彼と私の誰かの為の嘘 Part3

大学生になって彼と私の関係に変化があったのは、大学三年生の頃のこと。
例のごとく私は彼にメールで呼び出された。

               *

どうやら彼は告白されたらしい。

「”好きだ"なんて言われたの初めてだから困ったよ。」
彼は、お酒に強くもないのにジンのロックなんて飲みながら話し始めた。
「四月のはじめ頃、門の近くで困ってそうな女子がいたから声をかけたんだ。そしたらすごく感謝されて、連絡先を交換したんだ。それから、たまに構内で会ったりとか、友達と一緒に飯食ったりして…。」
「そしたら、その女の子がコウを好きになってしまったと。」
「そういうこと。まさかそんな風に思われてるって知らなかったから、告白されたとき面喰っちゃって返事は待ってもらってる。」
「ふーん。で、その子ってどんな子?」
私は、ミモザをかたむけながら訊いた。
「二つ年下でさ、川野初華って名前で法学部に通ってる。見た目は、そうだなー。かわいらしい感じ、雰囲気は丸い。」
「丸い?なにそれ、とにかくコウが一緒に過ごしてきたなかではいい子だったんでしょ?」
「うん。いいヤツだよ。でも付き合うとなるとな。とりあえず、とか失礼だろ?」

そういうところが真面目な彼はいい人だと思う。
自分の気持ちが整理できてないのに付き合うのは、相手の心をかき乱す。私はそう思っている。
「そうだね。それで、コウは私にどうして欲しいの?」
「アドバイスが欲しい。なんて返事すればいいかな?」
「そんなの私が考えることじゃないでしょ。アンタ自身で考えなよ。告白されたのはアンタなんだから。」
「そうだよな。でも相手を傷つけないでやんわり断る方法みたいなのない?」
「バカでしょ。そんな曖昧にしたら相手がかわいそうだよ。心の奥でずっとコウのことを想い続けるかもしれないんだよ。断るなら断る、しっかりしなきゃ、男でしょ?」
「でも、好きになるかも知れない。一緒にいると楽しいし、好きって言われたときもちょっと嬉しかったんだ。」
「なるかも知れない、なんて可能性・・・。」

ここまで言ってハッとした。
私は何をムキになっているのだろう。彼に芽生え始めた恋心をむしり取ろうとしている。友達として最低の行為だ。そう友達として。
彼から聴こえた久々の艶っぽい色をおびた声が、心の中ににしまっておいた熱いドロドロした想いを引っ張り出してきたのだ。
私は、一呼吸おいてこう言った。
「今は急いで答えを出す必要はないと思うよ。ちょっとずつ相手と自分の心を知っていけばいいんじゃない?」
「そうだな。ありがと。川野の事をもっと知って答えをだそうと思う。」
「いえいえ。吉報を待ってるよ。そうだ、こんどその川野さんって子に会わせてよ。」
「そうだな、未帆のことも紹介したいしな。じゃまたな。」
「うん。バイバイ。」
彼はしっかり、私と彼の分の代金を払って店を出て行った。

私にはわかる。彼はきっと川野さんと言う子の事を好きになる。彼の声と瞳がそう予言していた。
あの声、瞳は杏を好きだといった時と同じ色を持っていた。私が恋をした色に。


私は、グラスの底に残ったミモザを一気に飲み干した。
オレンジ色の液体は、私の心を慰めてはくれなかった。
涙なのか一気飲みしたからなのか、視界がぼやけて私を異世界へと連れていった。

                *

川野初華という子はとてもいい子だった。
控えめで、可愛らしくて、杏とは全く違う性格であった。

彼から川野さんを紹介してもらってから、私達は仲良くなった。
彼女は、私をとても慕ってくれているし、私も可愛い後輩ができてうれしい限りだ。

出逢ってから友達としている彼は、確実に川野さんに心を寄せ始めている。
川野さん自身は、普段はあまり彼への想いを表に出すことはないものの二人で食事をしたときに訊いてみると、
「桑田くんは、優しくて、強くて、なんといってもあの雰囲気が好きなんです。」
と頬をピンクに染めて言った。
ありふれた言葉ではあると思うがわからないでもない。好きになるとその人のすべてが素晴らしく見えるものだ。

