紫ピンク

紫ピンク

昔、ゲームシナリオ練習用に書いた短編です。

【タクミ】
「ありゃっしたー」

【客】
「え」

【タクミ】
「ありゃっしたー」

【客】
「いや、あの……お弁当、袋に入れてほしいんですけど……」

高校を中退し、経歴と年齢を詐称してコンビニの深夜バイトを始めた。

やる気はなし。やる気を出す必要も、出す気もないから。

【タクミ】
「ありゃっしたー」

甲高くてうるさかった親の声も最近じゃ聞かなくなった。

どうやら……いよいよ見捨てられたらしい。

とはいえ、なにもしないという選択は不思議と頭の中になかった。

『――時間は限られている』

『だから、他人の人生を生きちゃいけない。時間を無駄になんかしちゃいけないんだ』

『僕らはいつだって素っ裸だ。自分の心のままに生きようとしない理由なんてあるのかい?』

たまたま耳にしたそんな言葉に影響され、時間を無駄にしないためにバイトを始めてみた。

……が、無力感が募るばかりだ。

この小さな町から出るという一応の目標を立てたが、そのあとのことはなにも考えていない。

とにかく、俺は一人になりたかった。

小さな町……そう、この小さな世界から出られれば。

たぶん今よりは、きっと……

【???】
「ねぇ、早くしてくんない?」

その姿は、イヤでも印象に残った。

現在、深夜二時。冬の真夜中。

だというのに、目の前の金髪少女はセーラー服にピンク色のカーディガンと、あまりに場違いな格好だ。

【タクミ】
「…………あ?」

なんの因果か、俺が通っていた高校の制服ときたもんだ。

……見慣れない顔。

いや、よく見ると……知っている顔。

学校をやめる前、同じクラスだった。確か、左斜め後ろの二列目の席にいた……名前は……。

【タクミ】
「須川響子……」

【響子】
「は? なんか言った?」

……あぶねぇ。聞こえてなくてよかった。

【響子】
「早くレジ打てっつの」

【タクミ】
「あ、サーセーン。ありゃっしたー」

どうやら、向こうはこちらのことをまったく覚えていないらしい。

……まぁ、一度も話したこともないし、俺なんてその程度の人間ってことだ。

存在感もなければ、魅力もない。ただ文句を言うだけのクソゆとり。

彼女の視界の中じゃ、俺という存在はあまりに場違いすぎて――

【タクミ】
「……お?」

カウンターに置かれた商品に手を伸ばすと、それもまたあまりに場違いなものだった。

……少なくとも、こいつが買うにしてはいろいろとおかしい。

特殊な性癖でもあるのだろうか。それとも彼氏のおつかいとか?

【タクミ】
「五八〇円ーっす」

学校で意識して見たことはなかったが、改めて彼女を見てみると……こう、欲求が高まってきた。

制服の上からでもわかる、グラビア張りのスタイルの良さ。

加えて、すらりとした白い肌や華奢な脚。

男を魅惑するには十分すぎる……そんな、どこまでも妖艶な雰囲気を醸し出していた。

不機嫌そうな顔をしているが、笑ったらすげー可愛いんだろうな、とか考えてしまう。

……でも、目がやつれてるというか、死んでるといか。

【タクミ】
「……あー」

考えてたら勃起した。

あーヤりてぇなあ。

でも俺童貞だし仮性包茎だしなあ。

【タクミ】
「お箸おつけしゃすかー?」

やべえ、カウパー出る。

【響子】
「は?」

【タクミ】
「スプーンおつけしゃすかー?」

色々とどうでもよくなっていた俺は、自分の貯金を計算しながら思わず口を開いていた。

【タクミ】
「十万でヤらせてくれますかー?」

――瞬間、左頬に破裂的な痛みが走った。

【響子】
「死ねぃ」

彼女は怒りマークを浮かべながらニッコリ笑うと、釣銭も受け取らず店をあとにしてしまった。

……んだよ。ゴムなんか買ってくんだから、どうせヤりまくってんだろ。

ヤらせろクソ女。死ね。死ねええええ!!




