ホストと専用の癒し場所~~
ホストの癒し場所。
それはお店ではなくーただの女子大生の家ー。
それぞれのホストが彼女に求めているものは・・・ レン編
―今から行っていい?―
短いメールが私を起こした。短いため息をついて、短い返事を送る。
―いいよ。寝てるから勝手に入って―
また寝ようと思い、頭を枕に沈めて、ふと目を開けた女。女は体を起こし、「どうせすぐ来るんだし・・・」とつぶやいた。ベッドを背もたれにし、タバコに火をつける。どこか男前の女。閉められたカーテンからは、日がこぼれ、眩しそうに女は時計を確認した。時刻は昼過ぎ。眠そうに目をこすっていると、ドアの開く音がした。
「ただいま・・・。」疲れ切った男性の声。光沢のある黒いスーツを身にまとい、細身のネクタイをゆるめながら寝室へと入ってきた。持っていたビニール袋を床に投げる。
「ミサ、起きてたんだ。」長い前髪を掻きわけて、女に抱きつく男。女は一瞬嫌な顔をする。ツンとする、酒臭い匂いがその原因だろう。女は男の胸を押し「タバコ持ってるんだけど・・・」とつぶやく。男は押された反動を利用して、立ち上がり、風呂とつぶやき、部屋を出ていった。
「ホスト専属の癒し場所」 レン編
レンが来るたびに思うのは、なんで私こんなことしてるんだろう・・・という思い。友達でも、ましてや彼氏でない男を、私はなぜこんなにもあっさりと部屋にあげてしまっているのだろう。まぁ害はないからいいのだけど。風呂場の方からシャワーの音がする。私はタバコを灰皿に押しつけ、タオルと私には大きいスエットを持って、脱衣所に向かう。何も言わず洗濯機の上にそれを置き、玄関のカギをかけた。そしてため息をつく。レンが来るたびに毎度思うこと2つ目、なぜあいつは鍵を閉めないのか。田舎じゃないんだぞここは。でも怒る気にもなれなくて、いつも私が閉める。それはレンが疲れきっているのを知っているから。むしろ疲れ切ったときでないと、彼はここには来ない。・・・頻繁に来てほしいと思わないけれど。
「私は根が優しいからね・・・・」と自分に言い聞かせ、クローゼットから予備の布団と枕を出し、机を足でどけ、布団を敷く。また眠りに就こうと、布団に入った。布団のシーツが冷たい。さっきまでしまっていたのだから当たり前だけど、自分の優しさのせいで、気持ちよく寝れないことに少しだけイラっとした。布団が温まるのを待っていると、スエットを着たレンが戻ってきた。ベッドに座り、タオルで髪を乾かす。以前は髪も乾かさず、寝ようとしていた。しかし私がそれを怒ったため、それ以来しっかり髪を乾かしてからベッドに入るようになった。「ミサ、寝た?」と眠そうな声が聞こえた。「寝てないから、ドライヤー使って」ん。と短い返事の後、ドライヤーの大きな音がした。一般男性より長い髪。レンに背を向けていた私だが、顔だけをレンに向け、長い髪がサラサラとなびくところを見つめていた。
「なんでそっちで寝るんだよ。」
髪を乾かし終わったレンがベッドに入りながら、私に問う。
「だってシングルベッドだし。私んちの」
この返答に効果はない。わかっていても言わずにはいられない。どうせ、こっちにこい・・・とかいわれるんだろうな。なんて思っていたら、レンはベッドから出て、布団に入った。
「んじゃ俺もこっちで寝る。」
「あ・・・そう来ましたか・・・」予想と外れても、結果は同じ。結局同じ布団で寝ることになった。
レンはいつも私の後ろから抱き締める。私はそれが嫌じゃない。腕枕をされるよりも、前から抱きしめられるよりも、背中から伝わる体温が心地よいから、私はこの態勢が好きだ。レンの寝息がすぐに聞こえてきて、私も再び目を瞑った。
私の家に来る男性はほとんどがホスト。歓楽街の近くにアパートを借りているせいか、よく寝に来るホストが多い。私は大学生だ。ホストクラブに入り浸り、ホストとアフターをともにするほどの軍資金などない。そもそもそんな下心さえない・・・いや、そもそもホストに行ったのだって一度きりだ。しかし私の家を知っているホストは何名かいる。理由はいろいろだが、後ろで寝ているレンは、私が彼を拾ってしまったことから始まった。
