遠くへ行ったお母さん。
○過去・優の家(夕)
幼い優に優しく話す父と、父を見上げる優。
父「お母さんはね、遠くに行ったんだ」
優「遠くってどこ?いつ帰って来るの?」
父「いつ帰って来るのか?それは、分からないんだ、ごめんね、優」
優の頭を優しくなでる優父。うつむく優。
M優「それから大人になって、私はお母さんが死んだんだってことを理解した」
○現在・優の家・玄関(昼)
M優「それなのに」
玄関先の父親を見る優、隣には父親と同い年くらいの女。
父「じゃーん、お母さんでーす」
母「ただいま…優」
優「どういうこと?」
○優の家・茶の間(昼)
三人でテーブルを囲んで話している。
母「火星の近くの星にも着陸してね、名前も無い星なんだけど、名前どころか木も草も、水も、何もなくてね。結局持って帰ってこれたのは土や石だけよ」
笑いながら話す母。
父「それでも凄いんだぞ。人類史上初の快挙だし、火星に滞在した時間も含めて、もっとも地球から遠い女なんだぞ、お母さんは」
優「うん…」
手をもじもじしながら答える、優。
母「…ごめんね、優。お母さん、勝手だったよね?」
優、沈黙。
父「あのな、優。お母さんも行く前は凄い悩んでたんだ。小さいお前を置いて行けないって。でも、お母さんの夢だったから、その、俺が行けって言ったんだよ、お母さんは悪くない」
優「悪いなんて言ってないよ、でも嘘つかなくたっていいじゃん」
父「うそ?」
優「お母さん死んだって」
母「ちょっとアンタ、どういうことよ」
父「い、いや、死んだなんて一言も言ってないよ、遠くに行ったって言ったんだ」
優「それは死んだってことじゃない、幼い子供に言うのは」
父「え、そ、そうなの?」
母「じゃあ優、私の事ずっと死んだと思ってたわけ?ちょっと勘弁してよー」
父「いや、その、え、そうだったの?えー、言ってよねぇ」
優「言ってよね、って何を言えば良かったの」
父「いや、お母さん、死んだんでしょ?って」
優「言えるわけないじゃん、あんな写真まで棚の上に置いてさ、死んだと思うよ」
棚の上にある、笑顔の母のバストショット。
母「ほんとだ、あれは死んでるわ、私」
優「私、乗り越えちゃったよ、母の死」
父「うん、いや、いつかは乗り越えなきゃいけないものだからな、まあ良かったんじゃないのか?」
優「よくないよ!」
母「そうよ、私まだ生きてるんだから」
父「ご、ごめんってば、ごめん」
父、申し訳なさそうに。
間。
優「お母さん、もう、遠く行かない?」
母「うん」
優「家にずっといる?」
母「いるよ」
優「うん…」
間。
優、泣きだす。
父、母、共に泣きだす。
優、母に抱きついて。
優「(泣きながら)お母さあん」
母「(泣きながら)どうしたの、甘えん坊、変わってないんだから」
父「(泣きながら)お母さあん」
母「(ちょっと笑って)あんたは後で」
母、優を抱きしめる。
優「今日から、一緒に色んな所行こうね」
母「うん、うん」
優「お買いものもしようね」
母「うん」
優「彼氏、紹介するね」
父「それ、し、しらないぞ」
優「お父さんに言う訳ないじゃない」
母「お父さんみたいな人じゃないといいね」
優「まさか」
笑い合う、二人。それを見て父も笑う。
父「よし、じゃあ今週末、どっかいくか?」
優「うん、どこ行こう?」
母「近い所がいいなあ」
優「火星に比べたらどこも近場でしょ」
母「まあ、そうは言っても、長い間家を空けるのは不安なのよ」
父「うーん、じゃあ家政婦でも雇うか?お金ならあるし」
優「家政婦ならいるじゃない」
父「どこに?」
母「ここに」
父「君は火星婦だろ、マーズマーズなダジャレだな、火星だけに」
おわり
遠くへ行ったお母さん。