楽なバイト
○木下の家(夜)
汚いアパートの汚い部屋。木下はパソコンで調べ物をしている。
机の上には300万の負債を示す借用書。
木下「(独り言)自給千円…だめ…、お、二千
円!…工事現場か、だめだめ…楽な仕事、楽な仕事…」
検索エンジンで「楽な仕事」と検索す
る。楽な仕事一覧、というリンクをクリックする。
ページの一番下までスクロールすると一番下の日給5万円の文字に目がとまる。
木下「…死刑、執行人…?」
リンクをクリックする木下。
ページには「ボタンを押すだけの簡単なお仕事です」という文章と連絡先がだけが書いてある。
木下、その文字をじっと見る。
○面接会場(昼)
面接官と木下、二人、座って対面している。
履歴書をみる面接官。無表情。
面接官「借金が、300万ねえ…」
木下「あの、一生懸命頑張ります!」
面接官、ちらっと木下を見て、溜息をつく。
面接官「頑張らないからこの仕事選んだんでしょ、君、それくらい分かるよ」
木下「そ、そうですか」
木下、うつむく。
木下、顔をあげて。
木下「どうしても金が必要なんです、お願いします!」
頭をさげる木下。面接官、呆れた顔で。
面接官「あのねえ、選ぶのは僕じゃないんだ
よ、君が、やるかやらないか、選ぶの」
木下「え、も、もちろんやりますよ」
面接官「どんな仕事か分かってる?人の命を君の手で消すんだよ」
木下「そ、それは…」
面接官「まあ、ボタンは三つあって、その三つのボタンを3人で押すから、誰が殺したかは分からないんだけどね」
木下「な、なんだ…じゃ、じゃあお願いします!誰が殺したか分からないんですもんね」
面接官、溜息。
面接官「じゃあ、君、やるのね」
木下「はい、よろしくお願いします!」
面接官「じゃあ、後日連絡するから」
木下「はい、それでは失礼します!」
木下、立ちあがりお辞儀をして、ドアノブに手をかける。
面接官「あのね」
木下、ノブに手をかけたまま振り返る。
面接官「ボタンは絶対に押してもらうからね」
木下「は、はい、そりゃあ…」
○死刑執行場(昼)
木下と他二人、つなぎを来てそれぞれボタンの前に立つ。目の前には小窓があり、今から死刑にされる囚人が見えている。
警官「司法が人を殺すということを理解してもらうために、私達は囚人の死の瞬間を見なければなりません。これに耐えられないという方は、出て行って構いません」
各々が俯いて少し考え、小窓に向き直る。
警官「退場者はいないみたいですね、では、私の3、2、1、どうぞ、の合図で押してください。絶対にタイミングを誤らないでください。では準備を」
3人、ボタンに指を近づける。
警官「いきます。3、2、1」
息が荒くなる木下。
警官「どうぞ」
目をつむり、ボタンを押す木下。
ガゴン、という音と共に首に縄をかけた囚人の乗ってる床が抜ける。
恐る恐る目を開けて小窓を見る木下。
吊るされた死体がぶら下がっている。
木下、強く目を瞑る。
○死刑執行場・出口(昼)
下を向いて放心状態で出口に向かって歩く木下。出口の横に警官が立っている。
警官「御苦労さま、はい」
封筒を渡される木下。封筒をぼーっと見る、はっとして中身を見ると5万円入っている。五万円を見て、目を大きく見開く木下。
○焼き肉屋(夜)
一人で焼き肉を美味そうに食べる木下。
○道(夜)
自動販売機の前でお金をいれて何を買おうか迷っている。
木下、顔をしかめる。
× × ×
回想・死刑執行場のぶらさがる死体。
× × ×
自動販売機の前。木下、不愉快な顔。ポケットに手をいれる。ポケットのお金を出して、それを見る。自動販売機のボタンを押す。
ガタン、というジュースの落ちる音。
○死刑執行場(昼)
警官、前日と同じ説明をしている。
しかめつらをする木下。
× × ×
自動販売機の前で見た、お金の回想。
× × ×
死刑囚のいる小窓をしっかりと見つめる木下。
警官「3、2、1、どうぞ」
ボタンを躊躇なく押す木下。
囚人が首をつられる。
死刑執行場・出口(昼)
出口の付近でお金を受け取る。
満足げな木下。
○死刑執行場(昼)
警官「3、2、1、どうぞ」
ボタンを押す。囚人が落ちる。
× × ×
木下の家の机に金が積まれる映像。
× × ×
警官「3、2、1、どうぞ」
ボタンを押す。囚人が落ちる。
× × ×
木下の家の机にさらに金が積まれる。
× × ×
警官「どうぞ」
囚人落ちる。
警官「どうぞ」
囚人落ちる。
警官「どうぞ」
囚人落ちる。
警官「どうぞ」
囚人落ちる。
満足げな木下の顔。
○木下の家の玄関
黒づくめの男が木下から金を受け取っている。
黒男「ご苦労さん、完済だな。また頼むわ」
木下「は、はい、遅くなってすいません」
ドアを閉める黒男。
ガッツポーズする木下。
M木下「これで明日から好きな事できるぞ…それにしても美味しいバイトを見つけちまったなあ。なんてったって月給100万…笑いがとまらんぜ…」
パソコンの前に座る木下。アマゾンをみていて、そのまま夜を明かしてしまう。
目が充血している木下。時計を見る。
木下「もう、いかなきゃ…仕事…」
ふらふらと部屋をでる木下。
○死刑執行場(昼)
いつものようにボタンの前に立つ木下。警官、いつもと同じ説明。木下、あくびをして、うとうとする。
× × ×
木下、夢の中で良い車に乗って、助手席に女をはべらせている。
× × ×
警官「どうぞ」
警官の声でハッと目を覚ます木下。
周りをきょろきょろし、今の自分の状況を理解する。
木下「あ、す、すいません」
警官「ちょっと、君…もう一回いきます」
木下「すいません…」
他の二人、ボタンから手を離す。
木下、二人を見てから、小窓を見ると囚人の床が抜けていない。
警官「では、準備して下さい」
不可解な顔をしながら、ボタンに指を近づける木下。
ハッと気づく木下。
木下「ちょ、ちょっと待って下さい…」
警官「3、2、1、どうぞ」
ボタンを押す木下以外の二人、囚人の床は抜けない。
警官「もう一度行きます。準備してください」
呼吸が荒くなる木下。
木下「す、すいません、ちょっと待って下さい、二人がボタンを押して落ちないってことは…その…」
警官「準備してください」
木下「あのぉ、これって、このボタンが…」
警官「3、2、1、どうぞ」
左右の二人、ボタンを押す。
囚人は落ちない。
木下「す、すいません、勘弁してください。五万円、いりませんから、ごめんなさい」
警官「もう一度いきます」
汗だくになる木下。
警官「準備をしてください」
木下「あ、ああ…」
○回想・面接会場(昼)
面接官「ボタンは絶対に押してもらうよ」
○死刑執行場
泣きながら膝をつく木下。
木下「助けて下さい…助けて下さい…お金、いりませんから…」
警官「3、2、1、どうぞ」
木下以外の二人のボタンのカチッという音。
警官「もう一度いきます、準備して下さい」
かがんだまま動かない木下。
警官「3、2、1」
その場の全員が無表情。
警官「どうぞ」
警官「3、2、1、どうぞ。3、2、1、どうぞ。3、2,1、どうぞ。3、2、1」
木下「やめてくれ…」
警官「どうぞ」
終わり
楽なバイト