**********************
友達と大盛り上がりしたカラオケ。当然のごとくそれは朝まで続いた。いわゆるオール。友達と別れ、帰り道にあるコンビニに立ち寄ると、ドアの前で白スーツを着たお兄さんが座り込んでいた。彼のせいでコンビニに入りずらい。でもこの先帰り道にコンビニはなく、またこの近くに違うコンビニもない。そして私はのどが渇き、おなかもすいていた。少し迷ったが、空腹には耐えられず、お兄さんの横をそっと抜け、コンビニに入店した。道端で泥酔した人が転がっているのは、歓楽街ではよくあること。でもこんな店の前で座り込んでいたら、溜まったもんじゃない。彼の身なりからして、ホストだというのはすぐに分かった。このご時世、こんな朝早くに白スーツを身にまとったサラリーマンがいるだろうか、否そもそもリーマンが白スーツを着ることはない。コンビニに入れた私はまっさきにレジに向かい、店員に「あのホストなんとかしてください。」といいながら、白スーツを指さす。店員も困った顔をして「声をかけてはいるんですが・・・起きなくて」という。早朝なのに、アルバイトの店員は女性だった。そりゃ起きなかったらどうしようもない・・・っていうか、声もかけずらいか・・・と、「そうですよねー」と乾いた笑いとともに同意した。というか同情した。店員に頼ることは諦め、一瞬警察に電話するかと考えたが、それはそれでめんどくさい。私はお腹がすいて、そしてタバコも吸いたくなってきた。早く家に帰ってお風呂にも入りたい。オレンジジュースとおにぎりを適当に手にとり、レジに持っていった。もちろんタバコを買うのも忘れずに。「セブンスターボックスで」と店員に言うと、彼女は困ったようにタバコを見渡した。「あ、ごめん。32番ね。」彼女のネームプレートを見たら、まだ研修中と書いてあった。研修中で、女性で、早朝なのに・・・店には彼女一人。「アルバイトさん一人なの?」と代金を渡しながら聞いた。「え・・・あ・・・奥で一応もう一人いるんですが・・・」はぁ・・・とため息をつく彼女。きっと先輩アルバイトはいるが、奥で寝ている・・・そんなところだろう。ぱっと見で引っ込み事案そうな彼女には、先輩を起こすことも、あのホストを起こすことも、難しいことなんだろう。お釣りをもらいながら、私もおもわずため息が出た。これからしようと思っていることが、自分でもお人よしだと思うからだ。他人を気にしない冷たい大都会。郷に入れば郷に従えばいいのに、私。
「もしもーし、ここで寝てたら風邪ひきますよー」
ぺちぺちとホストの頬を叩きながら、声をかける。声をかけ続けていたら、彼の眼が開いた。
「あ・・・あぁ・・・うえ・・・」起きた瞬間嘔吐くホスト。おいおいやめてよ・・・と思いながら、もう一度店内に入り、水のペットボトルを大きめの袋に入れてもらい、ホストに駆け寄った。
「はい、吐いて。寝る前に全部吐いて。」ビニール袋だけ渡し、背中をさすってやった。ホストは自分で袋を持って、顔を突っ込む。何回か苦しそうに嘔吐くと、酸っぱい匂いが鼻を刺激した。「はーい頑張ってー全部吐いちゃおうねー」背中はさすってやるが、優しい言葉までかけてやるつもりはない。逆にこれで、ホストが元気になり、礼も言わず立ち去っても、怒る気もしない。私はこのホストのために介抱してやってるんじゃない、あくまでもあの店員のため。レジ打ちながらもホストのことちらちら心配そうに見ているところに気付いちゃったら、助けてやろうと思うのが人情ってやつ。人情に熱い故郷を少しだけ恨めしく思う瞬間でもあるんだけど。
大きめの袋に大量の汚物。全部吐き終わったのか、ホストは顔を上げた。するとまた酸っぱい匂いがたちこめた。鼻をつまみながら袋を奪い取る。急いで袋の口を縛り、ゴミ箱に投げ入れた。ぷはーと大げさに息を吸って、ホストにペットボトルを差し出した。
「はい、これ。飲んで。」
目をうっすらと開け、ペットボトルを受け取るホスト。こいつまた寝そうな勢いだな・・・。寝る前に家だけでも聞いとくか。
