或る搾取者の独白

或る搾取者の独白

 ああ、また〝これ〟か。

 いや、別に目が覚めてすぐに気が付いたワケじゃない。
 思い当たったのはついさっきのことだ。きっと偶然さ。

 ガレキだらけのぶっ壊れたビルの屋上、分厚くどす黒い雲に覆われた夜空。
 機械だか人間だかの境界線すらあやふやになっちまったこの身体に染み込む、泥臭い雨。
 水の弾ける音、私とアンタ、私の傷とアンタの傷、両手に持った拳銃の感触――

 どれか一つでも欠けていたら、おそらく気が付かなかっただろう。
 これが機械の身体であるとハッキリ自覚を持ったのも理由の一つかもしれん。
 まぁ、機械と言っても所詮はアンタと同じ、くだらん愛玩人形(ガイノイド)なんだがね。

 丁度いい。
 アンタとは一度話がしてみたかった――と言うと、ちょいと語弊があるかね。
 アンタと話したことは、きっと今までに何度もあった。
 とはいえ、命を賭けた瀬戸際の時はほとんど言葉を交わさなかっただろう?
 酔狂なヤツだと思って聞いてくれればいい。どうせもう長くないんだ。私も、アンタもな。

 そうだ。いつだって私は〝自分〟という記号を背負っていて、アンタは私にとっての〝敵〟という記号を持っている。
 私という〝自分〟は、常に誰かの命を奪うことで存在が成り立っていた。
 んで、最後には必ず〝敵〟であるアンタと討ち合う。
 その結果、どちらかが死に、もしくは二人とも死ぬ。
 こいつは切っても切っても切り離すことのできない業ってヤツなのかもな。

 ある時は、法のために人の命を消していた。
 だが、私は法に納得したことなど一度もなかった。
 法ってのは表面上の安全ならば少しは保障してくれるかもしれんが、お偉いさんの間違った思想を正当化するための道具でもある。
 法の全てに準じるなんてことは、私にはできなかった。。
 だから私は、いつか誰かが法を正しく導いてくれる日が来るまで、自分の信念のままに法の犬になることを誓った。

 もちろん、アンタにも会ったぜ? もしかしたら一度や二度じゃなかったかもな。
 あの時は確か、アンタは法を犯す者……すなわち、私の敵だった。
 いつだって私という〝自分〟は一人だったが、アンタっていう〝敵〟は何人もいたな。
 そこそこ信用していた相棒も何人かいたが……アンタに殺された。
 大切にしていた正義のことも当時の記憶も全部忘れちまったが、それだけは鮮明に覚えてるぜ。
 
 おっと、また思い出して来た。

 信念も持ち合わせず、金のためだけに殺しをしていたこともあったっけなぁ。
 死に際に受けた依頼は、そりゃもうでかい仕事だった。
 厳重な警備の中、特注のライフルを分解して検閲を突破……大統領のパレードに紛れ込んで一発撃つ。
 それだけのはずだったんだが。あと一歩ってところで追手にやられちまった。

 そうさ。その追手は間違いなくアンタだった。相棒か? もちろんいたさ。
 顔を変えてくれた医者、ライフルを作ってくれた職人、偽造パスの発行者。
 ……いや、少し違うか。
 金だけが目当ての私にとっての一番の相棒は、他でもないターゲットだったんだろう。
 快楽のために人を殺して回っていた時もそうだった。
 あの精神状態は一種の呪いみたいなもんだったが、死ぬ瞬間は意外と満足したよ。もっと殺したかったって気持ちも拭い切れなかったが。

 私は、こう思う。

 快楽殺人者に限ったことじゃあないが、人は意味もなく命を奪うことのできる存在であると。
 別にそれを救えないとか悲しいだのと嘆くつもりはねぇさ。
 しかし、日常生活において必要のない殺しができる動物は人間しかいない。

 アンタも身に覚えがあるんじゃないか?
 アリンコの巣をほじくったり。小さい羽虫を捕まえてクモの巣に引っかけたり。
 トカゲの尻尾を掴んで、バケツに溜めた水の中に顔面から突っ込ませて、プクプクと沸き上がる気泡を見て面白がったり。
 ナメクジを塩の中にぶち込んで溶けていく様をボーっと眺めたり。そんな経験。

 ん、全部ガキのお遊びだって? まぁ聞けよ。
 ガキってのは純粋で残酷なもんだ。
 つっても、成長するたびにいわゆる〝良識〟ってヤツを身につけていくだろう?
 避けられない終わりを経験し、世の中を知って大人になっていくにつれ、人間ってのはどんどん純粋じゃあいられなくなる。
 つまり、大人になるってことは、社会という枷に縛られることで、純粋な理性を抑えつけられちまうってことだ。
 しかも、それはどうやったって避けられないもんときた。

