酔いどれ兎は将来を憂う

「ふいー。」

「おや。トビ、どうかしたのですか?」

「ん?なにがだ。」

「いや、いつもに比べてお酒の進みが悪いように見えたもので。」

「飲み会の輩かおめえは。てめえは一体どういうつもりなんだ。飲めば飲み過ぎだと咎め、飲まなきゃどうしたと様子を窺う。お前にとって都合のいいのはどっちの俺だよ。」

「単に日常と違う光景に違和感を覚えただけですよ。」

「けっ。じゃあおめえはいつも口では飲み過ぎるなと言ってはおきながらも本当の意味で心配をしているわけでもねえって事か。」

「いやいや、そこまでは言いませんよ。あくまで一般論を言っているだけですから。私にトビの楽しみを根こそぎから奪う権利なんてありませんからね。」

「へっ、優しいんだか偽善なんだかよく分からねえな。まあしかし、酒が入ってこねえのは気のせいじゃねえかもな。」

「おや、やはり。何かあったのですか?」

「何かってわけじゃあねえが、漠然とした心配事って言やあいいのかな。」

「心配事?」

「おめえも一端の雄ならよ、やっぱり子孫を残そうって思うもんか?」

「子孫、ですか。」

「そうだ。どうなんだ?」

「それはまあ。今はまだそういった伴侶を見つけてはおりませんが、いずれはそうするつもりですよ。それが備え付けられた本能でもありますからね。」

「本能、か。」

「トビはそうは思わない、少なくとも今は思っていないようですね。」

「わからねえんだよ。考えれば考えるほどつくづくとな。おめえ理由はそれだけか?」

「理由ですか。」

「おめえは、ただそれがやるべき事で、そうであるべき事だからって理由だけで、この世に子孫を残すのか?まさか、それだけじゃねえだろ。」

「それはそうですよ。やっぱり自分の血を受け継いだ子供を見てみたいじゃないですか。それはそれはかわいくて仕方がないと思いますよ。」

「なるほどな。おめえの考えってのはよく分かった。だから俺はおめえの考えを否定するわけじゃないし馬鹿にするわけでもない。」

「でも、私とは違っている。」

「子孫ってのは、自分の自己満足やあるかもわからない意義の為に残してもいいもんなんだろうかな。」

「いつになくシリアスな事を考えていたんですね。」

「いや、なんだろうな。そういう事を意識するようになったってのが一番でけえが、本当に最近思うんだよ。おめえらの作った命ってのはおめえらの欲を満たす為だけのものなのかってな。」

「なかなか切れ味のある展開になりそうですね。」

「”自分の子供は私の自慢です”。こんな風に話す親は少なくねえし、自分の子供なんだからよ、そりゃ自慢に思う気持ちもあるだろうよ。そりゃ本当にそう思ってるんだろうよ。でも、なんだかよ。たまにいるんだよ。自分のステージを上げる為にしか自分の子供を見てねえような奴らがよ。」

「ああ、分かりますよなんとなく。子供の為と言いつつ無理な勉強を押しつけて位の高い教育施設に入れさせ、それを親である自身のステータスにしてしまうような人達。」

「そうそう。頭の良さってのは大事だが、それを子の為じゃなく己の欲の為にそれを強いるなんてよ。おめえの子供はお前にとって作品か何かかってんだ。」

「だんだんトビの抱えているシリアスの種が私にも見えてきましたよ。」

「そうだ!あとあれだよ、あれ!あれは本当にどういう事なんだよ!」

「落ち着いて下さい。あればっかりでヒントにもなっていません。」

「人間界でも最近流行みてえになってるが、こっちの世界でもちょくちょくいるじゃねえか。訳の分からねえ名前をつけるという謎の文化が。」

「はいはい、なんでしたっけ。ハラハラネームでしたっけ。」

「なんだその緊迫感溢れる名前は。違えだろ。っていうかおめえそんな事言うキャラじゃねえだろ。そっちこそ落ち着いた方がいいんじゃねえか。」

「すみません、本気で間違えてしまいました。」

「ボケじゃなくて安心したぜ。ボケだとしたら死ぬ程面白くなかったからな。」

「シャレのセンスが私にない事ぐらい重々承知していますよ。ご安心を。」

「そんな事自分で清々しく言い切っちまうのもなんだか切ないもんがあるけどな。そうじゃねえ、話がずれた。」

「そうでした。えー、ズッキュンネームでしたっけ。」

「なんだその胸のときめきが止まらないような名前は。いやだから!おめえ今のはさすがにわざとだろ!」

「こんな私でもたまにはシャレてみたくなるんですよ。失敬。」

「こうなると一発目のハラハラネームも怪しいもんだぜ。まあいいや。ともかく、なんでそんな名前を付けちまうんだって名前を平気で付けるやつらが最近急増してるじゃねえか。あいつらどういうつもりなんだ!?」

