るーてぃんわーくす
吉野花見です。
一人の高校生が剣をふるって八面六臂の大活躍!!してくれたらいいなあ
0・ 10年前
秋口の涼しい風が吹いている。穏やかで気持ちがよくなる。
ただし、それよりもはるかに鋭い人工的につくられた風が、目の前を通り過ぎるという状況でなければ。
残像だけが僕の目に入る。
剣筋が見えない。剣が通った後を疾風が通り抜けるのはわかるが、どうして今自分がこれを避けられているのか分からない。
恐怖。ただ、怖かった。
戦いのさなかに感情を見せるのは命取り。佳寿の言葉を思い出しながら、僕は驚いてしまう。一度目の、殺されるかもしれないタイミング。
僕と相対する彼女はそれに気づいていたようだが、深く踏み込んでは来なかった。助かったと思う反面、見逃されたのかと悔しく思う。
キン、と甲高い音があたりに鳴り響く。
そして、二度目の命取り。また、驚く。
この僕が、抑えるのに精いっぱいだった―――?
しかし、またも彼女は僕を見逃した。実力の差が歴然としているのは明らかだった。
0・ 10年前 2
そこまでやったところで、彼女は動きを止める。女子高生は刀を鞘におさめてから息をつき、そして、
「及第点です。さすが―――といったところでしょうか。なかなかに筋がいい」
満足そうな顔で僕を褒めるのだった。
「な…何だよ、お前!!」
僕は思わず叫ぶ。
あそこまで手加減しておいて、そんなことをいうとは。
女子高生はかわいらしく首をかしげた。理由は分からないが、ぎこり、という不気味な効果音をつけることしかできない。
しかしながら、女子高生はまたも満足げにうなずく。
「ううむ…さすが及第点ですね。ちゃんと何が起こって何がわからないのか、全部見えているようです」
それは確かに―――彼女の言うとおりだと思った。
自分の身に何が起こっているかは見えている。分かっている。だがその理由は見えていない。どうして、彼女の剣が見えないのか。
僕は考える。そしてすぐに答えにたどり着く。ひどく簡単なことだった。
意思がない。
感情がない。
きっと彼女は。
僕を殺そうとはしていないし―――それどころか、戦おうともしていなかった。
「読む」能力に長けている僕としては、それは何よりも恐ろしいこと。「読む」素材が存在しない状況。
戦おうとしていない。
つまり、ただ動いているだけなのであれば、何も感じることはできないのかもしれない。本当にそんな人がいるとは思えないが。
0・ 10年前 3
彼女は続けた。
「見えるということは素晴らしいことです、男の子。あなたのその力、誇っていいと思いますよ」
「最初の質問に答えろ…お前は何なんだ」
女子高生はぎこちなく微笑んで見せたが、僕にとっては恐怖を増長させるものでしかなかった。彼女の表情は、まるでロボットだった。
「何…と申されましても。私の名前は中森美枝…それだけです」
「それだけで説明がつくか…!いくら中森といえども…何なんだよ、それ!!」
「説明がつかなくていいのです。私はあくまで枝に過ぎませんから…。説明などというもの、この私に何も影響を及ぼしません」
話が通じない。
彼女が何を言っているのか、何を言いたいのかが僕にはわからない。
「分からなくていいのですよ、男の子。私を理解しようとし、そして理解できたのは――」
風が強くなってきて、音が聞こえなくなった。
「…くらいのものですから。あなたはあの人にはなれませんし、なる必要もない。それに何より…あなたは私が何なのかを知る必要が全くない。あなたが今求めているもの、欲しいもの…それは、「松原」でしかないのですから」
風が。吹き荒れている。
「実に面白い…いい素材ですね、斉木灯也。私はあなたが楽しみで仕方ありません…もちろん、嘘などではなく」
彼女の声が次第に頭に響くようになる。
砂埃が舞い上がって、目を開けていられないほどの強風。
「ですから――「松原」を差し上げましょう。あなたがそれで満足するのか、それに満足するのか…ひどく、面白そうです」
女子高生が僕に近づいてくる気配がする。
そして、僕の右手にぐっと刀を持たせた。
「ゆめゆめ勘違いをしないことです。あなたはいま私に見逃された。でもそれは、時期が早すぎたというだけ。次も見逃すかはわかりません。刀が強ければ勝てるというわけでもございません。それと…あなたに渡すこの刀はいま私が使ったものではありませんから」
渡すと、すぐに離れていく。
飛ばされそうな風のなか、女子高生だけが平然と歩いているようだった。
「さようなら、男の子。最後に一つだけ教えてあげましょう」
「確かに私に対してムカついたかもしれませんが、あなたより6つも年上の女性に対しては、もう少し言葉づかいを気にした方がいいのではありませんか?」
音が消えた。
るーてぃんわーくす