飛び降りれる

○崖の上(昼)
   高い崖。グランドキャニオンの様な赤土の崖の端の方に立っている英子。下を見下ろして、溜息。右足を差し出してみて、後ろを向きひっこめる。
   向こう側の崖から男の声がする。
透「すいませーん。きみ、死のうとしてる?」
   向こう側を見る英子。日差しを眩しそうに、手をかざす。
英子「いいえ、あなたは?」
透「僕も違う。と言うよりも、ここから落ちなきゃいけないような気はするんだけど、なんかなあ…」
   透、首をかしげる。
英子「私も同じ、ここから落ちても大丈夫、その確信は絶対にあるわ」
透「うん、俺にもある」
英子「でも、飛び降りられないのよね」
   英子、崖の下を見る。
透「そうだね、なんというか、飛び降りたくないっていうか」
英子「すっごく居心地がいいのよね、ここ」
透「うん、ずっと居たいような感じ」
   二人、溜息。
透「君はなんでここに?」
英子「布団で寝てたら」
透「僕もだ」
英子「やっぱりこれ、夢かしらね」
透「そうだろう、だって僕も布団で寝てたし」
英子「夢か…」
   英子、赤土を蹴る英子。
透「だとしたら、この夢は君の夢?それとも僕の夢?」
英子「私のに決まってるじゃない、私目線なんだから」
透「僕だって僕目線だよ!」
英子「そう言ってるだけでしょ、夢の中なんだから」
透「えー、じゃあ僕は一体何なんだよ…」
   間。
英子「ここの居心地の良さ、あれに似てる」
透「あれ?」
英子「布団から出られない朝に、身体全身を布団の中にいれて、じっ…としてる時」
透「ああ、たしかに」
英子「あれは至福の時だなあ」
   英子、青々とした空を見る。
透「朝起きられない人は、その日に楽しみが無いんだってさ」
英子「何、私は楽しみが無いってこと?」
   透、下を向いてふふんと笑う。
英子「…まあ、楽しみは無いわよ」
透「(少し笑う)そうなんだ」
英子「悪かったわね、今日は特にそうだった」
透「そう。うん、僕も」
   英子、口をとがらせて透を見る。
英子「友達が、私の事馬鹿にしてんの」
透「あらら、なんで」
英子「わかんない」
透「勘違いなんじゃないの?」
   英子、溜息。
英子「もしかしたらそうかもね。でももしかしたら違うかも知れない。私そういうの考えこんじゃうのよね」
   透、少し笑う。
英子「何、おかしい?」
透「いや、僕もなんだよ」
英子「あんたも馬鹿にされてんの?」
透「いや、僕もそういう事気にしちゃう」
英子「あんたは何があったわけ」
透「僕のは、彼女が浮気してる」
英子「ふん、くだらない」
透「僕にとっては重大だよ」
英子「何、浮気現場を目撃したわけ?」

回想・街
   男と楽しそうに歩く彼女。
   それを少し離れた所で見ている透。
M透「いや、今日、彼女が知らない男と楽しそうに歩いてたんだ」
M英子「それだけ?」
M透「ただ歩いてたんじゃないんだよ、楽しそうに、歩いてたんだ」

○崖の上
英子「アンタの勘違いなんじゃないの?」
透「そうであってほしいけど、どうだろう」
英子「考え過ぎ。アンタ以外の男と楽しそうに歩くなっていうの?あんたソクバッキー?」
透「だから、僕も考え過ぎちゃうって言ったろ?」
英子「私のとは違うわ、それ」
透「同じだよ」
英子「違う、私はもっと理論的に考えるもん。アンタのはただの嫉妬じゃない」
透「嫉妬じゃないよ、不安なだけ。だから今日は起きるのが憂鬱だよ…」
   英子、溜息。
英子「それは私も」
透「君はなんで、馬鹿にされてるって思ったの?」

回想・昼・街
   街を歩く英子。
M英子「私と同僚、会社じゃいっつも一緒なんだ。お互い友達が少なくてさ、内気だし。でも今日、街で見かけた時、見た事ない派手なヤツと歩いてて」
   英子、友達を見ている、そして友達がこっちをみる、くすくす笑う。
M英子「こっちを一瞬見て、嘲笑われたような気がしてさ」