               *

それから彼と川野さんは付き合い始めた。
彼は大学四年生、川野さんは大学二年生になっていた。どうやら彼から告白したらしい。

「告白しようと思うんだ。」
そう言われたとき私は何も言えなかった。
ただうつむいて、少し唇をかんでから
「そっか、頑張れ。」
と言った。上手くは笑えなかったと思う。

             *

上手く付き合っているそう思い始めた矢先
『コウ君について相談があるんです。    初華』
というメールが届いた。
コウ君って呼ぶようになったんだ。
そんな変化にいちいち敏感になってる私が嫌だった。
何事かと思い会ってみると川野さんは彼女は深刻そうな顔で話し始めた。

「未帆センパイなら知ってるかもなんですけど、コウ君ずっと大切にしているものがあるんです。」
「うん。」
「誰のって訊いても、大切な人から貰ったって笑って言うだけで詳しくは答えてくれなくて。」
「ふーん。どんなの?」
「ブレスレットなんですけど、黒と青のクリスタル細工みたいなのが付いてるヤツで。」
鼓動が一気に早くなった。
私が彼にあげた物だ。でも彼は私の名前を出さずにいる。何故だろう?
別に彼と私の間にはなんのやましい事もないのに。
「そうなんだ。ところで初華ちゃんはなんでそれが気になるの?」
「最初は気にしていたわけじゃないんです。ただいつも着けてるからなんだろうと思って。それで訊いてみたら、その話をした時のコウ君の顔にとても惹かれて、嬉しそうっていうより愛おしそうにそのブレスを見たんです。だから心配になって。」
「浮気なんじゃないかって?」
私はうわずる声を抑えていった。
「違います。私はコウ君を信じてます。昔の好きな人とかに貰ったやつでも大切なら捨てることないし。でも、もしまだその人のことを好きだったら私にはコウ君を繋ぎとめられる自信がありません。」
彼女の目は潤んでいた。本当に悩んでいるのだ。
私があげた物だと言った方が良いのだろうか。でも彼が秘密にしているということは何か理由があるのではないだろうか。
それに、私のあげた物をそんな風に見てくれているなんて素直に嬉しいと思った。
「んー。確かに着けてるね。でも私にはわからないかな。」
嘘をついた。彼が秘密にしていることを言う必要はない。そう考えたから。
「そう…ですか。」
「ごめんね。力になれなくて。もしどうしても気になるなら、訊いてあげようか?私が。」
「いえ、いいです。私は彼を信じます。信じなければ、信じてもらえませんから。」
「そう。そうね。もしなんかあったらいってね。一緒に半殺しにしに行こう!!」
「先輩ってば。」
初華ちゃんは赤くなった目で笑ってくれた。
「そういえば。」
初華ちゃんは思い出したように言った。
「先輩もよく着けてますよね。その星のネックレス。」
ドキッとして胸元のネックレスに触れた。
「すっごく可愛いですよね。誰かからのプレゼントですか?彼氏さんとか?」
そうだったら良かったのに。という言葉は飲み込んで言った。
「まさか、昔親しい人にもらったんだ。」
私も彼と同じように友達とは言わなかった。初華ちゃんには申し訳なかったが、彼との秘密を共有してみたかったのだ。
「あやしー。」
と言いながらも、それ以上追及しなかった。

