僕たちはメシアだ!④変革編
青春(?)ドラマ④
夏休みが明けてからの二年間は、光陰矢の如しという言葉がピッタリすぎるほど、あっという間に過ぎ去っていった。
世界を変える……と言っても、僕らの始めたことは単純なことだった。
――ただひたすら、善行を尽くすこと。
それが僕のできる唯一の罪の償いであり、世界を変えるただ一つの方法であると、僕の神様である結菜は言った。
中学の頃のように、自分が辛いと思うことを積極的にやるのではない。
道徳的に、社会的に“善い”とされることを、手短なところからやっていくのだ。
世界を変えるための計画は、彼女の好きな映画『時計じかけのオレンジ』にちなんで『ルドヴィコ計画』と名付けられた。
◆
早朝七時。
「木宮……行くぞ!」
「うん。わかったよ」
僕らが世界を変えるために始めたのは――――学校の掃除。
早朝七時に登校し、最初は校庭の落ち葉拾いとゴミ拾いから始め、それが終わると時間の許す限り校内を掃除する。
幸い、校舎はそこまで広いわけではなかったので、一時間ちょっとあれば校庭と校内の掃除を全て終えることができた。
掃除を終えたら、当てられてもすぐに答えられるよう授業開始ギリギリまで予習。
もちろん、休み時間もそれを繰り返す。
「木宮……これだ! これしかない!」
「うん。やってみよう」
食堂スタッフのお手伝いを生徒から募集しているという張り紙を見つけた僕らは、昼休みになると配膳の仕事を手伝った。
少ない人数で行う過酷な仕事のため、僕ら二人以外に手伝いに参加している生徒は一人もいなかった。
昼休みが終わると、配膳のおばちゃん達は僕らに本気で感謝していた。
軽いまかないをご馳走になったあとは、午後の授業開始前にまた予習。とにかく予習。
そして、放課後になると僕と結菜はジャージ姿になって学校を飛び出し、ゴミ袋とトングと軍手を持って繁華街の方まで行き、ひたすら町のゴミ拾いに努めた。
夜9時ごろには帰宅し、シャワーを浴びて二十二時までには寝る。
そして四時間だけ寝て、深夜の二時過ぎに起きる(成長ホルモンが最も分泌されるといわれる時間にしっかりと睡眠を取っておく)。
「仏教の開祖……ガニマタ・シダルータだったか」
「ガウタマ・シッダールタだよ、結菜」
起床後は結菜が僕の家にやって来て、朝まで一緒に勉強。苦手科目を結菜と共に補強し合い、早朝五時までひたすら勉強を続ける。
五時を過ぎると、僕と結菜は運動着に着替えてトレーニングを行った。
元々体の弱い結菜は、最初こそすぐに根を上げてしまっていたが、一ヶ月も経つ頃には僕のペースについてこれるほど強靭なスタミナを手にしていた。
そして、朝七時からは学校のゴミ拾い……そんな激動な日課を毎日、とにかく毎日続けた。
「眠そうだな、木宮……大丈夫か?」
「……うん、大丈夫……じゃ、ないかも……」
最初こそ眠すぎて死にそうだったが……それが当たり前の日常と化すと、体の疲れは気にならなくなってきた。
僕はナポレオンが一日三時間しか寝ていなかったという話を疑っていたが、ルドヴィコ計画を通して、それが十分に可能なことであると考えを改めた。
◆
一か月後、第一の変化がやって来る。
学校での早朝掃除が全校生徒と教師に知れ渡ったのと同時期に、放課後の町でのゴミ拾いが住民の目に止まり、彼らが学校に電話を入れたのだ。
「あなたの学校の生徒が、町で毎日ゴミ拾いをしてくれている」
僕らは全校集会で校長直々に褒められ、辺りから注目の的となった。
そして、教師からの推薦で美化委員への所属が決定する。
「本日より、美化委員はこの私、笠井結菜が委員長となる! ふはははは!」
「皆さん、よろしくお願いします」
美化委員には生徒が4人しかおらず、しかも表だった活動をしていなかったため、美化委員の主導権は教師の推薦という強い力のある僕らがすぐに握った。
とはいえ、僕らには僕らの日課がある。美化委員に入ったのはあくまで“掃除の理由”の建前と“委員会の権力”が目当てだった。
委員会の名を使って、僕らは学校中に『放課後の町のゴミ拾い! 有志募集!』と書かれたビラを貼りまくった。
最初こそ人は集まらなかったが、渋々といった様子で参加した美化委員の生徒と交流を深め、僕らを含め6人がほぼ毎日参加するようになった。
――そして、第二の変化。
「偉いなぁキミ達は。私も手伝っていいかい?」
住民からの喜びの声がさらに増え、なんと一般人が僕らのゴミ拾いを手伝うようになったのだ!
