の出血じゃない。何だか分かるかザルバ?」
「恐らく殺された時の出血だな。どうやらホラーは死体になった人間を捕食したようだぜ。」

 カイトは続けて他の二ヶ所も調べる。

「血の飛散具合からして銃で撃たれたんだろう。」
「それだけじゃない。見ろ、三人共それぞれ離れたところで殺されてる。ホラーなら普通逃げられる前に痕跡を残さずに喰うはずだ。」
「故意だったとしたら何故そんなことを...」
「不自然な血痕...、これは恐らく縄張りだ。縄張りを張るホラーと言えば、ギャザリクか。」
「ギャザリク...?どんな奴だ?」

 カイトの問いにザルバは続ける。

「奴は決まった狩り場でしか人間を襲わない。古今東西あらゆる武器を使いこなし、恐怖に怯えて死んでいく人間が好物のふざけたホラーだ。」
「なるほど。じゃあここで張り込みしていればいずれ現れるな。」

 幸いこの公園は人気が少ない。広場を見張っていればホラーを見つけるのもそれほど苦でもないだろう。

「後は夜を待つか。」

 これがカイトの宿命だった。
 人を喰らう魔獣、ホラーを人知れず倒す仕事。
 それがカイトの呪いなのだ。


 その夜、男はまた公園を訪れた。公園の入り口で立っていると携帯を叩きながら公園に入っていく若い女性が目に入り、気付かれないように後を付け始める。
 そして広場に着くなり手に持っていた拳銃を持ち上げて女性の脚に狙いを付ける。
 男があの不気味な笑顔を浮かべた瞬間、銃声が響く。しかし、銃弾は女性には当たらずに正面の街灯に命中した。突然の銃声と、消えた街灯に驚いた女性が携帯を落として振り向く。
 そこには銃を持った男と、その銃を持った男の腕を正面から捻りあげる白いロングコートを着た男の姿があった。

「逃げろ!」

 カイトが叫ぶと女性は落とした携帯を拾い、悲鳴を上げて走っていく。
 カイトは男の腕を掴んだまま、近くの木に体を押し付けた。左手でジッポ式ライターの魔導火
を取りだし、火を付ける。緑色に輝く火を男の眼球に近づけると、男の眼球に陰我が集まった。

「やはりホラーか」

 男は腕を振りほどいて銃をカイトに突き付ける。
 とっさにカイトは男の腹に回し蹴りを食らわす。男はよろめきながら腹を抑え、カイトを睨み付けた。

「貴様、魔戒騎士か!」
「ああ。お前を狩りに来たよ。」

 男は散弾銃を手の中に出現させると、カイトに向けて引き金を引く。
 銃声が響き、カイトは僅かに早く木の裏に飛び込む。その木が大きくえぐられ、破片が飛び散った。

「クソ、銃が厄介だな!」

 なんとか距離を詰めようとするが、相手の鳴りやまない銃声でそれも叶わない。
 少しでも顔を木から出そうものなら、すぐに銃声。カイトに反撃する隙は与えてくれない。

「おいカイト、なんとか反撃しろ」
「分かってる!」

 なんとか反撃できないかと周囲に目をやる。

「そうだ...!」

 カイトの目に入ったのは自分が今隠れている木だった。カイトの身長の約3倍ある木を一気にかけ上がると、コートの中から白柄の剣、魔戒剣を取り出して剣を抜く。
 男は木の上のカイトに気付いて銃を向ける。同時にカイトが木から男目掛けて魔戒剣を降り下ろしながら飛びかかり、一瞬遅れてカイトの立っていた足場に散弾が次々と命中する。

「ハァッ!」

 カイトの魔戒剣が男の手の中から銃を叩き落とした。落下した銃はすぐに煙と化して消える。

「ムチャするな!」

 ザルバが声を荒げる。しかしカイトはそのまま男の胴目掛けて二の太刀、三の太刀を繰り出していく。男の切り裂かれた胴はすぐに塞がり、飛び散る血は煙のように消えていく。
 と、カイトは手を止めて男から距離を取る。気付くと、男の手には日本刀が握られていた。