「家どこ?タクシー呼ぶし、教えて。着いて行ったりしないから」返事がなかった。・・・こいつ、また寝やがった。せっかく買ってやったペットボトルの水はこぼれ、せっかくの白スーツを汚していた。わざと大きく舌打ちをするが、ホストが起きる気配はない。もう最終手段に手を出すしかなかった。ホストのポケットを探り、彼の携帯を取り出す。きっと誰かに連絡すれば、こいつを迎えに来てくれるだろうと思った。こいつの人間関係とか知ったことじゃない。女に掛けないだけ有難いと思え、と心の中で叫んだ。源氏名っぽい名前を見つけ、電話をかけようとしたとき。―でもみんな寝てるんじゃないか・・・-と横で倒れているホストを見ながら、それに気付くと、電話を掛けることもできなくなってしまった。「はぁ・・・私ってお人よしで気ぃ遣いすぎやろ」と思わず方便まじりの愚痴が出た。ここまで来たら、最後まで面倒みてやろうじゃないの!と私はホストを担いで、家へと向かった。
「お人よしなめんなこの野郎・・・」とつぶやいたりもしたけれど。
どこかで聞きなれた着信音が鳴っている。ついでに甘いいい匂いもする。しかもあったかい。なんだこの夢。すっげー幸せだ。遠くで女の声がした。聞いたことのない声。誰だよお前・・・
「レン?あぁ、このホスト、レンっていうんだ。」聞きなれない声がだんだんはっきりと聞こえてきた。レン・・・あぁ、俺の源氏名か。今は仕事中じゃねぇし、女にその名前で呼ばれる義理はねぇ・・・
え・・・女・・・?!
一気に目が覚めた。よく考えたら俺の部屋で、こんな甘い匂いも、女の声もするはずなかった。上半身だけを起こし、テンぱっている俺の目の前に、見知らぬ女が立っていた。Tシャツにジャージ。普段見てる女たちに比べて、ずいぶん粗末なカッコだった。それにその女、よく見たら俺の携帯を使っている。俺はあわてて声を張り上げた。「てんめぇー!!・・・っ!」声を張り上げたら頭痛が襲ってきた。完全に二日酔いだ。そんな俺をしり目に、「あ、起きたんだ、レンさん」とあっけらかんとした声がふってきた。「レンさん目覚ましたし、迎えに来てもらってもいいかな・・・なんか二日酔いっぽいし、住所はね・・・」といいながら女はおれの携帯を持ったまま、部屋を出ていった。くそぉ・・・誰だよあいつ・・・それにどこだよここは。ってかなんで俺はこんなところに。頭を押さえながら必死に思い出す。昨日は俺の誕生日で、めっちゃ客が来て、でも頑張って飲みまくって・・・でも店でぶっ倒れるのは後輩に示しがつかねぇと思って・・・店でて・・・。
「・・・記憶がねぇ・・・」そりゃ飲みまくったしな・・・と自分で自分を慰めるようにつぶやいた。「あー頭いてぇ・・・」
「はい、これ。一応のんで」渡されたのは水。のどの渇きも半端なかったから、有難く受け取った。一気に水を飲む。飲み終わった俺の隣に女は座った。
「私、ミサ。大学生。朝のことレンさんがどこまで覚えてるか知らないし、どこまで信じるかも自由だけど・・・コンビニに座り込んでた貴方を介抱した者です。」とコップを受け取りながら言った。コンビニ・・・?介抱・・・?うっすら記憶があった。ビニール袋を知らない女に手渡された気がする。「まぁとりあえず、もうすぐ、えっと・・・後輩さんのアオイって人が来るし、それまでゆっくりしていきなよ。頭痛いんでしょ。」水入れてくる、と女はまた部屋を出た。なんとなく状況を把握した。俺はコンビニで寝てしまって、あのミサってやつに介抱してもらった挙句、結局起きなかったから、ここまで連れてこられたってわけか・・・。連れてきてもらったのほうが正しいな・・・。とんだ厄介もんだ、俺は。ってかどんだけお人よしなの、あいつ。見知らぬ男連れ込むとか・・・。しかもホストの俺を。あれか、寝たいのか、俺と。それとも金目当てか。まぁどっちでもいいか。どっちでも結果は同じ、ヤルもんやって、帰ればいいか。
そうこう考えてるうちに女が水を入れて戻ってきた。差し出されたコップを受け取りながら「すいませんでした。」と一応謝罪した。まぁ介抱されたおかげで、二日酔いだけですんだわけだし。もしコンビニで寝たままだったら、風邪ひいてただろうし・・・。
