さくらびと  第一話 束の間の幸せ

さくらびと  第一話 束の間の幸せ


2013年 4月 NY  

  同僚 「おい 貴之今週東京本社に戻るんだって?」
  貴之   「あぁ。一週間だけなんだけどな」
  同僚 「そっか。久々に彼女と暑い夜を過ごせるん・・・ゴフッ」
  貴之   「うるせぇ。土産買ってきてやんねーぞ」

同僚に弄られながら、東京に出張にいく支度をする。
そんな俺の心は、ウキウキと弾んでいた。
東京に残している恋人との久々の再会。
1週間だけの東京出張の話をした時 アイツは声を弾ませて喜んでいた。
逸る気持ちを抑え、俺は一路東京へと飛び立った。


東京本社に到着し、激務を何とか数日こなし、
ホテルに帰ったのはもう夜中を過ぎていた。

  貴之   「もしもし、俺」
  紗映子 「おかえり。お仕事終わったの?」

声の疲れ具合で、仕事が終わったことに気づく彼女。

  貴之  「あぁ。やっとな。・・・ごめんな、せっかく日本に帰ったっていうのに、なかなか時間取れなくて・・・」
  紗映子 「ううん。しょうがないよ。お仕事だもん」

彼女はわがままを言わない。特に俺がNY支社に行ってからは余計に。
そういうところが心配であり、同時に助かってもいた。
 
  貴之  「明日さ、休み取れたんだ。10時ごろ迎えにいくから」
  紗映子 「うん、わかった。 待ってるね」

彼女の声が弾んだのが伝わってくる。
彼女の笑顔までもが見えるようだった。

  貴之  「俺さ、まだ今年花見してねーんだ。桜・・・見に行こうぜ」
  紗映子 「うん、いいね!じゃあアタシはお弁当作ってくね。何がいい?」
  貴之  「玉子焼き。お前の玉子焼きうまいから。あとは・・・おいなりさんな」
  紗映子 「あはは。いっつもそれだね。OK。わかった! がんばっておいしいの作るからね」
  貴之  「あぁ。楽しみにしてる」
  紗映子 「うん。じゃあ もう遅いから・・・休んで」
  貴之  「まだ大丈夫だよ」
  紗映子 「だーめ。声が疲れてるもん。バレバレなんだから。それにアタシももう寝なくちゃ。明日は早起きしてお弁当作るんだから」

つきあいの長い彼女には、いつも見抜かれっぱなしだ。
自分のせいにして俺を寝かせようとする・・・コイツのこういうところが好きだ。

  貴之  「わかった・・・じゃあ寝させてもらうよ。ごめんな。
        また明日な。 おやすみ」
  紗映子 「ん・・・おやすみ」

気だるい疲れの中で、俺はいつしか深い眠りについていた。



(ピンポーン   ピンポーン  ピンポーン)

ホテルのドアチャイムが響いて、俺は重い瞼を開いた。

  貴之 「ん・・・今・・・何時だ・・・?え?11時???やべっ・・・」

慌ててベッドから飛び起きてドアに駆け寄った。

(ガチャ)

  紗映子 「おねぼうさん!おはよう」

くすくす笑いながら、重そうなバスケットを持った彼女がそこに立っていた。

  貴之 「ごめん・・・俺 寝過ごしてた・・・」

バツの悪そうな顔で謝る俺。

  紗映子 「どうせそんなことだろうと思ってた。ほら、早く顔洗ってらっしゃい」

相変わらずクスクス笑いながら、俺の背中をバスルームへと押しやる。

  貴之 「悪い!ちょっとシャワー浴びてくるから待ってて」

慌ててバスルームへと飛び込んだ。
バスルームから出ると、窓辺に立っていた彼女が、微笑みながら窓の外を指差した。

  紗映子 「ねぇ 疲れてるんだから 近くでいいんじゃない?ほら、あそこの公園なら近いし、 桜もあるよ?」
  貴之  「えー 少しドライブでもしようと思ってるんだけど・・・」
  紗映子 「疲れて起きれなかったクセに(笑) それに・・・もうこんな時間だし~、アタシお腹空いてんだよねぇ・・・」
  貴之  「わ・・・わかったよ。じゃああの公園にしよう。あそこならこっから歩いてでも行けるな。
        ほら、その重そうな弁当出せよ。俺が食うんだから俺が持つ!!」

俺は普段できない分、ドライブとかして デートらしいことをしてやりたかったが、
彼女に上手く言いくるめられたカンジで・・・結局近くの公園まで歩いた。
俺より随分小さい彼女に、歩幅を合わせてゆっくり歩く。
風が手を繋いでいる彼女の長い髪をなびかせ、懐かしいシャンプーの香りを漂わせる。

  紗映子 「こんな風に歩くのって・・・久しぶりだね。
        ついつい乗り物に頼っちゃうからなぁ・・・こんなに気持ちいいなら 毎日歩きたいぐらい」
  貴之  「俺も。すっげぇ気持ちいいよ。 ここに来てよかった~。腹も減ってきたし(笑)」
  紗映子 「あはは。朝ごはん食べずに寝てるからね(笑)あ、あの辺りに座る?木陰で気持ち良さそうよ」
  貴之  「そうだな。もう腹減ってガマンできねぇし(笑)」

そう言って 繋いだ彼女の手をぐいっと引っ張った。
そのとき、彼女の腕に紫色のアザを見つけた。

  貴之  「なぁ。これ・・・どうした?どっかぶつけたのか?」

はっとした表情を浮かべ、彼女はすぐに腕を離した。

  紗映子 「あ・・・うん。
        そう・・・バスケットをね、降ろす時に・・・ぶつけちゃったの。
        たいしたことないのよ。ほら。お弁当広げて。 お腹空いてるんでしょ?」
  貴之  「あぁ・・・。おっ、おいなりさんだ~。これこれ!コレが食いたかったんだよ~」
  紗映子 「うふふ。たくさん作りすぎちゃった!がんばって食べてよ?
        あとコレ玉子焼きね。こっちは唐揚げ。あ、ほら ここにサラダもあるから。
        向こうでも野菜食べてる?ちゃんと食べないとダメよ?」

矢継ぎ早に話し始める彼女を、心のどこかで少し不審に思いながらも
俺は久々の手料理を堪能していた。

思えば・・・このときすでに、運命の歯車は悲しくも回り始めていた。


第2話へつづく・・・

さくらびと  第一話 束の間の幸せ

さくらびと  第一話 束の間の幸せ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted