落探

○日本家屋(昼)
   師匠と質丸が差し向かいで話している。
質丸「今朝、妻に逃げられまして…」
師匠「うん、去り際になんて言って去っていった」
質丸「いえ、寝坊して起きたら、もう居なかったんです」
師匠「ほれ、お前には落ちがない」
質丸「またですか…」
師匠「そうじゃないか。この間だって意地の悪い大家に家を追い出された時も、ちょっとした手紙で素直に出てきたり。気付いたら友達と疎遠になっていたり、落ちがない」
質丸「落ち…」
師匠「ドラマチックじゃないってことだ、お前の話も、お前自身もな。だから話が面白くならないんだ」
質丸「どうすればいいでしょうか…」
師匠「うん、落ちを探してみるといいさ。生活の端々にあるちょっとした落ちを見つけてみろ」
質丸「端に行ったら、おいらが溝に落ちちまいます」
   お辞儀をする質丸。
師匠「そんなダジャレ落ちじゃダメだ、早く行って来い」

○道(昼)
   質丸、携帯を見ながら歩く。
質丸「落ちの種類…。ダジャレ落ち、逆さ落ち、考え落ち、まわり落ち、見たて落ち、ま抜け落ち…こんなに種類があれば一個くらい…」
   溝に落ちそうになる質丸、とっさに足をあげて事無気を得る。
質丸「あぶな…」
   はっと気づく。
質丸「今の落ちられていたら、いい落ちつい
たのにな、くそ、俺の馬鹿」
   ぶつぶつ言いながら歩く質丸。
   一軒の縁側がある家の前にさしかかる。
   家の中の人間が立ちあがり、こっちに向かってくる。
友達「おい、質丸か?」
   質丸、驚いて友達の顔を見る。
質丸「おお、久しぶりだな、お前引っ越したんじゃないのか?」
   気まずそうな顔をする友達。
友達「じ、実はさ、俺色んな人から借金してただろ。それで、逃げたんだよ…すまん、でも今はもう金をちゃんと稼げるようになって、全うに生きてる」
質丸「そうか、良かった」
友達「お前からも金借りてたよな、一万六千円。ちゃんと覚えてんだ」
質丸「いや、もういいよ、それよりもまた遊ぼうよ」
友達「ああ、ありがと、でも返させてくれよな、今、俺、結構金あんだぜ」
   笑いながら財布を取り出す友達。
友達「あ、千円札ばっかりだ…細かくてもいいかい?」
質丸「お、おう」
友達「じゃあ手をだしてくれよ」
   一千、二千、三千、と友達お札を質丸の手に一枚一枚だしていく。
M質丸「まてよ、これはもしかして「時そば」じゃないか?お金を誤魔化そうとしてるのか?」
友達「12、13、あ、今何時?」
質丸「14時」
友達「15、16…」
M質丸「ほら、千円誤魔化したな!ここで俺が、時そばかい!と突っ込めば、見事な落ちとなりえるシチュエイションだ」
   質丸、不可思議な顔をする友達を見ながら、息を吸う。
友達「あれ、ごめん、千円足りないな」
質丸「んぐ…」
   千円を渡す友達。
質丸「あ、悪い…」
友達「いや、こちらこそすまん。じゃあ今、知り合いが来てるから、またな」
質丸「…おう」
   返してもらったお金を少し眺め、財布に入れ、また歩き始める。
× × ×
前から子供が歩いてくる。
子供「父ちゃん!」
   質丸、ゆっくり子供を見る。
質丸「お、お前…、この近所に住んでるのか?」
子供「うん!あのマンション!」
   子供、高層マンションを指差す。
質丸「あんな高そうな所…お前、元気だったか…そうか、そうか」
子供「元気だったか、って昨日の今日じゃない。お父さんこそ、あんまり元気なさそうだね」
質丸「そりゃそうだ、妻に出て行かれたんだからな…」
   子供、うつむく。
子供「あの、いまお母さん、家にいるけど、呼んでくる?」
質丸「いや、いいよ。どうせ嫌がるしさ、アイツ」
子供「そうかな…、僕はお父さんとお母さん、一緒がいいけどな」
質丸「お前…」
   質丸、子供の頭をなでる。
質丸「じゃあ、頼むよ」
子供「まったく、素直じゃないんだから」
質丸「うるせえよ」
   子供、走ってマンションに向かう。
   質丸、その姿を見送る。
M質丸「これは、「子は鎹」の一席にとても良く似ている…。子供が親の間を取り持つ、人情話だ。つまり、ここで俺が妻と寄りを戻せば、見事落ちがつくというわけだ。一石二鳥だな…」
× × ×
   夕方になり、カラスが鳴く。
   とぼとぼと一人、戻って来る子供。
質丸「お、おう…」
子供「やっぱり嫌だって…」
質丸「そ、そうか…ちなみになんで…」
子供「…めっちゃ嫌いだって…」
質丸「…そうか」
   間。
   財布からお金を出す質丸。子供にあげて頭を撫でる。
子供「…またね」
質丸「おう、元気でな」
   お金をポケットに入れて、俯いて帰る子供。質丸、溜息。

○コンビニ(夕)
   質丸、煙草と雑誌を買う。
× × ×
   コンビニの外で煙草を吸いながら雑誌を読む質丸。
   煙を吐き、雑誌の1ページを眺める。もう一度煙草を吸い、煙を吐く。もう一度煙草を吸い、吸い続ける。どんどん煙草が短くなる。
   雑誌のページにはロト6の当選番号がでかでかと書いてある。

○宝くじ売り場
   宝くじ売り場に走って来る質丸。
質丸「ろろろ、ろくろく、六億円!」
   不可解な顔をして質丸をみる店員。
   質丸、その顔をみてハッとし、ポケットから宝くじを出す。
   店員、その宝くじを見て、驚き、確認の電話をする。
   質丸、周りを見ながら、手を落ち着きなく動かす。
M質丸「これで何か、落ちがつくだろうか。お金の心配ばかりして、お金を盗まれることを望むだとか、ひとケタ違いだったとか、そういうことが、起きるだろうか…」
(F・O)

○豪邸(昼)
   庭には庭師が、何人ものお手伝いが居   
   る家。リビングにはワインを片手に座
   る質丸。目の前には師匠。
M質丸「何も起きなかった…」
   溜息をつく質丸。
質丸「結局、僕は落語家に向いていないのでしょうか…お金持ちになって、妻も戻って来るかと思えば、そうでもなく。命を狙われる訳でもなく…ただお金があって、毎日ただ暮らしているだけになってしまいました」
師匠「うん、でもまあ、いいんじゃないか、落ちに向かおうとすると、話が忙しなくなってしまうしな」
質丸「でも、落ちがないと面白みがありません、落語家にとって面白みがないというのは致命的じゃないでしょうか」
師匠「まあまあ、もうお前も良い歳だ。いつまでも落語家なんて不安定な職について、あくせくしてもしょうがない。もうそろそろ、腰を据えたらどうだ、土地でも買ってな」
質丸「それは、落語家を諦めろということですか、破門ということですか?」
師匠「いやいや、そうはいっておらんよ」
質丸「じゃあどういう事ですか」
師匠「落ち着いたらどうだ、と言ってるんだ」
質丸「ほら、やっぱりオチつかなきゃいけないんだ」
   質丸、お辞儀する。
                終わり

落探

落探

話には落ちが必要なようです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-15

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