ラブ・イズ・オーヴァー

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ある日の読売新聞のベタ記事より

夫の不倫相手の裸をネット掲載
容疑の41歳女逮捕

 夫と不倫していた女性の裸の画像をインターネットの投稿サイトに載せたとして、兵庫県警は3日、愛知県あま市の無職の女(41)をわいせつ図画公然陳列容疑で逮捕した。女は「面白半分に腹いせでやった」と容疑を認めているという。
発表によると、女は6月4日、当時の夫(9月に離婚)が携帯電話に保存していた不倫相手の裸などの画像3枚を、自分の携帯電話に転送、パソコンを通じて画像投稿サイトの掲示板に載せ、不特定多数の人が見られるようにした疑い。県警がネット上の違法情報を収集するサイバーパトロールで見つけ捜査していた。


 透明な強化プラスチックでできた壁の向こう側に、妻がいる。正確にいえば、元妻。もう離婚が成立している。心なしか、頬がこけている。元気だけがとりえだった、かつての姿は、もうない。
「もう、いいよ」
 吐き捨てるような声が耳に届く。
「こんなとこ、来たくないでしょ。もう夫婦でもないんだし。じゃ」
 彼女の方が、先に席を立つ。「バタン」と閉まるドアの音とともに、彼女の姿は消えた。残されたのは、おれ1人。こうやっていすに座っていると、ふとした錯覚に陥る。罪を犯したのは、おれか?
 彼女が逮捕されたのは、1か月前。まだ、うっすらと明るくなり始めた早朝。自宅のインターホンが鳴った。いやな予感がしてドアを開けると、そこには、人相の悪い男たちが数人、仁王立ちしていた。
「斎藤良美さんのお宅でしょうか?」
「は、はい。うちの妻が何か?」
「あぁ、ご主人ですか。実はあなたの奥さん、斎藤良美に対する逮捕状が出ています。罪状は『猥褻物公然陳列罪』です」
「はぁ?」
 ワイセツブツコウゼンチンレツザイ。早口言葉かと、耳を疑う。そうこうしているうちに、妻は着の身着のままで車に乗せられ、家宅捜索が始まった。書斎にあったパソコンが、ごっそりと持っていかれた。自分が置かれている状況を認識する力が急激に低下しく。かろうじて、会社には「数日休む」と電話連絡した。

 数日後、警察から連絡があり、生活安全課に出向いた。2畳ほどの狭い取調室に通された。30歳にも満たない風貌の若い捜査員が、部屋に入ってきた。
「お忙しいとこ、すんません。狭いとこで申し訳ないですねぇ。ドア開けときますね。じゃ、始めましょかぁ」
 捜査員の軽い口調が、いらっとさせる。狭いから?そうじゃないだろう。お前が頼りないからだろう。その証拠に、後ろから、貫禄のある上司が、事務仕事をしながら、時々、ちらっとこちらの様子をうかがっているのが、見える。
「まずね、この写真、見てもらえます?」
 軽い口調で見せられたL判の写真に、絶句した。血の気が引く。
「この写真が、あなたの自宅のパソコンからだれでも見ることができるサイトにアップロードされていました。ハンドルネームは『ヨシミン』。被疑者であるあなたの奥さんの名前と酷似していますよね。取り調べをしたところ、全面的に認めています」
 逃げ出したい。このフロアが2階以上なら、窓から飛び降りて死にたい。そんな衝動にかられた。不幸なことに、この取調室は1階だ。
 この写真は、おれのケータイに入っていたものだ。「さゆり」という女の上半身はだかの写真。背景から、ホテルの一室で撮ったことが、だれにでもわかる。
「どうして、これが?」
 捜査員が説明する。
「斎藤さん、あなたはここ最近、帰宅が遅くなる日が多かったんですか?それを心配した奥さんが、あなたのケータイをのぞいた。あなたがお風呂に入っているすきにね。すると、メールの受信ボックスと送信ボックスに、「さゆり」という女性とのやりとりが大量に見つかった。頭に血が上り、涙も自然と出てきたそうです。ほかに何かないか、調べてみると、写真のフォルダに『さゆり』という女性の裸の写真を見つけた。それが、これです」
「そ、それは・・・」
 口を挟んだが、捜査員は続ける。
「奥さんは、この『さゆり』という女性と、あなたが肉体関係にあることを確信する。すぐにあなたを問い詰めようとしたが、この女性に対する恨みがふつふつとわき上がった。あなたのケータイから自宅のパソコンに写真を送り、
それを投稿サイトにアップロードした。そういうわけです」
 息つぎもせず、たたみかけたあと、大きくふぅーっと一息ついた。自分の仕事はこれで終わったという、満足げな表情だった。

 真相を説明する気にもなれなかった。話したところで、妻の罪が軽くなるわけではない。
 確かに最近、「さゆり」という女性と、数回会ったのは事実だ。「大迫さゆり」。高校時代の同級生だ。15年ぶりに、新宿でばったりと会ったのが、きっかけだ。ふるさとは、山陰の片田舎。高校卒業後、東京の荒波にもまれているという、同じ境遇もあってか、話も盛り上がった。が、その次へ、という雰囲気はまったくなかった。なぜなら、彼女は同性愛者だからだ。その世界の話を聞いているうち、女同士、男同士の恋愛と、男と女の恋愛は、大して変わらないということに気づく。性別にとらわれていた自分を少し恥じたぐらいだ。
 では、「さゆり」の露わになった写真は何か?
 これは、会社の後輩が出張先のホテルで、いわゆる「デリヘル」を呼んだ時の写真だ。物好きな後輩が、勝手に送ってきた。消したつもりだった。それが、ケータイのフォルダに保存されていたとは。スマートフォンに変えて、いまだ使い方がよくわからない。こんな写真がケータイに残っていたなんて。しかも、後輩が呼んだ女の源氏名が「さゆり」。しかも写真のタイトルに、わざわざ「さゆり」と入力して送っていたとは、まったく知らなかった。
 こんなことを警察に説明する必要もない。妻にはいうべきか。妻に話せば、おれの罪は少しでも軽くなるのだろうか。
 しばらくして、国選弁護士から、1通の書類が届いた。離婚届だった。何も考えたくなかった。署名をして、印鑑を押して、送り返した。明日は裁判の初公判だ。おそらく、本当のことを話すことはないだろう。もう、愛は終わったのだから。            

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新聞の片隅に載っている「ベタ記事」。目立たないからこそ、その背景が気になる。そして、妄想してしまいます。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-12-10

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