「やるじゃねぇかクソガキ...折角だ。騎士らしく切り合おうじゃねぇか。」

 男は手にした刀を構え、不気味な笑顔を作る。

「お前は気付いたか?あの縄張りの血痕に」
「ああ。」
「俺が喰った人間は三人だ。だが」
「血痕はもうひとつあった。」

 答えたのはザルバだった。

「何?」

 知らなかった事実にカイトは眉を潜めた。

「ああ、そうだ。」
「やはりそうか。あの血痕、重なっていて分からなかったがもう一人分あったみたいだぜ。」
「喰っていないならもう一人は...?」
「山に埋めた。」

 男がそう言うと、明らかにカイトとザルバの顔色が変わった。

「なんだと...」
「しぶとく生きていたからな。踊り食いは好きじゃないんで生き埋めにしたよ。実に愉快だった。死にたくない死にたくないってずっと泣いていたよ。」

 腹を抱えて笑い出す男に、カイトの中で何かが切れた。

「驚いたな...ここまで命を踏みにじったホラーは俺様も出会ったことがない。」
「てめぇ!」

 先に仕掛けたのはカイトだった。怒りを込めた魔戒剣を相手の刀に何度もぶつける。

「ホラー·ギャザリク!命を踏みにじったお前の陰我、俺が断ち切る!」

 カイトは魔戒剣を持ち上げ、空中を円に切り裂く。切り裂かれた空から黄金の光がカイトに
降り注ぎ、カイトは光に包まれた。

「死ね!魔戒騎士!」

 男はカイト目掛けて刀を降り下ろす。だが、黄金に輝くカイトの手がそれを受け止め、押し返した。
 
「うぅっ!?な、なんだ!!?」

 光が収まる。
 そこにいたのは狼を模した金の仮面に、一部が黄金に輝く漆黒の鎧を纏ったカイトだった。
 その昔、たった一匹でホラーに立ち向かい、そして倒した黄金の狼がいた。人々はその狼に
旧魔戒語で希望と言う意味の名を与えたという。
 そしてその名は、最強の魔戒騎士のみが受け継ぐ事のできる名として、今も受け継がれている。
 カイトこそがその名を受け継ぐ最強の魔戒騎士、
 その名を黄金騎士ー牙狼ー(ガロ)という。 

 気付けば、男も既に完全なホラーと化していた。体中から銃を生やし、手は日本刀と同化している。まさに銃に取り憑かれた者の末路だった。

「カイト、間違いない。こいつがギャザリクだ。」

 指にはめられていたザルバも、鎧の召喚と同時に手の甲に移動していた。

「分かった」

 ガロは魔戒剣の変化した巨大な黄金の剣、牙狼剣を構えてホラー·ギャザリクと対峙する。

「ガアアアアア!」

 ギャザリクは体中の銃口をガロに向け、銃弾を放った。
 しかし、弾丸は鎧に触れると同時に炎となって浄化される。

「次は俺の番だな。」

 ガロはゆっくりとホラー·ギャザリクとの間を詰めていく。その間も銃声は続いていたが、次第にホラーが追い詰められていく。

「ハアッ!」

 ガロはホラーの胴体目掛けて牙狼剣を振り上げた。
 ホラーの体が切り裂かれ、断末魔の叫びを上げる。ホラーは風船に針を指した時のように破裂し、牙狼剣に封印される。
 ホラーの消滅を確認し、カイトは鎧を解除した。
 バラバラになった鎧は黄金を放ちつつ、虚空に消える。
 カイトは牙狼剣から元に戻った魔戒剣に目を落とす。

「どうしたカイト?」

 ザルバが声をかける。

 今は白い魔戒剣も最初は真紅に輝いていた。それだけではない。鎧も、黄金騎士の名に相応しい黄金一色だった。
 だが、今。鎧の黄金は失われ、魔戒剣は白くなってしまった。
 そしてそもそも、カイトは正規の魔戒騎士ではない。
 
 カイトは思い出していた。
 何故自分が魔戒騎士として戦う事になったのか。
 何故自分が黄金のガロの鎧を受け継ぐ事になったのか。

 何故、ガロは黄金を失ったのか...

