銀幕の思い出

銀幕の思い出

プロローグ

 リールが巡り、白い幕に影が映し出される。忙しなく瞬く影は、やがて収束し、ひとつの像を結んだ。
 モノクロームの画面はフィルムの傷が目立ち、俳優の動きも滑らかではない。字幕は七五調だ。
 映写技師さえ居眠りし、客の抗議の声がぼくを目覚めさせる。思えば、不真面目極る映画鑑賞であった。


登場人物の紹介

 両親は共働きで忙しく、ぼくはよく祖父母の家に預けられていた。
 祖父は変わった気風の人物だった。煙草の銘柄、衣服の型や色、起床就寝の時間まで決まっている。その伝で土曜は映画館へ出かけたものだ。誘われたぼくは、喜び勇んで後へ従う。
 昼を過ぎた住宅街を二人で並び、駅のほうへ歩いた。


導入

「先生。今日は『フランケンシュタイン』でございますよ。坊ちゃんには少々、恐ろしい話かもしれません」
 隣近所の人々から祖父は『先生』と呼ばれていた。それは彼が郷土史家であり、高校の教師を長年、勤めていたためである。
「……そうですか」
 小屋の主人の言葉に祖父は迷っているふうであった。


時代背景

 映画の帰りは蕎麦屋に入る。そう決まっていた。
「平気だよ。ぼく『ゾンビ』だって見るんだもの」
 祖父にテレビで見た映画の話をする。
「神様の作った化け物は怖いね。人間は到底、及ばない」
「神様? ウィルスでなるんだよ」
 ぼくは首を傾げた。
「ウィルスは自然のものだろう。だから神様だよ」


クローズアップ

 ぼくは祖父の言うことをすべて理解していたわけではない。祖父も期待してはいないようだった。
 餅の浮かんだ蕎麦が置かれ、ぼくは夢中で平らげる。祖父はいつもつまみを頼むだけだった。それにも、ほとんど手を付けず、煙草に火を点ける。
 一本の煙草を大事そうに喫む祖父の姿が今も目に浮かんだ。


遠景

 昼間、講釈を垂れていたにも拘らず、ぼくは寝床で震えていた。映画のセットや滑稽とさえ考えていたせむし男の姿に怖気を振っていたのである。
 障子越しに声をかけると祖父は眠たげに迎えてくれた。
 ぼくは、祖父の布団から染みの浮いた天井を眺める。半世紀前に建てられた家屋は、存外に広かった。


急転

 墓前へ煙草を供えるために封を切り、一本咥えて火を点ける。家族の中で煙草を喫うのは、ぼくだけだ。
「お腹、空いたでしょ? 精進落とし食べに行こう」
 母に声をかけられる。
「もうちょっとだけ」
 考えてもいなかった言葉が口から滑り出していた。葬儀は済み、もうすべきことは何もない。

フラッシュバック

 本堂に戻って行く母の背中を見送り、ぼくは一人になった。喪服の隠しから煙草の箱を取り出す。煙を吸い込んで空を仰いだ。
 雲ひとつない。しかし、これでは駄目なんだ。ぼくは真新しい死体を漁るせむしの助手よろしく、墓の周りをぐるぐる回る。
 暗黒の雲が太陽を覆っていなければならなかった。


エンディング

 ぼくは天へ腕を掲げる。
「この屍に力を与え、甦らせたまえ!」
 博士の台詞はこんなふうだったと思う。ぼくの脇に助手が現れ、手術台に死体が載せられた。この冒涜に耐え切れず、太陽は雲に隠れ、稲光が空を劈く。
「生きてる、生きてる!」
 だが、博士ならざるぼくに奇跡を起こす力はなかった。


エピローグという名の余録

「コラ!」
 ぼくは背中を思い切り叩かれた。
「少しはしおらしくしてるのかと思ったら、どういうつもり?」
「母さん」
「お爺ちゃんに謝りなさい!」
 仕方なく先祖代々の墓石に向かって頭を下げる。
「もう子供じゃないんだから、しっかりしてよ」
 その通りだ。地面に散らばる灰が風に払われていく。

銀幕の思い出

銀幕の思い出

映画と祖父の思い出

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-17

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