D.S.

枸天 桄(@yotutuji_)さんのところのアリス・ホーラーさん、ライカ(@gunjyo1707)さんのところの中島千離さんをお借りしました。
「終わる世界の戦闘少女企画」二次作品です。

「センリ、居るか?」

センリ、と。少しだけ舌足らずに訛りが入ったその呼び方をする人など千離は一人しか知らない。

「あ?……あぁ、珍しいやつが来たな。入れよ」

それでも、その扉を開くのに、少しだけ躊躇するのは。それは自分の中で一息付けたかったからだ。無造作にベッドに放りなげられた白衣を手に取り、無造作に着る。訪ねてきた彼女が白衣を脱いだことは見たことは無い。だからだ。千離の中で1つの線引。
なんでも見通していると言いたげな苛烈な紅い瞳。日に焼け焦げた、それでも輝きを失うことのない緑黄色の髪。千離が見上げなければ見つけられないその光は、やはり扉を開けて見上げてやっとみつけられた。自室のキャスター椅子を転がしながら――残念ながら職業柄、コレに座っていなければ落ち着かない体になってしまった――彼女を自室に招き入れる。

「…忙しい所、済まないなセンリ」

戦場で、救護班を叱咤しながら修羅場を生き抜くその姿は、巷で言われる「戦闘少女」とも称するべきだろう。彼女がオスと戦うことがあってはならないが、それでも彼女は何時だって何かと戦っている。
重傷者の呻き声か、死者の亡霊か、それともそこに手をのばす自分自身か。
とにかく、千離はその紅い瞳が苛烈さを失ったところを見たことがない。

「お前だって相当忙しいだろ。今だって帰宿したばっかりなんだろう?」
「まあな」

千離の外科病棟には、大量の負傷者が今朝送られてきた。それはアリスの救護班のいる戦闘部隊の負傷者で。そこの戦場がどれだけの「戦場」であったのかを、千離はそこからしか読み取ることは出来ない。でも「そこから」を続けていたからこそ、分かることもある。
アリスが所属する事になる救護班は何時だって優秀だ。たとえ、そこから別班として引きぬかれていく少女達が多くても、アリスがいればその救護班は優秀になるのだ。だから千離はこんな時間とはいえ、外科病棟の、もう半ばもう一つの自室と化している専用の医務室から引き上げ、棒付きキャンディを舐めながら余暇を過ごすことができている。これがアリスの班でなければ千離は未だ手術着のままメスをもって、千離もまた戦っていたことだろう。

「アリス隊長は、もう外科病棟には顔を出されたので?」

おどけたように千離は笑う。アリスがこれだけ帰宿が遅れたのも、真面目な彼女のことだ。きっと、自分が送り出した患者の事を最後まで見届けたかったからだろう。

「いや」

座ってよいか?とベッドと机しか無い簡素な自室のベッドに視線を流しながら、彼女はNo、と口にする。思わず口が開く。棒付き飴が支えを失い落ちる。

「おい!センリ!」

千離から二回りも大きいだろう背をして、しかし見た目に似合わずの俊敏さで千離からこぼれ落ちたそれを、しかも器用に棒の部分を手に掴んでアリスは呆れたながら千離にそれを差し出す。

「飴だって大事な栄養源だ。無駄にするな……ちゃんと最後まで舐めろ」

アリスが押し付けたそれを、センリはまだ、口をひらいたまま受け取り、No?と反復する。

「だから、Noだ。……たったさっき帰ってきたばかりだからな」

もう許可を取ることをやめたのだろう。無造作に、作りの悪いベッドに腰掛けた彼女はその瞳を曇らせることが無いまま、宣言する。

「いや、立ち寄ろうはしたな。ただ…今日の当直がセンリだと聞いたものだから。だから不要と判断したんだ」

不要?
あれだけ、人に任せること無く、自分の患者を最期まで見届ける貴方が?
見届ける必要がないと?
当直が、私だったから?
その意味は?