季節は冬。私の世界はそれほど変わらなかった。
ある日、私は買い物に出ていた。天気予報は、晴れだったのにもかかわらず急に曇り始め雪も降ってきてしまった。私は、店の前の小さな屋根で雪をやり過ごそうとしていた。
「急に寒くなってきたな。」
コートを羽織ってくるべきだったと後悔した。
デパートの大時計は18時を指していた。ちょうどそのときスマホが振動した。
彼からのメールだった。
『今日のデート、マジ緊張する。』
彼は今日彼女とのデートで大切な事を言うらしい。ことを進めるのは今すぐではないけれど、一生貫く想いを伝えると。
そんなことを聞いて、家でじっとしていられる私ではなかった。だから、こうして買い物に出て、見事に寒さに凍えているわけだ。
「バカらしい。」
呟いた。可能性がないことなんて、とっくの前にわかっていたくせに、今まで僅かな期待を持っていたことがバカらしかった。
「それにしても、さむっ。」

真上から、雪よりも大きな黒い布が降ってきた。
それは、ジャケットだった。
何事かと、見上げるとそこには彼がいた。これからデートに行くという彼が。
「何してんの?」
「それはこっちのセリフだろ未帆。風邪ひくぞ。」
「仕方ないでしょ。上着忘れたんだから。」
「じゃあ、それ使えよ。」
「コウが風邪ひくよ。」
「お前がひくよりはいいだろ。」
「でも。」
「おっと、時間やばいから行く。じゃーね。」
「ちょっ。」
そういうと彼は、小走りに人ごみに消えていった。
ジャケットには、彼の温もりが残っていた。
彼は、雪よりも厄介だ。雪なら溶けて消えてくれる。もし雨なら太陽に照らされて乾いてくれるだろう。けれど彼の優しさは、私の中から消えてはくれない。何年も何年もその優しさに寄りかかってしまう。
雪は雨に変わった。傘を持っていなかったから、雨粒が頬を濡らした。その中にいくつか熱を持ったものがあった気がした。

「花嫁より前に花婿の衣装を見ていいものなの?」
私は訊いた。
「大丈夫だよ。減るもんじゃないだろ。それに…、」
「それに?」
「未帆に最初に見て欲しかった。」
「そっか。」
今日、空は文句なしの快晴。モダンなチャペルの控室、花婿の。
目の前に、タキシードを着た彼が立っていた。こんなカッチリした服も似合うんだなと知った。
彼はもう二十五歳、初華ちゃんは二十三歳。しっかり、彼女が社会人になるまで待った。
初華ちゃんはプロポーズをされたときに一番に私に言ってくれた。涙声で。私はただ黙って聞いて、
「おめでとう。」
と言った。嘘でないとは言えない気持ちも含んでいた。
しかし、ここまで来るともう吹っ切れる。彼は今日結婚する。
「いやー。すごいね。この雰囲気。」
彼は、ブレスを付けながら言った。
「コウ、それ着けるの?」
「あぁ、似合うだろ。大人っぽくって。」
「そうだね。前よりもっと似合うよ。」
「お前もな。ネックレス似合ってる。俺のセンスは間違ってなかったな。」
私も、彼からもらったネックレスを着けていた。実を言うと、このネックレスに合うように今日の服を選んだ。裾に銀の装飾が施されている群青のカクテルドレス。胸元で、銀にガラスの星が煌めいている。
「まぁね。じゃあ、会場で待ってるから。最高の笑顔でね。」
「あぁ。」
彼の緊張した顔は、今までと全く違う、一人の女性の人生を背負うんだという覚悟が現れていた。そんな顔をするようになったのかと、寂しい気分だった。

               *

聖歌が聖堂内に流れ、花嫁が入場してきた。
息をのむような美しさだった。昔の可愛いという印象だけではなく凜とした強さを感じた。
誓いのキス。
一瞬も逃すまいと見つめた。灯がともったように、二人の間だけ明るくなった気がした。
最高の時間だった。二人の笑顔も、華やいでいた。

