じぶんは!

○和弘の家(夜)
   和弘、机で頭を抱えている。
和弘「なんで俺は俺の物なんだ…」
   和弘、ペンを見る。
和弘「(独り言)ペンを取りたい」
右手を見て、ペンに手を伸ばす。
和弘「やっぱり…思い通りだ…」
   和弘、椅子から立ちあがる。
和弘「右足!右手!左足、頭、首、瞼、口、お腹!ジャンプ!しゃがむ、ターン!ウインク!」
   口で発した指示通りに体が動く。
   和弘、崩れ落ちる。
和弘「(うずくまりながら大声で)なぜだ、なぜ、俺は俺の物なんだー!」
   携帯が鳴る。
   和弘、携帯を開くと女性からメール。
メール内容・今度一緒にお食事でもどうですか?その後お酒でも飲みに行きましょ❤
   和弘、メールを見て、少し考えて、顔をあげる。

○レストラン(夜)
   高級なレストランで和弘と女性、楽しそうに食事をしている。
女性「和弘くん、面白いー!それでそれで?」
和弘「うん、それでね、これが僕の自信作で 
 す!ってハードルを上げに上げて発表したんだ」
女性「抽象絵画を?小学2年生が?あははは」
和弘「当時は本当に好きだったんだから!それでね、これでもか!ってくらい大げさに発表したんだ、タイトル、台所のお母さん」
女性「あっはっは、あーお腹いたい!そのテーマでどうして抽象絵画にしたのさ、あー面白い、それで?」
和弘「うん、それで、皆からすっごい馬鹿にされてさ、クラスメイトだけならまだしも、先生にも怒られて、親呼び出されて、病院に連れてかれたよ」
女性「そうね、私でも連れてくかも、病院。あはは」
和弘「それ以来、何かを自分の物だって主張するのが凄く嫌になっちゃってさ。自分の物だと思うと全部が恥ずかしく思えるんだ」
女性「和弘くんの曲、良い曲ばっかりだよ」
   和弘、苦笑い。
和弘「あれは、他人に頼まれてやってるから。自分の物だぞ!ってよりは、言われて作りましたよ、って感じなんだ。だから自信は持てるんだ」
女性「あはは、変なの」
和弘「それからは、ずっと自分の物、って言う物を作らないようにしてきたんだ。服も貰い物だし、何かやるときだって、他人のおススメの物を選ぶようにしてるよ」
女性「あ、だから、さっきも私と同じメニューにしたのね、納得」
和弘「うん」
   和弘、ワインを飲む。
   間。
   女性、何か言いたげにもじもじする。
女性「あ、あの、もし良かったら、私達、そのね。お付き合い…」
   和弘、立ちあがる。
和弘「結婚してください!」
   指輪を差し出す。
女性「え、ええ!」
和弘「あなたの物になりたいんです!お願いします、結婚してください!貴方の為に働きます!」
女性「だって、私達、まだ付き合ってもいなし…そんな急には…」
和弘「だめですか?」
女性「いや、だめじゃないけど」
和弘「じゃあ、婿入りという形で」
女性「ちょ、ちょっとぉ」

○公園(昼)
  結婚式の写真を見ながら、一人ベンチで昼食を食べている和弘。
M和弘「俺達は結婚した。晴れて俺は俺の持ち物では無くなり、彼女と彼女の家の物となった」
   大きく伸びをする和弘。歳をとったホームレスが隣に座る。
ホームレス「最近良く来て、私達の事見てるじゃないか、何か面白いものでも?」
和弘「いえ、素晴らしいな、と思って」
ホームレス「素晴らしい?」
和弘「僕は、僕であることがとても恥ずかしいんです。だから、色んな物を貰って、色んな事を誤魔化しています。でも、あなた方は、自分だけは持ってる」
ホームレス「自分だけ、ね」
和弘「あ、すいません」
ホームレス「いや、いいんだ。でもそれは買い被りだよ。あんたの方が自分を持っているように見えるがね」
和弘「自分を、持っている?僕が、まだ?」
ホームレス「あんたは、自分で決めて、自分で歩いてきた。そんな顔をしているよ。それは、自分を持っていると言うだろ」
和弘「そ、そんな、俺はまだ、俺の物だと言うんですか?」
ホームレス「そうだ、君はしっかりしとる」
和弘「そうですか…」
   和弘、うなだれる。
   ホームレスのテントのある方から大きな声が聞こえてくる。
警察「出て行きなさい!ここは君達の家じゃないんだ!」
   ホームレス、声のする方を見て。
ホームレス「来たか…、まったくあいつ等は自分で何も考えて無いくせに、偉そうに法律をふりかざす、憎々しい」
和弘「何も考えて無い?警察が?」
ホームレス「そうだ。あいつ等は言われたらやるだけの、国家の犬だよ」
   ホームレス、ベンチから立ちあがり、 
テントの方へ向かう。
和弘「(独り言)何も考えない、国家の犬…」
   警察とホームレスが衝突する。
   和弘、立ちあがる。

