practice(102)

 




百二





 歩くたびにゾウが残す。砂地に大きい足跡は私に比べて数が少なくて,あなたに比べて重い。トスン,トスンと表面を噛みしめるみたいに進んでいるようで,ふわりふわりと,飛んでいかないよう気を付けている。そんな運び。ともに歩く私たちまで慎重さを選んでしまいがち,けれど長い話をするにはうってつけな縫い付けられ方を,私たちは選んだ。長い長い道のり,肘あて付きのお気に入りのジャケットもそうして肩からだらしなくなって,私のスカートの色も鮮やかをきちんと忘れてきた。くるっと回っても,あの頃みたいに風は味方しないかもしれないし,野趣に溢れた,草っ原の駆け下り方なんて想像するのも難しい。あの頃,紙で作ったソリを抱えて,「怖くないから。」と手を引いたあなたはものの見事にぶつかりそうだった樹を避けて,ともに転んだ。すぐ傍に来て,無事を確かめてくれたあなたも怪我をしていなかった。はあ,と息を吐いた安心感は,その時から随分と枝葉を伸ばして,いつの間にか色んな感情に触れていったけど,息を吐いた分だけ根っこが深かったから,私たちは大丈夫だった。家族に導かれ,祝福を受けて,私たちは始まった。一人,一人と増えた家族に,それはまた色んなことが起きて,一人一人と向き合い,整理できないガラクタなんてあなたが言うものも,スクラップブックに収まり切れない,と言って私がイライラしたりするものも,結局は二人で抱えて,結局は随分なものを明日に置いた。それは日課のようであっても,守らなければいけないという切迫感があったものでなくて,言い淀んでしまうけれど,それはどうしても先に着いてしまう,転居届けのように,簡単な手荷物を持って私たちが行ける場所でもあったのだから。休みながらでも坂道を登り,気づかいながらも言い合いをしたりして,振り返りながら,高台の空を青く白く望む。そこが古いお家なら,あなたはハケを浸からせたペンキ缶を持って,得意の色で上から下へと順に塗り,あらゆる窓とドアを外に向けて開いた私は慣れた手付きであなたも巻き込み埃を追い出す。咳込みと笑い,涙と怒って,ひと段落をつけたら買い物を済ませる私たちは家路に着く。新しいものも買い,古いものもそれはあげたり捨てたりしたけれど,変わらないものは変わらない。野菜は持って,あなたはリンゴといった果物を齧った。それを私が見咎めて,それを私が許す。そんな私の甘いお菓子が,分かりにくいように紙袋のそこに容れられていると知っているあなたは,見えているものに見えないフリをして,大事なことを忘れない。誕生日は間違ったりしても,最後まで,悪い癖が直らなかったとしても,あなたは忘れたことがない。私がそれを知っている。私がそれを覚えている。
 鼻を動かし,耳を広げて,短い尻尾はときどき姿を見せる。それぐらい。ゾウの鳴き声は喉の奥から起きてこないから,私たちは驚かない。
 見上げなきゃいけない。
 その大きな足をさすって,彼はゆっくりと立ち止まる,彼を育ててくれた最初の訓練士は私たちに教えてくれた。鼻を動かし,耳を広げて,短い尻尾とさよならをするのは彼と,彼を育ててくれた最初の訓練士との間の取り決めだったということを。私が歩き,彼が一歩,二歩と立ち止まり始めて,私は紙袋の中から取り出したのはそれを持って,傍に追いつくため。砂場はやっぱり重かったけれど,まだ慎重に歩きながら,私はゾウである彼に渡した。彼は私から受け取ったリンゴを,そうしてあなたに渡した。同じように,歩きながら受け取ったあなたは,それをゾウに返そうと差し出して,ゆっくりと,彼がそれを受け取らないと気付いてからは,歩くゾウの反対側から回り込んで来て,私に差し出した。私はそれを受け取った。受け取ってから考えた。
 細く尖る夕日の灯りを開けて。鳴き声があったら,高らかにも,きっと響いた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-27

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