笑わない男・田中 実(1)

 ある日、遊園地での出来事だった。高校に入って最初の夏休み。
私はクラスで仲のいい、たなちと真美、そして演劇部でも一緒のヨッシー、この三人と、遊園地へ遊びに行った。
その日はすごく楽しみで、前日は全く眠れず、私は遅刻ギリギリで待ち合わせ場所に向かった。
 待ち合わせの駅に着くと、ヨッシーと真美がいて、たなちはまだ来ていなかった。
「まったく、たなちはいつも遅いんだから」
 と、私は自分の事を棚に上げてイライラしていたが、すぐにたなちはやってきた。しかし、私のイライラは収まるどころか、ますます膨張した。たなちが知らない男を連れてきたからである。
 もし、その男がイケメンだったら、イライラすることはなかったかもしれない。イケメンとは顔の事だけではない。性格がやさしいとか、気さくに話が出来るとか、おもしろいとか、気が合うとか、そういうことを含めてイケメンという意味だ。へんな誤解はしないでほしい。私は、顔よりも中身を重視する女の子なのだ。ただ、中身は外見にも現れる。私はすぐにその男が、イケメンではないと一発で見抜いた。
 髪は坊ちゃんがり、メガネは丸メガネでいかにも優等生というタイプ。しかも、色白。絶対に根暗で内向的な男である。それぐらいだったらまだいい。ソレよりも、私が一番嫌だと思ったのは、服のセンスだ。夏休みに遊園地に行くというのに(しかも女子4人と)その格好は、

「えっ、制服!?」

 普段めったなことでは動揺しない、真美がおどろくのも無理はない。
彼の着てきた詰入りの学生服は、間違いなく冬服だった。
「ああ、うん」
「なんで?」
「これしか持ってないから」
 爆笑だった。高校一年にもなって、制服以外の服をもっていないなんて、おかしいというよりあきれる、みんなもそういう感じだったんだと思う。
「おかしなヤツでしょ? みんななかよくしてやってね」
 たなちがなんでこの男を連れてきたのか、よく分かる。彼女はお笑いが好きでよくその話をするが、ようはおかしなやつが好きなのだ。ちょっと変わってて、そういう人をみて笑う。私はそういうのは嫌いだ。なんか馬鹿にしてるみたいで・・。
「あ、勘違いしないでね、別に彼氏じゃないから」
―そんなこと分かってる
「でも、その服ウチのだよね? え、幼馴染とか?」
「全然、いや、まあ、小さいときから知ってるけど」
「え、なにそれ?」
「ほれ、自己紹介」
 たなちは真美の質問には答えず、制服の男に自己紹介を促した。
「どうも、田中実です。よろしくお願いします」
なにがおかしいのかわからない笑顔で彼はあいさつした。
「え、田中?」
「そう、私、たなちこと、田中知恵の」
「弟!」
「ぶー。真美ちゃん急ぎ過ぎ、弟だったら制服着てるわけないでしょ」
「あ、そうか・・」
 真美は一瞬残念そうにうつむいたが、すぐに次の答えをひらめき、授業でもそうするように、長い手をぴんと伸ばした。
「あ」
「ぶー」
 たなちは真美が答えを言う前にかぶせて言った。まぁ、そうだろう。絶対に兄ではないよな、背、たなちよりちっさいし。・・・ということは