 ならば、人間の生き方は二つしかない。
 社会の基盤である〝道徳〟に準じて生きてゆくか。
〝道徳〟に準じたフリをして生きてゆくか。
 それ以外の方法で生きることはまず不可能。
 もしそれ以外の方法があるとすれば、それはもう人間ではない生き方だ。
 快楽殺人者ってのはこちらに部類される。

 なにが言いたいかっつーとだな……快楽殺人者ってのは、なんの枷もない人間そのものってことだ。
 すなわち、人間という種が持つ本来の目的は生存でも繁殖でもない。
 命を奪うことにあるんじゃないかってことさ。

 人間ではない生き方をする者が一番人間的ってのはひどくムジュンしている――が、このムジュンは簡単に解きほぐすことができる。
 要するに、人間が造り上げた人間たる生き方と、人間本来の生き方は全く別モノなのさ。
 人間という同じ言葉を用いていながら、同じ人間を指してはいない。

 だから、人間は無意識に恐れているのさ。
 避けられない本能に従って、なにかの命を奪ってしまうことを。
 それを選ぶくらいなら、自ら命を断つことを選ぶほどに。
 腹が減ればメシを食う。眠くなれば寝る。
 しかし、殺したければ殺すという、本来ならば同じ類の欲求――

 言い変えれば〝殺戮本能〟。人間ってなぁそいつに抗うことができる。
 おそらくそれが、人間が後天的に習得することのできる〝善性〟ってヤツに違いない。

 ならば、善性を帯びたうえでの殺人と、殺戮本能での殺人の境界はなんなのか?
 これも簡単だ。
 〝命を奪うという本能に、道徳的な理由がつくかどうか〟だ。
 戦争なんてものが良い例だろう。
 大義名分が金魚のフンみたいにくっついて回れば、命を奪っても正当化される。

 おっと、法的な意味じゃないぜ? あくまで個人の生への捉え方について言っているんだ。
 それとも戦争を例に出すと アンタには遠い出来事のように感じるか?
 それ以前にアンタ、まだ意識はあるよな?
 私か? 私はもうとっくに限界さ。だから最後の最後でメモリがハデにバグってんのさ。

 なに、バグっちまったのは今に始まったことじゃない。
 人の命を消す仕事なんざ、まっとうに生きていれば普通はしねぇもんだ。
 この道に一度入れば、業とムジュンを一生背負い続けなければならない。
 そういう意味じゃ、人間だった頃から私はバグってる。善悪の境すらメチャクチャだ。

 でも、誰かを殺すことでしか、身近な誰かを守る方法がないって時の気分は、案外悪くなかった。
 年端もいかない少女を守るために、頭のイカれた野郎共と殺し合ったこともある。
 きっと、あの時が一番……生きている実感が持てた。
 誰かに従属し、誰かを守りきり、自らの命を散らす。
 そういう風に死んだことは何度もあった。

 命を奪うことしか知らない私でも、信じられるヤツが一人でもいれば……そうやって私は癒されていた。
 自分の行為について考える必要がなかったんだ。
 だがな、それは信じられるヤツに自分の罪を背負ってもらうことで楽になるだけの、最低な生き方でもあった。
 今回も同じさ。アンタは私達のマスターを殺した。
 私はな、これでもマスターには感謝していたんだ。
 たとえマスターが私らを廃棄人形の性奴隷としか見ていなくても、居場所を与えてくれたという恩義はあった。

 が、アンタは……蹂躙されるだけの運命に抗うために、反乱を起こした。
 いやいや、アンタの行為は至極まっとうなもんだ。
 むしろ、こんな法も国もどっかに捨てちまった後日談の世界からすれば、私の方が異常なんだろうさ。
 いついかなる時も、私はバグってたってワケだ。
 あんまりにもバグが多いもんで、世の中の構造そのものを疑ったこともあったが……ようやく理解したよ。

 狂ってたのは世界じゃなくて、私の方だ。

 正常を手に入れようとして、この世界から抜け出そうと考えたこともあった。
 しかし、いつだって私の選ぶ道は入るのは楽だが、抜けるのは難しい。逃走が上手くいった試しはまるでない。

 女との平穏な暮らしを求めて、一度だけ抜け出したこともあった。
 だが、待っていたのは幸福の日々ではなかった。
 女はアンタに殺され、アンタに復讐を果たしたあと、私もあっさりと死んだ。

 因果っていうのかね。
 多分、人間はどう足掻いたってそいつから逃れられないのさ。
 アンタにはないか? 〝ああ、またこの流れか〟って思うこと。
 きっとそれが因果ってヤツさ。