女は鼻で小さく笑った。「気にしてないしいいよ。困ってる人ほっとけない性分なの。」女の言葉に嘘や、ふくみは感じられなかった。格好もそうだが、店に来る女性とは明らかに違っていた。いや、最近関わっていた女とは大違いだ。まぁ関わる女といえば、客かキャバ嬢だが。その違いをわかりやすく言えば・・・
「お前・・・男らしいな。」「そりゃどーも。」タバコに火をつけようとしていた女を見て、思わずこぼれてしまった一言。言われ慣れているのか、女はこちらをちらりとも見ず、大きく煙を吐いた。「俺にもタバコ一本くれ。」無言で差し出されたのはセブンスター。セッタ吸ってる女なんかなかなかいねぇーぞ、おい。あっけにとられていた俺。そんな俺に気付いたのか、女はタバコを一本取り出し、俺の口にそれを突っ込んだ。そして100円ライターで俺たちの真似をするように手を添えて、火を持ってきた。「こうやってるんでしょ?ホストって」とタバコを加え、笑いながら。なんだか女になめられた気がして、俺は女の頭を捕まえた。そのまま引き寄せて、タバコとタバコをくっつける。ジジジと小さく音を立てて、俺のタバコに火が付いた。つかんでいた頭を離してやると、女は「あぶな・・・」とだけ呟いた。これ客やキャバ嬢にやったら照れたりすんのに・・・ミサという女は顔色一つ変えなかった、まぁつかんだ瞬間は驚いてたけど。驚くだけって女は初めてだった。
「お前・・・男慣れしてんな。どっかの店通ってるのか?」隣に座っていた女は、ベッドから降り、床で胡坐をかいた。「店ってホストのこと?ホストに行くお金なんか持ってるわけないじゃん。大学生だっていったでしょー」と大きく口をあけて煙を吐き出す。俺の客にも何人か大学生はいるが、そいつらは大体親がお金もちで、働かなくても遊べるやつばっかりだ。でもミサがそういう家庭ではないことは部屋を見ればわかる。ボロくはないが、狭い部屋。住むにはすこし窮屈だ。いわゆる苦学生ってやつか?まぁそこまでいかなくても、普通の大学生なんだろう。
こんな女、ひさびさに絡んだな。見返りを求めていない感じが、なんだか心地よかった。
「NO.1ホストはつれーよ。」
「なにそれ自慢?」屈託なく笑う女。
それが俺とミサとの出会い。
**************
ミサは本当に何も求めてこなかった。いや、基本的にミサからは何もしてこなかった。連絡もよこしてこなかったし、会っても俺に合わせるだけ。最初は気を使わなくて楽だったし、『してもらって当たり前』的な感覚になっていた、あんまり認めたくはないけど。職業病って感じ、そうやってやりきるのも、どうかと思うけど。
そんな関係が半年ぐらい続いた。会うのは2週に一回ぐらい。べろんべろんに酔っぱらってどうしようもなくなったときだけ、ミサの家に行くようになっていた。そう思っていても、最近はミサの家に行きたくなることが多かった。2か月前から通い始めた客が、アフターだの、お金渡すから外で会おうだの(いわゆる裏引きってやつ)、うるさかったからだ。しかもその客、なかなかの太客。その要望を無視するわけにもいかず、適当にはぐらかしたり、たまにアフターには付き合ってやったりと、無駄な神経を使わされていた。俺の店でも裏引きは禁止されていたし、俺自身、裏引きも枕営業も反対派だった。それよりも、たださえ少ないプライベートな時間を、仕事相手につぶされたくなかった・・・という方が正しい。その太客に付き合ってる暇があるのなら、ミサの家でゆっくり寝たいと思うほどだった。でも俺が客に自分の時間をつぶされたくないように、ミサの時間を俺の仕事のストレスごときでつぶしたくはなかったから、家に行くのは酔いつぶれたときだけ、と決めていた。半年もたって今さらだとは思うが、最近になってミサにお礼しないとな・・・なんて思うようになっていた。
