つゆ
つゆ
この季節は嫌いです。
じめじめとしていて、おそらくたいていの人間がどこへ行くにも億劫になってしまう季節です。
元々出不精な私は尚更のこと、昨今新しく建てたばかりの自宅からじっと空を見上げながら溜息をつきました。
出かけるのは億劫ですが、仕事ではそんなことも言っていられません。
宮までの道のりはさほど遠くありませんが、しとしとと降る雨の中を歩いていく気には到底なれず、馬を用意させ、肌寒いので初夏にしては少し多めに着込みました。
伴を連れ門を開けると、隣宅に住む父がこちらを見ながら少し急ぎ足でやってきました、
「良かった、間に合いました」
少し安堵したようにつぶやく父を見ながら、歳をとったなぁと今更ながらしみじみ思います。
負われていたその背を追い越した頃から思っていたのですが、近ごろはさらに小さくなった気がします。
父は最近床に臥せることが多くなり、息子の私が代って仕事をすることが多くなりました。
有事にはすぐに駆けつけることができるように屋敷を隣に建てときは
「まだ大丈夫ですよ」
と少し困ったように笑いながらも、孫である私の娘を抱えながらやはりどこかうれし気な顔をぼんやり思い出します。
「持っていきなさい」
不意に差し出されたものに意識を戻すと、その手には蓑笠と護身用の剣が持たれていました。
「小雨とはいえ雨も降っているし、風邪を引いてはいけないから。それからこれは念のため」
はい、と私の手に移されたそれを見つめながら心配性だなぁと思いながらも笠を羽織り、剣を腰に付けました。
「夕方には戻れますか?」
うなずくとまるでいたずらっこのように笑います。
「なかなかいい酒が手に入ったのですよ。とっておきですけれど帰ったらお前にも飲ませてやります」
それはどうも、と笑いながら門を出ました。
出かけるのは億劫ですが、家に帰ったら妻と娘とおいしい酒と、それから父が待っています。
そうだ、帰りに酒の肴になるように何か買って帰ろうかな。
ああ早く帰りたいな。
「行ってきます」
そういって私は板蓋宮へ踏み出しました。
つゆ