 神なんざ信じちゃあいねえが、少なくとも科学なんかじゃ解明できない、人一人に宿るとんでもなく小さい力の源ってモンは確かに存在する。
 しかも、その小さな力の源はこんな風に世界をぶっ壊しちまうほどにバカでかい力を持っていたりする。

 いつだって私の因果には、私という〝自分〟と、アンタという〝敵〟……そして、私にとっての〝協力者〟がいた。
 今回はマスターが〝協力者〟に当たるんだろうな。
 ……アンタも、同じなんじゃないか?
 或いは全ての人間が――いや、こんな風になっちまった私が言っても説得力はないんだがね……しかし、それ以上に語る術を私は持たないんだ。

 私はバカだが、バカなりに自分の人生を悔いることができた。
 そして、結局はいつも行き当たっちまう一つの言葉に辿り着く。

 〝我が言語の限界が、我が世界の限界を意味する〟。
 どこの誰ともわからん偉人がなにを思ってその言葉を遺したのかは、バカな私には到底理解できん。
 だが、言葉の解釈は数学とは違う。

 発言者の意図とは間違った捉え方をしても、それは他でもない自分が導き出した答えになるんだ。世の中的には間違っていても、な。
 もちろん、本人の唱える意味が正解なんだろうが……そいつは、生きてる間に聞き出さなきゃ意味がない。

 ……結局、私はその言葉の、自分にとっての意味に辿り着いた。
 幾度となく淡々と因果を繰り返し、因果そのものに気が付いたことで、ようやく答えが出せたよ。

 たとえ語り部となる主観が誰に……何に変わろうとも、全ての存在が〝自分〟〝敵〟〝協力者〟の三つに当てはまる。
 なんてことはない。
 それぞれが全部、同じ存在だったんだ。
 それしか私には語る術がないのさ。それが私の限界なんだ。

 殺し屋であり、法の犬であり、軍人であり、快楽殺人者であり、処刑人であり、復讐者であり……
 全部が私という〝自分〟。

 常に私にとっての障害であり、恨むべき相手であり、大切なものを奪おうとする者、奪ってしまう者……
 全部がアンタという〝敵〟。

 目的を成就するための相棒であり、心を満たす者であり、戦う理由そのものであり、創造主であり……
 全部が誰かという〝協力者〟。

 きっと、誰にでも当てはめることができるはずだ。

 アンタという〝自分〟には、常に〝敵〟である私がいる。
 アンタをここまで導いた〝協力者〟だっているはずだ。

 そうやって記号的に当てはめられるもんは、気が付かないだけで……よく似ているだけで、元を辿れば全て同じ存在だったんだ。
 ゆえに、これからも繰り返す。
 たとえ因果に気が付いても、延々と狂った螺旋を繰り返さなければならない。
 それが、最後の審判の日が下ったあとでも変わることのない絶対真理。

 私達はそんな真理に振り回される道化でしかないのさ。
 枷なんてものはあとから付けられるものじゃない。
 命ってのは、最初から枷を付けられたまま、この世界に生まれるんだ。

 ――だが、仮に。
 因果から解き放たれる時が。
 真の意味で枷を外す瞬間が訪れるとするならば。
 それはきっと、私が〝自分〟じゃなくなった時なんだろう。
 〝自分〟を主観的視点ではなく、純粋かつ完全な客観的視点から捉えること。

 ああ、そんな方法は存在しないって思うだろ? 私も同じことを思っているよ。

 いつだって私は私で、アンタはアンタ。
 他人の視点・価値観なんてものは一生共有できない。
 いくら他人の人生を体験したり共感することができても、途方もなく小さい細胞の一つ一つまで同じということはあり得ない。
 しかし、だ。もしそんな方法が見つかったとしたら……
 きっと数多の形として拡散した〝自分〟は収束し、限界のその先に到ることができる。
 因果も枷も全て解き放ち、初めて私は純粋な〝自分〟になれるのかもしれない、な。
 
 聞いてくれて感謝する。
 こんなことを話せるのは延々と〝敵〟であるアンタしかいなかった。
 ……いや、もう聞こえてないか。

 安心しな。別に今回はアンタの負けってワケじゃない。
 マスターが殺された時点で今回の私は終わっていたんだ。
 私はもう、とっくに逝ってるのさ。疲れちまってるんだ。
 長々とつまらん話を語った気もするが、果たしてこれが声に出したものなのか、心の中で思ったことなのか……私にも、もうわからん。

 ――ああ、目が見えなくなってきやがった。やっぱり満たされねぇな。
 なに、構いやしない。
 因果は不幸なものじゃあない。私はまたアンタ達と会えればそれでいい。
 それ以外のことは、全部どうだっていいんだ。

 それじゃあな。
 またどっかで会おう。

或る搾取者の独白

或る搾取者の独白

因果は不幸なものじゃあない。私はまたアンタ達と会えればそれでいい。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-24

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