「従弟」
「正解!」
 
田中実とたなちはいとこだった。田中は小・中学生のころ山梨でそだったが、高校入学前に引っ越して、私たちと同じ学校を受けたらしい。たなちは、そのことを入学式で知ったのだ。本人たちは気付かなかったが、二人の両親がたまたま保護者席でとなりに座ったのだという。それ以来、たなちは様子見に、ちょくちょく、田中の教室をのぞいていたらしいが、もともと人づきあいが苦手な彼は、あまりなじめていないようだった。夏休みに山梨の実家に帰った時、田中と話す機会があったたなちは、今回の遊園地に彼を誘った。
 その話を聞いたヨッシーは元来の人の良さを発揮して、一々田中に優しくしていた。が、当の田中本人は全くヨッシーに心を開いていないようで・・・。
「友達できないってのも分かるよね」
 そういったのは真美だった。学級委員長の真美がそんなことを言うなんてよっぽどなんだな、と私は思った。
「そうだよねぇ~」
 私は、ぼんやりと絶叫系アトラクションを見ながらそう言った。
ピザ型の円盤がぐるぐると回るそのマシンは、私たち二人には荷が重すぎる。他の三人の順番はもうすぐだ。
「あいつ笑わないんだもん」
「え?」
 真美の声には暖かみがあったような気がして、私は聞き返した。
「笑わないって?」
「朝会った時、自己紹介の時笑ったのが最後で、それから、今まで一回も笑ってない、ていうか、そもそも何考えてんのか分からないよね」
 腕を組みながら顎に手を当てるしぐさは、まるで学者のようだ。よくテストのときに真美がする、考えているときのポーズである。
「・・・緊張してるんじゃない?」
「きんちょう?」
「女子四人に男一人だし」
 マシンにのりこみながらこちらに手を振っている三人を見て、私はそう言った。私服の女子二人と制服姿の男子一人の構図はやっぱりおかしい。田中はものすごく浮いているように見える。
「まあ、そうかも知んないけど・・けど・・」
「ん?」
「いや・・・あれ見てよ」
 真美が指さした方向には、ピザ型円盤がある。それはそれはいきおいよくまわりながら空中を行ったり来たり。絶対に私だったら失神するだろうな。ヨッシーとたなちもキャーキャー言いながら目をつぶっている。あんなになるなら乗らなきゃいいのに。
「あんなになるなら乗らなきゃ良いのにね」
「ホント、何が楽しいんだろ」
 心底理解できないという風に、真美は首をかしげた。真美は少し頭でっかちなところがあるからな、と私は妙におかしくなった。
「まぁ、ああやって叫ぶのが楽しいんじゃない?」
「え? 叫ぶ?」
「・・・え?」
―まさか
私は、もう一度ピザ円盤を見直した。そこには叫び疲れてややナーバスになっている女子二人、そして、となりに制服姿の男がいた。
 全く叫ばず、ただ前を見つめている。ここが学校でしかもテスト中ならいざ知らず、絶叫マシンであれほど背筋が伸びている男はいないだろう。え? あれ、いや、しかも・・。
「メガネ拭いてる?」
 彼は、絶叫マシンに乗りながら、丹念にメガネを拭いていた。
「え、ウソ・・・なんでわざわざあんな空中でメガネ拭くの! てか、絶叫乗る時、メガネ取れよ!」
「いや、違うよ、物理的に無理だよ、バーあるから」
 そうだ、絶叫マシンには安全バーというものがある。メガネを拭くことは不可能なはずだ。
「きっと、なんかの見間違いだよね」
 おそるおそる、私は真美に聞いてみた。
「うん。きっとそうだよ」
 彼女は笑おうとしたみたいだったが、その笑顔はすこし崩れていた。
「やっほー、おまた~」
 三人が帰ってきた模様。
「私、聞いてみるよ!」
 聞いたらきっと笑われるだろう、しかし、そうなることを私は望んでいた、が、
「やめた方がいい・・・!」
 真剣さを通り越してもはや恐怖すら感じさせる真美の顔を見て、私は背筋が凍る思いだった。
 彼女の目線の先には、田中がいた。彼はメガネを拭いていた。そして、機械的にメガネをかけると、メガネケースを制服のポケットから取り出し、そこにメガネ拭きを入れる。その一連の動作を渡したちは目撃してしまったのだ。
 真美に言われてから、私は田中の様子を逐一観察していたが、彼女の言う通り、ヤツは一向に笑わなかったし、それどころか、そのほかの感情すら見えなかった。もし、これが緊張のためだとしたら可愛いもんだが、彼はまったく落ち着いていて、むしろリラックスしてるようにも見えた。お化け屋敷でもまったく驚かず、お化けの皆さんを困らせていたし、マスコットキャラクターと写真を取っても笑わず、しかも男子特有の照れている感じもしなかった。それでいて、話しかければそれなりに答えてくれるし、別に嫌悪感があるわけでもない・・・一体、こいつは何なんだ?

 その疑問は、家に帰ってからも消えることはなく、しばらくの間私の頭の中に残っていたが、夏休みが終わるころにはもうすっかり忘れていた。だから、
「新入部員を紹介します」
といって、彼がヨッシーから紹介されたときも、私はあまりピンと来ていなかった気がする。
「田中 実です」
 と笑いながらいうまでは。

笑わない男・田中 実(1)

笑わない男・田中 実(1)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-15

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