日曜日の昼。昨日の酒が少し残ってて、頭が痛かったが、それはいつものこと。土曜なんて特に混むし、次の日が休みだということもあって、思いっきり飲むのは当たり前。ベッドから体を起こし、カーテンを引く。よく晴れていて、眩しかった。ふと、初めてミサの家に行ったことを思い出す。今にして思えばあの女、よく俺を部屋まで運べたな。ミサは「なんとか担げた、レン細いし」なんていってたけど。腹も減ったし、なんか食うかと思って台所の棚を開けた。しかし何もない。いつもはここに即席ラーメンだの焼きそばだの置いておくのだが・・・しまった、買い忘れてた。棚になにもないとなると、冷蔵庫に食材があるわけもない。ため息をこぼし、コンビニでも行くかと、財布と携帯を持った瞬間。またミサを思い出し、そして電話をかけた。
「・・・おはよう・・・何?」と眠そうなミサの声がした。いつものことだ。
「今起きたのか、日曜の昼間だぞ。」俺もさっき起きたけどな、とは言わない。「日曜の昼間に電話してくるレンの方がおかしい。」とまだ眠そうな声で言われた。確かに、日曜に電話したのは初めてだ。俺の返事を待たずしてミサはつづけた。
「今から来るの?」
*************
「出かける用意しとけ、30分後に迎えに行くから。」いつもとは違って、元気な声のレン。いつもは切れ切れに喋るのに。迎えに来る?何を言っているのかわからなかった。そもそも日曜ってことは、レンはきっと家にいるはず。なんで私に電話をかけて、しかも今から家に来る理由がわからなかった。
「・・・は?」と思いっきり間抜けな声が出た。「飯食いに行こうぜ、おごってやるから」あー・・・なるほど。だんだん頭が回ってきて、体を起こし、のびをした。
「今更、コンビニ事件のお礼ですか。」
「日ごろのお礼だ。」こいつ感謝する気持ちってものがあったのか・・・なんて口が裂けても言えない。「そんな気使わなくていいよ。」これも本音。
「予定でもあるのか。」「ないけど・・・休みでしょ。体休めなよ。」「大丈夫、もう二日酔いも治った。」絶対嘘だ。でもレンから誘われて嫌な気なんて一つもなかった。もっといえば単純に嬉しい。別に見返りなんて求めてないし、レンのことを迷惑だと思ったこともない。むしろ疲れてきっているときに、私の家にきて、無防備に寝られると、私の家が彼にとって癒しの場であることを実感し、それが嬉しい。お店ではきっとたくさんの女性からアプローチされているだろうに、お金もなく、まして美少女でもない私に、寝どことしてでも、時々頼ってくれることで、私は少しだけ優越感に浸れたのだから。
「んじゃーゆっくり来て。用意しとくから。」おーけー、と間延びした返事が聞こえたのち、電話を切った。「そういえば、レンって結構稼いでるんだよね・・・」高級フレンチとか連れてかれたらどうしよう・・・って焦ったのも一瞬だけ。普段から女相手に商売しているやつだ。私が心配しなくても、彼なりに私に会ったところに連れて行ってくれるだろう。変な気を使うのをやめて、外に出ても恥ずかしくないよう、身なりを整えた。
「おー、今日はジャージじゃないんだな。」
「スエットでもないよー」
アパートの外に出ると、高級車とスーツ姿ではない、普段着であろうレン。何もないように振る舞ったが、やっぱり驚いた。普段見るレンのホスト姿は、酔っぱらって、情けないところばかり。まぁ今日がプライベートだとしても、彼のかっこいい姿を見るのは初めてだった。
「とりあえず、どうぞ」と、助手席のドアを開けてくれる。「うへーキザ」と笑った。こんなお嬢様扱いされるのには慣れていないから・・・逆に笑うしかなかった、といったほうが正しい。
やっぱり、ものすごく高級車だった。静かだし、奇麗だし、なんだか新車のにおいがする。隣に座るレンもかっこいい。スーツはいつも光沢感にあふれた、なんともキザな格好だが、今日は休日でプライベート。いつもとは違ってシンプルな格好だ。レンの髪色は初めに会った時より、色見も見た目も落ち着いて、普段ホストをしているようには見えなかった。