 全てはあの日、
 黄金の鎧を纏った魔戒騎士に出会ったことから始まった...


「この世界には忘れてはならない過去がある。時には忘れたくなる過去もあるだろう。
だが、それがあるから今のお前があるんだぜ。
次回、「記憶」
それでもお前は忘れたいか?」

第2話 記憶

第2話 記憶

 ガロ、魔戒騎士の中でも最高位の称号。

 何故カイトはこの称号を引き継ぐことになったのか。
 それは今から三ヶ月前、カイトがまだ、ただの高校生だった頃。

 ガロの称号を持つ魔戒騎士と出会ったあの日から、
 カイトの運命は大きく動いた。



 三ヶ月前



 晴れて私立大菊高校に入学した今野カイトはいよいよ始まる高校生活に思いをはせていた。
 カイトはこの全国的にも入学が困難なことで知られている大菊高への一発合格を決めたとして、通っていた中学では学園名誉賞を受賞した。
 カイトは目立ちやすいタイプだった。
 勉強面は言わずもがな、運動神経も抜群で顔立ち、スタイル、人柄もよく、周囲からの人望も厚い、欠点が何一つ無い男だった。
 一部の人間はそんなカイトを異常だと指摘したが、カイト自身そんな自分を異常と感じていた。
 生まれてこのかた何かでつまづいたことがない。
 勉強もそう、スポーツもそう。カイトは越えられない壁という物に出会わした事がなかった。
 だがカイトは一度として人生をつまらないと感じた事がない。カイトはその万能な能力故に
様々なところで評価されてきた。
 この名誉賞にしてもそうだ。カイトの家は賞状、トロフィー、盾で溢れている。
 それはジャンルを限定せず、大方のスポーツはもちろん、ボランティア関係も負けていない。
 カイトの喜びはその能力を誰かに認めてもらう事だった。
 自身でさえ異常と感じ不安感さえある能力でも、認めてくれる誰かがいることは救いになっていた。
 カイトは推薦が来たということで大菊高校を面接だけで入学出来ることになった。
 しかし、知り合い一人いないここでは誰もカイトを知らない。
 それは、先入観のないままカイトの能力を目にする人間が現れるからだ。そうすればまた自分はまた周りに認めてもらえる。そう考えると、高校生活が楽しみで仕方無かった。
 そして入学式の前日。
 カイトは生まれ故郷に別れを告げ、私立大菊高校のある地へとやって来た。 
 大菊高校は四方をビルに囲まれたコンクリートジャングルの中にあった。ビル群にも負けない程巨大な校舎と敷地内はここよりレベルが少し低い都会出身のカイトには終始驚きの連続だった。
 カイトが学生寮に着いた時、陽はすっかり沈んでいた。
 築十年そこそこの新築学生寮は驚く程綺麗だった。磨かれた壁や床は自分がしっかり写り込んでいる。カイトは中に入ってすぐのところにあるエレベーターに乗り込み、自分の部屋がある
16階のボタンを押した。その階に着くと、カイトは重い荷物を肩に担ぎ上げてエレベーターを出る。

「確か...1635号室だったか」

 カイトはメモを持っている訳ではなく、記憶している事を思い出しているだけだ。部屋番号を
覚えるだけなら誰でもできるが、カイトは日常生活でもメモをすることはない。殆どのことは頭の中に記憶する。ここでも自分の異常を感じながら、カイトは自分の部屋へ向かう。
 部屋の前に着くと、カイトは鍵をあけて中に入る。

 そこは学生寮というよりはホテルやマンションに近かった。
 事前に聞かれた「どんな感じの部屋がいい?」とはこういう意味だったらしい。
 要望通りアンティーク系の家具で統一された室内。オートロックの扉。
 ここでの三年間を考えると、とても充実した日々を送れそうだった。