○警察署(昼)
   警察の制服を着て敬礼のポーズをする和弘。
M和弘「俺は警官になった。何も考えない、国家の犬だ」
× × ×
   机で書類を整理する和弘。
M和弘「言われた事をこなし、自分では何も決定せず」
× × ×
   パトカーでパトロールする和弘。
M和弘「毎日同じ事を繰り返し、マニュアル通りに動く」
   助手席から外を眺めている和弘、暴漢を見つける。
和弘「とめて!」
   車から飛び出す和弘。
M和弘「何も考えず、悪い奴は捕まえる!」
   ナイフを持って向かってくる暴漢。
   なんなくねじ伏せ、手錠をかける。
和弘「18時16分、犯人確保」
M和弘「マニュアル通り、完璧に、俺は国家の犬だ」

○警察署(夜)
   何台もテレビカメラが集まり、記者団が居る会場。和弘は表彰されている。
署長「えー、彼は、ナイフを持った暴漢に対し、何の躊躇も無く飛び込み、見事捕まえた勇気ある警官であり、近頃お役所仕事だと言われていたこの署内に、熱烈な風を、その自分自身の勇気と、信念を持って吹き込んだ、警官、いや人間の鏡であります!ここに彼の勇気をたたえて表彰したします」
   会場、拍手の渦。カメラのフラッシュ。
記者「どうして、何の躊躇もなく暴漢に向かっていけたのですか?」
和弘「えー、それはマニュアルに書いてある通りに動いただけです」
記者「謙虚なんですね」
   会場、笑い。
和弘「はい、私は国家の犬ですので」
   会場、おお、という声と笑い。
記者「あなたは犬なんかじゃありませんよ!英雄です!」
   和弘、不審な顔で記者を見る。
和弘「僕は、国家の犬ではないんですか?」
記者「ええ、まったく違いますよ!」
和弘「(小声で独り言)まったく違う…。まだこの俺は、この俺の…」
記者「今のお気持ちは!」
和弘「…は、はずかしい!」
   警官バッヂを外し、署長に叩きつけるように返す。そのまま会場から走り去る和弘。

○公園(夜)
   頭を抱えてベンチに座る和弘。
M和弘「なんてこった、なんてこったなんてこった!あんなに目立つ所に、自分の功績を挙げてしまった!恥ずかしい、死んでしまいたい!」
   和弘、頭を抱えたまま動きが止まる。
   ゆっくりと顔を上げ、公園の木を見る。
和弘「死ぬ…?」
   公園の木をじっと見る。