○崖
英子「それ以来、なんでだろう、って考えてるんだけど、心当たりがないんだ」
透「それこそ考え過ぎだよ。君の知らない友達くらいいるだろ」
英子「でも、あれは私と目が合ってた、絶対合ってたのよ」
透「そんなに気になるなら聞いてみたらいいだろ」
英子「はあ?なんて聞けばいいのさ。私の事馬鹿にしてるでしょー?って?そんなこと出来ないわよ」
透「なんか悪い事した?でもさ、やんわり、聞いてみたらいいじゃん」
英子「…無理」
透「絶対勘違いだと思うなーそれ」
英子「そんなこと言うならアンタも聞いてみなさいよ、浮気してるのー?って」
   透、深いため息。
透「できないよ」
英子「なんでよ、そっちのほうが手っ取り早いじゃない」
透「それで、もししてるって返事されたらどうすればいいんだよ…」
英子「別れなさいよ」
透「嫌だよ、すっごい仲がいいんだ、僕ら」
英子「じゃあ付き合ってなさいよ」
透「でも浮気されてるのに付き合うって、それどうなのかなあ?」
英子「知らないわよ、アホみたい。なんか無いの、最近変だったこととか」
透「ないよ、毎日メールも電話もしてるし」
英子「はあ?じゃあ、やっぱり勘違いなんじゃないの?」
透「絶対に違う、あれは恋する瞳だった」
英子「何それ、馬鹿じゃないの」
透「君こそ」
   大きな風が吹く。二人、風の吹く方を不愉快な顔で見る。
透「はあ、もうそろそろ飛ばなきゃかなあ」
英子「うん…」
透「どうしてずっと、ここに居られないんだろうね。ずっとここに居たって、誰も困らないはずなのに」
英子「落ちたら死ぬっていうなら、絶対に飛ばないんだけどね」
透「うん、なまじ飛べちゃうからなあ…」
英子「飛べるから、そうだね、だから、ここにいちゃいけないって思うんだろうね」
透「飛べなかったら良かったのに」
英子「うん、でも飛べる」
透「そうだね…」
   崖の下をみる二人。
英子「あー、あ、嫌だなあ!」
透「やだねー!」
英子「(大きな声で空に叫ぶ)あー!」
   透、それを見て。
透「(英子と同じように)あー!」
   二人、しばらく叫ぶ。
   落ち着く。
   間。
英子「はーあ、よし、飛ぶかな」
透「いくの?」
英子「うん、だって、行かなきゃだし」
透「そうね」
英子「私、聞いてみようかな、友達に」
透「お、そうしたほうがいいよ、絶対勘違いだから」
   英子、崖の下から目線を透にうつす。
英子「だからアンタも彼女に聞きなよ」
透「ええ、なんでぇ」
英子「絶対勘違いだから、それ」
   透、少し考えて。
透「そっか」
英子「(少し笑って)そうよ」
   二人とも下を見る。
   深呼吸。
透「じゃあ、行きますか」
英子「そうね」
   間。
英子「あんた、どっかで私と会った事ある?」
透「うーん」
   間。
透「ない!」
英子「おっけー!」
   二人、崖から飛び降りる。

○英子の部屋(朝)
   ベッドの上で目をパチリと開ける英子。
   布団から起き上がり、目を閉じて少し笑う。

○オフィス(朝)
   椅子に座る一人の女性。英子の事を見上げている。
英子「あのさ、昨日、街でさ…」
   言いかけたところで男がオフィス内に入ってくる。
   男、きょろきょろして、英子の目の前の女性を見つけ、近くに来る。
透「ご、ごめん、あのさ、昨日…」
   英子、驚きながら透の横顔をじっと見ている。
   透、その視線に気づいたように、横を向く。
透「あ、あれ…君…」
   透、驚いて言葉に詰まる。
英子「アンタ、アンタの彼女って…」
透「君の友達って…」
   少し間が開いて、二人、大爆笑する。
   女性、二人の顔を不安そうに見ながら。
女性「あれ、二人、知り合い?」
英子「ああ、一応ね、ぷっ」
透「ちょっとね、はっ」
   二人、大爆笑。
   女性、納得のいかない顔。

○崖の上
   崖の上。向かい側の崖から男が女性に話しかけている。
男「あなた、死のうとしてるんですか?」
女性「いえ…」
男「俺もなんですよ、どうしてここに?」
女性「実は…」
   透の彼女であり英子の友達の女性。
女性「友達と私の彼氏が、その、なんていうか、浮気してるんじゃないかって…」
                おわり

飛び降りれる

飛び降りれる

憂鬱な朝ほど辛いものはないですよね、布団に胎児のようにくるまります。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-18

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