               *

二次会は近くのホテルの大広間。私は恐縮にも親族席に座るように勧められた。
「未帆ちゃんは家族同然よ。」
彼の母親はそういってくれた。そう言えばこの人は私が彼を好きなこと知っていたんだなと思い出した。
「では、続いてお祝いの言葉です。」
司会の人が言って、彼の友人、初華ちゃんの親戚、そして私の番になった。何を言うかは決めてこなかった。文字に起こすと、そこにあるのは決して外には出せない想いばかりだったから。
前に立って、客席と二人を見つめる。彼と目が合ったような気がした。
「紹介にあずかりました。新郎の古い友人の藍原です。
まずコウ、初華ちゃん、結婚おめでとう。二人のことは、出会いから知っているので嬉しい限りです。
コウとは腐れ縁というかなんというか、ズルズル今まで友人をやってきました。面倒な所もありますが、いいヤツです。初華ちゃんは、最初にあった時とはイメージがずいぶん変わりました。良い意味ですよ。今までもっていた柔らかさに、強さが加わって、本当に素敵な女性になりました。うらやましいなー。私も見習おうと思います。
なんというか、上手い言葉では表せないんですが、きっと二人はこれからどんな喧嘩やすれ違いに出くわしても、解決していけると思います。交点は絶対にあります。限りなく平行でもお互いに寄り添っていけば道は見えます。二人の愛は本物だから、私が保障します。なんの保障にもならないかも知れませんが。特別なことはいりません。相手を想う気持ちが全てです。好きだという気持ちが通じ合えばそれだけでいいのです。『愛してる』と言って『もっと愛してる』と言ってもらえたら…」

会場がザワザワしていた。
そこで初めて、私は泣いていることに気がついた。止めようと思った。止まらなかった。


好きだ。

好きだ。

愛しい。

彼が愛しい。


ダムの放水のように、流れる想いが涙になって止まらなかった。

「ごめんなさい。本当に嬉しくて。ずっと前から知ってたから。」

嘘だった。彼を想う気持ちだ。

「…とにかく、二人ともおめでとう。幸せにね。初華ちゃんまた買い物しようね。」

その言葉で、私はマイクを司会者に返して席に戻った。彼に一言言わなかったのは、今いったら間違いなく『好きだ』と言ってしまうから。
初華ちゃんは、感激して涙を流してくれた。彼の顔は、見られなかった。
二次会がお開きになったあと、周りの人たちが二人に駆け寄っていくなか彼の母親は、
「あの子を本当に大切にしてくれてありがとう。」
と言った。全てを悟ったかのような声だった。私はただ頷いた。

そして、人をかき分けて目立たない通路に入った。
目元を抑えた。マスカラを塗ってこないでよかった。今頃パンダだった。
虚ろに壁を眺めていると、突然人影が映った。
顔をあげると、彼がいた。
「何?あっごめんね。さっきは泣いちゃって。興奮しちゃってさ。」
私が、言い訳を並べていると、


私の口を塞いだ
彼の唇が。

彼は、私を壁との間に腕で包んで、その間もキスをしたままで。

さっき誓いのキスをしたその唇で、私にキスをしている。

ありえない、駄目だよ。見つかったら大変だよ。

頭ではそう考えているのに、身体はすんなり彼の唇を受け入れている。

なぜだか、懐かしかった。


息が苦しくなってきたけれど、

今は、蜜のように熱く甘いこの唇に

溺れてしまってもいいと思った。

彼と私の誰かの為の嘘 Part3

はい。こんな風に終わりました。
いかがでしたか。

なんか、後味がって感じですが最初に思いついたのが最後のキスシーンだったので、そこはブレずという感じです。


力不足で、伝えたいことがうまく表現できなかったり、消したシーンもあるので悔しい限りですが、良い経験になりました。

次回は、もう少し短めのお話から少しずつ成長していこうと思います。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

彼と私の誰かの為の嘘 Part3

報われなくてもいいと思えたこの恋は、 いつのまにかあなたを求めてしまっている。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-24

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