正直ホストを馬鹿にしていたところもあった。馬鹿に・・・というか、偏見か。女好きで、なんでもお金で解決できるやからだと思っていた。初めて家に入れた時も、それから何回か寝に来た時も、『襲われてもしょうがない』と思っていた。まぁ女には苦労していないだろうし、NO.1ホストだとも言っていた、つまりお金にも困ってないのだろう。落ち着いて考えたら、私に手を出す理由も見つからないし、ただ頼ってくれているだけなのだと思えた。それに多少気を使ってくれているもの伝わってくる。来るたびにタバコとお菓子を買ってきてくれるし、来る回数もさほど多くない。電話のときは『今更、コンビニ事件のお礼ですか。』なんていったけれど、以前酔っぱらって家に来た時『お礼するから、店来いよ~俺のおごりで好きなだけ飲ましてやるよ~』なんて言っていた。彼が覚えているとは思えないけど。レンとお酒を飲むことは構わないけど、他の女性の前で、レンと楽しく飲めるとは思えなかったし、正直ホストクラブって苦手だ。どうせ飲むなら居酒屋で、気を使わず飲みたい。それは自分のことだけでなく、レンにとってもだ。だからお店には行かなかったのに・・・まさか休日に食事に誘われるなんて。驚いたけど、やはり嬉しかった。
車を走らせて数十分。昼食をとるには幾分遠出をしているような気がした。
「どこ行くの?そんな遠くのお店じゃなくていいのに。」そもそも車で迎えに来なくても、家の近所でよかったのに・・・なんて呟いた。
「腹そんなに減ってるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
「ドライブだと思って楽しめよ。旨い店連れてってやるから。」と運転中にも関わらず、こっちを向いてニカっと笑う。お母さんが『ホストなんてかっこいい人いない、行くならオカマバーの方がよっぽど面白い』なんて言ってたけど、レンはかっこいいよ。お母さんに教えてあげたくなった。
ドライブ、といわれたので、窓の外を眺めることにした。別に緊張しているわけじゃないけど、いつもと違う雰囲気で、何をしゃべっていいかわからない。よく考えたら、レンとそんな言葉を交わすことなんてなかったな。寝にきて、起きたかと思えば、ぼーっとご飯食べて、帰る。それだけ。もしこれで体の関係があったらセフレというわかりやすい関係なのだろうけど。そんなこと私もレンも望んじゃいない。優しくしている自覚はないが、私はレンの恋人になりたいわけじゃない、きっとレンも私の彼氏になりたいわけじゃない。なんだろう・・・この関係。別に明白なものにしたいわけじゃないけど・・・
「ねぇレン。」
「冬真。」
「え?とーま?」
「俺の本名。レンは源氏名だから。ミサはおれの客でもないしな。どうせ呼ぶなら本名してくれ。」仕事してる気分になる、と冬真は付け加えた。
「初めて会ったときに、アオイ君から教えてもらったのが源氏名だったから、源氏名ってことさえ忘れてたよ。そう考えると、私、冬真の本名さえ知らなかったんだ。」「確かにな・・・」恐ろしい関係だ。思わず二人して笑ってしまう。
***************
クスクスと笑うミサを横目に、可愛いななんて思う。女に対しての可愛い、というより、妹に対しての可愛いに近い。もしくは動物。ミサに向ける感情に、恋だの、愛だのは一切なく、ある意味こんなに落ち着いた好意は今までにない。家族愛だと思った。そもそも女には苦労してないし、こんなちんちくりん相手に誰が惚れるか、という方が本音だが。それでも優しくしたいと思うのは事実で、これはもう妹愛なんだろうな、と最近気づいた。
タバコを吸うために、少し窓を開ける。心地よい風が髪をなでた。秋の風だ。そろそろ腹も本格的に減ってきた。食欲の秋だな・・・なんて思い、ミサに話を振った。
「んで、何食べたい?」
「え、決めてないの?」
「ドライブって言っただろう。」
「旨い店連れてくっていったじゃん。」
「・・・うっせーなー、リクエストないなら牛丼にするぞ。」
「んじゃー高級和牛の牛丼で。」
「まじで牛丼食べたくなってきた。」
「・・・もう好きにしてよ・・・」
と、言ったものの、本当に某有名牛丼チェーン店に連れていかれるとは思わなかった。
ホストと専用の癒し場所~~
電子文学ならではだといつも思うんですが
************←このような表現が許されるのって便利だなって思います(笑
ホストなんて通ったことないし
メディアを通してしか知らないけど
こんな物語があったらいいなーなんて思って作ってみました。
シリーズがしたいです。
「編」ってつけてるから、するつもりなんだけど。