「ほら、早く舐めんか。手に持っているままじゃ埃がついてしまうぞ」

そう声を掛けられて、千離は思い出したように、口にそれを突っ込んだ。何時もは感じる大好きな甘さが感じられない。それは頭が甘さを認識する余裕がないということで。

「……何か、問題でもあるのか?」

いや、そんなことはない。と取り繕うように言葉を放ち、で、今日は何の用なんだ?と白衣に両手を突っ込みながら話をそらす。これ以上この話を続けていたら変な思考が、喜びが生まれてしまう。

「あ、用事か?」

まさか顔を見たかったから、など言わないよな?とその思考になっている事自体が既に変な思考に支配されていて。千離は彼女に気付かれないように小さく舌打ちをする。

「コレを見てほしんだ」

そうして彼女が懐から取り出したのは傷んだ紙の束。いや違う。

「楽譜…か?」

曲名すら付いていないそれは、手書きのまま何年も放置されて来たのだろう。紙の端が擦り切れてはいるが、それでも中身が読めないことはない。

「……分かるか?」
「分かるかっていうか……まぁ、それなりに」

ヴァイオリン独奏を思わせるヴァイオリンの譜面だとか、悲しい曲だとか、そこから読み取れる情報をたしかに千離は理解できる。きっとト音記号とヘ音記号の違いすら分からないアリスとは違って。だがそれをどうしていいのか図りかねた千離は、でもゆっくりと椅子から立ち上がり、備え付けのクローゼットからそれを呼び起こす。弦は弱っていないだろうか。大丈夫だ。手入れだけは怠っていないのだから。

「まぁ、聞いていけ」

彼女が何を望んでこれを持ってきたのかも、わからない。そもそも五線譜と音符を見てそれを「楽譜」だと認識できたことが既に教育の放棄されたこの世界では上出来で、それを認識して、ココまで持ってきたということはつまり。

「お前に分かる形にしてやるよ」

きっとアリスは、一生ヴィオラとヴァイオリンの違いを知ることはないんだろうな、と微笑いながら、千離はそれでも自分のヴィオラでそれを弾く。
作曲者の本意ではないだろうが、この世界でこの曲を弾ける自分と、その音域を出せる楽器がまだ現存している事が救いだとおもって、許してくれ。と心の中で謝りながら。

「だから、アリスも俺に分かる形にしてくれ。
 この、素敵な曲はどうしたんだ?」

素敵な、悲しい、レクイエムは。



アリスがその楽譜を手に入れたのは、ほとんど偶然に近かった。
オス掃討が終わったその廃墟の街を散策しながら、ふと気が向いて立ち入った家に。物陰から襲いかかる影に。義足の仕込みナイフでそのオスを切り裂いて。弱いオスで良かったと安堵しながら、見つけたのだ。その家に、まるで宝物のようにおいてあった紙の束を。そのオスは最後まで守ろうとしていたのだと気がついて。

知らなければ、と思った。
今は爪も牙も、人の命を奪うものになっていたとしても。
オスが最後まで守ろうとした、その全てを。



未だ書き綴られている鎮魂歌を、千離は余すところなく、アリスに伝えようとする。

「レクイエムというのか…死者のための、曲」
「そうだ……誰に向けた曲だったんだろうな」

きっと彼は知っていた。世界が終わる事を。自分が終わることを。
だからこの曲は生まれた。自分のためか、他者のためか、はたまた世界のためか。

「そうか……だから、こんなに悲しい、曲なんだな」

千離はアリス・ホーラーのその瞳が苛烈さを失ったところを見たことがない。

「……俺、実は精神科医志望だったんだ」

今じゃ、外科病棟の重鎮と化していて。このご時世、そんな医者の必要性など外科に比べれば。医者として危険地帯を渡り歩き治療を施していく内に、いつの間にか外科医になっていた。

「だからな…少しだけ、知ってるんだ」

それでも少しだけ勉強はしていた。そして、こんなご時世、「それ」が必要だと今でも信じて疑ってない。

「音楽ってのは、人の心を癒やすもんなんだ」
「……そう、なのか……」

千離は机に並べた楽譜を眺めながら、アリスの気配を背後に感じている。届けたいのは彼女へだ。

「アリス隊長。……私、千離医師は、今だけ精神科研修医になってもよろしいですか?」

返答はなかった。ないことが返答だった。
千離は、静かに、終わりかけていた楽譜に繰り返し記号を書き加えることを決意した。


千離はアリス・ホーラーの瞳が苛烈さを失ったところを見たことがない。

D.S.

D.S.

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-26

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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