【店長】
「勤務態度悪すぎだね、キミ」

【タクミ】
「マジっすか」

二時間後。時刻は早朝四時。

暗い寒空がほんのりと柔らかみを帯びてきた頃、告げられたのは――

【店長】
「帰っていいよ。そんで、もう来ないでね」

【タクミ】
「マジっすか」

【店長】
「キミみたいな子はねぇ、社会でやっていけないの。社会ってのはねぇ、大変なんだよ。わかる?」

店長はドヤ顔で、俺に社会というものを語った。

いやいや……だいたい、四十過ぎてコンビニ店長って型にハマってるオッサンってどうなのよ。

ということで、現在更衣室にて帰り支度中。作業着を脱ぎ捨て、鏡を見つめる。

……まだ、叩かれた頬が赤い。

そんでもって、自分がとんでもなくひどい表情をしていることに気付いた。

【タクミ】
「……アイツと同じような目ぇしてんな」

――今頃、彼氏とヤってんのかなぁ。

【タクミ】
「…………彼氏、羨ましいな」

そういえば……最近、鏡を眺めることが多くなった気がする。

鏡に写る世界は、いつだって俺一人だ。

なら、鏡の中の世界に行ければ、俺一人だけの世界ってことと同じなのだろうか?

一人だけの世界って……最高だよな?

きっとそこは、とんでもなく綺麗な世界だ。

他人からの期待、そこから生まれる余計なプライドとか……

そういうしがらみから、全部解放されるってことだもんな。

俺一人だけの鏡の世界……酷なことに、鏡の中には入れない。

でも、一人だけの世界なら……

この小さな町から出られれば、一人だけの世界に辿り着くことができるかもいれない。

それはつまり、鏡の世界に行くことと同じだ。

……誰もいない鏡の世界と、この小さな町。

比べるまでもない。俺が居たいのは――



【男1】
「よぉ、兄ちゃんさあ」

外に出ると、ガラの悪そうなスーツ姿のオッサン二人に絡まれる。

まだ日も昇ってないから、周りには誰もいない。

……最悪なタイミングだった。

【男1】
「ちょっと聞きたいことあんだけど」

【男2】
「この女の子、見覚えないかなぁ? 財布盗まれちゃったんだよね」

首に腕を回され、逃げることができなくなったところで一枚の写真を見せられる。

【タクミ】
「…………あ?」

おいおい……須川響子かよ。

なに、アイツ……盗みとかやってんの? すげぇなおい。うちの学校、一応は進学校なのに。

【男1】
「この店に来てたみたいなんだよねぇ」

と、男は先ほど彼女が買って行ったゴムとレシートを差し出してきた。

なに、アイツ……援交とかしてるワケ?

……すげぇな、おい。たまらんな。

【タクミ】
「……や、やー、知らないっすね」

特に意味もなくトボけてみる。

【男2】
「思い出さないと痛い目見るよー兄ちゃん」

【タクミ】
「はは、カンベンしてくださいよーははは。ありゃっしたー」

やばい。足震えてる。

つーか、股間が温かい。チビったっぽい。

なんなんだよ今日は。カウパー出たりションベンちびったり……。

【男1】
「笑ってんじゃねーぞこら」

――殴られた。

しかも顔面。

……いや、これは

い……

いってええええええええ。

【男2】
「おい、やめとけって」

うわ、うわー、鼻血出たわ! 信じらんねぇ!

カウパー出てションベン出て鼻血出たわ!

なんだよ、なんだよこれ。なんで、俺殴られてんの?

うわー、カウパー出てションベン出て鼻血出すなんて初めてだわ!

……って、おい。

アイツら、謝りもしねぇでどこ行くつもりだよ?

俺、イライラを解消するためだけに殴られたの? 意味わかんねー。うわー。

これだから現実世界ってのはやってらんねーよ。

俺が行きたいのは誰もいない、綺麗な鏡の中の一人の世界なのに。

ああ、鏡の国のアリスになりたい。俺、アリスになりたい。どうしたらなれるんだろ。

――地面に這いつくばりながら、俺は未だ見ぬ世界へ思いを馳せていた。

【タクミ】
「……白くなれ、俺。精子みたいに」

なにも考えるな。なにも感じるな。

それだけが、この小さな世界での唯一の救済だ。

無心になれ、白くなれ。精子みたいに。

……そうだよ。もう、わかっていることだ。

どうせ俺は、どこに行ったって救われない。

俺もアイツも、あんな目をしてんだ。

まともじゃない。だから、救われない。

……ん、アイツって誰だ?