 軽く荷物等の整理を終え、カイトは敷地内にあるコンビニへ向かった。
 いつもなら健康に気を使って自分で作るのだが、それには今日は疲れ過ぎていた。
 寮を出てコンビニへ向かうカイトの目に、突然何の前触れもなく黄金の光が飛び込む。

「な、なんだ!?」

 あまりの眩しさに目を覆いながら、カイトは光の元を探す。すぐに光は落ち着き、光の正体が判明する。道を外れた木々の向こうに人影が二つ確認できた。
 一つは全身から粘液を垂らしながら呻く異形の怪物、もう一つは全身が黄金に輝く狼の様な鎧を纏った人間だろうか?

「なんだよあいつら...?」

 あまりの異様な光景に思わず声が漏れる。
 二つ共着ぐるみにしてはできすぎている。
 20m程離れたところから木に隠れて覗いていると、怪物が先に動いた。
 鎧の人影はそれに動じず、金の剣で迎え撃つ。
 怪物の腕と鎧の剣が激しくぶつかり合う。やがて怪物が押し返され、大きく後方に吹き飛ばされて、背後の木にぶつかる。それは運悪くカイトの隠れていた木だった。
 つい恐怖に負けたカイトが悲鳴をあげてしまった。
 
「うあああっ!」

 幸か不幸かその声に気付いたのは怪物だけではなかった。怪物はカイトを掴み、自身に引き寄せた。
 カイトの存在に気付いた鎧が剣を構えて突っ込んでいく。

「ハアッ!」

 鎧の手から剣が回転しながら放たれていく。剣は鞘におさめられていて、カイトを盾にとる 怪物の頭に直撃した。

「うわっ!」
「ギャアアアアアアアアア!」

 頭を抱えてしゃがみこむカイトの真上を鎧が飛んで剣を手にすると、吹っ飛んだ怪物目掛けて
飛翔。剣を鞘から抜いて宙に浮いた状態で怪物の胴体を両断した。
 鎧が着地すると同時に怪物の体が消滅する。
 カイトが振り向くと、そこにはもう怪物は居なく、黄金の鎧を解除した男だけがいた。
 白いロングコートを着込んだ、背丈もそこそこ高い初老の男。
 男が振り返り、カイトと目が合う。
 男は白髪混じりの髪を後ろへ流すと、シワの深い顔に優しい笑みを浮かべてカイトに近づく。

「大丈夫だったか?」

 カイトは呼吸を整え、大粒の汗を手で拭いながら立ち上がった。
 
「返り血は浴びてないな?」
「え?返り血?」
「いや、何でもない」

 男は黄金の剣ではなく、真紅の剣を鞘に戻してカイトの前に立つ。

「俺は冴島。」

 男はそう名乗った。しばらく待っていてもその先の言葉は無かったので、カイトも「今野」と
名乗り、冴島に質問をぶつけた。

「あの···さっきの怪物は?」
「ああ、あれはホラーだ。」
「ホラー?」

 カイトが聞くと、冴島の物では無い声が聞こえた。
 
「ホラーは魔界の住人、古来から人を喰い続けてきた。そのホラーを狩るのが魔戒騎士であるこいつの仕事だ。」

 口を開いたのは冴島の左手にはめられたドクロの指輪だった。

「指輪が··!」
「よう、俺様はザルバ。」
「ザルバ?」

 カイトが覗きこむと、冴島は腕を引っ込めた。

「無事ならいい。俺は用があるんでな。」
「ああ、はい。助けてもらってありがとうございました。」

 礼を言い頭を下げて踵を返すカイトの肩を冴島が掴んで引き留めた。

「どこへ行く、俺はお前に用があるんだ。」
「俺に?」

 振り返ったカイトの目が見開いた。
 
 カイトの顔に生温い液体が飛び散る。

「おい冗談だろ!?」

 ザルバが絶叫する。
 冴島の後頭部に巨大な禍々しい剣が深々と突き刺さり、鮮血を迸らせている。カイトは自らの
顔に降りかかった冴島の血を手で拭い、呼吸を乱して座りこんだ。
 力を失なった冴島が力無く崩れ落ちた。

「終わったか。」

 声を発したのは冴島の遥か後方の人影。人影は黒いマントを体に巻き付け、少しずつ近づいてきた。マントを羽織り終えると人影は歩みを止め、溜め息をついた。

「最強の魔戒騎士も年には勝てず···か。」

 男らしき人影は何かを手招きした。すると上空から新たな人影が現れたではないか。
 いや、人影ではない。先程の怪物、ホラー同様の姿をしたホラーだった。ホラーは粘液を
垂らしながらカイトに近づいていく。

「二人共食っていいぞ」

 マントの男はそう言って姿を消した。
 ホラーが冴島の体を持ち上げた。

「冴島さん!」

 カイトの呼び掛けには全く応じない。
 ホラーが冴島から剣を引き抜いた。おびただしい量の血液が噴出し、それがホラーの口内に
注ぎ込まれていく。それを旨そうに飲み込むホラーの姿に思わずカイトが吐き気をもよおした。
あわてて口に手を当てて、目をそらす。
 刹那、肉と骨の砕ける音が響き、背筋が凍る。
 恐る恐る顔を上げたカイトが絶叫する。 
 ホラーは血液だけでは飽き足らず、冴島から引きづり出した内蔵や骨にしゃぶりついていた。
 力が抜けた冴島の手からこぼれた魔戒剣が宙に浮いた冴島の足元に落下し、ホラーの足元へと
転がった。それを見たカイトの頭にある考えが浮かんだ。
 ―あの剣で怪物を倒せば!
 カイトは嗚咽を堪え、震える手でホラーの足元にある魔戒剣へ手を伸ばした。

「無理だ逃げろ!」
 
 ザルバの静止も聞かず、魔戒剣を掴むカイト。しかし魔戒剣は信じられない程重く、いくら
力を込めても持ち上がる気配がない。
 そのうちホラーが気づき、カイトは絶叫した。
 すると、無我夢中のうちに魔戒剣が宙から浮いたではないか。
 同時にカイトの体に眩い黄金の光が降り注ぎ、ホラーが冴島の体から手を離して吹き飛んだ。

「まさか···」
 
 血溜まりの中に倒れこんだ冴島の手で、血まみれのザルバが驚愕の声を発した。

 ガロの鎧を纏ったカイトがホラーの胸元を牙狼剣で指し貫いているではないか!

「うあああああああああああああああああ!!」

 力任せに剣を引き抜く。するとホラーの体が内側から弾け飛び、その陰我は牙狼剣に封印される。
 脱力したカイトはガロの姿で地面に座り込んだ。

「はあ、はあ、はあ・・・くっそ、んだよこれ。」

 呼吸を乱して、牙狼剣を覗き込むガロ。今、自分の姿は先程の冴島同様に黄金である。

「早く鎧を解除しろ!!」
「鎧?」

 と、ガロの中でカイトが目を見開いた。
 ガロの中を、激痛が駆け抜けたのだ。悲鳴を上げる間もなく、倒れ込むガロ。
 
「あ・・・っがっは・・・!!」

 一説によると鎧はホラーの体から作られているという。当然鎧には魔力が宿っていて、本来は鎧の装着者である魔戒騎士自身の魔導力によって魔力の暴走を抑えている。
 だが、鎧の暴走には大きく分けて2つの要因がある。1つは鎧の装着時間が連続して99.9秒を越えてしまった場合だ。
 そして魔導力のない人間(今のカイトにあたる)が鎧を着用した場合である。この場合装着者は鎧に喰われてしまう。

牙狼~失なわれた黄金~

牙狼~失なわれた黄金~

道外流牙が黄金騎士となる前、黄金騎士牙狼は黄金を失った。 何故牙狼は黄金を失なったのか。誰も知らない、歴史にも残されていないその真実の裏では、 魔戒騎士の宿命ともいえる戦いの歴史があった!

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-29


  1. 序章 プロローグ
  2. 第1話 玩具
  3. 第2話 記憶