もちろん、黙々とゴミを拾うだけではない。
「仕事中の時は仕事中の自分。プライベートの自分はプライベートの自分で割り切るんだよ。そうするとね、上司に怒られてヘコんでも、プライベートに戻ればまったく気にならなくなるのさ! 自分を使い分けるんだよ! まぁ無意識にやってるんだけど」
「ウチの旦那ったらね。自分の部屋で映画観るんだけどね、これがもうね、ほんっっとうにうるさいのよ! コンポって言うの? あれの音が大きすぎて、近所の人からも苦情が来ちゃったの! それでね、私ヘッドホンにしてって言ったの。そしたらね、最初のうちはヘッドホンしてたのに、なんか違うとか言い出して、結局いつもと同じうるさいまま! こっちの言うことなんて聞きやしない! 子ども達も迷惑してるのよぉ」
「そいつ、実際は妊娠なんてしてなかったのにサ。んでそいつひどいメンヘラでサ。俺ね、急に部屋に呼ばれたかと思ったらサ、そのまま椅子に座らされて、もう、グルグル巻きに縛られてサ。ロウソクやら包丁持ち出されてサ、マジ焦ったねあん時は」
学校や職場、家庭内での出来事や愚痴を互いに笑顔で話し合うなど……すでに、そこには一つのコミュニティが出来上がっていた。
そんな僕らの活動風景を目にした同じ学校の生徒、さらには別の学校の生徒まで、様々な人達が放課後のゴミ拾いに参加するようになった。
◆
――僕らの善行はどんどん拡散していく。
第三の変化……人数の爆発的増加。
校内ではまず、早朝のゴミ拾いに参加する者が三十人近くに増えた。
学校外の一般人も、学校回りの落ち葉やゴミを拾うようになった。
昼休みのカフェテリアの手伝いをする者は、僕ら二人から一気に五十人にまで増えた(本当はそれ以上の希望があったらしいが、厨房に入りきらないので五十人が限界だった)。
また、最初は僕らを含め六人しかいなかった美化委員が、四十人近くの大所帯となった。
放課後の掃除には学校の生徒、他校の生徒、主婦、サラリーマン、公務員、大学生、ニート、院生、フリーター、警察……ツイッターやフェイスブックの拡散力の影響もあり、人数はうなぎのぼり。
「ゴミ拾ったら役所からジュース一本もらえるだろ? んで、それを飲まないで他のヤツに売るんだよ。二本売れれば、ビールが一本買えるんだ。んで掃除のあとにその一杯を仲間とかっくらう……もうね、たまらんわな」
さらにはホームレスや、地元好きなDQN、さらには暴走族まで参加するようになった。
実はヤクザなんだと笑顔で言っている男達もいた。
――冬になる頃、とうとう僕らは校長から直々に表彰を受けた。
学業への専念はもちろん、昼休みの食堂の手伝いも続けていたため、僕と結菜は模範生徒として学校を超えて他の地域でも有名になり、とうとう新聞にも名を連ね……なんと、ニュースの話題になるまでに至った。
◆
掃除の範囲は近くの町だけに留まらず、さらに都市の中心部へと進出。
もはや一つの組織と化したこの集団は、世間から『お掃除ギルド』と呼称されるようになった。
「まぁ、東京からわざわざありがとうございます!」
僕らお掃除ギルドは、休日になると地方へと足を伸ばし、そこにいる地元の人達と共に積極的にゴミ拾いに努めた。
地元の人達はお礼にと、自家製の野菜やベーコンを参加した人達に配ってくれた。
とはいえ、お掃除ギルドの全員が全員、掃除そのものが目当てというわけではない。
新聞やニュースの話題になりたい者、表彰状目当ての者、単に出会いが目当てで参加する者、遠足気分の者、協力態勢をとってくれる役所が支給してくれるジュースが目当ての者など……動機は様々であったが、それでも“掃除”という目的だけは共通していた。
そして、ついに真打ちの登場……ッ!