俺と同じように死んだ魚みたいな目をしていた、あの金髪の少女……か。

……なら

【タクミ】
「アイツ、だけでも……」

こんなことに意味なんてない。

だというのに、俺は

やめておけばいいのに

【タクミ】
「…………少々、お待ちいただいてよろしいでしょうか」

男たちの背中を追い掛けて

【タクミ】
「死ねやコラ」

とりあえず、俺を殴って来たヤツからぶん殴った。

人を殴るのは……初めてだった。



『――時間は限られている』

『だから、他人の人生を生きちゃいけない。時間を無駄になんかしちゃいけないんだ』

『僕らはいつだって素っ裸だ。自分の心のままに生きようとしない理由なんてあるのかい?』



その言葉が何度も頭の中で木霊していた。

【タクミ】
「……あ?」

腹にナイフが刺さっているせいで、血がダラダラと流れている、らしい。よくわからんが。

真っ白だった視界が色彩を帯び始めた頃、ようやく俺は自分が町の外に出ていたことに気付いた。

視界に写るのは小さな町。そして、バカみたいにでかい朝明け時の空。

黒……いや、空はぼんやりと紫色だ。地平線の方まで目をやると、そこはぼんやりとピンク色に染まっている。

【タクミ】
「……はは。すげえ」

俺は笑いながら、その場に……あっけなく倒れた。

不思議と思考はクリアで、後悔なんて微塵もしていなかった。

あるのは沈黙と、ただあやふやで幻想のような、謎の達成感だけ。

とにかく、紫とピンクの空がアホみたいに綺麗で……それだけでなぜか笑えてきてしまった。

……なんだよ、この世界、案外捨てたもんじゃねぇな。

【響子】
「……なに笑ってんの?」

目をゆっくりと開くと、そこには見覚えのある顔があった。

見上げると、スカートの中はギリギリ見えなかった。ちくしょう。

【響子】
「うわ、ナイフ刺さってるし……だいじょぶ?」

大丈夫なワケねぇだろ。つか、なんでここにいるんだよ。つか、スカートの中を……

じゃなくて……俺が言いたいのは、そういうことじゃなくて……

【タクミ】
「おま、え……さ、援交……やめろ……よ」

俺の声は声になっていたのか……よく、わからない。

【響子】
「え? ああ、してないわよ。あたし未経験だし」

彼女は軽く吹き出しながら続けた。

――あー、やっぱ笑ってる方が可愛いんだな。

とか、ぼんやりとそんなことを考えていた。

【響子】
「出会い系で知り合ったヤツからスキを見て財布だけ盗む、簡単なお仕事ってヤツ」

それでも、彼女の目は全く笑っていなかった。

【タクミ】
「……いや、俺さ、マジで死ぬかと……思った……んだけど……」

俺は男から奪ったゴムを、ポケットから取り出した。

【響子】
「あー、アイツら追って来ないと思ったら。アンタがとばっちり受けてたの」

悪びれる様子もなく、彼女はため息を吐きながらケータイを取り出した。

【タクミ】
「……あ、あ……あの、さ」

【響子】
「なにー?」

【タクミ】
「死ぬ……かと、思ったら……さ、他人の期待、とか……俺のプライド、とか、さ……」

【響子】
「うん。あー、もしもし? あのさー」

どうも誰かに電話しているらしい。

それでも、俺は続けた。

【タクミ】
「……どうでも、よく……なってきて。俺が……つまんねぇ、のは……」

【響子】
「はーい、んじゃお願いねー」

【タクミ】
「ほ、他でもない、俺のせい、だったんだ……よ」

途端にケータイを閉じる音が聴こえた。同時に、後頭部が楽になった。

柔らかくて、ありえないほど心地が良い。

【タクミ】
「この、小さな世界から……出られれ、ば……たぶん、今よりは、きっと……」

【響子】
「きっと……なに?」

【タクミ】
「…………いや」

彼女の声が近くで、ハッキリと聞き取れる。

俺の視界は真っ白に染まりつつあったので、最後に一つだけ聞くことにした。

【タクミ】
「ここから、町……見下ろせる、よな……?」

【響子】
「うん」

【タクミ】
「綺麗、だよ……な……?」

最後に、彼女は笑った気がした。

【響子】
「うん、綺麗だよ。すっごく」

よし、なら。

それで、いい。

なんか……頑張ってみよう。

【タクミ】
「なぁ、まだ……居る……?」

【響子】
「いるけど。あー、しばらくこうしててあげよっか?」

彼女のひんやりとした手が、俺の傷だらけの顔を覆った。

アレだけ荒んでた心が、たったそれだけで救われてしまった。

【タクミ】
「ありゃ、したー……」

冷たい朝陽が町を包んだ瞬間、俺の意識は途切れた。

【響子】
「…………」

【響子】
「……おやすみ、タクミくん」

聞き覚えのあるサイレンの音だけが、やけにうるさかった。

紫ピンク

紫ピンク

……白くなれ、俺。精子みたいに

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-24

Copyrighted
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