彼女の肌

【洋服・パレード・眉毛】

 初めてその肩に直に触れた時、今まで手に触れてきたどんなものにも例えられない感触に、頭の中心が痺れた。同じ人間の肌なのに、こんなに細くて柔らかくて滑らかな部分はきっと僕には備わっていない。
 さっきまで脳内で繰り広げられていた賑やかなパレードも一気にお開きになり、耳のすぐ近くに心臓があるみたいに自分の鼓動と呼吸音ばかりが聞こえる。
 彼女と付き合い始めて半年が経っていた。眉毛を八の字にして困ったように笑うところと、ちらりと見える左の八重歯が好きで、僕から交際を申し込んだ。彼女は困ったような笑顔でハニカミながら頷いた。やっと色付いた桃の花が凍りそうに寒い日だった。
 それからの日々は、至って平均的な、浮かれた高校生の交際だった。クラスメイトのひやかしを浴びながら一緒に下校したり、休日に出かけたり、手を繋いで散歩したり、帰り際に別れを惜しんで駅のホームでいつまでも話し込んだり、呼吸するのを忘れながら唇を重ねたりした。
 半年が長いのか短いのか、早いのか遅いのかはわからない。けれども、初めの頃より慣れた仕草でキスをしたあと、彼女の方からもう一度深く唇を濡らし合った瞬間、今日この瞬間を逃したらもう一生、彼女とこれ以上の関係になれない気がした。
 彼女のブラウスのボタンを外そうとして、手が震えてうまくいかなかった。それを見兼ねた彼女が八の字の眉で笑いながら自分でボタンを外していく。
 ひとつ、またひとつ。彼女の指が下へ進むにつれ、露わになる肌が眩しくて、頭の中から色が消えていく。最後のひとつを外しながら、彼女がもう一度唇を預けてきた。僕は受け入れながら、ゆっくりと彼女のブラウスを脱がせた。閉じた目の奥がチカチカする。けたたましく鳴いている蝉の声が遠ざかっていくような気がした。
 僕も彼女も、初めての事だった。
 唇が触れ合う直前、僕たちは小さく息を吸う。お互いの間の少ない酸素を奪いあうようにして、一番柔らかい部分の感触を確かめる。もしもこの瞬間、僕の代わりに地球の裏側で誰かが不幸になっていても、僕はごめんなさいと思いながらキスを止めないだろう。そのせいで20年後の僕が不幸になっても、仕方ないと割り切ることができる。
 洋服を脱いだ僕の肌に彼女の手が触れた。その指がやたら冷たく感じたのはきっと僕の体温が上がっていたからだろう。僕が触れた彼女の胸も随分と熱を帯びていた。
 頭の中は真っ白なのに、何をどうすればいいのかはまるで前世から知っていたようにわかる。
 あぁ、これが本能か。
 僕はそんなことを考えて、それに従った。熱い息を吐きながら、汗ばんだ肌が不器用に重なる。何度も失敗しながら彼女の内側を目指す姿は、とても動物的な気がして心地が良かった。
 平凡な高校生の平凡な恋愛。だけど、きっと、何年経っても僕は今日のことを思い出すだろう。特に、蝉の声が焼けた空気を震わす季節には。

彼女の肌

彼女の肌

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-21

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