「また本人たちはそれでいて、いたって真剣そのものという所が更に性質が悪い所ですね。」

「そうなんだよ。ふざけてるならそれはそれで論外だが、あれでマジって所がよ。救いがねえっていうか。しかも理由が自分がそれが好きだからとかよ。適当じゃねえかってのもありやがるし。」

「私達がにんじん好きだから、自分の子供に”にんじん”と名付けるようなものですもんね。」

「一生だぞ!?一生それを抱えて生きてくんだぞ!にんじん君てお前……。子供の頃だけならまだ百歩、いや一万歩、いや本当は譲らねえけどもよ。まだかわいいって思えなくもねえよ。でもよぼよぼのご老体に向かってにんじんさんって。あいつらにゃ他人の立場に立って物事を考える頭ってのがねえもんか。」

「トビの言ったように、自分の作品としか思っていないようであれば、その考えに彼らは行き着かないでしょうね。」

「そういうのを見てっとよ。子孫って何なんだよって思っちまうんだよ。もっとなんかこう、高尚な意味があるからこそ残すもんじゃねえかって思っているのに、そんな中に自分の子供を送りこんじまうのも、残す意味もよく分からねえってね、思っちまったんだよ。」

「なるほど、そういう事でしたか。」

「おめえはそれでも残すってのか。」

「トビの考えもよく分かりますよ。それでも私は、残すでしょうね。」

「それは、なんでだ。」

「私は生まれてきて今の所良かったと思っていますよ。にんじんをかじるのも、そこかしらを走り回るもの、こうやってトビとなんて事のない会話をするのも。そうやって過ごす日々が、私には楽しいですからね。」

「ラビ、おめえ。」

「私から言わせればね、トビ。あなたはどこかで、自分の生まれてくる子供を自分の作品として見てしまうんじゃないか。そしてその作品が今の世界で汚されてしまうんじゃないかと、そう怯えているだけのように思えます。」

「俺が怯えてる……。」

「ええ。このままではきっと、あなたはあなたが恐れ軽蔑している親と同じになってしまうでしょう。」

「なっ…。」

「トビ、今あなたは楽しいですか?幸せですか?」

「……まあ、それなりには、な。」

「それでいいんですよ。自分の生まれてくる子供には誰だって幸せになって欲しいものですよ。それがいい学校に行くだとか、いい生活をしてほしいだとか、そういった考えに行き着くものもあります。本当の意味で全く全てを度外視して、自分の人生に損得勘定なしで子供を見てあげられる親なんて、実際ほとんどいないですよ。」

「……。」

「だから、いいんです。生むべきだ、創るべきだ。そう思えば命を創る権利は誰にだってあります。だからそんな難しい事は考えなくていいんです。ただし、責任と覚悟はいりますけどね。」

「責任と覚悟か。」

「ええ。自分の子供が自分の目を通して見た世界が楽しくて幸せものであると思えるように。そう思える心を持つ事が出来るように、私達が伝え、育てる。その責任と覚悟さえあれば、それでいいんですよ。」

「それがない奴らが、今多くなっているのかもな。」

「そうかもしれませんね。でも彼らだって自分の子供の幸せは願っているはずですよ。」

「はぁー。駄目だ。どうもまだ俺には十分な責任も覚悟も備わっちゃいねえ気がする。それに比べておめえは、立派なもんじゃねえかよ。見直したぜ。」

「いえいえそんな。ところで名前といえば、私達の名前にはどんな意味がこもってるんでしょうね。」

「それはあんま考えないほうがいいかもしれねえぜ。なんとなくだけどよ。」

「私もそんな気がします。」

「まあいいじゃねえか。何であろうと、俺は今が楽しいぜ。それで十分だ。」

「私もです。」

「あーなんだか憑き物が落ちたみてえにすっきりしたぜ。よし!飲むぞ飲むぞー。」

「トビ、私も少しもらっていいですか。」

「お、なんだなんだ。珍しい事もあるじゃねえか。」

「今ならおいしくお酒を飲める気がするので。」

「待て待て、いま注いでやるかよ、ほいほいっと。」

「おっとと、そのくらいで十分です。」

「よし、じゃあ。何だ。」

「私達の今、そしていずれ出会う私達の未来の子供に向けて。」

「はは、俺の子供ももう会うもんだと決めちまうのかよ。」

「私は見てみたいですからね。」

「そうかい、まあいい。じゃあとりあえず。」

『乾杯。』

酔いどれ兎は将来を憂う

酔いどれ兎は将来を憂う

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-25

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