「僕たちは、『お掃除大好き軍団』ですっ!」
僕ら美化集団の活動を耳にした者が、同じようなコミュニティを作り始めたのである!
コミュニティの数は十、二十と次々と増えていき……僕らはそのコミュニティと積極的に連絡を取り合い、結託し、吸収合併を図った。
僕らの美化活動は全国へと広がり、とうとう僕らの名は日本中へと知れ渡った。
……それが、ルドヴィコ計画開始から、この二年間に起こった出来事だった。
◆
「お掃除ギルド大阪支部から連絡があったぞ! 昨年と比べてポイ捨てが三十四%も現象したとのことだ!」
「宮城の蔵王町から清掃依頼が来たよ。他にも申請は七十二件……全然減る気配がないよ」
「横浜支部に手の空いているグループがあるだろう。そいつらを向かわせるのだ!」
「わかった。事務にメールしておくよ」
活動が大規模になっても、休日に遠方への出張が増えたこと以外、僕と結菜の日常が大きく変わったわけではない。
「……木宮。あの日からちょうど二年だ」
深夜三時、夏の真夜中。
網戸から注ぎ込まれる涼しい風が吹き込む我が家のリビングで勉強をしていると、水玉のパジャマ姿の結菜はペンをテーブルに置いてそう言った。
「二年前、私は言ったな。お前に一つの問いかけをすると」
「うん。覚えているよ、結菜」
僕もペンを置いて、結菜の言葉に耳を傾ける。
「その時がやって来た。さぁ、私の問いに正直に答えろ、木宮!」
僕は小さく頷き、覚悟を決めた。
「木宮。お前は人間をどう思う?」
僕は……
「……なんだ、そんなことか」
拍子抜けしてしまった。
「結菜の言っていた通りだよ。人間はどこまでも自分勝手で、それが普通で……でも、絆で繋がることができる善い生き物だよ」
もちろん、結菜に対して呆れたわけではない。
「どんなにひどい性格の人でも、どんなに悪いことをしていても、どんなに身分が違っていても……正しい目的のためなら、そういう垣根を越えて繋がることのできる……善い生き物だ」
その問いに対して、僕があまりにもシンプルな答えを手にしていたこと……
「皆、善い人達だ。そんな善い人達が、僕のことを立派な人間だって言ってくれる」
そして、そんなことで悩んでいた過去の自分がいかに情けない人間だったかに気付かされたからだ。
「罪人である僕のことを、この国の皆が立派だと言うんだ。昔、いじめで人を死に追いやってしまったとお掃除ギルドの人達に告白したら『反省した今のキミを見れば、きっと彼女もわかってくれる』なんてことを言われたよ。『その罪があるからこそ、今こうして立派になったんだ』とも言われたっけ。『彼女の分だけ生きるんだ』とか『忘れないでいてやればいい』とか。そうやって皆が皆、僕を肯定した」
「うむ。つまるところ、お前も他の人間と同じ“善い人間”ということだな」
「うん。こんな善い人達ばかりのこの世界は善いものだ。だから」
迷うことなく、僕は言った。
「結菜。世界を変えよう」
僕たちはメシアだ!④変革編