優しい記憶

優しい記憶

小さい頃の話を聞くと、母さんは決まって嫌な顔をする。
父さんに聞いても、いつもはぐらかされて終わる。母さんには逆らえないからだ。


母さんと父さんは、よく喧嘩していた。夜中に二人が怒鳴り合う声で目が覚めたこともあった。

そのうち、だんだん喧嘩はエスカレートしていった。
母さんの泣き声、父さんの怒鳴り声。僕はそれを聞くのが嫌だった。






十歳になったある日、母さんと僕はおばあちゃんの家に住むことになった。


僕はもう二人が喧嘩するのを見なくて良いんだと思うと、ほっとした。
いつだったか、母さんが出かけている時にそうおばあちゃん言うと、おばあちゃんは泣いていた。


おじいちゃんは僕が生まれる前に死んだ。
優しくて物知りで、とても格好いい人だったとおばあちゃんが言っていた。





その日、母さんが出かけたのを見て僕はおばあちゃんに聞いた。


「ねぇ、僕って小さい頃どんなだったの?」


そう聞くとおばあちゃんはゆっくりと話し出した。

小さい頃の僕は、他の子と少し違っていたらしい。
まだ字も読めなかった頃、教えてもいないのに難しい言葉を知っていたり、一人でまるで誰かと会話しているかのように喋っていたり。

だから、誰も近寄ろうとしなかった。一人で喋る僕を、母さんは叱った。

簡単に言うと、母さんも周りにいた同じ年の子ども達も、そんな僕を気味悪がっていたのだ。
そんな周りの態度を感じ取ったのか、じきに僕のそんな行動はなくなったと言う。


おばあちゃんは話し終えると、「もうこんな時間だわ」と、ゆっくりと立ち上がって晩ご飯のしたくを始めた。
まだ聞きたいことはあったのに、母さんが帰ってきたのでそれっきりになってしまった。


その晩、僕は考えながら眠りについた。そういえば、うっすらとだが誰かといつも会話していたような記憶がある。

記憶の中に出てくるその人は、いつも一人で遊んでいた僕にいろいろなことを教えてくれた。
僕は、同じくらいの子ども達と遊ぶよりも、その人と話す方がおもしろかった。

あれは一体誰だったのか。結局思い出せぬまま寝てしまった。




それからしばらくして、母さんと父さんが仲直りして、また三人で暮らすことになった。
おばあちゃんは僕を抱きしめて、また遊びにおいでと言ってくれた。


おばあちゃんの家を出るとき、窓際に立ててあった写真立てを見て僕は目を見開いた。

今までおぼろげだった記憶が一気に鮮明になった気がした。


そこには小さい頃、僕にたくさんの知識をくれたその人が、おばあちゃんの横で柔らかく微笑んでいたのだから。

優しい記憶

優しい記憶

とても不思議で温かな体験をしました。【だいぶ短いです】

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-11

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