○ホームセンター(夜)
   縄と椅子を買う和弘。
店員「ありがとうございましたー」
   ホームセンターから出る。

○公園(夜)
   縄と椅子を持って木の下に立つ和弘。木を見あげ、縄の準備をする。
× × ×
   首を縄に引っかけて、椅子に上る。大きく息を吐く。
和弘「さよなら、俺…」
   いざ、というときに下から声が。
ホームレス「おい」
和弘「(下を見る)…はい?」
ホームレス「死ぬのかい」
和弘「…ええ」
ホームレス「そうか、偉いね、自分で決めて、どんどん先へ行っちまう」
和弘「自分で決めるのも、これが最後です」
ホームレス「うん、オレは死のうと思っても死ねないんだ」
和弘「…どうして」
ホームレス「生きなきゃいけないのさ。あんたが言う、自分ってものの為にね」
和弘「俺は、自分の為に死にますよ」
ホームレス「ああ、あんたは自分がしっかりしてるからね。オレには、自分が無いのさ」
和弘「そんなことありませんよ」
ホームレス「いいや、オレがこんなになったのも、オレがオレで無かったせいなんだ。あの日、俺はどうしてか、女の尻を触っちまった。オレは分かってたんだ、ダメだってな、でも、触っちまったんだ…」
   ホームレス、悔しそうに泣く。
ホームレス「オレは、そんなことしちゃいけないって分かってたんだ、なのに、触っちまったもんだから、世の中が急に敵になって、俺の事、変態、変態だと言うようになった…。違うんだ、俺は、そんな人間じゃないんだ!…誰も信じてくれなかった…」
   和弘、ホームレスの話を真剣に聞く。
ホームレス「俺は、その証明の為に生きてるのさ。俺はそんな人間じゃない、って証明の為、いや、言い訳の為だな…」
和弘「…自分が自分じゃない…?」
ホームレス「そう、誰だって、自分が望んだような自分には成れないだろ。自分が、自分から遠くはなれちまってるからさ。今のこんな俺なんか、誰も望んじゃいなかったのになぁ…」
   深く溜息をついてしゃがみこむ。
和弘「…あなたは、そんな人間じゃありませんよ」
   立ちあがるホームレス。少し笑って。
ホームレス「へへ、ありがとう、ありがとよ。なぁ、あんたはどうだい、今の自分」
和弘「今の自分…」
   縄の結んだ先を見る。
M和弘「自分が望んだパーフェクトな自分ではないか…つまり、それは…」
ホームレス「なあ、良かったらよ、その席、オレに譲ってくれねえか?俺、アンタに話して、すっきりしたよ。あんたが認めてくれただけで、俺は…俺は…」
   ガタガタと和弘を揺らすホームレス。
和弘「ちょ、ちょっとちょっと」
ホームレス「なあ、頼むよ、アンタは死ぬべきじゃない、死ぬべきなのは俺だ!なあ、変わってくれよ、なあ!」
   さらに激しく揺らす。
和弘「ちょ、ちょっとあ、危ないです」
   椅子が倒れ、和弘の首が締まる。
和弘「ぐ、ぐえっ、く、苦しい…救急車…」
   遠のく意識。視界が真っ白に。
× × ×
   真っ白の世界の中で優しい声が聞こえる。
謎の声「はっはっは、貴方自身が貴方の物なんて、そんなわけありますか」
和弘「(苦しそうに)だ、だれ…」
謎の声「貴方の、持ち主ですよ」
和弘「(苦しそう)持ち主…?だから、だれ…」
謎の声「ずーっと、どこからでも、見てるんです。貴方だけじゃない、全ての人は、私の物なんです。安心なさい、貴方は、貴方の物ではありませんよ、あっはっは」
和弘「(苦しそう)あなたは…」
(F・O)

○病院(昼)
   病院で急に眼が覚める。傍らには医者と妻とホームレス。
妻「あなた!」
ホームレス「よかったなぁ!」
和弘「…俺、俺の物じゃないって?」
妻「何?何の話?」
ホームレス「あんた、まだそんな話してるのかい、あっはっは、こりゃ大丈夫そうだ」
妻「良かった、良かったわあ」
和弘「俺は、誰の物だ?」
妻「もう、私の物よ、あっはっはっは(ホームレスに)あなた誰?あっはっは」
ホームレス「あっはっは、あんたこそ、あっはっは」
   病室に響く笑い声。和弘、一人下を向きながら。
和弘「俺は、誰の…」
(F・O)

○砂漠(夕)
   民族的な服をまとった和弘、一人で広大な砂漠を杖をつきながらラクダと歩く。
M和弘「俺は俺の物ではない、それは分かっ 
 た、しかし…」
   和弘、立ち止まり目を閉じる。謎の声が思いだされる。
謎の声「全ての人は、私の物なんです」
   和弘、目を開け、歩き出す。
M和弘「俺は一体誰の物なんだ?」
                 終わり

じぶんは!

じぶんは!

自分は誰のものなんですかね。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-17

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